私は今一人で部屋の中にいる。
部屋の中は真っ暗だった。
カーテンが開けたままになっている窓から外の様子が見える。
先ほどまでは三日月から指しこむ光が部屋を照らし出していたが、
今は、月は雲に隠れさらに雪が降り始めていた。
少しづつ、だが確実に、降り始めた雪は町を覆っていく。
部屋の中は静かだった。
外も静かなのかもしれない。
少なくとも、部屋の中へは大きな物音が聞こえてこない。
このマンションの近くには比較的大きな道路が通っているのだが、
今日ばかりはそこを走っている車も少ないようだ。
私は窓辺に座って、降りつづける雪を見ている。
まるで、時間が止まったかのように感じる。
今、この世界には私一人しかいない。
私一人の時間。
どれくらいそのままで座っていたのだろう。
雪は窓辺に積もり、そこから見える景色も完全に白一色に変わってしまった。
私は小さくため息をついて、時計を見た。
深夜2時。
彼から離れて3ヶ月。
私が一人きりで物思いにふける時間。
自分の中にある思いを見つめる時間。
今日も何事もなく一日が終わろうとしている。
部屋130000ヒット記念SS
「あなたへの思い」
TIME/2000
自覚はなかった。
私が彼に恋していると気づいたときには、もうその思いは私の真ん中にあった。
彼に向ける笑顔が違う。
そんな指摘を受けて私は自分に問いただした。
どうしてそうなるのか?
本当に彼といる時の私は普段と違うのか?
友人達は口をそろえて、それは恋をしているからだと私に告げた。
私には最初は良く分からなかった。
彼とは知り合って数ヶ月。
特に仲が良いというわけでもない。
普段も彼を含めた数人のグループで行動しており、彼と二人きりになるということはなかった。
だから、最初は周囲の友人達の勘違いだと思った。
私は彼に笑いかけるときも、他の男の子に笑いかけるときも区別していないつもりだったから。
だから、それはみんなの深読みなんだと。
…
でも、それに気づいたのは、何気ない彼の一言だった。
「ひまわりみたいに明るい笑顔。」
彼は私の笑顔をそう表現した。
私は、そんなににこにこ笑うタイプではなかった。
なのに、彼は私の笑顔を満面の笑みと表現した。
その言葉を受けて、私はさらに良く考えてみた。
そして、一つの結論に達した。
確かに、私は彼の前では良く笑っていたのだ。
それも、本当に満面の笑みで。
それは友人が取ってくれた写真にも現れていた。
もともと私の笑顔の話を出したのは彼だったが、彼の写真のコレクションをみると確かに、
彼と一緒にいる私は本当に嬉しそうな満面の笑みを浮かべていることが多かった。
私は驚いた。
どうして、そうなってしまうのか。
私自身は特にそう意識はしていなかったのに。
考えて、最終的に私が出した結論はさらに私を混乱させた。
私は彼に恋してる。
自分が意識する前に、私は一人の男の子に恋をし始めていた。
いや、恋をしていた。
でも、それは真実だった。
確かに、彼といると安心する。
まるで、彼の隣が私のいるべき場所であるように感じる時もあった。
私は彼が好き。
それに気づいてから受け入れるまでの時間はそう短くなかった。
あまりに状況証拠がそろいすぎていたし、私の心もそれを認めていたから。
だから、私はそれに気づいてから時間をおかずに彼に告白しようとした。
ある夏の夜。
いつものようにグループで花火を見に行った帰り、私は彼に告白した。
まるで何かに後押しされるように、私は彼に私の思いを告げた。
彼は少し驚いていたようだったが、いつもの笑顔で私の思いを受け入れてくれた。
嬉しかった。
彼も同じように私のことを思っていてくれると知って。
そして二人は付き合い始めるようになった。
その夏は私にとっては忘れられない夏になった。
彼にとってもそうであってほしいと思うが、それは本人に聞かないと分からない。
でも、私は確信があった。
彼もこの二人で過ごした夏を忘れないだろうということを。
二人で行った海。
一緒に歩いた夕方の海岸。
あの時にあなたの言葉。
私は絶対に忘れない。
思わぬ事態で一緒の部屋に泊まることになったけど、
彼はいろんな話をしてくれて、私に気を使ってくれた。
私が先に寝てしまっても何もしないで、布団に運んでくれた。
映画館で、泣いてしまった私のためにハンカチを照れながらも渡してくれたこと。
そのあと、ずっと手をつないでいてくれたこと。
みんなで遊びに行った遊園地でも、あなたのやさしさ感じた。
どうして、そんなに私にやさしくしてくれるのか。
こんな私なのに。
あなたはいつも笑顔で私を見ていてくれた。
誰かを好きでいること、好きでいてもらうことが、こんなに私の心を暖かくしてくれるとは思わなかった。
自分のことをこのままでいいんだと本当に素直に思える。
あなたはそんな風に思わせてくれる。
あなたに会って本当に良かった。
そう強く思う。
秋になって、学校が始まっても、あなたは私のこと気に止めてくれた。
クラブが忙しいのに、よく抜け出して、クラスの手伝いに来てくれた。
クラスのためだってあなたは言っていたけど、なぜか私が困ったときに、あなたは現れてくれた。
そして、私を助けてくれた。
本当に、クラスのためだったのかな?
学園祭、体育祭。
忘れられない思い出がいくつもあります。
はじめてあなたのために作ったお弁当。
すごく嬉しそうに食べてくれた事。
学園祭の打ち上げで、初めてお酒を飲んで寝ちゃった私を家まで送ってくれたこと。
その帰り道のあなたの背中、良く覚えています。
テスト勉強で始めてあなたの家にお邪魔した時のこと。
あなたの部屋で二人きりになって、何か二人とも照れちゃって、それでも、いろいろお話したよね。
これまでのこと、そしてこれからのこと。
あなたが何を考えて、そして何をしたいのか。
あの時、私は知ってしまった。
知らなければ良かったのかもしれない。
そうすれば、あなたが行くといった時にもっと引き止めていただろうから。
そうすれば今、こんな思いをしないですんだのだろうに。
でも、私は止められらなかった。
あなたは私から離れて遠くに行ってしまった。
半年。
たった、半年だから。
そうあなたは私に告げたけど…
長いよ。
本当に長いよ。
まだ3ヶ月しか立ってない。
やっと半分。
しかも、あなたからの連絡はない。
最初からわかってはいたけれど、それでもあなたの声も聞けないのはつらい。
最近はあなたのことばっかり考えている。
ふと、気づくとあなたは今どこで何をやっているのだろうか考えている。
こんなに私の心の中にあなたが住んでいるなんて私は知らなかった。
好きという思いが、こんなに心を締め付けるなんて知らなかった。
いつのまにか真っ白に曇り始めているガラス窓に指を当てる。
指の動きに合わせて、ガラスがきゅっきゅと鳴る。
少しだけ曇りをとって、外の景色を見つめる。
雪はまだ降り続いていた。
彼女は小さく息を吐いた。
そして、きゅっと瞳を閉じた。
その瞳から涙が零れ落ちた。
頬を伝って、あごから落ちたその涙は、彼女が身にまとっているブラケットに小さなしみを作る。
どうして?
どうして?
あなたは私を独りにして行ってしまったの?
会いたい。
会いたいよ。
どうすればいいの?
この思いは…
どうすればいいの?
あなたの顔が見たい。
声が聞きたい。
私に触れてほしい。
あなたに触れていたい。
こんなにいろいろな思いが責めぎあって。
私はもうどうすればいいのか、わからないのに。
あなたは私の傍にはいてくれない。
会いたい。
会いたい。
今すぐにでも、会いたいよ。
今すぐにあなたの元に飛んでいきたい。
私は大丈夫。
そう自分に言い聞かせてきたけど。
でも、もう駄目だよ。
もう耐えられないよ。
これ以上、この思いに嘘はつけないよ。
思い出があれば大丈夫。
そう思ってきたけど、もう駄目だよ。
耐えられない。
あなたに会いたい。
会いたいよ。
私らしくしていれば、大丈夫。
あなたはそう言ったよね。
でも、あなたは知ってた?
私は…
私は、こんなにあなたのこと好きだったんだよ。
私のこの思い。
あなたは本当に知っていたの?
知っていて、待っていて欲しいって言ったの?
どうして、離れたんだろ?
どうして、行かないでと言えなかったのだろう?
ねぇ、あなたの声が聞きたいよ。
あなたが何を考えているのか知りたいよ。
ちゃんと分かっているつもりだった。
あなたが何をしたいのか、そして、そのために私はどうすればいいのか。
でも、わかんなくなってきたよ。
こんなんじゃ、私…
あなたを待っていられないよ。
こんな思いを抱えて、あなたを待ちつづけるなんて、できないよ。
会いたい。
このままじゃ、壊れちゃうから。
お願い。
私を抱きしめて。
ここから連れ出して。
あなたへの思いで壊れちゃう前に。
私を連れ出して。
お願い。
頬を伝う涙。
窓の外の雪。
真っ暗な部屋の中で、私は独りきり。
私は時間を止めたまま、あなたとの思い出を抱きしめている。
このままじゃ、いけないと思う。
でも、どうすればいいのか、今の私には分からない。
何が正しいのか、何が正しくないのか。
もう私には分からないよ。
部屋の端に置かれている電話機が突然鳴り始めた。
コール音が一回。
さらに一回。
彼女はブラケットをまとったまま、ゆっくりと立ち上がり電話を取る。
「はい…」
これが少し震える。
涙をぬぐって、彼女は先ほどよりも大きな声で返事をする。
「はい、惣流です。」
受話器の向こうから聞こえてきた声は彼女の良く知っている声だった。
「お久しぶり。シンジです。」
彼女は信じられないといったように首を振って答える。
声がまた、震える。
「シンジ…シンジなの?」
そのアスカの声にシンジはくすりと笑みをもらして答える。
「そうだよ。アスカが僕を呼んでる気がして。」
「え…」
彼女はどもってしまう。
確かに、会いたいとは思っていたけど…
「だから、電話したんだ…もしかして…泣いてた?」
「もう…」
彼女の声がさらに涙声になってしまう。
「何よ、何よ。今まで全然連絡よこさなかったくせに…いきなり電話なんかかけてきて。」
「ごめん。」
「もう、すっごく心配したんだよ。
会いたくて、でも会えないし。
声を聞きたくても、連絡先も教えてくれなかったじゃない。
もう、私、大変だったんだから。」
「ごめん。」
アスカは小さく息をついて、ささやくように告げる。
「ねぇ、会いたいよ。今すぐにでも、会いに行きたいよ。
声もちゃんと聞きたいし、あなたに触れていたい。」
「僕も、君の顔がみたいよ。」
「会いたい。会いたいよ。」
涙が止まらない。
声も震えてどうしようもない。
アスカはしゃくりあげながら、受話器を握りしめシンジの言葉を待つ。
「いつものアスカらしくないね…」
「そんなの関係ない。
これが私よ。
あなたに会いたくて、部屋で独りで震えてる。
それだけよ。」
「…」
「会いたいの。あなたに会いたいの。」
しばらくの沈黙。
アスカは自分の肩を抱いて小さく息をつく。
「わかった。じゃあ、窓の外の道を見てごらん。」
「外…?」
アスカは受話器を持ったまま立ち上がり、
窓辺に歩く、そして、窓を開けて外を見る。
下の歩道のところに人影が見える。
「降りておいで。待ってるから。」
その人影はアスカに向かって手を振る。
「どうして…どうしてそんなところにいるの?」
「知りたいのなら早くおいで、時間は少ししかないんだ。」
アスカはその言葉を聞くと、受話器を放り出し、部屋から飛び出した。
階段を飛ぶように降りて、外の歩道に飛び出す。
「アスカ、ちょっとやせたかな?」
水銀灯の下で、銀色の光に照らし出さてシンジが立っていた。
アスカが覚えている笑顔を浮かべて、まるで3ヶ月離れていたことなどなかったかのように。
「シンジ!」
アスカはシンジの胸に飛び込む。
「ごめんね。独りにさせて。」
アスカはシンジの胸に顔をうずめる。
シンジの匂いだ。
もう、ほとんど忘れていた。
いつものようにシンジはやさしく抱きとめてくれる。
そして、ゆっくりと頭をなでてくれる。
「どうして、どうしてなの。ずっと会えないって、そう言ってたじゃない。」
シンジはくすりと微笑んで、アスカにだけ聞こえるように耳元に顔を寄せる。
ぼそりとシンジが告げた言葉を聞いてアスカの頬が赤くなる。
「なによ。もう。そんな風になるんだったら、私を連れていってくれれば良かったじゃない。」
アスカはぷっと頬を膨らませてシンジをにらむ。
シンジは苦笑を浮かべてアスカを見つめる。
「だって、ねぇ…」
視線をそらせるシンジにアスカは両手を顔をはさんで自分の方に向ける。
「寂しかったんだよ。会いたかったんだよ。」
シンジはふっと表情を緩めて答える。
「それは僕も同じだよ。アスカが傍にいてくれなくて、寂しかった。」
シンジを見つめるアスカの瞳から涙がこぼれる。
水銀灯の光でその涙は舞い落ちる雪の破片のように見えた。
シンジはその涙を指でぬぐう。
「泣き虫さんになったね。」
「なによ、こういう風にしたのはシンジ、あなたなのよ。」
「それは知らなかったな。」
「もう。あなたはいつもそう。私を不安にさせて、でも自分は平気な顔して。」
シンジはアスカを抱き寄せ、鼻が触れそうな距離でアスカを見つめる。
「そんなことはないよ。僕だって辛かったんだよ。」
「…バカ。」
瞳を閉じるアスカ。
水銀灯の光で作られた二つの影が一つに重なった。
雪はいつのまにかやんでいた。
FIN.
あとがき
どもTIMEです。
かなり遅くなってしまいましたが、部屋13万ヒット記念SS「あなたへの思い」です。
もともと13万ヒット用には別のSSを用意していたのですが、どうもまとまらなくて、新しくこの話を書きました。
会いたくても会えないという状況での彼女の心の中の葛藤を書いていきましたが、
最後はやっぱりハッピーエンドということです。
なぜシンジがあの場所にいきなり現れたのか、アスカにささやいた言葉は何かなのかは
みなさんのご想像にお任せします。
もう、すぐに14万ヒット行ってしまいそうですが、今度はもう少し早くヒット記念は公開したいですね。
では、連載の方でお会いしましょう。