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男が、歩いていた。
どこか、近代的な建物の廊下らしい。
埃一つ見当たらぬ清潔で、そして無機的な印象を受ける廊下である。
天井から放たれる照明の白い光が、これもやはり白い壁に反射している。
男は靴音を響かせつつ、無言で歩いていた。
まだ、若い感じの男である。
二十代も前半・・・・・よくて中盤、といった感じの容貌だ。
傍に書類らしき紙束がぎっしり詰まった封筒を抱えている。
一人の女性と、すれ違った。
顔の小皺を化粧で隠す事が困難になりつつある年頃のその女性は、
すれ違う間ずっと男から目を離さなかった。
そしてすれ違った後も、時折ちらちらと男の方を振り返って見ている。
「・・・・・・・・・。」
青年は、彼女のそんな視線を十分知りつつ、全く無視して歩みを続けた。
青年にとって、他人の視線を受ける事は日常茶飯事であるのだ。
街を歩いていても、十人中九人は彼に注目する。
彼は別段奇抜な格好をしている訳では無い。
服装は極く普通の背広である。
また、特別美男子という訳でも無い。
硬さと繊細さを持った、生真面目さを印象づける顔つきは確かに
十分な魅力を持ってはいるが、それでもぱっと目を引くほどのものでは無い。
彼が何故人目を引くのか。
その答えは単純であった。
背が高いのである。
190センチは越えていたろうか。
人込みの中を歩いていても、頭一つ、二つ分楽に出てしまう事になる。
それ故に目立つのである。
しかし肉の量はさほどでも無い様だ。
背広の上から見た限りにおいては、全体としてすらりとした感じである。
・・・・そして。
”ある種の”人間が見れば、彼の特徴をもう一つ捉える事が出来たかも知れぬ。
・・・・・その身体の中に潜む、魔力を。
青年の歩みが、止まった。
彼の目の前には、一つのドアがあった。
この建物のほとんどのドアが自動開閉式のそれである事に反して、
蝶番にノブという、いささか俗っぽ過ぎる平凡なドアであった。
どこか薄汚れた感じもある。
青年の胸の高さあたり−−−普通の人にとっては丁度目線の高さ−−−に、
張り紙があった。
張り紙の文句は、こうである。

『ノックは君の義務だと思うよ。』

コンコン。
何となく脱力するものを感じながら、青年は忠告通り拳を握って扉を軽く
叩いた。
「ああ。入って構わないよ。」
間を置かぬいらえ。
ガチャリ。
「失礼します。」
一礼して青年は入室した。
部屋の中、机に向かっていた一人の少年がくるりと振り返ってこちらを見た。
少年の、そのあまりに美しい顔の中の、あまりに美しい唇が笑みを形作る。
・・・・・渚カヲルであった。
「・・・・やあ、どうしたんだい、篠山君。」
「・・・・・・・・。」
青年は−−−篠山は、無言で立ち尽くしていた。
意図してやっている事では無い。
いわば、彼は呆気にとられていたのである。
十秒もそのままだったろうか。
ようやく篠山は口を開いた。
「・・・・・・何を、飲んでいるんですか?渚さん。」
カヲルがその手に持っているグラスを見つめてそう言う。
カヲルはキョトンとした表情を見せた。
「何って・・・・・・君、これを知らないのかい?
 なら教えてあげるよ。
 これこそは人間が作り出した世界最高の飲み物。
 飲むだけで身体を健康に保つ摩訶不思議な液体。
 その名も・・・・・・・。」
「ヤクルトでしょう。」
「何だ。知ってるんじゃないか。」
「色を見れば分かりますよ。
 僕の聞きたいのは、”何故”ヤクルトを飲んでいるのか、という事と、
 ”何故”ヤクルトをわざわざグラスにあけて飲んでいるのか、という事です。
 しかもそんななみなみと。」
カヲルが向かっていた机の上には、小さなプラスチック容器が幾つも
散乱していた。
「まず、一つ目の疑問に答えよう。
 それはね。僕がヤクルトが好きだからだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二つ目は?」
「二つ目の答えは、君にも想像出来るだろう?」
「ええ、大体。でも、教えて頂けますか?」
「ふふ。ヤクルト一本の量が、余りに少なすぎるからだよ。
 君だってそう思うだろう?」
「それは、思いますけどね。
 しかしグラス一杯飲みたいとは思いませんよ。
 気持ち悪くありませんか?」
「いや、全然?」
篠山はこのまま帰ってしまいたい衝動に駆られたが、すんでの所で用事を
思い出す。
・・・・・そう、この人はいつもそうだ。
篠山はそっと嘆息する。
いつもこうやって人の呆れる言動を行って、そうやって場のペースを自分の
物にしてしまう。
彼は改めて姿勢を正した。
「渚さん。先日頼まれていた書類、完成しましたのでお持ちしました。」
篠山は書類の束をカヲルに手渡す。
「ああ、そうか。ありがとう。
 しかし、期日いっぱいにあげればいいと言っていたのに。
 後五日は猶予があったよ。
 無理していないかい?」
「ええ、まあ。一週間完徹しました。」
「・・・・そりゃ、また。
 君も少しは休まないと身体に毒だよ。」
「しかし、我々は国民の血税によって賄われている公僕です。
 である以上、国民の期待に応えて身を粉にして働くのは当然の事で・・・・・・。」
「はい、はい。分かったよ。
 相変わらずだね、君は。」
カヲルは苦笑した。
そのまま書類をぺらぺらと捲る。
眺めている、としか思えぬ、尋常でない速度であったが、カヲルはきちんと理解
しながら読み進めている様だ。
両目がせわしなく動く。
「・・・・・・・・それにしても・・・・日向マコトが失敗するとはな・・・・・。」
作業を進めながら、彼はぼそりと呟いた。
「はい?何か、言われました?」
「いや、何でもない・・・・。」
カヲルはどさりと書類の束を机の上に投げ出した。
風圧を受けてヤクルトの空き容器がころころと転がる。
「良く出来た企画だ。特別不備も見当たらない。
 さすがだね、篠山君。」
「ありがとうございます。」
「ただ、ちょっと冒険心が足らないかな?
 常道を行き過ぎている感じがするね。
 百点満点を狙うのでは無く、九十点を狙う・・・・・。
 まあ、君らしいと言えば君らしいがね。」
「はい・・・・。」
篠山は、頭を掻く様な真似も見せず、直立不動を保つ。
カヲルは彼をじっと見つめた。
「・・・・・どうだい、篠山君?
 今夜、酒でも?」
「いえ、お誘いは嬉しいのですが、明日中に片瀬代議士(せんせい)に関する
 レポートを完成させなければならないので。
 今回は遠慮させて頂きます。」
カヲルは溜め息を吐く。
「・・・・・君ねえ。仕事熱心なのはいい事だけど、少しは職場の人間関係も
 考え給え。同期の間でも、君は少し評判が悪い様だよ?」
「・・・・・はい。申し訳ありません。」
「そんな事じゃ、まともにデートも出来ないだろう。
 あの可愛い彼女も、怒ってるんじゃないか?」
「いえ、彼女とは・・・・・。」
「ん?」
「別れました。いえ・・・・振られました。」
「な、何故だい。結構昔から付き合って来たんだろう?
 ・・・・・やはりあれかい?
 『仕事と私と、どっちが大切なの?』ってやつかな?」
「いえ、・・・・その・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・いや、すまなかった。言いたくなければ言わなくていいよ。」
「僕と居ると・・・・・・・・。」
「え?」
「僕と居ると、息が詰まる・・・・・んだそうです。」
「・・・・・・。」
篠山は、自分に向けられるカヲルの視線を意識した。
長い睫毛が少女めいて見える。
悲しそうな瞳をしていた。
今にも涙を溢れさせてしまいそうな瞳。
彼の余りの美しさに、一瞬我を忘れかけ、篠山は慌てて自分を取り戻す。
「・・・・・・そうか。」
カヲルは、ただ、それだけ言った。
篠山は、カヲルが本気で自分の事を案じてくれている事を感じた。
若者の心は、単純に熱くなる。
「・・・・・渚さん。」
「うん?」
「僕は、渚さんの事を尊敬しています。」
「・・・・そりゃ、ありがたいこって。」
「僕がここの配属を希望したのも、少しでも渚さんの近くで、渚さんの
 力になりたいと思ったからです。」
「・・・・・そりゃ、どうも。」
「もし何か力が必要な時はすぐにおっしゃって下さい。
 僕も若輩ながら、微力を尽くさせて頂きます。」
「・・・・・そうか。」
カヲルの表情が、僅かに厳しさを表した。
目を細めて篠山を見詰める。
「・・・・・今、言った事は本気かい?」
「無論です。」
「・・・・・実はね、篠山君。」
「は、はい!?」
「実は僕は今、ある計画を進めている。
 非常に重大な計画だ。
 これを実行せぬ限り、我々に未来は無い。」
「そ、それは・・・・・。」
ごくり、と篠山は唾を飲み込んだ。
「しかし余りに難しい問題でね。僕一人の力ではとても無理だ。
 協力者を探してはいるのだけど、皆尻込みして、僕に尾いてきてくれる人は
 居ない。それで・・・・・・。」
「は、はい!分かりました!何でもおっしゃって下さい!
 渚さんのお力になれるなら・・・・・!」
「・・・・・本当に、いいのかい?」
「はい!渚さんのためなら、この命いつでも捨てる覚悟は出来ています!」
「そ、そうかい。ありがとう!」
カヲルはがっしと篠山の手を両手で握り締めた。
柔らかな感触に我知らず篠山は頬を染めてしまった。
「よし、それじゃあ・・・・・・。」
カヲルはごそごそと机の引き出しを探り、やがて中から一枚の紙を
取り出した。
そして万年筆と共にそれを笹山に手渡す。
「そこの欄に、署名してくれないか?」
「は、はい。喜んで!」
篠山は高揚感に浸りつつ、紙にペンを走らせた。
紙を返すと、カヲルは満足気にそれをためつすがめつ見た。
「・・・・うん。ありがとう。篠山君。
 これで僕の計画も一歩前進したというものだ。」
「いえ、そんな・・・・・・。」
「しかし、ほんとに事務の奴等にも困ったものだね。
 何故談話室の自販機に、コーラやコーヒーは置いてあるのに、
 ヤクルトは置いてないのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
篠山は慌ててカヲルの手から紙をひったくった。
その最上部に書かれてある文字を確認し、彼は目眩を感じた。

『ヤクルトの自販機を設置する事を求める意見書』

「いやあ、しかし意外だったねえ。
 まさか君もヤクルトの自販機を置いてない事に不満を持っていたとは。」
・・・・・・・誰が、そんな事に不満を持ちますか!
喉元まで出掛かった叫びを辛うじて飲み込み、篠山はカヲルの下で
働いている事に本気で不安を感じ始めた。













僕のために、泣いてくれますか(第弐拾弐話)


僕は、電車が好きだ。 唐突に何を言い出すのかと思われるかも知れないけど、好きな物は仕方ない。 と言っても、別段休日に駅や車体の写真を撮りに行ったり、 ”ぶらり途中下車の旅”をしたりはしない。 僕の言う好き、というのは、そういった趣味としての好き、ではなく、あくまで 感覚的な好き、である。 『晴れた日は気持ち良いね』、とか、『風呂上がりのビールはまた格別だ』、 ・・・・・その程度の意味合いの、好き、だ。 言葉とは難しいものだ。 ”好き”、という言葉一つとっても、前後の微妙な状況の違いによって 意味合いが違って来てしまう。 要するに僕が言いたい事は、電車の椅子に腰掛け、ゴトゴトと揺られて 行くのが心地良いと感じる、と只それだけの事なのだけど。 まあ、こんな事はとりたてて言う程の事でもなく、大抵の人は同じ様に 感じている事だとは思う。 雑多な人種が詰め込まれた猥雑な雰囲気の電車は不快以外の 何物でも無いが、乗客の数が少ない時には電車の中は一つの安らぎを 与えてくれる。 特に地方のローカル線が良い。 少々旧い型の電車で、停車駅も無人駅が多い、と言った感じのものだ。 ・・・そう。僕は今まさしく、そんな電車に乗っているのである。 ・・・・・ゴトンゴトン・・・・・・ゴトンゴトン・・・・・・・・。 身体の揺れと、それに伴う車体の響きとが眠気を誘う。 一定の間隔で窓の外を流れて行く電柱がそれに拍車をかける。 僕の身体は睡眠を要する事は無いが、それでも眠りの一歩手前の状態、 つまり”ぼうっとする”事はよくある。 僕はボックス席を一人で陣取り、穏やかな気持ちで窓の外を眺めていた。 ・・・・・ゴトンゴトン・・・・・ゴトンゴトン・・・・・。 ・・・・・ゴトンゴトン・・・・・ゴトンゴトン・・・・・。 ・・・・・ゴトンゴトン・・・・・ゴトンゴトン・・・・・。 心地良い電車、であるためには、やはり乗客は少ない方が良い。 しかし同じ車両に誰一人乗っていない、となると少し寂寥感が強すぎるので、 一人二人の乗客は視界に入る程度が良い。 その乗客にしても、あまりしつこい印象を持たせる人では駄目だ。 居るのやら、居ないのやら・・・・・程度の、さりげない乗客。 例えば、僕の斜め前方のボックス席を、やはり一人で使っているあの お婆さんの様に。 この辺りに住んでいる人だろうか。 品の良い感じで、髪は奇麗に白くなっている。 席の隣に小さな風呂敷包みを置き、お婆さんの荷物はそれ一つだけの 様だった。 あまりじろじろ見つめていても失礼だ。 僕は再び窓の外へ目を移した。 そして、僕がこの電車に乗る迄の経緯を思い出す。 それは、一本の電話だった。 昨日の夕方、いつも通りに夕食の準備をしている時。 アスカはキッチンに立つ僕の周りをうろうろと動き回りながら色々な事を 話し続けていた。 にこにこして、時折からかう様に僕の背中に抱き付いて来て、頼むから そんな事をしないでくれと何度も言わなければならなかった。 もっとも僕が嫌がっているのは料理に集中出来ないからであり、実際には 彼女のそんな勝手気侭な行動を諸手を挙げて歓迎していたのだけど。 先日アスカの引越しは終わり、彼女は僕の左隣の部屋、即ちミサトさんの 部屋で暮す事となった。 ミサトさんとの同居だ。 今迄も近かったが、互いの身体の距離が縮まった事はそのまま心の距離を 縮める結果となったのか、アスカは今迄以上に無防備に僕に接して来る様に なった。 そんな彼女に対して僕も思い切り応えたいと思いつつ、一歩を踏み出せない 自分を歯痒く思っている。 理由は色々あるが、結局僕は怖いのかも知れない。 彼女にこれ以上近づく事が。 彼女にこれ以上自分を晒す事が。 彼女に僕の秘密を−−−僕が魔法使いである事を明かす事が。 そして、彼女が何度目かの僕への特攻を仕掛けようと身構えた時に、部屋の 電話は鳴り響いた。 美味しい料理も食べ過ぎると少々嫌になる。 アスカの僕に対するちょっかいに疲れて来ていた僕は、これ幸いと電話口へ 直行した。 受話器を取り、はい、碇ですとお決まりの挨拶を行い、そして受話器から 聞こえて来た声に僕は呆気に取られた。 『明日、こっちに来なさい。それじゃ。』 ただそれだけ言い放って電話の向こうの彼女−−−女性の声だったのだ −−−が電話を切ってしまおうとする気配が感じ取れ、僕は慌てて呼び止めた。 ・・・・・電話の主は、リツコさんだった。 なんて要領の悪い子かしら、電話は用件だけ伝えてすぐに切るべきものよ、と ぶつくさ言う彼女からようやっと聞き出した事からすると、どうやら彼女は ある調査を行うために小旅行を行っているらしい。 ある調査、などと誤魔化しても仕方が無いので言ってしまうと、早い話が 僕が彼女に頼んだ調査だ。 そして彼女は調査の甲斐あって、一人の人物から非常に興味深い話を 聞く事が出来た、と言う。 それで、僕もこちらへ来て、その話を直接聞いてみると良い、と言うのが 彼女の話だった。 リツコさんという人間は、やはりどこか常人とズレた所があるな、と感じながら 僕はそれを承諾した。 かくして僕は電車に揺られ、彼女の元へと行く事になった訳である。 「ん・・・・・・・?」 僕は眉をひそめた。 隣の車両に人の気配を感じる。 僕の乗っている車両は三両編成の真ん中で、前後の車両には乗客が 無い筈だった。 つまり、この電車の乗客は僕と、そしてお婆さんの二人だけだったのだ。 それが、ふっと気を向けた時に、別の乗客の気配を感じ取った。 前の車両に三人、後ろにも三人。 車掌の気配もそれとは別にきちんとある。 先刻停まった駅で乗車した人の気配を感じ取れていなかったのか、と 考えたが、どうも違う様な気がする。 ・・・・・。 前後の連結ドアが同時に開き、気配の正体が影の様にこの車両に 侵入して来た。 その男達は全員黒のスーツ。 年齢は二十歳前後の者から四十近い者までまちまちだが、その目つきは 共通していた。 冷たく冴え渡る眼光。 じわり。 六人から真綿に水が染み込む様に殺気が染み通り、僕は本気で 当惑し始めた。 少し汗を感じる車内は急激に冷え込む。 六人がこちらへ近付いて来る。 歩き方も堂に入ったものだ。 さりげない様でいて、微塵も隙を見せない。 獲物のあらゆる行動を封じる、肉食獣の歩み。 お婆さんは気付いているのかいないのか、相も変わらずただその場に 腰掛けているだけだった。 どういうアクションをとるべきだろうかと悩む。 男達の正体も分からなければ、彼らの目的が僕であるかどうかも分からない。 「碇、シンジ君だね?」 悩んでうんうん考えていた所へ、一人がすぐ傍に立っていた。 おお、早い。いつのまに。 「・・・・・・・。」 ちろ、と見上げる。 ただ、それだけ。 否定も肯定もしない。 相手のリアクションからなにがしかの事を読み取るつもりだった。 「・・・・碇、シンジ君だね?」 再びの問い掛け。 その声音に豪も精神が篭められていない事に、僕は舌打ちする。 「いいえ。僕の名前は田原ゴンザエモンですが。」 「冗談はやめたまえ。」 「本当ですよ。僕はシンジの双子の弟です。よく間違われるんですよね。」 「苗字が違うじゃないか。」 「細かい事を気にしすぎると長生き出来ませんよ。」 「生憎長生きに興味はなくてね。」 ニッ、と笑う。 「碇シンジ君。我々と一緒に来てくれないかね?」 「何故です?」 「君に質問する権利は無い。尾いて来るのか、来ないのか?」 「いやです、と言ったら?」 男は黙って左手を伸ばした。 ・・・・僕へでは無く、向こうのお婆さんの方へ。 まさか、と思った。 十分、止める余裕はあった筈だった。 しかし、まさかと油断していた。 そのために反応が遅れた。 ビシュンッ! 鋭い音と共に、男の左手の人差し指の先が、”伸びた”。 いや、指では無く、その爪が伸びたのだ。 先端の研ぎ澄まされた、刃の如き爪が。 そして・・・・・・。 嫌な音がして、二メートルも伸びた爪の先は、深々とお婆さんの額に 埋まっていた。 「・・・・・・・!」 ガタッ、と僕は腰を浮かす。 ぐるん、とお婆さんの両目が白目を剥いた。 ピシュッ。 伸びた時と同じ唐突さで、男の爪は縮み、元に戻った。 いきなりの侵入物が退散しても、それが残したものは消えはしなかった。 お婆さんの額には、小さいが深い傷が残っていた。 確かめる迄も無い。 即死だった。 「な・・・・・、あ、あ、あ、あ、・・・・・・。」 僕は酸欠の金魚の様に口をぱくぱくと開け閉めした。 目の前の情景が信じられなかった。 これは、何かの夢に違いない、と思った。 話をした事もない赤の他人ではあったが、すぐそばで人が死んだ、という 事実は容易に理解出来なかった。 男は、ちろ、と血に染まった人差し指を舐めた。 「ガキのお遊びに付き合っている暇は無い。 こうなりたくなければ大人しく尾いて来い。」 他の五人が軽く口を歪めて笑った。 こいつら・・・・・。 身体が、瘧にかかった様に震えた。 全身から汗がどっと流れる。 「何だい。外見は子供だが油断するなと言われてたが、全然・・・・。」 男の一人が大袈裟な溜め息を吐いた。 「さ、尾いて来てくれるね、ボク?」 彼の手が僕の肩に置かれ・・・・・。 「!?」 唐突にそれが離れた。 まるで熱いものにでも触れたかの様に。 「お、お前・・・・・・。」 「あなた方・・・・・・・・。」 俯いたまま、僕はぼそりと声を出した。 そして。 ゴオッ! 「ぐげっ!」 後ろから僕を押さえつけようとしていた男の鳩尾に、肘打ちを叩き込んでいた。 吐瀉物を撒き散らしながらその場にくずおれる男に目もくれず、僕は次の 目標を求めていた。 残りの五人は一瞬驚いた顔を見せ、それでもやはりプロらしくすぐに体勢を 立て直していた。 それぞれがまちまちな構えを取る。 格闘技とも、銃ともナイフとも違う構え。 魔術師達・・・・・。 男達の正体を、僕は一瞥した時にすでに悟っていた。 まあ・・・・・体勢を立て直そうが、魔術師だろうが、”同じ事”だ。 僕に敵う筈も無い。 ザキイッ! 僕のローキックは正面に立つ少し太った男の膝から下を破壊していた。 白い骨が肉も服も突き破って外に飛び出す。 「ぎっ・・・・・・!」 奇妙な苦鳴を漏らして倒れ掛かる男の顔面に正拳を叩き込む。 14歳の少年の柔な拳は、インパクトの瞬間鋼の硬度を誇った。 前歯の折れ飛ぶ小気味良い感触と音を置き土産に、男は吹っ飛んだ。 車内のスチールパイプにしたたかに背中を打ちつけ、そのまま気絶した。 「このッ・・・・・ガキッ・・・・・!」 右横の、三人目の男が懐から何かを取り出した。 それが野球のボール大の水晶玉である事を僕の目は捕らえた。 「入っちまえ!」 その言葉と同時に、僕は自分の身体を引っ張る、何かの力を感じた。 その男の方へ・・・・・・・水晶玉の方へ! それは獲物を吸い込み、捕らえてしまう魔術的な道具ででもあったろうか。 僕が並みの魔術師であったなら、僕はその水晶玉の中に閉じ込められていた 事だろう。 並みの魔術師であったなら。 パキィィィーン! 美しささえ感じさせる響きを残し、完全な球体を描いていたそれは粉々に 砕け散っていた。 僕は何もしていない。 許容量以上の物を吸い込もうとしたそれが、勝手に自滅したのだ。 「なっ・・・・・・。」 ズッ。 呆気にとられるその男の喉に、人差し指を突き刺した。 口から、ではない。 喉元に直接、肉を突き破って指を突っ込んだのである。 吐き出された鮮血に頭頂を濡らしつつ、僕は喉に差し込んだ指一本で 男の体を持ち上げた。 そのまま振り回す様に男を床に叩き付けた。 ごん、と頭を強打して彼は動かなくなる。 なに、こんな事ぐらいでは死にはしない。 ・・・・・あと、半分。 三人を瞬く間に片付け、僕は残りに目を向けた。 少し離れた所に立つ男が呪文を唱えていた。 男の足もとの床に魔法陣が現れ、そしてその中から”何か”が姿を 露わそうとしていた。 悪魔召喚師・・・・・・! 男と、魔法陣の中の物の正体を悟り、僕はそちらへ走った。 岩の如き肌とごつごつした獣の頭部を持った人型の悪魔は、ずずず、と 床から身体をせりあげて来る。 すでに腰の辺りまで姿を見せていた。 「シッ・・・・・。」 僕は残り五歩分を一気に跳躍した。 着地はせず、そのまま両足首で悪魔の首を挟み込んだ。 そしてそのままぐいっ、と身体を捻り込む。 ミキッ・・・・・・ゴキバキッ・・・・・・・! 悪魔の首の骨は完全に折れ、そしてブチッ、と音がして首は胴から千切れた。 無論死んでいる。 僕は華麗に着地を決めた。 呼び出していた悪魔は、召喚師の”とっておき”だったのかも知れない。 そのとっておきを苦も無く倒され、彼は声も出せない有り様だった。 とりあえず股間に膝をぶち込んで動けなくしておく。 あと・・・・・二人ッ・・・・・! 残りはお婆さんを殺したリーダーらしい奴と、もう一人。 振り向いたところで、いきなり心臓を”鷲掴みに”された。 リーダーではない方の男の目が爛々と光っていた。 全身が冷たくなり、そして次の瞬間には、ぐしゃり、と音を立てて僕の心臓は 文字通り”握り潰されて”いた。 がくりとその場に膝をついた。 「・・・・・ふう、てこずらせやがって・・・・・・。」 男は荒い息を吐きながら近づく。 「抵抗すれば殺してもいい・・・・・・んでしたよね?」 男はリーダーに問う。 「ああ。しかし相変わらず凄いな。お前の”呪い”は。 心臓麻痺を起こさせるどころか、そのまま心臓を握り潰してしまうとは。 ・・・・・お前とだけは闘いたいとは思わんよ。」 ふふ、と笑い、男は僕の髪を掴むと、ぐい、と仰向かせ・・・・・ 「なッ・・・・・・!」 にやッと笑う僕の表情に驚愕した。 僕がじっと男の目を見詰めると、すぐにその目はどんよりと曇り、男は 口の端からだらだらと涎を垂らし始めた。 へ・・・・・へへ、へ・・・・・・とか何とかいΔ弔蹐飽嫐I毀世厘譴C鯔造・个垢世 韻 @8$-J

$X$HJQKF$9$k!# 精神魔術を実際に使うのは初めての事ではあったが、うまくいった様だ。 そして、最後の・・・・・一人・・・・・・。 ・・・・・リーダー格の男・・・・・・。 そちらへ目を向ける。 「ひッ・・・・・!」 リーダーがびくん、と身を震わせた。 彼も、僕の魔力を知っていれば、こんな真似をする事はなかったろうに。 僕はすでに息をしていない老婆の骸をちらりと見る。 「な・・・・・何故・・・・・・。」 リーダーは口をぱくぱくさせている。 「はい?」 「何故だ・・・・・・強すぎる・・・・・。14歳の子供の魔力じゃない・・・・・・ ・。 しかも・・・・・何故、死なん・・・・・・? ジェドの”呪い”をまともに食らって立ち上がるとは・・・・・。」 ジェドとは一体何の事かと思ったが、後ろで涎を垂れ流している奴の名前だと すぐに得心がいった。 僕は薄く笑った。 「この世界に入った時に教えられませんでしたか・・・・・?」 「な・・・・・何を・・・・・・?」 「特級魔術師(ウォーロック)を殺せるのは、ウォーロックのみだと・・・・・?」 「・・・・・・!」 今度こそ最大限の恐怖をリーダーは顔面に貼り付けた。 「ウ・・・・ウォー・・・・ロック・・・・だと・・・・・?」 「そういう事です。」 僕はリーダーの首を片手で掴んだ。 そのまま、ぎ、っと力を込める。 「・・・・・・かっ・・・・・・。」 彼の顔が真っ赤になり、やがて酸欠を示して紫色になるまで締め上げてから、 僕は手を緩めた。 ぜいぜいと荒い呼吸を彼は吐く。 「あなたには聞きたい事が幾つもあります・・・・・・。 何故、僕を襲ったんですか?」 「め・・・・・命令だ・・・・・・。」 意外とすんなり答える。 別に彼の口が軽い訳ではなく、僕が本気で睨み付けているからである。 「命令、ですか。」 多分そういう事であろうとは彼らの言動からおおよそ察しはついていたが。 「じゃあ・・・・・誰の、命令ですか? それか、あなた方の属している組織の名前を教えて下さい・・・・・・。」 「そ、それはっ・・・・・・!」 「言えない、と?」 「・・・・・・。」 「言わなければ・・・・・・。」 ぎり、と再び手に力を込めた。 再び限界まで絞ってから緩める。 「言う気になりましたか?」 「・・・・・・。」 しぶとい。 時間がかかりそうなので僕は質問を替える事にした。 「じゃあ、違う質問です。何故、あそこのお婆さんを殺しました?」 「え・・・・・・?」 そんな質問をされるとは思っていなかったのだろう。 男は戸惑っていた。 「何故です?」 「それは・・・・・。」 「それは・・・・・?」 男は恐る恐る乾いた唇を舐めた。 「みせしめの・・・・・ためだ・・・・・。 相手が素直に尾いて来ない場合は・・・・・ああいう手が最も・・・・・ ・・・・・・・・・げえっ!?」 男は目を剥いた。 口が大きく開かれ、突き出された舌がぴくぴくと痙攣する。 僕が三度手に力を込めたためだ。 「みせしめ・・・・・・だって・・・・・・・?」 震える声が聞こえた。 僕の声だった。 「みせしめ・・・・・・? あのお婆さんは、みせしめで殺されるために、今迄何十年と生きて来た とでも・・・・・・?」 答えは無い。 答えるべき当人が声を出せる状況では無いのだから当然なのだが、 怒りに身を任せている僕に、そんな冷静な意見が通用する筈も無かった。 「・・・・・かっ・・・・・かっ・・・・・・・。」 男の身体から、だらりと力が抜けた。 オチてしまった事に気付き、僕はようやく少し冷静になって男から手を放した。 「ち・・・・・っ。」 舌打ちして僕は視線を移した。 お婆さんの方へ。 額からちょろちょろと流れ出る血が鼻の傍を通って奇妙な化粧を描いている。 無言でそちらへ近づき、僕は彼女の頬に手を添えた。 まだ残る体温が余計に物悲しかった。 筆舌に尽くし難い苦痛が胸の奥を襲った。 言ってみればこの人は僕のせいで死んだのだ。 どう詫びれば良いのだろうか。 ゴトンゴトン・・・・・・ゴトンゴトン・・・・・・・。 電車は車内の惨劇も知らぬ気に、ただ走り続ける。 「お婆さん・・・・・・僕は・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ッ!」 僕の言葉は、途中で途切れた。 ガシイッ! もう動くまいと信じていたお婆さんの肉体が戦慄の疾さで動き、 その右手で僕の首を絞め上げていたからである。 「な・・・・・・あッ・・・・・・!?」 ぎり、ぎり、ぎり。 どっ・・・・・・どういう事だ・・・・・!? 枯枝の如き細腕は万力の強さを以って締め付けて来ていた。 両手で引き剥がそうとするが、それはびくとも動かなかった。 「ま・・・・・・まさかっ・・・・・・・!?」 一つの事実に思い当たり、僕は辛うじて声をあげた。 そして僕の考えを肯定するかの様に。 めきっ・・・・・・と音がして、皺だらけのその腕が、突如変貌を始めた。 みりみりと怪力を示して太さを増し、その肌は黒々と光沢を放つ。 老婆の腕は獣の腕へとその姿を変えていた。 そして、腕だけではなかった。 その肉体が、頭部が、みるみる内に・・・・・・・変わってゆく。 「悪魔・・・・・・・ッ!」 僕はその正体を叫び、そして。 ブウン! 僕の身体は持ち上げられ、軽々と・・・・・・・ブン投げられていた。 ッシャアアーン! 窓ガラスに頭から突っ込み、首から上がそれを突き破る。 ガラスの破片が頭部と首筋を傷付け、真っ赤に染まった。 「ギギ・・・・・・イッ!」 「・・・・・・・・・ッ!」 勝利の雄叫びをあげて体勢の整わぬ僕へ襲い来る悪魔。 死神が僕の首を刎ねようと、その鎌を大きく振り上げるのが見えた。 コンコン。 ノックの音を聞き、渚カヲルと篠山とは、同時にドアを振り向いた。 書類を手に、あれやこれやと論じ合っていた二人はそれを中断する。 「お客さんですね。」 「いいや・・・・・・・変だ。」 「え?」 篠山の確認を否定し、カヲルの目が厳しく光る。 「僕のこの部屋に、普通の人間は入って来る事は出来ない。 ドアを見る事も出来ない。僕に招かれない限りは。」 「では・・・・・・・・?」 ドアが、内部の者の答えを待たずぎい、と開き始めた。 人影が現れる。 にやついた笑みを浮かべるその男を、カヲルはうんざりした表情で見つめた。 「お邪魔しますよ・・・・・・・渚さん?」 篠山の表情も、厳しさを貼り付ける。 椅子に腰掛けたまま、しかしいつでも相手を殺せる体勢をとり、カヲルはその 招かれざる訪問者に問い掛けた。 「何の用だ・・・・・・・・・青葉。」


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ver.-1.00 1998+01/24公開
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 河井さんの『僕のために、泣いてくれますか』第弐拾弐話、公開です。
 

 

 ヤクルト、

 私は割と好きですよ。
 いや、”かなり”好きですね・・・。

 野村監督のいやらしい所も、
 古田捕手の地味な所も。

 読売放送グループに汚い物にされていますが・・
 

 阪神の次に好き。
 

 

 

 お約束のボケはここまで〜(^^;
 

 

 

 ヤクルト好きに悪い人はいない、カヲルの周りに色んな人。

 実直な篠原に続いて、
 今度は青葉・・・

 ロンゲの人、何をするのでしょうか?

 相方の日向は張りましたが、
 彼はどの様に!?
 

 

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 新年一発目の河井さんに感想メールを送りましょう!


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