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明日を紡ぐ力

人は、楽園を夢見る


NEON GENESIS EVANGELION ORIGINAL STORY

Canon 〜血染めの十字架〜

第三幕 『それぞれの未来』

第三新東京市。

使徒迎撃のために用意された、人類最後の砦。

初めての使徒の襲来は、この街に甚大なる被害をもたらしていた。

しかし、最も使徒襲来の爪痕を色濃く刻まれていたのは、人々の心だった。

人は、己の力を超えたものに恐怖する。

だが、そんな心の傷を癒す暇もなく、街は再興されてゆく。

総ての傷痕を隠すように。

それは、牙を持たない人間が持つ無力なまでの自衛本能なのかもしれない。

新たな、使徒の襲来に備えて‥‥‥‥。

そして、ジオフロントの一角に、隠されるようにして眠る一人の少年がいた。

少年の名は、碇シンジ。

人々に託された希望を背負う、数少ない子供の一人であった。











無駄を一切排し、無機的なまでに機能だけを追求した病室。

その病室に、シンジは一人眠っていた。

14歳にしては、どこかあどけない黒い瞳を目蓋で閉ざし、シンジは眠る。

そこに存在するものは、空調が奏でる微かな音だけだった。


シュッ


静かな駆動音をたて、病室と外界を繋ぐ扉が開いた。

その先に、佇んでいたものは、真っ白な病院の寝間着を着ていた。その風情は、今にもその場の空気に溶け込んでしまいそうだった。

ギブスで固定した右腕を、胸の前で吊るし、額に真っ白な包帯を巻いた少女は、無言のまま、シンジの眠るベットの脇にまで歩んでいった。

赤い眼差しを、死んだように眠るシンジに向け、少女は佇む。

その視線は、どこか、この病室に似た無機的なものを感じさせたが、もし、この場に他人がいたら、そこにわずかに篭もった温かさに気づいただろうか。

ただ、なにか他人が割り込めない雰囲気が、病室を満たしていた。

少女は、どのぐらいの時間、少年の寝顔を見つめていただろう。それは僅かなものだったかもしれない。また、空が赤く染まり、月がその座を占めるぐらいの間だったのかもしれない。

やがて、少女は自然な動きでその眼差しをシンジから外した。

壁一面に取られた窓から、黄昏の光が入り込む。

そして、入ってきた時と同じように、無言のまま、病室を出て行った。

再び、音を立てて、扉が、シンジと外界を遮断する。

レイが閉ざした扉の音に刺激されたように、今まで目蓋を閉ざしていたシンジに変化が現れる。

まるで、レイの姿を追うかのように、シンジの目蓋が開かれた。

黒い瞳が、まだ夢を宿したようにうっすらと揺れる。

「…ここは?」

目に映るのは見知らぬ、白い天井。

染み一つない天井は、清潔でいて、どこか人を不安にさせる冷たさを醸し出していた。

「知らない天井だ‥‥‥‥」

力なくつぶやくと、シンジは、再び深い眠りの縁に落ちていった。

白い病室に、一人、少年が眠る。

これから始まる、過酷な運命にあがらうかのように‥‥‥‥‥‥‥‥。















エヴァンゲリオン格納庫、第7ケージの一角。

『零号機』,『初号機』,『弐号機』、現在、ネルフ本部が所有する各エヴァンゲリオンが拘束具に囚われ、沈黙している。

その回りでは、忙しくエヴァを整備する作業員達の姿が見られた。

ところどころ、分厚い包帯で覆われた赤い機体を見上げていたリツコが、隣でファイルをめくっているマヤの方を向いた。

「これはもうだめね」

「そうですね。中枢回路にまで損傷が及んでます」

「それじゃあ、弐号機は修理できないってこと?」

柵に腕をかけて甲斐甲斐しく作業員達が働く光景を眺めていたミサトが、いまいち不安を含んだ表情で振り返った。

「出来ない訳ではないけど、ここまで損害が大きかったら始めっから組み直した方が早いわね」

リツコは厳しい顔をしたまま答える。

「そう」

ミサトは、背中を柵にもたせ掛ける。両肘は、体を支えるように柵の上に乗っていた。

「新しく、生体部品を申請するしかないわ。時間がかかるわね」

「‥‥‥‥」

ミサトは机の上に山積みされた抗議文、そして被害請求書の山々を思い浮かべた。

しかし、残務処理の書類らに悩まされるのも、人が生き残ることに成功した証だと思えば甘受するしかないだろう。

だが、ここで弐号機が戦線を離脱するのは痛かった。

ミサトは苦笑いを浮かべる。何時、次の使徒が襲来するかは、予想がつかないのだから‥‥‥‥‥。

「先輩。ドイツ支部で建造中の四号機のパーツを、流用させてもらえないでしょうか」

隣で損害を計上していたマヤが、リツコに尋ねた。

その言葉に、リツコは僅かに眉を寄せて考え込む。

「そうね。碇司令に頼んで試るわ。マヤ、書類の方、作ってもらえる?」

「はい」

「ねえ、いいの?」

黙って聞いていたミサトは、首をかしげる。

「かまわないと思うわ。四号機の適格者は、今、居ないもの」

「え?」

一瞬、沈黙が落ちた。

「何でもないわ‥‥‥‥‥」

再び、リツコは傷だらけの弐号機を見上げる。

「そうね、四号機の部品が使えるんなら、弐号機の改修はドイツでやった方がいいかもしれないわ。マヤ、そっちの方の処理もお願いして良いかしら?」

「分かりました。先輩」

リツコとマヤは弐号機の改装準備の話を進めていく。専門外のミサトは黙ってその話を聞いている。

「ミサト」

「分かっているわ。アスカには私の方から話をしておくから。ねえ、リツコ。そういえば、零号機と初号機方は、改修しなくっても大丈夫なの?」

「それなら平気よ。マヤ」

「はい。零号機は装甲の37%に亀裂、16%に破損が見られますが内部の機能中枢は無事です。これですと、装甲を替えるだけでいいので、問題ありません。初号機は、装甲の表層部分が焼け爛れただけで、ほかに多大な損傷は見られません」

「え、損傷が見られないって‥‥‥」

使徒の光の槍によって打ち抜かれた、初号機の右目。

飛沫を上げ、滴り落ちた、真っ赤な鮮血。

「だって、あの時初号機の眼は使徒によって打ち抜かれていたはずよ!」

ミサトは、声を大にしていう。

「‥‥‥おそらく、自己修復したのよ」

リツコはボソッと呟くと、マヤに後処理を任せ、ミサトを目で促してケージを後にした。















場所は移り、リツコの研究室。

煎れたてのコーヒーを、自分とミサト用のマグカップに注ぐ。

白い湯気がモウモウとたつ。リツコは、「熱いわよ」と注意しながら、コーヒーをミサトに渡した。

「あ、熱っ!!」

受け取ったコーヒーに、至福の表情で口をつけたミサトは、次の瞬間顔をしかめた。慌てて火傷した舌を出して、手で煽る。

リツコは、あきれたように、その見慣れた光景を眺める。

コーヒーを一口のみ、軽く笑みを浮かべたリツコの指が、軽やかにコンソロールを叩く。

そして、その指示通りに目の前の画面が『使徒』対『初号機』の戦闘風景を再生した。

「ミサト、これを見て」

火傷した舌に顔をしかめていたミサトは、リツコの言葉に、再生された画面を覗き込んだ。

使徒の光の槍に右目を打ち抜かれ、初号機は、兵装ビルに叩き付けられていた。

僅かな沈黙。

そして、顎部ジョイントを引き千切り、獣のごとく叫び声をあげる初号機。

初号機の声に迎合する様に、空気が震撼する。

ミサト、そしてリツコは、この時、初号機が暴走したのかと思った。

確かに、初号機のシンクログラフはマイナスのままだったのだ。リツコに言わせれば、理論上ありえないはずのことだった。

地を切り裂き、空を貫くような初号機の叫び、次の瞬間、初号機の姿は、そこに無かった。

見失った初号機を追うように、カメラが切り替わる。

血に染まった月を背に、初号機のシルエットが舞う。

だれも教えていないのに、あらかじめ知っていたかのように使徒の光球を攻撃する。

当たり前のことのように、ATフィールドを展開し、使徒の光砲を弾き返す。

初号機の反応は、リツコ、ミサトの予想を越えていた。

そして、初号機を道ずれに自爆する使徒。

その爆発は、マギの計測から、UN軍所有のN2爆雷の数倍の威力に匹敵するものだった。

助からない。

そう、だれもが思った。

だが、初号機は、再び皆の目の前に現れた。

真っ赤に染まった爆炎の中から生還した初号機は、禍禍しく隻眼を光らせていた。

このまま、エヴァが使徒に変わって人を滅ぼすのではないか。そんな疑問が、見た人すべての脳裏によぎった。しかし、その不安は杞憂に終わる。煉獄の中から現れた初号機は、再び動き出すこと無く、その後、沈黙を守ったのだった。

「ここよ」

リツコが指す。

数値上、完全に沈黙した初号機の顔を覆っていた装甲が、与えられた過重に耐え切れられず剥がれ落ちた。

この時、カメラは、乾いて固まった血に覆われ、完全に潰れた初号機の右目を捕らえていた。

クルン!

まるで、眼球がひっくり返るように右の目が再生した。

肉が盛り上がり、再びその目に光が宿る。

「え?」

ミサトは、覗き込むように画面を見つめた。

そこには、左目とまったく変わりない様に右目が存在する。

「再生したのよ。おそらく、これと同等の事が、秒単位で初号機の機体に起こったと考えられるわ」

「す、凄い‥‥‥‥」

一瞬の出来事に絶句するミサト。

「ミサト‥‥‥‥、シンジ君の様子はどうなっているの?」

沈黙した初号機から救出された時、シンジは、気絶していた。検査の結果、精神汚染は認められず、身体のどこにも傷は負っていなかった。よって、シンジは、過度の神経負担による昏睡とみなされネルフ内の病院で、治療を受けていた。

すでに丸三日、シンジは眠りつづけている。

「一度、意識が戻ったらしいわ。まあ、その後すぐにまた眠っちゃたらしいけど」

シンジが眠る病室には、24時間体制で監視カメラが回っていた。

「そう。脳神経に相当の負担がかかったはずだもの‥‥‥‥、でも、一度意識が戻ったのなら大丈夫ね」

一口啜ったコーヒーが冷めていた事に気づき、リツコは、まずそうに顔をしかめた。

「『ココロ』にでしょ」

あきれ口調で突っ込むミサト。

「まあ、初めてだったんだもの、しょうがないわ。アスカとレイの方は明後日には退院だし、ともかく、みんな無事でよかったわ」

倒壊したビル、

破壊された街並み、

発表された公式記録、
『軽傷者:2487名』

『重傷者:187名』

『死亡者:0名』















真っ暗な闇に閉ざされた一室。

影から世界を操る、常闇の世界。

突然、薄明かりが点いた。

その光源はどこか分からず、まるで、部屋そのものが光っている様子だった。

おぼろげな明かりの中、鈍いスポットライトを当てたかのように人物が浮かび上がってきた。

技術の粋を集めた、ホログラム映像。

暗赤の色眼鏡でその目を隠し、口元で組んだ手が唇に浮かんだ嘲笑を隠した一人の中年の男がいる。その周りを、5つの黒いモノリスが囲んでいた。

『SEELE』

世界を裏から支配する、罪に塗れた権力者達。

「碇。ネルフとエヴァ、もう少し上手く使えんのかね?」

『02』と表示されたモノリスが問う。

その声は、しわがれた老人のものだった。

「そうだ、君らが初陣で壊した零号機、弐号機の修理代、及び、兵装ビルの補修‥‥‥。国が一つ傾くよ」

「おもちゃに金をつぎ込むのもいいが、我々の財力も、無尽蔵というわけではないのだよ」

次々に『04』,『05』と表示されたモノリスがゲンドウに皮肉をいう。

ゲンドウの表情は、何も変化しない。

「例の初号機。君の息子に与えたそうではないか。大丈夫なのかね?再び、10年前のような事が起きては困るのだよ」

『03』のモノリスが、追求する。

ゲンドウは無言のまま、かけられる圧力など、微塵にも感じていないかのようだった。

「そうだ。それに肝心のことを忘れては困る。君の仕事は、使徒の迎撃、それだけではないだろう?」

「左様!『人類補完計画』。我々にとって、この計画こそが、この絶望下における、唯一の希望なのだよ」

今まで沈黙を守っていた『01』と表示されたモノリスが言う。

そこに込められたプレシャーは、他のモノリス達の比ではなかった。

人を支配することを当然とした態度と口調。

それを裏付けるだけの力。

『キール・ローレンツ』

SEELEの議長を務める老人。

「―――承知しております」

ゲンドウの前に映し出された極秘ファイル。

そこには、『人類補完計画 〜第17次中間報告〜』とあった。

「いずれにせよ、使徒再来によるスケジュールの遅れは認められない。予算については、一考しよう」

人類は、来るべき時まで生き延びなければならない。

そのための資金は用意されるだろう。

たとえ、その為に貧しい国家が餓死による死者を出しても‥‥‥‥‥‥。

「情報操作の方はどうなっている」

真実は一部の人間が知っていれば良い事だった。

「ご安心を。その件については、すでに対処済みです」

ゲンドウは、表情すら変えず、事務を処理するかのように答えた。















ミーーーーーン ンミ

ミーーーーン ンミ

ジジジジジジッ

蝉が鳴く。

ジオフロント

閉じられた世界の中で、偽りの夏が再現されていた。

「‥‥‥‥のニュースをお伝えします。先日未明の第三新東京市での爆発事故について、政府の見解は某テロ組織によるものと‥‥‥なお‥‥‥‥‥」

映し出される、爆心地の映像。

――――――エヴァや使徒のことについて、一言もふれない。

「…バッカみたい」

病院ロビーのTVから流れるキャスターの言葉に、アスカは吐き捨てるように呟く。

ロビーに人影はない。

アスカは、赤みの強いブロンドの髪をかきあげた。

採光の良いロビーで、髪自体が輝くかのようにキラキラと光を反射する。

その様子は、アスカの整った面差しとあいまって、さながらロココ調の名画のようだった。

「アスカ。もう大丈夫なのか?」

「加持さん!」

無精ひげを生やした、どこか飄々とした男が自動ドアを潜って現れた。

いつも通り、よれよれのスーツをだらしなく着こなし、人好きのする微笑みを浮かべている。

「もっちろん。当ったり前よ」

アスカは、不景気そうな顔を一瞬にして天使もかくやの笑顔に変えた。

暗い色を浮かべていた青い瞳は、強気な明るさを取り戻す。

小走りで、加持の傍に駆け寄る。そして、まとわりつくように加持の腕に、自分の腕を絡ませた。

「四日もベットに縛り付けられて、体が鈍っちゃったわ」

加持の腕に頬を摺り寄せながら、アスカは、加持に甘える。

「その元気なら、大丈夫そうだな」

苦笑しながら、加持はアスカのしたいままにさせていた。

しばらく、アスカは加持の腕を取ってにこやかにしていたが、不意に顔をうつむかせた。

「どうした?アスカ」

「…ねぇ、加持さん。‥‥‥使徒、誰が倒したの?」

アスカの脳裏に、光の槍を操る第三使徒の姿が浮かんだ。

何も出来なかった‥‥‥‥‥。

アスカのプライドは傷つけられていた。

なんの役にも立たなかった‥‥‥‥‥。

「…使徒は、初号機が倒した」

「え?だ、だって初号機を動かせる人間はいないって」

アスカは、うつむいていた顔を上げ、加持を見上げる。

いつのまにか、組んでいた腕は解けている。

「サードチルドレン。五日日前、正規に登録された。アスカと同じ14歳の子供だ」

「サード‥‥‥‥‥。五日前って!!」

「ああ、そうだ。彼はなんの訓練も無しに初号機を起動させたんだ‥‥‥」

「‥‥‥うそ」

「今、この病院に入院している。会ってみるか?」

加持は、アスカを気遣うように言葉をかける。

「‥‥‥‥‥‥」

アスカは、再びうつむいていた。

時折、かすかにその肩が震えている。

あたしとファースト、二人がかりで倒せなかった使徒を、たった一人で倒した奴。

しかも、なんの訓練も受けずに!

一体、どんな奴なの‥‥‥‥‥?

「アスカ!迎えにきたわよ」

ロビーのドアが勢いよく開く。

そこから、ミサトが颯爽と現れた。

赤いネルフの士官服を身に纏い、ミニスカートにもかかわらず、大股で近づいてくる。

「よぉ、葛城」

加持は、軽口でミサトを迎える。

「加持?なんであんたこんな所にいるのよ。仕事はどうしたのよ!」

ミサトは、眉尻をあげ加持に言う。

その言葉の内容ほど、口調には刺がない。

それは、仲の良い者たちがじゃれあうようなものだった。

「まあ、俺は、シンジ君のお見舞いにだな‥‥‥」

「なにいってるのよ!」

「なにをそんなに怒ってるんだ?」

「怒ってなんかいないわよ!!」

「ミサト?」

置いていかれた形になったアスカは、ミサトの袖を引っ張る。

ミサトは、気づかない。

アスカは、無視されたことに、思わず頬を膨らませる。

「ミーサートーーーーッ!!」

腹の底から出した低い声が、ミサトの鼓膜を直撃した。

振り向いた先にアスカの顔がある。

怒りに、目を眇めた顔が‥‥‥‥‥‥。なまじ、顔の整った美少女なだけに、一度険を帯びるとかなりの迫力だった。

「あ、アスカ。ごめーーん」

ミサトは思わず両手を合わせる。

「アスカ、あなたを迎えにきたのよ」

そして、誤魔化すように早口で用件を告げる。すでに、ミサトの頭に加持のことはない。

「それはさっき聞いたわ」

頬を膨らませたまま、アスカは言う。

「先の戦闘で大破した弐号機の修理を、ドイツですることになったの」

ミサトは、アスカを宥めるように、作り笑いを浮かべる。

その笑みが、さらにアスカの気に障ったのだが、ミサトの発言内容に、思わずアスカは声を高くする。

「え、えぇぇぇぇ!!」

「だから、あなたにもドイツについてってもらうわ」

「な、なんで!」

「弐号機は、完全改修するわ。当然、パイロットに合わせた調整が必要になるでしょ?」

ミサトは説き伏せるように言う。

「それはそうだけど‥‥‥。何で、ドイツなのよ!」

「それは、弐号機の改修に四号機のパーツを流用させてもらうからよ」

「…わかったわ。それでいつ行くの?」

「明日よ」

「あ、明日ーーーー!」

アスカの叫びが、病院のロビーに木霊した。















「…はっ はっ はっ」

シンジは、走っていた。

光のない、暗闇の中を。

何かから逃れようと‥‥‥‥‥‥。

時折、後ろを振り向いては、追いつかれていないか確認する。

その行為が、より強く恐怖を感じさせていることも気づかず、息を乱し、シンジは闇を駆け抜ける。

「はっ はっ はっ、!!!」

闇が途切れた。

奈落の底に、微かな光。

シンジは、立ち止まる。

二つの光が、シンジの傍による。

無意識に、シンジは光に手を伸ばした。

光とシンジが触れ合った瞬間、世界がフラッシュした。

「!!!!!」

眩しさに、思わずシンジは腕をかざした。



戻らない記憶。

夢は、潜在意識の具現。

今はまだ、闇に潜みし、真実。















「はっ!!」

窓から、黄昏に染まった光が入り込む。

その光は、ちょうどシンジの顔に、影を作っていた。

「目が覚めたかい?」

「…加持さん?」

まだ、夢見がちな眼差しを横に向ける。 そこでは、ベットの脇で、加持がりんごを剥いていた。

シンジは、起き上がろうと腕に力を込めた。しかし、うまく力が入らない。身体が、ふらりとよろめいた。

「まだ、無理をするな。丸5日も眠っていたんぞ」

加持は、さりげなくシンジを支え、背元にクッションを入れ、ゆっくりとその上半身を起こしてやった。

「え?」

シンジは加持に支えられ、クッションにもたれかかる。

「五日間?」

「そうだ。シンジ君は使徒を倒した後、ずっと眠っていたんだ」

「‥‥‥‥夢じゃなかったんだ」

シンジは、じっと腿の上に置いた手を見つめた。

加持は黙ってその様子を見つめ、手は、器用にりんごを剥いている。

『エヴァンゲリオン』

僕が動かした‥‥‥‥‥?

紫色の鬼

懐かしさを感じたもの

どうして‥‥‥‥‥?

覚えていない

『使徒』

人を滅ぼすもの

僕が倒した?

‥‥‥覚えていない

なぜ?

死にたくない

そう思った

あの時‥‥‥‥‥

「…ジ君、シンジ君」

加持の声が、シンジを思考の海から引き揚げた。

「え?は、はい?」

「シンジ君。りんご、食べないかい」

そう言って加持は、皿の上に載せたりんごをシンジに差し出した。

「あ、ありがとうございま‥‥‥‥‥す」

シンジは差し出されたりんごを見た。それは、器用にも、ウサギの形に剥かれていた。

「かわいいだろ?」

加持はニヤっと笑った。

「‥‥‥‥‥」

シンジは無言で、りんごを口に運んだ。


シャリッ


僅かに開けられた窓から吹く風が、シンジの髪を揺らした。

加持は黙ってその光景を眺めていた。

「…加持さん。あ、あの‥‥‥」

「なんだい?」

「僕が使徒を倒したって、本当ですか?」

「ああ、本当さ」

「‥‥‥‥」

「シンジ君‥‥‥」

りんごを食べる手を止め、シンジはうつむく。

「ぼく、これからどうなるんですか」

僅かな沈黙の後、シンジは呟いた。

加持は、表情を消した。

「…おそらく、エヴァのパイロットとして、ここに滞在してもらうことになるだろう」

それは、推測の形をとった答えだったが、確実に迎える未来の形であることを加持は知っていた。

起動確立0,000000001%といわれた初号機を動かしたのだ。ネルフが、彼を手放すはずはなかった。

「そうですか‥‥‥」

父さん‥‥‥









続く
ver.-1.01 1998+01/16修正
ver.-1.00 1997-12/24公開
ご意見・ご感想は yumi-m@mud.biglobe.ne.jp まで!!



 弓さんのCanon〜血染めの十字架〜』第三幕、公開です。
 

 無事使徒を倒した、
 チルドレン達の心には−−−
 

 プライドが傷付いたアスカ、
 不安に揺れるシンジ、
 

 EVAの方も
 大きな傷が。

 アスカちゃん、ドイツに行っちゃうのね(;;)

 

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 弓さんにクリスマスプレゼントを贈りましょう!


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