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そうか…まだなんだ。
 

うん。でも仕方ないと思うよ。誰だって、同じようになっちゃうと思う。
 

でも、このままじゃ…
 

そうね…なんとか、思い出して欲しいんだけど。
 

そう簡単にはいかない?
 

でもね…やっぱり思い出さないほうが良いのかもって思っちゃうし…
 

ううん。そんなことはないよ。
シンちゃんが忘れてたら、あの人があまりにもかわいそうだよ。
 

思い出すことで、シンジは傷つくよ。
それも深く。もしかしたら立ち直れないかもしれない。
 

でも、それが真実ならシンちゃんは向き合う義務がある。
あの人のためにも、マナちゃんのためにも。
 

でも…
 

シンジは思い出そうとしてるんでしょ。
だったら、見守ってあげるしかないよ。
もし、思い出して、シンジが壊れそうになったら、マナちゃんが支えてあげなきゃ。
 

私が?
 

そう、シンジを支えられるのはマナちゃんだけだよ。
 

でも、私は…
 


 

シンジの苦しみを増やすだけかもしれない。
それに怖いの。
私なんかが、シンジを支えられるのか?って思うと。
怖い…
すごく怖いの。
 

そう…
そうかも。
 

ごめんね。相談に乗ってくれてるのに。
 

ううん。私で役に立てることがあったらかまわずに言ってね。
 

ありがと。
 

いろいろ言ったけど、決めるのはシンちゃんとマナちゃんだから。
 

うん。そうだね。
 

そう、いつだって二人次第だよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
TIME/99
 
 

第28話
告白
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「しっかし、良い天気やな。課題なんてほったらかしにして遊びに行くか?」

バスから降りて大きく背伸びをして、トウジが雲から現れた太陽を見上げる。
太陽の陽射しが、またコンクリートが敷き詰められた地面をじりじり焼き始めた。
隣に立っていたヒカリがこめかみをひくひくされながら答える。

「へぇ、課題を全然終わらせていない人の言葉とは思えないわねぇ。」

びくりと体を震わせて、そろりそろりと背後を振り返るトウジ。
当然そこにはヒカリが仁王立ちしている。

「なんや、いいんちょ。聞いとったんかいな。」

「えぇ、良い天気うんぬんからね。」

そして、トウジの耳を引っ張って、図書館の方に歩き出す。

「さぁ、行くわよ。今日はみっちりと勉強してもらうからね。」

「カンベンしてえな。昨日も8時間も勉強したやんか。」

「それはそれ、これはこれ。」

有無を言わさずトウジを引っ張って行くヒカリを見て、
バスから降りたシンジは苦笑を浮かべる。

「大変だな。トウジも。」

「何が?」

そのシンジの背後からマナが声をかける。
シンジはびくりと肩を振るわせると、振りかえってマナを見る。

「いや、なんでもない。」

「…ちょっと前も似たような会話したよね。いつだっけ?」

にっこり微笑んで腕を込んで考え込むマナ。
そして、思い出したようにぽんと手を叩く。
それを見てシンジの背筋が凍る。

「そうそう、花火見に行ったときだよね。
そういえば、どうしてあの時に大変だって言ったのか理由聞いてなかったねぇ。」

「いや、それは。」

「ほら、急がないとトウジ達においてかれるぞ。」

最後にバスを降りたケンスケが二人の背後から声をかける。

「そ、そうだね。急ごうか。」

そう言って、駆け出すシンジをじぃっとにらむマナ。

「ちっ、逃げられたか。」

指を鳴らして悔しがるマナにケンスケは告げる。

「まぁ、霧島も分かってるんだろ?あんまり尻に引いてると、クラスでよからぬ噂が立つぞ。」

「その噂を立てる張本人がここにいるんだけど。」

ケンスケはにやりと笑うとそっぽを向いて答える。

「さて、どこにいるのかな。」

そして、並んで図書館に向かって歩き出す二人。

「親戚のところに行ってたんだって?」

ふいにマナが思い出したようにケンスケにそう告げる。

「あ、あぁ、そうだけど。」

慌ててうなづくケンスケに、にやにやしながらマナはさらに質問を重ねる。

「沖縄楽しかった?」

「へ?」

あっけにとられてケンスケはマナを見る。

「だから、親戚の家が沖縄にあるんでしょ?」

「う、うん。そうなんだ、良く知ってるね。」

にこにこ微笑みながらケンスケを見るマナ。

「まぁね。女の子の情報網をなめてもらったら困るわ。」

「そうか…」

黙って、歩く二人。
そして、マナはまたしても何気なくケンスケに質問をぶつける。

「で、ミカちゃんは喜んでくれた?」

「へ?」

「行ったんでしょ。ミカちゃんと沖縄に。」

にっこり微笑んでケンスケを見るマナ。
その笑顔はケンスケにとって、まるで悪魔の笑みに見えた。

「はぁ、バレてるのか。」

深くため息をついてケンスケはうつむく。

「女の子にはね。」

ぱっと顔を上げるケンスケ。

「じゃあ、トウジやシンジは?」

「あやしいとは思ってるみたいだけど、確信ではないみたいね。
今日あたりつるし上げられるんじゃない?」

またしてもがっくりとうなだれるケンスケ。

「そうか…もう、帰りたくなった。」

「でも、帰ったら認めることになるね。」

「はぁ…まいったな。」

そのケンスケの耳元に小さくささやくマナ。

「いいじゃない。キスだけだったんでしょ?」

がばっと顔を上げてマナに詰め寄るケンスケ。

「って、どうしてそこまで知ってるんだ?」

先ほどから浮かべている笑みを消さずにマナは答える。

「だから、女の子の情報網の成果。」

「…悪夢だ。」

そのケンスケの肩をぽんぽんと叩くマナ。

「まぁ、シンジ達には黙っていてあげるから。」

「…ありがと。」

二人は並んで図書館に入った。
 
 
 
 
 
 
 

「だから、ここはこうして、この式を使うと…」

「なるほど…じゃあ、こうすればいいのね。」

「そう…」

シンジとマナは何人かとグループを作って、数学の課題に取り組んでいる。

「碇、この問題解けたぞ。」

向かいに座っていたクラスメートがシンジを呼ぶ。

「え?どうやるの?」

シンジはそのクラスメートのところに行ってノートを覗きこむ。

「ほら、ここでこうすれば…」

ふんふんうなずいてシンジは問題集のある問題を指差す。

「なるほどね。じゃあ、この問題も同じだね。」

その問題を読んでクラスメートはうんうんうなずく

「…そうだな。じゃあ、俺がやっとくよ。」

「ありがと。」

自分の席に戻り問題集に印をつけていく。

「…これで、分からないのは後5問か…これは洞木さん達に聞いたほうが良いかな?」

マナの左隣に座っていた女の子がシンジを呼ぶ。

「碇くん、これちょっと見てくれる。」

「うん…いいよ。」

シンジが経ちあがり、その女の子の左隣に座る。

「えーっと。これは…あぁ、これはね、判別式の解と…」

マナはふと顔を上げ、シンジの方を見る。
なんだろ?
ちょっと面白くない。
その女の子がシンジを見て、にっこり微笑む。
シンジも笑ってうなずいている。
っていうか全然面白くない。

なんだろ?
すごく胸が痛い。
あんなシンジ見ていたくない。
他の女の子に笑いかけるシンジなんて。
でも、何故か目が離せない。
つい、シンジを見てしまう。
どうして?
シンジがふと顔を上げてマナの方を見る。
慌ててマナは顔を伏せる。
そんなマナの行動を見て、不思議そうに首をかしげるシンジ。

「じゃあ、こうすればいいの?」

その声に問題集の方に意識を向けるシンジ。
う〜ん。
マナは問題集に向かいながら考えこむ。
もしかして、これって…
ううん。そんなこと思いたくない。
ただ、シンジが他の女の子を話しているだけで、そういう風に感じるなんて。
嫉妬しているなんて…
考えたくないよ。
私って…
そんなに嫌な女なのかな?
どうしよ…

「ありがと〜。」

どうやら問題が解けたらしく、その女の子はシンジににこにこ微笑みかけている。

「どういたしまして。」

そう答えて、シンジが席に戻ってくる。
そして、マナに顔を寄せ小さくささやく。

「どうかしたの?」

「え?」

マナは少し戸惑った口調でそう答えた。
少しだけ意識してそうしたのだが、シンジには別にわざとらしくは映らなかったようだ。

「さっき、すごい顔でこっち睨んでた気がするんだけど。」

「そ、そんなことないよ。」

マナはどきどきしながらも、外見上は平静を保って答える。

「そう?だったらいいけど。」

そして、シンジは問題集を持って立ち上がる。

「ちょっと洞木さんのグループに聞きに行ってくるね。」

「了解。」

「は〜い。」

何人かの返事を受けて、シンジは席を離れる。
マナは小さくため息をつく。
はぁ、そんなに怖い顔してたのかな?
そんなつもりはなかったのに。
どうしてなんだろ?
最近の私って少し変な気がする。
まるで私じゃないみたいに。
自分じゃない…
マナはその考えに身震いする。
そんなことない。
私は私。
他の誰でもない。
と、隣の女の子が近づいてきて、マナに囁きかける。

「ごめんね、霧島さん。」

何を言われたのか理解できず、マナはきょとんとした表情で答える。

「え?何が?」

「シンジくん借りちゃって。」

マナは戸惑うことしか出来ない。

「えぇ?」

「だって、さっきずっとこっち見てたでしょ?」

慌てて手を振るマナ。

「え、そ、そんなことは。」

女の子はしたり顔でマナに告げる。

「そうよね、シンジくん女の子には人気あるから霧島さん大変よねぇ。」

「そうなの?」

そう不思議そうな表情を浮かべてたずねるマナに、女の子はこくこくうなずく。

「そうよ。」

「でも、それと何の関係が?」

その子はおかしそうに微笑んで答えた。

「だって、霧島さんと碇くんって付き合ってるんでしょ?
やっぱり他の女のこと仲良くして欲しくないよね。」

「え?」

またしてもマナは固まってしまった。
私とシンジが付き合ってる…
そういう風に見られているのかな?

「ごめんね。でもどうしても問題がわからなくって。」

「ううん、いいの。気にしないで。」

マナはかろうじてそう答えた。
 
 
 
 
 
 
 

「どう、そっちの方は?」

やってきたシンジにヒカリが声をかける。

「うん。とりあえず、まだいくつか分からない問題があるんでヘルプして欲しいんだけど。」

「そう、こっちもいくつかあるからそっちで考えてくれない?」

「了解。」

お互い問題を交換する。
シンジはヒカリの隣でせっせと英訳をするトウジを見る。
頭にはハチマキをしている。

「どう、トウジ。具合は?」

「おう、なんとか、あと5ページまで漕ぎ着けたで。」

感心したように口笛を吹くシンジ。

「すごいね。4日で40ページだね。」

「おう、わいにまかせとき。」

その隣にでヒカリがぼそっと言う。

「英訳はもうみんな終わってるんだけどね。」

そのつぶやきに苦笑を浮かべるシンジ。
尻にしかれてるよなぁ。
トウジも大変だよな。
そして、視線をケンスケに移す。

「あれ?ケンスケ、まだグラマー終わってないの?
珍しいね。いつもだったら英語最優先なのに。」

「あぁ、ずっと旅行に行ってたから。」

「親戚のところだっけ?」

「…あぁ。」

それを聞いてヒカリがくすりと笑みをもらす。

「?」

シンジは不思議そうにヒカリを見る。
しかし、シンジの視線を感じてヒカリは済ました顔で数学の問題に取り掛かる。

「じゃあ、僕は戻るね。」

「おう、おつかれさん。」

「できたら、持ってきてね〜。」

そんな声を受けてヒカリ達がいる席から離れる。
 
 
 
 
 
 
 
 

「ねぇ、そろそろお昼にしない?」

そんな声が出て、お昼を食べに行くことになった。
荷物はそのままに席を立つ。
大きく背伸びをするシンジ。
そして、席を立つ。

「この分だと、結構早く終わりそうだね。」

マナがシンジの隣に来る。

「うん。今年は何かみんな手際良いよね。」

前を歩いていたクラスメートが降りかえって答える。

「まぁ、毎年やってるしな。嫌でも手際は良くなるよ。」

苦笑して肩をすくめるシンジ。

「確かに。もう何年目になるんだろ?」

そんなことを話しながらヒカリ達のグループがいる席に行く。

「お昼しようっか。」

「そうね。行こうか?」

「やっと昼飯か。」

トウジがハチマキを取って大きく背伸びをする。

「ほな、行こか?」

「で、何処にするの?」

そのマナの言葉にその場にいた全員が、顔を見合わせる。

「この人数だからな。やっぱりあそこだな。」

ケンスケがトウジを見る。
それにうなずくトウジ。

「そやな、中華にするか?」

「賛成〜。」

「いいよ。」

そんな声が上がり、図書館裏の中華料理店に入ることにした。
中華と言ってもそんなに高級なお店ではなく、ごく平凡なお店だった。
さすがに全員で座るのは無理で3グループに分かれた。
シンジのグループは、マナ、ヒカリ、トウジ、ケンスケといったおなじみのメンバーだった。

「なんや、いつものメンバーやな。」

「確かに、いつも昼食食べるメンバーだね。」

「みんな気を使ったんじゃない?」

ヒカリが他の席に座っているクラスメート達を見る。

「もう、座ったから仕方ないよ。」

「さて、何頼むんや?」

トウジがまっさきにメニューを広げている。

「良くここに来るの?」

マナがトウジとケンスケを見てたずねる。

「まさか、たまにだよ、たまに。」

ケンスケがそう答える。
トウジは何を注文するか思考中なのでまわりの声が聞こえていない。

「そうね、図書館以外に特に何も無いものね。」

今、来ている図書館はちょっとした高台にあった。
まわりは住宅街で、あまり繁華街とかは無い。
近くに大学とかがある割には、そういった娯楽施設が少ないところだった。

「そうだよね。ちょっと不思議だったから。」

「よし、しょうゆラーメンにトッピングでもやし、チャーシュー、コーンで行こ。」

「はいはい。」

ヒカリがため息交じりで答える。
全員がオーダーを済ませて、料理待ちとなった時、ふとシンジは視線を感じて周りを見まわす。

「どしたの?」

「いや、誰かに見られているような気がして。」

「アレじゃないか?」

ケンスケの指差した方にクラスメート達が座っているテーブルの一つがあった。

「さっき、シンジを見てたみたいだけど。」

「ふうん。」

首をかしげて、シンジはそのテーブルの方を見る。
すると、その中の一人がシンジの方に手を振って手招きする。

「なんだろ?ちょっと行ってくるね。」

シンジはそう言って、席を立つ。
その後姿を見つめるマナ。

また…
こんな気持ちになるなんて…
どうしてだろ?
すごく不安になって。

と、隣に座っていたヒカリがささやく。

「あの子達、中学の時の同級生で今はとなりのクラスなんだ。」

「ふうん。そうなんだ。」

マナは興味なさそうにそう答えたが、視線はシンジから離せない。
今、私怖い顔してるのかな。
どうしてだろう?
何を不安がっているのだろう。
分からない。
でも、押さえられない。
どうしようもない。
シンジがこちらの席に戻ってくる。
マナはとっさに顔を伏せる。
そんなマナをヒカリは気遣わしげに見ている。

「なんだった?」

ケンスケにそう尋ねられて、シンジは肩をすくめる。

「今週の金曜日に一緒に遊園地に行かないかって。」

その言葉にマナの肩がぴくりと振るえる。

「で、どうしたんや?」

「いや、別に…」

マナはぱっと立ちあがると、にこりと笑って告げる。

「ちょっとお手洗いに行ってくるね。」

そして、席を離れる。
その後姿を見つめるシンジ、ケンスケ、ヒカリ。

「で、どないしたんや。」

トウジはその場の雰囲気が分からないようだった。
 
 
 
 
 
 
 
 

マナは鏡に向かって、じっと自分の顔を見つめた。
どうしたんだろ?
すごく辛くなって、逃げ出したくなって。
もう耐えられなくなった。
聞きたくなかった。
シンジが他の女の子と約束して、その子と…
どうして、こんなに胸が痛いのだろう?
最近、日に日に強くなってくる。
毎日顔を見たい。
声を聞きたい。
離れてなんか生きていけないのではないかと思うくらいに。
シンジのこと好きになっている自分に気づく。
離れれば、苦しくなって。
一緒にいればどきどきして。
ずっと休まることがないくらいに、私の心はシンジで一杯になっている。
どうして、こんなに平静でいられないの?
以前はこんなことなかった。
あの時の好きと今の好きでは全然違うものになってしまった。
どうしてなの?
何が私に起こったの?
わからない。
と、肩を叩かれて、どきりとするマナ。

「大丈夫?」

ヒカリが心配そうに立っていた。

「うん。ちょっと苦しくなったけど平気だよ。」

笑って見せるマナ。

「恋っていいことばかりじゃないよね…」

ふいにそうつぶやくヒカリ。
マナはにっこり微笑むとこっくりとうなずく。

「でも、好きなんだから仕方ないよ。」

「そうね…でも、これはいいことなんだよね?」

ヒカリがにっこり微笑んで、マナの右手の薬指で光っているものを指差す。
マナははにかんでうなずく。

「うん…」

マナの隣に並んでヒカリは鏡に映っている自分を見つめる。

「難しいよね。いつも一緒にいる二人だから。」

「…そう…本当は怖いの。もし…」

「…」

そして、ヒカリはにっこり微笑んでマナに言う。

「そろそろ戻ろっか?」

「うん。」

席に戻ると心配そうな表情を浮かべてシンジがマナに話しかけてくる。

「大丈夫、もしかして無理してた?」

「…うん。」

もちろん、シンジが考えている無理と、マナが考えている無理とは意味が違うのだが、
マナはシンジに意地悪をしたくなったからそう答えた。
でも、内心シンジが心配してくれていることが嬉しかったが。

「え?」

「うそ。大丈夫よ。」

そのマナの笑みはいつものものだったので、シンジは安心したように息をついた。

「そうか。」

「おぉ、来たで、来たで。チャーシューメンは誰や?」

トウジは能天気そうに声をあげた。
そのとなりでヒカリはため息をつく。
マナと視線が合うと、苦笑を浮かべる。
それににっこり微笑んで答えるとマナはシンジの方に視線を向ける。
怖い…そうすごく怖いの。
シンジが私から…
 
 
 
 
 

「はぁ、終わった終わった。」

図書館をでると大きく伸びをするシンジ。
ぞろぞろと何人かの塊になって、バス停に向かって歩く。
太陽はまだまだ高い位置で光を放っている。

「お疲れ様。」

後ろから追いついてきたヒカリが声をかける。
その隣にはトウジがいる。
シンジはトウジに尋ねる。

「トウジは課題、全部終わったの?」

トウジは大きくため息をついて答える。

「まだやけど、何とか間に合うやろ。」

「終わるまでちゃんと見届けるしね。」

トウジの隣のヒカリがにっこり微笑んで答える。

「なるほど。」

停留所の方から声がかかる。

「もうじき来るぞ〜。」

「おう。」

トウジが手を振って答える。
と、それまで黙り込んでいたマナがいきなり声をあげる。

「ごめん。忘れ物しちゃった。取りに行ってくるね。先に行ってて。」

そして、きびすを返して、図書館に向かって駆け出す。

「みんな先に行っててよ。追いかけるから。場所はWindSongでいいんでしょ?」

これから、みんなでカラオケに行く約束をしていたのだった。

「おう、わかった。先行っとるわ。」

トウジのその返事を受けて、シンジは図書館に戻り出す。
 
 
 
 
 

「あった?」

シンジはマナの姿を見かけて、声をかける。
マナはにっこりと微笑んでうなずく。

「うん。待っててくれたの?」

「とりあえず、場所は聞いたから、そこに行けばOKだし。」

「もう、バス来ちゃたかな?」

シンジは時計を見て答える。

「たぶんね。まぁ、15分程度だから、もう少しだけ涼んでから行こうか?」

「うん。」

ふたりは図書館のロビーにあるソファに腰掛ける。

「マナは課題、だいたい終わった?」

「うん。あと、数学と英語のグラマーが少し。」

シンジはうなずく。

「そうか、じゃあ、あと1,2日で終わるね。」

「そうかな?」

少し首を傾げてみるマナ。

「そうだよ。」

シンジはにっこり微笑んでそう答える。
マナも微笑み返し、ぼんやりと外の風景を見つめる。
二人の前は図書館のガラス窓をはさんで芝生が広がっている庭になっていた。

「芝生、気持ちよさそう…」

太陽の日差しを浴びて、青々と輝く芝生を見つめながら、マナはそうつぶやく。

「でも、まだ暑いよ。」

「そうだね…でも秋になったら…」

マナはふと黙り込む。
秋になって冬が来て、そして春が…
私はいつまで今のようにシンジのそばに居られるのだろう?
 
 
 
 
 
 

二人はちょうど到着したバスに乗り込んで後ろの方の席に並んで、腰掛ける。
バスは数分停車したあと、ゆっくりと発車した。
マナは小さく息をついてこてんとシンジの肩に頭を乗せる。

「どうしたの?」

マナはちいさな声でつぶやく。

「ちょっと疲れちゃった、なんでだろ?」

「勉強のやりすぎ?」

マナはちょっと笑ってこくこく頷いた。

「そうだね。最近勉強ばっかりだから。」

「だって、マナが計画的に課題をこなさないから。」

シンジのその口調に、マナはまたくすりと笑って見せる。

「そうだね…シンジには感謝してます。」

「本当に?」

シンジが少しだけ肩をすくめて見せる。

「うん。感謝してるよ…いろいろ…ね…」

そのまま二人は黙り込んでしまう。
バスの中には人はまばらだった。
ゆれる車内、そして、エンジンの音、バスの揺れが心地よく感じる。
時間は夕方の4時を回っていたが、まだ空は青く、太陽はさんさんと輝いている。
バスが交差点を回り、二人の座っている側に太陽の陽射しが差し込む。
しかし、冷房の効いた車内はさほど暑さを感じさせなかった。
シンジはふと手をかざし、太陽を見つめる。
ちいさな雲に隠れていこうとする太陽。
そして、太陽が隠れた雲がグレーに明るく輝く。
ちらりと少しだけ顔を上げて、シンジの横顔を見つめるマナ。
ぼんやりと流れていく風景を見つめているシンジの横顔。
私はいつまでこの人のそばにいられるのだろう?
この横顔をいつまで見つめていられるのだろう?
そして…
いつまでシンジは私を見ていてくれるのだろう?
胸がきゅっと締め付けられる思いにマナは瞳を閉じる。
どうして好きになってしまったのだろう?
そうならなければ、別れは辛くならなかったのに…
どうしてシンジに会うことを選んでしまったのだろう?
それが、シンジの心を壊してしまうかもしれないのに。
どうして、シンジのこと忘れてしまわなかったのだろう?
好きになってしまうことは分かっていたはずなのに。
どうして?
どうして、私は…
こんなにこの人のこと…
好きなんだろう?
こんなにも好きでいられるのだろう?
飽きもせず、くじけず、ただまっすぐにシンジだけを思うことができるのだろう?
これが恋なのだろうか?
誰よりも好きな人にはこんな風になってしまうのだろうか?
私は、知らなかった。
人を好きになることが、こんなに…
そして、マナは口を開く。

「ねぇ…シンジ。」

その声はまるで夢を見ているようなはっきりしない声だった。
シンジはマナに視線を移す。
マナはにっこりと微笑んだ。
シンジも微笑み返す。
いつも見ているマナの笑顔。
でも、見飽きたとは思わない。
心が暖かくなるようなそんな笑みをマナは浮かべてくれる。

「シンジは好きな人…いる?」

その質問にシンジは首をかしげる。
マナの髪が頬に触れ、その髪の香りがシンジの鼻をつく。
マナの匂いだ。
ふとシンジはそんな事を考えた。
まだ数ヶ月しか一緒にいないのに。
君はもう僕の一部になってしまった。
その君が僕に問う。
好きな人がいるかと。
もちろん、好きな人は…
でもそれを認めて良いのだろうか?
今はまだ、自信がない。
君が僕を思ってくれているように、僕は君を思っているかい?
僕には自信がない。
だから…

「気になる人ならいるよ…」

結局シンジはそう答えた。
ずるいとは思いながらもそう答えるしかなかった。
ごめんね。
だから、こうしか答えられない。
これが今の僕の精一杯なんだ。

「そう…」

バスはゆっくりと停車した。前の席に座っていた老人が降りていく。
気になる人。か。
そう、ここで話を打ち切ることもできる。
このまま告白しないで、すませることもできる。
シンジは私にその選択を委ねたんだ。
ここでいつものように微笑んで…
ちょっとシンジをからかったんだよって言えれば…
また、これまでのように、あいまいな関係で…

マナは瞳を閉じた。
それでいいの?
私は本当にそれで?
自分の思いをこれ以上押さえておくことができるの?

だって、告白しても何も変わらない。
今のシンジには答えを出すことができないから。
それは私も知っているはず。
なら、私の思いを告げて、シンジに負担をかけなくても、私が我慢すれば。
私さえこの思いを押さえていられれば。
シンジは…
シンジは…
シンジは…

どこからともなく、声が聞こえる。

「自分に素直になりなさい。」

はっと瞳を開くマナ。
そして、くすりと微笑む。
マナは息を吐くように小さくシンジにこう告げた。

「私はいるよ…好きな人…」

シンジはぼんやりと空を見つめていた。
そして小さくつぶやく。

「そうか…」

マナはシンジの左手に触れる。
そして、ぎゅっと強く握り締める。

「私はシンジが好き。誰よりも大好きだよ…」

まるで時が止まったかのようにマナは感じられた。
しかし、流れる景色がそれを否定する。
シンジは微動だにしない。
マナはシンジの横顔をじっと見る。
私はシンジが好き。
そう。
私が私であるために。
私はシンジに告げなければならない。
私の今の思いを。

「ありがと…」

シンジはマナを見てそう答える。
いつもと同じ笑み。

「でも、まだ答えを出させないで。今はまだ答えが出せないんだ。
ずるいと思うけど、答えを探しだすまで待っていて欲しい。」

マナはにっこりと微笑んでうなずく。

「うん。待ってるから。」

答えは期待していなかった。
ただ、私の思いを知っていて欲しかったから。
だから、今はその答えで私は満足しておくよ。
でも、いつかは…

「それに、他にも探さないといけないものがあるようだし。」

その言葉に息を呑むマナ。
そして小さくうなずく。
探さないといけないもの。
あなたの封印された過去の記憶。
そして、私自身の秘密もその記憶がなければあなたは知り得ない。
でもね、それはあなたが思っているものとはまったく違うものなの。
それを知ったときにあなたは自分を許せるの?
あの時、あなたは自分を許せなかった。
だから、全てを記憶の海の奥底に封印してしまった。
無意識のうちに。
誰の声もあなたに届かなかった。
今の私はあなたが夜道を歩くときの光になれるのかな?
それとも、やはりあの時のように…
雲に隠れていた太陽が現れ二人に夏の陽射しを投げかけ始めた。
 
 
 
 
 

シンジはベランダに一人で立っていた。
頭上には一部雲に隠れながらも、夏の星座が光っていた。
地上の光を反射しているのか、雲が銀色に薄く輝いている。

「誰よりも…か。」

ちいさくそう呟きうつむく。
虫達の鳴き声が遠くに聞こえる。
夏から秋へ。
それに合わせて鳴く虫も変わっていくのだろう。
ふいにマナがそばにいる時の香りをかいだ気がした。
それはわかっていた。
マナが僕のことを思っていてくれるのは。
僕も同じようにマナのことを…
でも、僕はすごく動揺している。
すごくどきどきしている。
告白されても、そんなに驚かないだろうと思っていた。
でも、それは間違いだった。
僕の心は激しく揺さぶられた。
驚き、戸惑い、喜び、悲しみ。
いろいろな感情が僕を揺さぶってしまった。
どうしてだろう?
分かっていたはずなのに。
なのに…
その言葉を聞いただけで。
僕は自分を失いそうになった。
素直に答えられればどんなに良かったか。
でも、僕にはそれができなかった。
僕は自分を知らない、そして、アスカのこともある。
シンジは顔をあげて、銀色の光を投げかける月を見る。
二人のうち、どちらかなんて…
僕にそんな資格があるのだろうか?
誰かを選んで、誰かを拒否するなんてこと、僕にそんな資格などあるのだろうか?
どこか遠くで木々がざわめく音が聞こえた。
その音が、シンジにはまるで自分の心がざわめく音のように感じられた。
 
 
 
 
 
 
 


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ver.-1.00 1999_11/08公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき
 

どもTIMEです。
TimeCapsule第28話「告白」です。

28話目にしてやっとマナが告白しました。
まぁ、お互い暗黙のうちには分かっていたわけですが、
シンジには告白されたことで、推測が確信に変わったわけです。
#これが今後のシンジの行動に少しだけ影響を与えます。

マナにはこれまで告白しなかった事情がいくつかありました。
それに関しても封印された(してしまった)シンジの記憶が関係します。
マナ自身が言っている「私自身の秘密」とはまさしく「マナの真実」編でのメインになる部分です。
しかし、マナは告白してしまいました。
#やはり、このことはマナの今後の行動に影響を与えてしまいます。

ケンスケに関してですが、今回はあまり追及されませんでしたが、
実は新学期に地獄を見ることが確定しています。
#あぁ、無常。わらい。

さて、長かった夏休みもいよいよ終わりに近づいてきています。
#本当に長かった。詠嘆。
あと1話で夏休みが終わり、30話から2学期に突入します。

次回は「マナの真実」編に関わる話が少しだけ出てきます。
それに甦り始めたシンジの記憶のお話。
あとは「できちゃった」騒動ですね。
#「できちゃった」と言えばもちろん、アレですよね。わらい。

では次回第29話「記憶の欠片」でお会いしましょう。
 






 TIMEさんの『Time Capsule』第28話、公開です。






 情報網って怖い・・・


 女の子のも怖いけど、
 かつて女の子のそれは更に・・・

 うちもね、母方の親戚中にすぐ知れ渡るのよ、
 オカンにうっかりなんかしゃべると、、、

 閉話



 ケンスケ、大変だよね(^^;

 大事な思い出になるだろう事までも
 聞き上手、話せ上手な連中に根こそぎ掘り起こされて・・・

 情報網にのせられて・・



 シンジ達のものっちゃうのかな。


 ガンバです、シンジ〜






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