「終焉の果てに」第拾四話 ウォッシュ・ブレイン
「碇司令、碇博士、本当によろしいんですね。」
リツコが最後の確認を取る。
「時間がない、やりたまえ。」
「赤木博士、お願いします。」
ゲンドウとユイは、供に無表情だった。無理矢理感情を殺しているかのように見える。二人だけでなく、今この場にいる全員が同じ表情をしていた。この場でどういう表情をすればいいか分かる者などいなかった。当然だろう、子供達の為に戦うと言いながら、その子供を戦場に送り出そうとしている。一度、傷つきボロボロになった子供を洗脳し、また戦場に送り出す。理由はあった。「全人類のため。」
そのために、人として許されない行為をしようとしている自分たち。
「LCL注水します。」
マヤの事務的な声が響く。
彼女は悩んだ。シンジを洗脳すると聞いた時に。その理由の説明も受けた、そして他に方法がないことも聞いた。どうしようもないことだった。二者択一、シンジを洗脳して初号機で戦わせるか、もう一度人類補完計画を起こさせるか。どのみち、選択は一つしかない、シンジを洗脳すること、それだけしかなかった。そして、それから逃げられないことも分かっていた。周りを非難すればいい、しかしそれは自分だけ逃げ、他人に責任を押しつけていることだと分かっている。彼女は決断した、自分が汚れることを。
「LCL注水完了。」
シンジは薬で眠らされ、エントリープラグに入れられている。初号機と強制シンクロした後、MAGIから偽の記憶が送り込まれる。それを、シンジの記憶に上書きをする。ずいぶん荒っぽいやり方だったが、時間がないためやむを得なかった。
人間の性格は、過去の経験で構成されている。全てが、そうでもないが、性格形成には過去の経験は、かなりのウエイトをしめる。
シンジには、両親のある家庭で育ち、エヴァのパイロットとして訓練を受けてきた記憶が流し込まれる。現在は、ミサトの家で同じエヴァのパイロットであるアスカと、協調性を高めるという目的で暮らしている。アスカとは、戦友であり、幼なじみであり、恋人同士でもある。これは、エヴァとシンクロするA10神経が、愛情などを司るため、愛する者を守るために戦うとき、シンクロ率が上がることが分かっているからだ。このために、アスカとは恋人同士という記憶が植え付けられた。また、レイは妹として記憶されている。家族同士は深い愛情で結ばれている。この記憶の中でのシンジは、恋人、家族、友人達を守るためエヴァに誇りを持って乗っていた。また、シンジの記憶の中には、フィフスチルドレンの渚カヲルは、いない。トウジの足もエヴァの実験中に無くしたものとされ、シンジがやったのではないとされていた。
「強制シンクロ開始します。」
初号機とシンジに負荷をかけ、強制的にシンクロをさす。危険な行為だが時間があまりにもなかった。
初号機の暴走を引き起こしかねなかった。
「シンクロ率上昇
……40%
……50%
……60%
……70%
……80%
シンクロ率83%で安定しました。
ハーモニクス全て正常です。」
一瞬、全員に安堵の表情が見えた。
「MAGIからデータを流して。」
リツコの一言で、マヤはキーボードを叩く。
「疑似記憶の注入を始めます。」
最後のボタンを押す。
その瞬間、シンジの絶叫が響きわたる。
そこにいる大人全員を恨むかのような叫び。
誰もが耳を押さえたくなる。しかし誰も自分の耳を塞ごうとはしない、この叫びは聞かなければならないモノ、自分たちが犯している罪の叫びだった。
「現在、注入率
50%
60%
70%
80%
90%
100%
全ての記憶が、注入されました。」
「シンクロ、カットして。」
「初号機とのシンクロを切断します。」
シンジは、プラグ内で呆けたように中を見ている。
「サードチルドレンを回収。
レベル3の実験室へ運んで。」
「成功したのか。」
ゲンドウの重い声が響きわたる。
「分かりません。これから、記憶の安定処理を行います。かなり強引な方法でしたので、旨く安定するかどうか……」
リツコにしては、自身のない答えだ。記憶の上に記憶を無理矢理上書きしたので、脳がもつかどうかが分からない。
「成功させろ。なんとしてもだ。」
「はい。」
「初号機の発信準備も急いで行え。」
「はい。」
モニターから、シンジを運び出す映像が流れる。
「マヤ、後お願い。」
「分かりました。」
「冬月先生、後を頼みます。」
「すいません冬月先生。」
「ああ………」
そう言い残して、リツコ、ゲンドウ、ユイの三人は、シンジの元へと向かった。
静寂に包まれた、発令所の中にミサトの呟きが響く。
「…………シンジ君…………」
病室のベットの上にシンジは横たわっていた。
記憶の安定処理は成功した。
シンジは怪我をしたという事でベットに寝かされていた。
ベットの側にはユイがいる。せめてもの罪滅ぼしに………
シンジの瞼が僅かに動く。
「…………んっ……何処………母さん…」
「おはよう、シンジ。」
「んっ。おはよう、母さん。ところで、ここは……」
「病室よ。シンジ前の戦闘で怪我したでしょ。」
「……ああ…そうだった!
…………ところで母さん、アスカは?」
「アスカちゃんなら、今お母さんの所に行ってるわ。」
「ふ〜ん。いつもならアスカがいてくれるのに、今日は母さんなんだね。」
シンジの中では、怪我をしたときはいつもアスカがいてくれた。
シンジが目覚めるまで、心配そうな顔をしてシンジの顔を見つめている。
シンジが起きると、照れ隠しのためか強がりを言って、虚勢を張っているアスカ。
でも、時々目が赤くなっているのをシンジは知っていた。
優しくて、心配がり屋で、素直じゃないアスカ。
シンジは、そんなアスカが大好きだった。
一度、狸寝入りをして、アスカのことをからかってみたことがあった。
大したことの無い怪我だったが、何度アスカが呼びかけても起きようとせず、ひたすら寝た振りを続けた。
アスカが最後に泣きだして、あわててシンジは飛び起きた。
最初は泣いていたアスカだったが、自分が担がれた事を知ると、キレた。
その後、シンジは二度とアスカを騙さないないようにしようと、病院のベットで誓ったのだった。
「なんだか、キョウコさん具合が悪くてね。それでアスカちゃんがついてるの。」
「そうなんだ……キョウコおばさん大丈夫なの?」
「ええ、大したことはないの。」
「ふふ、アスカはママが大好きだからね。」
シンジは優しく微笑む。
その笑顔を見ると、ユイの胸は締め付けられる。
『………シンジ………ごめんね。こんなお母さんで、ごめんね。』
「シンジはお母さんより、アスカちゃんにいてもらいたかったんじゃないの?」
顔が見る見る間に赤くなるシンジ。
「な、な、なに言ってんだよ!母さん!」
「いいのよ、シンジ。好きな人にずっと側にいて欲しいと思うのは、当たり前なんだから。
だからシンジも何があってもアスカちゃんの側にいてあげなさい。ずっとよ。」
ユイは優しくシンジに言い聞かせた。
「わ、分かったよ。からかわないでよ、もう。」
「シンジがあんまり可愛いから、ごめんね。」
ユイは思わずシンジを抱きしめた。
「苦しいよ母さん。急にどうしたの?。」
「何でもないわよ。」
『私の可愛いシンジ……
もう、シンジを抱けるのもこれが最後かもしれない……
この子は私を許してくれないかもしれない……
優しい子……
こんなになっても、人のことを心配する。
神様!どうかこの子を幸せにしてください!
私の幸せを全てこの子にあげてください!』
ユイはゆっくりとシンジを離した。
ユイの表情が引き締まる。母親の表情から、シンジの上司への表情と変わった。
「ところで、シンジ。」
シンジもそのことに気付く。母がこういう顔をするときは、仕事の話だ。
「なに母さん?」
「ゼーレが進攻してくるわ。
敵は、量産型エヴァンゲリオン。」
「………ついに来たんだね。」
シンジの記憶の中では、第十七使徒を倒した後、ゼーレの押し進める人類補完計画を阻止するためにゲンドウ以下ネルフの面々は、ゼーレより袂を分けた。今までは、ネルフとゼーレの情報戦が繰り広げられていた。それが、ついにゼーレが実力行使に来たということだった。
「母さん、この戦いは負けられないんだろ。
僕は必ず勝つよ。
アスカを、レイを、母さんを、父さんを、ミサトさんを、みんなを守るために必ず勝つ。
それが今まで、僕がエヴァに乗ってきた理由だから。」
シンジの瞳に強い意志が現れる。
「母さん、アスカの弐号機はまだ出られないんだろ?」
「そうよ。」
「よかったかもしれない……
敵が、エヴァと言う事はパイロットが乗っているんだろ。
アスカの手を血で汚したくないんだ。
僕が汚れればいい。
僕が守らなくちゃいけない。」
「シンジ………」
「いいんだ。それになるべく、敵のパイロットを殺さないようにする。」
「シンジの決意は分かったわ。頑張ってらっしゃい。」
「頑張ってくるよ。それと一つお願いがあるんだ。」
「なに?」
「アスカには言わないで欲しい。
アスカはどんなことをしても弐号機で出ようとするだろうから。
お願いだよ、母さん。」
「分かった。アスカちゃんには戦闘が終わるまで、何も言わない。
そのかわり、生きて帰ってくるのよ。」
「生きて帰るよ、母さん。」
ユイはもう一度、シンジを抱きしめた。
『私は息子を洗脳してもう一度戦場に送り出そうとしている、最低の母親だ。』
シンジを抱きしめながら、ユイは自分を蔑んだ。
「さあ、そろそろ行きましょう。プラグスーツは、持ってきているわ。ここで着替えなさい。」
「……いいけど、ちょっと母さん外に出てよ。」
「あら、恥ずかしいの?」
「当たり前じゃないか。外で待っててよ。」
「はいはい。」
そう言い残して、ユイは外に出た。
ユイは壁にもたれかかれ、シンジを待つ。
彼女の脳裏には、幼い日々のシンジが駆けめぐった。彼女は運命を呪った。自分たちにこんな事をさせるゼーレを呪った。そして何より自分自身を呪った。
病室のドアが開きシンジが現れる。
「おまたせ。」
プラグスーツの息子は凛々しかった、ユイは少しだけ嬉しかった。
「行きましょうか。」
「行こう。」
二人は第一発令所を目指して歩いていった。
戦場に息子を送り出す母親と、戦場へと旅立つ息子の後ろ姿だった。
その頃、第一発令所は慌ただしかった。
ゼーレのエヴァ四機がついに確認されたからだ。
「日向君、敵の現在位置は。」
「南南東、150km。高度1500mを飛行中です。」
「市民の避難状況は。」
「現在、非難率100%。全市民はシェルターに非難しています。」
そして、シンジとユイが現れた。
「ミサトさん!状況は。」
「シンジ君。」
ミサトの脳裏にシンジの笑顔が浮かぶが、しかし、今はそんな時ではなかった。
「敵のエヴァは四体、既にこちらに向かっているわ。急いで初号機を出すわよ。」
「分かりました。」
ゲンドウは、初号機のゲージへと向かおうとするシンジを呼び止めた。
「シンジ、必ず生きて帰ってこい。命令だ。」
「分かったよ。父さん、必ず帰ってくるよ。」
シンジは笑顔を残し、初号機の元へと向かった。
発令所の全員は、シンジの無事を祈った。せめてもの罪滅ぼしのために………
「敵性エヴァンゲリオン、本部上空に到達しました。」
マコトの緊張を帯びた声が、静寂を破る。
四体の白いエヴァは、天使のように翼を広げ第三新東京市上空を飛んでいた。
「サードチルドレン、エントリープラグに搭乗しました。」
シンジの決意のこもった顔がモニターに映し出される。
「エントリープラグ挿入。」
「エントリープラグ挿入完了。」
「LCLを注入して。」
「LCL注入完了。」
「A10神経接続開始。
ハーモニクス全て正常値。
各部神経接続終了。
シンクロ率…すごい…96%…
絶対境界線突破します。
パルス正常。
初号機起動します。」
「先輩、すごいシンクロ率ですね。」
マヤの声には驚愕の色が伺えた。
「当然よ。シンジ君は、サードインパクト時に初号機と一体となっているから……」
リツコは、どことなく冷めた声でマヤに答える。
そして、ミサトの指示が飛んだ。
「発進準備。」
「第1ロックボルト外せ」
「回路確認」
「アンビリカルブリッジ移動開始」
「第2ロックボルト外せ」
「第1拘束具除去」
同じく、第2拘束具を除去
1番から15番までの安全装置を解除
S2機関、以上ありません。」
「了解。エヴァ初号機射出口へ。」
「進路クリア。オールグリーン。」
発進準備が整った中、モニターの中のシンジが微笑む。
「じゃあ、戦ってきます。」
みんながそれに答える。
「頑張って、シンジ君。」
「頑張りなさい、シンジ君。」
「頑張ってきなさい、シンジ。」
「頑張れ、シンジ。」
「頑張るんだぞ、シンジ君。」
「頑張ってね、シンジ君。」
「頑張れよ、シンジ君。」
「頑張れ、シンジ君。」
みんなの声援を受け、嬉しそうにシンジは微笑む。
「はい!」
ひときわ大きな返事が発令所に響いた。
ミサトは、ゲンドウの方を振り向くと、ゲンドウとユイは小さく頷いた。
「エヴァ初号機発進!」
なんだかどうしようもない方向へ進んでいる気が………
これからどうなって行くんでしょう。
俺にも分かりません。
だんだん、書くスピードが落ちてきているので、拾伍話はしばらくかかるかもしれません、ごめんなさい。
でわ、次回「第拾伍話 敵」で、お会いしましょう。
佐門さんの『』第14話、公開です。
どんどん後戻りが出来なくなって行っちゃいますね・・・。
戦闘が終わった後、
シンジはどうなるんでしょう?
下に押し込められた記憶が表層に出てきたとき、
シンジはどうなっちゃうんでしょう?
真実を知ったとき、
シンジはどうなっちゃうんでしょう?
今はまず。
とにかく生き延びること。
これでしょうか・・・。
さあ、訪問者の皆さん。
感想を送りましょう! 佐門さんに!