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[笑い猫・くろん]の部屋
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唐突に始まる世界は白い闇。
上下左右、距離感、そういったものが何もない、自分の姿さえ存在しない無限の白色空間。
そこに、一本の線。
距離感がないのに遥か彼方と認識される水平線。
それが最初に目に入る。
自分の姿を得る。というより、定義する。
自分の姿。自分という存在を示すための記号。
時には人、時には鳥、時には魚、時には眼、耳、口、手足。
自他に認識させるため、自他と情報の伝達を行うための記号。
少なくともこれが必要。少なくともこれで充分。
空間認識力が落ち着いてくる。
便宜上として定義される上下の感覚。
眼下には全方位に敷き詰められる格子模様。
不自由、安息、絶望、とにかく様々なもの得る・・・・・・事もあり、事もなし。
展開される世界に、接合する。
新世紀エヴァンゲリオン:サイドストーリー
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鋼 の 器 |
Mana like the OVERDRIVE. |
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時に、西暦2015年
陽光きらめく洋上。
ビル等が水没している海上を飛んでいる。
海上に落ちる影。
更に下には、海中を進む巨大な人型のシルエット。
半分水没し、既に朽ちている旧市街。水鳥と蝉の声が響くのみ。
線路や道路が、途中から海に飲まれている。
山を崩して造られている新市街。
海岸線に陣取っている、国連軍。
水平線上に起こる巨大な水柱。
無人の街に響くサイレンとアナウンス。
「本日12時30分。東海地方を中心とした関東、中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は、すみやかに指定のシェルターへ避難してください。繰り返しお伝えします・・・」
ホームに止まったままの電車。蝉の声。
全線運転中止の掲示板。
全ての信号が赤を点灯している。路肩に放置されたままの車。
シャッターの降りている町並み。
動くものが、何もない。
無人の街を一台だけ、走る車。
青い車。運転席は伺えない。
駅に移動する視界。
公衆電話をかけている少年。
街に爆音が響く。
『第3新東京市まで13km』の標識。
目線を落とし手元の書類を見ている。
チラッと時計を気にする素振り。
『そんな所で何してるの?』
何もない道路の方に眼を向けている少年。
その視線の先には一人の少女。
『水色の髪・・・不思議な色・・・』
こちらに向きなおる少女。
赤い眼。
何かを伝えるように動く唇。
『気づいた?この距離で?』
突然目の前を横切る影。
鳴きながら飛び立つ鳥の音。
視点を戻す。
何もない道路。
『・・・あれ?さっき確かにいたのに・・・』
突然、あたりに轟く衝撃音。
ビリビリと震える建物のガラス。
微かにゆれる視界。
何が起こっているのかわからない様子の少年。
音の方へ振り向く。
森が切れて眼前にひろがる田園。まっすぐに伸びているモノレールの高架レール。
山の稜線の奥で広がっている土煙。
並行移動で出てくる重戦闘機群。
続いて姿を現す、巨人。
転移。
正面の巨大ディスプレイの表示に照らし出される、薄暗い巨大な空間。
雛壇状に構成されたフロア最上段で、壮年の軍人たちがコンソールを叩きながらわめいている。
鳴り止まない各種警告音。
「正体不明の物体は本所に対し進行中」
「目標を映像で確認。主モニターにまわします」
ディスプレイに移動物体が表示される。
「目標は依然、本所に対し進行中」
指揮を執る軍人たちを見下ろす男達。
人物照合。確認。
碇司令。傍らに冬月副司令。
「・・・・・・15年ぶりだね」
確信を持って言い切る男の声。
「ああ、まちがいない。使徒だ」
『使徒っていうんだ・・・あの大きいの・・・』
転移。
猛攻を加える国連軍。しかし、使徒と呼ばれる巨人は歩みを止めない。
顔のように見える部分を傾けて眼を瞬きするようなあどけない仕種。
直後、巨人の腕から伸びた光が国連軍の重戦闘機を貫通し、爆破する。
巨人が叩き落とした戦闘機が爆発し、先ほどの少年が爆風に飲み込まれそうになる。
間に入り、彼をかばうように急停車する青い車。
発砲する重戦闘機。
車の周囲にも着弾。
降り注ぐ破片。
煙の中から出てくるボロボロの車。
間髪を入れず、すぐ側を踏む巨人の脚。
転移。
状況報告が次々と入っている。
国連軍士官と同席している、碇司令と冬月副司令。
「目標は依然健在。現在も第3新東京市に向かい、進行中」
「航空隊の戦力では足止めできません!」
「総力戦だ!厚木と入間の戦闘機も、全機あげさせろ」
「出し惜しみはなしだ!何としても目標をつぶせ」
巨人に直撃して爆発するミサイル。
「直撃のはずだが」
「何故だ?!一体何なんだね、あれは」
『・・・使徒だってば。さっき後ろで言ってたの、聞こえなかったの?』
「ミサイルもだめ、爆撃効果も、まるでなしか」
「目標はDエリアに侵入しました」
「やはり、A.T.フィールドか」
「ああ。使徒に対し通常兵器では、役に立たんよ」
点滅する赤電話のランプ。カードキーを差し込んでから、士官の一人が取る。
「わかりました。予定通り、発動します」
転移。
巨人を取り囲むようにしていた重戦闘機群。一斉に全速で、巨人の側から離れていく。
「全機、速やかに目標から離脱」
急いで距離を取る。
進む使徒。
地平線の彼方で起こる大爆発。
上がる巨大な火球。
田畑を伝わってくる衝撃波。
横に吹き飛ばされる車
ノイズだらけになる視界。
『・・・・・・・・・っつぅ』
強制切断された。
『間に合わなかった・・・とりあえず状況を・・・え、と。こっちがいけるかな?』
再接続。
転移。
ノイズだらけのモニター。
「やった!」
歓声を上げる軍人たち。
「目標は?」
「電波障害のため、映像では確認できません」
「あの爆発だ。ケリはついてるよ」
「残念ながら、君たちの出番はなかったようだな」
士官の一人が碇司令と冬月副司令に勝ち誇ったように語り掛ける。
「その後、目標は?」
「電波障害のため確認できません」
「あの爆発だ。ケリはついてる!」
「センサー回復します」
「爆心地にエネルギー反応」
「何だと?!」
回復するモニターに、炎の中の使徒の姿が映る。
使徒の姿にどよめく一同。
「我々の切り札が・・・・・・」
「なんてことだ」
士官の一人が悔しそうに拳を机に叩きつける。
「化け物めっ!!」
焦土と化した地上に立つ使徒。
周辺を飛ぶ無人ヘリ。
まるで呼吸するかのように動くエラ状の部分。
更にそれまで頭部だったものを、押しのけるようにして顔を見せている新しい頭らしきもの。
多少のダメージはあるが、健在な使徒。
『こっちのカメラがまだ生きてるから・・・割り込んで・・・・と、これでよし』
割り込み接合。
転移。
爆心地では使徒が、その身体に受けたダメージを回復しつつあった。
「予想通り自己修復中か」
冬月副司令がモニターを見ながら口を開く。
「そうでなければ単独兵器として役に立たんよ」
碇司令が答える。
モニターに向かって光を放つ使徒。
ノイズに変わる視界。
「ほう・・・たいしたものだ。機能増幅まで可能なのか」
「おまけに知恵も付いたようだ」
「この分では再度侵攻は時間の問題だな」
再度点灯するモニター。
別アングルから、使徒を見上げた姿。
沈黙の後、士官の一人が口を開く。
「出し惜しみはなしだ。もう一つの切り札を使う」
「トライデント級か・・・機密漏洩も仕方あるまい」
再びカードキーが差し込まれる赤電話。
下される命令。
割り込み通信。
突然、使徒を映す視界の隅に四角いパネルが着信音と共に開き、当初の予定通りに作戦を開始する事が告げられる。
隣に新しいパネルが開き、市街地の地図が三次元表示される。
地図上には部隊の展開状態、使徒の状態、予想進路など、戦況が様々な記号で示される。
通信終了と共にパネルが全て閉じ、視界には使徒の姿だけが残る。
『・・・・・・了解。』
Mana like the
OVERDRIVE.
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EPISODE:1
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HARDWIRED
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切断。
「・・・・・・ふぅ」
ため息を一つつく少女。
先程割り込みをかけた、無人偵察機に搭載されているカメラとの接合を解除する。
地上の使徒と呼ばれる巨人の姿は消え去り、見慣れた光景に戻る。
ヘルメットに接続されている接合ケーブルから伝送されてくる視覚情報が、肉眼視野の上に割り込んで二重露光のように、いくつもの情報パネルとコクピット内とが同時に目の前に広がる。
バイクのように前傾姿勢で搭乗するため独特の形状をした、少女の体型に合わせて作られている座席。
そのままうつ伏せになって、少女はもう一つため息をつく。
海中に息を潜めている、トライデント級陸上軽巡洋艦の二番艦。『紫電改』
2020年の実戦配備を目指す、戦自の秘密兵器。巡洋艦という名に似合わず肉食恐竜を連想させる外観を持つ、史上最大級の機動兵器。
その実験機。
そのコクピット内に、少女が一人。
耐熱、対ショック、生命維持、疑似神経網、その他諸機能が内蔵されたパイロットスーツと、接合用皮膚電極が内蔵されたヘルメットに身を固めた姿。
ヘルメットの左右後部とパイロットスーツの両手甲にあるコネクターに、コクピットから伸びる電脳接合用のケーブルが接続されている。
座席から身を起こし、眼を閉じてみる。
目の前は暗転するが、視覚に直結されているパネルは相変わらず明滅しながら情報を送り込んでくる。
最初は落ち着かなかったような気もする。最初というのがいつ頃なのかはもう思い出せないが。
N2地雷の閃光、使徒と呼ばれる巨人、打ち落とされる重戦闘機。
先程までの光景が、時間軸を溯るように浮かんでは消えていく。
地上で繰り広げられた戦闘。確かな現実。だが、接合した無人偵察機のカメラ越しに見た光景はどこかぼんやりと、ありがちな回想シーンのようにモノクロでモノラルな仮想現実としてのフィルターを通して展開される。
(これから、あそこに、私は行くんだ・・・)
わざとらしく心に単語を羅列して、今後の自分の状況を再認識しようと試みる。
今一つ現実感の無い初めての実戦という状況。その上、目標はおおよそ常識からかけ離れた巨人。加えて、完全閉鎖されたコクピット内から接合ケーブル経由の情報のみで認識する外界。
言葉の定義自体が自己矛盾を起こしている「現実感」という枠に当てはめて状況を再認識する試みは、今一つ成果が上がりそうにない。
(私・・・何してるんだろう?)
今までに幾度となく提示されてきた疑問。
疑問というより、自分を確認するための文句。
答えは分かりきっている。この巨大な機動兵器を駆るためにここにいるのだ。
意識体接合して得る外界情報が世界の全て。ヘルメットと両手首のコネクターから伸びるケーブルが世界との絆。
鋼鉄の人形を自らの眼、耳、口、手足として操る、鋼化結線された人形使い。それが今の自分の定義。自分という記号。
少なくともそれで充分。
(そういえば・・・あの子たち、何してたんだろう?)
無人の市街で自分と同年代の少年少女の姿を見かけたあたりまで、回想シーンの時間軸が溯ったところで提示された疑問。
映像受信履歴を呼び出す。
指一つ動かさず、声にも出さず、ただ考えるだけ。思考命令はヘルメット内面の皮膚電極から受信変換されて、ケーブル経由で電子信号として入力され、少女専用に調律された電脳が応答し、視界に疑似展開されている論理空間にコマンドパネルが開く。操作形態が違うだけで基本的には普通のコンピュータと大差はない。
ほんの少し間を置いて新たにパネルが開き、先程の無人偵察機のカメラの視覚が再生される。
早送りを指定。加速する視界。
超音速で洋上を駆け抜け、無人の市街地に突入したところで速度を少し落とす。
駅に飛来し、目的の少年の姿を確認したところで停止。拡大してみる。
13、4歳くらいの線が細い、どこか気の弱そうな印象のある少年。夏物の制服を着ている。
傍らには大きなスポーツバッグ。旅行か何かだろうか。
人物照合してみたが、当然該当者はない。避難し遅れた民間人と思う事にする。
更に拡大してみる。
中肉中背。色白で女性的な顔立ち。不安げな表情。少女の周囲の少年たちにはあまりいないタイプ。
(かわいい、かもしれない・・・)
率直かつ安直な感想。
突然鳴り響く着信音に、意識を引き戻される。
なぜか慌てて、映像パネルを閉じる。どこか白々しい動作。
新たにパネルが開き先ほどの少年とは対照的な、浅黒い肌をした精悍な顔立ちの少年が姿を現わす。
「マナ、そっちの方は大丈夫か?」
「あ、ムサシ・・・」
マナと呼ばれた少女が答える。
霧島マナ。それが彼女の名前。これもまた彼女を示す記号。
「こっちは大丈夫。いつもの訓練と変わらないわ。おまかせオッケー♪って感じ」
マウスピースのせいで喋りにくい。本来なら声は口の中でくぐもった感じになるが、接合されているデッキが発声しようとする動作をバイパスして取り込み、明瞭な合成音声として通信端末に出力するため何の支障も無い。
「マナは相変わらずだな・・・」
拍子抜けしたような、安心したような笑顔で少年が口を開く。
彼の名前はムサシ・リー・ストラスバーグ。少女と共にトライデント級のパイロットとしての訓練を受けた一人。鋼化結線済みの人形使い。
パネルの片隅に、本部の端末から没入しているとの表示。
「そういえば、さっきまで勝手にあちこちカメラ乗っ取ってただろ」
「あ、うん。分かった?」
「やたらと転移の軌跡が出てるんでログ追ってみたら、いきなりあのでっかい奴がばーんって。何かと思ったぞ」
「小首傾げてお目々パチクリしてたよね。『いぢめる?』って感じで。ちょっとかわいいなぁとか思ったりして♪」
「・・・N2地雷食らって平気な化け物を『かわいい』って・・・状況見てたんだろ?あんなの相手にするなんて、訓練じゃやってないぞ」
「そりゃあ、実戦じゃ何が起こるか分からないってのがお約束じゃない。頭柔らかくしないとね。分っかるかなぁ、ムサシくぅん?」
「そういう問題じゃ・・・まあ、マナらしくていいけどな」
「・・・どういう意味かは、帰ってからゆっくり聞かせてもらうからね」
「それはともかくとしてだなぁ」
「あ、話し逸らしたぁ」
「いや、そうじゃなくて真面目な話だって・・・司令室覗いてたのはヤバくないか?」
「司令室?・・・そんなとこ見てないわよ。国連の特務機関だっけ?さすがにそんな無茶はしないわよ」
「え?じゃあ、あれは・・・」
「アレって何?」
「・・・え、と。あれ?ログ残ってないし・・・勘違いか?」
「気になるわねぇ。何か面白いものでもあったの?」
「いや・・・視覚に直結したら、時々、一瞬だけど司令室の映像が雑ざってたような気がしたから」
「・・・・・・・・・うぅ」
「な、何だよ?」
「・・・ムサシのえっち」
「だあっ!何でいきなりそうなるんだよ!!」
「だってだって、勝手に私の眼に入ってたって事でしょ?見てたんでしょ?」
「心配だからちょっと繋いでみただけだってば!ほんのちらっとしか見てないし、って・・・そういう意味じゃ無いって!!」
「あぁぁぁ、私の眼から全部見てたんだぁ。こっそりとぉ。ノゾキ魔だったんだぁ・・・ショックぅ」
「違うって!第一、搭乗してからじゃ何も面白いもの見れないだろうが!」
「あぁ、本音が出たぁ!着替えとかシャワーとかなら見たいんだぁ!うぅ、すけべすけべぇ」
「もう何が何だか・・・とにかく違うって!大体、お前のつるぺた見たって今更・・・」
「な、何をぉ!!言うに事欠いてとんでもない事を!!それに、今更って何なのよ!!」
「だ、だから今のは言葉のあやってやつでだなぁ・・・違うんだぁ、ホントに・・・」
「私、ムサシとケイタはそういうとこ、ちょっとだけしかないって信じてたのに・・・裏切られたぁ!・・・助けてケイタ、私、むっつりすけべぃなムサシにあんなものやこんなものまで見られちゃいそうなの、っていうか見られちゃってた感じなのぉ。お嫁に行けないぃ・・・ぐしぐし」
「・・・マナぁ、勘弁してくれよぉ」
「・・・・・・責任、とってくれる?」
「・・・うぅ、俺が悪かったから許してくれ、頼むから」
「ふふっ、冗談だってば。貸しにしといたげるね♪」
「・・・・・・・・・はぁ」
『・・・それって、楽しい?』
「ふふふっ、まあそれはそれとして・・・ケイタはどうしてる?」
「・・・歩けるくらいまで回復してる。神経やられたからまだ接合は無理だけど、すぐに良くなるって」
「そっかぁ。よかった。私が見た時は、まだ意識戻ってなかったから・・・」
もう一人の人形使いである、そばかす顔であどけない印象の少年、浅利ケイタを思い出す。最後に見たのは包帯だらけの姿。
「・・・・・・ケイタの奴、悔しがってた。怪我さえしなければ、自分が出たのにって」
「テスト中の事故だもん、仕方ないよ。無茶したのはケイタじゃないもの。元気出してもらわないとね」
「・・・俺は何ともないのに『震電』が間に合わなくて・・・マナ一人に戦わせて・・・すまない」
トライデント級の三番艦・震電。ケイタの一番艦・雷電とマナの紫電改から収拾したデータを元に建造された制式型。ムサシの人形。
「ムサシのせいじゃないよ。大丈夫、私だってムサシやケイタと一緒に頑張ってきたんだから。私と紫電改でちゃっちゃっと片づけてくるから、そこでゆっくり見ててよ。ね、ムサシ。何なら、ちょっとくらいなら眼に繋いでもいいからさ」
「マナも身体をやられてるのに・・・俺は何もできないなんて・・・」
マナは訓練中に機動兵器の振動で内臓を傷めていた。
意識体接合に伴って神経を一部遮断するため、多少の肉体へのダメージは影響無い。極端な話、脳さえ無事なら問題ない。重要なのは機体とパイロットの呼吸、人工神経網を張り巡らされた鋼鉄の人形と人形使いの脳と意識との接合、鋼化結線された人形劇をいかにうまく演じれるかという点のみ。
「気にしなくていいってば。薬も効いてるし大丈夫よ。接合すれば痛くも痒くもないし。のーぷろぶれむって事♪」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・ね。ほら、そんな顔しないでさ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
『鬱陶しい奴』
「・・・ね、ムサシ。私はこれから、出撃するんだ。初めての実戦なんだ」
「・・・すまない」
「だからさ・・・ほら・・・分かんないかなぁ」
「・・・?」
「え、と。その・・・応援して欲しいんだけど・・・励まして欲しいんだけど・・・ダメ?」
「あ!・・・ごめん!悪かった・・・えっと・・・旨く言えないけど・・・気をつけて」
「ありがとう」
「無理はするなよ!危ないと思ったら逃げていいんだから、とにかく無事で帰るんだぞ!」
逃げるという行動オプションが最初から存在していない事は分かっている。
「ありがとう・・・じゃ、切るね。そろそろ時間だし」
「・・・分かった。本当に、気をつけてな。それじゃ、またな」
「じゃ、またね」
閉じる通信パネル。
もう一つため息。
(最後まで、「頑張れ」って言ってくれなかったな・・・)
『・・・言われたところで、それはそれで面白くないくせに』
深呼吸を一つして、マウスピースを咥え直すマナ。
各部のコネクターのロックを再確認し、ヘルメットのバイザーを下ろす。
論理空間上にコマンドパネルを開き、起動処理を機械的に進めていく。
訓練で何度も何度も繰り返した、最終接合への移行処理。
視界に大小様々なパネルが開き、赤から緑に変化しつつパイロットと機体のコンディションが正常である事を通知し、閉じていく。システムチェック、火器システムチェック、コンピュータチェック、動力炉チェック・・・めまぐるしく変わる光景。
(好きじゃない)
コクピット天井の一部が降りて来て身体を固定し、背中と腰と足のロックで座席に縛り付けられる。
(好きじゃない)
口の中に響く空気が漏れるような音。麻酔の味。
(好きじゃない)
やがてパネルの明滅が止まり、視界の中央に意識体接合レベルを実動段階にシフトする事を確認するパネルが一つ。
手動で、承認キーを入力する。
両眼が左右に広がりつつ額や背中など身体の各部から新たに眼がせり出し、全周囲の視覚を得る。
(好きじゃない)
パイロットの意識体の波紋パターンを用いた最終認証。
自分が自分であるという証明。
『それってホント?ホントにホント?』
神経伝達物質が接合ソケットから身体中に流れ込み、覚醒させ、頭の中にまばゆい光が満ち溢れる。銀色の閃光と断片的な同期入出力が、視覚情報の形で砂曼荼羅のように走り抜ける。紫電改の電脳データ・マトリクス構造体がマナの意識体の波紋パルスに同調し、彼女の拡張意識は人工神経網を駆け巡る。鋼化結線。
(嫌いじゃない)
軽い目眩と浮遊感。一瞬のホワイトアウトの直後に、電脳の論理基盤に着床する。意識体接合。
(嫌いじゃない)
コクピット内に固定されている自分と、機体と一体化して海中に佇む自分とを同時に認識する感覚。コクピット内を見回す眼の動きと機体各部の光学センサーを旋回させる動き、コントロールレバーを握る手と今はハンガーで固定されているマニピュレーターの動作とを同時に別個に行う感覚。
外界情報が丸みを加えた形で、疑似情報として全身に広がる。海水の冷たい感触、最外殻装甲の硬い質感。機体を支える脚部への重量感。
(嫌いじゃない)
再びパネルの明滅がはじまり、起動処理が正常終了した事が通知される。
視覚上の論理空間上に各種計器類がいくつもオーバーラップし、織り合わされ、超三次元の光景が形成される。
電子工学上の素粒子の現実とデータとによって創造された、新たな現実空間。
彼女の世界。
新たにパネルを開いて作戦内容を表示させ、一瞥して視界の片隅に追いやる。
市街地への進入コースは既に設定済み。三次元表示された市街図に様々な色で各種ルートが表示されているが、マナには選択の余地はほとんど無い。オートパイロットを指定。
再び開く通信パネル。作戦内容と状況を再確認。
すべては予定通り。何も問題はない。
『あなた以外はね』
肉体の現実は終わり、電脳の夢の続きが始まる。
転移。
正面スクリーンに映し出される使徒。
「目標は移動を開始」
「第3防衛線まであと400秒」
オペレーターたちが次々と状況を報告する。
受話器を置き、冬月副司令が碇司令に話し掛ける。
「サードチルドレンが到着したそうだ・・・どうする気だ?」
「別室にて説明を受けさせそのまま待機。この分岐なら使わずに済むかもしれん」
「そう願いたいものだな・・・危険は避けておきたいだろう」
「元々、エヴァは兵器として造られたわけでは無い。無駄に危険にさらさずに済むなら、それに越した事はない」
「・・・・・・そうか」
「うまくいけばレイも予備に回せる・・・何も問題はない」
無表情のまま、正面スクリーンを見つめる碇司令。
電話に向き直り指示を出す冬月副司令。
転移。
背中の6基のスラスターを始動させる。スターターの呻きに合わせてタービンの回転羽がゆっくりと回転を始めていく。
やがて甲高い音を立ててブレードが息を吹き返し、勢い良く回転する。
軽く海底を蹴りそのまま出力を上げ、巡航モードに入る。設定されたコースに従って、鈍重な機体をハイドロジェット推進によって滑らかに泳がせていく。
決して透明度が高いとは言えない海中の通常視界に、各種センサーからの入力によって合成された三次元モデル図が透過描写される。
やがて海面に浮上し、そのまま滑走。オートバランスによって保たれる機体姿勢。
次第に見えてくる戦闘跡の光景。
未だに煙を上げる戦闘機の残骸、飛び交う救護ヘリ、破壊された海岸線、巣を破壊された蟻の群れのように動き回る兵士。
ぼんやりと夢の中のように展開していく、先ほどの無人偵察機越しの映像と変わらない光景。違うのは、今は自分がその光景を構成する一部だという点。
(・・・・・・・・・?)
初陣を前にして不思議と沈静化するマナの意識体は、気だるい光景の中、紫電改の論理基板上で揺らぎを見せる。
型を持たない問題提起の波紋が広がる。
『人形使いの操り人形。それがあなたという記号』
(私は紫電改パイロット、霧島マナ・・・鋼化結線済みの人形使い)
『そう・・・それなのに、何を悩むの?』
アラームと共にメッセージパネルが開き、市街地へ接近した事を告げる。
スラスターを停止させ、所定の位置に着陸する。
脚部から路面を砕く感触が伝わってくるが、気にせずそのまま移動を開始する。
使徒の背後へ迂回するように進入コースを設定。
背中に相当する部分から小型無人偵察機を射出し、市街地に先行突入させる。
更に広がる視界。身体の各部に眼が増えている感覚に俯瞰が加わり、それらが全て合成されて再構築される視界。
さらに深まる、夢の中のような感覚。
転移。
スクリーンに姿を現わす紫電改。
あちこちから感嘆の声が漏れる。
「あれがそうか・・・ほう、一応形にはなったようだな」
興奮する軍人たちを尻目に、淡々と、冬月副司令。
「手探り状態であそこまで仕上げたんだ。たいしたものだよ」
淡々と、碇司令。
「動力は熱核式原子炉か・・・何を考えているのやら」
「開発途上とはいえ、実用面から見れば無難な選択だよ。無知ゆえの選択とも言えるがな」
「とりあえずは様子見だな。赤城博士と葛城一尉は・・・サードチルドレンに説明中か。お前は行かないのか?」
「必要ない」
「・・・・・・そうか」
「サードへの説明が終わり次第、二人を発令所へ」
「指揮権はまだ国連軍が握っているが?」
「次から必要になる。連中の手際を見ておくのも良かろう」
「・・・まあ、一度くらいは花を持たせてやるのも悪くはないか」
オペレーターに指示を出す冬月副司令。
無言でモニターを眺める二人。
「・・・碇、本当にこれでいいんだな?」
「・・・・・・・・・・・・」
無言でモニターを眺める二人。
転移。
稜線が薄く明るい夜空にそびえる、墓石のようなビルのシルエット。
その中を縫うように飛んでいる。
小さく明滅する赤いライト。
ビルの陰から出現する巨人、使徒。探照灯の光が当たる。
明かりの落ちたビル街を進んでいく。
その背後から出現する、トライデント級陸上軽巡洋艦・紫電改。
コクピット内では、意識体接合によりほとんどの感覚を紫電改に没入させているためか、人形のように無表情なマナ。
先行させた無人偵察機からの客観的視点を合成した超三次元な視界の中央に、使徒の姿。
全方位から立方体のカーソルが投影描写される。完全に目標を補足した事を告げる各種センサー群。
親指でコントロールレバー上部のカバーを跳ね上げ、安全装置を全て解除する。
論理空間上で明滅する火器管制システム・パネル。
麻酔の味がする唇を歯から引き離し、笑みを浮かべる。
始まりの時。
『それは、すべての終わりの時』
転移。
彼の地。電脳空間。
全方位の格子模様の中、空間上で紫電改を表す記号である重合分子連結体。無限の螺旋構造。
その一分子に示される一般通信ポート。
そこに、ムサシという記号。
行く手を阻むのは侵入対抗電子装備、ICE、氷。
戦闘突入に伴って作動した氷は、つい先ほどまで開放されていた電子ゲートは絶対零度の凍てつきの中。
全てを拒み、触れる事はかなわない無限の氷壁。
阻まれた言葉。
代わりに、届く事の無い言葉。
「マナ・・・死ぬなよ」
−つづく−
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ver.-1.00 1998+11/04 公開
感想・質問・誤字情報などは
こちらまで!
あとがき
こんにちわ(&はじめまして)です。
相変わらず基本的なところで間違っていて、怒られたり怒られたり笑われたりしている今日この頃な、笑い猫・くろんでありますです。
え、と。何を血迷ったか、連載であります。一応シリアスちっくであります。何をいまさらな感じもする本編再構築ものであり、そういう意味ではパロディちっくであります(まあ、所詮は凶悪おポンチ猫が書くものですからねぇ)。
とりあえず蛇足な説明をちょっとだけしますと、要するに「もしも、第壱話で『鋼鉄のガールフレンド』で登場したロボット兵器が投入されて、勝っちゃったらどうなるか」的なお話であります。ありがちといえばありがちな、やったもん勝ちな話でありますね(面倒なので誰もやらなかっただけ率高し&書いてもウケないかもしれないって事に書き始めて気づいたのは比較的秘密)。
従って、主役は霧島マナさんとムサシ・リー・ストラスバーグ君と浅利ケイタ君であり、綾波さんやシンジ君やアスカさんは脇役です。っていうか、出番無しにしたいなぁというのが基本線です。たぶん。きっと。そういう事にしといてくださると吉であります(ムサシ君とケイタ君について。『鋼鉄のガールフレンド』にほんのちょっとだけ登場した、マナさんの同僚な感じのキャラであります。ご存知無い方もいらっしゃるかもしれませんですが、そういうキャラというわけであります。台詞も無く、今回書くにあたって半オリキャラちっくというのが凶であります)。
基本的に本編準拠ちっくに書きますので「霧島さん好き好きぃ♪」とか「らぶらぶマナ×シンジを希望」な方面のお話を希望な方にはやや凶かもしれませんですね。今のうちに謝っときます。あいすみませんです。
と、その他諸々書きたい事は色々あるですが………とりあえず、メールくださった方で読みたいって方だけの秘密という事で、ってまぁ大した事じゃないんですけどね。ただでさえ本文が冗長なのにあとがきまで長くてはダメダメでありますので省略した次第です、はい。本来なら、今後のお話の中で書いてく事なので蛇足な事ですし。
繰り返しになっちゃいますが、所詮は凶悪おポンチ猫がお笑いや電波方面から気分転換に書くものでありますから、とだけ。くすくす☆
ともあれ………「やめろと言われないうちは続けよう」っていうか「やれと言ってくれるうちは続けよう」な感じでありますです。今のところは。話は全部できてるのでやる気だけの問題ですし(私的には、凶悪おポンチ方面な短編や、電波な連作の方を何とかしたいのですが………世の中うまくいかないものでありますです、はい)。
次回はもう少し頑張りたいと思う次第であり、問題無いようなら今後も色々よろしくお願いしますです。
それでは。
笑い猫・くろんさんの『鋼の器/Mana like the OVERDRIVE.』第壱話、公開です。
笑い猫・くろんさん、ついに連載開始〜♪
それも、めぞんで今流行の(?)「本編再構築系」だっ
今までの物は、
やっぱりなんて言っても、
シンジ達が主人公だったけど。。。
これの主役は違うんだよね!?
「?」が付いている訳は−−−笑い猫・くろんさんだから(爆)
どんなトラップ・仕掛けがあるのやら☆
マナとムサシ・ケイタ、
コンピュータ空間、
つおい戦自、
注目ですす。
そしてなんて言っても、
シリアスマナちゃんの活躍・行動に注目っっっす!
紫電改の活躍にもね(^^)/
さあ、訪問者の皆さん。
今度はなんだ?!笑い猫さんに感想メールを送りましょう!
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