世界の王
第3話
「アスカっ!気を付けて。そいつはP・H、死馬の伯爵、モーゲンス=クローよ。」
自分の相手を取られたような気になって、ミサトに文句を言おうとしたアスカだったが、その警告の言葉に戦慄する。
「モーゲンス・・・?それって確か、『委員会』のメンバーじゃない。」
『委員会』とはメルクリウス無き後S∵E∵E∵L∵E∵を維持している、幹部12人で構成された首脳部のことである。
カリスマであるメルクリウスのいたときほど活発な活動はないものの、それでもS∵E∵E∵L∵E∵の組織が分解してしまわなかったのは、この『委員会』が存在した故であった。
当時生き残ったS∵E∵E∵L∵E∵の黒魔術師(ブラック・アーティスト)達の中で、称号を持っていた12人がN∴E∴R∴V∴の追撃をかわすべく協力しあったのがその始まりで、この15年間に幾人かのメンバーが入れ替わったものの、今もS∵E∵E∵L∵E∵の方針はここで決められている。
ともかく、敵がかなりの大物と知り、アスカも慎重な対応をとることにした。
ナイフは一旦鞘に戻し、車内に残していたMP5を再び手にする。
ミサトも愛用のベレッタを構えてアスカを援護するような形でモーゲンスに近づく。
黒衣の男、モーゲンスがワンドを手に、無造作に歩み寄ってくる。
「ふむ。N∴E∴R∴V∴、グランド・セントラルロッジ、6゜=5□、大達人(アダプタス・メジャー)、葛城ミサトか。
久しいぞ。確か、昨年のベネツィア以来だなだったかな。」
「そうね。でも、ようやく出てきたと思ったら女の子を苛めてるなんて、ほんと今更ながら女々しい奴ね。」
ミサトは軽口をたたいて挑発しながらモーゲンスと対峙する。
その話の内容では、この二人が対決するのは初めてではなく、なにがしらの因縁があるようだ。
「ちょっと、待ちなさいよ。そいつはアタシの相手でしょう。」
いつの間にやら戦いの枠外に追いやられたアスカはそれでは収まらないのだが、
「アスカ。あなたの任務は彼の護衛でしょう。だったらさっさと行きなさい。」
ミサトの方が正論である。
アスカは仕方なしに車の方へと下がる。
「土星魔術ってのはちょっちやっかいな相手だけど・・・、でも、ベネツィアでの借りは必ず返させてもらうわよ。」
死と変化を操る土星魔術。変幻自在のモーゲンスの技は百戦錬磨のミサトとしても侮れない相手であるが、口では強気な姿勢を崩さなかった。
魔術戦に於いては技術以上に精神力がものをいうため、ミサトのようなプラス思考は重要なのである。
車の中のシンジは未だシートの中でうずくまったままである。
「あんた、生きてる?」
アスカが声をかけるが、シンジは顔を上げることもできずがたがたと震えたままで返事を返してこない。
まあ、普通の生活をしていた人間が突然魔術の戦いに巻き込まれればこんなものだろう。
アスカはとりあえずシンジが五体満足であることが確認できたので、対峙しているミサトとモーゲンスの様子をうかがいながら運転席に体を滑り込ませる。
モーゲンスがなにがしらの広域魔術を使う様子がないのを確認すると、キーを回してエンジンをかける。
「ミサト、死ぬんじゃないわよ。」
そう言い残して車を発進させた。
憮然とした表情で一言も口にせず車を走らせているアスカ。
あの危機にうまい具合にミサトが応援に現れたのは、ミサトがモーゲンスを追っていたからで、アスカの仕事が信用できず影でサポートしていたわけではないことはアスカにも分かる。
現実問題として『委員会』メンバークラスとなるとまだ若いアスカ一人の手に余ったのは事実なのだが、アスカの気性では理屈では理解できても感情は収まらない。
早く一人前に認められたい。
だが、現実はそう易々と彼女の希望を叶えてはくれないのだ。
そうこうして、ようやくジオフロントにたどり着いたシンジだったが、出迎えたのは父親ゲンドウではなかった。
代わりに待っていたのは痩身の白髪の老人である。
シンジはこの人物を見知っていた。
父親の友人として何度か会ったことのある冬月という神父だった。
落ち着いたいかにも紳士と言った人物で、シンジは好印象を持っていた人物である。
「シンジ君、嘘をついて申し訳ない。碇ゲンドウの名を使って君を呼びだしたのは実はこの私だ。」
「え・・・?」
シンジからすれば、その前のS∵E∵E∵L∵E∵の襲撃ですっかり混乱していた所に見知った顔を見て人心地つけると思っていたところなので、この言葉はとてもとっさに理解できるものではなかった。
せいぜい、父ゲンドウが急用か何かで不在のため、代わりに冬月神父が出迎えたのだろうと思っていたのだ。
そんなシンジを見て、冬月としても急に話をすることはどうかと思い、まずはシンジを落ち着かせることからはじめる。
「どうも話を急ぎすぎてしまったかな。申し訳ない。
しかしこれから私の話すことには、にわかには受け入れがたいこともあるかと思うが、それでも事実をしっかりと受け止めて欲しい。」
だが、あまりに突然の出来事が連続するあまり、シンジの心は自然と逃避を望んでいた。
「何ですかそれは。僕を家へ帰して下さい・・・。」
が、冬月の返す言葉はシンジをさらに絶望へとたたき落とす。
「残念だが・・・君にとって帰るべき家というものは、もう存在しない。」
呆然としたままのシンジに向かって冬月の言葉が続けられる。
「突然のことでわかには信じられないとは思うが、碇ゲンドウは君の実の父親ではない。君の本当の父親は15年前に既に死亡しているんだよ。」
それまでずっとうつむいていた冬月の言葉を聞いているのかすらはっきりしなかったシンジだったが、そこではっと顔を上げる。
冬月はそんなシンジに視線を合わせ、真剣な表情を返す。
「つい最近になって判明したのだが、碇ゲンドウは今まで我々N∴E∴R∴V∴の協力者を装ってきていたのだが、実はS∵E∵E∵L∵E∵の黒魔術師であったのだよ。あやつは、巧妙にもこの15年間全く悟られることなく、我々N∴E∴R∴V∴の情報を引き出していたのだ。」
冬月はいまいましげにそこで言葉を切る。
実際、碇ゲンドウはN∴E∴R∴V∴の協力者として、資金の援助や情報の提供などN∴E∴R∴V∴ジャパン・ロッジの運営に大きく関わってきていた。その際にS∵E∵E∵L∵E∵側に流れた情報はどれほどのものであっただろうか。
「碇ゲンドウが大災害の動乱期に戸籍を操作してまで君の実の父と偽った理由は他でもない。君がS∵E∵E∵L∵E∵の黒魔術師にとって、重要な役割を果たす存在だったからなのだ。
一般には秘密となっているが、15年前に起こった大災害、それはS∵E∵E∵L∵E∵の首領、アレキサンダー=メルクリウスが行った、とほうもなく邪悪な黒魔術によって引き起こされたものだったのだよ。」
N∴E∴R∴V∴メンバーならば誰もが知ることではあるのだが、今まで普通の生活をしてきたシンジには当然初耳である。
「奴の行おうとしたその魔術は、世界を破滅させる4要素のうちの3つ、すなわち『洪水』『疫病』『飢饉』までは完成されてしまったのだが、すんでの所で最後のひとつが実行される前にメルクリウスを倒すことに成功したのだ。」
窓の外を見つめながら、過去を思い返して訥々と話す冬月神父。
そのメリクリウスとの最後の決戦を生き抜いたのは、当時21名居たマジカルウォーリアのうちわずかに6名だった。そしてその生き残ったものの中でも3人は再起不能の傷を負って現役を引退し、未だ最前線に立っているのはわずかに3人だけである。
「が・・・、メルクリウスは自分が倒されることを予期していたのだろう。最後のひとつ『獣』については、生まれたばかりの赤子の中にその存在を移し替えて術を存続させたのだ。」
冬月神父が再びシンジの方を向き直る。
「そして、その赤ん坊こそが、碇シンジ君、君なのだ。」
じっと話を聞いていたシンジにとって、それまで避けたいと思っていた答えが突きつけられた。
なぜ、シンジがS∵E∵E∵L∵E∵の黒魔術師につけねらわれ、同時にN∴E∴R∴V∴が護衛を行う必要があったのか。
それまでの話の流れから行けば当然の帰結である。
「奴は、この15年間、シンジ君の中の『獣』の成長を待っていた。そして、シンジ君がS∵E∵E∵L∵E∵の手に落ち、君の中の『獣』を解放されてしまえば、世界を破滅させる黒魔術が完成することになるのだ。それだけはなんとしても阻止せねばならない。これは人類の存亡がかかっているのだ。」
冬月神父のならばシンジがまさに世界を命運を握る鍵であることになる。
途方もなく重いその事実がシンジにのしかかっていた。
一通りの話が終わったところで冬月はシンジを伴ってミサト、アスカの前に現れた。(どうやらミサトはモーゲンスと決着をつけるまでに至らず、取り逃がしてしまったらしい。)
冬月がさきほどシンジの説明したことをかいつまんで二人に話と、ことの重大さにミサト、アスカの表情が険しくなる。
まさかシンジにそれほどの意味があろうとは思ってもみなかったのだ。
「ってことは、今日だけでなく今後もこいつの護衛をこれからも継続しろということですね。」
アスカの確認に冬月が答える。
「そういうことになる。
正式な命令書は明日にでも出ることになるが、基本的に惣流くんがシンジ君の護衛を行うことになる。
葛城君には引き続きS∵E∵E∵L∵E∵のブラックアーティストを追ってもらいたい。
なお、既に我々の把握しているだけで、3人の『委員会』メンバーが来日していることが判明している。そして、さらに碇ゲンドウという長年にわたり我々をたばかってきたほどの奴までが敵にいるということは肝に銘じていて欲しい。」
ただ呆然と話を聞き続けてきたシンジがようやく口を開く。
「僕は・・・これから、どうなるんですか。」
「出来ることならずっとこの本部内に隠れていてほしいというのが我々の本音なんだが、そういうわけにもいくまい。
そういうわけで、とりあえず寝起きはここの宿舎でしてもらうことになるが、学校は我々の方で用意した所へ転校してもらうことになる。その学校には惣流くんも通っているから、極力君に危険の及ばないようには出来るはずだよ。」
「そうですか・・・・・・」
NEXT
ver.-1.00 1998+09/20公開
感想・質問・誤字情報などは uji@ss.iij4u.or.jp
まで!
どうも、UJIです。すっかり御無沙汰してしまいました。
と言うか、私のようなものが居たことすら誰も覚えていないのでは?
ともかく前回の予告どおりというか何というか、第3話はおもいきり順調に遅れまして、ようやくの公開になってしまいました。
間が長かった割には大した中身になっていませんが、とりあえず、ここまでで導入部は終わりです。
しかし、どうも根本的に設定を間違ったようです。
何しろシンジが動かない。
おかげでなかなか筆も進まないし、今回も冬月が長々と喋るばかりになってます。
次回は何とか存在感を出してやらないと。
それでは、また次回。