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アスカ…

僕の事を嫌っていた少女。

僕のことを憎んでいた少女。

けど彼女の憎しみは極めて正当なものだ。

少なくとも僕とアスカの二人にとっては…。

僕はアスカを助けなかった。

彼女が僕に救いを求めていたにもかかわらず。

僕はアスカに何も出来なかった… いや、しなかった。

僕がアスカから全てを奪ったにもかかわらず。

結果、アスカは壊れた。

壊れたアスカに僕は何をした?

動けないアスカを僕は汚した。

アスカが僕を嫌悪した理由。

甦ったアスカを僕は殺そうとした。

アスカが僕を憎悪した理由。

「気持ち悪い…」

僕が聞いたアスカの最期の言葉。

それきっりアスカは再び心を閉ざした。

そして再びアスカが目覚めた時、アスカは僕に復讐した。

復讐を果たし、壊れた僕に満足したアスカは僕の前から姿を消したはずだった。

あれから3年。アスカは再び僕の目の前に現れた。

アスカは一体、僕に何を望んでいるのだろう?

マヤさんの言う通り未だに僕を憎んでいるのだろうか?

そうかもしれない…。

情けないけど、僕はアスカに心底憎まれるようなことばかりしてきたから…。

だとしたら僕はどうすればいいのだろう?

もし本当にアスカがまだ僕を憎んでいるとしたら僕はどうするべきなのだろう?

もう一度アスカの憎悪をこの身で受け止めるべきなのか…。

今度こそアスカの納得のいくまで復讐を完遂させてやるべきなのか…。

それもいいかもしれない…。

それで3年前に僕がアスカに犯した罪が償えるのなら…。

今度こそアスカが幸せをつかめるのなら…。

けど、僕に復讐して、それで本当にアスカは幸せになれるのだろうか?

 

 

 

「二人の補完」

 

 

  第十五話 「転校生」

 

 

「シンジ…」

しかし本当にアスカは僕を憎んでいるのか?

「シンジ!」

分からない…。

「ねぇ、シンジったら!」

一体僕はどうすれば…。

「シンジ!!」

えっ!?

誰かが僕を呼んでいる。

意識を現実へ戻した僕の目の前にはマナの顔があった。

白のワンピースを着たマナが心配そうな顔で僕を見ている。

「ねぇ、どうしたのシンジ?」

マナが再び声を掛ける。

慌ててあたりを見回してみる。

僕はマナと二人っきりで観覧車の中にいた。

今日は日曜日の遊園地…。

そうだ、僕はマナとデートしている最中だったんだ。

知らない間に考え事をしていたらしい。

僕は曖昧な笑みを浮かべて

「な…なんでもないよ、マナ」

と慌てて弁解した。

マナは不審そうな目で僕を見ながら

「本当にどうしたの、シンジ?せっかく久々のデートだっていうのに今日は朝からボーッとしてるみたい…。もしかしてシンジはあたしと一緒にいるが楽しくないのかな…」

マナはやや暗い顔で俯いた。

僕の胸がズキリと痛む。

マナとデートしながら、別の女の子のことを考えていた自分に自己険悪した。

いけない。いけない。今はアスカのことは頭から追い出さないと…。

「そ…そんなことないよ、マナ。ちょっと考え事をしていただけだよ。マナと一緒にいられて楽しいよ。」

「本当に?」

マナが拗ねるような目で僕を見ている。

「本当だよ。それより次は何に乗りたい?」

観覧車が一周して停止したので、そう尋ねたら、マナはようやく笑顔で微笑んで

「それよりそろそろお昼にしましょうよ。シンジのために早起きして御弁当作ってきたんだから。」

はにかみながらそう答えたので、僕たちは近くのベンチに腰を下ろして昼食を食べることにした。

 

 

マナが弁当箱を開けると中にはサンドイッチが奇麗に並べられていた。

外で食べ易いように気を遣ったのだろう。

一目見てカラフルで中身の具の種類も多そうだ。

「はい、シンジ。あーんして…」

マナが鳶色の瞳に悪戯っぽい光を称えて、サンドイッチを僕の口元に近づけた。

周りにいるカップルがじろじろと僕たちのことを見ているので思わず僕は赤面してしまった。

「ね…ねぇ、マナ。やっぱり…こういうのは…」

その瞬間、マナはクスリと笑ったと思うと、僕の口元にサンドイッチを押し込んだ。

「ん…ぐぐぅ……!!」

突然サンドイッチを押し込まれて僕は喉を詰まらせた。

「み…み…ず…」

マナはリュックから水筒を取り出すと、カップに紅茶を注いで、僕に差し出した。

「ごく…ごく…ぷっぱあぁ…!!」

「シンジ、大丈夫だった?」

「だ……大丈夫なわけないだろう。死ぬかと思った。」

僕がやや大袈裟に怒ってみせると、マナは突然シュンとして

「ご…ごめんなさい。シンジ。」

と謝って俯いてしまった。

「あ…あの…、マナ」

「………………………………………。」

マナは俯いたまま何も答えない。

僕はちょっと言い過ぎたかなと反省して、慌てて

「あ…大丈夫だよ。マナ。ちょっと喉につかえただけだから…」

「……………………………………。」

「だから、元気だしてよ、マナ。」

「………………………………。」

やはりマナは俯いたまま何も答えない。

「……………さっきのスタイルで御弁当食べるから…」

「本当に!?」

突然マナが顔をあげた。

その顔は本当に嬉しそうに笑っていた。

「じゃあ、シンジ、あ〜んして…」

マナが再びサンドイッチを僕の口元に近づけた。

『騙された…』

どうやら、マナの方が一枚上手だったようだ…。

こうしてにっこりと微笑んでいるマナは悪戯好きの天使のように魅力的だと思った。

僕はあきらめて、そのままサンドイッチをほうばった。

卵の味がする。

「どう、おいしい、シンジ?」

マナが期待のこもった目で僕に尋ねる。

「うん、おいしいよ。マナ」

リップサービスの必要もなく僕はそう思った。

サンドイッチそのものは単純なお題だが、具のあわせ方一つ取っても確かな技量を感じる。

やっぱり、マナは料理の方も結構できるんだな…。

ふと、僕は三日前に再会したかつての同居人を思い浮かべた。

アスカは料理がまるで駄目だったけど、あれから少しは上達したのだろうか?

また考え事をしていると、再び僕の口の中にサンドイッチが押し込められた。

「んぐっ…!?」

チョコレートの味がする。

今度は何とか詰まらすことなく飲み込むことが出来た。

「むぅ〜!シンジったらまたボーッとしてぇ…」

マナが頬を膨らませて睨んでいる。

「ご…ごめん、マナ。もう、しないから…」

僕は低頭して謝った。

 

 

それから、見ているほうが恥ずかしくなるような昼食を済ませた僕らは、お化け屋敷、ジェットコースター等、マニュアル通りのデートコースを満喫した。

ただ僕は時たま、ついアスカのことを思い浮かべてボーッとしてしまったので、マナは終始膨れっぱなしだった。

そして一通りの乗り物を乗り尽くした僕らは遊園地を後にした。

その時にはすでに夕暮れ時だった。

 

「それじゃ、また明日学校でね。今日は楽しかったよ、マナ。」

にっこり笑って僕はそう言ったけど、マナは疑わしそうな目で僕を見て

「本当に楽しかったの、シンジ。何か今日はいつになくボーッとしてたけど、何か悩みごとでもあるんじゃない?」

「……………………………………………。」

「ねぇ、何か悩みがあるんならあたしに相談してよ。あたし本当にシンジのこと心配しているんだから…。」

マナは熱心な目で僕に訴えた。

僕はマナの気持ちを嬉しく思うと同時に自己険悪を感じた。

どう考えたって女の子とデートしている最中に別の女の子のことばかり考えているなんで、誠実な男子のすることじゃないだろう。

とりあえず今はアスカのことは言わないほうがいいな…。そう思った僕は

「ほ…本当になんでもないんだよ、マナ。マナと一緒にいられて楽しかったよ。」

僕は今出来る精一杯の笑顔で微笑んでそう答えた。

「本当に?」

マナがまだ疑わしそうな目でじっと僕を見詰めている。

「本当だよ、信じてよ。」

楽しかった…。その言葉だけは嘘じゃない。

いつも明るさとやさしさを絶やさない素直な天使のようなマナ。

マナと一緒にいて不快になったことは一度もない。

ケンスケは僕のことを羨ましいヤツとか言ってるけど、たぶんそうなんだろうな…。

かわいくて、やさしくて、料理が得意で女の子らしいマナは、ケンスケが言うまでもなく、男子にとっての理想のガールフレンド像なのだろう…と僕も思う。

けど、全面的にマナを受け入れるには、まだ僕の心の中に燻っているモノがあるのは確かだった。

 

「本当に楽しかったのね、シンジ?それなら、証明してみせて。」

マナはそう言うとやや頬を赤らめて目を閉じた。

マ…マナ…、こんな所で…

いつもケンスケ達にお子様だとか朴念仁だとかからかわれている僕だけど、今マナが何を望んでいるのかぐらいは理解できた。

僕は周りを見回して近くに人がいないのを確認すると、軽くマナの両肩をつかんでじっとマナの顔を覗きこんだ。

その時マナの顔に、金髪に映え変わったアスカの顔が重なった。

「…………………………………………………。」

僕は軽くマナのおでこにキスするとマナの肩から手を離した。

唇にしなかったのは、どう考えたってこんな中途半端な気持ちのまま女の子にキスするのは失礼だと思ったから…。

「シンジ…」

マナは一瞬物足りなそうな顔で僕を見たが、すぐに笑顔で微笑むと

「それじゃ、シンジ。また明日ね…」

と挨拶して駆け出していった。

僕がマナの姿が視界から消えたのを確認するとフゥ…とため息をついて

『アスカのことは振り切ったはずなのに、どうしてこんなに気になるのだろう…。一体僕の心はどこにあるのだろう?』

と自問した。

 

 

 

翌週の水曜日、人類支援委員会の本部ビルにある第七ミーティングルームに次世代MAGI管理責任者候補生達の20人近い男女が揃っていた。

今日から研修が開始されるからである。

アメリカ・イギリス・フランス・イタリア・中国・ロシア等の各委員会の支部から送られてきた将来有望な技術者達であり、その中にはドイツ支部からきた惣流・アスカ・ラングレーの姿もあった。

次世代というだけあって、ほとんどの候補生は20代の前半と皆若かったが、その中でもアスカは一際若く、ルックスの良さも合わせて他の候補生の好奇の対象となっている。

 

ほどなくして、マヤが姿を現すと教壇の上に立って候補生達に声を掛けた。

「はじめまして、候補生の皆さん。私はこれからあなた達の講師を務める委員会本部のMAGI管理責任者である伊吹マヤといいます。よろしく。」

マヤは流暢な英語でそう挨拶すると皆に頭を下げた。

「さて、皆さんも知っての通り人類支援委員会はサードインパクトで混乱した今の世界経済を立て直すための重要な拠点であり、MAGIはその為の切り札です。今回集まった候補生の方はまだ大学を出たばかりの若輩の方が多いと思いますが、一人一人がこれからの世界の命運を左右する重要な責務を背負うのだという自覚を持って真剣に研修に取り組んで欲しいと思っています。」

アスカはそのマヤの言葉に一瞬ビクッとした。

自分自身の研修に参加した動機を皮肉られていると思ったからだ。

だがマヤは特にアスカを意識することなく話を進めている。

どうやら、仕事に関する限りはマヤは私情を持ち込むつもりはなさそうなのでアスカはほんの少しだが安堵した。

 

やがてマヤは隣にいた係りの者を促して研修に必要な資料などを候補生に配布しはじめた。

候補生であることを証明する委員会本部への通行許可証も含めたIDカード、MAGIへアクセスするためのユーザIDとパスワード、そして研修全体のカリキュラム、MAGIの技術的な教本等山のような資料がアスカの机の上に積まれた。

「それでは各自一通り資料に目を通しておいてください。何か質問は?」

そのマヤの言葉にクラークというアメリカから来た候補生が手を挙げた。

「なんですか?、クラーク君」

「研修内容なんですけど、スケジュールを見ると講習が毎週の水曜日と土曜日しかないのはどういうことなんでしょうか?」

アスカも慌ててスケジュールを見てみる。

確かに、毎週の予定表には水曜日が論理講習で土曜日がMAGIの疑似シミュレーションを使った実技演習に割り当てられている以外の予定は空白となっていた。

マヤは首をかしげている候補生を見て

「見ての通り委員会の方で皆さんを拘束する時間は週に水曜日と土曜日の二日だけとさせてもらっています。それ以外の時間は各自でスケジュールを立ててください。」

候補生達がザワザワと騒ぎ始める。

マヤは事務的な口調で

「直接講習する時間を週に2日と定めた理由は2つです。
一つは私個人も今、重要なプロジェクトを3つほど抱えているので毎日皆さんを講習できる時間を持っていません。だから、週に2日が精一杯なわけです。
二つ目はここは何でも手取り足取り教えてもらえる学校ではないという事です。先ほどいったように皆さんは将来的にMAGIの管理責任者となるわけですから、各自がそれぞれ自主性と責任を持って計画的に自身のスケジュールを立てて欲しいと思っています。」

マヤの説明を聞いて候補生達がシンと静まりかえった。

「以上です。それでも目安となる基本的なカリキュラムはこちらの方で作成してあるので、各自そのカリキュラムに添って自主的に学習していってください。もちろん、水・土曜日以外の曜日でも、委員会内にある学習ルーム・資料室・疑似シミュレーションルーム等は自由に使えるようになっています。他に何か質問はありませんか?」

他に候補生からの質問はなかったので、マヤは

「ないようなら、これからさっそく研修をはじめたいと思います。まずは人工知能OS理論Tと書かれた教本を開いてください。」

こうして第1日目の講習がはじまった。

 

 

 

「何や、シンジ。あいかわらずボーッとして。」

昼休みの時間トウジがシンジに声を掛ける。

シンジはまたアスカの事を考えてトリップしていたが、トウジの声に現実へ戻された。

「あ…何でもないよ。トウジ」

シンジは曖昧に笑ってごまかそうとしたが、トウジは引き下がらなかった。

「何でもないことあらへんやろ。先週からずっとこんな調子やないか。何か悩み事でもあるんやないのか?」

トウジだけでなく、マナもヒカリもケンスケもじっとシンジの事を見ている。

シンジは一通り級友達の顔を見回した後、ヒカリの顔を見た。

『そういえば洞木さんはときどきアスカのことを心配しているようなことを言っていたよな。だったら、洞木さんにはアスカのことを話しておいたほうがいいかもしれないな』

そう考えたシンジは

「じ…実はさ。先週アスカが日本に戻ってきたんだ…。」

「!?」

シンジはさり気なくアスカの来日について話したつもりだが、級友に与えたショックは大きかった。

ヒカリはすかさずシンジに詰め寄って

「い…碇君。それは本当なの?」

「う…うん。」

シンジが首を立てに振ると

「そういうことは、どうしてもっと早く教えてくれないのよ!」

ヒカリはやや恐い顔をして再びシンジに詰め寄った。

「ど……どうしてっ…て言われても」

シンジはヒカリの剣幕に思わずたじろいて言葉を詰まらせると、トウジが

「まあ、ヒカリ。そう責めるな…。」

と軽くヒカリの肩を叩いてたしなめた。

 

「まあ、いいわ。碇君。それでアスカは今どこに住んでいるの?」

ヒカリがそう尋ねたら、ケンスケが

「もしかしてまた昔みたいにシンジのマンションに住みついて同棲を始めたんじゃないの?だったらイヤ〜ンな感じ。」

とちゃかしたら、トウジがケンスケの脇を突付いた。

「な…なんだよ、トウジ?」

「そういうのは冗談でも止めといた方がええで。見てみい、霧島を…」

その言葉にケンスケはマナの方を見る。

マナは、“アスカ”という単語を聞いてから、暗い表情で俯いたままだった。

そのマナの様子を見てケンスケは『しまった…。』という表情をした。

シンジはケンスケの冗談に感化されたヒカリあたりが「不潔よ〜!!」などと叫びはじめないうちに

「ち…違うよ。アスカは研修で日本に来日しただけだから今委員会の宿舎の方に住んでいるんだよ。」

と口早に説明した。

勿論、かつてほんの一月ほどだがそこの宿舎でアスカと悪夢のような共同生活をしていたことは話さなかったが…。

 

「ふ〜ん。そうなの…。」

そのシンジの説明を聞いてヒカリは思慮深げに何かを考えはじめた。

 

 

 

その日の夕刻過ぎ、初日の研修を終えたアスカは委員会の本部を後にすると、真っ直ぐに宿舎へ帰宅しようとした。

『研修内容そのものはまあ問題なかったわね。けど、研修日が週に2日だけとはね。残りの曜日はどう使おうかしら…。』

研修のカリキュラムは決して楽なものではなかったが、サエコの元でのOJTの経験があるアスカから見れば、他の候補生ほどの苦労はしないですむと思われた。

 

アスカが宿舎の前に着いた時誰かが後ろから声を掛けた。

「ねぇ、アスカなんでしょう?」

その声にアスカが後ろを振り返る。

そこでアスカが見たのはやや小柄なソバカス顔の少女だった。

「も……もしかして、ヒカリなの?」

アスカが驚いた顔でヒカリの顔を見る。

ヒカリもにっこりと微笑んで

「やっぱり、アスカなのね。それにしても本当に金髪になったのね。碇君から教わってなかったら遠目には分からなかったわ」

そういうとヒカリは突然アスカに抱き着いた。

「ヒ…ヒカリ?」

「馬鹿、馬鹿、どうして黙って消えちゃったのよ?あたし心配してたんだからね。アスカのこと本当に心配してたんだからね。どうして黙ってドイツに返っちゃのよ!?」

ヒカリはそう叫びながら鳴咽を漏らしはじめた。

アスカはヒカリの態度に放心している。

「ヒ…ヒカリはそんなにあたしのことを心配してくれたの?」

ヒカリは顔をあげる。その顔は涙に濡れ細っている。

「あたりまえじゃない、あたし達親友でしょ?」

そのヒカリの言葉にアスカの胸にも熱いものがこみあがってきた。

そしてアスカもヒカリを抱きしめ返しながら

「ごめんね。ヒカリ。」

不覚にも涙を零しながらアスカもヒカリの気持ちに答えた。

アスカは本当に嬉しかった。

マヤの一連の態度から日本は半敵地だというイメージがアスカの中にこびりついていたために、ヒカリの存在にアスカはわずかながら安らぎを得た気分だった。

『ここにもあたしを本気で心配してくれた友人がいたんだ…。』

その事実がアスカにはたまらなく嬉しかった。

 

こうしてアスカは3年ぶりに、ヒカリという親友との再会を果たした。

 

一通りの感涙にふけった後、アスカはヒカリから体を離した。

「背がずいぶん伸びたわね、アスカ。」

ヒカリは少なくとも自分より10cm以上は高くなった自分の親友を見上げてそう呟いた。

「そうね。169cmはあるみたいだから…。」

「それより、アスカはどうしてドイツへ返っちゃったの?辛いことがあったのなら一言相談して欲しかったな…」

ヒカリがやや悔しそうにアスカを見る。

「ご…ごめんね。ヒカリ。ちょっと色々あってね…。」

アスカは申し訳なさそうな顔をして曖昧に言葉を濁した。

いくら親友のヒカリが相手でも、まさか、かつて自分がシンジを自殺未遂にまで追い込んで、それが原因でドイツに強制送還されたなどとは口が裂けても言えなかった。

なにより、あの当時の狂気のような醜い感情をヒカリにだけは知られたくなかった…。

 

ヒカリはアスカの頑な態度から、アスカがその話題に触れられるのを嫌がっているのを察して、突然話題を変更すると

「まあいいわ。それより一つ聞きたいことがあるんだけど、アスカは今でも碇君のことが好きなの?」

と単刀直入に質問した。

その質問にアスカは頬を染め

「あ……あたしは……………………。」

と口篭ってしまった。

ヒカリはアスカの態度にクスリと微笑んで

「ふ〜ん。ハッキリと拒絶しない所を見るとアスカも三年前に比べて少しは素直になれたみたいね…。」

「…………………………………………………。」

『どうやら、アスカも未だに碇君のことが好きみたいね。けどそうなると霧島さんと三角関係ってことになるのかしら…。あたしの立場じゃどっちか一方だけに肩入れするわけにもいかないわよね…。』

ヒカリはもう一人の級友の顔を思い浮かべる。

シンジの口からアスカの名前を聞いてからのマナの表情はやや暗めだった。それはそうだろう。マナにとってみれば3年前につねにシンジとマナの間に割り込んできた最大のライバルが再び姿を現したのだから。

ヒカリはやや迷った後

『霧島さんには悪いけどとりあえずは3年ぶりに再会した親友の方を優先しようかしら。』

そう考えた後ヒカリは

「ねぇ、アスカ。久しぶりに会ったのだから、アスカの歓迎会でもやりたいと思うんだけど、今週空いている日にちはあるかな?トウジや相田君もアスカに会いたがっていたから…」

ヒカリの言葉にアスカは腕を組んで考えて

「あ…あたしは水曜日と土曜日以外ならだいたい都合がつくからかまわないけど…それにしてもヒカリ……」

ややヒカリに押されていたアスカがはじめて昔のようにニヤリと笑うと

「何時からあの熱血馬鹿を名前で呼ぶようになったのよ?とうとうあんた達そういう関係になったわけね?」

そのアスカの言葉にヒカリは真っ赤になって俯いてしまった。

 

 

 

「歓迎会!?」

翌日のHR前の教室でシンジが素っ頓狂な声を上げる。

「ええ、そうよ。」

ヒカリが他の4人を見回して説明する。

「今週中にあたし達でアスカの歓迎会をやろうと思うから空いてる日にちを募りたいんだけど…。もちろん、場所は碇君の家でね。」

「ちょ…ちょっと待ってよ。」

さも当たり前のように話を進めるヒカリにシンジは非難の声を上げようとしたが

「だって、碇君なら一人暮らしだから、そういうのがやり易いじゃない?」

「で…でも。」

シンジは歯切れが悪かったが

「そりゃええわ。シンジのマンションで歓迎会をやるっちゅうことは、例のうまいワインと今シンジがはまってるイタリア料理にありつける…ちゅうわけやな。」

トウジが舌をなめずりながらヒカリの提案を支持した。

トウジにとってはアスカとの再会より、歓迎会に出される食事の方が重要みたいだ。

トウジに続いてケンスケも

「俺もいいぜ。ひさしぶりに惣流の姿を見たいと思っていたからな。それだったら、カメラマンは俺が努めるよ。」

『惣流のことだから、きっと3年前よりさらに奇麗になっているだろうな。あの戴けない性格は直っていないにしても、写真に性格が写るわけじゃないし、うまくいけばまた販売ルートを拡張できるかもしれないぞ…』

と内心の野心を隠して了承した。

「…………………………………………。」

マナは何も言わずに事の推移を見守っている。

 

ヒカリはマナの態度に多少罪悪感を感じながらも

「じゃあ、そういうわけで、碇君もいいわね?」

といつも通りの押しの強さで、場を仕切りはじめた。

「う……うん。」

以前に比べれば自分の意見を主張するようになったシンジだが、女の子に対する押しの弱さを相変わらずで、なしくずし的にヒカリの提案に飲まれてしまう形となってしまった…。

こうして、ヒカリが全員の予定と特にシンジの都合を募った結果、シンジのバイトの都合上、日曜日の午後5時からアスカの歓迎会を開く事になった。

 

 

 

そして、日曜日。シンジはバイトと勉強の疲れから昼過ぎにごそごそと起き出すと、掃除・洗濯など平日溜めている家事をてきぱきと片づけてから、アスカの歓迎会の準備をはじめた。 

バイト先から持ち帰った材料をキッチンの上に並べていると、ほどなくしてチャイムが鳴り、ヒカリ・トウジ・ケンスケが姿を現した。

「こんちにわ、碇君。」

ヒカリがシンジに挨拶する。トウジはジュースや菓子などが入ったコンビニの袋を抱えている。

そしてケンスケはハンディカムを持ち込んでいる。

「それじゃ、洞木さん。これから料理の仕込みに入るから手伝ってよ。」

「えぇ」

ヒカリは快く肯くとシンジと同じく厨房に入っていった。

「シンジ、わしらは何をすればいいんじゃ?」

「……………………とりあえず、テーブルの上に飲み物と小皿を並べておいてくれるかな…。」

「雑用か…。まあ俺達が役に立てるのはそのくらいだよな…。」

トウジとケンスケは言われた通りに小皿とグラスを人数分、リビングのテーブルに並べはじめた。

「そういや、シンジ。霧島はまだ来とらんみたいやな?」

トウジの質問にシンジは包丁で材料を刻みながら

「マナならさっき電話があって、急用が入ったから来れなくなった…て言っていたよ。」

そのシンジの返事にトウジは

「なぁ、ケンスケ。どう思う?霧島はほんまに用事があってキャンセルしたんやろか?」

「う〜ん。難しいところだな。俺としては霧島と惣流の修羅場が見れるかと思って楽しみにしていたんだけどな。」

ハンディカムを覗き込みながらケンスケは無責任なことをほざいていた。

 

それからしばらくして、シンジとヒカリの合作によるイタリア料理のディナー・コースがテーブルの上に並べられることになった。

トウジは涎を垂らして手をつけようとしたが、ヒカリに「アスカが来るまでは駄目よ」と手を叩かれてお預けを食らってしまった。

 

それから5分後、再びチャイムが鳴ったのを聞いて

「どうやら、主賓のお出ましだな」

とケンスケは呟いてハンディカムにテープを入れ直した。

 

アスカは「碇シンジ」と掲げられた表札の前で懐かしい感慨にふけっていた。

『このマンションを尋ねるのも本当に久しぶりだわ。今はシンジが一人で住んでるって言っていたけど、あたしの部屋はどう変わっているのかな…。』

3年前のシンジに対する負い目から一人ではシンジに会いづらかったアスカは、この機会を設けてくれたヒカリに心から感謝した。

そして扉が開いたと思うとシンジが顔を出した。

「こ……こんばんわ、アスカ…。」

「こ…こんばんわ、シンジ…。」

やや赤くなってアスカが答える。

シンジはアスカの顔をじっと見詰める。

シンジの視線に気がついてますますアスカは頬を染めて俯いてしまった。

そのアスカの可愛らしい態度にシンジは

『どう見ても、今のアスカが僕を憎んでいるようには思えない…。けど、マヤさんの言う通り確かに3年前も僕はアスカのこの笑顔に騙されたわけだし…。分からない。本当にアスカの真意はどっちなんだろう?』

と自問したが、すぐにその議題を打ち消して

「そ…それじゃ、あがってよ。アスカ。料理はもう出来ているから…」

とややぎこちない笑顔でアスカを招き入れた。

アスカは

「おじゃまします。」

と呟いた後、密かに自嘲した。

『おじゃまします…か…。今は完全に他人の敷居だわ。本当、馬鹿みたいね。ここはあたしの家でもあったのにね。けど、仕方ないわよね。それを投げ捨てたのは他でもないあたしなんだから…。』

 

こうしてアスカがリビングに姿を現すとまずトウジがアスカに声を掛けた。

「よう、惣流、久しぶりやな。金髪になったという噂は本当だったんやな。それよりドイツに帰って少しは跳ねっ返りの性格は大人しくなったんかいな?」

ニヤニヤしながらアスカをちゃかしたトウジの態度にアスカはムッときて

「う…うるさいわね。あんたには関係ないでしょう!ちょっとばかりヒカリと良い仲になったからって図に乗るんじゃないわよ!」

とつい、売り言葉に買い言葉で応じてしまった。

そのアスカの態度を見て、トウジは大袈裟に肩をすくめると

「な〜んや、狂暴そうなところは3年前とちっともかわっとらんみたいやな。」

「なんですって!?」

アスカが噛み付かんばかりの勢いでトウジにつかみかかる。

トウジはアスカの態度を無視して

「なあ、お前もそう思うやろ、ケンスケ?」

と話題を振ろうとしたが、ケンスケはハンディカムを覗き込んだまま…呆然と固まっていた。

「おい、ケンスケ。どないしたんや?」

トウジが軽くケンスケの肩を叩いたのでようやくケンスケはカメラをはずしてトウジに向き直ると

「な…なんでもないよ、トウジ。」

と言って言葉を濁した。

その時のケンスケの頬は何故かやや赤みを帯びていた。

シンジはトウジとアスカのやり取りを見てクスリと微笑んだ。

『妙にしおらしいアスカより、ちょっと突っ張っている明るいアスカの方がアスカらしいや。』

どうやらシンジはマヤから与えられた疑惑から大人しいアスカに作為的なモノを感じるらしく、昔良く知るアスカの姿の方が安心できるみたいだった。

 

その時厨房からエプロン姿のヒカリが現れて

「はいはい、それじゃこれからアスカの歓迎会を始めるから、皆、席についてね。碇君とアスカは左側で、あたし達は右側ね。」

といつもクラスを取り仕切る委員長の風格で指示を出して場を仕切りはじめた。

皆、その指示に依存はなく、言われた通りの席に着いた。 

アスカはシンジの隣にちょこんと体育座りで座ると黙って俯いた。どうやらシンジの前ではアスカは借りてきた猫のように大人しくなってしまうみたいだ。

トウジはそのアスカの様を興味深そうに見ている。

「それじゃ、アスカが日本へ戻ってきたのを記念して、乾杯〜!!」

ヒカリが音頭を取って、全員がワインの注がれたグラスを会わせた。

こうしてささやかなアスカの歓迎会が始まった。

 

アスカに色々と質問をするヒカリ。 

ひたすら食べることだけに集中しているトウジ。

そしてハンディカムを抱えてアスカを撮り続けるケンスケ。

そして肝心のアスカとシンジはお互いを意識しながらも、ぎくしゃくとしていた。

ヒカリが助け船のように話題を提供しないと会話がうまく繋がらないみたいだった。

 

トウジは普段めったに食べられないイタリア料理に完全にご満喫の様子だった。

 

そしてケンスケはファインダー越しにアスカを撮りながら未だかつてない感情に戸惑っていた。

3年前アスカと始めてオーヴァー・ザ・レインボウで出会った時は、ただのタカピー女という印象しかもてなかった。

素材としての美しさは認めていたが、他人を見下すような勝ち気な色と険のような表情がどうしても好きになれなかった。

だが、今のアスカの姿は……………

純粋に奇麗だと思った。

金色に映え変わったアスカのブロンドの髪が揺れるつどキラキラ光輝く粒子が振りまかれるような錯覚を覚えた。

そして何より昔のケンスケの癪に触っていた勝ち気な色と険のような表情は今のアスカからは完全に抜け落ちていた。

『きっと、美の女神(ヴィーナス)の化身がこの地上にいるとしたら、今の惣流のことをいうのかもしれないな…。』

ケンスケはがらにもなくアスカの美しさに見とれていた。

『そうだ…。これこそ俺が長い間レンズのフィルター越しに求めていた究極の美なんだ…。だけど…』

それでもまだ一つ欠けているものがある。

ケンスケは心からそう思った。

 

「ぷっはぁ…!食った、食った、もう腹一杯や。」 

トウジは満足そうなお腹をさすると、ほどよく酔いも回ったらしく大の字で寝転んでうつぶした。

 

ヒカリは話題を振っても一向に進展しないシンジとアスカの会話に業を煮やして

「アスカ、ちょっと来て…」

と言ってアスカをベランダに連れ出した。

「な…何よ、ヒカリ。」

アスカはちらりと部屋の中を見ながらヒカリに問い掛ける。

部屋の中ではほろ酔いのトウジがシンジに絡んでいるようだった。

 

ヒカリは真面目な顔で

「アスカ、単刀直入に聞くわよ。アスカは碇君が好きなんでしょう?」

ヒカリの質問にアスカは俯いて

「う…うん。」

と正直に答えた。

アスカの頬が火照っていたのは決してワインのせいだけではなかった。

ヒカリは意地っ張りの代名詞のようだったかつての級友が随分素直になったのに内心、感心しながらも

「そう。だったら、もっと積極的にいかないと駄目よ。ハッキリ言って今のままじゃ霧島さんには勝てないわよ。」

マナの名前を聞いてアスカはビクッとした。

「知っていると思うけど霧島さんは強敵よ。何故だか分かる?それはね、霧島さんは本当の意味で碇君のことが好きだからよ。」

「本当の意味?」

ヒカリの言葉にアスカは首をかしげる。

「碇君は今、学校ですごくもてるんだけど、ほとんどの娘は碇君の外見に惹かれて好きになった…ていう娘が大半なのよ。実際、中学時代、碇君がもてはやされていたのはあくまでエヴァのパイロットという話題性のためだったし、高校に碇君が入学したばかりの当初はさほどではなかったからね。」

「………………………………………………………。」

「けど、霧島さんは高校に入学した時からずっと碇君だけを見ていたのよ。つまり碇君がカッコ良くなったから…という凡百のパターンとは一線を違えているのよ、分かるでしょ?、その意味が…」

「…………………………………………。」

アスカはやはり何も答えない。

「アスカも随分奇麗になったと思うけど、霧島さんはあたしの目から見ても理想の女性像だと思うわ。何ていうのかしら…。良い意味でものすごくバランスが取れているのよ、霧島さんは…。それに比べるとアスカの場合、性格にやや癖があるからね…。決してそれが悪いってわけじゃないんだけど…。」

「そ……そうよね。」

アスカは神妙に肯いた。

ヒカリはアスカの肩を叩くと

「まあ、あたしが言えるのはここまでね。3年前に碇君と何があったのかは知らないけど、それを引きずっていたんじゃいつまでたってもらちが開かないわよ。頑張ってね、アスカ。」

そう言ってヒカリはリビングに戻っていった。

 

アスカはヒカリの好意を嬉しく思いながらも

『ヒカリの奴、自分には相思相愛の恋人がいるからって、好き放題言ってくれたわね…。あたしだって、そんな簡単に乗り越えられたら苦労しないわよ。』

と心の中で愚痴をこぼしていた。

 

 

結局その後もシンジとアスカの仲は縮まることはなく、ヒカリの好意は空回りに終わってしまった。

そしてリビングの時計が10時を過ぎていたので、皆で後片付けをした後、お開きにすることになった。

「いやぁ、食った、食った。今日は本当に大満足だわ。惣流様様やな。」

最後まで食べることしか頭にないトウジをアスカはあきれた目で見ている。

ヒカリは、こういう奴なのよ…と言いたげにクスリと微笑んだ後、シンジの方を向いて

「ねぇ、碇君。アスカを送っていってあげなさいよ。」

「えっ?」

意外そうな顔でシンジが答える。

「もう、夜道は危険なのよ。こんな時間に女の子一人で帰らせるわけにはいかないでしょう?」

『危険…。アスカが…?』

正直、シンジはアスカなら大丈夫なんじゃないかな…と思ったがヒカリの言っていることは一応正論だったので、アスカの方を向き直って

「それじゃ、アスカ。バイクでよければ宿舎まで送っていくけど、いいかな?」

「う…うん。ありがと…。」

アスカはしおらしく答えた後、ヒカリの方を見る。

するとヒカリはアスカにウインクしてみせて

「それじゃいきましょう。トウジ、相田君。」

と言って二人を促すとシンジの部屋から出ていった。

 

シンジはアスカの顔を見て

『今日はワインは半杯ほどしか飲んでないから多分大丈夫だよな。』

と考えた後、予備のヘルメットと取り出すと

「それじゃ、僕たちもいこうか、アスカ」

と言って駐輪場へ向かっていった。

 

 

 

ヒカリ・トウジ・ケンスケの3人は歩きながら帰路についていた。

主にヒカリとトウジが談笑して、ケンスケは終始一人で俯きかげんだった。

トウジがヒカリから離れてケンスケに声をかける。

「まあ、なんや。惣流の奴シンジの前では妙にしおらしくなっとたな。とはいっても本性をひた隠しにして猫かぶっとだけやろうけどな。」

「…………………………………………………。」

ケンスケは何も答えない。

「おい、ケンスケ。返事ぐらいせいや。」

「奇麗だったな…。」

ようやくケンスケがポツリと呟いた。

「はぁ〜!?」

トウジが素っ頓狂な声を上げる。

「惣流のことだよ。」

ケンスケの顔がやや上気していた。

「…………………………………………。」

トウジは何も答えずに、ヒカリも興味深げに二人に近寄ってきた。

「けど………………………」

そこまで言ってケンスケは口篭った。

『惣流の笑顔を俺はまだ見ていない。あの顔で心から笑ったら、すごく奇麗なんだろうな…。』

ケンスケは心の中だけでそう呟いた。

 

そして帰り道が分かれたので

「それじゃな、トウジ、委員長。」

とケンスケは二人に挨拶すると、そのまま二人から離れていった。

トウジはヒカリの方を見つめて

「なぁ、ヒカリ。ケンスケの奴もしかして…」

ヒカリもトウジの問いに肯いて

「そうね。またちょっとばかり複雑なことになりそうね…」

ヒカリはアスカとシンジの事を思い浮かべながらそう答えた。

 

 

 

その頃シンジはアスカを乗せて、バイクで宿舎への道を走っていた。

アスカは黙ってシンジの背中にしがみつている。

 

『広い背中…。』

3年前はアスカよりも小柄だった少年は、今では見違えるほど逞しく成長した。

アスカはシンジの体温を体一杯に感じ取って、わずかながらの至福の時を味わっていた。

『こうしてシンジと触れ合っているだけでドキドキしている。やっぱりあたしは本当にシンジの事が好きなんだ。でも、あたしには…。』

アスカは目を閉じてわずかでも今という時間が続くことを心から祈った。

 

やがてアスカのささやかな至福の時間は終わりを告げた。

「着いたよ。アスカ」

そう言ってシンジは宿舎の前にバイクを止めた。

「アスカ…?」

未だにシンジを離そうとしないアスカに、シンジは訝しげて再び声を掛ける。

その声に現実へ返ったアスカはようやく名残押しそうにシンジから体を離した。

そしてアスカはバイクから降りて予備のヘルメットをシンジに返すと

「ありがと、シンジ。わざわざ送ってくれて…」

とシンジを見上げてはにかみながら礼を言った。

 

シンジもアスカを見つめる。

3年前には見られなかったアスカの女の子らしい仕種を見ていると、わずかながらもシンジも胸が高鳴ってくるのを感じた。

とはいえその都度、マヤの言葉が頭に浮かびあがり、シンジの想いを覚ましていた。

『アスカ、君は本当にまだ僕を憎んでいるの?』

だが、その疑問はシンジの心に納められ口から外に出ることはなかった…。

 

「それじゃ、アスカ。今日は楽しかったよ。またね。」

そう言ってシンジはバイクにまたがるとVTRにキーを挿し込んでエンジンをかけた。

「あ…あの、シンジ!」

アスカがシンジに声を掛けたが、エンジン音にかき消されて、聞こえなかったシンジはそのままバイクを発進させるとアスカの前から消えていった。

 

「…………………………………………。」

『また言えなかった。』

今日も機会がないわけじゃなかった…。

むしろ、ヒカリが積極的に機会を作ってくれたといえただろう…。

だが、アスカはそれを自分で全て潰してしまった。

決して意地を張っていたわけじゃない。

シンジからの拒絶の言葉を聞くのが恐かったからだ。

『今度シンジに会えるのはいつになるんだろう…。』

アスカは数少ない、貴重なチャンスを潰してしまったことを今更ながらに後悔した。

 

 

 

それから2週間が過ぎた。

アスカは委員会の本部ビルにある疑似シミュレーションルームで一人ため息をついた。

研修の方は順調に進んでいたが、本来の目的の方がからっきしだったからだ。

アスカはあれ以来一度もシンジと会っていない。

会うきっかけがなかったからだ。

今のアスカはシンジに対してかなり臆病になっていた。

そして正直、アスカは研修の自主学習時間をいささか持て余していた。

『せっかく、水・土以外の日にちを自由に使えるのにもう少しなんとかならないかしら…。』

宿舎にいてもやることがないので、本部の方へ顔を出せば、アスカに目をつけているらしい他の候補生から声をかけられてアスカはうんざりしていた。

 

アスカがとぼとぼと廊下を歩いていると誰かが後ろから声をかけた。

「よう、アスカちゃん。久しぶりだね。」

アスカが振り替えるとそこには青葉が立っていた。

「えっと…、確か…」

アスカが小首をかしげて考えはじめたので、青葉は内心ショックを受けながらも

「青葉だよ。もしかして忘れていたのかい?」

「あ…そうだったわね。あはははは…」

と笑ってごまかそうとした。

青葉は苦笑いしながらも

「それにしても奇麗になったね、アスカちゃん。これならシンジ君もイチコロなんじゃない?」

そう尋ねたが、アスカは俯いたまま何も答えなかった。

「そう言えばアスカちゃんは今どこに住んでるの。もしかしてシンジ君のマンションかい?」

「…………………………………………………。」

やはりアスカは何も答えない。

「まあ、そんなはずないか。もう3年前とは違うんだしな。いくら名義が二人のモノになっているからといってな…。」

「えっ!?」

その青葉の言葉にアスカは驚きの声を上げた。

「あ…あの、名義が二人ってどういうことですか?」

青葉は意外そうな顔をして

「知らなかったのかい、アスカちゃん?シンジ君の住んでいるマンションは葛城さんの財産を遺産相続という形で引き継いだモノなんだけど、名義的にはシンジ君とアスカちゃんの共有財産という形になっているんだよ。シンジ君のたっての要望でね…。」

「……………………………………。」

アスカは黙ったまま考え込んだ。

『シンジはどういうつもりでそうしたのだろう?

ただ、単に律義な性格だからミサトの財産を二人で分けたかっただけなのだろうか…。

それとも、あたしの居場所を残しておいてくれたのだろうか…。』

アスカは考え続けたが、すぐには解答は出てこなかった…。

 

『もし、後者だとすれば、まだ望みはあるわけよね…。』

青葉のその言葉にアスカは絶望的だと思っていたシンジとの修復に一縷の望みを見出したような気がした。

とはいえ、さすがにいきなりシンジのマンションに飛び込めるほどの勇気は今のアスカにはなかった。

アスカは熟考したが

『やっぱり、それなりに手順を踏んだほうがいいわよね。幸い水・土以外の曜日は自由に使えるわけだし…。』

「あ…あの、アスカちゃん。」

青葉がアスカに声を掛けるが返事はない。

『そうだ。ママの言う通りなんだ。待っていたっていつまでたっても現実は変わらないんだ。あたしから動かなきゃ。まずは霧島さんと同じスタートラインに立たないと何も始まらないわ。』

そう決意したアスカは青葉を見上げると

「あ…あの、青葉さん」

「青葉…さん?」

青葉が気味悪そうな顔でアスカを見る。

『確かこの娘は3年前は俺のことをロン毛って呼び捨てにしてたよな。日向のことはメガネだったし…。』

突然敬語を使い出したアスカに戸惑いながらも

「な…なんだい、アスカちゃん?」

「一つ頼みたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」

そう言ってアスカは青葉に何かを語りはじめた。

「えぇ〜!?」

青葉が驚きの声を上げる。

「お願い!!」

アスカが手を合わせて青葉に拝んだ。

「そ…それは出来ないこともないけど、そんなことして研修の方は大丈夫なの?」

「大丈夫よ。ちゃんと両立してみせるわ。だってあたしは天才だから。」

アスカは胸を張ってそう断言した。

「わかった。それじゃ学校の方に問い合わせてみるよ。」

青葉はそう約束するとアスカから離れていった。

 

 

 

さらに1週間後、第3新東京市立第壱高等学校の2年A組は今日突然このクラスに編入するという転校生の噂で持ちっきりになっていた。

「聞いたか、転校生の噂?」

「ああ、何でもすげえ美人だって話だぜ?」

「何でも委員会の方から直接打診があったっていう話だぜ?」

「ふ〜ん。どんな娘なんだろうな?」

 

シンジは委員会がからんでいる…という話を聞いて、内心嫌な予感がしていた…。

『もしかして……』

 

その時、担任の教師が現れて、

「今日から一緒に勉強する転校生を紹介する。入り給え。」

そう教師に注げられて一人の少女が入ってきた。

少女はこの学校のセーラ服を着た、金色の髪をしたとびっきりの美少女だった。

少女の美しさに教室中のほとんどの男子生徒は感嘆の声をあげた。

 

『やっぱり。』

シンジは自分の予感が正しかったことを確信した。

 

少女は、つかつかと教壇に上がってチョークで黒板に自分の名前を書くと

「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく。」

と控えめに微笑んで自己紹介した。

シンジ・マナ・ケンスケ・ヒカリはそれぞれに瞳にそれぞれの困惑を称えてじっとアスカを見詰めている。

トウジは3年前と酷似した状況に一瞬呆然としながらも

「まさか、惣流が直接乗り込んでくるとはな…。こりゃ学園ドタバタラブコメのはじまりかいな…」

と部外者である気楽さからか、無責任な感想を漏らした。

  

つづく…。

 

 

 

 

 

 


NEXT
ver.-1.00 1997-4/28公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは itirokai@gol.com まで!!

 

けびんです。(^^;

今回はシリアス色を一切排して学園エヴァに挑戦してみましたが………う〜ん。やっぱり僕には向いていないのかも…。前回のマヤちゃんのインパクトが強かっただけに話の流れ方が前回が動のイメージだとすると今回は静のような気がしましたね。

まあ、今回は繋ぎのような話だったのでイマイチ盛り上がりにかけたのはしょうがないかな…と自分では思っているのですけどね。(ただの言い訳) 

 

さて、話は変わりますが、皆様はイラストギャャラリーにある「二人の補完」のイメージイラストを見て戴けたでしょうか?

これなんですが、自分の友人である撃墜王さんが描いて投稿してくれたもので、前章「AIR」編のアスカのイメージを忠実に再現した力作で、絵心のない自分は本当に感動しました。(感涙)

撃墜王さんはご自分のHPで、このイラストを題材にしたCG作成講座を設けているので、エヴァの絵を自分で描いてみたい…とかどうやってイラストが作成されるのか興味がある…という方は是非撃墜王さんのHPを尋ねてみてください。(他にもエヴァの考察とか星に関するモノとか色々あって楽しいですよ(^^;)

ちなみに僕の友人の撃墜王さんのHPはこちらです。

では次は第十六話でお会いしましょう。(その前に外伝が入るかも…)

ではであ。(^^;

 




 けびんさんの『二人の補完』第十五話、公開です。



 やってきた転校生、
 やってきたアスカ。

  ですね(^^)


 霧島城の本丸に攻め込んだ」そんな感じもするよね。
 こりゃ、いっぱい、事が起きそうだ〜


 すぐに付くであろう[アスカサポ]vs[霧島隊]とか、
 シンジとの関係が明らかになっていくと[シンジファンクラブ]も・・


 ケンスケも。


 こりゃこりゃ

  目が離せないよね。


 マヤも黙ってないだろうし・・

  目が離せないよね。



 さあ、訪問者の皆さん。
 貴方の感想をメールしましょう!



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