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・・・・・僕は夢を見ているのだろうか?
僕は真剣にそう考えていた。
そうでもなければ、とても信じられなかった。
あまりにも非現実的だった。
こんな事がこの僕に起こる訳がない。
しかし両の足で踏みしめるアスファルトの感触も、
かすかに聞こえる小鳥のさえずりも、
頬をかすめる朝の風の香りも、
全てがあまりにもリアルだった。
わざわざ自分で自分の頬を抓る等という事をしなくても、
今のこの状況が夢でもなんでもなく、
れっきとした現実である事は明らかだ。
「ちょっとあんた、ちゃんと聞いてるの?」
突然隣で一緒に歩いていた少女に怒鳴られて、僕は我に帰った。
「う、うん。聞いてるよ。ちゃんと。」
「あんたねえ。このあたしと一緒に歩いてんのよ。
んんな、ぼけぼけっとした顔してんじゃないわよ。」
「ご、ごめん。」
「またあ。男が簡単に謝ってどうすんのよ。
ちったあしゃきっとしなさいしゃきっと。
ほんっと女々しいんだから。」
僕は機関銃の様に言葉を叩き出す彼女の唇をじっと見つめていた。
・・・・・彼女が僕に対して話し掛けている。
これは、現実なのだ。
しかし、やはり僕には信じられなかった。
僕が・・・・・この僕が、惣流・アスカ・ラングレーと一緒に登校してるなんて!
僕のために、泣いてくれますか (第三話)
「ねえシンちゃん。今日、一人あたしの
知り合いが遊びに来る事になってるの。
悪いけど夕飯、三人分用意してくんない?」
それは昨日の事だった。
突然ミサトさんがこう言ったのが、この奇跡の始まりだった。
僕とミサトさんは、あの日以来食事を共にするのが習慣になっていた。
朝になると僕は隣へ直行して、
寝ぼけた、あるいは二日酔いのミサトさんを叩き起こす。
そして朝食。
僕もミサトさんも朝食は和食派なので、
大抵御飯に味噌汁、そして焼き魚や目玉焼き。
そして夕方になるとどちらからともなく相手の部屋へやって来て、
夕食のテーブルを囲む事になる。
朝食も夕食も、共に僕が作っていた。
理由は分かると思う。
言ってみれば僕とミサトさんは家族同然の生活をしていた。
もちろん寝る時こそ別々の部屋へと帰るものの、
それ以外のプライベートな時間のほとんどをともに過ごしていた。
お互い自分の部屋にテレビがあるにもかかわらず
他愛のないチャンネル争いをしたり、
一緒に好きな音楽を聴き、
一緒にお酒を飲み(もちろん僕はほんの少しだけだ)。
結局僕もミサトさんも寂しかったのかもしれない。
その寂しさを埋め合うように、
家族のいない辛さを紛らわすように、
お互いに強烈に引き合っていった。
そして、昨日。
いつも通りミサトさんの部屋を訪れて、夕食の準備をしようとエプロンを
つけた時、彼女は突然言ったのだ。
「お客さん・・・・・・ですか。」
「ま、ね。どうしてもあたしの部屋を見てみたいなんて言うもんだから。
それほどこったもんじゃなくていいからさ、三人分、お願いね。」
「いや、それはいいんですけど、でも・・・・・。」
「なに?」
「でも、それだったら僕はお邪魔じゃないですか?
夕食は作りますけど、その人が来たら僕、部屋へ戻りましょうか?」
「そんな気い使わなくってもいいわよ。シンちゃんも一緒に食べましょ。」
?
何か妙な感じがした。
ミサトさんの態度。
”食べましょ”と言い終わると同時に、彼女の目が悪戯っぽく笑ったのに
気がついたのだ。
「ミサトさん・・・・・何か、隠してません?」
「なあんにも?」
彼女は意味ありげに微笑んでから、わざとらしく天井の方へ目を向ける。
おまけに口笛まで吹き出した。
「・・・・・・・。」
やっぱり何かある。
しかしそれが何であるのかまではさすがに僕には分からなかった。
もう一度ミサトさんに詰問すべく口を開きかけた時。
ピンポーン。
「あら、もう来たみたいね。」
玄関の呼び鈴の音を聞きつけたミサトさんが言う。
「悪いけどシンちゃん、お客さん出迎えてくれないかしら。」
・・・・・・・・
ここはミサトさんの部屋なんだからミサトさんが出迎える
べきじゃないか、とも思ったが、きっと何か良からぬ企みがあるのだろう。
ならあえてその企みに乗ってやろうじゃないか。
僕は半分やけっぱちになって玄関へむかった。
ピンポーン。
再び鳴らされるベル。
「はい、今開けますよ。」
僕はあっさりとドアを開けた。
しかし後から考えれば、覗き窓から客の確認ぐらいはすべきだった。
後悔先に立たず、で、その時は全く何も考えていなかったのだ。
ドアを開けて目の前に立っていた人。
彼女を一目見て、僕は凍りついた。
僕と同じ位の身長。
澄んだ蒼い瞳が僕を訝しげに見つめる。
手には学生鞄を持ち、当然のように壱中の制服を着ていた。
惣流・アスカ・ラングレー!
何故彼女がここに。
混乱している僕だったが、後ろから投げかけられた声で、全てを
理解する事ができた。
「あ、アスカ。よく来たわねー。早く上がって上がって。
ほらシンちゃんもボケっとしてない。」
僕にはミサトさんの笑いをこらえている姿が目に浮かぶ様だった。
つまり・・・・・・・
そういうことだったのだ・・・・・・・。
「いらっしゃいアスカ。これがあたしの部屋よ。どう?けっこう奇麗なもんでしょ。」
僕ら三人は、居間のテーブルの席に着いていた。
僕とミサトさんが合い向かいに座り、惣流さんはミサトさんの隣に座っている。
僕は何だかバツが悪かった。
さっき玄関で惣流さんと対面した時、僕はどんな顔をしていたろう?
きっと驚きのあまり相当変な表情をしていたに違いない。
「えっと。二人とも自己紹介はいらないわよね。」
「え、ええ、まあ。こんにちは。惣流・・・・・・さん・・・・。」
「はい、こんにちは。」
彼女は投げやりに答える。
暗に僕の存在を訝しんでいる、というよりも邪魔に思っている様だ。
「学校で一緒のクラスだったわよね。
確か・・・・・・・・。えっと・・・・・・・・。」
僕は彼女にまだ名前すら覚えられていない事にちょっと苦しさを覚えていた。
「碇だよ。碇、シンジ。」
「そう。碇だったわね。
ところでどうしてあんたがここに居んの?」
「それは・・・・・その・・・・・・。」
簡単な事なのに、何故か説明が出来なかった。
彼女が目の前に居る、というだけで頭の中が真っ白になる。
どうして僕はここに居るんだっけ?
「シンちゃんはね、隣の部屋に住んでるの。
だからお隣どうし仲良くって感じで一緒にいるのよね。」
ミサトさんがフォローを出す。
「う、うん。そうなんだ。」
「ふーん。」
惣流さんは自分から聞いてきたのに、全く僕らの答えに対して
興味を示さなかった。
一瞬、なんとなく気まずい沈黙が席を占める。
僕はこういうのが何より苦手だ。
「あ、あの、じゃあ、僕御飯の準備しますから。」
そう言って席を立つ。
「あ、おねがいね。シンちゃん。」
「あれ?ミサトが作るんじゃないの?」
「ん、んん。まあね。今日はシンちゃんの食事当番なの。」
食事当番って・・・・・・よく言うよ。
僕は再びエプロンをつけながら苦笑する。
「へえー。食事当番って・・・・・・。二人共そんなに仲いいんだ。」
「まーね。ほとんど半同棲って感じね。」
!
僕は慌てて彼女達の方を振り向く。
「ちょ、ちょっとミサトさん!同棲っていうのは止めて下さいよ!
同居とか、他に言い方はあるでしょ?」
惣流さんに変なイメージを持たれたら困る。
きっと僕の顔は真っ赤だったに違いない。
「もう、シンちゃんったら、照れ屋さんなんだからあ。
愛し合う私達に恥ずかしがる事なんてなんにもないのよ。」
「・・・・・はいはい。」
”からかいモード”に入ってしまったミサトさんに太刀打ちする術はない。
こういう時は適当に聞き流してしまうのが最善だというのが僕の経験則だった。
とん、とん、とん、とん・・・・・・・
軽快な包丁のリズム。
これまでは別段好きでも嫌いでもなかった料理だけど、
最近はひどく楽しい。
僕の作ってくれた料理で誰かが喜んでくれる・・・・・。
そんな単純な事が僕にとって何より大事に思えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
背後ではミサトさんと惣流さんが何やら話し込んでいる。
どうやら魔法関係の話題のようだ。
どっちみち話についていけそうもないので、僕は料理に集中する事にした。
ジュワー・・・・・・・。
熱したフライパンの上でバターを溶かし、微塵切りにしたたまねぎを炒める。
やがてたまねぎが透き通って来た頃を見計らって火を止める。
ちょっと冷ましておかないといけない。
その間にスープとか、サラダの準備もしてしまおう。
身体がてきぱきと動く。
ミサトさんの部屋の台所については、持ち主より詳しいと自負している。
炊飯器の中の御飯が十分あることを確かめてから、
・・・・・・そろそろいいかな?
フライパンのたまねぎの方に戻ることにした。
うん。いいみたいだ。
僕はパン粉をボウルにあけ、それに牛乳を加えた。
その時。
「なに作ってんの?」
「わっ!」
突然脇から声がかけられて、僕は図らずも驚いてしまった。
僕に心臓麻痺を起こさせかけた犯人は、そんな僕におかまいなしに
再び聞いてくる。
「なに作ってんのって聞いてんの。」
「ちょ、ちょっと惣流さん。急にひょっこり出て来ないでよ。びっくりした。」
「なによ。あたしがどこにいようがあたしの勝手でしょ。
だから、なに作って・・・・・・・あ、いいや。
あたしが当てて見せるから。えーっと・・・・・・・。」
惣流さんは人差し指を唇に当てながら台所を見渡す。
そんな仕草も可愛い、と僕はこっそり思った。
「わかった!ロールキャベツね!」
「うーん。似てるけどちょっと違うかな。」
「じゃあ何よ。」
惣流さんは自分の答えが間違っていたと言われてちょっとムッとしたようだ。
でもそんな表情もいい。
「ハンバーグだよ。」
僕は何気なくそう答える。
思ってたより反応は大きかった。
「は、はんばーぐ・・・・・・・・。」
惣流さんは急にだらしない(失礼)顔つきになると、ごくり、と音を立てて
唾を飲み込んだ。
まるで5、6才の子供のようだ。
「その・・・・・ハンバーグ、好きなの?」
「あたりまえじゃない!ハンバーグ以上の食べ物なんてこの地球上に
存在しないわ!ああ、はんばーぐ・・・・・・・。」
ほとんど涎を流さんばかりに恍惚とした表情になる。
ちょっとその様子が惣流さんのイメージと違うような気がしたけど、
こんな惣流さんも・・・・・・・もういいか。
「ね、ところであんた。」
「え?」
「あんたミサトとしょっちゅう一緒に居るんなら知ってんでしょ?
ミサトって私生活はどうなの?」
惣流さんはミサトさんに聞こえないようにと、小声になっている。
必然的に顔と顔を近づける結果となり、僕はどぎまぎした。
髪の毛のいい匂いが僕の鼻をくすぐる。
「ね、どうなのよ?」
「う、うん。あのね・・・・・・。」
僕がミサトさんの”私生活”を思い出してちょっと笑みを浮かべながら
問いに答えようとすると・・・・・・・・・。
「シイーンちゃあーん?何を言おうとしてるのかなあ?」
あらゆる人の背筋を凍り付かせる鬼の声が響いた。
忘れてた。
あの人は地獄耳だった。
たとえ聞こえていなくても異常に勘のいい人だから、僕らが何を
話しているか一瞬で察知したに違いない。
「な、何でもないです。」
「ならよろしい。」
惣流さんはそんな僕とミサトさんのやりとりを面白そうに見ていた。
僕の方はといえば、料理とミサトさんを通じて、意外と普通に惣流さんと
会話が出来た事にこっそり安心していた。
そして、今。
僕と惣流さんとは一緒に学校への道を辿っていた。
どうやら彼女は昨夜僕が御馳走したハンバーグがいたくお気に召したらしい。
そして食事が終わった後、彼女は僕の顔を穴が空くほどじっと見つめたかと
思うと、
「決めた。あんたをあたしの下僕一号にしてやるわ。」
と来た。
そして僕は甘んじてその地位に就いたのだ。
そんなつもりはなかったけど、たとえ抵抗したとしても、結局同じ事に
なっていたに違いない。
聞いてみると彼女の越してきたマンションは、僕やミサトさんの所と
そんなに離れてはいなかった。
したがって、アスカ様の下僕たる僕は、今朝登校する際に彼女の
マンションへ迎えに行く事になったのだ。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
彼女は登校する間、ひっきりなしに喋り続けていた。
その話題は昨夜の料理から始まり、
”学院”での勉強、
ドイツでの生活ぶりにまで及んだ。
僕は彼女と一緒に歩いているという現実に舞い上がって半分
上の空だったため、しばしば彼女に怒られるはめになった。
・・・・・・・・・そういえば・・・・・・・・・。
僕はふと気がついて、前々から疑問に思っていた事を聞く事にした。
「あの・・・・惣流さん。」
僕は彼女の話が一段落した所で話し掛ける。
「なによ。」
「惣流さんって・・・・魔法使い・・・・・・なんだよね?」
「そうよ。それがどうかしたっての?」
「ていう事はひょっとして、空を飛んだりとか、念力とかも使えるの?」
「まあね。あたしはもう一級魔術師の称号も手に入れてるし。
かなり高度な魔法も使えるわ。それがどうかしたの?」
「いや、それだったらどうして学校の登下校なんかの時、
わざわざこうやって歩いていくのかなって。
空を飛べるんだったらその方がずっと速いのに。」
「・・・・・・あんたバカあ?」
彼女は、こんな馬鹿は見た事ない、という顔をして言った。
「あんたねえ。そういう空を飛ぶ魔法なんかに限らず、
魔法を使ってる魔法使いを見た事ある?」
「い、いや、ないよ。けっこう昔から不思議に思ってたけど。
でも魔法使いなんてめったにいるもんじゃないから、
たまたま僕が見た事ないだけかなって。」
「あのねえ。魔法使いの魔法というものは、法律によって、がんじがらめに
縛られてるもんなの。どんなに強力な魔力を持っていようと、
それで勝手に魔法を使ってしまったら罰っせられるのよ。」
「・・・・・どうして?」
彼女はいよいよ呆れた顔をした。
「あんたってよっぽどの馬鹿ねえ。
いい?例えば銃とか、自動車とかあるわよね。
こういう道具なんかは、ちょっと練習すれば誰にでも、
例え十歳の子供でも使えるようになるわよね?」
「う、うん。」
「でもこういった道具を全く何の許可もなしに人に使わせていたら
どうなると思う?」
「あ。」
「やっと分かったようね。
ただでさえ魔法というものは使う人によっては恐ろしく強力なものなの。
さほど強い魔法ではなくとも、勝手に使われたら無用の混乱を
引き起こす事になりかねないわ。
だからさっき言った空を飛ぶ魔法・・・・・・
一般的には”飛行”と呼ばれてるけどね、これを普段の生活で使うためには、
ヘリコプターを運転するのに免許が必要なのと同じに、
飛行免許というものを取得する必要があるの。
だけどこの免許はものすごく条件が厳しくて、
よっぽどの理由がない限りは許可が降りないのが一般的よ。」
「へえー。知らなかった。」
「全くこんな事も知らないなんてどういう生活してたのかしら。」
「ご、ごめん。」
「またあ。すぐ謝る。」
そんな風に会話を続けてる内に、だんだん学校に近づいて来た。
少しずつ同じ制服を着ている人が多くなってくる。
僕はなんとなく居心地が悪くなって来て、言った。
「あ、あの、なんだか皆こっちの方見てるような気がするんだけど・・・・・。」
「気のせいじゃないわよ。皆あたしの美貌に惹かれてんの。」
他の人が言うなら変に鼻についてしまう所だけど、
彼女が言うと素直に納得してしまうのが不思議だ。
「で、でも、僕にも視線が向けられてるような・・・・・・・。」
「ま、そうでしょうね。なにしろこのあたしと歩いてんだから。
皆あんたの事『誰だ?』って感じで見てるわよ。
夜道は気をつけた方がいいかもね。
熱狂的なあたしのファンに狙われるわよ。」
「そ、そんな!」
「おっはよー!」
惣流さんが元気に教室のドアを開ける。
僕はそのすぐ後にこそこそと続いた。
校庭に入った時も、校舎内を歩いてる時も、ひっきりなしに注目を浴びていた。
こんなに僕が目立つ事は、生まれて初めてかもしれない。
「あれ?どうしたのアスカ?
碇君と一緒に来たの?」
目ざとい女子の一人が惣流さんに尋ねる。
「まあね。今日からこいつはあたしの下僕なの。」
彼女はあっさりと答えた。
「えーーーーーーーーー!」
反応は劇的だった。
惣流さんはクラス中の女子に囲まれ、
僕はクラス中の(敵意をむき出しにした)男子に囲まれていた。
「碇!お前、うまいことやりやがって!」
「ぼけっとした顔して、なんてうらやましい事を!」
「ああ、惣流さん!こんな奴やめて、俺を下僕にして!」
言いたい事を言う皆にもみくちゃにされながら、僕はこれからの学校生活が
どんなものになるか、不安で一杯になるのだった。
河井さんの『僕のために、泣いてくれますか』第三話、公開です。
おめでとう、シンジくん。
アスカ様の下僕第一号(^^;
下僕・・・辛く悲しい響きのこの言葉も、
前に「アスカ様の」という形容が付くことによって甘美な物に・・・
・・・・ならないか(^^;
この位置に安穏するか、
上に行くか、落ちるか。
夜道に気を付けてね。
さあ、訪問者の皆さん。
感想をメールにしたためましょう!
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[河井継一]の部屋