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   謹告

この作品は、アスカとシンジの絡みを主軸に置いた話ではありますが、展開的に、いわゆる「LAS」の要素が薄く、また、ラストに二人が相思相愛になるかどうかと言った、ストーリー展開に関わることを明かす気は一切無いので、「LASでないと読みたくない」、とおっしゃられる方はご覧になられないことをお勧めします。
また、この話を書いたことで、安田を「LAS人じゃない」「アンチLASだ」等と誹謗なさるのはご勝手に願いますが、当方は他人様の嗜好の在り方にまで責任を負う義務など一切ありませんので、予めお断りしておきます。
もし、私に「LAS」な話を求めるのなら、私の主催サイト「StableMates」の方へご足労願えれば幸いです。そちらの掲載作品は、自作投稿作問わず総てアスカとシンジが相思相愛(特に、アスカがシンジにベタ惚れ)になることをコンセプトとして、胸をえぐるような「イタもの的要素」にフィルターをかける方向で制作されておりますので、この場を借りてご案内させていただきます。

以上の条々にご同意いただける方のみ、この先にお進み下さい。

                                                                   著者敬白

<プロローグ>

屋上に至る昇降口の影で、二人の少女が口論の様相を呈していたが、それを見咎めるものは誰もいなかった。

「だから、イヤだっていってるでしょ?」

目の前に差し出されたピンク色の封筒を見やる金髪碧眼の少女、惣流・アスカ・ラングレーの目はどこまでも冷たく、素っ気無い態度の端々から、不機嫌さがにじみ出ていた。
封筒の受け取りを拒否された亜麻色の短髪の少女、秋山セナは、それでも諦めきれずに、悲しげな色を宿した瞳を向けて、切々と懇願する。

「いや、だから、アスカには、ただこれを碇君に渡してもらえれば、それでいいんだってば。それ以上のことは何も望んでいないの。家に帰ったときでいいから、ここは一つ、友達の誼で、ね?」
「だ・か・ら、何でアタシがそんなものをシンジに渡さなくちゃならないのかって聞いてるのよ!アタシがあいつと一緒に住んでるのは、上からの命令でそれこそ断腸の思いで、やむを得ず仕方なしに甘受しているだけであって、それ以上の関わりなんて、一切持ちたくないんだってば!!もう、何回言わせれば気が済むのよ!?」
「はぁ……」

取りつく島も無く、頑として封筒を受け取りもせずに、ぷいっとそっぽを向いてしまったアスカに、セナは力無く溜め息を吐いて、そろそろ痺れてきた腕を、ぐったりと下ろした。
その表情は、理不尽な堂々巡りの押し問答に精神力を使い果たして、すっかり憔悴しきっていた。

「アスカなら、協力してくれると思ったんだけどなあ、碇君のこと。別に碇君と付き合ってるわけでもなさそうだし……」

俯いたまま、セナは問わず語りに未練を漏らした。
緊張の糸が切れて、我知らず漏れてしまった独白だったのだが、それを耳にしたアスカは、露骨にいやな顔をして、なぜかセナの失意とは無関係な方面に反撃を加えた。

「当たり前じゃないの! 誰があんなどんくさくて軟弱な、ウスラトンカチなんかと……」
「そ、そこまで言うことないでしょ? 私が好きになった人なのよ!?」

不意に怒声を浴びせ掛けられ、アスカはシンジへの誹謗中傷を完遂できなかった。
今の今迄消え入りそうなほどに意気消沈していたはずのセナが、俄かに信じがたいほどの激情を、その瞳に燃え上がらせてアスカを射すくめている。

その視線に、一瞬、殺意にも似た気配を感じ取り、アスカは戦慄を禁じ得なかった。


この娘、本気なんだ……。


アスカは、息をするのも忘れてセナとしばし不本意に睨み合った後、己の心根と引き比べて、その純粋で真っ直ぐな想いに抗うこと適わじと悟り、セナの真摯な視線から逃れるように目を伏せた。

もう、いつもの虚勢を張ることが、出来なくなっていた。

「……ご、ごめん」

アスカが急にしおらしくなったのを覚り、セナは我に返った。
そして、思いもかけない自らの挙動に引け目を感じて、努めて優しい声で、自らの非を詫びる。

「……もう、いいよ。せめて、手紙だけでも渡してもらえたらって、それ以上は望まないつもりだったけど、アスカがそれもイヤだって言うんだったら、無理強いできるはずないもんね」
「セナ……」
「ごめんね、アスカ。困らせるようなこと言っちゃって。やっぱり、自分の恋だもん、自分でやらなくちゃだめだよね、うん。しっかりしなきゃね!」

気を取り直したように微笑むと、セナは険悪なムードを払拭しようと不自然なほど明るく振る舞った。
つられて、アスカも和解の印にぎこちなく微笑んでみせるが、何故かそれ以上の「友誼」を示す気にはなれなかった。

そして、すぐに翳りを取り戻し、心に期した疑問を、おずおずと口にした。
既に知れたことであったのに、どうしても、聞かずにはいられなかったのは、心のどこかにそれを否定したがるエゴが囁いたゆえか。

「セナ」
「ん? なに?」
「あんた……ホントに、その、シンジのこと……好き……なの?」
「…………うん。だって、最近の碇君、時々すごく男らしく見えるんだ。外見じゃなくて、なんかこう、内面的なものが、ね。だから、私、どんどん彼に惹かれているみたい…………」
「…………そう」
「身近すぎてアスカにはわかんないかも知れないけど、今の碇君、ホントにかっこいいんだから!だから、私絶対に碇君のハートを射止めてみせるつもりよ。誰かに先を越されないうちにね」

アスカは、はっと息を呑んでセナに見とれてしまった。

頬を桜色に上気させ、胸の前で両の手の指を絡ませあいながら、伏し目がちにシンジへの想いを語るセナは、同性の目から見ても見惚れてしまうほど鮮やかな色彩で輝いていた。
それは、容姿からくるものではなく、内なる輝きとも言うべき何かが、彼女の存在そのものを昇華させているとしか、アスカには考えられなかった。

純粋な容姿から言えば、アスカはセナなどよりも遥かに美の女神の寵愛を受けていると誰しもが納得する。
しかし、今の二人を見比べれば、アスカなどよりも遥かに愛の女神の寵愛を受けた、セナを魅力あるものと誰しもが納得し、好意を抱くであろう。


セナ、すっごくキレイ……


でも、アタシは全然キレイじゃない……


羨ましい……


妬ましい……


悔しい……


しばらく打ちひしがれていたアスカは、セナに対して沸き上がってくるネガティブな羨望の念を偽るために、笑顔の仮面を被り、心にも無い社交辞令で糊口をしのぐ。
しかし、口の中はますます乾くばかりだった。

「…………あんたの想い、伝わるといいわね」
「ありがと、アスカ。じゃ、そろそろ行かないと、次の授業に間に合わなくなるから、教室に戻らなきゃ」

アスカの「好意」に謝辞を述べると、思い出したように、セナはアスカを促すが、しかし、アスカの足はまるで根でも生えたかのようにその場から一歩も動かなかった。
それが、この恋する少女に対する拒絶反応であることを知っているアスカは、振り返って自分に訝しげな眼差しを注いでくるセナに向け、努めて平静を装ってみせた。

「…………先、行ってて。ちょっと外の空気を吸ってから、アタシも、すぐに行くから」
「うん。じゃね」

そう言って、スカートを翻して軽やかに去っていくセナの背中を見送るアスカの瞳には、自分より「美しい」者に対する、「女」の、暗い嫉妬の炎が揺らめいていた。

「誰かに先を越されないうちに、か…………」

独り残されて、無機質な校舎の天井を見上げるアスカの瞳には、天使に魅入られた者のみが許された、セナの愛くるしい微笑みが思い起こされていた。
あの微笑みを向けられて、彼女の冴えなくて、頼りなくて、そして鈍感な同居人は、どんな感慨を抱くのであろうか?

突然、アスカは首を激しく振って、兆し始めたその想像を追い払った。そんなことは、考えたくも無かった。


胸が痛いよ……


折りから吹いてきた、昇降口からの風に、自慢の栗色の髪を髪を弄ばれて、アスカは顔を顰めた。
心の空洞を吹き抜けられて、より一層心が冷えた心地がした。

「最短距離にいるのは、アタシなのに…………」

すがるような思いで、現状に一縷の望みを託すかのような、覚束ない繰り言を唱える。
だが、触れれば届くその距離の間には、深く果てしない溝が横たわっていることを、アスカは知っていた。

それは、自分が穿ったものであったから……。





ラブレターから始まる、I love you.

第一話「亜麻色の髪の少女」

Written by 安田トミヲ




それは、一月前に遡ったある日のこと・・・


「ぷはーっ、食った食ったぁ〜」

恐らく、この世で一番シアワセそうな顔をしているだろう「食後の鈴原トウジ」少年は、膨らんだお腹を関取よろしくポンポン打ちながら、碇シンジと、相田ケンスケの二人の悪友を従えて、昼休みも終わりに近づいた廊下を闊歩していた。
こういう時に、何故かガニ股になって歩く奇妙な習性を持っているトウジを、すれ違う女生徒たちがくすくす笑いながら通り過ぎていくのだが、食後の満腹感に首まで浸りきっているシアワセものには、まるで埒外のことであった。

「……もう少し離れて歩こうか、シンジ」
「……もう手後れだよ、ケンスケ」


トウジを見て笑った女生徒たちは、その後ろでそわそわしている二人をまるで「仲間」でも見るような一瞥をくれて去っていくので、シンジもケンスケも、毎度の事ながらいたたまれないらしい。
なるべく視線をトウジの足元の廊下に固定して、身を縮めながら、お互いの境遇をひそひそ嘆きあった。

そこまで恥ずかしい思いをしてまで、この友人の奇行を咎めだてしないのは、二人ともトウジが、昼休みの「いいんちょお手製弁当(当社比2人前)」を、人生最大の悦びとしている「愛すべき小市民」であることを弁えており、そのささやかな幸福の余韻を邪魔するような、野暮な真似はしたくないからであった。

「腹は減っては戦は出来ぬ、なれど飯を食ったら後は寝るだけってか、ワハハハハ」

そんな二人の気遣いも知らず、大好物のエビフライを二尾もほお張って御満悦なトウジは、上機嫌の余り出所不明なエセ格言を諳んじて、一人でウケていた。

二人は、思わず顔を見合わせ、こらえきれずに含み笑いを漏らす。

「クククッ……あんな風にシアワセになれる人間って、そうそういないよなぁ。ホント、今の暗いご時世に、貴重な存在というべきだよ、トウジは」
「ププッ・・本当だね。僕もあやかりたいくらいだよ」

と、トウジの背中へ羨望の眼差しを向けるシンジの脇腹に、ケンスケは肘鉄をめり込ませた。
戯れる、というには、かなり「手心」が加えられた一撃だったのは、息を止めて顔を白黒させているシンジの表情から容易に察せられた。

「あ……う……」
「よく言うぜ! ミサトさんに、惣流、二人の美女と同居しているお前の境遇だって、十分に人もうらやむシアワセものだぜ」
「そ、そう思うんだったら、1日でもいいから僕と代わってみるといいよ。君の言う「美女二人」が、生活にどれほどの潤いを与えてくれるか、骨身にしみて分かるから」

その時のシンジの顔を見て、ケンスケは「14歳の身空で「生活苦」が似合う男にはなりたくないね」と、後に述懐したという。

さして言えば「住めばぢごく」と言ったところか、くわばらくわばら……。

「ま、それはそのうちってことで……ところで、一つ頼みがあるんだけどさぁ……
「え、何?」

急に辺りを憚るように声を落としたケンスケに引き込まれるように、シンジが訝しげな眼差しを向けると、その目の前に一通の白い封筒が差し出された。


実は……これを、惣流に渡してもらいたいんだけど……
「?」

その宛名書きを、シンジは思わず声を出して読んだ。

「戦略陸上自衛隊厚木駐屯地体験入隊受付係御中……アスカ、戦自にでも入隊する気だったの?」
「え!? あ、いや、これは間違い間違い、うんっ!」

ケンスケは、シンジが読んだ宛名に気がつくと、慌てて封筒を握り潰して背中に隠し、引きつった笑いを浮かべてごまかした。

「そ、それじゃなくて、これ。これを、惣流に。頼む」

再びケンスケの手に、どこからともなく取り出されて握られた封筒には、今度はきれいな手書きの文字で「惣流・アスカ・ラングレー様」と認められていた。

シンジは、最初それを受け取りあぐねて、しばし不思議そうな顔をして見つめていたが、焦れたケンスケが封筒をひらひらと動かしてアピールするので、壊れ物でも扱うようにおずおずとそれを受け取った。

何の気なしに手を返して封緘の方に目をやると、白一色にそこだけピンク色の、可愛らしいハートマークが鮮やかに浮かび上がっていた。
ことこの期に及んで、シンジはようやく得心がいったような表情を浮かべた。

「……ラブレター?」
「しっ! 馬鹿、声が大きいっ!!」

まるっきり秘密保持に向かない対応をしてくるシンジに、ケンスケは真っ赤になって食って掛かる。

「あ、ご、ごめん……」
「と、とにかく、何でもいいからさっさとしまってくれよ」

言いつつケンスケは、そわそわはらはらと周囲を伺い見るが、幸い近くに居るのは「一人旅」をしているトウジだけであった。
彼は、先ほどから背後で二人がいろいろとこコソコソやっているにも関わらず、まるで感づいた様子はない。大物というべきか、全身是胃袋と言うべきか……。

「わ、わかったよ……」

ケンスケの剣幕に呑まれて、シンジは取りあえずそれをズボンのポケットに、折れないように細心の注意を払って差し込んだ。
そして、ズボンの上から具合を確かめた後、妙に感心したような、しかし悪意の無い表情を、ケンスケに向ける。

「僕、知らなかったよ。ケンスケが、アスカのこと、好きだったなんて。意外だったなあ……」
「え? な、何言ってるんだよ!!」
「照れなくてもいいよ。その、受け取ってもらえるかどうかは分からないけど、アスカにはちゃんと渡しておくからさ。僕だったら、いろいろ協力してあげられると思うし、一筋縄じゃ行かないだろうけど頑張れよな」

と、屈託のない笑みを浮かべて協力を申し出てくるシンジに、ケンスケは思わず頭を抱えた。

「シンジ……何も言わずに、もう一度封筒を見てみろ」
「え? い、いいけど……」

せっかく曲がらないように苦心した封筒を再び取り出せと要求されて、シンジは不承不承ながら、それを白日の下にさらした。

「出したけど?」
「いいか? この宛名の文字をよーく見てみろよ」

噛んで含むような口調に首を傾げ傾げ、シンジは言われるがままにそれを一字一句吟味した。

そのおかげで、ようやく「あること」に気がついた。

「……ケンスケっていつのまにこんなに字がきれいになったんだ?」
「ちがうっつーのっ! それは俺の字じゃないだろ?」
「うん。ケンスケのはなんかこう、白魚が踊ってるというか……」
「……そこまでヒドいのか? オレの字って……」
「あ、そうか。代筆を頼んだんだ」

シンジの発想は、手紙の主が「ケンスケ」である、という観点から一歩も動いていない。
このままはっきり言わないと、どんどん泥沼に嵌まっていきそうな錯覚を覚えて、ケンスケは回りくどいことをシンジにするのは金輪際止めよう、と心に誓った。

「だから違うって。それは、俺の近所の先輩から預かった手紙なんだよ!」
「あ、なんだ、そうだったのか……ごめん、早とちりして」
「ま、いいけどさ。とにかく、そいつを渡してくれさえすれば、義理は果たしたことになるから、余り深く考えないでくれよ」

 ケンスケは、念を押すようにしっかりと釘を刺した。

「わかった。今日中に渡しておくよ」
「恩に着るよ。引き受けてくれて助かったよ」

ようやく「厄介払い」を終えることが出来たもののみに許される「爽快な笑顔」を浮かべて、ケンスケはシンジを拝んでみせた。
すると、シンジは突然、訝しげな視線をケンスケに注ぐ。

「でも、何でケンスケが渡さないの? ケンスケが頼まれたんだから、本当は自分で渡すのが筋だと思うんだけどさ」
「え? それは……ほら、こういうのって、人に頼まれたものでも渡しにくいだろ?時間とか、場所を選ぶしね。シンジだったら、惣流といつも一緒にいるようなもんだから、二人きりになれる時間がいくらでもあるかと思ってね」

実は一度、同じようなことをやって、アスカから「今度こんなもん持ってきたら、あンたタダじゃおかないわよ!!」と宣告されているなどと、口が裂けても言えないケンスケであった。

「なるほどね。うん。それならお安い御用だよ」

そんなケンスケの邪な思惑などつゆ知らず、シンジは納得の証に笑みを浮かべて、重ねて快諾の意を表明した。

「ううっ……やっぱり持つべき者は友達だよなあ……」
「そんな、大袈裟だよ、ケンスケ」

大仰に感激してみせるケンスケに、シンジは困り果てた表情を見せる。
その表情は、首から「お人好し」のプラカードを下げれば、万雷の拍手をもって迎えられるに違いない。

そのとき、はるか遠方から、そばにいたはずの親友の怒声が轟いてきた。

「おーい、お前らそんなとこで何しとんのや? 次の授業は理科室やぞ!」

何時の間にか足を止めて話し込んでいたことに気づき、シンジとケンスケは、顔を見合わせた。

「おっと、こうしちゃいられないや!」
「あ、待ってよ!」

我先に駆け出していくケンスケを追いかけようとして、シンジはふと足を止めた。
そして、手にした白い封筒を恭しく胸のポケットに差し込んで、今度こそ駆け出した。




「ホナ、わい今日は妹の見舞いに行かなあかんさかいに、先帰らしてもらうわ」
「最近国連軍関係の資料を集めるだけ集めて、ロクに整理してなかったせいか、部屋の中足の踏み場もなくなっちゃってさ。今日から3日くらいかけて大掃除させられることになっているから、オレ、もう帰らなくちゃ」
「うん、じゃ、また明日」

放課後、連れ立って教室を後にする鈴原トウジと相田ケンスケの後ろ姿を見送ってしまうと、シンジは久々に「孤独」な境遇に置かれてしまった。
自分から積極的に友人を作りに行くタイプではない内向的な少年だけに、「向こうの方から」絡んできたこのコンビ以外に、彼には親交のある級友はいない。
現に今も、何気なく辺りに首を巡らしてみるものの、この場に彼が「居る」ことに関心を示している同級生は、男女の別を問わず、これっぽっちも見あたらなかった。

もっとも、「疎外感」とはつき合いの長い生活を送ってきたシンジにとっては、さほど気に病むほどの状況でもなく、特に感慨は湧いてはこない。

ふとため息をつくと、シンジは、やおら両腕を頭の後ろで組み、上体を反らして、困り顔を煤けた天井に向けてみる。
脳裏には清掃時間に「同僚」の少女、綾波レイを通して拝命した、予定変更命令の内容が、リフレインしていた・・・。


・・・・・・本日実施予定のハーモニクス試験は、テストプラグの神経接続マネジメントモジュールの緊急メンテナンス実施するために、開始時刻を16時から、150分繰り延べて、18時30分に変更する旨、連絡が入ったわ。各チルドレ ンは、非常召集発令時以外は自由行動を許可するそうよ・・・・・


「自由行動って突然言われても中途半端な時間だしなあ。トウジもケンスケも帰っちゃったし、どうしたもんかな?」

一応、帰り支度を済ませて鞄を机の上に置くまでのことは片づけていたが、その先のこととなると、何も考えつかない。
普段トウジたちに「流され」続けてきたせいで、元々あるとは言えなかった主体性が、ついに枯渇してしまったのかも知れない。

 「・・・そう言えば、綾波は?」

 ふと気になって、シンジはもう一度教室を見渡してみた。

察知できないほど「気配」というものが希薄な綾波レイは、今になってようやく、窓際の彼女の座席に座っていることに気がついた。
なお、もう一人の「同僚」であり、同時に「同居人」でもあるアスカこと惣流・アスカ・ラングレーの方は、彼女特有の強烈な「気配」がまるで感じられない、すなわち不在と察せられる。

レイは、頬杖を突いたいつものポーズで、面白くもなさそうに(シンジの主観の上で、だが)文庫本を読み耽っている。
シンジはしばらくの間、その様子をぼんやりと眺めていたが、彼女はそんなシンジに気付くでもなく、規則的にページを繰る以外は、まるでそこだけ時間が凍り付いているかのような錯覚を覚えた。

彼女に声をかけるのは、今日は何となく気が引けた。

 「・・・たまには、本でも読んでみるかな」

レイの所作にインスピレーションを受けたものか、ようやくやる気なさそうに腰を上げ、鞄を肩越しに担ぎ上げると、シンジは誰にも挨拶を告げず、告げられず、人知れず教室を後にしかかった。

「あ、碇君」

不意に背後から聞き覚えのない声に呼び止められ、シンジは反射的に立ち止まり、肩越しに振り返った。

後ろの出入り口にほど近い最後尾の席。肩の辺りできれいに切り揃えた亜麻色のショートボブの女生徒が、体を、椅子をやや右後ろに引いてシンジの方に向けつつ、心持ち大きめの、碧色の瞳で見上げるように微笑んでいた。
机の上には読みかけだろうか、青いハードカバーの装丁本が、左手を添えられて伏せてある。

(この子も、ハーフ、なのかな?)

シンジは、軽い驚きを覚えて、その少女の容姿にしばし見とれた。
自分の同居人の方はクォーターなのだが、外見的なインパクトはアスカには及ばないものの、彼女を「可愛くない」という人間の方が少数派だろうことは、間違いないだろう。
しかし、シンジにはこの少女に関する印象が、なぜか薄かった。
自分のクラスメートに、こんな少女はいなかったはず・・・・・・とは言え、シンジが級友全体を詳細に把握しているわけではなかったが。

 「あ、ええと・・・何、かな?」

困惑気味の愛想笑いを浮かべながら、シンジは視線をはぐらかした。
今まで口を聞いた覚えのない子なので、名前も咄嗟には思い出せない。

 「ねえ、今日もこれから例のロボットに乗りに行くの?」


何だ、またEVAのことか・・・


シンジは軽い失望を禁じ得ず、一瞬だけ眉をひそめたものの、彼女の邪気のない笑顔に促されるままに返答した。
ちょうど「積極的な人付き合いをしよう」と心に期していた矢先なので、臆面もなく「気さくさ」を装ってみせる。

 「うん、それが僕の任務だから、仕方がないよ。誰かに替わってもらえるなら、喜んで「フツーの男の子」に戻るところなんだけどね」

 と、わざとらしく肩をすくめてみせるシンジの様子をじっと見つめていた少女は、突然体を折って吹き出してしまった。

 「なーに、それ? ネタが古典的すぎて、フツーの人にはわからないわよ」
 「・・・じゃあ、そのネタを知ってる、ええと・・・」

ムッとしてシンジはちらっと、彼女の足下を盗み見た。すらりと健康的に伸びている脚に目を奪われそうになったが、今は上履きのネームを素早く確認するに止めた。

 「・・・秋山、は、十分フツーじゃないってことだね」

特にきつい口調を応酬したつもりは毛頭無いのだが、少女は笑うのを止め、急に神妙な顔つきになってシンジの顔を見つめ始めた。
その余りの真摯さに耐えかねて、シンジはなぜだか身の置き所も知らないほど、恐縮した気分になる。

 「・・・・・・碇君、アタシの名前、どうして知ってるの?」
 「え?」

詰られるかな? と身構えたシンジの耳に、思いも掛けない言葉が届き、拍子抜けする。
すると少女は、身を乗り出して畳みかけてきた。

 「だって、私、つい3日前まで殆ど学校に来て無くて、碇君と話した事なんて一度もないのに、あれ? どうして?」
 「あ、いや、その・・・・・」
 「ねえ、どうしてよ、教えて!」
 「教えるも何も・・・・あの、上履きに名字が書いてあったから、その、咄嗟に・・・・・・」

生半可な知ったかぶりをしてしまった気恥ずかしさが、シンジを萎縮させる。
うっすらと赤面するシンジの顔を見つめていた少女は、きらきらと輝かせていた瞳を曇らせて、ふっと肩を落とした。

 「なあんだ、てっきり碇君が私に気があるかなって、期待したのにな。つまんないの」
 「え、気があるって、ど、どういうこと?」

唐突な少女の言葉に幻惑され、シンジはどぎまぎしながら問い返すが、返ってきたのは人を食った笑い声だった。

 「あはは、やあだ、本気にしないでよ。ほんの冗談よ、じょうだん!」
 「え? じょ、冗談ね、はは・・・・・・」

少女にいいようにあしらわれた、と悟ったシンジは、唇の端を引きつらせて力無く笑い返した。
すると、ひとしきり笑い終わった少女は、ぴたっと笑いを潜め、まるで別人のように静かになり、そして、ぺこりと頭を下げた。

 「あの、茶化したりしてゴメンなさい。お仕事大変だとは思うけど、私、碇君のこと、尊敬してるから、これからも頑張ってね、って言いたかったの、本当よ」

どきん・・・とシンジの胸が高鳴った。
予想外の激励のエールと共にシンジに向けて見せた彼女の笑顔は、今まで彼の周囲の「女の子」が誰一人として見せてくれたことのない、実に「素敵」な笑顔に映った。
締まりのないオヤヂのようなミサとや、「不敵」で「不遜」で、なおかつ「邪悪」なアスカのそれとは大違いだ、などと思わず身近な対象と引き比べてみる。

 「じゃ、お仕事頑張ってね、また明日」
 「・・・え? あ、ああ、ありがとう。じゃ、また明日」

ややあって、我に返ったシンジがぎこちなく挨拶を返したときには、彼女は既に読書を再開していた。

それにしても「尊敬している」などと言われたのは、無論初めての経験である。
なんだかくすぐったいような、不思議な昂揚感と共に自然と笑みがこぼれる。

感慨に浸る余り、自分が図書室に向かっていたことを失念していたシンジは、はたと気付いて今度こそ教室を後にしたが、3歩ほど歩いてふと足を止めた。
そして何を思ったものか、急に踵を返し、またぞろ少女の席まで引き返す。

 「あれ? どうしたの、碇君?」
 「えっと、その・・・図書室ってどこにあるか教えてもらえないかな?」

今まで一度も足を踏み入れたことのない施設の所在など、シンジが知っているはずがなかった。




 「へえ、チェロねえ。あれでしょ? 弦楽器で一番大きいヤツ?」
 「違うよ。一番大きいのはコントラバス。チェロは二番目に大きいやつだよ」

みんなよく間違えるんだよね、と付け加えながら、シンジは苦笑して見せた。

 「あれ、そうだっけ? ま、いいや、私にはそんなコーショーなシュミはよくわかんないから」

と、亜麻色の髪の少女、秋山セナは、屈託なさそうに笑い飛ばす。
結局、図書室まで直接案内してもらう事になり、放課後の廊下を二人して歩いているわけだが、シンジは恐縮と戸惑いがないまぜになって気後れするばかりだった。
が、セナの方からそつなく話しかけられて、それに受け答えする分には間の悪い思いをしないで済んでいた。
秋山セナ、きっとシンジとはまるで正反対な、「友達づきあいの上手い」タイプなのだろう。

「でも、秋山もすごいじゃないか。地区のソフトボールサークルのエースで4番だなんてさ。僕はあんまり運動が得意な方じゃないから、羨ましいよ」
「そんな大したもんじゃないわよ、碇君に比べれば・・・って、ええっ!?」

その場をしのぐためだけに用いたおべっかが、意外な「反響」を呼んだ。
セナに驚いたような眼差しを浴びせられ、何かまずいことを言ったかな? と、たちまちの内にシンジは安直な不安の虜となる。

 「碇君が運動得意じゃないって、嘘でしょ〜!? だって、碇君ロボットのパイロットなんだから、普通そういう仕事って、かなりの運動神経の持ち主じゃないと勤まらないって言うじゃない」

もう、かつがないでよ、と苦笑いする目に窘められて、とんだやぶ蛇だったな、とシンジは心の中で舌打ちした。
EVAに関する事を無関係の人間に語るのは、あまり得意ではない。

 「いや、あの、ロボット、の操縦には、そういうの、余り関係ないんだ」
 「へえ、そうなの? まいいや。私にはそんなムズカシー話理解するほどの頭ないから」

セナは、あはは、と頭を掻きながらあっけらかんと笑って、それ以上この話題に興味を示そうとしなかった。

シンジは胸をなで下ろすと同時に(この娘、ひょっとして何も考えてないんじゃないだろうか?)という胡乱げな視線を、セナの横顔に投げかけた。
と、セナもシンジに顔を向けたために、ほんの一瞬だけ、二人は見つめ合う形となった。
シンジは、セナに対する侮辱的な感慨に気づかれたように錯覚し、慌てて視線を逸らす。

 「それより、今度の日曜日、ヒマしてる?」
 「え?」

 驚いたように見返してくるシンジに、セナはシンジが「好感」を抱いた、さわやかな微笑みを返した。

 「今度の日曜日、ウチのサークルと、隣の地区と練習試合をやることになってるの。でも、応援に来てくれる人ってあんまりいないから張り合いがなくってね。で、こんな事頼めた義理じゃないんだけど、もしヒマだったら、「サクラ」で応援に来てくれない? あ、もちろんお昼はこちら持ちで」
 「あ、秋山、やめてくれよ、こんなところで・・・」

行き交う生徒達の好奇の視線をそわそわと気にしながら、シンジは、自分を拝み倒しだしたセナを、慌ててなだめすかした。
頭を下げたままシンジの様子をちらっと上目遣いで見上げた彼女は、面を上げて悪戯っぽく舌を出して見せる。

 「無論、ムリにとは言わないけど、もし来てくれれば、私、碇君の言うことなんでも聞いて上げるからさ」

ずいぶんと破格な申し出である。
初めて口を聞いた人間に、ここまでの投げ売りが出来るものなのか? それは、人見知り体質のシンジの理解を超えていた。

 「で、でも、そういうことは秋山の友達に頼めばいいんじゃないか?」
 「だって、みんな薄情なんだもん。同性の試合なんか見てもつまんないって。だから、男の子だったら見に来てくれるかなって思ってね。どう? うちはそうでもないけど、向こうの第参中のメンバーって結構可愛い子いるから、それを見物にくるくらいの気持ちで。ね? 私を助けると思って」

手を変え品を変え、セナはシンジを執拗に口説き落とそうとした。

 「た、確かに日曜日は非番だからヒマだけど・・・」

記憶のスケジュール帳をめくり、思わず口をついて出た言葉が、セナにとっては十分な「言質」となった。

 「ほんと? じゃあ、決まりね! 試合は10時から始まるから、適当な時間にうちのグラウンドまで来てね!」

目を輝かせて胸の前で一度柏手を打つと、セナは満面の笑顔で、はしゃぎながらシンジの手をがっちりと握り、大きく上下に振った。


弱ったなあ・・・。でも、どうせヒマなのは本当だし、いいか


なすがままにされながら、シンジは愛想笑いをひきつらせた。
ここで断固とした態度に出れないのは、葛城家で染みついた「処世術」が災いしたものである。




 「うひゃあっ!?」

放課後の図書室の、安閑とした静寂を切り裂く・・・という表現を用いるには、いささか格好のつかない素っ頓狂な「悲鳴」の主は、慌てて口を両手で押さえ込むものの、既に周囲からの「冷たい」注目を浴びている真っ最中であった。

 「あ、どうもお騒がせしまして申し訳ありません・・・」

悲鳴の主に成り代わって、目の前に腰掛けていたお下げ髪の少女が、咄嗟に360度全方位にぺこぺこ頭を下げて、なんとかその場を取り繕ってみせた。

「もう、アスカったら、急に変な声上げないでよ・・・あら?」

振り返りざま、お下げ髪の少女が向けた非難のジト目は、誰もいない座席を占める虚空に空しく吸い込まれて点になってしまった。
そして、その「空席」の延長線上にある出入り口へと、赤い角のような二つの髪飾りをつけた、栗色の後ろ頭が掻き消えていくところであった。

 (・・・バイブレーションモードの方が、かえって迷惑だからあれほどやめとけって、忠告しておいたのに)

やれやれ、と肩をすくめてみせる「委員長」こと洞木ヒカリの携帯は、図書室に入る前にちゃんと切ってあった。

 「ちょっと、どいてどいて!」

トイレの前で屯ってダベっていた女生徒達の間を旋風のごとき勢いで突破すると、アスカは3つある個室のうち、使用されていない最奥の個室に飛び込んで、勢いよく扉を閉めた。

 「やあねえ、あの子、あんなになるまで我慢してたの?」

突然の出来事に、呆然とアスカの行動を見届けていた女生徒達は、互いの顔を見合わせてくすくすと笑い声を上げる。
そんな邪推はお構いなしに、アスカは、息を整えるヒマもあらば、制服に忍ばせてある携帯電話を取り出して、通話スイッチを入れた。

 「もしもし・・・あ、加持さん!? やだ、そっちから掛けてきてくれるなんて、アスカ感激よ!」

セカンドインパクト以前は「喫煙所」として知られた「個室便所」は、今日日「電話ボックス」として利用されることの方が多い。迂闊に用を足していると、今のアスカのような、「大音声の独り言」が聞こえてきて、「やる気」を殺がれてしまうことがままあるとは、よくある笑い話。

 「で、今日はどうしたの? 今晩加持さんの家に招待してくれるんだったら、アタシ、泊まりでも全然平気!」

と、もし隣の個室に教師でも入っていたならば、全然平気でないことを口走る。
さすがに、受話器の向こうから、苦笑いせんばかりの声が返ってきた。

 (それは生憎だな。オレは今晩は松代で一人寂しく寝ることにするよ)
 「え? 松代・・・って、第2東京? それってどういうこと?」
 (どういうこともこういうことも、今晩から都合4日ほど、急な出張命令が下ったんだ。いろいろあったデートの約束も、みんなキャンセルだってんだから、まったく泣けてくるよ。今晩の相手なんか、事情を説明しているのに「死んでしまえ!」って、お冷やぶっかけてきたんだぜ、ひでえよなあ)

さも面白そうに語られるその科白の後半部の意味するところを理解した瞬間、アスカの形の良い眉が、きゅっ、と切なげにひそめられた。

 (まあ、そういうことで、日曜日は、悪いな。埋め合わせと言っちゃあなんだが、何かお土産でも買ってくるから、欲しい物が・・・)
 「いえ、いいんです・・・気を使わなくても。じゃ、出張お気をつけて」
 (おい、待てよアスカ・・・)

受話器の向こうの制止の声など皆まで聞かず、アスカは右手を力無く下ろし、通信を切った。先ほどまでの晴れやかな表情は、一天俄に掻き曇り、今にも降り出しそうな下り坂に変わる。

しばらく頭を垂れた姿勢のまま、アスカは微動だにしなかったが、やがて制服の胸のポケットに手を差し入れ、そこから短冊状の紙片を二枚取り出して、それを、愛おしそうに眺め始めた。

「全米興行NO.1」がうたい文句のサスペンスアクション映画のチケット。
主演男優ブラック・ビット(通称ブラビ)は、雰囲気がどことなく加持に似ており、アスカの大のご贔屓であった。

 「せっかく、楽しみにしていたのに・・・」

きりりと精悍な顔つきのブラビの写真に、加持の飄々とした陰影がオーバーラップしてくると、チケットを持つアスカの手がわなわなと震えだす。

 「・・・加持さんなんか、死んでしまえっ!!」

加持自身に教えられた罵倒の台詞を唱えると、アスカはチケットを持つ手に力を込めようとした。

しかし、それを引き裂くのは、購入時にはたいた大枚のことを思い出してか、すんでの所で思いとどまった。
それを無造作に折り畳んでスカートのポケットにねじ込むと、鬼の形相で据え付けのトイレットペーパーに目を向けた。

からからん、と威勢よくペーパーを引きずり出すや、アスカは思う様それを、これでもか、これでもかとばかりに怨念を込めて八つ裂きにした。
それでも足りないと見えて、ペーパーの残骸を、握力全開でくしゃくしゃに丸めーの、便器に叩きつけーの、とどめにこれでもくらえ! とばかりに排水レバーを蹴り上げる。

 「はあ、はあ・・・くたばっちまえ!」

勢いよく迸る奔流と共に、アスカの「怨念」の残骸は、跡形もなく流れ去って行く。


 「ああ、すっきりした」

とひとりごちてみるものの、言うほど吹っ切れてはいないのは一目瞭然だった。
一見すっきりとした表情とは裏腹に目は充血し、不快な残存感は完全に流しきれずに、心の奥底でわだかまったままなのだが、アスカはいつものように「自己暗示」をかけてやり過ごしたつもりなのである。

一部始終を見届けていた周囲の女生徒達の好奇の視線などお構いなしに、アスカはつかつかと洗面台に歩み寄る。
大ざっぱに手洗いを済ませ、素知らぬ顔でもと来た道を引き返そうとしたその時、何気なく反対方向に目をやった彼女は、廊下を往来する生徒達の中に、見覚えのある「間抜け面」があるのを目敏く発見し、その場に足を止めた。

 (なんだ、シンジか・・・)

特に用事はないし、今の気分では、シンジなんか相手にしたくなかったので無視を決め込んで踵を返しかけたが、シンジの連れが、いつもの「黒ジャージ」と、「軍事ヲタク」とは違うことに気が付き、思わず瞠目した。

 (隣にいるの・・・秋山セナ? なんでシンジが彼女と?)

シンジの隣に、やや間隔を空けて連れ添っている、本を両手でスカートの前に抱えたショートボブの女生徒は、確かに同じクラスの秋山セナだった。
いい意味での「スポーツバカ」で、性格はいたって「天真爛漫」だ、と認識している。

見れば、二人は何か和やかに談笑しながら、こちらの方に向かって歩いている。
そんなシンジの楽しそうな様子を見ていると、心の奥底で鎮まりかけた彼女の暗い感情が、微かだが、再び波立ち始めた。

 (アタシは加持さんにフラれたっていうのに、バカシンジのくせに、女の子とよろしくやろうなんて、100年早いわよ!!)

筋違いかつ短絡的なジェラシーの炎がめらめらと燃え上がってくるのを、アスカは抑えようとはしなかった。
アスカはスカートのポケットから、命拾いをしたブラビのチケットを取り出して、シンジが嫌う「邪悪」な笑みを貼り付けた。


 「シ〜ンちゃん」
 「あ、アスカ・・・!?」

自分の行く手の通路の壁に背中を預け、わざとらしい笑顔を振りまいて手を振ってきた少女の名を、シンジは意外そうに口にする。
セナとの「交渉」に気を取られ、そんなすぐ側にアスカがいるなど完全に埒外であった。

 「な、なんだよ?」
 「・・・・・」

彼女の氷点下の視線が、シンジとセナの「握手」に注がれているのを察知したシンジは、赤面しながら慌てて手を振りほどき、背中に退避させた。

その様子に、一瞬、不機嫌そうに眉根を寄せたアスカだが、すぐにシンジの顔を正面からじっと見据えた。

 「だから、なんだよ、さっきから人の顔をじろじろ見てさ」
 「別にぃ。シンジが図書室に来るなんて、いったいどういう風の吹き回しかなぁ? って思ってね」

明らかに揶揄するような口調で、アスカはシンジに絡みついた。
壁から離れて、シンジの方へともったいをつけた動作で歩み寄りながら、品定めする人買いのような品のない視線で、上から下まで舐め回す。

 「ほっとけよ。そんなの僕の勝手じゃないか」
 「誰も、いけないなんて一言も言ってないわよ」

アスカはちらっとシンジの隣の女生徒に目を配った。
セナは二人のやりとりに余り関心のなさそうな様子で、何も言わず、にこにこと微笑んでいるだけだった。

 「あ、そうそう」

脈絡もなく、芝居がかった仕草で、アスカはぽんと手を打った。

 「そういえば、今度の日曜日、あたしとシンジは非番だったわよね?」
 「それがどうかしたのかい?」

アスカの意図が汲み取れず、シンジは半ば憮然とした表情で応えた。

 「実はその日はあたし、ヒカリと映画に行く約束をしてたんだけどさ、あの子急に都合が悪くなったって言い出してね。で、チケットをただで譲ってもらったから、一緒に行かない? どうせヒマなんでしょ?」

もったいをつけて背後から取り出した右手には、折り目の付いた映画の前売り券が握られていた。

「えっ!?」
「あら」

突然の申し出の内容が、先ほどの約束とバッティングすることに気が付いたセナとシンジは、思わず顔を見合わせた。

視線を交わす二人を見て、アスカは、再び不機嫌そうな表情を浮かべる。

 「なによ、デートの相手があたしじゃ役不足だとでも言うの?」

鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしているシンジに向かって、アスカは殊更「デート」の部分にアクセントを置いて、対応を迫った。


(続く)



第二話へ
ver.-2.00 1998+09/28公開
ver.-1.00 1997-11/15公開
ご意見・ご感想・耳より馬券情報はtomiwo@asuka.club.or.jpまで!!
後書きに事寄せた見苦しい言い訳

ご存じの方も多いでしょうが、この作品は、今年の2月の初めまでこの場所で公開されていたタイトルですが、その後当方がやる気をなくして匙を投げ、一旦撤収し、その後、今年の7月頃当方のサイト「StableMates」にて、一時的に復刻を試みたものですが、諸事情により再度凍結していたものです。

と、ここまでの経緯から察せられるとおり、私は出たとこ任せの場当たり的な人間のため、このような信用に値しないことでも平然としてしまいます。それに関しては、恥ずべき事だと自覚しています。が、この作品を復刻しようと決断した際に、私のサイト「StableMates」では、訪問者の傾向から読んでもらえないことが既に分かっていましたので、「書く以上は、読んでもらえる人のいるところの方がいい」という、物書き通有の心情によって、様々な嗜好を持つ読者が集積するこちらでの再公開を、自分勝手ながら考えずにはおれませんでした。

大家さんの迷惑も顧みずに、再収録をお願いしたからには、もう浮ついた気持ちでの朝令暮改は、決して許されないことと肝に銘じます。ですが、生来の遅筆故に、更新ペースは速くても二月に一度程度、しかも不定期にしかならないことは、現実生活との兼ね合いもありますので、悪しからずご了承願います。

最後に、再三に渡ってお手を煩わせた大家さんに、重ね重ねお詫びを申し上げます。

<2.00>

 ヴァージョンアップファミリーマート



 量倍増、
 質うん倍増、

 のバージョンアップですね(^^)


 アスカのキツキツ感とかもヴァージョンアップ〜

 だよね。


 危なげもバージョンアップで、
 次はどうなるんだ?!もアップ


 どうなるんだろ。



<1.00>
 安田さんの新連載『ラブレターから始まる、I love you.』第1話、公開です。



 アスカへのラブレターを受け取ったシンジと、
 シンジへのを拒否・・受け取ることが出来なかったアスカ。


 ふむふむ、今の状況はそういうことなんですね(^^)




 アスカへ手紙を渡す段になってもシンジは冷静でいられるのかな?

 そんな単純なストーリでは無さそうな空気もありますよね。


 アスカが穿ったという二人の溝も気になります。

 あとがきの文句も・・・。




 さあ、訪問者の皆さん。
 3つ目の連載を抱えた安田さんに感想メールを送りましょう!




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