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 僕が初めてアスカに会ったとき、なんて綺麗なんだろうと思った。

 しかしその一瞬後、なんて嫌な女なんだろうと思った。

 古いニスの独特の匂いが篭もったあの校舎のあの廊下で、僕達は出会った。

 僕、碇シンジと、惣流アスカ・ラングレー。

 今思えば、彼女一流の負けん気がそうさせたんだということは分かっている。

 高校三年で転校してきた彼女。

 ドイツからの帰国子女だった。

 誰も友達のいない学校で、なめられないように気を張っていたのだろうか。

 いきなりのことに思わず僕も本気になっていた。




 「アンタが碇シンジね」




 後ろから肩を叩かれ彼女にそう告げられた瞬間。

 その大きな瞳と眩く光る金色の髪、スラリと伸びた手足、挑発するような胸と折れそうな程くびれた腰。

 心拍数がマスタングのように跳ね上がり、潜水夫の様に息を詰めた。




 「アタシが来たから学年二番になってしまう碇シンジ君ね」




 その美貌と口調の較差に唖然としてしまった。

 直感で悟った。

 僕が今までコツコツと積み上げてきた物を、この娘は一瞬で崩そうとしている、と。

 浴びせられる言葉。

 気づくと、僕達は。

 18歳になろうともしているのに、8歳の子供の様に取っ組み合いの喧嘩をしていた。

 思い返せばソレが、初めて他人に見せた真実の僕の姿だったのかもしれない。

 友人に優しく、先生に信頼され、親の期待を裏切らず、影の努力で頭脳明晰ぶった僕の、真実の姿。





























True love. (The past)




























 面と向かっては礼儀正しいが、影ではあの高慢な女、尊大な男、そう呼び合っていた。

 偶然一緒の場にいると、僕達は笑顔で話をしていた。




 電車に乗っていて、ふと運転席を見たら猿が運転していた感じ。




 後日友人がその時の感想を言った。




 アスカはその美貌と学力でたちまち校内一の有名人となった。

 最初の学力テストで僕と同点の主席。

 教師達は僕達が互いに競い合って、学力を高めていくのを二人を焚き付けることによって促進した。

 僕はアスカが天才なのではなくて、努力の人だということに気がついていた。

 そしてアスカが僕が同じタイプの人間であるということに気がついていることを知っていた。

 同族嫌悪という奴か、僕達は同極の磁石の様に激しく反発した。

 ひたすら勉強を続けた。

 夜中眠くなると彼女が僕以上に努力していることを思い、更に奮起した。

 期末テストも同点首位に終わり、夏になった。

 夏休みは夏期講習。

 息抜きに友人達と海に行ったりもしたが、生活はほとんど変わらなかった。

 恋愛らしきものもお互いに若干あったが、夏と共に終わっていった。




 秋の模擬テストで僕はアスカより上位に立った。

 次の日学校で、僕がカンニングをやっていたと吹聴する彼女の姿があった。

 そしてお決まりの罵詈雑言大会。




 僕達の進路はすでに確定していた。

 新東京大学に合格するのは既成事実として知っていた。

 もはや勝負は、合否よりも難関といわれる高松宮奨学金をどちらが取れるかになっていた。

 受験勉強をしつつ論文執筆。

 取得できるのは一人。

 こればかりは逃すわけにはいかなかった。

 この特待生になれば、学費免除の上、生活費にも色を付けてもらえる。

 僕の家はあまり裕福でない家庭だったため、親の負担をこれ以上かけさせるわけにはいかなかった。




 秋が過ぎて冬になった。

 大学は当然のように合格した。

 合格発表の一週間後、論文を提出した。

 その時、僕の足下で何かが崩れ落ちた。

 終わった。

 気が抜け、活力がなくなり、目的を見失い、僕には何もなくなった。

 次に何を目指すのか。

 何も考えられなかった。




 発表まで一週間となったある日。

 僕は家の近所を散歩していた。

 とある児童公園の側を通りかかったとき、アスカがベンチに座っているのを見つけた。

 彼女の家が近所であることをふと思い出した。  無視して通り過ぎようと思ったが、何とはなしに彼女の方へ足を向けた。

 アスカの前で立ち止まったとき、視線が重なった。

 普段ならここから毒舌合戦が始まるのに、今日に限ってアスカは沈黙を守っていた。

 そして僕は、アスカの眼から光る滴が流れているのに気がついた。




 「座ってもいいかな」

 かすかに頷くのを見て隣に腰掛けた。

 ポケットを探り、よれよれのハンカチしかなかったのを後悔しながら、アスカに手渡した。

 アスカが小さく絞り出した言葉に何の冗談かと思った。

 彼女がお礼を言うなんて。




 「どうしたの」




 アスカの父親はドイツにいたらしかった。

 母親はすでに亡く、親子二人だけの家族だった。

 大学は日本の大学へとの父親の意向で、彼女は日本へ来たらしかった。

 小さなアパートで一人暮らしをしているという。

 普段ほとんど死んでいる電話が、先ほど息を吹き返したという。

 悪い予感を覚えてでたアスカの耳に入ってきたのは、父親の訃報だった。




 こんなときどうすればいいのか。

 ショックで落ち込み、涙を流す綺麗な女の子。

 隣に腰掛けた不倶戴天のライバル。

 同じ存在とは思えなかった。

 どうすればいいのか。

 頭で悩んでいる間に、本能がアスカの身体を抱きしめていた。

 僕の胸の中にかき抱いていた。

 堰が切れたように泣きじゃくるアスカ。

 何もできない僕は、ただ彼女を慈しむように抱いていた。




 6時間後、僕達はドイツ行きの飛行機の中にいた。

 あの後僕は、彼女に同行を申し出たのだった。

 何がそうさせたのかその時は気がつかなかった。

 断るかと思った彼女は僕を受け入れた。

 自分を探るような表情をしていたため、同じような考えをしていたのだろう。

 飛行機の中、僕達は終始無言だった。

 しかし席の間の肘掛けの上で、しっかりと手が結ばれていた。




 一緒に行くと言いながら飛行機代もない僕に、アスカはその時だけ嬉しそうに言った。




 「貸しにしておいてあげるわ」




 いつもだったら言い返すのに、この時だけは何も言えなかった。

 逆に、借りとくと応えてしまった。




 ドイツでは彼女は立派に葬式を仕切った。

 気丈にも涙を流すことはなかった。

 僕の胸に染みを作ったアスカと、気丈なアスカ。

 どっちが本当の彼女なのか。

 答えはとっくに出ていた。

 ただ気がつかない振りをしていたのだった。


 アスカの父親を埋葬して家の整理が終わると、僕達はさっさと帰国した。

 帰りの機上で彼女の精神状態は回復したように思えた。

 以前より彼女の言動に反感を覚えなくなったのはなぜか。

 アスカといると悪い気持ちはしない。

 逆に心地が良い。

 それに気がついた。

 奨学金の話題が上った時、僕の口から思ってもなかった言葉が出てきた。




 「もし僕が奨学金を取ったら君と付き合ってやるよ。哀れな父なし娘と付き合ってやる物好きなんて、僕くらいの者だろうから」




 そんな事を言い出すつもりじゃなかったのに、口を衝いて出て来てしまった。

 意外にもアスカは怒り出しもせずにこう応じた。




 「アンタがアタシより良いものが書けたとは思わないから、その賭けのってやるわ。その代わり取れなかったら二度とアタシの前に姿を見せないでくれる」




 こうして奇妙な賭けが成立した。

 しかし僕の自信は崩れかけていた。

 思わずあんなことを口走り、しかも負けた時の代償は。

 そう、いつのまにか僕はアスカに夢中になっていた。

 可愛さ余って憎さ百倍とはいうが、憎さ余って可愛さ百倍とは。

 少し前なら狂気の沙汰だと思っただろう。

 帰国してから発表までの3日間、それまでの人生で一番不安な時を過ごした。

 彼女の気持ちを知っていたらその不安は解消されただろうが、もちろん知る由もなかった。




 発表の日は丁度登校日だった。

 寝不足の眼を擦って学校へ向かった。

 結果は本人に通知ではなく、校長先生の元にもたらされるはずだった。

 そわそわとしながら時間がゆっくり過ぎていった。

 そしてお昼少し前に、僕とアスカは校長室へ呼び出された。

 ドアの前で帰国以来の対面をした。




 「約束は守ってもらうから」




 「こっちのセリフよ」




 同時に校長室へ入ると、満面の笑みを浮かべた校長先生が僕達を迎え入れた。

 優秀なキミタチがなんたらかんたらと長い話が始まり、そして最後に奨学金取得者の名前が呼ばれた。




 惣流アスカラングレー。




 足が消失したみたいだった。

 涙が溢れそうになった。

 血の気が引いていった。

 奨学金を取得できなかった生ではない。

 それによってもたらされる結果に、僕はかつてないほどに打ちのめされたのだった。

 ゆっくりと彼女の方を向くと、絞り出すようにして祝福の言葉を告げた。

 勝ち誇っているだろうと思っていたのに、アスカのその白い肌が透き通りそうなくらい青白くなっていた。

 気遣う余裕もない僕は、耐え切れずに部屋を飛び出した。

 どこをどう走ったのか、いつのまにかあの時の公園にいた。

 どれくらいの時がたったのか、アスカが目の前に立っていた。




 「約束は守るよ」




 僕が呟いた瞬間、アスカが泣きじゃくり始めた。




 同じ言葉のリフレイン。




 「違う違う違う違う違う違う違う違う」




 僕は幼子のように号泣するアスカを、抱き寄せたいという思いに抵抗することができなかった。







 初めてのキスは、海の味がした。







 僕達はブロンズ像よりも固く硬く堅く、抱き合っていた。




 学校へ手を繋ぎながら戻った僕達を、思いがけもないニュースが寒空の下待っていた。




 ・・・どちらを取捨するか私共は迷い、そして甲乙付けるということが不可能だという結論に達し、今年の奨学金取得者は特例を持ちまして二名選出とお祝いの気持ちを添えてお知らせいたします。以下 両名・・・。




 校長が名前だけを言って、しかもアスカの名前を聞いた時点で僕達は二人の世界へ旅立ってしまったわけであった。

 唖然、呆然、憮然。

 一瞬後僕達は歓声を上げて抱き合った。

 祝福の声と共に友人達が集ってくる。

 そしてまさしく僕達は彼らを唖然とさせた。

 悪口雑言の嵐しか生み出さなかった二人の口が、しっかりと合わせられていたからだった。







 「引き分けの場合を考えていなかったわね」




 「君はお情けで当選だから、僕の勝ちだよ」




 「泣いて付き合ってくれと言ったら、好きになってあげても良いわ」




 「好きになったから付き合うんだろ」




 「ベクトルの方向が180度変わっただけで、想う強さは一緒よ」




 「ずっとアスカだけを想うよ」




 「それならアタシも負けないわ」




 再び僕達は抱き合って、濃厚な口付けを繰り返した。

 今までのビハインドを取り戻すかのように。

 周りは目に入らなかった。

 世界は二人だけだった。




つづく
ver.-1.00 1999_04/17 公開
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 久方ぶりです。

 ”BothWings”と”Sweet〜”の区切りがついてちょっと気が抜けてしまったため、間が空いていました。

 またもや新シリーズ?

 ではありません。

 そんなことしたら自分の首を絞めてしまうようなものですから。(--ゞ

 今回の”True love”は”The past編”と”Present and...編”の二話構成の予定です。

 もしかしたら間に一話。

 三話以上になることはないと思います。

 今回の話も元ネタがあります。

 ばらすとアレなんで、次の後書きで元ネタ出します。

 かなり短くして、色々変えちゃいましたけど。

 何が元か気がついた人はメール下さい。

 何かあげます。

 ヒントは外国人作家です。

 本作完結の後、”BothWings”第二部始めていきたいと思っています。

 構想中でどうなるか全く解りませんけど。

 またメール頂けたら幸せなんで、よろしくお願いいたします。

 できればまた近いうちに。




 ZERO








 ZEROさんの『True love.』The past編、公開です。






 可愛さ余って憎さ100倍

  ならぬ

 憎さ余って可愛さ100倍

  〜♪


 いやいや、
 最初から

 可愛さ余って憎さ100倍的対応だったのかもね(^^)



 真実の自分を見せることが出来る相手に
 相手なのに、相手だからこそ、 うそを付いてきて・・


 これからは、もう、正直に、思いっきり

 やっちゃってくださいな☆




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