「では、この仕様でよろしいのですね?」
「ああ。細かいところは全て君に任せる。」
男と女がいた。何かについての打ち合わせをしているのだろうか、座っている男の前の広めの机一杯に散らかる書類の山。話は既に済んだ様で、女は書類をまとめ始める。
「分かりました。では、失礼します。」
まとめ終えた書類を抱え、その女が部屋を出ていこうとした時、男が声を掛けた。
「よろしく頼む。」
女は振り返らずに、
「・・・・・・・はい。」
とだけ、答えて部屋を出ていった。
「しかし、お前がこんな事をするとは、雪が降るかもしれんな・・・いや、そのためのアレだ。降らなければ困るか。」
突然背後から現れたもう一人の白髪の男が、さもおかしい、と言いたげな表情で歩み寄る。
「しかも『よろしく頼む』などと曰うとは・・・珍しいどころの騒ぎではないな。」
「そんな風に言ってみたくなることもある。これも償いのうちかもしれん。」
さらに続ける白髪の男に対し、座ったままの男は淡々と受け流す。
「私達が強要をしたために彼らは不幸になったのだとしたら・・・いや、実際そうなのだろう。それは償っても償い切れる物ではないかもしれん。だが、それでも何かをせずにはいられなくなった。それだけのことだ。」
白髪の男は少し呆れたように、だが好意のこもった目をして話を聞いていた。
そして思う。
(所詮はお前も人の子なのだな、碇よ。)
と。
「ね、パ−ティ−やるから、シンちゃんも参加してね。」
突然のミサトの言葉に、『はぁ?』という言葉がつい漏れてしまう。ネルフ本部の通路ですれ違ったときに、彼女が発した言葉はあまりにも唐突で、以外だった。それ故に、普段からムチャクチャな事を言うミサトにある程度は慣れてきたシンジが耳を疑ったのも、無理はなかった。
「だぁかぁらぁ、パ−ティ−よ、パ−ティ−。もうじきクリスマスでしょ?クリスマスと言えばやっぱり大勢集めて楽しく騒ぐってのがお約束ってもんじゃない?ねぇ、シンちゃん?」
同意を求められたシンジは、だが冷ややかに突っ込む。
「ミサトさん、結局飲んでバカ騒ぎする機会が欲しいだけでしょ?」
「や−ね−、そんな事ないわよ。」
図星である。だがそれを気取られないのはやはり年の功・・・。
「何か言ったかしら?」
いえ、滅相もございませぬ。
「・・・ミサトさん、誰と話しているんです?」
「ん−ん、何でもないわ。それよりパ−ティ−だけどね、イブの日にネルフの中のホ−ルでやることになってるから。もちろん碇司令の許可も取ってあるし。」
「父さんが?」
これは以外どころの話ではなかった。さっきミサトがこの話を持ち出した時の驚きなど大したことないと感じさせるくらい、シンジにとっては驚くべきことだった。
「そうよ。碇司令も乗り気でね、どうせなら、ネルフの人間全員集めてやるくらい盛大にやろう、て言うし。面白いことになりそうだわ。」
すっかり浮かれているミサトを後目に、シンジはあまりに意外な展開に怪訝な表情をしていた。あの父さんがこういうお祭り騒ぎに参加するなんて信じられない。何か企んでいるのだろうか・・・?一体何を?いや、そもそも何か企んでると決まった訳じゃなくて、でもこんな事は今までに一度も・・・。
考え事に没入し、静かになったシンジを、同意したと勘違いでもしたのだろうか、
「じゃ、シンちゃんも参加決定ね。ハイ、決まり。詳しい事はまた後日ってことで。」
そう言ってミサトは去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよミサトさん!僕は参加するなんて一言も・・・。」
言いかけるシンジを制するかのように、ミサトは
「参加するわよね?」
と、たたみかける。うゎ、目が座ってる・・・。
ミサトが一度こうなったら『うん』と言うまでしつこくまとわりつかれることを身をもって知っているシンジは、渋々ながらも承諾した。
はぁ、疲れる・・・。
渋々、なのには訳がある。
今年のシンジにはある密かな計画があったのだ。
その計画とは・・・。
『今年のクリスマスはアスカと二人で過ごそう』
というもの。なんだかんだ言ってミサトは多忙な身であるから、普段から家にまともに帰ってくる事の少ないミサトはクリスマスイブの夜にもきっと帰ってくることは出来ないだろう。そうなれば自動的に二人っきりでイブの夜が過ごせる。そうすれば、らぶらぶな展開に・・・。
『って、これのどこが計画と呼べるんだ!?』
などという無粋な突っ込みはあえてしないでおく。
恋する少年少女達にとって、『計画』とは『妄想』みたいな物なのだから。
そういう訳で、シンジの完璧(?)なはずの計画はもろくも崩れた。
早くも人生がイヤになるシンジ14才。
微妙なお年頃であった。
「ええ〜っ?本当?」
「ああ、もちろん。そういう訳だからアスカちゃんも出席して欲しいんだけどな。」
さて、所変わってここはエレベ−タ−の中。
そこにはいつもの不精ひげを生やした加持と、その腕にぶら下がるように自分の腕をからめているアスカがいた。こちらでも加持がアスカに対しクリスマスパ−ティ−の勧誘を行っていた。
だが、アスカはあまり乗り気ではないようだ。
「・・・・・・アタシ、そういうの苦手だな。」
ぽつりと呟くアスカ。
無理もない、加持は思う。
アスカの母親の事は知っている。
また、その後アスカがどんな風に過ごしてきたかという事も。
彼女にとって、このようなイベントはむしろ良い子を演じなければならない、苦痛を伴う儀式でしかなかったのかもしれない。
だけど。
「アスカちゃん、そんなに気を張る事はないんだ。どうせ葛城のヤツがビ−ル飲みたさに企画したようなものなんだからさ。・・・まあ、どうしてもイヤ、って言うんなら無理にとは言わないが。」
優しく、だがさりげなく掛けられる言葉。
それがアスカにとっては嬉しかった。心に染みる、とはこういう事を言うのかもしれないな。
ふとそんな事を考えたら、アスカは何だか心が軽くなったような気がした。
「それにシンジ君も来るって言ってたぞ。シンジ君だってアスカが来なきゃ淋しいと思うな。きっと。」
「そっ、そんなことある訳ないでしょ!? もうっ、加持さんの意地悪っ!!」
口ではなんだかんだ言いつつも、可愛い反応を見せるアスカ。
微笑ましい、そう感じながらまた、別の思いがよぎる。
(幸せになって欲しい)
と。
一方、加持にシンジの話題を持ち出されたアスカの方は思考の無限ループに陥っていた。
シンジが来るの?
なら、アタシも行きたい。
ああいう所は雰囲気がイヤ。
人が大勢いるのに独りきりになったような気持ちにさせるから。
周りのみんながアタシを見てくれないから。
だけどシンジは違った。
いつもアタシの側にいてくれた。
いつもアタシを見ていてくれた。
こっちに来てアタシが、良い子で居ようと無理をすることは減った。
シンジのおかげで。
変わりたいと思っていた訳じゃないけど、ドイツにいた頃の自分は好きじゃなかった。
そんな時、シンジがきっかけをくれた。
だから、今なら変われるかもしれない。
本当のアタシを取り戻せるかもしれない。
そんな気がした。
だから。
「いいわ、アタシもパ−ティ−に出る。」
「よう、葛城。」
前方の通路から歩いてきた顔見知りに加持は声を掛ける。
一瞬、イヤそうな表情をした彼女は、だが彼に歩み寄る。
「首尾はどう?」
「あまり嬉しそうではなかったけどな、何とかOKの返事だけはもらったよ。で、そっちはどうなんだ?」
「こっちは全然問題なしよ。あっさりOKしてくれたわ。」
「そうか・・・。」
ミサトの返事を聞き、なぜか背中に哀愁を帯びる加持。
分かっているのだ、彼には。何があったかなんて事くらい。
(シンジ君、せめて不幸にだけはなるなよ・・・)
と、思ったかどうかは定かではない。
二人は少しの間、黙ったままになった。
重い空気が流れていた。
その沈黙を破ったのは、ミサトだった。
「幸せに・・・なって欲しいわ。あの子達が守り、作る未来だもの。」
「ああ・・・そうだな。」
こんな時代だからこそ・・・二人の願いは強く、哀しかった。
日本のクリスマスは、本来のクリスマスの意味を持たない。
そこにあるのは、賑やかさと華やかさ、である。
日本人にとってクリスマスは、
とある聖人の生誕祭ではなく、ケーキを買って、プレゼントをもらって、「メリークリスマス!」と叫んで、お祭り騒ぎをする。 そんなものであった。
そしてここにも、日本流のクリスマスを楽しんでいる者達がいた。
「なんか・・・すごすぎるなぁ・・・。」
ネルフ主催のクリスマスパーティーにやってきたシンジは、そのあまりのスケールの大きさに思わず感嘆の声を漏らした。ミサトは確かにネルフのホールでやると言っていた。父の許可も得たと言っていた。
だが。
今、シンジがいるこの部屋は入り口から一番奥にあるステージまで300mはありそうだ。まさか本当にネルフ職員全員に近い規模でやるなどとは思いもしなかった。
それをやるのがミサトである、ということをシンジはまだ分かっていなかった。
アスカは戸惑っていた。
私はなぜこんな所にいるんだろう?
ここに来て30分たつが、見知った顔とはまだ一度も会っていない。
誘った主の加持は急な仕事が入ってしまったとかで、ここにはいない。
シンジはシンジで、先程オペレーター達におもちゃにされながら、連れて行かれてしまった。
賑やかに、楽しそうにしている大勢の人の中で、自分だけが取り残されている。
ここにいても、何が変わるわけでもない。
結局アタシは今までのまま。
もうどうでもいい。
帰ろうとしたその矢先の事だった。
「アスカ?」
振り返ると、そこにはいつも穏やかな笑みを浮かべている少年がいた。
待ち焦がれていた人が、そこにいた。
「シンジ・・・。」
無機質な温かさの中で、ホントの温もりを見つけられたような気がして、冷めていた彼女の心が包み込まれるような錯覚を覚える。
(待っていた・・・?)
シンジの顔を見た瞬間脳裏に浮かんだその一言が、アスカの心に疑問を投げかける。
なんでアタシはシンジを待っていたの?
なんで顔が見れるとほっとするの?
なんで一緒にいるだけで、こんなにもあったかいキモチになれるの?
それは今日まで無意識に否定してきたこと。
決して自分の心と向き合おうとしなかった自分自身が気付けなかったこと。
ほんの少しの勇気がなくて、踏み出せなかったこと。
そんなしがらみが氷のように溶け、本当の心があらわになる。
そしてそれを真正面から見詰める勇気が、ようやく自分の気持ちを確かにする。
(アタシは・・・シンジが好きなんだ。)
一度本当の気持ちに気付くと、その後はすんなり口が動いた。
「ありがとう、シンジ。」
「え・・・?急にどうしたのさ。僕、何かしたっけ?」
「あのね、シンジ・・・。」
と、そこに水を差した人物がいた。
「シンジ君、アスカ、ちょっといいかしら?」
振り返った先にいたのは、自他共に認める世界一のマッドサイエンティスト、赤木リツコ博士であった。
「二人とも、碇司令がお呼びよ。ジオフロントに来るように、ですって。」
「父さんが?一体なんですか?」
「それは行ってみればわかるわ。」
それだけ言うと、リツコはさっさとパーティー会場の中に消えてしまった。
しばし呆然と佇む二人。先に立ち直ったのはアスカの方だった。
「仕方ないわ、さっさと行きましょ、シンジ。」
「え・・・あ、うん。」
ジオフロントは巨大な地下空洞で、空気も水も、そして人工的にだが光もあり、植物さえ植えてある。そのため、疲れた者がここに来て休憩をすることも多かった。
だが、やって来た二人はそこがいつもと様子が違うことに気がついた。
「何これ・・・なんでこんなに寒いの・・・? 」
確かに異常だった。地球の地軸が傾いて以来、このあたりは冬というものがなくなり一年中夏みたいな
気候になった。そして、このジオフロントにしても環境は今の日本とさして変わらないようになっている。
だが、今日は空調の故障かと思わせるほど寒かった。
「父さん、こんなとこでほんとに何するつもりだろう?」
そうつぶやいた次の瞬間、シンジは鼻先に冷たいものを感じた。
「?」
上を見上げたシンジと、それにつられて上を見るアスカ。
信じられない光景がそこにあった。
「うそ・・・。」
白いものが空から舞い落ちてくる。
セカンドインパクト以前の資料映像などでしか見た事がなかったもの。
「雪・・・なの?」
白くて、冷たくて、手に取るとすぐとけてしまう。間違いない。
突然の出来事に驚いた二人だったが、今はなぜ?という疑問よりも初めて見る雪への感動の方が
大きかった。
「すごぉい!!ホワイトクリスマスだぁ!!」
目を輝かせながらアスカがはしゃぐ。
「ほわいとくりすますってなに?」
「クリスマスの夜に雪が降ると、そういう風に呼んだのよ。もっとも今は雪が降らないから そんな言葉知らなくても無理ないけど。」
「ふぅん・・・。」
しばらく雪の奇麗さに見とれていた二人だったが、不意にアスカが真剣な表情になった。
今なら言えるかもしれない。
変わろうと焦っていたさっきじゃなくて、こんなにも素直な気持ちでいられる今なら。
さっきは邪魔が入ったけど、今度こそは・・・。
「シンジ。」
「何?」
きれいで、真っ直ぐな瞳がアスカの姿を捉える。
そこにいたのは、雪の妖精かと見まごうばかりの美しい少女だった。
「いつもありがとね、シンジ。アタシね、今日一人になった時、すごく淋しかった。いつもはこんなじゃないのに、今日は悲しいくらい淋しかったの。・・・でもね、シンジが私を見つけてくれたとき、すっごく嬉しかった。淋しくなくなった。いつものアタシに戻れたの。」
突然お礼を言われて最初は面食らったシンジも、アスカの真剣な眼差しに気付き、じっと黙って聞き始めた。
「アタシね、今日のことで分かったんだ。アタシはいつもシンジが側にいてくれる事に慣れすぎて見えてなかっただけで、ホントはシンジに凄く頼ってた。ううん、甘えてたって言った方がいいかな。だから、さっきのはそのお礼。・・・ほんとにありがと、シンジ。」
極上の笑みを浮かべるアスカ。
照れているシンジに向かって、まだ吐き出し足りない一言を勇気を振り絞って言った。
「好きだよ、シンジ。」
その一言に、シンジの笑みが消え、そして彼の表情もまた真剣になる。
「僕も・・・好きだよ、アスカが。」
次の瞬間、少年の胸に飛び込む少女の姿があった。
「司令もまた、粋な計らいをしますね。」
女が脇に佇む男に声をかける。皮肉る風ではなく、暖かみがこもっている。
「さすがに『雪を降らせてくれ』と頼まれた時には驚きましたけど。」
男はそれには答えず、静かにつぶやく。
「最初で最後のクリスマスプレゼントだ、シンジ。」
TOMOJIさんの『たった一度の素敵な贈り物』公開です。
ジオフロントにはこういう便利な使い方があったのか!(^^)
そうですよね・・
閉鎖されている空間なのですから、
温度調節はしやすいよね。
それを利用したゲンドウとリツコさんの粋なプレゼント・・
夏しか知らない子供達に、
自分の気持ちに気付きはじめた子供達に、
未来を作るために辛い思いをしている子供達に。
大人達からの素敵なひとときでした。
さあ、訪問者の皆さん。
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