…D日2034、零号機、B−22射出口より出撃、同2分後、目標と接触…
ディスプレイ上に現れる図表、グリーンの方眼の上に描かれる、赤と青の曲線。
…上記、Fig−2は出撃時を起点として、L.C.L圧縮濃度と含有酸素量の変化を経時的に表した物である。この間のシンクロ率を下記のFig−3に追記するが、両者の間に相互的な影響は認められていない…
時間経過をx軸に、百分率の数字をy軸にとった、横に並ぶ緑色のバーチャート。その頂は、緩やかな安定した曲線を描いている。平均値、53.4パーセント。
…接触と同時に戦闘行動に移行、事後、目標殲滅までの所用時間、3分57秒19。この間、主戦闘地域において観測作業を実施中であった、技術1科第8観測班の車両保護のため、2分58秒49の待機時間が存在する。従って、実質的行動時間は59秒30となり、起動後7分23秒45で撤収作業を除く作戦行動を完了している事となる。実質的行動時間内における零号機の回避率、98.75、撃破効力比、99.85…
映し出される俯瞰図、第三新東京市中心区域。真上から見た零号機と目標、第三使徒がスケールの忠実な略図で表記されている。その周囲、赤と青に塗りつぶされた区域、第三使徒と零号機のとった行動範囲。接触から殲滅に至るまでの主要な動きの位置に、逐一書き込まれている細かい文字と数字、行動内容と発生時間。図表中央に記された虎縞、警戒色のX印の書き込みをクリックする。
…2040、目標殲滅。零号機、装備B−1甲。作戦は終始アンビリカル・ケーブルからの外部給電による。「ゼロ」の実戦投入に関しては、十分な安定性を確認…
ファイルを閉じ、電源を落とす。テーブルの上、空になった湯飲みに、残り少なくなったコーヒーを注いだ。一口、含むなり飲み下す加持…
「ゼロ、か…一体松代で何が在ったんだ、りっちゃん…」
本棚の隅、四人の若い男女の写真。その視線に、答えるものは、いない…
ACT−5
ZERO−第一次直上会戦
「本当に、乗る気なのか、レイちゃん…」
十分解っている筈だ、彼女にも…地表に上がれば、待っているのは死だと言う事は…
「だいじょぶだよ、加持さん。あたし、だれもしんだりさせないもん。」
医療班に担架で運ばれていくシンジを、やっと安心した、と言う表情で見送るレイ…向き直る。ぎこちない、しかし、懸命に浮かべた、満面の笑み…しかし…依然として響く、振動。奴は真上にいる。荒ぶる御使いのその力は、疲れや衰えを知る事はないのか…
「加持君、搭乗準備を急いで。レイ、鞄の中、持ってきているわね。」
容赦無く飛ぶ、ユイの命令。…鞄の中?
「なんのこと?あたし、なんにももってきてないよ?…」
言いながらも、ちょこんとしゃがむと足下のスポーツバッグを開け、中のものを広げ出すレイ。歯磨き、着替えのパジャマ、これはまくら…あれ?なに、これ…猫のアップリケのついた枕の下、見慣れないビニールパックに包まれた、白い服。せんせいがいれてくれたのかな?取り出す。変な服だ。海にもぐるときに着る服みたい…でも、どこかで見たような気もする…
「プラグスーツ!?どういう事だ、これは?」
冬月に視線を向ける加持。その眼は、何時もの「冴えない30男」のそれではない。久しく見る事の無かった、彼の本性、獲物を狙う猟犬のそれ…その眼を見返す冬月。沈黙…
「…そう言う事か。無茶な話だな。敵の企図、能力はおろか味方の手の内も分からないまま戦えとはね…作戦部なんぞ在るだけ無意味って事か?」
「…弁解はせん。経緯はいずれ話す…技術部の持っている情報の範囲なら、今は俺がサポートする、それで良かろう?」
冬月が下らないセクト主義から口を噤むような男ではない事は、良く知っている。古い付き合いなのだ。それに、背に腹は変えられない状況でもある、今は…
「解ったよ、子細は一杯やりながらだな…先輩のおごりだぜ。とりあえず、今は頼んだ…あ、山岸君?大至急レイちゃんを更衣室へ、ついでに着方の指導も頼む…」
壁際のインターホンで発令所を呼び出す。視線はレイが眺めている、真空包装された服に向けたまま…ウェットスーツに似たデザイン、エナメル様の白い光沢…背に当たる部分の、小ぶりなザック型のパーツ、緊急時の生命維持システム。プラグスーツの俗称で呼ばれるL.C.L内専用防護服。特殊な高分子素材で作られたそれは高度先端技術の塊だ。パイロット一人一人の生理学的データに合わせて設計された…確かに、用意されていたとしても不思議はない。しかし、何故彼女の荷物の中に入っている?白地に刻印された、00の文字、明らかに零号機専属パイロットを意味している…パックに入ったままの服を、掲げて明かりに透かしたり、引っ張ったりして眺めているレイの所に、手近なリフトを使って下りてきたマユミが歩み寄り、何やら話しかけている。肯くレイ。プラグスーツを抱えて立ち上がり…
「あっ、すこしまってね…え、と…あった!」
再びかがんで、バッグの中から取り出したもの…
「眼鏡?…でも、男性用ね、それ…」
嬉しそうに、それを見せるレイの掌の上、随分と古びた、ひび割れた眼鏡…
「パパの眼鏡、おまもりなの…」
大事そうにそれを握るレイ。言葉を失うマユミ…加持部長は本当にこの娘を出撃させるつもり?私達は、許されない事をやろうとしているのでは無いの…?だが、罪深き人間達の苦悩など知る由も無い、「神の裁き」は情を知らない…
「20分後搭乗完了、EVAのガイダンスも私の方から、ですね?…行きましょうか、レイちゃん。」
「ああ、緊急時、特にイジェクション機能を中心に説明しておいてくれるかな…この間の二の舞だけは、御免だからな。今度はちゃんと落下傘が開くんだろ、先輩?」
マユミと加持の些か棘のある視線に、渋い顔で答える冬月、不思議そうなレイ。
「当たり前だ、実戦配備の機体だぞ。これは…同じ轍は二度とは踏まんよ、技術部はな。余計な心配をしとる暇はないぞ、見ろ。奴がお待ちかねだ…」
見上げた天井を、今一度衝撃が走った…
「停止信号プラグ、除去完了。エントリープラグ挿入開始…」
その折れた巨大な首筋、延髄から鉛色の十字架の生えた円筒型の装置が排出され、替って、乳白色のシリンダーが滑らかに四分の1回転しながらそこに侵入して行く。筒体に、EVANGELION・PROTOTYPE−00 2014の文字。見守っている加持が、微かに口元を歪める、やりきれないといわんばかりにバリバリと頭を掻く…
「第一ロックボルト解除、1番から7番までの拘束具を除去…」
「アンビリカル・ブリッジ、移動開始。第十二段階までのシステム、オールクリア…」
開かれる、メインゲート。ゆっくりとその水位を下げて行く、赤褐色の液体…
「第1L.C.L循環槽、排水率40パーセント、素体に汚染、免疫反応、共に認められません。」
暗い湖の中からその上半身を表す、青い装甲を纏った一つ目の巨人。
「B型、1−甲、兵装固定確認。全て問題なし…」
その両腕が水面から姿を表すのを認めた時、加持の表情がこわばる…1−甲?彼女は初陣だぞ!?…巨人、EVA零号機の左下腕部外側に固定された、ウィンチ様の装置の組み込まれた小型の盾状防具…
「不満か?しかし、他の非固定武装は使えんぞ。火器は無論、格闘戦用装備もな…トライアルまで済んでいるのは、今の所あれだけだ…」
第一循環槽の上に架るキャットウォークの上、手摺に寄りかかっていた加持が身を乗り出したのと同時に、口を開く冬月。振り向かず、視線はそのままに答える。
「使わせんさ。サードチルドレンでさえ、使いこなせなかった得物たぜ…素人が振り回して無事に済むもんじゃないからな。戦闘実証は諦めた方が良い、実物がシュミレーターより簡単ってこた、無いんだろ?…まあ、全部起動すれば、の話だがな…」
「エントリープラグ固定完了、全回線、ノーマル位置。」
「言ったろう?確率はゼロではないと。時間だぞ、此処からが我々の仕事だ…」
「ああ…やってみなければ、解らない、か。前代未聞な作戦だな。これに人類の運命が懸ってるとはね。頭痛がして来たよ…」
もう一度零号機を振り返ると、待たせていた、第一発令所直通のリフトへ乗り込んだ…
「全回線ノーマル位置、第一次接続、開始します。」
コンソール上のCRTから顔を上げた青葉が、冬月に報告する。正面、メインモニター上の四分の一を占める映像、狭いスペースの割に奥行きのあるコックピット。大排気量のバイクかジェットスキーのそれを連想させるパイロットシートの上、白いプラグスーツを着て、ちょこんと座っているレイ。水色の髪の間から、白い、ナキウサギの耳の様なヘッドセットが覗いている。落ち着かないのであろうか、不安げな顔でしきりに辺りを見回している。映像の下端、FROM ENTRYPLUG EVA-00 の文字。
「加持さぁん…この服、なんかやだ…」
なるほど…レイの「そわそわ」の主要な原因を理解する。シートの上に腰を引き、内股で座り、その細い身体を隠す様に両腕をそろえて突いているレイ。少しべそをかき始めた紅いお眼目が、モニター越しに、…恥ずかしいよぅ、これ…と訴えかける。苦笑いを浮かべるしかない加持。無理も無いか、誰だ、あれをデザインした奴は…普通、14歳の女の子に、あれほどまともに身体の線が出るものを着させれば、もうセクハラだと言われても仕方があるまい。あまつさえ、白だ…野郎共の怪しい妄想を十二分に掻き立てる上に、プロポーションに一つでも難点があれば、もう似合わない…嫌がるのも道理か。しかし…
「大丈夫だって、良く似合ってるぜ、レイちゃん。」
助平中年となりつつある無精髭を恨めし気に睨むレイ。別に他意は無かったんだがな…実際、真面目に見ても良く似合っている。華奢で端正な容貌を持つレイが着ると、まるで妖精か何かの様だ…そう思えば、エントリープラグ内部のインテリアも大きな、蘭の様な植物の花弁に見えなくも無い。花びらに留まる白い妖精の図と言った所か。しかし、存在自体が緊張感を破壊するんだな、あの娘は…そんな場合でもあるまいに。この非常時においてさえ、辺りの空気を和ませるあの性格はもう一種の才能かもしれないな…かなり失礼な事を考えている加持。レイが聞いたらさぞ気を悪くするに違いない…
「エントリープラグ、L.C.L注入開始。…青葉君、酸素濃度のモニターを頼む。」
苦虫を噛み潰した顔でこめかみを押さえていた冬月が命じる。メインモニターの中、レイの白い足下から湧き出す淡いオレンジ色の液体…
「え゛…なに、これ???…みっ、水!?なんで?加持さん!!これ、沈んじゃう!底が抜けて…んきゃー!!あう゛!?うぉ?っぶくぶくぶくぶく!?」
「大丈夫よ、レイちゃん。それがさっき説明したL.C.L、あなたとEVAの神経を繋ぐ液体なのよ。空気を吐き出してごらんなさい、肺胞に直接酸素を運んでくれるから…」
零号機が循環槽に沈没したと思い込み、大騒ぎでパニックに陥ったレイが瞬く間に水没する。レイを落ち着かせようと笑顔を絶やさず説明するマユミ、流石は作戦部のナンバー2、適切な対応である。こぽ、と空気を吐き出し、とりあえず息が出来る事に安心するレイ。不思議そうな顔で辺りを見回している…
「本当だ…でも、なんか変。声も変になってる…」
「液体の中では音の伝わり方が違うのよ。こちらには、変調を掛けて元の周波数に戻しているから、ちゃんとあなたの声に聞こえているのよ。私の声も液中に合わせて変換されているから、外と同じに聞こえているでしょう?心配無いわ、ね?」
神経接続が完了してしまえば、直接脳神経に信号を送る事も可能ではあるが、かなりの危険を伴う為、通信手段としては、基本的にアンプを使用した音声通信が用いられることになっている。
「第2次コンタクト、準備完了。主電源、接続します。」
…動くか?…接続プラグ、固定。人の造りし青きサイクロプスに生命の火が吹き込まれる瞬間…反応、無し。各ゲージ共にマイナスの数値を示している…
「駄目か…ろくでもない人生だったよ、まったく…」
「遺言にはまだ早いぞ…シンクロ誤差、コンマ2まで落とせるか?各部門、状況を報告。」
冬月の言葉に、各セクションから返る状況報告。
「A10神経接続、異常無し。」
「思考形態カテゴリー、日本標準語、タイプC−17、フィックス。」
「初期コンタクト、全系統異常無し。双方向回線、開きます。」
「な、なに?これ…」
急激に視野狭窄を起こし、驚くレイ。次の刹那、目の前に広がる輪になった七色のスペクトル、まるで、星虹、スターボウの様だ…ゆっくりと暗くなる、インテリアの「窓」の映像、闇の中を泳ぐ、青紫の燐光の揺らめき。極光?いや、まるで、眠りに落ちる直前、瞼の裏に広がる光景に酷似した…やがて、次々と目の前の空間に浮かびあがる、三次元表示の各種のグラフ、モニタ、照準環…活動限界、火器管制システム、光電磁場モニタ、動体反応センサー…レイにとっては、何が何やら解らない数字や図形の数々。
「いいっスね、これ…見て下さい、予想数値の倍近くありますよ、主任。」
滑らかにシンクロして行く、CRTの中の曲線。嘆息する青葉の横から冬月も覗き込む…
「…12.6、7辺りか。動かん事はない、と言う数字だな。初めてにしては、驚異的な数値かもしれん…」
僅かに、後方を伺う冬月。視界の奥、発令所全体を見渡す司令席…まるで変わらんのですね、貴女は…たった一人のお嬢さんが死地に赴く時ですら…そこに微笑む、氷の女神像。視線をモニタに戻し、雑念を払う…加持の方に向き直る。
「起動した、今までに無く良い数値だ。問題は無いな…やるんだな?加持…」
「他にもう、手は無いらしいからな…ケージ作業班、最終チェックを。」
メインモニターを見詰めたまま、答える。加持を振り向くマユミ。微笑む…
「今は、私達に出来る事をやるしかない…そうですよね、部長。」
「っ、ああ…そうだな。…ありがとう、マユミちゃん…各部門、発進準備。」
その心遣いが、何よりも在り難かった…
「神経接続完了。EVA零号機、発進準備。」
今は透明になった液体の中を響く、アナウンス。コンソールの奥、平たく開いたスペースに、そっと、ひび割れた眼鏡を置く。シートに軽く寄りかかると、上を見上げ、眼を閉じた。そのちいさな唇から、僅かに漏れた泡が天上へ上がって行く…
「死んじゃうかもしれないんだね、あたし…」
誰も聞く者の無い、小さな、呟き。その澄んだ声は驚くほど静かだ。
『気をつけて行くのよ、あなたは何時もそそっかしいんだから…お母様や冬月さん、りょうちゃんにも宜しく言っておいてね…母さんには、一言、元気にしているとだけ言ってくれれば良いから…』
…せんせい…
『今度のシャシンは、リツコさんに捧げるよ、なんて真顔で言うのよ、彼…ふふっ、それがあの人のかわいい所なのだけれど…』
…あたしがいたら、せんせいはしあわせになれないんだね。でも…みたかったなあ、せんせいの赤ちゃん…みられないのかな、あたし…
瞼の裏に浮かぶ、白猫と黒猫、虎縞や茶色や三毛の小猫達…
…ルナ、アル、みんな、げんきでね。またおなかこわしちゃだめだよ…
『レイ!大丈夫か!?レイ…良かった、怪我は無いんだな、本当に良かった…すまなかったな、レイ。私が眼を離したばかりに、怖い目にあわせてしまった。許してくれ、レイ…』
…パパ…パパはわるくないよ、にゃんこをおっかけて、道にとびだしたのはあたしだもん…ちがでてる、眼鏡われちゃったよ、パパ。ごめんなさい…
『今晩はラーメンにした。レイの好きなにんにくも入っている…そろそろテーブルに付きなさい、ママは今日も帰ってこないと思うが…』
台所に立つ、長身の男の後ろ姿。コンロに鍋を掛けて、菜箸でかき回している。
…おいしかったなあ、パパのラーメン。あれが最後だったのかなあ…
『パパは、どこにいったの?おうちにかえってこないの…』
子供の頃に住んでいた家、一戸建ての座敷。黒い着物や洋服をきたひとが、いっぱいいる。パチンコやさんのまえにある、まるいものや、きれいなお花がいっぱい。
『レイちゃん…六分儀さんは、お父さんはもう、遠いところに行ってしまったのよ。もう、かえってこないの…』
…どうして?なんでパパはかえってこないの?…どうして、伯母さんは泣いてるの?…
積み木や絵本が散らばってはいるが、殺風景な小部屋、託児所の一室。あのこがいない、パパがクリスマスに作ってくれた、ぬいぐるみのうさぎさん…!?なんで?部屋の隅に立っている数人の男の子、5、6歳くらいだろうか…囲んでいる、足下に転がっているもの。ちぎれた、うさぎの首。両目の赤いボタンも千切られている…手足を床に釘付けにされ、鋏で切り裂かれたおなかからは綿が引きずり出されて、代わりに泥や潰れた空缶、針金が詰め込まれている。鋏やカッターを手に、薄笑いを浮かべた男の子達…なんで?どうしてこんなことするの?うさぎの頭をひろおうとする…背中を蹴られるレイ。よろけて、そのまま床につぶれてしまう…どうして?
『カイボウしてやったんだよ、お前の代わりに。ジッケンドウブツだからなぁ…しってるんだぞ。お前が研究所でつくったうさぎ怪人だってこと…人間のふりをしても、駄目なんだからな。』
…!?ちがう、あたしはにんげんだもん!!…
『オヤジがいってたぞ。白くて目の赤い奴は、ジッケンドウブツだって。ウサギとかネズミとか、トカゲやヘビとか、もるもっとだって。クスリとか、ういるすとか注射して、どんな風に腐って死ぬのかケンキュウするんだってよ』
『あと、カイボウするんだよな。くびをきって、ナイゾウやのうみそをとりだしてしらべるんだって。』
『おっもしれぇ!!そのためにつくるんだろ、ジッケンドウブツって?何匹でも殺していいんだろ?なぁ、お前もカイボウするためにつくったんだろぉ?』
?なんのこと?しらない、あたし、わからない…
『写真とかもってる、俺!きっもち悪い奴、見せてやるよ。カアちゃんが言ってたぞ、お前はアヤナミはかせのつくったもるもっとだって、研究所では、みんなしってるって…ほら、お前ももうすぐこうなるんだぞ!』
なに?ママがつくった「もるもっと」なの、あたし…いや!!これ、うさぎさん?赤くって、ぐちゃぐちゃして…なんで!?なんであたまをきったりおめめをとったりするの!?いきてるのに!!
『オマエモモウスグ、コウナルンダゾ。首ヲキリサイテ、テモ、クサッテオチルンダゾ。ノウミソヲムキダシニシテ、首ガクサッテオチルンダゾ。』
『ニンゲンノフリ、シテルンジャネーヨ、バケモノノクセニ。グチョグチョキモチワルイ、もるもっとノクセニ。』
『ほら、お前の仲間だよ!!』
レイの目の前に放り出される、床に転がる白鼠の生首、その、胴とつながっていた筈の部分、赤黒い肉、糸を引く、粘り気のある黒い血…
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
…うまれてはじめて、きぜつしたんだ、あたし。あのあと、研究所の病室で目がさめて、次の日からもう、あの託児所にはいかなかったんだ…
長い、リノリウム貼りの廊下、小学校の校舎。歩いている、レイの目の前に落ちるパン。給食当番のひとが、おとしていったのかな?今日は、ジャムパンだ!みんなたのしみにしてるよねえ…あっ、あそこにいる!3−5?うちのクラスだ!
『ねえ、おっこちたよ。はい。おっことしちゃ、だめだよ?』
駆寄って、手渡すレイ。にこにこと、何時もの笑顔で。しかし…不愉快を満面に表す女生徒。パン箱の反対側を持つ、もう一人の少女が見せる、あからさまな嫌悪の視線…?叩き落とされる、レイの手のなかのパン。驚くレイを一瞥し、露骨におぞましさをあらわしながら袋の端を親指と人差し指だけでつまむと、廊下脇のダストシュートに放り込む…
『さわんないでよ、この白子女!あんたが触ったものなんて、食べられる訳ないじゃない!』
『化け物のくせに…あたし達に話し掛けないでくれる?綾波さん、いまのはあなたの分よ。食べられないんでしょ、人間用の食べ物。』
…どうして?あたしが白いから?かみのけが水色をしてるから?それとも肉がたべられないから?どうして、はなしたらいけないの?…
その日、レイの机の上にだけは、パンがのっていなかった。
五年生の時の家庭科実習、調理室でクッキーをつくったレイ。作っている本人がペンギンのつもりのものは傍目からはクラゲにしか見えない。形はたしかに不細工だが…
『本田君、おととい教科書かしてくれたよね。はい、お礼っ。さっき作ったの。にんじんクッキーだよ。』
教室の隅、同じクラスの少年に小さな紙包みを手渡すレイ。軽く笑い、受け取る少年…
『ああ、気にしないでも良かったんだよ。ありがとう、綾波さん。』
ぱたぱたと去って行くレイの背を一瞥すると、鼻で笑うスポーツ少年風…寄ってくる、数名の男子生徒、バスケのチームメイトらしいが…
『もてるのも善し悪しだぜぇ、本田。そんな悪趣味があったのかよ…』
『馬っ鹿、化け物女だろうと、あそこで断りゃ、俺のイメージに傷がつくだろぉ?うぜぇよな…あの産休ババアが言わなきゃ、だれが教科書なんかかすかよ。勘違いすんなよな、ニンゲン様相手によ…』
ごみ箱に放り込まれる、紙包み。用意したもうひとつのお礼を手渡し忘れたレイが、ドアの後ろにいるとも知らず…
…でも、ルナたちはよろこんでたべてくれたよね。それに…悲しいことはいっぱいあったけど、それだけじゃ、ないもん…
『へえ…かっこいいやん、松本では流行ってるん?うち、稲葉リナ。赤坂千早市から来たとこなんや。田舎もんやけど、面倒みたってや!』
『あー、レイちゃんも一緒のクラスなんだ!同じ中学でよかったぁ…。ねえねえ、今年のかき氷早食い大会も、コンビででられるよねっ?』
…リナちゃん、モミジちゃん…どうしてるかなぁ。またいっしょにお好み焼き、たべにいけるといいな…
『いらっしゃ…あら、赤木先生んとこのレイちゃんかい。いつも偉いよね、うちのぐうたら娘もちっとは見習って欲しいもんだわ…はい、これはおまけ、かぼちゃコロッケ、好きだったよねえ。食べ盛りが遠慮なんかすんじゃないよ。』
…惣菜屋さんのおばさん、松本の街のみんな、せんせい…優しいひとたち、いっぱいいたよね。だから、がんばらなくちゃ…
『レイ…どんなに悲しい事があっても、逃げ出さずに懸命に生きていれば必ず良い事はあるものだ。神様は努力して生きるものの味方なのだよ。幸せになる機会はどこにでもある。その事をわすれてはいけない。憶えておきなさい、レイ…』
…そうだよね、パパ。この街にも、まだしらない、優しい人達、きっといっぱいいる。だから、あたし、逃げたりしない。意地悪な人達だって、きっと良い所があるはずだもん。だから、だれもしんだりしたら、いけないんだ。だれもしんだりさせないもん…
プラグ正面、映し出されている発令所、その最も奥、一際高いテラスに、視線を向ける。
…それに、いつかきっと、…ママの事もまもるからね、きっと…
「内部電源、充電完了。最終安全装置解除。EVA零号機、発進台へ。」
もう一度、コンソールの上の眼鏡を見詰めて、レイは柔らかに微笑んだ。
「第5前進観測班より入電…目標はB−03を通過、直接迎撃半径到達まで、あと、180…」
メインモニターの映像が、それ、まさに市街中心区域へ侵入しようとする暗紫色の巨体を映し出す。白骨の如き仮面、「顔」の生え変わりを完全に終えたその体には、あの激しい砲爆撃を受けた痕跡など微塵ものこってはいない…
「撃つだけ税金の無駄、って事か…兵装ビルの稼動状況はどうなってる?」
「被害程度40パーセント以下の条件で1.07、その内、射撃可能なものは再装填必要分を含めて全体の0.59です。」
絶望的としか言いようの無い報告を返しながら、既に次の対策、最も有利な位置を占める予定射出口の選定と、集光ビルを含む利用可能な遮蔽物の検索を進めているマユミ。死中に活を見出す、か…通常戦力の殆どを既に失った上に、必要とするEEI(情報主要素)の大半を封じられまさに目隠し状態の作戦部に出来る、これが唯一の悪あがきなのだ…
「目標、最終防衛線に到達しました…」
発令所奥、最も高いテラスの上、司令席のユイを見上げる加持、その口を開く…
「よろしいんですね、司令。」
特務機関NERV、その最初の戦闘における、最終的な意思決定…
「ええ…我が神、我が神、何ぞ我を見捨てたまいしの心なり…神が我々の邪魔をするのなら、討ち滅ぼすだけの事。踏み出すより、他に道は無いわ。」
涼しげに響く、その声。至上の喜悦に輝く、艶然たる女神の微笑。この一瞬の為に、永劫の刻を待ち続けたとでも言わんばかりに…我知らず、それを眼にした全ての者が見惚れる…全身を歓喜にうち震わせてまさに羽ばたかんとするワルキューレ、翼ある戦いの女神、或いは観る物を虜にせずにはおかない、光明の名を持つ美しき反逆者の姿…紡がれる言葉は、事実上の神への宣戦布告。
「後悔は、無いのね?」
ユイの斜め後方に立ち、囁くように、いま一度その意志を確かめるナオコ。
「忘れていたわ…そんな言葉は。」
楽しげに言葉を返す、その横顔に浮き立つかのような笑みを浮かべたまま…呆れたわね。まるで恋人に会いに行く十代の女の子みたいよ、あなた…浮き浮きと言葉を続ける。
「冬月君、『ゼロ』のプロテクトを外すわ。至急発動準備を。」
「司令!?それは…本気で言っておられるのですか!?」
ここまで驚愕した冬月の姿を、加持は見た事が無かった。土台、あのユイがここで冗談を言う筈も無いが…ゼロ?何を隠しているんだ、この期に及んで…技術部には、まだ手の内があるのか?ユイから視線を外し、片手でこめかみを押さえる冬月…
「この記念すべき刻にあの娘を呼ばなければ、なにも始まらないわ。そうは思わない?」
冬月に、優しげとさえ言える声で囁くように語り掛け、微笑み掛けるユイ。冬月の眼に、絶望にも似た光が一瞬宿るのを加持は認める…
「…了解です。青葉君、零号機のL.C.L圧縮比を1.6に上昇、そのままで並行して酸素濃度のモニターを実施してくれ…」
「なっ!?」
「どう言う事ですか!?冬月主任!!」
ほぼ同時に冬月に食って掛かる加持とマユミ。余りに唐突な命令と、作戦部方向から一斉に上がる抗議に困った顔で直属の上司を見上げる青葉。
「良いんですか、主任…危険域ギリギリですが…彼女、負荷に耐えられないんじゃ…」
モニターの隅に写るエントリープラグ、座っている白い妖精の様な少女に眼をやる…グラフに表示された、プラグスーツ内のセンサーから送られてくるレイの生理状態に眼を向けたまま、答える冬月。
「大丈夫だ、これなら、行けるだろう…2分も保てば、十分だからな。そこまで圧縮出来たら、次は酸素濃度を少しづつ、そうだな、1.2まで上げてくれ…血中濃度、2番のグラフが、少し過供給に成る位がいい…」
あえて、レイの呼吸や自律、副交感神経系を追いつめる様な指示に首を捻りつつも、L.C.L圧縮比の調整にかかる青葉。マユミの方へ顔を上げる。
「マユ、じゃない…山岸主任、レイちゃんに警告、頼みます。コンマ3を超える辺りで、少しショックが来るぞ、って…」
『よんだ?…しょっく?こんまさんってなんのこと?』
…筒抜けかい…誰だよ、通話回線を付けっぱなしにしとく奴は?余計やりづらいだろが…コクピットできょとんとしているレイを向き、観念して自分で説明を始める青葉。
「今晩は、レイちゃん。俺は技術1科の青葉シゲル、冬月主任の助手をやってる。…早速で悪いが、これから君の周りのL.C.L、入ってる水が少し濃くなるんでね、途中で少し耳鳴りや吐き気がするかもしれないけど、直ぐに納まると思う…変な感じがしても、それは大丈夫だから安心してくれ。OKかい?」
『あおばさんだね?あたし、綾波レイ、よろしくね。あたしはだいじょぶだよ。またなにかあったらおしえてね?』
「了解。こちらこそ、よろしくな。少しづつ上げるから、ショックが来たらおしえてくれ…圧縮開始します、05、07、09、1.1、…」
…因果な役だよなぁ、嫌われるか、やっぱり…レイちゃん、悪い!…
「!?」
「1.3!大丈夫か!?…35、37…」
背筋に走る、ショック…急激に訪れる吐き気に驚き、口元を押さえる。
『…うん、だいじょぶ、なんとか…』
苦しそうに、無理に微笑むレイ。内心胸を痛める、人相に似合わず心優しい長髪野郎…
「目標値に到達。酸素供給、開始します…やばいですよ、主任。レイちゃん、もう限界じゃあ…」
「部内規定第11条3項により、作戦部として異議申し立てがある…理由位教えてくれてもいいだろう?作戦準備中のパイロットを無意味に疲労させるのは、やめてもらおうか。」
躊躇する青葉、詰め寄る加持に冬月は司令席を見上げる。依然として上がる、プラグ内の酸素濃度に酩酊状態に陥るレイ…あれ、めがまわるよ…これ、なに?
「作業を続行して。加持君、これは委員会レベルの機密に関わる最重要事項、『ゼロ』は直接総司令指揮下に繋がる独立したラインです。本行動に関しては、私が陣頭指揮をとるわ。作戦部は通常兵器により『ゼロ』の支援を実施。異議は無いわね?」
「…了解しました。ですが司令、『ゼロ』とは…」
頭上から掛かるユイの命令…もはや、退くしかない加持。…すまんな、加持。言えんのだ、俺の口からは…眼で詫びを入れる冬月。まあ、いいさ。直ぐ御目にかかれるんだろ?その『ゼロ』に。EVAそのものを指しているのでは無い事は解るが…それより問題は、レイちゃんの身体だな…お?終ぞ無かった事態、ユイが自ら司令席を下る。リフトから降りると青葉の操作しているコンソールの背後からモニターを覗き込む…
「悪くない数値ね。後コンマ05ずれ込んだら、そのレベルで固定して。」
モニターの上、見事にフーガ様に重なる、x軸上の座標のみを異にする、赤と青のグラフ…少しづつ、感覚を狭め、一つに重なって行く放物線…
「了解です…そこだな。酸素濃度1.17、L.C.L圧縮比1.6でホールドだ。」
「無茶苦茶です…そんな中でEVAを動かすなんて!大人でさえ、意識を保てないかもしれないのに!!レイちゃん、しっかりして…あまりL.C.Lを吸い込んでは駄目、今のそれはお酒みたいな物なの、酸素過多で脳が壊れてしまう!」
メインモニターの中、既に意識朦朧とした状態のレイ。生理状態は極限に近いはずなのに、既に自覚すら出来ないのか…あ、マユミさんだ。なにかいってるけど、よくわかんない…ねむいよ、とっても…
「場合によるがな。通常人には耐えられなくとも、ある種の存在には好適な環境な事もある…原始海水の中で好気性が嫌気性のバクテリアに取って代わったようにな。」
「非道い!レイちゃんは人間です!細菌でも原生動物でもありません!!みそこないました、冬月さん!!」
ありったけの怒りを込めた、マユミの視線を受け流す冬月、ちらりと、加持の方を見る。解ってるよ、先輩。自分だって、直ぐにでも止めてしまいたい、そう思ってる事くらいはな…
「静かに。始めるわ…プロテクト解除、『ゼロ』、発動準備…加持君、ヘッドレストを。」
ヘッドレストを受け取ると、メインモニターの前に歩み寄り、静かに立ち尽くすユイ…再びその面に浮かぶ、喜悦の笑み…モニタ越しにレイを射る、その視線…
…ママ?…あたしを、じっとみてる。とっても嬉しそうだ。どうしたの?ママが楽しそうに笑うと、なんだか、あたしもうれしいな…ママ…酸素過多の生み出す、朦朧とした、焦点の定まらない、その意識…ヘッドレストのマイクを、口元に持って行く…響き渡る、涼しげな音色の、詠唱?どこか湿りを含んだ、官能的とさえ言える、その詠声…
「…其はとこしえの闇にあらねど、闇より深く死を超ゆるもの…さあ、目覚めなさい、『ゼロ』。全てに終焉と死を与える破滅の女神…」
その、母の言葉が果たして聞こえているのか…ゆっくりと、瞼を閉じるレイ…
瞬間、開かれるその紅い双眸、時を同じくして一瞬にきえた、その表情。レイを包んでいた、その空気が、変わる。静かに、しかし、鋭く、冷ややかに。ゆっくりと瞬きをした後、その唇から発する、透き通る、静かな声…
『そう、もうわたしを眠らせては、くれないのね…』
「レイちゃん、よね、あなた…」
果てしなく疑問文に近い、その確認。返される応え。
『そう、わたしは『綾波レイ』。同時に『ゼロ』と呼ばれるもの…汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン零号機、その専属パイロット…マルドゥクの報告書による最初の適格者、ファーストチルドレンと言う事になっているわ…』
恐らくは、既に知っていたであろう数名を除き、居合わせた全ての人間が確信する。別人だ…多重人格、解離性自己同一性障害?…違う、恐らくは。司令の言葉、たしか、H・P・ラヴグラフトの詩の一節…「鍵」だ、あれは。後催眠暗示、多分人工的に作られた人格、「もう一人の綾波レイ」を覚醒させるための…
「何が、訓練はしてない、だよ…松代の実験場か?人格を分離して、NERVに関する記憶操作までやっといて…彼女のため、なんて言うなよ、今更…随分と汚い遣り口じゃないか、先輩?」
流石に、加持さえも冬月に軽蔑の視線を向ける。この「人の心に対する度し難い冒涜」に、沸き上がる憤怒を必死に押さえているマユミ、同じ技術部の手によるのであろうそれに、拭い難い後ろめたさを感じたまま、床の一点に視線を落とす青葉…
「神に刃向かおうとする我々が、ヒューマニズムに縛られるとはな…使徒との戦いには人倫は不要だ。負ければ人そのものが絶えるのだからな。しかし、それはさておき…皆、勘違いをしているように思うんだが…!」
制される、冬月の言葉。振り向いたユイの視線に…その微笑の意味する所を本能的に悟り、いや、悟らされて凍り付く一同…やがて、口を開くユイ。
「一つだけ、言っておくわ。『ゼロ』は、貴方達の考えている様な玩具では無い…そんな児戯に等しい行為では、人も神も超える事はできないのだから。」
不可解なユイのその言葉に、沈黙をまもっていた「ゼロ」が反応する。
『わたしは、あなたの道具ではないわ…』
驚く加持。「ゼロ」の紅い双眸に宿る、余りに静かで深い、憎悪の光、ユイに向けられた、その突き刺すが如き視線…それを受け、楽しげに笑うユイ。
「あら。約束を全て果たすまでは、私の命令には従ってもらうわよ。破る事はできないのでしょう?あなたに残された、たった一つの「絆」なのだから…」
『そうね…でも、奪ったのは、綾波ユイ、あなたよ。あなたの壊したあのひととの絆…ゆるさない。全ての約束を果たした時に、わたしはあなたを必ず殺す…』
どういう事だ?少なくとも「ゼロ」は洗脳の産物なんかじゃない、これは確かだな。「ゼロ」は司令を憎んでいる。母親だと言う認識も無いらしい。あの殺意は、本物だ…マインドコントロールされた兵士の、しつけの行き届いた御行儀の良さとは正反対のもの、契約により辛うじて縛り付けている、禍禍しい力を持つ、何か…直観にすぎない。しかし、身体の奥のなにかがそう確信させる。あのレイちゃんの中に、こんなとんでもない女神様が棲んでいたとはな…
「ふふ…可愛いわね、私の『ゼロ』…早く貴方の力を見せて…零号機を発進台へ。出撃。」
『そう、命令なのね…なら、そうするわ。』
ユイを一瞥し、その端正な顔に能面、「尉」の如き無表情な静けさを湛えたまま、「ゼロ」はモニターを切る…灰色のノイズにかわる、発令所メインモニター。呆気に取られていたマユミが、慌ててコンソール上の作業を再開する。
「嘘だろ、これ!?…シンクロ率、もう50パーセントを超えてますよ、彼女…」
「L.C.L圧縮濃度の維持を最優先してくれ。『ゼロ』はあの比率の液体の中でしか、存在できんのだ…圧力が落ちようものなら、所かまわず又『眠り』に付いてしまうからな…」
加持の耳にも届く、冬月と青葉の会話。もしかしたら、『ゼロ』は実体を持たない精神的寄生体の様なものではないか、などと突拍子もない考えさえ浮かぶ。振り向くマユミ…
「ルートD−4経由でB−18乃至B−22へ…これなら、FA−7兵装ビルか第8集光ビルの陰、死角から目標の背後へ出られます。この2個所が最適のプランですね。」
CRTに表示された市街中枢の鳥瞰図を眺める加持…随所に表示される、迎撃システムのスペック、現在の破損程度、稼動状況、残弾数。
「B−18はまずいな。第8集光ビルじゃ、奴の熱線を遮蔽しきれんだろ…22は…距離300、18なら50か…近距離からの奇襲、一発目を外したら終わりだな、これは…遠間合でも、FA一桁代の兵装ビルなら、装甲も厚い…おびき寄せて仕留める方が確実か。零号機をB−22へ射出、同時に手前のAA−34兵装ビルで射撃。援護、陽動を実施…これで行こう。」
「了解しました…零号機、第7昇降機に固定完了。」
ユイに向き直る加持、報告。微笑むユイ…
「作戦部、攻撃支援準備完了です。」
「射出と同時に射撃開始。零号機、発進。」
ケイジ天井部の多層式シャッターが解放される…リニアレールを走る、紫の電光、急加速…次の瞬間、咆える様な金属音を蹴立てて、零号機を抱えた第7昇降機が真上に弾け跳んで行く…モニタ上、網の眼の様に要塞都市、第三新東京市の地下を走る銀色の筋の一つ、D−4発進路の上を瞬時に地表まで走りぬける赤い光点…
加熱した空気が揺らぐ、人気の絶えた片側4車線の幹線道路。無人の路上に散乱するコンクリート塊、無数のガラスの破片。飴の様に溶けて捻じ曲がり、拉げた鉄骨。道路脇に放置された、恐らく車であったろうスクラップ、中から染み出しているオイル、冷却液にまじる、つい先刻までは温かかったろう赤黒い液体。松明の如く燃え上がる街路樹。至る所で発生している火災に巻き起こされた熱風が、死に覆われた街を、吹き抜ける…
風が凪ぐ、一瞬…裂ける大地…アスファルト舗装の路面にしか見えなかった其処に瞬時に出現する、正方形の巨大な扉。開かれる装甲シャッター、内部に垣間見える複雑なリニアレールの配線。警戒色に塗られた鉄骨の上、赤くB−22のマーキング。変わらぬ日常の営まれる街の薄皮の下に隠された、巨大且つ無骨な軍事施設。此処は完全武装都市、第三新東京市…瞬間、地表に弾き出される巨大な鋼鉄の籠、低視認色のアームに抱かれ、固定された青き巨人の姿。
「零号機、射出完了…各システム、問題無し。ガントリーロック、解除します。」
「AA−34、シャッター展開。方位角242、射距離1300、目標補足。」
黒く遠い、山々の稜線。並び、聳え立つ墓標の如き高層建築群、その頂に赤い航空標識灯をゆっくりと明滅させながら…其処に立つ、青き甲冑を纏い、赤い単眼を持つ巨大な人影…メインモニターに映る、EVA零号機。左下に、その四分の一程の大きさの平面のホログラムが出現する。映る、異形のもの。その暗紫色に蠢く体組織に重なる照準環、右隅に表示される射撃諸元。
「SAM−V、赤外線シーカー固定、ロックオン…2番から45番まで斉射、射撃開始。」
モニターの中、加持の号令と同時に炎の尾を曳いて目標に襲いかかるミサイルの群れ…瞬時に、轟音と共に使徒を包む赤い火球。
「全砲門、機関砲作動。全力斉射…」
続けざま、第一撃の爆発が納まらぬ内の砲撃…陽動、囮なのだ。初めから効果など期待してはいない。零号機が攻撃態勢に移るまでの間、奴の注意を引きつける事が出来れば十分だ…爆炎の中に吸い込まれていく曳光弾の集中砲火…廃虚と化した街を覆う闇を切り裂いて、激しく明滅するマズル・フラッシュ…爆炎を裂いて閃く、白熱した輝きを認めると同時に火器管制モニターの画面がノイズに変わる。
「AA−34兵装ビル、反応消失…大破。これで、全ての迎撃システムが使用不能です…」
『…こちら零号機。現在目標後方50(ゴー、マル)に接近、待機。事後の行動に関する指示を要請します…』
マユミの、「矢尽き刀折れた」の報告と同時に画面の半分をしめて出現した、純白の妖精の姿。呆気に取られる、発令所の人々…
「何時の間に…先輩、操縦経験があるのか?彼女は…」
「無論、無い…簡単な事なのだろうが、『ゼロ』にとっては…しかし、予想以上だよ、これは。まるで自分の手足の様に…まさか、自分の任意にシンクロ率を設定出来るのか?」
冬月の返答は上の空だ。その眼は…シンクロ率のグラフに釘付けになっている。
「攻撃開始。貴方に任せるわ…『ゼロ』。好きな様にやってごらんなさい。」
『
全てを望むと言うのね。全ての人を傷つけ、災いをもたらしてまで…了解…攻撃、開始。』「ゼロ」の漏らした微かな呟き…加持達は聞き取る事は出来なかった。しかし…微笑を浮かべたユイを一瞬見返した、その紅い瞳。余りに静かで、深い…憎悪か、哀れみか…この静寂の女神は、何を想うのか…メインモニターの中、何時の間にか山並みの向こうから昇る、真円の月。そうか、今夜は…EENT(薄暮時期の最終時刻・野戦砲兵にとっての観測射撃の限界)、明度表と共にチェックしておいた月齢(何れも夜間戦闘に関する作戦立案の重要事項)を思い出す加持。其処に住む人々は既に地下に消え、闇が支配していたこの要塞都市を、淡い銀色の光が包む…其処に照らし出される二体の巨大な影…月光に映える、青い巨人のシルエット。そんな事は有り得ないと知りながらも、錯覚を覚える…画面の半分を占めるコクピット、銀の月光に縁取られた、繊細で優美な白い女神の姿…余りに幻想的だ。此処が戦場である事を忘れてしまう程に…「ゼロ」が、動く!…瞬時に月光の中、疾る影…
「は、疾い…」
背後から急襲する気配、気取る異形の巨人…その上体を捻るなり腕から放つ、熱線?いや、「棘」!!白熱した輝きを放つ槍状の器官、一瞬にして貫かれる零号機の頭部…?空を切る輝くその切っ先、瞬時に消えた青い頭部。次の瞬間、螺旋の軌跡を描いて宙を舞う使徒の巨体…瓦礫、崩れたビルの残骸に叩き付けられる第三使徒…
「『四方』、いや、『合気投げ』!?出来るのか、あんな動きが…」
使徒の放った「光の棘」の先端を躱すなり、その右腕を捌きながら胎転、死角に入りこみつつ腕関節を固定、相手の運動エネルギーを利用して投げる…古流柔術系の高等技術。まさか、使徒相手にあんな技を使うとは…
「考えたな…自分からの攻撃がすべて返され、挙げ句にダメージを負う、あれではA.T.フィールドも形無しか…しかし…」
瓦礫の上、その巨体を擡げる第三使徒…銀色の月を背に、静かに背筋を伸ばし、自然体の侭軽く半身に立つ零号機。微塵の無駄も無いその滑らかな動きは、優雅ですらある…立ち上がる使徒…先ほど取られたその右腕が、不規則な動きを見せる…丁度、ヤスデやゴカイの様な多関節の節足動物、その身体の蠢きに酷似した…顔色を変える加持、…同じ事に気付いたらしい冬月が呟く。
「やはりな…自己進化能力、か。人と同じ骨格を持つ者でなければ、あの技は通じん。多関節、或いは軟体動物の様に全方向に可動する四肢を持たれてしまっては…」
奇妙な所で重なる、生化学者と荒事屋の見解。突然、先ほどから頻りにコンソールのモニタを切り替えては何かをチェックしていたマユミが振り向く…
「部長!!…Cブロック、目標の足下200にIDの反応が!」
メインモニター下段に投影される、戦闘区域の鳥瞰図、第三使徒と零号機の丁度中間辺り。人間、NERV職員の存在を示す数個の光点。素早くコンソールを操作するマユミ、表示される、その情報…OPV S−8 TEC,1 DR K・SOURYU…
「技術1科(うち)の観測班か!…逃げ遅れたのか…なんて事だ…」
「マユミちゃん、零号機に通報を…なんだって、この非常時にあんな危険区域に配置してるんだ?」
苛立ちを含んだ加持の言葉に、苦々しげな顔で答える冬月。
「A.T.フィールドに関する分析とデータ収集、使徒の真近に寄らなければ出来ん事も在るだろう?…500メートルを切ったら後退するよう指示しといたんだが…」
冬月のあの口調、大凡の見当は付く。1キロ以内の距離では土俵の中にいるのも同然、それは彼等も承知の上の筈だ…司令の特命だな。特攻まがいの手段を使っても、データを取って帰ってこい、って事か…おそらく、使徒の正体に関する鍵が、そこには在るに違いない…取りあえず、今は観測班を回収する事だ…モニタの上、C地区周辺の使用可能なシェルター、リニア輸送路、最も近い医療班の位置を検索する。負傷の有無、程度も知りたい…通信手段は、確保出来るか?…
「零号機…こちら、作戦部、山岸よ。聞こえる?『ゼロ』…」
『…聞こえるわ。何…国際連合通達第127号第2条によれば、わたしは、作戦部の指揮は受けない筈…』
冷ややかな「ゼロ」の視線と回答に、一瞬押されるマユミ…苦手だわ、この娘…
「緊急事態が発生したのよ。零号機の前方180、逃げ遅れた技術部の車両があるの、確認できる?…部長、ルートH−54が使えます、現場から距離300…」
H−54…これか、器材搬入用の軽車両専用リニアレール。最寄りの、と…これだな、第24巡回医療班、第3集光ビルの残骸の陰で待機させて、負傷者と合流、同時に回収、か。問題は…
「出来れば、負傷者の確認も頼む…そこからじゃ、解らないかもしれんが…」
瞬時にL.C.Lに満たされた空間内に出現する数枚のホログラム・モニタ。指一本動かす事無く、思考制御だけでモニタを切り替え、センサーを操作する「ゼロ」。観測車、確認。映像拡大…それまで、感情というものを見せる事のなかった彼女が、その優美な眉をひそめる…
『確認したわ…車両大破、行動不能。生存者数、3。内1名は負傷…出血多大。推定される原因は下腿部裂傷。早急な止血措置が必要…これより、回収に移行。医療班を、待機させて…』
舌を巻く加持。初めてEVAに触れたにも関わらず、自在にその機能を操る能力…或いは、恐らく初めての実戦で見せる、その戦闘能力と冷静かつ的確な対応…
「了解だ…ありがとう、『ゼロ』。そこから9時方向、300の輸送路入口に医療班を回すよ。そこで合流してくれ…マユミちゃん、第24医療班に連絡を。」
「了解…!!来るわ、『ゼロ』、避けて!!」
先ほどダメージを受けてから、警戒しているのか瓦礫の上で零号機を牽制していた使徒が、動く…負傷者回収の動きに刺激されたのか…接近戦では不利とみたのか、虚ろな仮面の眼下に灯る輝き…放たれる熱線。零号機は…回避しない。
「兵装ビルの陰へ!!左後方150よ!」
『駄目…今回避すれば、負傷者が攻撃を受けてしまう…ここで戦闘は出来ない…負傷者を、回収させて。攻撃は、食い止めておくから…』
片膝を突き、背を丸め頭部正面に両腕をクロスさせて、使徒の熱線を受ける零号機。背後に、動けない負傷者を、その身体で庇いながら…苦痛に歪む、『ゼロ』の表情、神経接続による、フィードバック…奥歯を食いしばり、背中を丸めながら、そのあまりに華奢な身体で、耐える…断続的に熱線を浴びせながら、間合いを詰めてくる第三使徒…
「そんな…盾になると言うの、自分の体で…医療班、回収を急いで!!」
詰め寄る、その両腕から再度、棘を放とうとする…立ち上がりざま、その両腕、上膊部を掴み、使徒をその場に押し留める零号機…全力での押し合い、至近距離から熱線を浴びせる使徒…全身を生きながら焼かれるが如き激痛に耐えながらも、決してインダクションレバーを放す事はない「ゼロ」。モニターの一つに映る、負傷した白衣の女性、その両脇で支える職員達、必死の想いで、自分達の命を繋ぐ唯一の存在を見上げている、その表情。視線を向ける「ゼロ」。激しい痛みの差中、ほんの一瞬、かすかに浮かぶ、その微笑み…
『大丈夫…誰も、死なせはしない…貴方達は、わたしが守るもの…』
「『ゼロ』、あなたは…」
…そうよ、兵器や道具なんかじゃない!自分の意志を持たない者は、自ら誰かの為に苦痛に耐える事なんか出来ない、他人の痛みも解らない…私達が思っていたような、命令に従うだけの戦闘マシンなんかじゃ、ありえないんだわ…あなたは…熱線の照り返しが辺りを一瞬だけ昼間に変える中、瓦礫の間を縫い、零号機の陰へ走りこむ車、装甲救護車…無骨なオリーブドラブの車体に描かれた赤十字と、MED−24のマーキング。停車と同時に展開する後部ハッチ、担架とともに降りる数名の医療班員…
「止血包帯!あと、添え木もだ、一旦野戦包帯だけで固定しとけ。処置はシェルターの中でやるからな!」
「班長、本部から入電です。H−54リフト準備完了、搬出口で待機中との事です!」
「しっかりしなさい、後少しだ!…よし、負傷者、格納完了!総員乗車、出るぞ!!」
手早い、至短時間での処置…車体に担架が担ぎ込まれる。素早い撤収、廃虚を走り抜ける救護車…
「作戦部、こちら第24医療班。回収完了、これよりリフト搬出口に向かう…よろしく頼む。…しかし、大した野郎だな、あのデカブツのパイロットは。「男」をみせてもらったぜ、久しぶりに。」
『了解、リフト到着と同時に降下開始します…今の発言は失礼だわ、彼女は14歳の可愛い女の子なのよ…』
ドライバーの隣、車長席で一瞬まじまじと軍用無線のレシーバーを眺める救護班長。窓から身を乗り出し、廃虚の向こうに遠ざかって行く、月光に照らし出される青い巨人を振り返る。
「…訂正する、いい女だよ、実に。まだ14ってのが残念でならん所だがな…」
一見、ありふれた地下駐車場の入り口にしか見えない其処へ、装甲救護車は走りこんで行く…
L.C.Lに満たされた狭い空間の奥、メインモニターを覆う、暗紫色に蠢く異形の生体。モニター越し、間近に迫る、巨大な白骨の仮面、その虚ろな眼窩。眼と鼻の先でリズミカルに開閉する「鰓」、体表を網の眼の様に走る、律動する動脈、呼吸?に合わせて上下する、剥き出しの肋骨、鈍く光る、巨大な赤い「光球」…密着するそれ、第三使徒の姿に埋め尽くされた視界の片隅に、小さく映る四角い平面。担架で暗緑色の車両に運びこまれる、傷ついた白衣の女性…こちらの方を見上げている。微かに動くその唇、意識の中、拡大する…ア・リ・ガ・ト・ウ…そう、感謝の言葉…よかったわね…その、全身がバラバラに解体する程の苦痛の中、微笑む。一瞬、優しげに…走り出す車、やがて、瓦礫の向こうに消える。安心する「ゼロ」…眼前、もう幾度目かも解らない、視界を焼き尽くす白い閃光、走る、燃えるような激痛…歯を食いしばり、全身を緊張させて持ちこたえる…のけぞる、そのか細く白い肢体…
『聞こえる!?「ゼロ」、医療班、回収完了…現在リフトでジオフロント内に降下中、もう大丈夫よ!!』
「そう…もう、いいのね…」
正面、向き直り顔を上げる。眼前を覆うそれを射る、余りに静かなその紅い双眸…
「攻撃、再開。」
次の瞬間、宙に弾け飛ぶ使徒。浮き上がる暗紫色の巨体、そのまま、零号機の真後ろの大地に、叩き付けられる…起き上がる、その暇も無くその「光球」に打ち込まれる四本貫手、鋭く揃えられた零号機の指尖…弾かれた!?その指先を阻む、見えざる障壁。接触部に広がる、淡く薄い、赤光…多角形の波紋、その垂直の壁に広がる光の漣。
「A.T.フィールド!?…そんな…これじゃ、どんな攻撃も…」
「駄目か…全ての物理的手段は無意味、って事なのか?だとすれば…」
最早、モニター越しに戦いを見守るしかない第一発令所。誰に言うともなく、加持の言葉を受ける冬月…
「もはや、我々人間には打つ手は無いと言う事だな…」
その次の瞬間、その赤い球体に届く、零号機の指先、光球に入る、一乗の亀裂…体を折り、痙攣する使徒…苦しんでいるのか!?
「そう、初めからこうすればよかったのね…いい事を、教えてもらったわ…」
悶えるようにその四肢を痙攣させながらも、再び間合いを切る第三使徒…見下ろす様に立つ、零号機…動く。滑るように使徒に近づき…一瞬にしてそのA.T.フィールドを「すり抜け」る…その絶対領域に侵入する瞬間、薄らと零号機の輪郭を縁取る赤い光…何の苦も無く光の漣を潜り抜けて見せる。何が起こったのか、今だ把握できない一同…モニターの情報を追っていた青葉がいち早く気付く。
「零号機、一瞬ですが、A.T.フィールドを展開しています!!使徒の張った奴と接触する間、コンマ02秒の至短時間ですが…」
「そうか、中和…むしろ侵食と言うべきか。相互のA.T.フィールドを干渉させ合い、無効化、自由に潜り抜けると言うわけだな…」
コンソールのモニタ上で再現されるデータを除きこんでいた冬月が呟く…成功か、一応は…これが、EVAの本来的用途、唯一の利用価値だからな…司令席を見上げる。
「勝った、わね。取りあえずは…」
その言葉と共に溜め息を漏らすナオコ…横目に、ユイを見る。常と変わらぬ、そのアルカイック・スマイル…当然だ、と言いたいのね。でも、それが何時か命取りに成らないとも限らないのよ…再び、メインモニターに視線を戻す…
月影に照らし出される半壊した高層建築の狭間、もがき苦しみつつも、その絶対領域を張り巡らし、零号機を阻もうとする第三使徒…その「聖なる壁」を、いともた易く瞬時に潜り抜ける、青い巨人。あたかも恐怖に駆られたかのように跳ね起き、前方に伸ばした両腕から光の棘を放つ「御使い」…軽く身体を捻る、胎転。滑らかに体捌きと連動した、その「鰓」に鋭く打ち込まれる零号機の手刀。その装甲に覆われた掌がめり込む、脈動するオレンジ色をした粘液質の肉、噴出する、飛び散る暗い青紫色の液体。腰の回転、加えられた捻りを戻しざま、めり込んだその手で「鰓」の肉を掴む…螺旋を描きながら腰に引き戻す腕、掴んだまま、一瞬に引き千切る。えぐられた、「鰓」のあった部分から間欠泉の様に吹き出す「体液」、その全身を激しくのけぞらせ、痙攣を繰り返す使徒…コクピット上、それを見詰める月光の女神。静かなその赤い双眸を一瞬よぎる、慈悲に満ちた光…
「…帰りなさい、もう一度、あの安らぎの中へ…」
その瞬間、その「顔」を上げる使徒、眼窩から放つ、閃光…射線上に居た筈の、既に其処には無い、零号機の身体。むなしく夜空に伸び、第三新東京市を明々と照らし出す、白い輝き…殆ど「消えた」としか思えない速度で、何時の間にか使徒の背後に立つ零号機。その左腕を、静かに横に伸ばす…その腕の甲、取り付けられた盾状の装甲板。激しく高速回転を始める、ドラム状のウィンチ…瞬間、甲高い唸りを上げ虚空を斬る、なにか…
「あれは…プログレッシヴ・ウイップ!?…」
「使う気か!?非固定装備1−甲…」
上体を真っ直ぐに伸ばし、半身に立つ優雅な姿勢の侭、滑らかにその左腕をスイングする…切り裂かれ、咆える大気、素早く使徒の上半身に巻き付く、細い…銀色の糸?輪の様に、更に飛び散る紫の体液…
非固定武装タイプ1−甲、通称、プログレッシヴ・ウイップ。左手下腕部に装着したドラムリールに巻き取られた、直径5センチの強化合金索…高周波振動を帯びるそれは、接触するあらゆる物質を分子レベルで瞬時に切り裂く。先端に装着したセンシング・スタビライザーに内蔵された、三次元慣性センサーからフィードバックされる座標、ベクトルは瞬時に計算され、直接パイロットの運動中枢と連携、手元から与えられる最低限の運動エネルギーにより、操るもののイメージを正確に再現しながら、命あるものの様に自在に宙を舞う…ただし、操作には正確、厳密な空間認識能力が必要であると言う、致命的欠陥をもっているが…普通の人間に、誤差ミリ単位以下の三次元認識など、まずは不可能…しかし…今、それは、使い手の意志の下、生命を吹き込まれたかの如く月光の中を踊る。恐らく、今「ゼロ」の脳裏には正確な三次元座標が浮かんでいるに違いない…
紫の飛沫を上げ、使徒の腕が宙に飛ぶ、その肩を離れ…月明かりの中、弧を描き、体液の軌跡を夜空に振り撒きながら…淡い月影を受け、きらきらと銀色に輝く飛沫は美しく、幻想的ですらある…続いて、もう片方…一瞬にして両腕を失い、絶叫の如き咆哮を上げる使徒。切り刻む、銀色の糸…静かに立ったまま、その左腕のみを伸ばして、それを見下ろす零号機…
「なんてこった…完全な、ワンサイド・ゲームだな…」
「信じられない…あのサードチルドレンでさえ、自分の身体を切り裂いてしまうだけだったのに…何度シュミレーションを繰り返しても…」
「おわりに、するわ…」
一気に、間合いを詰める零号機、叩き込む正拳、その赤い光球へ…接触する直前、開く、第一関節のカバー、青く塗られた拳の上、露になる四つ並んだ警戒色塗装の突起物…炸裂、赤い閃光…
「あれも付けたのか?先輩…無茶するよな…」
「俗称 HEAT・ナックル…拳に内蔵する激発信管付きの成型炸薬弾だよ。巡洋艦の装甲くらいなら三枚重ねて穴が空く…最も確実な攻撃手段の一つだ。」
「…やったのか、その実験…瓦の試割りじゃあるまいし…」
一瞬立ち込める、青白い、C系混合爆薬の燃焼ガス、辺りの空気に拡散する…ガスの靄の下、無残にひび割れた、赤い球体…拳を引き、残心をとる零号機…動かない、第三使徒…
「やった…か?…」
静寂…月光の中、動かない、二体の巨大な影…息をつめる、第一発令所。その場に居合わせたもの全てが、食い入るようにメインモニターを見詰める、ただ一人の例外を除いて…響く、誰かが唾を嚥下する音…灯る光!その仮面の眼窩に…
「駄目なの!?」
跳ね起きる異形の巨人、断末魔の力を振り絞り、零号機に覆い被さる、体組織を軟く変化させて…最期に残った力で、その使命を果たすべく…誰もが、その意図を悟る。
「特攻!?…自爆する気か!!」
しかし…既に零号機の姿は、そこには無い…何時の間にか、その背後に立つ青い巨人…
コクピットの中、モニターの隅に映る民家に気付き、一瞬視線を投げる「ゼロ」…その紅い瞳に映るそれ。慌てて避難したのか、庭先に干したままの布団、大きい物が二つ、小さい物が、一つ…転がったままの三輪車…眼前の目標に、視線をもどし…
「駄目…させない。」
その暗紫色の両脚の間を吹き抜ける、音速の衝撃。体に縦に巻き付く、銀色の糸…仕損じた事に気付き、振り向く使徒…再び、仮面の虚ろな空洞に灯る、白い光、自爆の決意…しかし、「ゼロ」はそれを許さない。
「…さよなら…」
次の瞬間、裂ける使徒、光球もろとも、左右真っ二つに…吹き出し、溢れかえる青紫の液体、見事に割れる、白骨の仮面…唸りを上げる、左腕のドラムリール、宙を舞い、瞬時に巻き戻される銀色の糸。軽く、優雅な仕種で左腕の「血」を振う零号機…眼前、左右に崩れ落ちる、最早それは唯の肉塊に過ぎなかった…
『目標、殲滅…任務、完了。』
現在時、2040、作戦終了…加持が「ゼロ」の声を聞いたのは、今の所それが最後だ…
何時の間にか、稜線、箱根の山並みが薄っすらと白く染まり始めている、窓の外。本棚の置き時計に眼をやる…まいったな、今からじゃ、一眠りって訳にもいかないか…明日、いや、今日は非番とは言え、区役所、明後日からレイの通う事になっている、第一中学校への転入手続き等、やる事は山ほどある。…やれやれ、引越し疲れも抜けてないってのに…殆どの行政機能は、NERV本部内の第七世代生体コンピューター、「トリニティ」が代行しているのが実状とはいっても、妙な所で人間臭い習慣を拭い切れないものなのだ、役所と言うものは…コーヒーメーカーに手を伸ばし、空だった事を思い出す…流し台に、急須と番茶の茶筒を取りに立つ…明け方の静寂の中では、意外に大きく響く、台所の物音、はっ、と気付く…
「あ…そうだよな、一人所帯じゃなかったか、もう…起こさない様にしないとな…」
おそらく、未だすやすやとまどろんでいるであろう天使の寝顔を思い出し、そっと気を付けながら戸棚を閉めた…
明るい色合いのカーテンの隙間から、白い光が漏れる。すずめが窓の外で歌い出す時刻…張り替えたばかりの壁紙、掛かっている、新しい制服、紺色のスカート、赤いリボン…眠っている、猫の模様の付いた枕を抱いて…枕元に、古びた眼鏡をそっと置いて。この愛らしい天使は、未だその残酷な運命を知らない…
あとがき
アスカ(以下、ア)ぐーてんたーく!全国一億二千万人のアイドル、惣流・アスカ・ラングレーよっ。今回は、悪行の果てに、みんなと顔を合わせづらくなって逃亡した鯖に変わってこのアタシがあとがきの司会をやるわよっ。
レイ 日本のほぼ全人口ね…でも、鯖の読者のひとは、わたしのファンの方が多いと思うわ…あなたは、脇役か悪役にしかしないもの、鯖…
ア ふーん、認識が甘いわね、あんたにしちゃ(ニヤリ)あの生き腐れ野郎を信用するなんてねー。あいつが気分転換第二弾とか言って、今何やってると思ってんの?果てしなくダークで人でなしな「ひろいっく・ふぁんたじー」なんか書いてんのよ。しかも、あんたは悪の帝国の女王なのよっ!もちろんヒロインはこのア・タ・シ。しかしあの馬鹿も安直よねー。「鉄砲の出ない話をやるんやあっ!!」とかいって、結局銃が魔法と刃物に変わっただけの同じ様なネタやってんだもん。
レイ そう、「白銀」の続きも書かずに、そんな事をやっているのね…あの嫁無し30男は…なにもわかっていないのね。「自分の本質が商業的エンターテイナーである事をわすれて、現実逃避の果てにサブカルに持ち上げられてその気になり、自分のホームグラウンドに後足で砂をかけてコギャルを追い掛け回しているどこかの映画監督」の様に…自分が唯のガンマニアである事を否定したいがために悪あがきをして、文化的人間を気取れば気取るほど馬脚を表していくのね…
ア あぶない発言するじゃない、さらっと…(汗)まあ、所詮は「裏日本出身・四流私大卒の転職歴四回ブルーカラー一直線で元自衛隊員な町工場のドラ息子、しかも長男」な嫁無し30男のやる事だもんねー。もう人間やめた方がいいわね、あいつは。
ケンスケ(以下、ケ)何時、性犯罪者として三面記事に載っても不思議の無いイヤーンな経歴じゃないですか。皆さんこんばんは、軍事評論家の江畑…あうっ!?
ア なにやってんのよアンタはこんなとこでっ!?そんなネタ誰も憶えてないわよっ、何時の人間よ、アンタは?
ケ へ?なにやってるって、決まってるでしょ。解説だよ、アッチ方面の。以前大家さんからリクエストがあったんでしょーが。今回呼ばれなくって、いつ出て来るってのさ?
レイ 碇君は、どうしたの?
ケ 部屋に閉じこもって、誰にも合わないらしいぜ。こないだから…かなり変だったな。あれは…トウジが「うじうじしよってからに、マタンキついとんのかい」とか言ったら、急に怒り出して…「だからこんな目にあってるんじゃないか!!」とか喚き出すし…部屋のまわりをストーカーがうろついてるって話も聞くしね。
ア 茶色いショートカットの若い女でしょ、それ。全くネルフって性的異常者の巣窟よね。あれが公開されるまで御篭りを続けるつもりかしらね、アイツ…どの道さらしもんになるのにね(ニヤリ)
レイ …「ロリマヤ」と改名するべきね…
ア で?今回は何の解説をやろうってのよ。
ケ 取りあえず「相田ケンスケのリヴァース・ミリタク入門」第一回は鯖オリジナルのエヴァの武装について…ってとこかな。
今回登場した、「プロヴ・ウイップ」と「HEAT・ナックル」にしてもそうなんだけど、何か鯖が急に「エヴァ本編の装備には、無意味で非合理的なもんが多すぎるぅ!!」とか言いだしてね。リヴァースでは、そこを徹底的に見直すって言うんだ。で、どこが問題かって言うと…例えば…
310ミリ狙撃銃
元々、エヴァの戦術的メリットはATフィールド中和可能距離内での接近戦に在るにも関わらず、長距離(口径から推定するに、30キロは優に超える)射撃専用の火器を装備する意味はあるのか?また、視界の外、地平線の向こうを直射弾道を持つ火砲で照準するつもりなのか?あれならば、兵装ビルや国連軍の自走砲で支援した方がよほど効果的ではないのか?
ソニックグレイヴ、スマッシュホーク
相手より遠い間合いから攻撃が出来る点は長柄の得物のメリットではあるが、反面懐に入られてしまえば、その小回りの悪さから不利この上ない欠点も同時に存在する。又これは、人間同士が刀剣で戦う場合の原則であり、鞭の様な変則武器相手ではかなり勝手が異なる。相互のATフィールド中和距離内において、触手等の構造を持つ使徒との戦闘を考えた場合においては、決して使い勝手の良い武器ではない。なお、スマッシュホークについては、斧はその刃の自重を運動エネルギーに変えて強大な破壊力を生むと言う一点がメリットであるが、粒子レベルの高周波振動により目標を切断出来るプログレッシヴ・ウェポンにそれを適用するのは、単に使いづらくしているだけではないのか?と言う疑問を禁じ得ない。
って事。で、鯖の言うには「長い柄を持つ得物、射程距離を追求する代わりに小回りの悪いショルダー・アームズ(ライフル型の肩撃ち火器)を排除して、せまいリングでの戦いに有利な片手操作の出来る刀剣、柔軟な対応の出来る多関節武器、ショットガンやマシンピストルの様な接近戦専用火器に置き換える」って事になるらしいんだ。で、今の所登場予定の物は…
ライアット・カノン
要はエヴァサイズのショットガン。火薬ではなくエレクトリック・サーミナル効果によるプラズマ圧でスラグ、榴散弾を高初速射出する電子熱砲。ストックは無し、片手でも振りまわせるサイズ。セミオート、ポンプアクションの切り替え式。ケースレスの予定。外見はMPLを無骨にして、ポンプアクション化したようなイメージ。
EEMP(電磁加速式全自動拳銃)
パレットライフルのマシンピストル版。原理も同じ、ただ背中に外部バッテリーを背負うか、専用のアンビリカル・ケーブルを繋いで給電する必要あり。外見はP−90、と言うより「攻殻機動隊」のセブロC−25マシンピストルのイメージか?
ハンドロック
腕の甲に装着出来る手甲状のランチャーを持つ外装式自由ロケット、二連式。500から600ミリくらいの予定、ランス・ロケットかパトリオットが腕の甲に二つ並んでいると言う感じ。その気になればN2弾頭も使用可能。
プログレッシヴ・レイピア
零号機専用装備。あのプロヴナイフの納まっている所に折りたたんで収納。刀身は、ロッドアンテナ状(打神鞭とも言う)に伸縮。勿論プロヴナイフより長い。(あー、鯖のコメントによれば、「レイちゃんにオルOァカッターだの、ナイフだの、そんな不細工で猟奇なもんをもたせられるかぁぁっ!!やっぱりレディーには優雅な武器を使ってもらわんと。」って事らしいね)
P・S・F(ポリカーボネイティッド・スラッシュ・ファン)
再び零号機専用。要は、プログレッシヴ鉄扇。高分子素材で出来た巨大な扇。日本舞踊の舞扇の巨大な奴…(理由は「レイちゃんに…」以下同文。)
名称未定(要は三節棍…)
取りあえず、多関節武器は出るだろう、と言うことらしい…あと、アクティブソードはお気に入りらしいから出て来るだろうけど、鯖の事だから下らない小細工はするんじゃないかな?名前も「プロヴ・ソードの方が良い」とか言ってるし…
とまあ、こんな所だな。ちなみに「HEAT・ナックル」のひーと、って言うのは「熱」じゃなくてHi Exprosive Anti Tank、対戦車榴弾の略語なんだ。モンロー効果を利用した砲弾は、種類を問わずこの俗称で呼ばれる事が多いね。じゃあ、今回はこの辺で…
レイ
・アスカ ・……………ケ あれ、どうしたんだ?二人とも…
レイ …ヲタク…
ケ なっ、なんと言う事を!俺はただ、鯖の代行をやってるだけなんだぞ!?
ア 誰がなんといおーが、「人外腐れミリタリーをたく」なのよっ!あんたも鯖もっ!!世間様に申し訳ないと思わないの、あんた達はっ!…あわれね。
ケ …そーゆー性格だから、首なんか絞められるんだろ…
ア あんですってええ!?
ケ うぎゃあああああああああっ…しっ、小隊長殿、相田はもう、だめでありますっ…せめて、次回予告をやりたかった…(ガクッ)
ア どうせならやってから死になさいよ…ミサトじゃないけどさ。それじゃあ、あた…
レイ 「新しい生活、初めて会う人々、好奇の視線、そして、憎悪…とまどうレイ。やっと取り戻した平穏な生活に、容赦無く襲いかかる第四使徒。その時、レイは…次回、エヴァンゲリオン・リヴァース第6話、「School Girls」、御期待ください…」じゃ…
ア ファースト、あんた…くっ、まあ良いわ。次回は、見るのよ?
砂漠谷 麗馬さんの『エヴァンゲリオン・リヴァース』ACT−5、公開です。
もう1人の綾波レイ、
その戦い・・
”冷静””沈着”−−
この次には”非情”が続きそうなものですが、
決して最後の形容は付かない。
クールに熱く初陣を飾りましたね。
大人達の思惑、
こちらは非情です・・・
厳しく悲しいです・・・
さあ、訪問者の皆さん。
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