「終焉の果てに」第壱話 たった一つの贖罪
……あれから一月が過ぎた。
アスカは結局、心を閉ざしたままだった。
アスカに怪我はなかった。
包帯の下にはアスカの綺麗な碧眼と、腕があった。
僕はアスカのために小さな小屋を建てた。小さな、ほんの小さな小屋だ。
僕たちは、LCLを飲んで生き続けていた。
生命のスープ、血の臭いがするスープを飲んでいた。
アスカは、ただ人形の様にじっとしている。
僕は、アスカに話しかける。
楽しかったこと、
嬉しかったこと、
悲しかったこと、
辛かったこと、
寂しかったこと、
アスカは、焦点の合わない目でどこかを見続けていた。
もう、アスカを殺そうとは思わない。
アスカは僕を憎んでいるだろう。
だけど、アスカがもう一度、立ち上がるまで僕は生きよう。
それが、僕に許された『たった一つの贖罪』なのだから。
だから生き続けよう。
強くなるんだ。
シンジは、毎日一つずつ十字を作った。
それは、みんなの墓であり、シンジが生きている証でもあった。
「僕は、何をしてるんだろう…これで償ってるつもりなのかな…フッ…ハハハッ……」
乾いた笑い声が辺りに響いた。
「さて、そろそろいこうかな。」
そう言うと、海の方に歩いていった。
海の向こうには、巨大なレイの顔が見える。
その顔は、薄い笑いを浮かべ、崩れていた。
「綾波も可笑しいのかい?」
…ハハ…フッハハハハハハハ………
シンジはよく喋っていた。そうしないと耐え難い孤独に苛まれるためだ。
この、異常な環境の中で、ゆっくりと、ゆっくりと、シンジの精神は病んでいった。
「さて、お姫様に食事を運ばなっくちゃ。」
手に持ったコップでLCLをすくい上げる。
赤いコップがアスカで、青いコップがシンジの分だ。
「命の水か…僕たちの食事、人の命を食べて生きてるんだな。
ハハ…僕にはお似合いだな。
けど、アスカには黙っておかないと…こんなこと、アスカは耐えれないだろうから。
アスカ…君を守りたい。どんなことをしても守ってあげたい。
アスカはやっぱり可愛いよ…また、あの笑顔が見たいよ…アスカ…
僕はアスカのことが好きなんだろうな。アスカのことを考えたら胸が痛い。
こんなことになって、自分の気持ちが分かるなんて、僕は馬鹿だな。
ハハ…やっぱり、バカシンジだよ…ハハ…」
シンジは笑いながら小屋へと向かっていった。
小屋の中でアスカが虚ろな目をしたまま横たわっていた。
「さあ、アスカ食事だよ。ごめんね、いつもスープばかりで。」
シンジはアスカの体を起こして、ゆくっりと口へLCLを運んだ。
…こく……こく……こく……こく…
アスカはゆっくりとLCLを飲んだ。
「えらいね、アスカ。」
シンジはアスカの頭を撫でながらいつもの様に喋り始めた。
「ねえ、アスカ覚えてる。
二人でユニゾンの特訓したときのこと、あの頃は本当に楽しかったよね。
僕もアスカも二人でがんばったよね。初めて特訓がうまくいったときは嬉しかったな〜
そうそう、一晩ミサトさんがいない夜があったでしょう。あの時、アスカが寝ぼけて、
僕の布団に入ってきたよね。あの時、本当にアスカにキスしようとしたんだ。
アスカがあんまり可愛かったから。卑怯だよね。
でもアスカの寝言を聞いてやめちゃった。
アスカが急に子供のように見えてさ、自分が恥ずかしかったんだ。
キスと言えばさあ、アスカと僕が初めてキスした時のことを思い出すよ。
すごくドキドキした。でも、心が痛かったよ。
あの時、アスカうがいしたでしょ。あれすごく傷ついたんだよ。
本当にあの頃は、楽しかったよ。あの頃に戻りたいな。
いつの間にか、なんだかギスギスしちゃってさ。僕が悪いんだよね。
ごめんねアスカ。
謝って済むことじゃあないけど、本当にごめんね。
僕が馬鹿だったよ。
最近、夢に見るんだ…アスカがいて…綾波がいて…ミサトさんがいて…
父さんや、母さんもいるんだよ。みんなでいるんだ。
僕とアスカが幼なじみで、エヴァのない世界で楽しく毎日を過ごしてるんだ。
そんな世界に生まれたらよかったよね。
こんなことには、ならなかったのにね。
アスカ…………」
シンジの目には、涙があふれていた。
「あれっどうしたんだろう。僕は泣かないって決めたのに…」
…涙は止まらない…
「ご、ごめんね、アスカ…涙が止まらないや…もう寝ようね…」
シンジは、いつものように小屋の出入り口に横たわった。
それは、少しでもアスカを守りたいという心から、行われた行為だ。
『今日はどうしたんだろう…いつもは何とも無いのに…
もう一月になるのか。
僕もそろそろ限界なんだろうか?
毎日、心と体とが削られていくようだ。
やっぱり、LCLだけの食事は無理があるな。
アスカも日毎に痩せていってるし、こままじゃアスカの体が保たないかもしれない。
何か食料は無いんだろうかな。
よし、明日は少し遠くまで探しに行こう。
もう、考えるのはやめよう…』
次の日、シンジはLCLをアスカに飲ませると食料を探しに行くことにした。
「アスカ、今日は何かおいしいモノを食べさせてあげるから待っててね。」
そう言って、シンジは二人の小さな家を後にした。
「さて、とりあえず、あっちのほうへ行こうか。」
行き先は、崩壊した都市だったモノがある方だった。何もないところよりは、何かあるだろうと、シンジは、考えたからだ。
2時間ぐらい歩くと、かつては、人が住んでいた痕跡がある場所にいた。しかし、生命の気配は全くしない。
「ここなら何かあるかもしれないな…」
小一時間程して見つけたモノは、数個の缶詰と一本のナイフだった。
「缶詰か…食べれるだけましだな。ナイフは缶切りに使えるな。
さて、今日はこのぐらいで帰るか。」
鞄に缶詰とナイフを入れ、廃墟を後にしようとしたその時、シンジの目の前に半分焼け焦げた写真が、風で踊り込んできた。
そこには、幸せそうな家族が写っていた。シンジが求め続けた光景が写っていた。
優しい微笑みを浮かべる男性。
彼の隣で赤ん坊を抱いて、幸せを隠しきれない女性。
二人の前で元気に笑っている男の子。
男の子の袖を持ち少し不安げな女の子。
その写真を見たとき、シンジは、どうしようもない罪の意識に苛まれた。
「…何で、何で僕にこんな物を見せるんだよ!!
僕にどうしろって言うんだよ!
そうだよ!
全部僕が悪いんだよ!!
そんなの分かってるよ!
僕が…僕がみんなを殺したんだよ!!
悪いのは僕なんだ!
僕を憎めよ!
僕を罵れよ!
僕を呪えよ!
僕を殴れよ!
僕を傷つけろよ!
僕を殺せよ!!
どうした!早くやれよ!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺せ!!
僕を殺してくれ────────────!!!!
…………アスカ……アスカ……助けてよ……」
気がつくと、シンジの両手は血に染まっていた。
コンクリートを殴り、皮膚が裂け、拳の骨が覗いていた。
シンジの体は痛みを感じなかった…それ以上に、心の痛みが全身を覆っていたから。
自分が生きていることが嫌になっていた。
生きているだけで、襲ってくる不快感、嫌悪感、罪悪感、そのすべてが、シンジ自身に向けられた。
どうしようもない、自己破壊衝動。
しかし、シンジが自分の肉体を心を破壊しようとする度に、アスカの笑顔が浮かんだ。
自分の罪がいかに重大かは分かっていた。
たとえそれが、大人たちに押しつけられ、行われたモノであっても、それを行ったのは、シンジ自身なのだから。
シンジの綱渡りのような精神状態を何とか支えているのは、アスカへの想いだけだった。
最早、他の何者も、それを支えることは出来なくなっていた。たとえ、母でさえも…
「…もう帰ろう。アスカが待ってるから…」
重い足を引きずりながら、ほんの小さな幸せが待つ小屋へと帰っていった。
「アスカ、ただいま。今日はね、いつものスープじゃないんだ。今、準備するからね。」
シンジは、缶詰をナイフで開けて、小さな皿に盛りつけた。
僅かなディナーだった。
「さあアスカ、食べようか。」
アスカを起こそうとしたその時、シンジは気がついた。
アスカの体が冷たいことに…
アスカの時間は止まっていた。
その瞬間…何かが…シンジの中で…目覚めた。
「ア、アスカ!!アスカ!!アスカ!!ねえ、アスカ!!起きてよ!アスカ!アスカ!!!
ほら、今日のご飯はいつもと違うんだよ!起きて食べてよ!!ねえ、アスカ!起きてよ!
アスカぁーーーーーーーーーーーーーーーーー
…………………どうして…ねえ、どうして…誰か教えてよ!!どうしてなんだよ………
……いやだ……
……こんな世界…いらない……
……いらない……
……いらない……
…消えろ
…消えろ
こんな世界なんて消えろーー!!
……………………………………………………………………………………………………」
シンジの咆吼が世界を駆けめぐった瞬間、すべてが光に包まれた。
ああっ、へっぽこな上に、暗い。
もう少し表現力があれば、暗くても何とかなるんですが……
まあ、暖かく見守ってください。
感想なんかいただけたら、うれしいです。
でわ、次回「第弐話 哀しみのアト」で、お会いしましょう。
佐門さんの『終焉の果てに』第壱話、公開です。
閉塞感が満ちていますね・・
閉じたアスカと、
一歩手前のシンジ。
シンジを支えていたモノが消えて、
彼もまた。
救いはあるのか?
或いはこのまま?
さあ、訪問者の皆さん。
貴方の感想を佐門さんに!