「どう?すごいでしょ?」
その桜はその場所に300年立っているという。
彼女は大きく広がった枝を隠すように咲いている花にみとれていた。
風が吹くたびにゆらゆらと揺れるそれ。
花びらが舞い、彼女の目の前をくるくると回りながら落ちて行く。
一心に見つめる彼女に母親はくすりと笑みを浮かべる。
「この桜の下で、お母さんはお父さんに会ったのよ。」
はっと我に返ったように彼女は母親の方に振り向いて訊ねる。
「お父さんと?」
「そうよ。」
母親はにっこりと微笑み彼女にそう告げた。
「ふうん…そうなんだ…」
部屋170000ヒット記念SS
「二人を繋ぐなら」
TIME/2000
彼女は買い物袋に一杯の生活用具を詰めて抱えていた。
その荷物を胸に抱き、ゆっくりと歩道を歩いていく。
彼女は今年の3月に高校を卒業したばかり、この4月からは大学に通うことになっている。
まだ、この街に引っ越してきて、数日の彼女は足りない生活必需品の買い出しに来ていた。
小さくため息をついて彼女は呟く。
一人生活って大変ねぇ。
以外とお金が掛かるし。
これまでは共同生活だったから、あまり感じなかったけど。
それに掃除に洗濯に炊事と全部、自分でこなさないといけないし。
はぁ…
まだ学校が始まるまで一週間あるし。
早いうちにこっちの生活に慣れるようにと思って、
卒業式が終わってすぐにこっちに来たけど、もう少しだけ向こうにいても良かったかな。
憂鬱そうにため息をつき、彼女はゆっくりと歩きつづける。
のんびりとした性格のため、彼女は周囲の人よりも歩くペースが心持ちゆっくりだった。
程よく色あせたジーンズに薄いブルーのシャツを着ている。
肩にかかるか、かからない程度の髪を後ろでゆるく束ねていた。
服装、髪型、その他すべてから感じる彼女の印象は、
さっぱりしていてかつシンプルであるというもの。
やがて、彼女は交差点で立ち止まって、きょろきょろと周りを見渡した。
どちらの方にもあまり高くないビルが乱立している。
まだ、この都市来て日が浅い彼女はどうやら迷ったようだった。
それでなくても、彼女は友人達から、
一人で行動させてはいけない人物として認識されていた。
要は、彼女は極度の方向音痴であると認識されていた。
え〜と。
部屋に帰るには…
どっちに行けば良いのかな?
首を傾げて周りを見まわす。
きっちり信号一回分その場に留まってから、彼女は決心してそのまま直進することにした。
実はその方向に向かうと部屋まで遠回りなのだが、当然本人はそれに気がついてない。
雲に隠れたり、現れたりしながら太陽が暖かな陽射しを彼女に投げかける。
それにしても、良い天気ねぇ。
こんな日にはどこかに遊びに行きたいな…
…
でも、まだこのあたりには知り合いがいないし。
同じ大学に通う高校の親友はまだこちらに来ていなかった。
…
はぁ…
彼女は小さくため息をついた。
「もう、早く来いっての。」
小さくそう呟く。
そして彼女は、とある建物の前を通りすぎる。
それは彼女が4月から通う大学。
その正門前を通りすぎる。
彼女は少しだけ立ち止まって、その正門から見える校舎を見つめる。
なんか…
変な感じ。
実際に試験に合格して、もうすぐ入学するんだけど。
あまり実感がない…
私、どんな大学生になるのかしら?
…
数週間前までは高校生で、
でも、来週からは大学生…か。
何か不思議な感じ。
私自身はあまり変わる気がしないけど、
一般的な感じだと大学生と高校生は全然違う気がする。
どうしてだろう、たった数週間を境にするだけなのに。
相手に与えるイメージは全然変わってしまう。
不思議だね。
ふと、大学の敷地に内にたっている桜の木に目が止まる。
まだ満開というわけではないが、ちらほらと花が開いている。
桜…か。
彼女はふと小さな時のある思い出を脳裏に浮かべた。
あの時見た桜もきれいだったな…
まだお母さんが一緒にいてくれて…
…
彼女は軽く肩をすくめると、また歩き出した。
郵便局の前を通りすぎ、桜並木をくぐる。
ここの桜も見事なものだった。
そして、彼女はとある歩道橋にやってくる。
そこにも一本の桜が見事に花を咲かせていた。
またしても立ち止まって、その歩道橋を見つめる彼女。
多分、これを渡れば、部屋まですぐのはずだけど…
そして、彼女は意を決して、階段を上り始めた。
足を引っ掛けないように足元を見てゆっくりと上っていく。
しかし、足元にだけ注意していたのが仇になってしまう。
いきなり何かがぶつかって来て、彼女は体制を崩す。
「あれ〜?」
しかし、伸びてきた腕が彼女を支える。
当然ながら彼女が持っていた生活用品は階段の上に散乱してしまう。
「はぁ…やっちゃった…」
彼女は散乱した生活用品を見てため息をつく。
そして、一つづつ拾い上げ袋に入れていく。
と、彼女の視界に一人の青年がしゃがみこむのが見える。
「ごめん。拾うよ。」
その青年はそう彼女に告げ、落ちている生活用品を拾い始める。
歳は彼女と似たような歳に見える。
たぶん、大学生だろう。
「ありがと〜。」
彼女はにこやかに微笑みかけると、自分も生活用品を集める。
桜の花びらが舞う中、二人は落ちているものを拾う。
ほどなくすべての物品は袋におさまった。
青年はにやりと独特の笑みを浮かべて彼女に謝る。
「ごめん。俺がよそ見してたせいで。」
彼女はふるふると首を振って答える。
「ううん。いいの。気にしないで。」
そして彼の顔を見る。
彼女はその時始めて彼の顔をしっかり見た。
桜の花びらが目の前を舞って行く。
「怪我とかは大丈夫?一応支えたから大丈夫だと思うけど。」
彼女は自分の体を見た。
しかし、何か変な感じがする。
身体ではない。
目の前にいる彼に対して不思議な感情が湧き上がってくる。
始めてみる顔である。
しかし、心のどこかでは彼を昔から、ずっと昔から知っているように感じている。
もちろん、初対面に決まっている。
まったく知らない成年という印象と、
昔から知っているような思いが、彼女に妙な違和感を感じさせていた。
彼は彼女が答えないのを、どこか悪くしたと捕らえたようだった。
「どこか…痛む?」
彼女は顔を上げて答える。
彼の顔を見るとやはりその違和感は強くなった。
どうしてだろ?
なんだろ?
この感じ。
この人に見つめられていると胸がきゅっと締め付けられるような。
彼女はそんな思いを押さえ首を振って答える。
「ううん。大丈夫よ。」
その答えを聞いて彼は微笑む。
「そうか、よかった。」
そして、彼は手を振って見せる。
「じゃ、俺はここで。」
「うん。」
彼は歩き去った。
その様子を見送ってから、「なのなのだろう?」と彼女は考えた。
さっきから感じているこの感じ。
いったい何なのだろう?
どうしてこんな風になってしまったのだろう?
ゆっくりと歩道橋の階段を渡って、道路を渡る。
ふと、振りかえって先ほど、彼とぶつかった場所を見る。
しかし、当然の事ながら、彼はもういない。
そこには何もない。
彼女は軽く肩をすくめて、向き直るとゆっくり歩き出す。
交通量が多い車道を渡りきり、向かい側の歩道に降り立つ彼女。
そして、部屋があると思われる方向に歩き出す。
どうしてこんな風に感じるのだろうか?
まるで宙に浮いている感じ。
地面の感触がすごく弱い気がする。
そう…
まるで夢の中にいるような感じ。
それに、気をつけないと、高く舞い上がって行きそうな…
なんだろ?
この感じは一体?
…
何か頭がぼうっとしてきた。
まるで風邪を引いたみたいに熱っぽくなってきた。
でも、風邪を引いたときのように身体はだるくない。
気分も悪くない。
いや、いいと言ってよかった。
心のどこかで楽しいを思っている自分がいる。
はっきりしない感じなのに…
普通ならこんな感じなら不快なはずなのに…
どうしてこんなに気持ちいいと感じるのだろうか?
彼女はしばらく歩いた後、急に立ち止まった。
もしかして…
これって…
恋
なのかな?
彼女は慌てて考え始める。
たった数言、会話を交わしただけだし。
彼のことは何も知らないわけだし。
当然、どこに住んでいるのかとか、何をしているのかとか。
歳は近かった気がするけど、それもわからない。
…
…
でも、
でも、
私が?
あの人のことを?
…
…
…
信じられない…
…
…
…
彼女は彼の姿を思い浮かべた。
さきほど感じた違和感。
まるで、ずっと昔から彼を知っているような、そんな感じと、
たった今始めてあったばかりの身も知らぬ男性という事実。
どうして、そう感じたのだろう?
彼女は彼の持っている全体的な雰囲気。
そしてその声、しぐさを可能な限り思い出そうとした。
そして、自分が知っている男性を一人一人、思い浮かべ彼を比べた。
ほどなく彼女は一つの結論に達した。
彼は自分が思い描いたいた理想の男性に限りなく近いということを。
だから、彼女は懐かしいような、昔から知っているような感覚に捕われたのだと結論付けた。
そう…
少ししか話しなかったけど、すごく優しい感じがしたし、
あの微笑み方もすごく優しい感じがした。
…
…
それは私が求めているもの…だもの。
…
彼女は来た方向を振り返る。
でも、私は何も知らない。
彼の名前も、何をしているかも。
今から戻っても…
…
会えるはず無いし。
…
でも、もしかしたら。
彼女はきびすを返して、来た道を引き返し始めた。
最初はゆっくりだった足取りは少しづつ速くなっていき、
最後はほぼ駆けているのと同じになった。
息を切らせ、彼女は彼と会った場所に戻ってくる。
深呼吸しながら、彼女は辺りを見まわす。
しかし、どこにも彼の姿はなかった。
彼女は自重気味に苦笑を浮かべる。
そうよね。
戻ってきても、いるはずないじゃない。
何、期待していたのかしら。
もう一度深呼吸し、最後に辺りを見まわすと、彼女はゆっくりと歩き始めた。
そうよね…
もう会えないよ…
こんな街で、どこにいるか何をしているのか分らない人に…
会えないよ…
会えない…よね?
…
でも…
もしかしたら…
そして、彼女は次の日から、その歩道橋に通った。
三時間ほど、何をするでもなくその歩道橋のそばで待った。
彼との接点はそれだけだから、それ以外の場所に行っても会えない気がしたからだ。
しかし、一日が過ぎ、二日が過ぎても彼は現れなかった。
結局一週間が経過したが、彼とは会うことが出来なかった。
彼女は友人にその話を聞かせたが、友人はただ優しく微笑んだだけだった。
そして、入学式が終わってから彼女はその友人とその歩道橋に行った。
彼女はその日で最後にするつもりだった。
もう、これ以上待っても会えない気がしていたから。
彼女達はそれまでの日と同じように三時間待った。
しかし、彼は現れなかった。
夕暮れが近づき町が赤く染まり始めた頃。
彼女は小さく息をついて友人に告げた。
「来なかったね…」
「そうね…でも、もしかしたらこことは違う場所で、会えるかもしれないわよ。」
彼女は不思議そうに友人の顔を見た。
「どうして?」
「私は信じないけど、
もし二人の間に何か他の人とは違う繋がりがあるのなら、
会うことができるわ、それがどこであれ。
私の母さんの口癖だけど。」
「そうかな?」
「信じるかどうかはアナタ次第よ。ミサト。」
「ありがと、リツコ…」
そしてミサトは最高の笑顔で言葉を続ける。
「そうね、私、信じてみるわ。」
FIN.
あとがき
どもTIMEです。
部屋17万ヒット記念SS「二人を繋ぐなら」です。
いつもシンジ達を中心にして話を書いているのですが、
今回は少し変えてみました。
最後になるまで伏せていますが、これはミサトのお話です。
当然ぶつかった青年っていうのは彼のことですね。
まぁ、二人の始めての出会いを書いてみましたが、
ちょっと出来すぎの気がしますねぇ。
同じ大学だったのなら、こんなこともあっても良いかなと思い書いてみました。
ただ、微妙に実際の設定とも違いますので、
オリジナルのサイドストーリー的に思ってもらえればと思います。
では、また連載、SSでお会いしましょう。