「いいの?それで?」
受話器の向こう側の女性はやさしく聞く。
「うん。それでいいの。」
彼女はそっけなく答える。
そう、それが一番いいの。
アタシにとっても、周りのみんなにとっても。
「自分のその気持ちを押さえられるの?」
「・・・今まで大丈夫だったんだから平気よ。」
彼女は小さくまばたきし、そして、壁の時計を見る。
まるで涙をこらえているように。
「ほんとに?」
「ほんとよ。」
しばらく沈黙する二人。
時計のかちかちいう音が聞こえる。
そして、受話器の向こう側の女性は小さくため息をつき答える。
「・・そう、だったらもう何も言わないわ。
でもね、一つ忠告。
一度、その人のことを好きという気持ちに気づいたら、
そう簡単には忘れられないよ。
それが自分にとっても周りの人にとっても一番いい方法だって、
あなたの理性がそれを認めても、心はそれを認めない。
そして、ある時あなたは気づくの。
その人への思いを忘れるということは
自分が自分でなくなることなんだって。
だって、その人への思いが今のあなたを形作っているんだから。
恋なんてそういうものよ。」
「・・・ありがと。覚えとく。」
でも私は決めたんだ、この思いは忘れなければいけないのだと。
彼女はそう誓っていた。
「さよなら」
"Fortune"
Written by "TIme
is like a dream to ME"
98/1/14
This story dedicate to all visitor in TIME's
ROOM.
その並木道の左右には
黄色にそまった葉をつけた銀杏が立っていた。
道に降り積もった銀杏の葉は、
風と共にくるくると舞っている。
そしてそれを道を歩いている多くの歩行者が踏んでいく。
秋の終わり、いや冬の初めと言っていいだろう、
二人の吐き出す息は白かった。
道を歩いていく人達の服装ももう冬のそれになっている。
「どうして?」
綾波レイは碇シンジにつめよった。
彼女の頬は赤く染まっていた。
そして、彼女の質問は、
その直前のシンジの発言を非難するものであった。
二人の間に銀杏の葉が舞い落ちる。
シンジは何も答えなかった。
ただレイの顔を見つめるだけである。
「碇君にはアスカがいるじゃない。どうして、そんな事言うの?」
シンジはレイの瞳を見て答える。
この自分の思いが伝わるように祈りを込めて。
「それが僕の本心だから。」
風が二人の間を吹き抜けた。
レイの銀色の髪が風に揺れる。
シンジはレイの瞳の輝きが曇ったように感じた。
「そんなの気の迷いよ。勘違いしないで。」
レイは悲しそうに首を振る。
そしてシンジを見る。
そのきれいな赤い瞳はうるんでいた。
「違う。僕は本気なんだ。」
レイは瞳をそらし、小さくため息をつく。
「・・・もう、会えない。さよなら。」
レイはシンジとすれ違い、駆け去った。
銀杏の葉を踏み締めていく音が、
だんだん遠ざかっていき、
そして、聞こえなくなった。
シンジは追わない。追えなかった。
やはり全て僕が悪いのだろうか。
僕がこんな想いを持ったために、
彼女を苦しませ、彼女からあの笑顔を奪っているのか。
やはり忘れるしかないのか。
彼女の言う通り、気の迷いだと信じて。
シンジは立ちつくしていた。
銀杏の葉は風で舞い踊っていた。
レイは玄関のカギを開け、部屋に入る。
ドアを閉めて、そのドアにもたれる。
そして、レイはうつむいた。
涙が床に落ちて小さな染みを作る。
「・・・どうして?」
そうつぶやき、レイは声を殺して泣き始めた。
どうして、私はこんなに碇君のことが好きなの?
ただの友達。
そう思いたいのに。
どうして、碇君は私にやさしくしてくれるの?
アタシは碇君の気持ちを拒絶したのに。
どうして、私は彼女より早く碇君に出会えなかったの?
そうすれば、こんな思いをしなくて済んだのに。
自分のこの思いに素直になれるのに。
レイは顔を上げる。
その頬には涙が伝っていた。
助けて。
誰か助けてよ。
この思いをなんとかして。
もう私どうにかなりそう。
忘れたい、全てを。
レイは泣き続けた。
「お先に失礼します。」
まだ残っている店員に挨拶し、
バイト先の店から外に出て、深呼吸するシンジ。
吐き出す息が白い。
ここ数日寒い日が続いていた。
そのうち雪が降るかもしれない。
さすがに一月ともなると、
九時、十時といった時間では、凍えるほど寒い。
空を見上げると、オリオンが見える。
「うーん。きれいだな。」
シンジは時計を見た。
時間は十時を回っていた。
歩き出すシンジ。
ここから下宿までバスで五分ほどである。
「たまには歩くか。」
バス停の前まで来たが、少し気分を変えようと、
シンジは歩くことにした。
そのまま歩道を自分の部屋に向かって歩いていく。
歩道には同じように歩いている人が何人かいる。
仕事帰りのサラリーマン、OLや、
デートの帰りなのであろうか、
楽しそうに話をしているカップルもいる。
人の流れの妨げにならないように注意しながら、
シンジはゆっくりと歩いていった。
街路樹の葉は全て落ちて、枝だけになっていた。
それが、シンジの目には何故か新鮮に写った。
月は出ていないので暗いが街灯があるので、
さほど暗いとは感じない。
また、シンジが歩いている歩道は幹線道路沿いであるので、
この時間でも車が多く走っていた。
もう一月か。
シンジは通り過ぎていく車のヘッドランプを
ぼんやりと見つめながらふと考える。
綾波は元気かな。
あれから全然会ってないけど元気かな。
アスカとも最近はあまり会ってないみたいだけど、
何かあったのかな?
シンジは首を小さく振る。
いや、何かあったとしても、
僕には言って来ないだろう。
綾波のことは早く忘れないと。
彼女のため、そして自分のために。
胸が締め付けられる感覚を我慢するシンジ。
そう、時間が経てばこの胸も痛みも感じなくなる。
さらに何分か歩き、同じように歩く人影が
少なくなった時、その出会いは起こった。
向う側から歩いてくるカップルの女性をなにげなく見たシンジ。
そして、その女性がレイであることがわかると思わず声に出す。
「綾波?」
レイも驚いたようにシンジを見る。
二人は呆然として見つめ合った。
「・・碇君。」
かろうじて、レイがそう答えた時、
「知合い?」
レイの隣にいた男性が不思議そうにレイに聞く。
「・・うん。」
レイは少し間を置いて答える。
瞳はじっとシンジを見つめている。
「高校の時の同級生なんですよ。」
愛想良くレイと一緒にいる男に答えるシンジ。
「・・あ、あのね・・」
レイが何かを言おうとするが、
「ごめん。僕ちょっと急いでるんだ。また電話でもするよ。」
シンジは申し訳なさそうな顔をしてレイに言う。
「・・う、うん。」
レイは悲しそうに答える。
「じゃ、さよなら。」
そっけなく挨拶しその場を離れるシンジ。
シンジは歩き出す。
レイはそっと振り返ったが、
シンジはそのまま歩いて行ってしまった。
・・・そうか、彼氏できたんだ・・・
シンジは部屋のドアの前に立ち小さくため息をついた。
どのように下宿まで帰ってきたのか思い出せない。
ただ気がついたらもう部屋の前に立っていた。
シンジは胸に穴が空いたような空虚さを感じていた。
カードキーを使って、ドアを開け中に入る。
コートを脱いで、留守電をチェックする。
この動作をほとんど無意識で行なった。
メッセージは二件登録されていた。
一件目、スピーカーからはシンジが
よく知っている女性の声が流れてくる。
「こらぁ、バカシンジ!!
アタシが電話をかけてやってるのに
留守とはどういうことよ、
これ聞いたらアタシの携帯に電話しなさい!!」
彼の幼なじみ惣流・アスカ・ラングレーらしいメッセージだが、
シンジは何も感じなかった。
まるで、感覚が全てマヒしているようだった。
何も考えられない。
何も感じない。
そして次のメッセージが流れる。
スピーカーから流れてきた声を聞いてシンジは我に返った。
「・・レイです。・・さっきの事で碇君に話したいことがあります。
電話下さい。待ってます。」
どうして?
いまさら会って、何を話すんだ。
もう付き合ってる男がいるのに、どうして僕に会うんだ。
・・・・ダメだ・・・・
絶対会う訳にはいかない。
会えばかならず僕は取り乱して、綾波を悲しませる。
もうこれ以上彼女を悲しませたくない。
僕の想いが彼女の重荷にしかならないのなら、
もう会うべきではないんだ。
シンジは右手を握り締める。
そして、そのメッセージを消した。
忘れよう。
何も聞かなかったんだ。
何も見なかったんだ。
僕と綾波とは何もなかったんだ。
綾波と一緒にいた男性に話した通り、
僕と綾波は高校の同級生、ただそれだけ。
今はつらいかもしれないが、
我慢していれば必ず時間が忘れさせてくれる。
もうあの時には戻れないのだから・・・
シンジは自分にいい聞かせた。
レイは自分の部屋のベッドに座り、
じっと電話機を見つめていた。
もう時間は十二時をまわっている。
でも、シンジからの電話はかかってこない。
やっぱりそう思うよね。
レイは小さくため息をつく。
ほんとのこと話しても信じて貰えないよね。
私から、さよならしたんだから、
もう何を言っても無駄なのかな。
もう碇君とはこれきりなのかな?
本当に私はそれでいいの?
レイは立ち上がった。
・・・嫌だ。そんなの嫌だ。
とにかく碇君ともう一度話をしたい。
あれが最後なんて絶対嫌だ。
レイは受話器を手にとってダイアルした。
電話が鳴る。
シンジは受話器を取り答える。
「・・はい、碇です・・」
予想通り、受話器の向うからレイの声が聞こえる。
「碇君?レイです。」
「・・どうしたの?」
そっけなく聞くシンジ。
落ち着こうとしたが、声が少し震える。
「あのね、今日のことで。」
「・・・」
「あの人ね、アタシの先輩なの、それで、
ひさしぶりに会って、送って貰ったの。」
シンジは無言だ。しかし、
無意識に右手をきつく握っていた。
「で、その、碇君が誤解してるといけないから。」
しばらく間を置いて、シンジが答えた。
「別に僕がどう思おうと綾波さんには関係がないと思うんだけど。」
"綾波さん"そう呼ばれて、レイは心臓が止まるかと思った。
シンジはレイが息を飲むのを聞いた。
「どうして、さん付けで呼ぶの?」
レイはかろうじてそう聞くが、声が震えていた。
「僕と綾波さんは高校の同級生。ただそれだけだから。」
感情を感じさせない声で、シンジは答えた
「それって、もう他人ってこと?」
「・・・どう取ってもらってもいいよ。じゃあ、切るよ。」
シンジは受話器を置く。そして右手を見た。
右手はあまりにきつく握り締められたために
爪が手を傷つけ、血がにじんでいた。
レイは受話器をそっと置いた。
涙がぽろぽろこぼれてくる。
レイは自分の肩をぎゅっと抱いた。
どうして?
やっと碇君は私の事を忘れてくれるのに、
どうして私はこんなに悲しいの?
そうよ、こうなるのを望んでいたのは私なのに。
綾波さんって呼ばれてすごく悲しかった。
碇君がすごく遠くに感じた。
レイはシンジの顔を思い浮かべた。
碇君はいつもやさしく微笑んでくれたよね。
その時の瞳がとっても好きだった。
吸い込まれそうなほど澄んだ瞳。
私を好きだって言ってくれた時、とても嬉しかった。
私も碇君のこと大好きだったから。
でも、私はそれを言えなかった。
碇君には彼女がいたから。
二人の仲を裂くなんてとても私にはできないと思った。
私がこの思いを我慢して忘れれば、
全てうまくいくと思ってた。
でも、それで本当に良かったの?
私はこんなに碇君のこと好きなのに。
好きなのに・・・
翌日、シンジはベッドに寝転がって、天井を見つめていた。
今日の大学の講義は全て休んでしまった。
こうしていてもしかたないのだが、
何もする気が起こらずに、ずっと朝から天井を見つめていた。
昨日のレイとの会話をもう何回反芻したのであろうか。
シンジは昨日の電話での自分の発言に対して、ひどく自己嫌悪していた。
どうしてあんな事言ったんだろう?
綾波は何か話したがっていた。
何だったんだろう?
と、チャイムが鳴る。
ゆっくりシンジは起き上がり、玄関のドアに向かう。
「こら、シンジ。アタシが電話しろって言ったのにどーいうつもり!!」
その声の持ち主はシンジがよく知っている女性だった。
惣流・アスカ・ラングレーは玄関に入ってきて、ジロリとシンジを睨む。
「ごめん。いろいろあって。」
そういえば電話するの忘れてたっけ。
シンジは苦笑し、アスカがブーツを脱ごうとするのを手伝う。
アスカは部屋に上がり、くるりとシンジの方を振り返って、
両手を腰に当てて睨む。
「このアタシよりも大切な用事なんてあったの?」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・」
アスカが脱いだコートを掛けてシンジは紅茶をいれる準備をする。
アスカはいつもシンジの部屋に来ると、
レッドリーフティーを好んで飲んでいた。
「じゃあ、なんで電話しなかったのよ。」
椅子に座ってシンジが紅茶を入れる様子を
見ながらアスカは不満気に聞く。
「だから、それはいろいろあったんだよ。」
「いろいろ・・・ね。ところで、
どうして今日は講義出てこなかったの?」
「まぁ、それもいろいろあって。」
シンジは肩をすくめる。
アスカは頬杖をついて不機嫌そうにシンジを見つめる。
何かあったわね。
アスカはシンジの表情や態度から何かを感じていた。
特にシンジの瞳がいつもと微妙に違うのがアスカは気になった。
しかし、シンジが話そうとしない限り、
いくらこちらがしつこく聞いてもシンジは答えようとしないだろう。
・・・まったく、強情なんだから。
アスカはシンジの背中を見つめる。
「まぁ、いいか。」
アスカは小さくつぶやく。
あせってもしかたない。
一緒にいればなにかわかるかもしれないし。
ポットからヤカンにお湯を移して、火をかけるシンジ。
「今日はご飯食べてくの?」
「そうね。今日は何もないから久しぶりに、
シンジの手料理をごちそうになろうかな。」
そのほうが、何があったか聞き出すには都合がいいわね。
アスカはそう考えた。
「はいはい、じゃあハンバーグでいいね。」
「さんせーい。」
にっこりアスカは微笑んだ。
夕食後、シンジがキッチンで洗い物をしていると、チャイムが鳴る。
「はーい。ちょっと待ってくださーい。」
シンジは玄関のドアを開ける。
アスカは奥の部屋でCSの音楽番組を見ている。
ドアを開けて、その向こうに立っている女性を見てシンジは驚いた。
「・・綾波・・どうしたの?」
シンジはレイの様子がいつもと違うのを不信に思った。
レイは泣きはらした目でシンジを見つめる。
そして、形のよい唇が言葉を紡ぎ出す。
「・・・たすけて・・・」
かすれた声でレイは囁いた。
そして、じっとシンジの顔を見つめるレイ。
「えっ?」
シンジは何を言われたのか理解できずに、
戸惑いの表情を浮かべる。
「助けてよ。碇君。たすけて・・・」
レイはシンジをじっと見詰める。
瞳には涙が溜まっている。
「助けるって?」
昨日の電話で言っていた話したいことってやつなんだろうか?
シンジは昨日、あんなに冷たくしてしまったのに、
今こうやって話していることに多少の後ろめたさを感じながら聞く。
「どうしたの?シンジ。」
奥の部屋からアスカが現れてシンジに声をかける。
そして、ドアの向こう側に立っているレイを見る。
「あれっ、レイじゃない。ひさしぶりよね。どうしたの?」
レイは目を見開く。
そして理解した。
・・・そうだよね。
昨日あんな事言われたんだもの、
こうなってるのは当然よね。
レイの瞳に涙があふれる。
まるで、自分の足元が崩れ去ったような感覚を味わうレイ。
足ががくがく震えて、今にもくずおれそうになる。
「・・ごめんなさい。アタシ帰るから。」
レイはなんとか微笑もうと努力したが、
泣き笑いのような顔になり、
それだけ言い残すとレイは走り去った。
「綾波!!」
シンジは呆然と立ちすくんだ。
どうしてここに来たんだ。
何があったんだ?
あんなレイは始めて見た。
話したいことって何なんだ?
それとも昨日、僕があんなことを言ったことか?
「・・・何かあったわけね。レイと。」
そのシンジを見て、アスカはやさしく聞く。
そして、シンジの様子がおかしかった
原因が何なのかも理解した。
「いや、たいしたことじゃないよ。」
シンジはうつむいて右手を握り締めている。
アスカはそんなシンジを見て、小さくため息をついた。
「・・そう。・・じゃ、アタシ帰るから。」
突然アスカはそう言うと、
かけてあったコートを着て帰ろうとする。
「どうして?」
唖然としてシンジはアスカに聞く。
シンジにはアスカの行動の意味がさっぱり理解できなかった。
玄関でブーツをはいて立ち上がり、 シンジを見つめるアスカ。
「シンジが何を考えているのか分かったから。」
にっこりと微笑むアスカ。
「・・・」
シンジは何も答えられなかった。
「誰もシンジを縛ることはできない。
シンジはシンジが望むことをすればいいの。
誰もシンジを責めることはできないから。」
アスカはそう言うと、部屋から出ていってしまった。
「バカだな、アタシも。」
アスカはシンジの部屋のマンションから出て、
歩道をゆっくり歩いていた。
シンジがレイをレイがシンジを思っていたのは分かっていた。
レイはアタシのために身を引くつもりだったんだろうけど、
そんな事でシンジがアタシのものになるわけないじゃない。
「もし、彼と引き離せば、あなたを私のものにできるのならば、
私は喜んでそうするだろう。しかし、引き離しても、
あなたは彼を忘れずに、
あなたは私のものにはならない。
あなたの心は彼の心と結びついているから。」
とある物語の一節をつぶやくアスカ。
それに、一度好きになった人をすぐ忘れるような人を、
アタシが好きになると思ってるの?
純粋なまでに一人の女性を愛してくれる人
そういう人じゃないと駄目なの、アタシは。
だからシンジはレイに譲ってあげる。
アスカはくすりと微笑んだ。
そして、今歩いてきた方を振り返り小さくつぶやく。
「さよなら、シンジ。」
公園のブランコに座り、
ブランコのチェーンを握り締めレイはうつむいていた。
水銀灯が無機質な光を投げかけている。
私、何を期待していたんだろ?
どうして碇君に会いに行ったの?
もう私の居場所なんてあるはずないのに。
そんな事しても何も変わらないのに。
碇君はアスカを選んだんだ。
だから昨日の電話であんなこと言ったんだ。
そうよ、私の望み通りに碇君とアスカは
付き合ってるんだから 喜ばないと・・・・
レイの瞳から涙がぽろぽろこぼれた。
・・・駄目・・・
やっぱり喜ぶことなんてできない。
だって、あんなに忘れようとしているのに、
やっぱり私は碇君をこんなに好きなんだもの。
私は碇君への思いを忘れられることなんかできない。
その時、レイは親友が言っていたことが思い出した。
そして、ある時あなたは気づくの。
その人への思いを忘れるということは、
自分が自分でなくなることなんだって。
だって、その人への思いが今のあなたを形作っているんだから。
そうか、この事だったんだ。
碇君への思いはもう私の一部になっているんだ。
だから、忘れることができないんだ。
それは私自身を壊すことになるから。
・・・でももう遅いよね。
何もかも終わってしまった。
私の恋も本当にこれで終わり。
これからどうしようかな。
この思いが消せないのなら・・・
「綾波。」
レイの体がびくっと震える。
声がした方に視線を向けるレイ。
そこには息を切らせてシンジが立っていた。
「・・・碇君。」
レイは慌ててブランコから立ち上がり、あとずさる。
ブランコがカタカタ揺れる音が響く。
「・・・こないで・・お願い・・・」
近づこうとしたシンジを押しとどめようとするように、
レイは言った。
「どうして?」
シンジは一歩レイの方に踏み出す。
レイの顔は寒さのせいなのか、
その他の理由によるものなのか蒼白になっていた。
レイは両手を胸の前でぎゅっと握り締めて言う。
まるで、何かを必死にこらえているように。
「・・・ダメなの・・これ以上私は私の思いを押さえられないの・・
もし碇君がアスカの事を一番大切に思っているのなら帰って。お願い・・・」
レイの瞳から涙がこぼれる。
「綾波を置いては行けないよ。」
シンジはじっとレイを見つめる。
「・・・お願い、私に同情しないで・・・もう壊れちゃうよ・・・」
レイはまた一歩あとずさり、瞳に涙を溜めシンジを見つめる。
「どうして?」
レイは首をふるふると振り答える。
「・・・・私が碇君から欲しいのは同情じゃないの・・・・」
そして、レイはかすれた声で告げた。
今までずっと心の中に秘めていた思いを。
「・・・私が欲しいのは、あなたの好きだっていう思いです・・・」
シンジは驚いてレイを見つめる。
君はいつでも、その思いをその瞳の奥に隠していたのか?
そうだとすると、僕はこの子の何を見ていたのだろう?
シンジはそう考えると、胸がずきりと痛んだ。
「ずっと本当のこと言いたかった・・」
少しうつむき小さな声で続ける。
「・・・でも、私は臆病で言えなかった。」
「そうだったんだ。」
レイはほっとため息をつく。
「・・やっと、言えた。私の本当の気持ち。」
レイは瞳に涙を溜めてシンジににっこり微笑みかける。
その瞳が水銀灯の光を映し、きらきら輝く。
「碇君は、今でも私のこと、少しでも好きでいてくれる?」
シンジはレイが知っている限り最高の笑顔を浮かべる。
「僕の思いはあの時から変わっていないよ。」
レイが好きなやさしくて、そしてちょっぴり照れた笑顔。
この笑顔は一生忘れない。
レイはそう感じた。
「レイが・・・好きだ。」
レイはシンジに駆け寄りその胸に飛び込む。
「碇君・・好き・・・・好きなの・・・・」
シンジはレイをしっかり抱きしめる。
「僕も綾波のこと好きだよ。」
レイはシンジの胸の中で泣いた。
「・・・・・私さえ我慢していればいいと思ってたの。」
シンジのコートの襟をぎゅっと掴むレイ。
「でも・・・・・耐えられないの・・・・
他の人と碇君が付き合うなんて・・・・私はイヤ・・・・・」
やさしくレイの背中を撫でるシンジ。
「私だけを見ていて欲しいの・・・・・・」
レイは顔をあげシンジを見つめる。
シンジはやさしく右手をレイの頬に当てる。
レイは幸せそうに目を閉じた。
「・・・ずっとレイだけ見ているよ。どんな時でも・・」
二人はいつまでも抱き合っていた。
あとがき
ども、作者のTIMEです。
部屋1万ヒット記念part1「さよなら」はいかがだったでしょうか?
少しシリアスなお話にしようと思ったら、結構長くなってしまいました。
#おかげでpart2のアスカの方が半分しか書けてない。(;_;)
今回もクリスマス記念と同じでLASを別に用意しています。
タイトルは「素直でいたい」です。
少し雰囲気を変えて書いてますのでお楽しみに。
早いうちに公開したいですが、どうなることやら。(^^;;
ではpart2でお会いしましょう。
TIMEさんの『さよなら』、公開です。
3人3様の気持ちが、
すれ違ったり、
ぶつかったり、
そして、
交わったり・・・
1体2なんですから、
1人はどうしても。
その1人になろうとする心と、
なりたくない、なれない心が−−
優しいですよね。
優しすぎますよね。
1人のためにも二人には幸せになって−−
さあ、訪問者の皆さん。
区切り毎に記念作を発表するTIMEさんに感想メールを送りましょう!