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「卒業…か。」

彼女は校庭を見渡せる屋上に立ち、そこから見える景色をゆっくりと眺めている。

「もう、さよなら…だね。」

そうつぶやき、手すりにもたれかかる。
長かったようで短かった三年間。
平穏なようで、忙しかった毎日。
いろいろな人と出会って、いろんな事を学んだ…かな?
アタシはここからいなくなるけど、何事もなく日常は過ぎていく。
まるで最初からアタシがいなかったかのように。
それでも、アタシがいなくなって寂しく思ってくれる人達がいる。
それが少し、嬉しい。
でも、アイツはどうなのかな?
アタシがいなくなって寂しいと思ってるのかな?
 
 

めぞん150万ヒット記念
SIDE B ASUKA

言いたいこと

 TIME/99
 
 

三月。
それは別れの季節。
この中学校も例外ではない。
毎年と同じく卒業式が執り行われ、
三年生が巣立っていく。
そこに、彼らはいた。

「今日で最後なのよね。」

アスカはてくてくと通学路である、レンガ敷きの歩道をゆっくり歩いていく。
今日は集合時間が遅い目なので走らなくて済んでいる。
もっとも、最後ぐらいはゆっくり歩いていこうということで
かなり時間に余裕を持って家を出たのだが。
シンジもアスカの隣をゆっくり歩いている。

「ほんとに久しぶりだよ。歩いて通学なんて。
いつもは全力ダッシュだからね。」

「何よ。それはシンジがちゃんと起きないのが悪いんでしょ。」

じろりとにらまれて、首を竦めるシンジ。

「こりゃ、やぶ蛇だったね。」

「そりゃ、シンジは4月からも通るだろうけど、
アタシは今日で終わりなんだから。」

そう、アタシはあと少しでドイツに行かないといけない。
でも、シンジはいつもと同じように見える。
シンジはどう思っているのかな?
4月からシンジは地元の公立高校へ、アスカは両親の勧めで
ドイツの高校へ留学することが決まっていた。

「そうだったね。」

シンジはそう呟く。
その表情からは何も読み取れない。
寂しそうでも、嬉しそうでもない。
ただ事実を確認しているだけ。
アスカは思ってもいないことを口にする。

「これで、やっと三馬鹿トリオから
離れられると思うとせいせいするわ。」

言ってしまった後、アスカははっとして
シンジを見るが、シンジは平然とした表情でこう答える。

「それはトウジも言ってたよ。」

アスカは無性に腹が立って、叫んでしまう。
何に対して怒っているのか自分では分からないが、
こう反応するのが自然だと感じた。

「何?鈴原の奴そんなこと言ってたの!」

しかし、そんなアスカを見ても、表情を変えず、
シンジは軽く肩をすくめる。

「ま、その直後に、洞木さんからビンタ食らってたけどね。」

「さすが、ヒカリ。親友は分かってるわね。」

「そうだね、でもそのせいで…」

シンジははぁと大きくため息をつく。
アスカは不思議そうな表情を浮かべてシンジに尋ねる。

「どうかしたの?」

慌てて、シンジは首を振った。
アスカに話したら、また大事になってしまう。
かろうじて笑みを浮かべて、答える。

「いいや…別に何でもないよ。少なくとも僕たちにはね。」

しかし、それで納得するアスカではなかった。
シンジに詰め寄る。
そして両手でシンジを締め上げる。

「何?アタシに隠し事しようって言うの?」

「いや、そうじゃないよ。」

アスカに詰め寄られるのは慣れているが、
それでも、やはり怖じ気づいてしまう。
もう条件反射といった方がいいかもしれない。
でも、多分こんな風にアスカに詰め寄られるのも…
ふと、浮かんだ想いに苦笑するシンジ。

「じゃ、何なのよ。」

「僕たちが割ってはいる余地はないよ。」

シンジはそれだけ答える。

「何よ、それ?」

アスカは分からずにきょとんとした表情でシンジを話す。
シンジはふうとため息をつく。

「ケンスケが言ってたよ。「人の恋路を邪魔するやつは…」ってね。」

アスカはやっと理解したかのように大きく肯く。

「え?それってヒカリと鈴原のこと?」

シンジはこっくり肯く。

「そう。だから、僕たちはほっとくしかないの。」

アスカはにこにこ微笑みながらつぶやく。
もはや、シンジの声は耳に入ってないようだ。
いつも間にか、アスカの興味はシンジからヒカリとトウジに移ったようだ。
何時の間に二人ともそんな関係になったの?
アタシに黙ってるなんて、ヒカリもひどい。

「そうか…じゃあヒカリにおめでとう言わないとね…」

そんなアスカの表情を見て、シンジは盛大なため息をついた。
 
 
 
 

「はぁ、もう卒業か…短いようで、長かったな。」

ケンスケは大きく伸びをして、ふうと大きくため息をつく。
その右手には卒業証書。
一歩後ろを歩いていたヒカリがそらを見上げる。
その隣にはトウジが窮屈そうに制服の上着を脱ぐ。

「でも、いい天気で良かった…」

三月の太陽は暖かい陽射しを投げかけていた。
風はそよそよと吹き、小春日和といっていい陽気だった。

「でも…ま、四人とも同じ高校だし、変わらないといえば変わらないよな。」

シンジ、トウジ、ケンスケ、ヒカリは地元の同じ高校に
通うことが決定している。

「これで、アスカが一緒だったら良かったのにね。」

ヒカリが残念そうにそう答える。
それを聞いて、肩をすくめるケンスケ。

「しかたないよ。惣流が自分で決めたことだから。」

大きく欠伸をして、トウジが答える。

「そやそや、わいらが何言うても仕方ないやろ。」

ヒカリは寂しそうに肯く。

「それはそうだけど…アタシは一緒に高校行きたかったな…」

そして、三人は顔を見合わせる。

「なぁ、いいんちょ。シンジの事聞いたか?」

トウジが声を潜めて、ヒカリに尋ねる。
くびをふるふる振って答えるヒカリ。

「ううん。何も聞いてない。というかアスカは何も言わなかったし。」

それを聞いてケンスケは首を振る。
ケンスケはシンジから一言だけ聞いた。
しかし、それは言わない約束だし。
そんなことを考えてうつむいているケンスケをちらりと見てトウジは言った。

「ま、シンジにも何か考えがあるんやろ。」

そして、トウジは後ろを振り返った。
そこには彼らが三年間通った、校舎が立っていた。
 
 
 
 

「アスカ…こんな所にいたんだ…」

その声にはっとして振り返るアスカ。
この声、三年間嫌というほど聞かされた声。
うっとおしいと思う事もあったが、一番アスカが聞きなれた声。

「シンジ…?」

シンジはにっこり微笑む。
いつもの笑み、でもいつもと違うように感じる。
ぷいと顔をそらすアスカ。
一瞬、気持ちが表情に出そうになったから。
そんな所シンジには見られたくない。

「アスカ…」

シンジはまた声をかける。
しかし、アスカは返事をしない。
そのまま、屋上からの風景を眺める。

「アスカは2次会行かないの?」

先ほどよりも近くから、声が聞こえた。
アスカは少し驚いて振り返る。
すぐ後ろ3歩ほど離れたところにシンジが立っている。
シンジはまだ笑みを浮かべていた。

「もう少しだけ…ここにいる。」

「…そうか。」

シンジはそう答えると、アスカの隣に立つ。
少し低くなった太陽が二人の顔を照らす。

「もう、ここからの眺めも見納めだね…」

「そうね…」

シンジはため息をついて、アスカの顔を見る。

「ドイツにはいつ発つんだっけ?」

アスカは少し驚いたような表情をする。
シンジには教えてなかったっけ?
そう考えてみる。
そして、ここ数日シンジとの会話では
そんなことを言わなかったことに思い当たる。
おかしいね。
一番近くにいて、一番大切なこと言ってなかったなんて。
くすくす笑い出すアスカ。
それを今度はシンジが不思議そうに見つめる。

「三日後よ。」

笑みを口元に浮かべながらアスカはそう答えた。

「…そうか、意外と早いね。」

「まぁ、向こうの生活に慣れてから、学校に行きたいから。」

「それもそうか。」

シンジは納得したように肯く。

「…ね、アタシの引越し先の住所教えて欲しい?」

「聞いてないね。そう言えば。」

住所のことは意図的に内緒にしていた。
でも、一向にシンジはそのことを口に出さなかった。
それどころか、シンジはドイツ行きのことに
関しては何も聞かなかったし、言わなかった。
アスカはシンジの瞳を見て考えた。
アタシの決めたことだから。
確かにそうだ。
でも、 シンジがそれを聞いてどう思ったか知りたい。
どうして、そう思ったのかは今となっては分からない。
けれど、知りたいと言う気持ちは日増しに募った。
何度か聞きかけたが、後少しのところで躊躇してしまう。
アタシらしくないな。って思うけど、
でも聞けないものは聞けないんだから仕方がない。

「いいよ。教えたくなかったら。」

さらりとそう言ってのけるシンジ。
その言葉に、アスカは思わずシンジの顔を見つめる。
シンジは驚いたようにアスカを見る。
その瞳が涙で潤んでいるのを見たから。
アスカはじっとシンジを見る。
それは見るというよりも睨むといった方が正しかった。
シンジには見慣れた目つき、でも、涙で潤んでいる。
まるで、シンジを責めるように見つめるアスカ。
シンジは大きくため息をつく。

「何か言いたいことがあるみたいだね…」

「…」

アスカは黙ったままでじっとシンジを見つめる。
見詰め合う二人、校庭にいる生徒達のざわめきが聞こえてくる。
視線を外しうつむくアスカ。
言いたいこと…
もちろんあるよ。
どうして、何も言ってくれないの?
初めて話した時も、今も何も言ってくれない。
シンジにとってはどうでもいいことなの?
ねぇ、どう思ってるの。
ちゃんと話してよ。
もっと、シンジの気持ちを声に出して欲しいよ。
でも…
それでも…
そして、顔を上げた時アスカはいつもの表情に戻っていた。

「なんにもないわよ!シンジに話すことなんてね。」

「そう…」

シンジもこっくりと肯く。
アスカはくるりとシンジに背を向ける。

「アタシはもう少し、ここに居るから。2次会には遅れて行くわ。」

「…わかった。」

シンジはそれだけ言うと、その場から離れる。
重そうにドアがきしむ音が聞こえ、そして、閉まった。
アスカはそっと、振り返る。
そこには誰もいなかった。

「どうして…なの?」

アスカはまるでそこに誰かがいるかのように話かける。

「どうして何も言わないの?」

しかし、その声に対する返事はない。

「どうして?何も言ってくれないの?」

アスカの瞳から涙が零れて頬を伝った。
 
 
 

マンションのエレベータに乗って、
アスカはちいさく息をつき、シンジに話かける。
さっきからずっと話をしようと思っていたこと。
先ず最初にシンジに言うべきだと思っていたから。

「アタシ、ドイツに留学することに決めたの。」

アスカがちらりとシンジを見てそう切りだした。
しかし、シンジはさほど驚くようでもなくゆっくりと肯いた。
アスカは少し意外そうにシンジを見る。
もっと慌てるかと思ったからだ。

「そうなんだ。おじさんの勧めで?」

アスカの父親は今、ドイツに長期海外出張中だ。

「まあそれだけじゃないんだけどね。」

アスカはまじまじとシンジを見つめる。
全く予想外の展開だった。
シンジが慌てて、引き止めると思ってたのに。
どうして?
どうしてそんなに平気そうな顔するのかな?
アスカは胸が痛くなった。

「ね…もしかして知ってたの?」

アスカは少し考えてからそう尋ねる。
前以て知っていたのだったら、この反応は当然かもしれない。
しかし、シンジは首を横に振った。

「ううん。今始めて聞いたよ。」

「でも、そんなに驚いてないみたい。」

シンジは苦笑を浮かべる。

「驚いてない事はないよ。でも…」

「でも?」

シンジは首を振って答える。

「ううん。なんでもない。」

そして、エレベータから降りるシンジ。
慌てて、アスカもついていく。
 
 

「元気でね。向こうについたら連絡してね。」

ヒカリはアスカの両手を握り締めて、そう言った。
もう、目には涙を溜めている。
アスカはにっこりと微笑む。

「ヒカリも元気でね。」

「シンジ、遅いな。」

ケンスケがあたりを見回して答える。
アスカはちいさくため息をつく。
シンジ…
来ないのかな?
不安そうな表情をしていたのかヒカリがアスカに微笑みかける。

「だいじょうぶ。来るわよ、碇君なら。」

「あ、アタシは別に…」

慌てて、否定しようとするアスカにヒカリはくすくす笑う。
そして、アスカの耳元に顔を寄せて囁く。

「シンジ君のコト…好きなんでしょ?」

「な、何言ってるのよ!」

思わず叫んでしまうアスカ。
ロビーの周りの客がアスカに注目する。
周りを見て首を竦めるヒカリとアスカ。
ケンスケとトウジもやれやれとばかりに肩をすくめて二人を見ている。

「ちょっと、アスカ、そんなに大きな声を出さなくてもいいじゃない。」

ヒカリが顔を顰めてアスカに文句を言う。

「だって、ヒカリが変な事言うから。」

「そお?」

アスカは大きなため息をつく。

「なんで、アタシがシンジなんかと…」

「あら、結構お似合いだと思うわよ。」

ヒカリはにこにこ微笑みながら答える。
先程までは涙を溜めて悲しそうにしてたのに。
しかし、このままやられっぱなしのアスカではない。
薄く目を細めて反撃に出た。

「それを言うなら、ヒカリが鈴原とできてたなんてねぇ。」

それを聞いてヒカリの表情がさっと変わる。

「…どうして、それを?」

「あら、アタシの情報網をなめてもらっちゃ困るわね。」

がっくりうな垂れるヒカリ。
そのヒカリの耳元に顔を寄せて囁くアスカ。

「ほんとは、いきさつを根掘り葉掘り聞きたいところなんだけどね。
もう、時間がないからずばり一つだけ。どっちが告白したの?」

ヒカリがため息をついて、何か言おうした時に、ケンスケが二人に声をかける。

「おーい、シンジが来たみたいだぞ。」

アスカはケンスケが指差す方を見つめる。
そこには駆け寄ってくるシンジがいた。

「遅い、遅い。」

ヒカリはシンジに向かって大きく手を振る。
アスカはちらりとヒカリを見るが、軽く肩をすくめる。
まぁ、いいわ。このくらいにしておいてあげるよ。

「ごめん。ちょっと寄り道してたから。」

シンジはアスカとヒカリの前に来て、大きく息をつく。

「アタシは外してるね。」

ヒカリはにこにこ微笑みながら、シンジとアスカに言って、
ケンスケとトウジが立っているところに歩いていく。

「まだ、時間大丈夫?」

シンジは時計を見てアスカに尋ねる。
アスカも時計を見て答える。

「うん。まだ10分ぐらいなら。」

「そう…ごめん。これ買ってたから。」

そう言って、シンジは放送された小さな包みを渡す。
アスカはそれを受け取ってシンジに首をかしげて見せる。

「アスカが欲しがってたものだよ。飛行機の中で開けてみて。」

「うん。わかった。」

アスカはにっこり微笑みシンジを見つめる。
シンジ…
アタシは、シンジに…
シンジはにこにことアスカを見ている。
どうして、そんな笑顔を浮かべられるの?
もうしばらく会えないんだよ。
寂しくないの?
アタシは…
アタシは。

「アタシは…」

おもわずそう呟くアスカ。
シンジは首をかしげてアスカを見ている。
アスカは手をぎゅっと握りうつむく。
でも、
これは…
アタシが決めたことなんだ…
だから…
シンジには…
ふいにアスカは悟った。
これは自分が決めたことなんだと。
シンジがどう思おうと自分が取る道は一つなのだと。
顔を上げてシンジに微笑みかけるアスカ。

「じゃ、アタシ行くわ。」

「うん。月並みな言葉だけど頑張って。」

ふうと、ため息をつくアスカ。

「ほんとに月並みねぇ。まぁそれがアンタらしいけど。」

そして、アスカはヒカリ達の方に手を振る。

「行くね。」

慌てて、三人が駆け寄ってくる。

「気をつけてな。」

「向こうについたら連絡頂戴ね。」

「うん。」

そして、アスカは搭乗ゲートに向かって歩いていった。
それを見送る四人。
ふと、トウジはシンジの耳元に囁く。

「行かしてよかったんか?」

シンジはくすりと微笑む。

「うん。彼女の決めたことだからね。」

「…そうか。」
 
 

眼下に富士山を見下ろしながらアスカは大きく伸びをした。
さて、今日からしばらくは一人よ。
アスカはさきほど、シンジからもらった包みを取り出した。
直方体のそれを軽く振ってみる。
なんだろ?
シンジはいいものって言ってたけど。
アスカは包装紙をとき、シンジからの贈り物を確かめた。

「これは…」

アタシが…
シンジ、覚えてたんだ。
そのプレゼントを胸にぎゅっと抱きしめる。
アタシ…
こんなにも…
飛行機はさらに高度を上げた。
 
 
 





NEXT
ver.-1.00 1999_03/06公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!





あとがき

めぞん150万ヒット記念SS「言いたいこと」はいかがでしたか。

TimeCapsuleではドイツ留学しているアスカですが、
今回は中学卒業から、留学までのところを書いてます。
ま、どういう感じでアスカとシンジが別れた(?)かを紹介するのがメインです。
そうじゃないと、本編でアスカが登場したときに何がなんだか、
さっぱりわからないでしょうから。

シンジのプレゼントですが、これはクリスマスSSマナ編での
マナへのプレゼントと同じで本編登場をこうご期待といったことでしょうか。
#こちらは16話ぐらいになりますのですぐですが。

150万ヒット記念の最後はマナ編です。
出だしから飛ばしてますがオチは予想しやすいかも。

では、マナ編「誓いますか?」でお会いしましょう。
 




 TIMEさんの『言いたいこと』 、公開です。





 もどかしいぃぃぃ
 じりじりするぅぅ

 言いたいことがあるのに言い出せない
 聞きたいことがあるのに聞けない・・・


 あぁ 男の子と女の子だよね。。



 普段は元気いっぱい言いたいことズバズバのアスカちゃんも
 ・・・・・かわいらしいです(^^)


 シンジぃ
 こういうところで一発ガンバらんかぁ

 と、思っていたけど、
 最後、ちゃんとしてたかな。してたよね☆


 ☆☆



 さあ、訪問者の皆さん。
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