エヴァンゲリオン・ハードボイルド
「崩壊の後で…」
プロローグ
「うそつき…」
灼熱した鉛の小粒が彼女の胸ではじけた時、最後にその視界を横切ったのは、
青い髪の少女の姿だった。そして、十五年の歳月は流れた。
ACT−1 She came back to the frontline .
オレンジ色の「海」の照り返しが今は主無き街をギラギラと染めている。消える事の無い深紅の虹の下、地上に動く物の姿は、無い。組成変化を起こした大気を突き抜け容赦無く降り注ぐ紫外線の雨は、少なくとも太陽の側を向いている限り、生命あるものの存在を許さない。やがて、水平線の向こうに無慈悲な天空の王が消える頃、異形のものたちは水辺から、吹き始めた陸風に向かって這い上がっていく。夜が、生き物達が地表を取り戻す刻がやって来ようとしているのだ。それは、「人」にとっても例外ではない。地の底から這い出したが如き人々の群れに、第四新東京市と呼ばれる街は覆われて行く。再び陽が昇るまでのつかの間の時、そこには「街」が、人の住む世界が現れる。
今となっては貴重品となってしまった水、食料品等、政府の統制を受けているはずの品々を始め、あらゆるものが、この「市」では取引されている。配給制度に基づく統制経済の下で、商取引、と言えばこれ即ち闇市であるが、年々悪化する環境の下、「ガス抜き」の一環としてそれは黙認されている。生き残るために必要なもの、或いは一時の快楽を求めて人々が何時の間にか廃虚の表通りを埋め尽くす露店等の間を絶え間無く行き交い、或いはまた、廃屋の地下を出入りする。
「彼」の捜している人物も、程なくバザールのただ中にある廃ビルの裏路地を利用したしけた酒場に見出す事が出来た。古テントの防水布を流用したマントの砂埃をとりあえず叩き落とすと、目当ての人物の居るテーブルから二つ離れた、床几の周りに灯油缶をならべただけの席に腰をおろす。程なく、老眼からか眼をしょぼつかせた小太りの老人、酒場の親父が黄色く変色した帳面を手に近づいてくる。酒、と言ってもどうせエタノールを水で薄めただけの代物を注文し、着ている野戦服の胸ポケットから煙草を一本取り出す。
「火を…」
目深にかぶったフードの中から現れた顔にふさわしい、まだ幼さの残る声で少年が主に要求すると、老人は擦り切れたエプロンから紙マッチを取り出して彼の前に無造作に放り出した。少年はマッチを拾うと、何気ない仕種でマッチの裏側に眼を走らせた。白地に赤ボールペンでアラビア数字の2の文字が書かれているのを確認すると、眼を細めて伸びをするふりをしながら、周囲の客達、行商人、担ぎ屋、ポン引き等を見回し、そして、目的の人物に眼をうつす。天幕の一番奥、廃ビルの壁際、壁にもたれて編上靴の足を組んで、エタノールのグラスを煽っている、オリーブドラブの野戦服の…女。
(間違いない、が…目立ちすぎる…)
服装や持ち物だけ見れば珍しくも無い、そこいらの運び屋かブローカーあたり。別段女が珍しいわけでもない。ただ問題は一つ、腰まで流れる赤味がかった見事なブロンドと彼女の容姿そのものに在った。
(しかし…)
少年はうまく自分の思考をまとめられないまま、ただ彼女の方を呆けた様に眺めていた。30前後にも、二十歳前にも見える、「崩壊」前の生まれであれば「ハリウッド女優の様な、」などと言った月並みな表現をしてしまいそうな、そんな、「彼女」。幸い「ハリウッド」がモスクワにあろうがカラハリ砂漠にあろうが何の疑問ももたないであろう彼がそんな陳腐な科白を吐く恐れはなかったが…やがて、彼の目の前に、殊更大きな音をたてて液体を満たしたグラスが置かれ、少年が我に帰るとほぼ同時に、彼女はどこか猫科の樹上肉食獣を連想させる、サファイアの瞳を彼に向け、そして、わずかに驚いた様に眉を動かし、その後、ふっ、と彼に笑みを向けた。少年の頬に赤みがさしたのを認めてクスクスと微かに笑うと、そのまま一本の煙草を胸ポケットから取り出し、同時に笑みが消え、青い瞳に猛禽の光が宿る。あわてて自分も煙草を咥え、紙マッチを一本つかむ。瞬間、瞳を合わせ、同時にマッチを擦り、煙草の先に火を移す。そのまま、少年は席を立ち、奥のテーブル、彼女の居る前の灯油缶を引いて、腰掛ける。
「『ツヴァイ』よ。」
先に言葉を発したのは彼女のほうだった。
「ケインと呼んでください。お待ちしてました、フロイライン。前線へようこそ。」
「戦場、か。何年ぶりかしらね…」
彼女はしばし、裏路地の狭間から見え隠れしている「海」の彼方にみえる、それ、にいまいましげな視線を投げ、誰に言うともなく、つぶやいた。
「ご案内します。が、とりあえず、『犬』の始末を…」
「おい!」
突然に酒場の親父が老人にしては若い声で叫ぶとカウンターの下の引き出しから自動拳銃、シグ・ザウアーのP226を引っ張り出すなり遊底を引いた。
「早すぎるぞ!どう言う事だ?」
ケインと名乗った少年がわめき返すと、エプロンで顔に貼り付けた「皺」をうっとうしそうにこすりとりながら、「親父」は天幕の隅に置かれた木箱を銃口で指し示す。
「わからん、が、…こちらの動きが漏れてる事は確かだ。早く行け!此処は警戒班でもたせる!その中に銃が、っ…」
ケインが木箱の中身、スタイアーAUGを手にしたその時、今まで喋っていた男の頭部が、不意に「消滅」した。次の瞬間、ケインの身体は路地の地面に押し付けられている。
「スナイパー、たぶん、二人はいるわね。『鳴子』の指揮官はどこ?」
「ダン、今殺られた親父です。次の路地に車が待機してます。こっちへ!」
彼女、「ツヴァイ」の反応の速さに驚きを隠せないまま、少しどもりながら答える。しかし、彼女は立ち上がろうとした少年を再び押さえつける。
「馬鹿ね。50口径相手じゃベビーカー以下よ。反撃します。指揮は私がとるわ。編成、後指揮手段はなに!?」
少年を引きずったまま死角に滑り込むなり、マガジンを装填し、コッキングレヴァーを引き、セフティを外す。
「ヘビーバレルか、223でもちっとはましね。ちっ、内務省の屑共がっ…」
あまりに突然の惨事に一瞬凍り付いた店の客達が蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。途中数名の客、通行人が巻き添えを食って誤射され、原形をとどめぬ姿を晒しているのに一瞬視線を投げて、彼女はろくでなし共、襲撃者に毒づく。表通りでは、すでに「鳴子」、警戒班と敵、内務省治安部隊が交戦しているらしく、治安部隊のG−11改独特の発射音が断続的に響く。奴等のやり方から考えるに、民間人の死傷者など気にもとめてはいるまい。彼女は十五年前からよく知っている…
「ヘッドレストを!自動で秘匿がかかります、生文で飛ばしてください。」
手渡された無線機を弾帯に吊り、ヘッドレストとバッテリーをつなぐ。
「全系呼び出し、聞いて!『評議会』の権限に基づき今から『鳴子』の指揮は私、『ロート・ツヴァイ』がとるわっ。各部門、状況報告!!」
「了解、フロイライン。副班長、甲田です。彼我の状況、送ります。」
「Ja、ヘル甲田。奴等、『犬』だけなの?戦自のG2は?」
「戦自は今の所動き無し、通常の監視だけです。通報していた形跡もありません。内務単独で貴女の首を挙げて、点数稼ごうって事でしょう?」
「いけそう、ね。敵の配置、狙撃兵とGPMG(汎用機銃)は?」
「狙撃兵は通りの反対側、500のビルの屋上と、そこから見える鉄塔、対物ライフルが一人づつ、機銃は路上の車載のみです。規模約一個小隊。こっちの火力はMG掛け3、ロケット2門、そのビルの後方200の線で屋上に展開中。接触線は貴女の後方約50です。」
(戦力差3:1、火力だけなら五分…どっちにしても、余裕はないわね。)
「了解、ヘル甲田。あなたの位置から、狙撃兵は視認できる?」
「確認できます。」
「MGの射撃方向、2つは700の屋上、残りは鉄塔の対物ライフルを拘束、射撃の統制は直接あなたが。まず後退経路を火制してる奴をつぶして。射撃開始と同時に『鳴子』は相互支援をとりつつ後退。ロケットランチャーは下におろして、後退開始と同時に車両を撃破。事後は組単位で集結地まで。後、我の車両については現状で破棄。あんな物で逃げたらハンバーグにされるわよ。」
「破壊準備は出来てます。…MG組、配置完了。」
何度やっても気持ちのよいものではない、と思う。まして、状況は劣悪といっていい。完全に不意を突かれた形だ。損害を最小限にくい止められるか…
(弱気になってるわね、あたしも年か…まったく、あいつがからむとろくな事がありゃしない…)
「後退するわよ、準備はいい?」
ニーリングの姿勢で前方にスタイアーの銃口を向けたまま、振り返らずにケインに確認する。眼はオプティカルサイトを覗いたままだ。彼女と反対方向を警戒したままケインも答える。
「何時でもいけます。経路を誘導しますから、はぐれない様にして下さい。」
前方を照準したままの彼女の貌に苦笑が浮かぶ。
(よく訓練されてるじゃない…たいしたもんね、相変わらず…)
「爆破準備、点火!射撃開始。各組、後退して。」
「了解。『イエローテイル』、『マッケレル』、目標正面700、11時方向の狙撃兵、『スキップジャック』は2時、300の奴を、指命!」
「準備よし!」
「連射、撃て!」
通りの反対側の廃ビル群の屋上から曳光弾が尾を引いて飛んで行く。不意に、路上で機銃弾をばら撒いていた6輪装甲車が閃光と共に燃え盛るスクラップと化す。反射的に効き目の方を瞑り、暗順応と射撃能力を守る。
「こちら『ハンマーヘッド』、敵MG殲滅完了。」
「さがるわよ!」
「こっちです!」
敵の追尾が無い事を確認しつつ、全力疾走で後退を開始する。治安部隊の照明弾が辺りを一時的に昼間に変える中、彼らは何時の間にか街の闇に消えていた…
「『ツヴァイ』が
Divisionと接触した。残念ながら無事に、とは行かなかった様だが…」「行かせてよかったのか?いささか人選に問題があるように思えるが。」
「リークの問題もある。今回の件、『犬』共には
Divisionが意図的に漏らしたのではないか?」「それはあるまい。そのために『ツヴァイ』を派遣したのだからな。奴はあの父親とは違う。そのあたりはな…」
「いずれにせよ、
Divisionは評議会の一軍事部門にすぎん。また、そうあるべきだ。」「今は、『カリス』を押さえねばならん。戦自や内務省よりも先に、そして…」
「あの『亡霊』か…にわかには信じられん話だが。」
「ともかく、これ以上奴の独断専行を許すわけにはいかんのだ。
Divisionはもう、奴の、碇の私兵ではないのだからな…」
男は、窓辺に立ったまま、「海」の、水平線の彼方のそれに視線を向けている。もう、一時間もそうしていただろうか…オレンジ色の海面と、満点の星空にかかる深紅の虹、そして、それ。不意に気配を感じて、粗末な木製の机の上に放り出してあったUSPに手をのばし、セフティを外す。ノックの音が、二回。
「開いてる。」
「ひさしぶり。あいかわらずろくでなしみたいね。」
「ああ…」
開いたドアの向こうに立っている彼女の姿を認めても、その表情は読めない。レイバンのサングラスの下の彼の両眼を眼にした者さえもうほとんどないと言う。しかし、彼女にはさしたる問題ではなかった。
「今回は評議会の査察官として来たのよ。場合によってはあんたを解任することにもなるわね。」
「粛正、の間違いだろう。俺が生きている事自体、評議会には不快らしいからね。」
「それで…まだ追ってるの、本当に生きていると思ってるの?」
「ああ、奴は、まだ生きてる。」
「…殺すつもりなの?バカシンジ…碇ゲンドウを、あんたのお父さんを…」
79人目ですね(^^)
凍結解除から順調に増えるめぞんEVAの住人の皆さん。
参号館はめいっぱい大きくしたし、
こうなると四号館なのかな(^^;
[使徒に乗っ取られてバラバラの最期を遂げた”参”]
ってのも縁起が悪いけど・・
[全く画面に出ないまま消滅した”四”]
・・・これはさらに(^^;
凍結解除後五人目の御入居者、
砂漠谷 麗馬さん、ようこそ(^^)
ハードボイルド。
タイトルを見た瞬間、
頭に浮かんだのが「ハードボイルドだどぉ」
・・・・・
大昔のギャグです(^^;、
そんな歳ではないんだけどなぁ(^^;;;;;
ハードボイルドと言えば
「私立探偵」とイメージがあるんですが、
そういう流れではないようですね。
30を前にしたシンジ達の
シリアス渋い物語になりそうです(^^)
さあ、訪問者の皆さん。
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