第五話 奇妙なデート
「君が、惣流君だね?」
「えっ、は、ハイ」
休み時間もそろそろ終わろうかという時、教室へ戻ろうとしていたシンジ、トウジとケンスケ3人の前にその人物は現れた。
「うん、写真で見るよりずっとかわいいね」
「あ、ありがとう‥ございます」
男はシンジの前に立ち、しばらくしてそう言った。シンジとしても、アスカが誉められていると思うと悪い気はしない。
「明日の日曜日は暇かな?」
「ええ、特に用事はないですけど…」
「それじゃ明日は僕に付き合ってもらえないかな?」
「はあ!?」
「食事と映画ぐらいはおごらせてもらうよ」
食事、と聞いてトウジが身をのりだす。
「しょ、食事やったらワイがつきあってやってもええで!明日メチャクチャ暇やねんっ」
よだれを垂らしながらすりよってくるトウジに、男は冷ややかな視線を向ける。
「男に用はないよ。それになんだ君は?話の邪魔をしないでくれないか」
「ななな、なんやてえーー!」
「じゃ、惣流君。明日朝9時に駅前ってことで」
「いや、あのですね‥せっかくですけど……」
「待ってるからね」
それだけ言うと男は足早に去っていった。
「ああっ、まだ返事してないのに…」
「なんや、あの男はっ!」
「っていうか、誰なんだアイツ」
シンジはあまりに突然の事に驚きただただ立ちつくし、トウジは壁をガンガンと蹴り、ケンスケはどこぞのヒゲメガネのようにニヤリと笑っていた。
教室へ戻るとシンジは真っ先にアスカの座る席へと向かった。
「あ、あのアスカ‥」
「ん〜、なによ?」
ヒカリと話していたアスカが振り替える。
「うん、あのね‥」
「なによ、早く言いなさいよ」
相変わらずはっきりしないシンジに苛立ち始めるアスカ。それに気付かないほどシンジも鈍感ではなかったので思い切って話し始めた。
「あの‥デートを申し込まれちゃったんだけど…」
「ふ〜ん」
「ふ〜ん‥って」
別にアスカがデートに誘われたのは今回が初めてのことではないし、今まで何度もあったことだ。それは、シンジと入れ替わった後でもそれは変わらなかった。
「それでもちろん断ったんでしょうね!?」
「いや、その……断る前にいなくなっちゃって……ゴメン」
「うえええええ〜〜〜〜!?ゴメンじゃないでしょーーーっっ」
「明日9時に駅前で待ってるって……それだけ言っていなくなっちゃったんだ」
今までは、なんとかアスカが”睨み”をきかし、言い寄ってくる男などいようものなら、アスカの手で闇から闇へと葬り去られていた。
シンジの生真面目さから約束してないとはいえ、断っていない以上すっぽかすなどということはしないだろう。まあ、そんなところもアスカは気に入っているのだが、今回は話が別だ。
「な、なんとかしてソイツを見つけ出して断ってくるのよ!」
「そ、そんな無理だよぅ…」
確かに無理な話である。第三新東京市は遷都されて以来人口は増える一方だったが、まだ教育施設などの建物は建設途中にあり数が少なかった。
そしてこの学校の生徒数もいまや膨大な数に膨れ上がっていたのだ。その中から、今日初めて会った生徒を探すなんて事は不可能に等しい、それも今日中にとなると。
「くううっっ‥なにかいい方法でもないものかしら……」
そのときアスカの視界に1人の男子生徒の姿が映った。メガネをかけ、愛用のノートPCとにらみ合っている‥そうケンスケの姿が。
「そうよ!ちょっと相田、こっち来なさいよ!」
アスカに呼ばれるとケンスケはまるで呼ばれる事を待っていたかのように、キラッと眼鏡を輝かせ席を立った。
ケンスケがいつも抱えているノートPCにはこの学校の全生徒、全教職員のデータが入っているとの噂だ。あくまでも噂だが。
「アンタなら知ってるんじゃない?その男の事」
「あいにくだが、野郎のデータはまだ完璧じゃないんでね。女の子の方なら全生徒そろってるけどな」
この”まだ”というところが、噂があながち嘘ではないということなのだろうか。
「でもまあ放課後まで時間をくれよ、お望みのモノを仕入れてくるからサ。このケンスケ様の情報網をナメてもらっちゃ困るぜ」
「あ、ありがとうケンスケ!こういう事に関してはケンスケは頼りになるなあ」
「はっはっは、いやなに。もっとほめろ、ぐわはははは!!」
どうやらアスカに怒られることはなくなったと、シンジは心底ケンスケに感謝した。
当のケンスケはというと、頭が床につくのではないかというぐらいのけぞり豪快に笑っている。
「ふんっ、こーゆー時ぐらいしか役に立たないんだからそれくらいやってトーゼンよ」
「まあまあアスカ、今は相田君の力が必要なんだし」
「コイツにはカリを返してもらわなきゃいけないからね」
前回のこと(第四話参照)をまだ根に持っているアスカである。
「くくくっ、なんか最近出番が増えてきたじゃないか。もしかしたら主役交代かあっ!?」
そんなことがあるハズもないのだがケンスケの妄想は限りなく広がってゆく…
ケンスケが息を切らしながら走ってくる。
ここは屋上。午前の授業も終わり、いつも通りみんなで集まって昼食にしようとしていたところだ。どうもさっきからケンスケの姿が見えないと思ったら、ずっと調べていてくれたらしい。
「で、どんなヤツだったの?」
「はあっはあっ…そんなにあわてるなよ。これから順を追って説明するから」
ケンスケは深呼吸をして呼吸を整えると、急くようにいうアスカを横に、脇に抱えていたノートPCの電源を入れると素早くキーを打ちだした。
カタカタカタカタッ‥‥ピッ
「ふうっ、これこれ。えーと名前は渚 カヲル、3年生だな」
顔写真とデータが次々と表示されていく。ケンスケはカヲルと呼ばれた男の個人データを次々と読み上げた。
「うーん、この学校にはついこないだ転校してきたようだな。銀髪と赤い目が特徴的で、そう‥‥雰囲気としては綾波に似てないこともないかな。」
ケンスケがそういうと話題には参加せず黙々と弁当を食べていたレイにみんなの視線がそそがれる。
「ふーん、レイに似てるかー。これは要注意よねえ」
アスカが意味深なことを口にしながらレイをじろっと見た。
「アスカ!‥‥で、ケンスケ、その人はどういう人なの?」
シンジも気になるらしく、ケンスケからはやく聞きだそうとする
「えーっとだな…この容姿だからなあ、転校してきてあっという間に3年生の女子を虜にしたらしいぜ。でも、こいつのメガネにかなった子がいなかったかどうかは分からないけど、別に誰かと付き合ってるってわけでもないみたいだし」
「で、アタシのところに来たってことは、選美眼は悪くないみたいね。シンジ!何者かわかったんだから、早く断りに行ってきなさいよ!」
「わ、わかったよ」
「それが無理なんだよ。今日3年生は午前だけの授業だからもう帰ってる」
追い立てるように言うアスカをケンスケの言葉が遮った。
「ええっ!?じゃあ、そいつの住所とか電話番号は分からないの?」
「うーん、そこまでは分からなかったなあ」
「そんなあ‥」
「とにかくこの男に関しては、異様に情報が少ないんだよ。何かあるぜぇコレは」
ケンスケはPCの電源を落としパタッと閉じると1人考えこみ始めた。
この学校の事に関して分からない事などないとまで言われるケンスケでさえ知る事ができないとはただ事ではない。
皆が一斉にある方向を見た。そこには、男とデートをするハメになった、情けない顔をしたシンジがいた。
「はあっはあっ‥お待たせしま‥した」
「いやいや、僕も今来たところさ」
お決まりのセリフを言い、カヲルを見上げたシンジは、思わず息をのんだ。男の自分から見てもホレボレする、それほどカヲルきまっていたのだ。
あたりの女性達から、羨望の眼差しを痛いほど感じる。しかしその”いい男”の相手が身体は女だが精神は男だと、この場にいる誰が知る事ができようか。シンジにとっても複雑な思いだった。
カヲルもまた驚きを隠せないでいた。今日の為にシンジは着飾り、うっすらと化粧までしているのだ。(なぜそこまでシンジがしているかは謎だが)
あたりの男達から嫉妬の声が聴こえるが、そんなものは今はどうでもよかった。ただ少しでも長い間この少女を眺めていたかった。
そして、その二人を見つめる二つの目があった。
『ピーーガガッ。目標甲、乙と接触しました』
『ガガガッ。了解、そのまま監視を続けるように』
『ガガッ。了解、このまま尾行を続けます』
シンジは人のよすぎるところもあって「悪い人じゃないと思うし‥」の一言でデートへと向かった。
一応シンジも男とデートするのはあまり気が進まなかったが、以前のアスカのように途中ですっぽかして帰ってくるなんて事はシンジにできるハズもなく、アスカに悪い噂がたたぬよう無難に済ませようと思っていた。
しかし何かあっては自分も困るし、シンジでは抵抗しきれないのではと考えたアスカは、2人を尾行し危険が迫ったら助けに入るという作戦をシンジに内緒で立てていた。
そして今回の作戦で尾行する任務に就いたのが立候補をしたケンスケ。妙に気合が入っている。
しかし…
「ママー、あの人なーにー?」
「こらっ、指差すんじゃありませんっ」
一組の親子がそばを通りかかり、子供がこっちを指差しながら言っている。
「ん、なんだ?」
「ねぇーママー、あのお兄ちゃん変な格好してるよー」
「しっ!見ちゃダメでしょ!」
また別の親子が通りかかると、母親は子供を抱えると逃げるようにその場を去った。
よく見ると、通行人がジロジロとこちらを見ながら、遠巻きに通り過ぎている。
『ガガガッ。なんだか分かりませんが異様に注目を浴びています!』
「ねーねー、あの人スパイ?」
「よかったわねースパイをこんな間近で見れて」
「うををっっ、この完璧なカモフラージュで正体がばれているのか!?もしかしてっっ」
ちなみにケンスケの言う完璧なカモフラージュというものは、真っ黒のスーツにサングラス、無線を片手に持ち物陰をコソコソと移動する、というものだった。
今時こんな格好をするのは、どこぞの機関の諜報部ぐらいのものであろう。
結局その後、ケンスケはその役を降ろされ、アスカとヒカリが尾行することとなった。この2人なら若いカップルにしか見えないだろう。
「………で……だったんだよ」
「へぇー、そうなんですかあ」
そして当の尾行されている二人はというと、その騒ぎに気づく様子もなく、会話もはずみ楽しそうであった。
「く、くぉ〜〜のバカシンジっ。人の気も知らないでェっ」
「ア、アスカ落ち着いて!気づかれちゃうわよっ」
今にも二人の間に割って入る勢いのアスカをヒカリが必死でくい止める。
「この映画にしないかい?結構評判はいいみたいだよ」
「あっ、はい。それでいいです」
シンジ達は今話題の恋愛ものの映画を見ることにし、映画館へと入って行った。
「ほ、ほらアスカ。二人が映画館に入ったわよ。気づかれないように追いかけましょ」
「ヒカリがそこまでいうなら‥‥あ、この映画、前から見たかったのよねー」
「じゃ、じゃあ丁度よかったじゃないっ。早く入りましょ」
二人も、ヒカリがアスカの背中を押すようにして後に続いた。
「はあーー、いい映画だったわねー」
「ホント、あんな恋愛をしてみたいわね」
アスカとヒカリ、二人とも映画を堪能して上機嫌である。
「あら、アスカにはちゃんと相手がいるじゃない」
「べっ、別にシンジは関係ないわよっ」
「あれえー。私、碇君なんていってないわよ」
「ヒ、ヒカリっ」
「ふふっ。どうせならこの映画、碇君と来ればよかったのにね」
「だからシンジは別に………ん、シンジ?」
「‥‥碇君?」
「「あ‥‥」」
そこで二人は顔を見合わせ、ここへ何をしに来たのかを思い出す。
「「し、しまったーー!!忘れてたァーーーー!!!」」
スタッフロールも終わり、明るくなった館内を見回してもシンジ達の姿が見当たらない。
どうやら映画に見入ってしまい、本来の目的を忘れていたようだ。
「こうなったらアイツが行きそうな所を手分けして探すのよ!」
「わかったわ。じゃあ、何かあったら無線で連絡するから。それとアスカ‥」
ヒカリが不安げにアスカに言う。
「ん、なあに?」
「くれぐれも、無茶はしないようにね」
「しないわよ‥‥たぶん」
それだけ言うと、アスカは足早に映画館を出た。
「なんだか悪い予感がするのよねえ…」
予感というより、確信に近いものをヒカリは感じていた。
「‥‥どうやらまいたようだな」
カヲルは用心深く辺りを見回し、一息ついた。
「なんのことですか?」
「あ、何でもないよ。‥ちょっと、そこのベンチに座ろうか」
「そうですね」
ここは広大な敷地をもつ森林公園である。
週末にもなると家族連れや恋人達で賑わうのだが、シンジ達がいるのは公園内でもはずれに位置する部分で人影は見当たらない。
「ところで惣流君」
「は、はひっ」
隣に座ったカヲルが、つつつーーと寄ってきた。
「今、つきあっている人は‥いるのかな?」
「あの‥それは……そのー」
「もしいないんだったら、僕が立候補しても‥いいかな?」
そういってシンジの肩に手をまわすカヲル。思わず赤くなるシンジであった。
「あ、あの渚さん‥ちょっと……」
「ん、なんだい?」
さりげなく、くいっとシンジを引き寄せるカヲルであった。
「あっ‥な、渚さん……」
カヲルの顔がシンジへと近づいてゆく。シンジはなにが起こっているのか理解ができず、身動きできないでいた。
パパパパパパッ
「イタタタっ!」
そのとき、何か小さなものが高速で飛んできて、カヲルの体にあたった。強い痛みを覚える。
カヲルは地面に落ちたそれを、ひとつ拾い上げてみた。
「これは……BB弾!?」
そのセリフと同時に物陰から人影が飛び出してきた。
「人の身体に勝手に手をださないでもらえるかしらっ!」
「な、なんだ君は!?エアガンは人に向けてはいけないと、説明書に書いてあったろうっ」
「あいにくとアタシは説明書を読まない性格でね」
アスカは別に威張れた事でもないのに胸を張って答える。
「そ、それに人の身体って…君達はそういう関係なのかい?」
「ち、違うわよっ…別に、あんたにはカンケーのないことよ!」
説得力に欠けるが今のアスカにはこれが精一杯だった。
「それじゃあ、納得できないな。理由があるならきちんと話してもらわないと」
「うるさいわねっ!とにかく離れなさいよ!!」
「アスカっ!?」
そんなとき、シンジが叫んだ。突然アスカが現れたというより、その格好に驚いたき思わず叫んでしまったのだ。
アスカは顔全体を覆う戦闘用マスクをつけ、迷彩服にマシンガンを持っている。怪しい事この上ない。
「よ、よくアタシだと分かったわね…」
一応顔は隠してはいるが、こんな事をするのはアスカぐらいしかいない、という事でバレバレである。
しかし、いつ着替えたのだろうか。
「でもアスカ、よくこの場所が分かったね」
「フフフ。それはね、シンジ、あんたに発信機をつけておいたのよ!」
「えっ、いつの間に!?」
「あんたのつけてるブローチがそれよ」
そう言われて、シンジは胸元へと視線をやった。そこには、今朝アスカがくれたブローチがついている。
今回のデートに反対していたにもかかわらず、やけに協力的なのがおかしいと思ったら、こういう事だったのだ。
「まあ、そんなことはどうでもいいのよ。ちょっとあんた!早く離れなさいよね」
アスカは戦闘用マスクをはずし、再度銃を構えるとカヲルへと照準をあわす。
ヒカリがこの事を知っていれば、当然ついてくる。とすれば、無茶な行動はとれない。ということで、これはアスカの独断で行ったことだった。
「これ、相田から借りたのよ。あいつの改造電動ガン、並のオモチャと思ったら大間違いよ」
しかし今目の前にあるのは、先程とはうって変わって呆然と立ち尽くすカヲルの姿がだった。
アスカ達は不思議そうに彼を見つめる。
「ど、どうしたのよ?」
「か‥‥かわいい」
「「ほえっ!?」」
二人は今の言葉を一瞬理解できなかった。
「き、君‥名前は?」
「アス‥いや、碇シンジだけど?」
「シンジ‥碇シンジ君か‥‥いい名前だ」
「そ、そりゃどうも‥」
「君のような、かわいい男の子は初めて見たよ」
そう言って、カヲルがにじり寄ってくる。
「なっ‥なにアンタ、そっちのケでもあるの?シンジに手を出したらひどいわよ!」
「自分でもよくわからないんだ‥‥こんな気持ちは初めてだ」
「だから、近寄らないでよっ」
「…しかし、ちょっと乱暴なところがあるね。‥まあいい、君にはそれを補ってありあまるものがある」
「うひゃぅいっ!」
ふうっ、とアスカの耳もとに息を吹きかけながら顔を近づけてくるカヲル。
アスカはその顔をわしづかみにし、必死にぐいぐいと押し返している。
「ちょっ‥‥離れなさいよ」
「まあ、そう言わずに」
「離れなさいって、言ってるでしょ!」
スパパパパパパパパ!!
カヲルの体に銃口をつきつけると、思い切りトリガーを引いた。ゼロ距離射撃である。
逃げ惑うカヲルに対し、アスカはところかまわず撃ちまくっている。
「イタタタタ!や、やめてくれっ」
「イタイッイタイッ!ぼ、僕にも当たってるよ!」
シンジの悲鳴まで聞こえる。
「まったく乱暴だなぁ。‥しかし、それもまた一つの楽しみでもあるかな?」
「うっ…こりない奴ねぇ」
カヲルはまったく悪びれた様子もなく、平然としている。その後ろで、ちぢこまるようにして流れ弾から身を守っていたシンジがいた。
「あいたたた」
「あっ、シンジ‥」
「ちょっと、やりすぎだよアスカ!」
服の埃をはらいながら、シンジはぶつぶつと文句を言っている。
「ご、ごめん…」
やけに素直なアスカだった。
シンジも、アスカの様子がいつもと違うことにはすぐに気がついた。
いつもの自信に満ち溢れ、何者にも屈しないアスカはそこにはいなかった。ただ、心細げに立ち尽くす一人の少女がいるだけだった。いや、性格には少年なのだが、少なくともシンジにはそう見えたのだ。
「やっぱり私って、そいつの言う通り乱暴で、かわいくなくって…」
「な、なにを言ってるのアスカ?」
「‥‥キライになったでしょ?」
その目にはうっすらと涙がうかんでいる。
シンジのためを思ってした行動がいつも裏目にでてしまう。本当にそう思ってのことなのか、他人が見たら悩むところだが、少なくともアスカ自身はそう思っていた。
だが、今回のことに関しては、単なるやきもちというか、感情にかまけてとってしまったところもあるので、アスカ自身もそれは自覚しており、反省するところであった。
アスカは「シンジに嫌われちゃった‥」とか、はたまた「あの男の方がいいのね」など、とんでもない方向へとどんどん思考が深みにはまっていった。
「そんな事ないよ」
「‥えっ!?」
ぴくんっ、とアスカの体が震える。
「アスカはかわいいよ、すごく」
「シンジぃ‥」
「ただちょっと不器用で素直になれないだけで、僕は……そんなところも好きだよ」
らぶらぶモード突入。
すでにアスカの今までの不安、その他もろもろ全て吹き飛んでいた。
今の二人にはすでにカヲルなど視界の片隅にもはいっていないのだった。
「君たちは一体、何を言っているんだ…?」
すっかり蚊帳の外のカヲルのしごくもっともな疑問も、二人には聞き入れられなかった。
二人の事情をしらないカヲルにとっては、なんとも奇妙な会話である。
「シンジ…」
「泣かないでよ。アスカが泣いてると、僕まで泣きたくなっちゃうから」
そういって、シンジはそのふくよかな胸にそっとアスカを抱きかかえた。
カヲルはその2人の姿に何か感じるものがあったのか、ひとつため息を吐いた。
「なんだか知らないが、今日は僕の出る幕はないようだ。又の機会に出直すとするよ」
「二度と現れなくていいわよっっ」
アスカが顔を上げた時には、既にカヲルの姿はそこにはない。
「い…いない。何者なの?いったい…」
「アスカ」
ハッと、アスカは今の状況を思い出す。シンジの顔が(といっても自分の顔なのだが)すぐそこまで迫っていた。
「…シンジ」
「好きだよ」
「あた‥しも‥‥」
二人の顔が徐々に近づいてゆく。そしてその距離がゼロになろうとしたとき。
「おおーーー!!大丈夫かあーーー!!!」
「あの、キザヤローに襲われんかったかァーー!?」
「碇くーーん、だいじょうぶーーー??」
ちいいっっ、いいところでっ!
アスカの心の叫びが聴こえてくるようだった。
さて、今ミサトが目の前にいる。
そんなこんなでいろいろあったが、その後、ネルフに呼び出されたパイロットの3人である。
あいも変わらずらぶらぶモード続行の二人に、目のやり場のない保護者代理兼上司のミサトであった。
「二号機パイロット……コロス」
レイは…無表情を装っているが、口元がほんのすこしニタリとなっていた。
「みんなそろったわね。じゃあ今日はみんなに新しいお友達を紹介するわ」
「え、新しい友達ってどういう事ですか?」
「つまり、新たにパイロットを補充したって事よ」
「うぇぇー、そんな話聞いてないわよ!」
シンジに寄り添って、ベタベタ、ラブラブであったアスカがミサトと言葉に我に返った。
「いま話したじゃない。これであんた達も、少しは楽になるでしょ」
「そ、そりゃそうだけど」
「じゃ、とりあえず紹介するわよ。‥リツコ!」
ミサトがそういうと奥からリツコが出てきた。1人の少年を連れて…。
「さあっ、この子があなた達の新しい仲間よ。仲良くしてあげてね」
「渚カヲルです、再びよろしく」
「あら?どこかで聞いたセリフね?」
「「ああーーーーーーっ!!!」」
そこには、まぎれもなく、あの渚カヲルが立っていた。
「君達の事情を聞いた時にはさすがに驚いたよ」
「みっ、ミサトさん!言っちゃったんですか!?あの事をっ」
「えっ、ええ。言ったけどマズかったかしら?同じパイロットなんだし、知っておいた方がいいと思ったんだけど」
不意にカヲルが前にでて、シンジの手をとった。
「まあいいじゃないか碇君。僕にできる事があったら遠慮せずに何でも言ってくれ」
「えっ…うん、ありがとう渚君」
「カヲルでいいよ」
「じゃ、じゃあ…僕もシンジでいいよ…」
二人の間になんともいえないムードが漂っている。
しばらく見ていたアスカは、ハッと我に返ると二人の間に割って入った。
「ちょっとちょっとちょっとォーー!何ムードつくってんのよっ」
「なんだきみか‥事実を知った今、シンジ君が早く元の身体に戻れる事を熱望するよ」
「なな‥どういう意味よ〜〜っ!ウッキィーー!!」
「シンジ君…」
「カヲル君…」
「な、なによォーー!シンジのばか〜〜、好きって言ってくれたじゃないィィーーーッ」
BPM:「応援メールをくれた方々、ありがとうございました。遅れましたが、続編をお送りしました。いかがだったでしょうか?」
アスカ:「お話を書くのがこんなに大変だったとは…って少し後悔してるみたいよ」
BPM:「まあ、それはおいといて‥とゆーわけで、今回とうとうカヲルの登場です!」
アスカ:「恐れていた事が起きてしまったという感じね」
カヲル:「そう冷たい事を言わないでほしいな」
アスカ:「わっっ、いきなりの登場ね。まったく、アンタが出てくるとシンジが変になっちゃうのよ」
カヲル:「いや、それは違うよ。それがシンジ君のあるべき姿なのさ」
アスカ:「なに言ってんのよ!シンジをアンタみたいなナルシスホモと一緒にしないでよ!!」
カヲル:「どうやらここにはシンジ君はいないようだね。僕はこれで失礼するよ」
アスカ:「くぅっっ、シンジは渡さないわよ!」
次回予告
これまで沈黙を続けてきたレイが、とうとう動き出した。
レイのとった行動とは。
そのとき、アスカは。
次回を待てぇいっ!