「あたし、ドイツに帰らなくちゃいけないの」
E-Clock Project Presents
おまけSS「いつも一緒に」
そうアスカが言ったのは、ミサトさんがネルフの仕事で帰ってこず、二人だけの夕食を取っていた時だった。最初僕は、あまりにも唐突なその発言の意味が一瞬信じられず−いや、信じたくなかったんだ。
「...え?」
「だから、ドイツに帰るのよ」
「ど、どうしてさ!?」
お互いに不器用ながらも、ようやく気持ちを確かめ合ったというのに、それからたった数週間しか経っていないというのに。
それは、彼女からの一方的な破棄宣言に聞こえて、僕は目の前が真っ暗になった。
「そ、そんな...」
「しょうがないじゃない。帰化って色々面倒なのよ。手続きとか」
「................え?」
何か違う。
「あ、アンタ何か勘違いしてるでしょ。まさかアタシがここを出て一生戻ってこないとでも思ってるんじゃない?」
「....違うの?」
「あったりまえじゃない!!今のアタシの家は、帰る場所は、ここなのよ!他にどこに行くって言うの?」
その言葉に、僕は全身の力が一気に抜けていくのを感じた。
思わず安堵の息が漏れる。
「.......よかった」
「早とちりねぇ。ま、シンジらしいけど」
アスカもアスカで、そこまで慌ててくれた事に少し嬉しさを隠せない様子。
「...でも、どのくらいの期間、向こうにいるの?」
「そうねぇ....手続き以外にも、色々しなければいけない事もあるし。そう...ママの...お墓参りも...10年くらい行ってないし」
「あ....」
アスカとその母親の関係は本人から聞かされていただけに、そう言うアスカの姿が、僕にはとても痛ましく見えた。
「...大丈夫なの?アスカ」
「うん。そろそろ吹っ切らなきゃいけないと思うの。いつまでたってもママに縋ってちゃ、ダメだと思うし」
「アスカ....」
「大丈夫よ!だって今は......シンジが...いるんだし」
「え?あ、うん....」
アスカがそう言ってくれる事に喜びを感じつつも照れくさい感じがして、僕は思わず顔を下に向けてしまった。
「大体、1週間ぐらいかしらね...」
「1週間...」
今の僕に、それはとても長いようにも、短いようにも聞こえた。
「その間、アスカに会えないんだね...なんか、辛いな」
「ちょ、ちょっと、一週間くらいで何言ってるのよ。一週間なんてあっという間じゃない。すぐに帰ってくるわよ」
「うん....それは、わかってるんだけど....」
やっぱり寂しい、辛い。
「あたしだって辛いけど...これだけはやっておかないといけない事だから」
ここでアスカを引き止めるような事はできない。しちゃいけない。
そう思った僕は、できるだけの笑顔を作り、言った。
「わかったよ。アスカ。気をつけてね」
−でも、どうしても、表情が曇るのは止められない。
一週間後、僕らは空港のロビーで向かい合っていた。
無論、ミサトさんも一緒だ。
「アスカ、気をつけていってらっしゃい....あとそれから、ドイツのビール、おいしいって話だからお土産によろしくね〜」
相変わらずのミサトさんの発言に、アスカも笑いながら答える。
「もう....ちょっとは控えなさいよ。ま、いいわ、今回だけ特別よっ」
「んふふ〜、ありがとね....っと、そろそろお邪魔虫は退散しなきゃね。あと10分しかないから、しばしのお別れの挨拶は手早くね。それじゃ」
そう言って手をひらひらさせながらミサトさんは加治さんが待つカフェテリアへ歩いていった。
「....わかってるわよ」
「アスカ、気をつけてね」
「...もぅ、もう少し気の利いた事言えないの?『アスカ、愛してるよ』とか、『一刻も早く僕の所へ帰って来てくれ』とかさぁ」
「ん..ごめん」
油断すると、涙が溢れてきそうで、僕はそれどころじゃなかったんだ。
「ちょっと、どうしたのよシンジ?たった一週間じゃないの〜」
「うん...」
「もう、しょうがないわね。腕出しなさい」
「腕?」
「ほら、出しなさいっ」
「?」
何が何やらわからず、それでも僕はゆっくりと左腕をアスカの前に出す。
「ん....と、ベルトはぴったりね」
「何これ?」
アスカが僕の腕にはめてくれたのは、小さな腕時計だった。
「あんまりシンジが落ちこんでるから、リツコに頼んで作ってもらったのよ。ここのボタンを押すと...」
「あ、アスカだ」
時計の文字盤の部分に、アスカの写真が浮かび上がってくる。
そこに映し出されたアスカの表情はどこまでも晴れやかで、笑っていた。
「これがあれば、なんとかなるでしょ?」
「.......うん。ありがとう」
『日本国際空港、ドイツ行き869便へご搭乗のお客さまは、離陸時間が迫っております...第65番ゲートへお急ぎください。繰り返します....』
「もう、行かなきゃ」
「アスカ。待ってるから」
僕は、できるだけ寂しそうな表情を見せないように、笑顔で言うようにした。
「うん!あ、それと.....」
「?......んぐっ」
一瞬、時が止まった気がした。
周りの風景も、時間も、自分の心臓の鼓動も、何もかも。
それは、一分とも一時間とも感じられる、長い長いキス−
「ふぅ...アスカ...突然、どうしたの?」
「一週間分」
「え?」
「あとは来週まで我慢しなさい。すぐに、帰ってくるから。じゃっ!!」
そう言ってアスカは一瞬笑って、身を翻すとそのままゲートへ向かって走っていった。
「アスカ、泣いてた...?」
僕は、そうしてしばらくそこに立ち尽くしていた。
本人の意思とは無関係に、そして毎日決まった時間に、朝はやってくる。
アスカがいない日々は、少し辛いけれども−
『おっきなさーーーーーい、ばっかシンジっ!!』
「う、うわっ!!!あ、アスカ!?.....って、あれ?」
一瞬アスカが帰ってきたのかと思ったが、アスカが出発したのは昨日だ。そんなはずはない。すると....
「この時計、そんな機能もあったのか...」
それでも、アスカらしい声が聞けるのが嬉しくて、僕は笑ってしまった。
「さて、起きて朝食の準備しなきゃ。今朝は何を作ろうかな....」
そして僕は日課のためにベッドを離れる。
−この時計があれば、なんとかやっていける気がした。
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使用方法など、詳しくは同梱のドキュメントをご覧下さい
あとがき&ヨタ話
ども。へっぽこLAS書きのさんごです。
今回、IRCチャネル「&めぞんエヴァ」で70万ヒット記念用に急遽立ち上がった企画(コードネーム「LAS時計」←嘘)の公開にとうとうこいつける事ができました。プログラム&絵をとっしー氏、さらに絵を泉水氏が手がけ、私といえばとりあえずのバグチェック(人柱ともいう)、それに勝手な要望を言ったりして、随分とラクをさせていただきました(^^;
が、これで開発メンバーに名前を連ねるのもおこがましい、というわけで、駄文ながらSSを1本書かせていただきました。
いかがでしたでしょうか。感想を書いてくださる方は(←いないって)私の方(D04号室)までお願いします。
この駄文を添付(に近い形で)公開する許可をくれたとっしー氏、泉水氏に感謝いたします。(ぺこり)
それでは、Have a nice computing!