「ちょっと、リツコ。何とかならないの?」
アスカの叫びが周囲に響きわたる。
アスカの周りにはシンジを始め、レイ、ミサト、リツコが
背中を合わせるようにしていた。
そして、その周囲には人型ではあるが、
奇妙な形をした生物が多数いた。
つまるところ、アスカ達は囲まれていたのであった。
「敵性生物の構造は使徒と確認、だけど、この間のと違い、
桁外れの再生スピードを持っているわ。そして、その副産物として、
分裂も可能となっているわ。」
「何よ、それ。生物としてはほぼ完璧じゃない。」
「で、解決策はあるの?」
「再生スピードよりも早く殲滅させていく、超々高熱で一気に焼き払う、
分裂不可能にするほどの超低温で凍結させてそこを叩く、
というのが考えられるわ。」
「しかし、全員で出向いてこの有様とは情けなくなるわね。」
時はこれより3日ほど遡る。
いつものように惰眠を貪るアスカを宥めすかしながら起こし、
朝食を食べさせるシンジと、そこでちゃっかりと朝食を頂く、
ミサトとレイの姿。
ここまではいつもとかわりないことであった。
全員が朝食を取った頃を見計らってやってくる、
リツコとマヤの姿もいつもと変わりはなかった。
「はい、リツコさん、マヤさん。」
「ありがとう。・・・・・・あら?新しい豆でも買ったのかしら?」
「ええ。変えてみたんですけど、どうですか?」
「前よりもいいわね。どう?マヤは。」
「はい、美味しいです。豆もですけど、シンジ君のいれ方もありますよね?」
ここでの会話にこの部屋の本来の住人である二人のうちの一人、
アスカは不満げな表情である。
それは、アスカがコーヒーよりも紅茶が好きである、ということと、
朝からたたき起こされたことを不満に思っていること、そして、
朝の日課になっている、お風呂にまだ入っていないことだった。
「シンジ、お風呂の準備は?」
「できてるよ。着替えとかも準備してあるけど。」
「じゃ、入る。」
アスカは浴室に向かい、残された面々は先ほどと変わらずに
コーヒーなどを飲んでいる。
「ところで、使徒の話が最近無いけれど、反応は無いの?」
ミサトは他の人とは違う、何かの瓶を右手で握り、
あおるようにして飲むと、隣に座るリツコに聞く。
リツコは首を横に振ると、
「水晶球にも一切現れないわ。もともと、
この時代に全ての使徒が現れるとは決まっているわけではないし。」
と答えた。
「ふぅん。ユイさんも何も言わないわけ?」
「そうよ。あの人の死海文書を見ることができるのなら、
話は別だけど。」
「死海文書って何ですか?」
「そういえば、話していなかったわね。死海文書というのは、
使徒とエヴァに関してかかれている唯一の資料であり、
予言書でもあるわ。つまり、死海文書さえあれば、
使徒の襲来の時期やら、エヴァの秘密に関して、
ほぼ解明することができるというわけ。」
「そんなもの、母さんが持っているんだ。
まぁ、多分父さんから取り上げたのだと思うけど。」
「ユイさんならやりかねないわね。」
この話の間、レイは黙々と朝食を食べていた。
何故か、食べるのが非常に遅いため、やっとのことで、
食べ終わったのだ。
「マヤ、昨日の資料、ユイさんに提出した?」
「はい。エヴァの武器の一般兵装への技術転用の資料でしたよね?」
「そう。これが実用化されれば、使徒を食い止めることが
楽になるし、うまくいけば、使徒を倒すこともできるわ。」
「じゃあ、私とかの仕事も楽になるんですか?」
「まぁ、そういうことにはなると思うわ。」
「ふーん、楽になるっていうより、
用済みになるんじゃないの?」
お風呂から上がったらしいアスカが浴室から出てくると、
リツコに嫌みを少し込めた言葉遣いで言う。
その言葉にリツコは平然と頷く。
「もちろん、あなたたちが使徒との戦いはしなくても
よくなるわね。でも、それはいいことではないの?」
「まぁ、そういう言い方もあるかもしれないわね。
どっちにしても、当分先のことよ。今、言い争う問題では無いわ。」
ミサトはそう言うと、再び瓶に口を付けた。
その瓶にはラベルが貼ってあり、そのラベルには、
『鬼殺し』
と書かれていた。
結局、この場はそれで収まったようであった。
「シンジはエヴァとして戦わなくてよくなったとしたら、
どうするつもり?」
「うーん、とりあえず前にいた村にでも戻ろうと思う。」
「いいわね、戻るところがあるのは。」
「アスカは戻るところ、無いの?」
「さぁ、どうかしら。私が出てくるときにはあったけど。」
アスカは少し寂しげな表情を浮かべて答えると、
ベッドの端に腰掛けた。
それとほぼ同時に、甲高い音が鳴り響く。
その音にリツコは首を傾げ、腰にさげていた水晶球を手にする。
「あら?使徒が出たみたいね。」
30分後。
「使徒は国境付近の海岸線に出現、
国家騎士団のレールガンによって体組織の30%を損失。
その際に体組織が分裂したらしく、目標物は二体になった模様。」
「何それ、原始生物じゃあるまいし。」
ミサトの表現はある意味正しいといえる。
ただ、外見上、人間型であるため、一概には言えないのも事実であった。
「とにかく、通常のオペレーションでは対応が難しいわ。
今回は戦闘力を持つ者は全員参加とするわ。
シンジ君、アスカ、レイ、ミサト、私、あとマヤ。」
リツコの指示にミサト以外は意外そうな表情を浮かべた。
マヤは現状でオペレーション終了後のアフターケアを専門としている
ため、戦力として考えられていなかったのだ。
「では、準備でき次第、出撃。」
リツコの声に全員が立ち上がった。
「ねぇアスカ?」
「なに?」
「もし戻るところが無いんだったら、一緒に来ない?
良かったら、なんだけど。」
「え?あぁ、考えておくわ。」
鎧に身を包みながら、アスカは答え、
胸甲を留めたあと、
「ありがと、シンジ。でもアタシの祖国はまだ健在よ。」
と答えた。
その表情は少し赤らんでいるようであり、嬉しそうであった。
鎧に身を包んだ三人が武器を手にし部屋を出ると、
別の戦闘用の装束を身に纏ったミサト、リツコ、マヤが待っていた。
そして冒頭の戦闘状態へと続くのである。
移動に一日、戦闘指揮権以降に一日、実戦闘に入って一日が経過していた。
最初は通常の戦術をもって当たったものの、
分裂を起こさせるだけでさしたる成果は無く、
戦闘区域が海岸線から付近の森に移った後は、劣勢に追い込まれていた。
「ねぇ、マヤはどうしたのよ。」
アスカは剣で使徒を切り払いながら背後のリツコに問いかける。
それにシンジも同調する。
「そうですね、どうしたんです?」
「マヤの武器は・・・・・・そうね、呼んでみる価値はあるわ。」
リツコはそう呟くと、懐から、発光弾を取り出し、打ち上げた。
事前にリツコたちの居場所を知らせるために用意されていたものだ。
そして、若干のタイムラグのあと、轟音と共に光芒が走り、
アスカとシンジの正面にいた使徒が焼き払われるようにして、
その姿を消失していった。
「ちょ、ちょっと。あれがマヤの武器なの?」
その威力に冷や汗を流しながら、ミサトはリツコに聞く。
リツコも冷や汗を流しながら、
「そうよ。もうちょっと的を外れるかと思ったんだけど、
マヤの射撃能力は高かったようね。」
と答えた。
「あれは何なのよ、リツコ。」
「対使徒戦を考えて、武器の発するエネルギーを攻撃力そのものに
変換することを考えた結果が、私の水晶球と同じ物をエネルギーコアとして、
純粋にエネルギーとして射出する、これが新兵器ポジトロンライフルよ。」
リツコは自慢げに言うが、その冷や汗がリツコの予想以上であることを
示していた。だが、この一撃で使徒の数は半減していた。
「せんぱーい、どうですかぁ?」
妙に間延びした声とともに、巨大な砲身を担いだマヤが走り寄って来る。
「マヤッ、次弾装填はっ!?」
「しましたけど、発射合図の発光弾が一発しか無かったと思ったので、
次弾の合図を確認しに来たんですけど?」
マヤの答えにリツコは少し脱力気味に、
「しょうがないわね。エヴァの3人はここから国道に向かって、
後退しつつ、マヤを援護。ミサトはポジトロンライフルを持って、
マヤと国道まで後退、そして、使徒に照準を合わせて。
私は照準のターゲット設定を行うわ。いい?」
と即座に作戦を変更すると国道に向かって走り始めた。
ミサトとマヤはポジトロンライフルを抱えて走り、
エヴァの3人は一時的にその場にとどまり、使徒を迎撃する。
既に半減しているとはいえ、使徒の数は10を越えており、
防戦が精一杯である。
それでも、ミサトとマヤ、リツコが後退するのには十分な
時間が稼ぐことができたようである。
「もうそろそろいいわね。レイ、シンジ、アタシの順番で後退。
いいわね?」
「アスカ、私が殿をつとめる。こうすれば、ね。」
シンジはそう言うと、懐から錠剤を取り出すと一飲みする。
瞬間的にその姿は男性のものへと変化していく。
「分かったわ。じゃあお願い。レイッ、後退して。」
「了解。」
レイは鎧の力を解放すると同時に、地面よりやや浮き上がるようにして、
高速で後退を始める。鎧の後背部から白い翼が出現したほか、
鎧のスリットから噴出される空気で砂埃を巻き起こすため、
カムフラージュの役目も果たしているようだ。
それから10分もして、状況が膠着し始めると、
シンジは前面に突出しつつ、アスカの方を向いて叫ぶ。
「アスカッ。」
「分かってる。後はお願い。」
アスカもレイと同じようにして、浮かび上がる。翼も同じように出現し、
その場で砂埃を吹き上げる。そして、ショックウェーブを発しながら、
レイを追うようにしてその場を離れていった。
「さて、と。最後は僕だけど・・・ミサトさんとマヤさんは準備出来たのかな?」
シンジは鎧の力を解放しつつ、大剣を振るって、使徒の攻撃を防ぐほか、
先に後退した面々を追わないように牽制をかけていたが、
15分ほどそれが続くと、一対多であることがあり、囲まれ始めていた。
その時、淡い光を放つ水晶球が飛来し、シンジのやや前方で位置を固定する。
その水晶球はリツコが持っている水晶球とほぼ同じ物であり、
それが飛来したということは、準備が出来たということだろう。
シンジは鎧のスリットから強力な空気の噴射を行うと、アスカと同じように、
ショックウェーブを発して空中に浮き上がる。
その方向はアスカたちと同じなのだが、急に上昇を始めているのが違うようだ。
後背部には白い翼が三対出現していた。
シンジが上空に脱したとほぼ同時に、国道沿いから強力なエネルギーが
発せられ、使徒を焼き尽くした。完全に使徒は消滅したようである。
国道沿いでは白煙が上がっているのが、シンジには確認できた。
おそらく、ポジトロンライフルがエネルギーを許容しきれずに
故障したのだと思われた。
ともあれ、使徒殲滅というオペレーションは終わりを告げた。
「新兵器も一回の戦闘でおしゃか。経費もバカにならないわねぇ。」
「まだ、標準武装にメンテナンスなどのお金がかからない分、まし、ってものよ。」
「それで、ポジトロンライフルは量産するの?」
「さて、どうかしら?」
作戦終了後のミサトとリツコの会話はどちらかといえば、不毛なものであった。
「ねぇ、シンジィ、ごはんまだぁ?」
「もうちょっと待ってよ。今日はアスカが好きなハンバーグなんだから。」
「うん。ソースもちゃんと作るのよ。」
「分かってるってば。ねぇ?レイも一緒に食べていい?今日はミサトさん、
朝まで帰ってこないと思うんだ。」
「そうねぇ。久しぶりにだから、いいわよ。じゃ、呼んでくるね。」
アスカが部屋を出ようとして、ドアを開けると、そこにはレイが立っていた。
「レイ!?どうしたのよ。」
「ごはん。」
レイの言葉にアスカはため息をつくと、
「レイは地獄耳よね。ま、いいかぁ。」
と、レイを部屋の中に招き入れた。
「あっレイッ。人のハンバーグをっ!!」
「アスカァ、私のをあげるから我慢してよ。」
「ダメ。一人分では足りないの。」
結局の所、レイがアスカのハンバーグを盗み食いするほか、
それを怒ったアスカを宥めるべく、シンジが自分のハンバーグを分け、
レイは足りないと、シンジの物にも手を出す始末。
最終的にはシンジが食べたハンバーグは一切れほどでしたとさ。
「なぁ、碇。あの3人、あれでいいのか?」
「問題無い、はずだ。」
水晶球の前の二人は冷や汗を流しながら話していた。
「しかし、予定に遅れは無いとはいえ、イレギュラーが増えてきたようだな。」
「あぁ、死海文書を失っているのは痛い。」
「ユイ君だったな。老人達に知られなければよいのだが。」
二人は肩を落とし、ため息をついた。