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 『 古来より、数多くの人間が寄り集まる場所がある以上、そこには必ず負の空間が生じてきた。

  欲望や嫉妬、男女間のどろどろした愛憎、虚栄心など、あまたの感情が渦巻く世界だ。

  この際、身分や場所は関係ない。

  貴族には貴族社会なりの、平民には平民社会なりの人間関係というものがある。

  玉座を狙おうという野心から、隣家の家計状況への嫉妬まで、さまざまな感情が存在する。

  そしてこのような空間が存在する以上、そこを舞台に暗躍する集団が生まれるのも当然の理と言えよう。

  彼らはまず、他人の心理を正確に把握することからはじめた。

  一度心の深淵を覗かれた人間にとって、その相手に逆らうことは決して容易なことではないからだ。

  彼らにとって他の人間というものは、例外なく人生という舞台に立たされたマリオネットである。

  そして彼らは、人々の背中から延びた操り糸を手繰ることに無上の喜びを見出す。

  そう、神ならぬ身が、他人の命運を握ることに・・・・・・



『時代の傀儡師(にんぎょうつかい)たち』――R.morita 1997 めぞん出版







「そう、要はどうにかして弱点を握っちゃえばいいわけよね」

 端末の液晶画面に映し出された文章を読みながら、葛城ミサトはそうつぶやいた。

 もちろん、周りの人間には聞こえないような小さな声であり、ミサトのつぶやきに反応した人間はいなかった。

 ちなみに現在は古典の授業中である。

 催眠術の使い手と噂される老教師の授業に退屈していたミサトは、彼女の愛読書のディスクを端末に差し込み、

 授業中に読書を楽しんでいるというわけだ。

 緑華学園高等部三年C組の教室はちょうど南側に面している。

 その窓際の一番後ろがミサトの席である。

 本来は別の生徒の席のはずだったのだが、ミサトの

「お願い、かわって(はぁと)」

 の一言で、いつの間にやら彼女の棲息地となってしまっていた。

(美人ってこういうときに得よねぇ)

 確かにミサトは、自他共に認める美人である。

 だが学園内においてミサトの名を語るときに重要なのは、その外見よりもむしろ彼女の性格と能力であった。

 曰く、狙った獲物は決して逃がさない。

 曰く、彼女に逆らったら、これからの人生はないものと思え。

 曰く、彼女によって社会的に抹殺された人間は、両の手ではきかないほど・・・・・・

 等々の物騒な噂が、常にミサトの名についてまわっている。

 そしてその噂は、すべてが事実そのものではないものの、確かに真実の一端を表していた。

 もちろんミサト自身、これらの噂は何度も耳にしている。

 こういった噂の内容は、ミサトにとっては勲章のようなものだ。

 ミサトの能力と仕事が、彼女の目論見通りに成功してきたことの証しなのだから。

 ―――学園マルチコントラクター『Eチーム』

 緑華学園においてミサトが運営する組織だ。

 組織といっても、ミサトを含む数名で構成される小規模な集団である。

 しかし人数は小規模であっても、その影響力は校内において絶大なものがあった。

 非合法―――つまり正式に認められた部や委員会というわけではないが、

 その存在を知らぬものは校内に一人もいないとまで言われている。

 その活動は実に多岐にわたっている。

 運動部の大会への助っ人出場。

 試験範囲の完璧なノートのコピーの販売。

 一夜漬け用の「記憶力アップ」を目的とした怪しい薬品の販売。

 ラブレターの代筆。

 告白の予行練習の特訓相手。

 惚れ薬の販売。

 体育祭でのトトカルチョの胴元。

 異性に人気のある生徒の隠し撮り写真の販売。

 ご町内での緑華学園イメージアップキャンペーンの展開。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 数え上げればきりがないが、中には校則すれすれ―――もとい、法律に抵触するような活動も数多く含まれる。

 では、なぜそれほどに怪しい団体が、校内における市民権(それもかなり強力な)を勝ち得ているのか?

 答えは簡単。

 逆らえないから。

 考えてみるといい。

 ラブレターの代筆を頼んだ依頼主が、秘密を知った相手に逆らえるか?

 賭け事に参加した教師が、胴元である生徒に逆らえるか?

 このように悪魔的(本人に言わせると効率的)な策でもって、Eチームは緑華学園に君臨していた。

「・・・・・・思い通りにならないのは、あとほんの一握りだけなのよねぇ」

 独りごちてミサトは、ほおづえをつき直して窓から校庭をぼんやりと眺めた。

 この席からは、ちょうど校庭を一望することができるのだ。

 おそらく二年生男子の体育の授業だろう、元気よくサッカーをしている連中がいる。

 やがて、ぽかぽかとした陽射しが、いつしかミサトを眠りの世界へと誘っていった。







そして僕らは恋におちて

第3話〜『Eチーム』におまかせ〜








 ―――昼休み。

 緑華学園の購買部は戦争になる。

 学食がないこの学校では、弁当を持参するか購買部でサンドウィッチ等を購入するかのどちらかになる。

 この時間もEチーム(というよりも、ミサト個人の活動なのだが)の稼ぎ時だ。

 ミサトは群がる他の人間を押しのけ、購買部で大量のパンを購入してきた。

 抱えるほどのパンを持っているが、自分で食べるわけではない。

 教室でこれらのパンを、一割増しの値段で販売するのだ。

 あこぎなようだが、結構人気のある商売である。

 繰り返すが、昼時の購買部は戦争状態である。

 体力自慢の運動部系男子生徒ならいざ知らず、一般のか弱い女子生徒には荷が勝ちすぎる。

 そこでミサトの出番というわけなのだ。

 なみいる運動部の猛者どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、人気の高いパンを大量にゲットするミサト。

 そしていつものように教室でパンを売っていると、ミサトの一番聞きたくない声が聞こえてきた。

「やあ、よろず屋大将の葛城さん。今日も繁盛しているみたいで何よりだよ」

「・・・・・・何しに来たのよ、渚カヲル?」

 顔を上げて声の主を確認したミサトは、心底いやそうな表情を浮かべる。

「何って・・・・・・。ちょっと君の席の前を通りかかったから、様子を聞いてみただけさ」

 全身黒づくめの服装のカヲルは、大袈裟なジェスチャーを交えながら、ぬけぬけと言ってのけた。

 どうやったら他の教室の一番奥まった席を「通りかかる」ことができるのか。

 カヲルの言動はいつも通りというべきか、やはりどこかずれていた。

「どうせまた嫌味でも言いに来たくせに。それから『よろず屋』はやめてって言ってるでしょ!?」

「はて・・・・・・?『多面的請負業者』なんていっても、読者にはわからないよ。

 ましてや、横文字なんかもってのほかだね」

 そこまで言って、カヲルはポンと手を打つ。

「ああ、そうか。こんなことに気がつかなかったなんて・・・・・・

 僕としたことがすまなかったね。

 もっとわかりやすく『なんでも屋』と呼んだ方が適切だったかな」

 ぶんっ!!

 丸太のようなもの―――いや、ミサトの右腕が豪快なフックを放つが、

 カヲルは鮮やかなダッキングで、難なくかわした。

「マルチコントラクター・Eチームだって、何回いえばわかるのよっ!!」

 ミサトは怒りで顔を真っ赤にしている。

「おお、怖い怖い。葛城さんは怒りっぽいね。

 じゃあ、僕はここいらで退散するよ」

 そう言ってカヲルは、ひらひらと手を振りながら、三年C組の教室を後にした。

 何のことはない。

 要するに暇つぶしにミサトをからかいに来ただけなのだが、からかわれた当の本人は、そうとは気づかない。

 地団太を踏んで悔しがるだけだ。

「くっ・・・・・・。渚カヲル―――いや、『エネミーK』。やはり野放しにしておくには危険過ぎる男ね」

 そしてミサトは、カヲルに対する敵意を新たに固めなおしたのであった。







 ―――放課後。

 大半の生徒が学習塾に通い、一部の生徒がクラブ活動に精を出す。

 どちらが人生の糧になるのか?―――当人たちが答え知るのは、数十年先のことであろう。

 どちらにせよ、若者たちは「現在」を生きるので精一杯である。

「よお、葛城ぃ、いるかい?」

 そう言いながら扉を開けた加持リョウジを迎えたのは、部屋中に充満したビールの匂いであった。

 ここは校庭の隅に立てられたプレハブだ。

 日当たりの良い、なかなかの優良物件(?)である。

 一年半ほど前から、Eチームのための建物と化している。

 本来は正規のクラブ活動というわけでもないから、部室などあるはずもないのだが、

 気がつけば、校内で一番居心地のいい場所を占拠していたのだ。

 もちろん電気や水道、ガス、ネットワークケーブルも通っているから、エアコン、ユニットバスを完備しているし、

 大型の冷蔵庫まで備えているのだ。

 普通の冷蔵室と野菜室には、ぎっしりと缶ビールが詰め込まれ――銘柄は、当然えびちゅだ――ている。

 そして冷凍庫には、何やら怪しげなシャーレや試験管が、やはりぎっしりと詰まっている。

 どのような薬品や菌なのか、一度ならず加持は疑問に思ったが・・・・・・世の中、知らない方がいいこともある。

 なんといっても、管理しているのも、この上なく怪しい金髪の少女なのだから・・・・・・。

 最近では、余計な詮索はしないことにしていた―――長生きする秘訣である。

 とにかくそんなわけで、冷蔵庫の中のビールが、その役割を存分に果たしているらしい。

(やれやれ、またか・・・・・・)

 胸中で嘆息すると、加持は匂いの発生元へと目をやる。

 机の上に足を投げ出し、椅子にふんぞり返るようにして、缶ビールをあおっている女がいた。

 憤懣やるかたない調子のその女は、言わずとしれた葛城ミサトである。

 すでに酔いがまわっているのか、赤い顔をしている。

 ただし、『ほんのりと紅く染まった』などという色艶とは無縁の、いわゆる『酔っ払いの赤ら顔』である。

 だが、ちょっとやそっとのビールごときで酔うような女ではないはずだ。

 かなり聞こし召しているに違いない。

 部屋の隅の方に目をやると、案の定、空缶が散乱していた。

 500mlの缶がざっと1ダース―――6リットルほどだ。

 山積みにされずに散乱しているのは、椅子に座ったまま投げつけたからだろう。

 どうやら虫の居所が相当悪いらしい。

 だが、散らかった空缶からは、一滴のビールもこぼれてはいなかった。

 缶底に一滴もあまさず、最後まできれいに飲み干したのだろう―――見事なものだ。

 妙なところで加持は感心してしまった。

「あ〜〜、なんだな、葛城・・・・・・」

「ぬわぁ〜によぉ、加持ぃ〜?」

 目が据わっている―――完璧なオヤヂだ。

「学校で酒を飲むとは言わん。いまさら無駄だからな。

 だが・・・・・・飲み過ぎは太るぞ・・・・・・」

 ぐしゃっ!!

 びゅんっ!!

 握り潰した空缶を投げつける音だ。

 ぴたり、顔面に飛んできた。

 ナイスコントロール―――酔っ払いの仕業とは思えない。

 左手で難なく缶を受け止めると、加持は部屋の隅に放りやった。

「・・・・・・また、渚のやつにからかわれたのか?」

「るっさいわねえ〜、どうでもいいでしょ」

(やっぱりそうか・・・・・・)

 加持は、同じクラスの銀髪の友人の顔を思い浮かべた。

 渚カヲルとは、中学時代からの友人である。

 意識しているにしろ、本気でぼけているだけにしろ、他人をからかうことが趣味のような男である。

 ミサトには悪いが、彼女には勝ち目はあるまい。

 ムキになった方の負けである。

 ミサトはカヲルを敵視しているようだが、向こうは気にもしていまい。

 むしろ、知った上での嫌がらせにつながるだけだ。

 なんといっても役者が違う。

(だが、渚のやつ・・・・・・

 八つ当たりされるのはおれなんだからな、程々にしておいてくれよ・・・・・)

 今度は実際に口に出して大きく溜息をつくと、加持はミサトに数学のノートを借りることを諦めたのだった。

「ふう・・・・・・」

 もう一度溜息をついて、加持は窓の外を見やった。

 ぽかぽかと、やさしげな四月の陽射しが降り注ぐ。

 ―――世はすべてこともなし・・・・・・か。

 年齢に不似合いな、妙に悟りきった感慨を抱く。

 ごく一部の局地的な低気圧――どうせすぐに収まるだろう――を除けば、

 やはり緑華学園は平和なのであった。







「・・・・・・ねえ、シンちゃん・・・・・・わたしたちの出番は?」

「・・・・・・忘れられたわけじゃないと思うよ、たぶん・・・・・・」







う〜みゅ、話が進まないねぇ(^^;;;
ver.-1.00 1997-12月26日公開
ご意見・ご感想・苦情等は a50136@hongo.ecc.u-tokyo.ac.jpまで!!



「なによっ!あたしなんかプロローグ以来、一回も出番がないじゃない!!

 これはいったい、どういうこと!?」



 ・・・・・・はっはっはっ、じゃあ、まあ、そういうことで・・・・・・(^^;;;;;;;



 リョウさんの『そして僕らは恋におちて』第3話、公開です。
 

 

 高校三年生のミサト〜さん(^^)

 もう、酒飲んでオヤジやっているんですね(^^;

 お腹に傷はないのかな?
 

 高校三年生のリツコさ〜ん(^^)

 もう、金髪なんですね(^^;

 眉毛は黒なのかな?
 

 

 加持さん・・えっと、・・・パス(^^;
 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 進まないと嘆くリョウさんに応援メールを送りましょう!


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