TOP 】 / 【 めぞん 】 / / [弓]の部屋に戻る / NEXT


ソドムとゴモラ


欲望と快楽に堕落した


背徳の都市


神の火は


すべてを焼き滅ぼす






NEON GENESIS EVANGERION ORIGINAL STORY

Canon 〜血染めの十字架〜


第五幕 『 神 雷 』









「カ・・エ・・・・ロ・ウ・・・・・・・・・」




空と海の狭間、
浮かぶのは、
紺碧の使徒。




少年は、見下ろす。
青い星を。

寄り添うのは、二人の天使。


















「夢‥‥‥‥‥‥」

シミ一つない真新しい天井。
『コンポート17』、303号室。
1LDK型のネルフがチルドレンに用意した住居。
一見なんでもない高級マンション。
だが、そのセキュリティーはスーパーコンピュータ『MAGI』の管理下に置かれ、常に保安部によって警護されている。
それを、安全の為と見るか監視と取るかは、人それぞれだろう‥‥‥‥。
アイボリーを基本色にカラーリングされた室内。
そして所々に置かれた緑の配色は、住人に対する心理的配慮である。
部屋に備え付けられた調度品の数々は、セカンドインパクトを経験した現在、貴重ともいえる天然の樹木を加工し、シンプルながらも実に丁寧にあつらえてあった。
シンジは、慣れないベットの上に横たわりながら、ボーっと天井を見つめていた。
夜空を移したように黒い瞳が見つめるものは天井ではなく、他には分からない遥か彼方だった。
遠くで、呼び声が聞こえる気がする。
瞼裏に映った何か・・・・・・・。
夢の出来事は、現に戻ったとたん薄らいでゆく。
「何だったのかな、あれ?」
いまだ、その意志のなかばは、夢の世界に在中している様だった。















「おはよう、綾波」
きれいに清掃されたロビーに、二人のチルドレンがいた。
ファーストチルドレン、綾波レイ。そして、2週間前ここに居を構えることになったサードチルドレン、碇シンジ。
いまだ幼さを残した顔に微笑みを浮かべ、シンジは朝の挨拶を同僚となった少女に贈る。
2週間前、シンジがここに入居した時から始まった朝の習慣だった。
「・・・・おはよう。碇君」
ロビーに設置されたソファーに座り、本を読んでいたレイは、
軽く目線を上げ、その視界にシンジがいることを確認すると、読みかけの本にしおりを挟み、シンジに挨拶を返した。
始めの頃は、自分に向けられるシンジの言葉に戸惑いを見せ無視していたレイだったが、
無表情ながらもいつのまにか自然に挨拶を返すようになっていた。
嬉しそうに微笑むシンジ。
「・・・行きましょう」
立ち上がるレイ。
膝丈のスカートが、流れるように細い足にまとわりつく。隙なく着こなされたネルフの制服がよく似合っていた。
高い天井から降りる人工の光がレイを縁取る。
硬質な美しさ。
一瞬、シンジは見とれる。
エントラスホールには、姫を待つ従者よろしく、黒服を着た保安部の人間が待っていた。















「リツコ。参号機って確か飛行ユニットを装備しているんだったけ?」
リツコとミサトは大型輸送ヘリ『ミル−55D』に搭乗していた。
大空を、軍用ヘリが飛んで行く。
「飛行ユニットなんてたいそうなものじゃないわ。どちらかっていうと滑空できるって程度かしらね」
リツコは相変わらず『MAGI』の端末であるノートパソコンをいじっている。
そのディスプレイ上に映っているのは漆黒のエヴァンゲリオン。アメリカの第二支部にて建造、先日起動実験に成功し、現在、太平洋を第三新東京市に向かって搬送中の参号機の姿だった。
「滑空?」
飛行と滑空では随分違うのではないだろうかと思うミサト。思わず、リツコが操るパソコンの画面を覗き込む。
そこには、エヴァの背中に装着すると思われる飛行ユニットがあった。
その形は、逆三角形と言ったようなシルエットを持ち、参号機の漆黒のカラーリングとあいまって、それは天使の翼と言うよりは悪魔の蝙蝠羽と言った方が正しい形態をしていた。
「・・・・・・これがそうなの?」
思わず、画面を指差すミサト。
「微弱なATフィールドを利用したグライダーってことらしいわ。まだテスト段階だけど」
「テスト段階?」
「ええ。理論的には単独飛行も可能ってことになっているけど、たぶん実際にはゆっくり落ちてこれるって程度ってとこね」
「どういうこと?」
「まだ、一回も試してないもの」
「それ、なんの役に立つの?」
疑問を持つミサト。
「知らないわ・・・・・。それを考えるのはあなたの役目でしょう・・・」
「う〜ん。新しい装備を開発してくれるのは嬉しいけど、もっと役に立ちそうなものの方が有り難いんだけどな〜」
盛大なため息とともにミサトはぼやく。
「たとえば?」
リツコはようやくディスプレイから視線を上げ、鼻眼鏡ぎみにかけられていた眼鏡を外した。
「そうねぇ〜。たとえば超遠距離からATフィールドを打ち破るぐらいの破壊力を持った重火器とかぁ〜」
「・・・無茶ゆうわね。ATフィールドを物理的に破るのにどのくらいのエネルギーが要ると思うの・・・・・」
「だから、たとえばの話よ。で、そういうのはないの?リツコ」
少し、期待を含ませたミサトの問い。
「まったく、なに考えてるの・・・・・・。大体、そんな高エネルギーに銃身が耐えられるはずないじゃない」
呆れ顔のリツコ。
「それに、それだけのエネルギーをどこから持ってくるっていうのよ」
大学時代から変わることのない二人の関係を物語っているような風景だった。
「分かってるわよ。でも、そういうのがあったらあの子達の危険も少しは減るじゃない」
ミサトは、普段の悪戯好きの顔を微かに曇らせ呟くと、じっと、窓の外に広がる青い海の風景を眺めた。
その先にいるのは、誰なのだろう・・・。
「・・・・・・ミサト」
リツコはミサトの少し哀しそうな横顔に、彼女が先の戦いの結果に負い目を持っていることに気がついた。
らしくない。
そう、リツコは思う。確かにミサトはどこか傷つきやすい面を持っていることは知っていた。だが、リツコが今まで親友として付き合ってきた彼女は、それをバネにして更に前に突き進むような強さを持っているはずだった。
作戦部長としての器量が問われるのもこれからなのだ。
使徒はまだやって来るのだから・・・・・・・・・。
こちらの思惑など関係なしに。
「・・・そう言えば、戦自研が大径の陽電子砲の開発をしている噂を聞いたことがあるわ」
ミサトを励まそうと最新の極秘情報を漏らす。
自分が彼女の親友として出来ることは少ない。リツコの立場は、あまりにも深くEVAの秘密に関わりすぎていた。
それでも、初めて自分を『アカギナオコのムスメ』としてではなくただの「アカギリツコ」として見てくれた友を助けたいと思うのは、リツコが人の心を捨てていない証だったのかもしれない・・・・・。ただ、だしにされた戦自研にしてみればいい迷惑な気がするのだが・・・・・・。
「・・・・・・・・・」
「まだ、開発途中らしいけど・・・・・・・」
「ふ〜ん」
窓の外を眺めながら気のない返事をするミサトの目が、実は新しい玩具を見つけた子供のように光っていたのをリツコは見逃さなかった。
彼女なら、きっと、どんな手を使っても手に入れてくるだろう・・・・・・・・。
リツコはそう確信し、同時に、陽電子砲の改装準備の算段を模索していた。
良いコンビである。

















太平洋艦隊・旗艦『オーバー・ザ・レインボー』


紺碧の海。
果てしなく続く水平線の彼方には、綿菓子のように広がる真っ白な雲。
悠然と隊列を組み航行する艦隊がいる。
太平洋艦隊と呼称されるアメリカ合衆国在籍のUN軍の艦隊だ。
セカンドインパクト前に建造され、混乱期に最も活躍を見せた現存する最大の艦隊と言ってもよいだろう。
人によっては『前時代の遺物』と鼻で笑う者もいるが、対海上戦において今のところこれ以上の装備を備えた艦隊は存在していない。しかし、その装備の有効性も同じ人間が相手という場合に限られていた・・・・・。






「はぁ〜、暇やなぁ〜」
旗艦空母『オーバー・ザ・レインボー』甲板の手すりに肘を突いてボヘ〜っと水平線を眺めているのは、
硬そうな黒髪を短くカットしたアジア系の少年だった。言葉と顔立ちからみて、日本人なのは間違いないと思われる。
「あ、トビウオや」
水面を跳ねる飛魚を見ては緊張感のないことを呟いている。
なぜか黒いジャージを身につけ、白と黒の縞柄のキャップを被っていた。さすがに暑いのか、
ジャージの袖は肘の辺りまで捲くられている。
「暇やなぁ〜。退屈過ぎて、体が鈍ってしまうわ。なんやおもろい事でも起こらへんかいな・・・・・・・」
少年の回りでは、船員達が忙しく立ちまわっていた。
聞こえてくるのは船員達が奏でる喧騒と船のスクリュー音だけ、実に平和な光景である。
「・・・・・・・ん?なんや、あれ・・・・・」
無限に広がるかと思われた空に黒いシミが現れた。トウジは、ドンドン大きくなる黒い物体に気づく。
少年が見守る中、それは旗艦に近づいてきた。
「ヘリや!もしかして、ミサトさんかぁ?!」
ネルフの赤い二分割された無花果のマークを貼った大型輸送ヘリの姿に、トウジは歓喜の声をあげた。
だが、その幸せは続かない。
ヘリのプロペラが巻き起こす風に、被っていた帽子が飛ばされる。
「あ〜〜〜〜!わいのお気に入りがぁ〜」
悲痛な叫びは、着艦体勢にはいった『ミル−55D』がたてる轟音にかき消された。
舞い上がったトウジの帽子は、ヒラヒラと空を舞い海面に滑り落ちていく。
「わいの帽子ぃぃぃぃぃ〜!」
思わず手すりに身を乗り出し、海面に手を伸ばす。しかし、努力虚しく帽子はトウジの手から離れていく。
「あああああああああ〜〜〜〜!」
思わず、悲しみの雄たけびをあげるトウジ。哀れ、としか言いようがなかった。
そんなトウジの小さな不幸には露ほども気づかず、
ミサトとリツコを乗せた『ミル−55D』は、太平洋艦隊の旗艦空母『オーバー・ザ・レインボー』に無事着艦した。
扉が開き、赤いネルフ士官服に身を包んだミサトとスカイブルーのスーツを着こなしたリツコがタラップに姿をあらわす。
ミサトの目に、トウジの背中が映る。
手すりから身を乗り出してジッと海面を眺める少年の様は、哀愁を帯びていた・・・・・・・・・・。
一瞬、ミサトはトウジに声をかけることを躊躇った。
何を理由に彼が落ち込んでいるか分からないが、
今、声をかけるのは得策ではないような気がしたのだ。
だが、挨拶しないわけにはいかない。ミサトは数瞬の間に思考した結果、いつも通りに振る舞うことに決定した。
その間、リツコは我関せずといった態度を通し、風に靡くスカートを気にしていた。
「元気そうじゃない。鈴原君」
はっきりいってどこをどう見たらそんな台詞が出てくるのか分からないが、
ミサトはそういって落ち込んだトウジの背中に声をかけた。
ゆっくりと、首だけを動かしてトウジが後ろを振り向く。
「・・・・・!!」
悲しみに曇っていた顔が、一瞬で喜びに晴れ渡った表情に変わる。
「ミ、ミ、ミサトさぁ〜ん!」
普段より、一オクターブ高い声が甲板に響き渡った。
なんとなく気持ち悪い光景である。
「久しぶり、鈴原君。元気そうでよかったわ」
ニッコリ笑うミサト。
「は、はい!鈴原トウジ、ミ、ミサトはんのためやったらいつでもどこでも元気でありますです!!」
ミサトの笑顔にノックアウト寸前のトウジ。顔を赤く染めて支離滅裂なことを叫んでいる。
帽子のことなどすでに頭のどこにも無いようだ。
「私もいるんだけどね、鈴原君」
リツコはミサトの横から不機嫌そうな声で存在をアピールする。
「・・・・・あ!赤城博士。すんません。お久しぶりです」
どこか別の場所から現実に戻ってくるトウジ。頭を掻いた後、律義に頭を下げる。
その角度は直角と言って良いだろう。
「まあ良いけど。元気そうでよかったわ」
深々と礼をするトウジの姿に、リツコは機嫌を直し、ミサトは苦笑していた。
「ミサト。とりあえず、責任者に挨拶にいくわよ。鈴原君、ブリッジまで案内してくれないかしら」
「は、はい」


















「提督、お久しぶりです。この度はEVA参号機および同パイロットの輸送援助、有り難うございます」
数々の機器に囲まれたブリッジ。
赤色をしたネルフ士官の正装をきっちりと着こなした葛城ミサト一尉と、
目が覚めるような空色のスーツを着た赤木リツコ博士は、
背筋をピンと伸ばした姿勢で、旗艦「オーバー・ザ・レインボー」の艦長マクシミリアン・ホワイル大佐の前に立っていた。
背後には、彼女たちをここまで案内してきたエヴァ参号機専属パイロット・鈴原トウジが「ミサトさん格好ええわ〜」などと小声で呟いている。
マクシミリアンはいかにも海の男、歴戦の勇士といった風格と
凪いだ時の海のような穏やかさを持った初老の域に片足を突っ込んだ軍人だった。
彼は、恰幅の良い身体を椅子にあずけ、パイプを銜えた口元を緩ませながらミサトから書類を受け取った。
パラパラッと分厚い書類に斜め読みで目を通すと、
後ろに控えた茶髪の下士官にその書類を渡し、穏やかな口調で指示を出す。
書類を受け取った士官は、ミサト達に敬礼をしてから、トウジに声をかける。
その言葉にトウジはミサト達とマクシミリアンに一礼してから下士官と共に下がっていった。
どこか未練がましい顔をしていた事は、この際関係ないだろう。
マクシミリアンはブリッジを降りていく彼らの後ろ姿を見送ってからゆっくりと椅子の背もたれに寄りかかると、
ミサトに笑いかけた。
「ひさしぶりだな、ミス葛城。否、もうミセスなのかな?」
実に上手そうに紫煙の煙を吸いながらマクシミリアンはにこやかに挨拶を贈る。
丁寧に整えられたロマンスグレーの髪と、口元の髭が彼を気の良さそうな紳士に見せていた。
このマクシミリアン大佐とミサトは旧知の仲だった。
否、師弟関係といった方が近いかもしれない。
ミサトが第三新東京市に作戦部長として配属される前、研修と評してUN軍に在籍していた時期があった。
その時、彼女の上官として指導してくれたのが、この前にいるマクシミリアン・ホワイル大佐、当時は中佐だった。
ミサトは、彼に幼くして亡くした父の面影を見ていた。
それを知って、知らない振りをしていたのかマクシミリアンは、娘といっても良いほど年の離れたミサトを可愛がり、時には厳しく接した。
「残念ながらまだですわ。艦長」
差し出された手を握り返しながら、ミサトは笑う。
「日本の奴等は何をやっているのだ。こんなに美しい女性をほっとくなど人類の損失ではないか。そうは思わんか?大尉」
マクシミリアンはニコニコ微笑みながら自分の右後方に控えた副官に同意を促す。
「いやですわ。相変わらず口が上手なんですから」
「そうですね。こんなに美しい方なら私が恋人に立候補したいぐらいですよ」
金髪碧眼のなかなかハンサムな青年将校は、上官と同じように微笑みながら同意する。
「わしは、嘘はつかんよ」と笑いながら、つっと横目で隣に立つリツコに目を向けるマクシミリアン。
「ところでそちらの美人は誰なのかね。よければ紹介してもらえないかな」
その言葉に、リツコはオフィシャルな笑顔を唇に浮かべ名乗る。
「赤木リツコです。はじめまして、艦長」
「ひょっとして、Dr.ナオコ・赤木の御息女かね」
マクシミリアンは、友好的に握手を求めながら、少し記憶を手繰り寄せるように眉をあげ、尋ねた。
「はい、母をご存知なのですか?」
数ミリ、リツコの眉が上がった。
「ナオコとは大学時代からの親友なのだよ」
「それは、知りませんでした」
「君が生まれた時、会ったのが最後だったからな。ナオコに似て美人に育った」
「・・・・・・ありがとうございます」


ビービービー


会話と断ち切るけたたましい警報がブリッジに鳴る。
「何事だ」
「艦長!レーダーに未確認物体を発見。応答がありません」
レーダーを監視していたオペレーターが、声に反応するように事態を説明する。
「なに」
マクシミリアンは訝しげに眉間を寄せた。
「識別反応は!?」
ヘンリー少佐が素早く聞く。
ミサト達は黙って控えていた。
「識別反応は・・・・・・・・・・・・不明です」
「相手との距離は?」
「はい・・・・・南西約25マイル、進行速度はおよそ38ノットでこちらに向け進行中です」
「とりあえず、警報を切れ・・・・・・」
考え込むようにパイプに手をやったマクシミリアンが、意見を求めようとミサトの方に顔を向けた瞬間だった。
「ネルフより緊急入電!」
通信兵の声がブリッジに響いた。
「『我、小笠原沖、北緯 34°50′東経142°20′に使徒と思われる物体を発見。
エヴァンゲリオン参号機による殲滅を請う』だそうです」
思わず耳が拒否してしまいそうな内容である。
「何だと!」
「なんですって!!」
マクシミリアンとミサトの声が重なった。


















深い、深い濃紺の海中を高速で進む影がある。
魚のようなホルム。
鯨より更に大きい身体。
縦長な目を光らせ、獲物を見つけたサメのようにそれは急にその進行速度を上げた。




「レーダーから目を離すな!」
副官のジョイスが指示を出す。
にわかにブリッジが騒がしくなった。
「ミサト・・・・・・・・・・・」
「分かっているわ、リツコ」
ブリッジの端に立ち、顔を見合わせるミサトとリツコ。
マクシミリアンは何か考え込むように顎に手を当て、
忙しく飛び交う情報に耳を傾けていたが、やがて、ゆっくりとミサトに呼びかける。
その顔は、先ほどまでの親しげな表情から一転して幾多の困難を乗り越えてきた歴戦の軍人の顔だった。
「・・・葛城一尉。参考までに聞くが、現状の戦力だけで使徒に勝てると思うかね」
「・・・・・・・艦長」
「どうなのかね?」
「対使徒戦では通常兵器による攻撃は通用しません。
使徒に対抗するためにはエヴァによる近接戦闘が最も有効だと思われます」
「そうか・・・・・・。
しかし、我々の任務はエヴァ参号機および同パイロットを無事ネルフ本部に送り届けることだ。
ここで、その任務を放棄するわけにもいくまい」
「しかし、艦長!」
「葛城一尉、数隻護衛につける。
直ちに輸送艦「ゴールデン シープ」に搭乗し、新横須賀港までエヴァ参号機と同パイロットを届けて欲しい」
「な、なにを!」
「なに、我らの装備でも時間稼ぎぐらいは出来るじゃろう」
「しかし・・・・・」
「参号機はB型装備のままだ」
「ですが!」
「我々はここで希望を失うわけにはいかないのだよ、ミス葛城。悲劇は繰り返すべきではない」
穏やかな父親のような顔をしてミサトを諭し、マクシミリアンは再び軍人に戻る。
「各艦、戦闘準備!」
「イエスッサー!」
「艦長・・・・・・・・」

















輸送艦「ゴールデン シープ」は3隻の護衛艦に守られ逃げ出すようにその進行速度を速める。
その背後で、太平洋艦隊は輸送艦を守る壁のごとく凹陣形を組みつつあった。
突然水柱が立ち、フリゲート艦が真ん中からへし折られるようにして沈んで逝く。
白い泡が海を彩る。
「各艦、隊列を組みつつ、任意に迎撃!」
マクシミリアンの声が各艦に伝令されてゆく。
ブリッジが緊迫した空気に染まる。
皆、勝ち目の無い戦いに身を投じていることに気づいていた。
主砲が水面を叩き、水柱を作り出す。
いまだ海面下に身を隠し姿を顕わさない使徒に対し、太平洋艦隊の攻撃は虚しいだけだった。
かつて世界最強の名を縦にした艦隊も使徒に対しては無力である。
それでも、彼らは軍人だった。
セカンドインパクトの悲劇を繰り返さない、その為だけに彼らは今、自らの命を賭け戦いに身を投じようとしていた。









「提督・・・・・・」
輸送艦「ゴールデン シープ」の甲板に立ち、海風に長い髪をなびかせながらミサトは呟く。
その表情は、険しさにきつく結ばれていた。
「・・・ミサト」
リツコは、ミサトの隣に立ち同じように後方で戦闘に入った太平洋艦隊を見つめる。
「葛城一尉、赤城博士。ここは危ないですから、ブリッジにお下がりください」
「どこにいても同じよ」
「しかし・・・・・・・」
「ミサト、ここにいてもしょうがないわ。とりあえずブリッジに行きましょう」








「わいが、出撃します。させてください」
黒いプラグスーツを身に纏い、身体を乗り出して主張するトウジ。
裏に、ミサトに好い所を見せたいといういかにも14歳らしい考えがちらついていた。
拘束された黒いエヴァンゲリオン。
量産型の参号機。
「参号機の準備は出来ているの?」
「あと150秒で可能です。しかし・・・・・」
「何か問題でも?」
「この艦にはエヴァに回すほどの予備電源が無いのです。ぎりぎりまで食わせていますが・・・・」
「・・・・・短期決戦って訳ね」
顎に手を当てて考え込むミサト。
その隣で何やら思案していた赤木リツコ博士だったが、おもむろに尋ねた。
「・・・ネルフ本部に直接回線を開けるかしら?」
「は・・・?」
「出来ないの?」
苛つくように繰り返すリツコ。
「はい、出来ますが・・・・」
「そう、じゃあ、繋げて頂戴」
冷たい声。
完全に、科学者モードに切り替わっていた。
「りょ、了解しました」
慌てて通信士に指示を出す.
ヘッドギアを着けた通信士は、テキパキとその任務を果たし、ネルフ本部・第一発令所に回線をつないだ。
「・・・・・・・どうぞ」
ヘッドギアをリツコに渡しながらその席を譲る。
「ありがとう。青葉君、聞こえる?」
ヘッドギアを受け取ったリツコはそれを左手に持ち、
マイクの部分を口元に近づけながら電波の向こう側の青葉に問いかけた。
「あ、はい。赤木博士」
数瞬の遅れを持って答えが返ってくる。その声は、僅かな緊迫感に彩られていた。
「今、この海域の傍にいる軍事衛星を調べて欲しいの」
「はい、少し待ってください」
「・・・・・・・・・」
「分かりました。現在、米国所有の衛星R09が0078ポイントを通過中。この衛星がそこからもっとも近いです」
「どのくらいでこの上を通過するか分かる?」
「はい、今から約3分後です」
「分かったわ。悪いけど、そのまま回線を繋げておいてくれる」
「分かりました」
持ってきた『MAGI』の端末を猛烈な勢いで叩き始めるリツコ。
鬼のような速さだった。
「まさか、リツコ!」
「MAGIから衛星軌道上にいる衛星にハッキングして使徒に攻撃させるわ」
「できるの?」
「私を誰だと思っているの」
リツコは一瞬目線だけをミサトに向け、小馬鹿にしたように笑った。
その顔を見た次の瞬間、ミサトは通信士に向かって指示と飛ばす。
「マクシミリアン提督に回線を繋いで!」
俄かに、活気づいたブリッジ。コンソロールに食らいついた通信士が急いで「オーバー・ザ・レインボー」に回線を繋いだ。
「・・・・・・・何かね?葛城一尉」
「提督。3分、時間を稼いでもらえませんか?」
「また、とんでもない事でも考え付いたのかね」
その言葉に、ミサトは悪戯を思いついた子供のように口元に笑みを宿した。

















「全艦、横陣隊形をとれ!目標との間に壁を作る」
無線が走る。
「持ってるだけの、水雷を投下!少しでも時間を稼げ!」
無数の水雷が、魚を捕る網のごとく撒き散らされた。
爆音が響く。
水柱が立った。
宙に舞った海水が、宝石のようにキラキラと輝く。
網にかかった獲物が、その姿を曝した。
巨大な鯱。
水面に現れたその巨体に、一瞬、皆が息を呑む。
「エヴァンゲリオン参号機起動!」
ミサトの指令がその、恐怖を破った。
「怯むな!撃てぇーーー!」
マクシミリアンの声が、勇気を鼓舞する。
覆ていた幕を打ち払い、漆黒の鬼神がその目を覚ました。
ゆっくりと、その半身を起こした参号機はぎらつく目を目前の敵に向ける。
「鈴原君、時間を稼ぐ事だけを考えて。B型装備じゃ、海中戦はできないわ」
「分かってます。任せといてください」
参号機は、「ゴールデン・シープ」の甲板に仁王立ちし、
唯一装備されていたプログレッシブ・ナイフを肩部装甲から取り出し、水平に構えた。
巨大な尾鰭を、戦斧のごとく振り回し、使徒は己が回りに集る蝿を追い払うように次々と戦闘機を落として行く。
波打つ海上。
宙に咲いた赤い花が、海の藻くずとして白い花を花開く。
漆黒の固まりが跳んだ。
義経の八双跳びよろしく、護衛艦を足場に参号機が一気に使徒に迫る。
「いけぇぇぇぇぇぇ!」
プログ・ナイフを振りかざし、参号機は使徒の首の付け根辺りに突き刺した。
一瞬、赤い火花が散る。
六角形の波紋が広がった。
だが、使徒が張った微弱なATフィールドは、参号機が展開したATフィールドによって瞬時に中和される。
鮮血が吹き出し、漆黒のエヴァを朱色に染め替えた。
使徒は仰け反るように暴れ、身体の上に乗った参号機を振り落とそうとする。
叩き付けられる海面。
まるで、ロデオだ。
参号機は振り落とされまいとして、食い込んだナイフを握り締める。
「リツコ!まだなの!!」
端末を人間外の速さで打つリツコのとなりでミサトは焦る。
その視界には、巨大な化け物がいる。ミサトは、敵意をむき出しにした眼差しで使徒をその視野に収めていた。
僅かな海面を隔てて『オーバー・ザ・レインボー』ではマクシミリアンが視野に姿を顕わした使徒を睨み付け叫ぶ。
もし、視線で殺せるものなら、この時使徒はは八つ裂きにされていただろう。
リツコが操る端末の画面が緑に光る。
「・・・・・・・ハッキングできたわ」
この時だった、使徒が水雷とミサイルの網を突き破り、「ゴールデン・シープ」に襲い掛かってきたのは・・・・・・。
その身に参号機を乗せたまま、使徒は白い飛沫を起て、巨大な口を開く。
見えるのは、鋭い牙。
全てを噛砕くべく形成された鋭利な剣が、振りかざされた。
目の前に迫った死。
抵抗する術を持たない人間には、希望すら許されないのか。
護衛艦を破砕し、迫る使徒。
殺られる!
ミサトが思った瞬間、使徒の間に立ちはだかった壁が在った。
「全砲門、発射!」
『オーバー・ザ・レインボー』の全砲門が使徒に向けられ、嵐のごとき砲弾が撃ち出される。
海面を打つ弾幕の煙が視界を埋め使徒の姿を隠した。
「リツコ!!」
ミサトが叫んだのと、使徒が『オーバー・ザ・レインボー』に体当たりしたのは同時だった。
リツコの指が、最後のキーを押す。
無音の世界を迷っていた無機質の狩人が目を覚ました。
米国所有の衛星R09。
鋼の狩人は凍てついた目を見開き、獲物を見定める。
合わされる照準。
天空を裂き、走った光の矢。

シュッ!!

空気の割れる音が響く。
使徒を狙ったレーザーは、確実に使徒の左目を貫いた。
正確無比なピンポイント攻撃。
赤い鮮血が、蒼い海を真紅に変えた。
弓反りに仰け反った使徒は、戦斧のような尾鰭で、腹下の甲板を打ち砕く。
衝撃で、参号機が使徒から振り落とされた。
「鈴原君!」
ミサトは、、窓枠から身を乗り出して叫んだ。
「へ、平気です…………」
少しばかりよれたトウジの声が聞こえてきた。
よく見ると、傍の護衛艦の舳先に、その手をかけ、海に沈むのを免れたようだった。
ミサトは、安堵のため息を吐く。
再び走る、烈光の矢。
しかし、降されたプロメテウスの剣は赤い壁によって阻まれた。
滾る光を右目に宿し、使徒は逃げるように海中に身を躍らす。
追いかけるように、走るレーザー。
しかし、それを打ち消す光が天空を駆けた。
「なっ!」
視界を埋め尽くすような閃光。

ピィィィィィィィィィィーーーーーーーーッ!

リツコの端末から、悲鳴のような警告音が鳴り響いた。
「なんなの!」
画面が、赤に染まっている。
慌てて、端末を操作するリツコ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・衛星が殺られたわ」
「な!」
ミサトの絶句した顔。
一体何が起きたのか・・・・・・・?
突然、発せられた神雷。
「どうして・・・・・・・・?」
「分からないわ。データーが足りなさすぎる」
リツコは、端末を操りながらも呟くように言う。
「まあ、いいわ。それよりも、使徒がどこに行ったのか分かる」
「レーダーに反応はないわ。とりあえず、この周辺にはもういないわね」
「そう、どうにか生き延びたわね」
「ええ」
「生存者の回収急いで・・・・・・・・・」
安堵したように、一つ首を振ったミサトは、外の惨事を見つめながら呆然としたままの回りに指示を出した。
マクシミリアン大佐・・・・・・・・無事でいて下さい・・・・・・・・・・。
無意識のうちに、ミサトは胸にかけた十字架を握り締める。
自らを盾にして使徒の前に立ちふさがった母艦は、今、無惨にもその役割を終えようとしていた。
破壊される甲板。
はぜ割れた艦首。
今まで、叩き付けるように送られてきていた無線は運とも寸ともいわず、沈黙を保っていた。





制作手記

「ほぼ、半年ぶりの更新です(T_T)」
「今回は、本当に遅かったね・・・・・・・・・」
「うう・・・」
「本当に逃げたのかと僕は思ったよ。待っていてくれるリリンなんていないんじゃないのかい?」
「うう・・・・・・・・」
「しかも、完結してないじゃないか」
「伏線、伏線(^^;)」
「本当かね〜?」
「うぅ、タブリスがいじめる〜(T_T)」
「ふん!」
「・・・誰か、感想メール下さい」
「まあ、催促されれば更新が早くなることは確かか・・・」


NEXT
ver.-1.00 1998 -07/28公開
ご意見・ご感想は yumi-m@mud.biglobe.ne.jpまで!!





 弓さんの『Canon〜血染めの十字架〜』第五幕、公開です。




 7月下旬の復活ブームに乗って、
 弓さんもカムバック♪


   何が起きているのかしら。



 トウジ大活躍〜

 参号機大活躍〜


 参号機の戦闘シーンって珍しいですよね。

 すごく新鮮でした。



 衛星をも破壊するつおい使徒。


 トウジ、更に活躍しーやー

 参号機、更に活躍しーやー




 さあ、訪問者の皆さん。
 リターンズ。弓さんに感想メールを送りましょう!




めぞんに戻る / TopPageに戻る / [弓]の部屋に戻る