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「母さん……とうとうこの日が来たよ……」
 目の前にそびえる巨大な顔。……エヴァンゲリオン初号機。
「……これで、良かったんだよね……母さん」







『勝利者よ……』








───逃げちゃダメだ…




「逃げたかったら逃げてもいいんだぞ、シンジ君。…誰も君を責めたりはしない」
 加持さんのその言葉は僕の心にとても魅力的に響きわたる。
「いえ……、もう、決めたことですから」
「だがな、君はまだ14歳だ。何も君がこんなに重いモノを背負う必要はないだろう」
 いつになく真剣な表情の加持さんに苦笑いを浮かべながら僕は答える。
「もう15歳ですよ、加持さん」
「そうだったな……だが……」
「仕方ないです。僕にしか出来ないんですから」
 そう、僕にしか出来ないんだ。だから僕は逃げる訳にはいかない。
「加持さん、今までどうもありがとうございました。加持さんに会えてすごく良かったと思います」
「シンジ君……」
「ミサトさんの事……大切にしてくださいね。僕がいなくなっても、ちゃんとご飯食べさせて下さい。ビールばかり飲ませてちゃダメですよ」
「シンジ君……こんな時にそんな事を云うな……。君はもっと自分のことを考えるべきだ」
「……充分……考えたつもりです。考えて、やるしかないんだ。そう思いました……。自分の為にも、みんなの為にも」
「……強くなったな、シンジ君」
「……まだまだですよ……」




───逃げちゃダメだ…




「久しぶりやな、シンジ…」
「よぉ……、シンジ」
「トウジ、ケンスケ、来てくれたんだ。」
「ああ、こんな時やからな……」
「シンジ…話は聞いたよ……。なんで、なんでおまえが……」
「いいんだ、ケンスケ」
「シンジ……俺はおまえが羨ましかったよ……。でも、でも、まさかこんな事になってるなんて……」
「すまんなあ、シンジ……。ワシら、おまえに何にもしてやれん……」
「そんなことないよ。ここに……今日ここに来てくれただけで、すごく嬉しいんだ」
「しかしな、シンジ……」
「シンジ、おまえ、本当に、本当にいいのか? 本当に……行っちまうのか?」
「そんな情けない顔するなよ、二人とも。僕は別に死にに行く訳じゃないんだから…」
「同じようなモンや! おまえホンマに解っとんのか? …いや、おまえが一番解っとるはずやったな…」
「なあ、シンジ、俺達何て言っておまえを送っていいか解らないよ…」
「そうだね… 『おめでとう』とでも云って貰おうかな…」
「おまえ…ホンマにアホやで…」




───逃げちゃダメだ…




「綾波…!」


───でも…


 綾波が立っていた。
 顔を俯けているので表情は解らない。
「どうしたの…?」
 何も云わず、ただ立っている綾波に僕は近づいていく。
 その足がふと止まる。綾波の肩が小刻みに震えているのに気付いたから……
「泣いて…いるの?」


───君を見ていると…


 綾波が俯いたままぷるぷると首を振る。
「……綾波」
 僕はまた一歩、綾波に近づく。
「碇君……」
 綾波が顔を上げた。その顔は涙でクシャクシャに歪んでいる。まさか、綾波のこんな顔を見ることになるとは夢にも思っていなかった。


───君と一緒に逃げられたら……そう考えてしまう


「……碇君と一つになりたかった……碇君と一緒に生きたかった…」
「綾波…」
 突然、綾波が僕の胸に飛び込んできた。
 驚く僕の唇に温かい柔らかな感触……
 綾波の唇……
 綾波とのキス……
 綾波の想い……


───でも……

 そして、綾波は僕に背を  僕は追いかけたい衝動に駆られる。
 だが、追いかける訳にはいかなかった。


───逃げちゃダメなんだ…


 追いかけても…僕はもう、何も綾波にしてあげられないから…
 追いかけても綾波を傷つけるだけだと解っているから…

「ごめん……綾波…」




───逃げちゃダメだ…




「シンジ…」
 背後から声が掛かる。
「父さん…」
 父さんがそこに立っていた。
「いよいよだな」
「うん…」
「覚悟は…出来ているか?」
「うん…」
「後悔はしないか?」
「今更…何云ってんだよ…」
「すまん…シンジ。私にもこの事態は予測出来なかった…」
「父さん…」
 僕は心底驚いた。あの父さんが僕に謝るなんて!
 でも……
「父さん……嘘……つかないでよ……」
「シンジ……」
 僕は精一杯皮肉げな笑みを浮かべる。父さんの眼鏡の奥のその瞳に悲しみの色を見つけられなかったから……
 そして、僕は言った。息子を捨てた男に向かって。
「本当は嬉しいんじゃないの? こんな事になって……」
「………」
 父さんは何も答えなかった。
 でも……何故だろう? それでも僕はそんな父さんを恨む事が出来なかった。

 リツコさんと副司令がそんな僕たちを黙って見つめていた。




───逃げちゃダメだ…




「シンジ君、着替えは終わった?」
「ミサトさんですか? ええ、もう終わりました」
 ミサトさんが部屋に入ってきた。
 普段とは違う毅然とした表情で僕を見つめる。
 僕はその視線を静かに受け止めていた。
「覚悟は…出来ているようね」
「ええ」
「そう……」
 突然ミサトさんの表情が歪んだ。眼の端に光ったのは涙だろうか?
「ゴメン……ゴメンね……シンジ君……」
「ミサトさん……」
「私が……私がもう少ししっかりしていればこんな事にはならなかったのに…」
「そんな……ミサトさんのせいじゃないですよ。ミサトさんはいつだって、精一杯やってくれたじゃないですか」
「でも…でも…結局、あなたに全部背負わせてしまって……。ここまで、私達何も出来なかったわ……」
「そんなことないです。ミサトさん達は自分に出来ることを充分に果たしてくれました。今度は…僕が、自分に出来ることを……自分にしか出来ないことを……するだけです」
「でも…でも…」
「泣かないでください、ミサトさん。これで……これで全部上手くいくんですから……。ほら、作戦部長がそんな顔してたら士気にかかわりますよ」
「そう……そうね、シンジ君。……あなたにこんな事云われるなんてね」
 ようやく、ミサトさんが笑ってくれた。その笑みはどこかぎこちなかったが……

 時計を見る……時間だ。
 身が竦む。
 覚悟は……出来ていたはずなのに。


───逃げちゃダメだ…


「時間ね……。行きましょう」
「ええ…」
「アスカも……待っているわ……」
「! ……そうですね」


───逃げちゃダメだ…



 アスカ……
 知っているかい? アスカ。
 君は僕の太陽だったんだよ。
 僕には君が眩しすぎて……君がとても羨ましかった。
 からかわれても、バカにされても、君のそばにいるだけでなんとなく嬉しかった。
 まさか、その君があんな事になるなんて……
 昨日、委員長が僕の所に訪ねてきたよ。
 久しぶりに会ったというのに、いきなり僕の事を引っ張たくんだ。
 話を聞いたら、アスカに会ってきたって……
 仕方ないよね。
 久しぶりに会った親友があんな姿になってるんだから……
 泣きながら僕のせいだってなじられた。
 云われなくても解ってる、僕のせいなんだよね。
 僕の存在が君をあんなことにしてしまったんだよね……
 アスカ……
 勝ち気で我が儘でいつも明るかったアスカ。
 僕と違い、何でも持っていたアスカ。
 でも……それは違ってたんだね。
 君も……本当は僕と一緒だった……
 弱くて……寂しくて……怖くて……哀しくて……
 いつも、誰かにそばに居て欲しくて……いつも、誰かに愛されたくて。
 アスカ……
 ……大丈夫……
 僕がこれから、アスカの処にいくから。
 アスカをあんなにしてしまったのが僕だってのはよく解ってる。
 だからこそ、僕は行く。
 だからこそ、僕にしか出来ないんだ。
 アスカ……



───逃げちゃダメだ…



 もう逃げない。
 アスカが待っているから。



 父さん、母さん、綾波、ミサトさん、リツコさん、加持さん、トウジ、ケンスケ、委員長、みんな……ありがとう。僕は……行きます。
 そして、僕は運命の扉を開く。


 そこには……

















































「シンジぃ!」

 満面の笑みを浮かべ、ウェディングドレスを纏ったアスカがいた。







───逃げ…ちゃ……ダメ…だ……












加持「しかし、あの歳で結婚とはなあ。シンジ君も思いきったものだ。頭が下がるよ」
リツコ「出来ちゃったんですもの、仕方ないわ。まあ、あれでもあの司令の息子だったって事ね。でもミサト、保護者失格ね」
ミサト「わあってるわよ!! …ったく、私の帰りが遅いのをいいことにあの二人は……。でも、何で15歳で結婚できんのよ?」
ゲンドウ「フ……問題ない。ネルフは超法規組織だ」
冬月「素直に、早く孫の顔を見たいと云ったらどうだ、碇」
レイ「碇君……(うるうる)」
ケンスケ「それにしても目立つなあ、惣流の腹……。俺達に会えない訳だ」
トウジ「センセも可哀想になあ。もう一生奴隷暮らしが決まったようなもんや」
ヒカリ「女の子孕ませたのよ! 責任取るのが当然じゃない」
トウジ「そうかあ、惣流の方が押し倒したんと違うか? センセに、ほないな度胸があるとは思えへんで」
ヒカリ「そんな……(でも、アスカならやりかねない……)
ケンスケ「…いやあ、あの二人の顔が全てを物語ってると思うよ… 見てみろよ」

 ケンスケがシンジとアスカに手持ちのデジタルカメラを向けながら云う。

 世にも情けない表情を浮かべているシンジ。
 そして、アスカは……


ケンスケ「あれは、勝利者の顔だね」


 誰も異論を挟む者はいなかった……





おしまい







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ver.-1.00 1998+03/06 公開
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 ザクレロさんの『勝利者よ……』公開です。



 これはやっぱり・・・”アスカが、”でしょうね(^^;


 「押し倒した」とまではいかなくても、
 きわどい、危ない、エッチい格好&言葉&態度で挑発したのかな?


 で、

 さしものシンジも、我慢できなくなって・・・がばっっとっっ!


   ・・・・いやいや、どんな状況になろうとも、シンジにそんなことが出来るとは・・・


 結局やっぱり、”アスカが”なのか(笑)



 ガチャンと捕まったシンジ。

 でも、その場所はきっと素晴らしい場所だと思いますよ(^^)



 さあ、訪問者の皆さん。
 感想をしたためてザクレロさんに送りましょう!



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