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「寒いね。」

彼女がお店を出て一番最初に発した言葉。
空を見上げて、ため息をつく。
ぱっと白く染まった息が広がる。
ゆっくりと舞い降りてくる雪を見つめて、にこにこ微笑みながらドアの方を振り向く。

「そうだね。」

彼はそう答える。
手袋を身につけて、コートの前を合わせる。
微笑み合う二人。
そして、並んで歩道を歩き出す。
積もった雪を靴で踏みしめるたびにちいさく音が鳴る。

「積もってきてるね…」

彼女はゆっくりと歩きながら、足元を見つめる。
激しくは降っていないが、雪の結晶は大きい。
二人の足跡も少しづつ消えて行く。

「そんなに下ばっかり見てると…」

彼がそこまで言ったところで、彼女が声をあげる。

「きゃっ!」

つるりと滑って転んでしまう。
彼は軽く肩をすくめて言葉を続ける。

「転んじゃうよ…って遅かったね。」

彼女は雪が積もったレンガ作りの歩道の上に座りこんで彼を見上げる。
そしてにっこりと笑顔を浮かべる。

「えへへ、転んじゃった。」

彼はため息をつき手を差し伸べる。

「ほら、ずっと座ってると服が濡れちゃうよ。」

「うん。ありがと。」

手を握って彼女は立ち上がる。
雪を払って、照れ笑いを浮かべる。

「大丈夫だよ。」

「じゃあ、転ばないように手繋いでおく?」

そう尋ねる彼に彼女は繋いでいる手を見つめる。
そして、顔をあげてにっこりと微笑んだ。

「うん。そうしよ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Christmas Carol

SIDE C MANA
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

TIME/1999
24th December 1999
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「それにしても思いっきり降ってるよね。」

シンジはため息交じりに空を見上げる。
空からはグレーに染まった雲から雪が舞い降りてきていた。

「帰れるかな?」

ふとそんなことを言い出すマナ。
内心そんなことはないと思っていたが、シンジの反応が知りたかったので、あえて口に出してみる。

「ま…その時は野宿じゃない?」

シンジはマナの方を見てそう軽く答える。

「え〜?」

マナは不満そうに頬を膨らませる。
その表情を見て、シンジはにやりと笑みを浮かべる。

「って、冗談だよ。これぐらいじゃ、バスでも止まらないでしょ。」

「そうかな?」

小首を傾げて見せるマナにシンジは頷く。

「大丈夫だよ。」

とあるお店の前を通るとクリスマスソングが耳に入る。
マナはその曲を聴いてくすくす笑う。

「どうしたの?」

「ううん。なんでもない。」

そう首を振って、握っている手をぶんぶん降りまわす。
シンジは顔をしかめる。

「痛いよ。そんなに降り回されたら…」

そんなシンジの言葉には耳を貸さずにさらに手を振るマナ。

「だって、一年前は全然友達だったのにね。
今こうしているなんて、ちょっと不思議だなぁって。」

「なるほど」

「一年前はすごいことになっちゃったよね。」

シンジは視線を宙にさまよわせて答える。

「一年前…か…ケンスケの部屋にみんなで集まった時だね。」

マナはくすくす笑いながら頷く。

「あの時はすごかったねぇ。鈴原君も相田君もぐでんぐでんに酔っちゃって。」

「洞木さんがあんなに強いなんて、誰も知らなかったみたいだね。」

シンジはその時の光景を思い出して、苦笑を浮かべる。

「でも、あの後の片付けは悲惨だったんだよ。ケンスケもトウジも使い物にならないし。」

「そうだったの?」

「うん。洞木さんは手酌モード全開で、気がついたらやっぱりつぶれていたし。」

マナは首をかしげて答える。

「それはヒカリからは聞いていない。」

「わざと言わなかったんじゃないかな?
本人も信じたくないって感じだったし、なによりも飲み始めてからの記憶が無くなってたみたいだし。」

「ふうん。今度会ったときに言ってみよ。」

街灯の明かりで背後に出来ていた影が、歩く方向に伸ていく。
そしてその影が薄くなってきた頃に、また新しい街灯で影ができる。
どれくらいそれを繰り返したか、目的のバス停にやってきた。

「次のバスって何分後?」

シンジのその問いにマナは停留所の時刻表を確かめる。

「一応…5分後だね…」

「問題は、どれくらい遅れているかだね。」

「うん…」

二人はなにげなく車道に視線を向ける。
轍は出来ているが、さすがに降ってくる雪のせいでそれも消えかかっている。
どうやら先ほどより、降ってくる雪の量が多くなってきているようだ。

「まぁ、しばらく待ちますか…」

シンジのその言葉にマナは黙って頷く。

「うん…そうしよ…」

どこか、気のない返事。
シンジは少し不思議に思ったが、何も聞かなかった。
なんだろ?
今、なんとなく意識がどこかに行っているような気がした。
どうしたんだろ?
マナは小さく息をつく。
先ほどから気にかかっていたのだが、車道を車が走っていない気がする。
普段はそれなりの交通量が多い通りなので、この時間帯でも、それなりの流量があるはずだった。
う〜ん。
思い過ごしかな?
それとも何かあったのかな?

そのまま何気なく黙ったまま二人はバスを待った。
そして15分が経過した。

「来ないね…」

「そうだね…」

また二人は黙ってしまう。
まったくの静寂。
まるでこの世界に二人だけになったような感じがする。
何も聞こえてこない。
二人の呼吸が聞こえてきそうだった。
街の中にもこんな静寂があったんだね。
少し身じろぎしたせいで、踏んでいる雪がきゅっと鳴る。
なんだろ?
少し不思議な感じ。
いまにも雪が降り積もる音が聞こえてきそうな…
バス停の屋根に積もっていた雪がどさどさと落ちた。

「雪…落ちたね。」

「うん。」

シンジはそれだけ答えた。
視線を落とすマナ。
時計で時間を確かめる。
もう30分経ったんだ。
何か時間が経つのがすごく早い。

でも、少し寒くなってきよた。
コート着ててもこの寒さは…
少し身震いして、肩を抱く。
風がないだけマシだけど…
もしかして、バス、止まっちゃったのかな?
じゃあ、今日は帰れないの?


シンジは肩を抱いているマナをちらりと見つめる。
そして時計を見つめる。
もう30分だ…
バス止まってるのかな?
これぐらいじゃ、止まらないと思ったのに。
どうしよ…
マナ、帰れないよね。


それに結構寒くなってきた。
さっきよりもだんだん気温が下がってきている気がする。
マナも寒そうだし。
いくらコートを着ていても足元から冷気が這い上がってくるし。
女の子には辛いよね…

やっぱり…


僕の部屋に誘った方が良いのかな?


でも…
でも、僕は自身がない。

こんな時にマナを自分の部屋に呼んだら…

でも…
でも、このままじゃ…


どうしよう?


誘った方がいいかな?
でも、こんな時に誘ったら、マナも…

そう思っちゃうよね…




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

長い沈黙
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

車道は真っ白な雪に包まれていた。
轍もすっかり消えてしまった。
先ほどから、人通りはなく、車道を通る車もない。
動きがあるのは舞い降りてくる雪だけ。
全ての色が消えてモノクロームの世界にいるような錯覚。
彼は小さく息をつく。
白い息が広がる。
そして、小さくつぶやく。

「僕の部屋に…来る?」

その言葉にマナはゆっくりと振りかえる。

「このままじゃ、マナも僕も風邪引いちゃうし…バスも来ないし…」

シンジはマナの瞳を見て告げた。

「だから…僕の部屋に…」

そのシンジの言葉に周りの世界が色を取り戻す。
少し赤く染まったシンジの頬。
寒さのせいなのか、自分が言った言葉のせいなのか、マナにはわからなかった。
じっとシンジの瞳を見つめて、マナが息をつく。
そして、何かを言おうとした瞬間。
 

二人を何かのライトの光が照らした。
 

まぶしそうにその方向を見つめる二人。
それはバスのライトだった。
そして、二人がいる停留所に止まる。
ドアが開き、運転手の声が聞こえる。
マナがバスからシンジの方に振り向く。
絡み合う視線。
しかし、シンジは首をかすかに振るとこう告げた。

「じゃあ…」

そしてにっこりと優しく微笑む。

「気をつけて。風邪引かないように気をつけてね。」

マナは少し驚いた表情を浮かべるが、こっくりと頷いて答えた。

「うん。シンジも風邪引かないでね。」

そして、バスのステップを登る。
ドアが閉まり、バスがクラクションを小さく一回鳴らして動き出す。
席についたマナがバス停にいるシンジを見つめる。
シンジはにっこり微笑んで、片手をあげる。
マナも小さく手を振る。
また視線が絡み合う。
そしてバスは車道をゆっくりと走って行く。
シンジはそれを見送って首を振りため息をつく。

「…まぁ…いいか。」

そうつぶやくと、シンジはバス停から出て、来た道を戻り始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

部屋に戻ったシンジはとりあえず雪で濡れた服を着替えた。
暖房のおかげで、部屋の中はかなり快適になっている。
ベッドの端に座り、シンジは大きくため息をつく。
そして、時計に視線を向ける。

「そろそろ帰った頃かな?」

シンジはそうつぶやいた。
と、バス停での事がふと思い浮かぶ。
あれで良かったんだよね。
バスが来たんだし。
もともと、マナは帰るはずだったんだし。

でも、僕はどうしてこんなに後悔してるんだろう?
あの時、そのままマナを帰してしまったのだろうって思っている。
ため息をつくシンジ。
と、呼び出しのチャイムが鳴る。

「?」

シンジは不思議に思い、玄関の方に向かう。

「どちらさま?」

「私です。」

その声にシンジは慌てて玄関のドアを開けた。
そこに立っていたのは、さっき帰ったはずの彼女。

「戻ってきちゃった。」

そう告げて恥ずかしそうにはにかむマナ。
シンジは驚いたように尋ねる。

「どうして?帰ったんじゃなかったの?」

その問いにマナは視線を落として、何かを決意しているような口調で答えた。

「忘れ物しちゃったから。」

「忘れ物?」

シンジは不思議そうに尋ねる。
マナはこくこく頷いて、顔を上げる。

「お邪魔していい?」

シンジは慌ててマナを部屋に上げる。
コートを脱いでマナはフローリングの床のカーペットが引かれているところに座る。
ニットで編まれたワンピース姿で両足を左側に投げ出して、座っている。
シンジはそのマナの姿を見てどきりとした。
なんだろ?
今すごくどきりとしてしまった…

「何かだんだん気温が下がってるみたいね。
もう、シンジの部屋の前に来たときは寒くて寒くて。」

「大丈夫?寒いなら、温度上げとこうか?」

「ううん。もう平気よ。」

シンジはベッドに腰掛けてマナを見つめる。
マナも座っている向きを変えてシンジの方を向く。

「で、忘れ物って?」

シンジの問いにマナはうなずく。

「ありがとうって、言うの忘れてたから。」

「え?」

「ありがとう、シンジ。今日は私の傍にいてくれて。」

シンジはなんと言って良いのか分からずにマナを見つめるだけだった。
マナはそんなシンジを見てにっこり微笑むと、言葉を続ける。

「すごく今日は楽しかったの。
私、ずっとシンジと一緒にいたい。
シンジを一人占めにできたらなって思っていたの。」

少し視線を伏せてマナは息をつく。

「去年のクリスマスもシンジと二人っきりになりたかったのに、あんな風になっちゃたし…」

シンジはくすりと笑みを浮かべて頷く。

「だから、今年は二人で過ごせたの本当に嬉しかった。」

シンジはにっこりと微笑むと頷いて見せる。
マナも笑みを浮かべる。
そして言葉をさらに続けた。

「あともう一つあるの。」

じっとシンジの瞳を見つめる。

「さっきのバス停で…わかったことがあるの。」

「わかったこと?」

「そう…さっき、シンジが聞いてくれたでしょ?部屋に来る?って」

「…うん。」

「その時に…何故かすごく納得しちゃったの…
私はこの人のことが好きなんだって。
自分が思っているよりもずっと深くシンジのこと思っていたんだって。」

シンジはゆっくりとマナに手を伸ばした。
頬に軽く触れる。
マナは瞳を閉じて、自分の手をシンジの手にそえる。

「だから、今日は…今日だけは一緒にいて。
私が眠るまであなたの傍にいさせて。」

その言葉を聞いて、シンジはじっとマナの瞳を見つめる。
瞳に写っていたのはシンジの顔。
そして、シンジはその瞳にマナの思いをそこに見たような気がした。
こっくりとうなずくシンジ。
そして答える。

「…わかった。今日は一緒にいるよ。」

ほっとため息をついてマナは答える。

「ありがと。ずっとシンジのこと好きだからね。」

二人は見つめ合う。
そして、どちらからとなく瞳を閉じ、キスを交わす。

「僕もずっとマナだけを見ているよ。」
 
 
 
 
 
 
 


NEXT
ver.-1.00 1998_12/24公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき

どもTIMEです。

クリスマス記念SS「Christmas Carol」マナ編です。

3本目はマナのお話になります。
二人のデートの最後に起こった出来事です。
シンジの心の中の誘いたい、
でも、誘えないといった葛藤を中心に書くつもりが
以外とあっさりしたものになりましたが。
でも、雰囲気優先で書いたのでこんなものでしょうか。

さて、クリスマス記念は他にレイ編、アスカ編があります。
レイ編は二人でオーナメントに買い出し行った時のお話。
アスカ編はオーストラリアに行くことになったアスカ、シンジのお話です。

これで今年の更新はこれで終了予定です。
来年も早いうちに更新再開したいですね。

それではみなさん良いお年を。

でわ〜。
 






  ここっここっっ





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