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 死が間近に迫っているのが分かる。
 どうして、あたしはここにいるんだろう。
 ママがいるから?
 多分、そう。
 じゃあ、どうしてここで死ぬの?
 どうして、あたしが死ななくちゃいけないの?
 誰か、答えてよ。
 エヴァシリーズが弐号機を喰らい、激痛はあたしの意識を混濁させて行く。
 もう、あたしにはどうする力も残ってない。
 あたしは死ぬの?
 あれ程、死ぬのを嫌がったのに。
 ……聞こえる。
 怒りと、悲しみを伝えようとするかのような響き。
 辛うじて見える右目に映る。
 最後に見た光景は、初号機の姿。
 咆哮する、紫の巨人。



  『翼音』 Ver.A






 鳥のさえずりが聞こえる。
「……なによ、今のは…」
 豊かな金色の髪と白い肌。そして澄んだ碧眼の少女は寝起きざまに、そう呟
いた。
 自分が死にそうになる夢。
 今までそんな夢を見た事は無かったはずだ。
「…昨日観た映画かな」
 TVでやっていた洋画(アスカにとっては邦画かも知れないが)はサスペン
ス物だったのだ。
 主人公である女性刑事が、殺人犯とギリギリの戦いを繰り広げる、といった
内容の映画を見ていた影響が、あんな夢を見せたのだろうか。
「でも…エヴァって何?って感じよね」
 アニメに出てきそうなロボットだった。
「…やっぱり、あたしもまだ子供なのかしらね」
 はあ、とため息をつくとアスカはベッドから脱け出し、身に付けていたパ
ジャマを脱ぎ捨てた。


「おっはよー!!」
 学校への道を歩いていると、洞木ヒカリの後ろ姿が見えてくる。その後ろ姿
に声をかけ、小走りに横に並ぶ。
 それがいつもの彼女の朝だった。
 そして暫く歩くと、さらに前方に人影が見えてくる。
「レーイー!」
 アスカの呼びかけに人影は立ち止まり、振り返る。
 銀色の髪と白い肌、そして紅の瞳の少女。
 綾波レイである。
「おはよ!」
「…おはよう」
 呟くような声で答える彼女にも、アスカはもう慣れてしまった。最初は自分
が敬遠されているのかとも思ったが、レイは誰に対してもこうなのだ。
「何よ、あんた今日も景気悪そうな顔してるわねぇ」
 あっけらかんと言い切るアスカに、レイは一瞬何かを言いよどみ、そして俯
く。
「あ〜、もう!さ、学校行くわよ!!」
 そんな彼女にアスカは苛立ち、その腕を取って歩き出すのだ。
 それがいつもの風景だった。


「え〜、つまり…このセカンドインパクトと呼ばれる局地的な異変は、幸いな
事に人的被害を最小限で済ませたものの、情報ネットワークを寸断する災害と
いった物も引き起こしたのです。これにより世界経済は混乱を起こし………」
 今日も歴史の教師が、退屈な15年前の話をしている。
 アスカ達にとって、それは過去の話であり、もはや彼女らには当時の混乱を
想像する事も不可能な程、経済は復興していた。

 …退屈。

 アスカはあくびをしながら、手元のノートに落書きを始める。
 それは今朝、夢で見たあの『エヴァ』とか言う物だった。

 確か…こんなだったわよね…。

 彼女の指先がノートの端に描いたのは、最後に見た紫の巨人だった。

 …うん、上手いじゃない。

 何となく嬉しくなって、そのままディテールを細かくしていく。
 そこには夢で見た巨人と寸分違わぬ、というには細部が甘いが、巨人が描か
れていた。

 ……何なのかしらね……。

 何度考えても分からない。
 こんな代物を見た事は無いはずだ。

 …阿呆らし…。

 アスカはそのままつっぷしてしまう。
 どうやら退屈な時間を、眠りに費やす事に決めたようだった。




 頭を垂れ、跪くエヴァシリーズ。
 彼らは一斉に唱和する。
「最後のシ者よ。我らを統べる者よ。あなたの御心のままに。シ者の御心のま
まに」
 初号機が跪き、その前に光り輝く者がいた。
「……なんなの……」
 霞む目を必死に見開き、アスカはそれを確かめようとする。
 だが両腕も、両足も、内臓を食い尽くされた腹も、彼女の意志に応えない。
 ようやく首が微かに動き、視界に収められる。
「シ者…?」
 そう呟く。
 意識は再び混濁する。




「…最後の…シ者…」
 アスカがぼそりと呟いた言葉に、ヒカリが振り向いた。
「え?なにそれ、アスカ」
 初めて聞く単語に不思議そうに尋ねる。
 アスカは軽く首を振って、肩をすくめた。
「あたしにも分からないのよね。夢で聞いた言葉だから」
「ゆめ?」
「そ、夢。なんか最近妙な夢ばっか見るのよね〜」
「妙な夢って……アスカ、やっぱり異国に来てるから?」
「そんなんじゃ無いわよ。友達だっているんだし、気にはしてないもん」
 くすくすと笑ってアスカはヒカリの杞憂を否定する。
 そして立ち止まる。
「……アスカ?」
 立ち止まったまま、身じろぎもしないアスカにヒカリが振り返った。
「どしたの?アスカ」
 だがアスカは何も言わずに、ただじっと一点を見つめていた。
 ヒカリがアスカの見ている先に視線を移す。
 だがそこには何もいない。
 アスカの気を惹きそうな物は、何も無い。
「……アスカ?」
「………どうして……」
「え?」
「……どうして…あたし…泣いているの?」
 アスカの言葉に、ヒカリは彼女の双眸を見た。
 彼女のサファイアの瞳からは、涙が流れ落ちていた。
「アスカ?」
「……どうして……?」


 白昼夢のような朧。
 一人の少年が、じっとあたしを見ている。
 ただ、悄然と立っている。
 その瞳は、ただ鮮烈な紅をたたえて。
 何も言わずに、ただ黙然と。
 あれは…誰?


「アスカ!アスカってば!!」
 大きな呼び声に、アスカは思考の迷宮から戻ってきた。
 ヒカリが自分の顔を心配そうに見つめているのに気付き、慌てる。
「あ…どしたの?ヒカリ」
「どうしたのは、アスカの方よ!突然ぼんやりして!どうしたの?どっか具合
悪いの?」
「あ…そんな事無いわよ。うん。ちょっと考え事しちゃっただけで…」
 慌てて言い繕うアスカを、ヒカリは心配そうにじっと見つめる。
「大丈夫だってば!」
「そう?本当に?」
「うん。もし何かあったら、ちゃんと相談するから」
「本当?」
「本当よ。ヒカリ」
 にっこりと笑うアスカ。その笑顔に翳りは見つからない。
 ヒカリは渋々、納得した表情を浮かべる。
「そうよ。あたしは…あんな人、知らないんだから……」
 アスカは静かにそう呟いた。




「…え?」
「だから、レイ。明日から男の子一人、家で引き取る事になったから」
「…どうして?」
「…あなた、説明して下さいよ」
 帰宅と同時にユイに呼ばれ、居間に座ったレイにユイが突然告げたのだ。
 明日、一人の少年を家に住まわせる、と。
 レイの反応は至極当然だろう。
 ソファーに座ったゲンドウが、重々しく口を開く。
「…その子は、父さんの姉さんの子でな。レイにとっては従兄弟にあたる。…
…その子の両親が先日事故で亡くなってな…。引き取り手が無かったので、家
で引き取る事にしたんだ」
 完全な事後報告に、レイは無言で応じていた。
「……その子の名前は?」
 もう決まった事なら、さっさと順応すべきだろう。レイはそう考えていた。
「…ああ。シンジ。綾波…シンジだ」
「でも、明日からはもう碇シンジになるわ」
 ユイがフォローし、レイは従兄弟の少年の名前を知った。



 翼音が響く。
 少年が不意に空を見上げた。白い鳥が頭上を飛んでいるのを眺め、少年は目
を細める。
「…良い天気だね」
 呟く少年は静かに視線を動かした。
 水平線が少年の視界を埋める。
「……綺麗だ……」
 不意に少年の双眸からこぼれ落ちる雫。
「……この癖も、直さないといけないかな…」
 ふふっと微笑みながら、少年は足元に置いていた鞄を手に取る。
「さ、そろそろ時間だ」
 振り向けばそこには駅がある。
 見慣れた駅の改札をくぐり、少年はホームへと上がる。
「…そっか、この町、出てくのか」
 横に立つ駅員に、少年は微笑みかける。
「……今まで、有り難うございました」
「良いって事さ。じゃ、元気でな」
「ええ、いつか、また」
 少年はそう言って手を挙げる。
 そんな少年の前に、列車が到着する。
 開くドア。
 列車に乗り込むと、少年はゆっくりとS−DATを取り出す。
 そして耳にイヤホンを付け、その夜色の瞳を瞼で覆い隠す。
 静かに響き出す音楽。
 いつしか少年は、眠りの国の住人となっていた。




「レイ、悪いんだけど、シンジ君を駅まで迎えに行って頂戴」
 早朝ユイに起こされたレイは、それだけを言われた。
 ユイとゲンドウは、急な仕事で早くに家を出ねばならず、シンジを迎えに行
く事が出来なくなったらしい。
「……迎えに行くのは良いけど……」
 思わずそう呟く。
 少年を、『それ』と特定するには、どうすれば良いのだろう。
 顔も知らないのに。
 とりあえず列車が着く時間は知っている。
 駅まで行けば、どうにかなるかも知れない。
 そう考えレイは、駅直通のバスに乗り込む為にバス停に立っていた。


「あっらー?レイじゃない。どうしたのよ、こんな所で」
 レイに声をかけたのは、惣流・アスカ・ラングレーその人であった。
「…何よ。学校サボり?」
「……今日家に来る人がいるの…。その迎え…」
「ふ〜ん。あんたの家、ホームステイのステイ先かなんかなの?」
「…違うわ。従兄弟よ」
「…ま、何でも良いわ。じゃあ、あんた。今日は休むの?」
「…ええ」
「分かったわ。じゃ、また明日ね」
 アスカはそれだけを言うと、そのまま歩いていく。
 レイはそんなアスカの後ろ姿を、じっと見つめていた。


『三番線に列車が入ります。白線の内側までお下がり下さい』

 構内にアナウンスが響き、振動が伝わってくる。
 レイは手元の文庫本から視線を上げ、改札口をじっと眺めていた。
 この列車に乗っているはずである。
 件の『綾波シンジ』は。
 ばらばらと人が改札を通って出てくる。
 レイはその人々を、一人ずつ眺めていた。
 そして最後に一人の少年が、鞄を手に持って改札をくぐって来るのが見えた。
 周囲を見まわし、誰かを探しているような素振りを見せる少年。
 あの人だろうか。
 レイが躊躇っていると、少年がレイをじっと見ている事に気付いた。
 ゆっくりと近付いてくる。
 そしてレイの前に立った時、レイはどう反応して良いのか分からなくなって
いた。
「えと……碇レイさん?」
 不意に自分の名が呼ばれる。
「あ……」
 こくりと肯く。
 やはり初対面の人間は苦手だった。
「…やっぱり。あ、綾波シンジです」
 にこりと笑う少年。
 その笑顔をレイは見た事があった。
 あの時。車に轢かれそうになったあの時に、レイを助けた少年。
 その笑顔。
「あなた…あの時の…」
「…何の話?」
 不思議そうに尋ね返すシンジに、レイはそれ以上言葉を続ける事は出来な
かった。


 家へと向かうバスの中で、二人は小さく話していた。
「迎えに来てくれるって、話は聞いてたんだけど…君が来るとは思わなかった
んだ。その、ユイさんが来るって聞いてたから」
「お母さん、急な仕事が入ったから……」
「そうなんだ」
 ちらりと少年の横顔を覗き見る。
 少年はじっと、微笑みを浮かべたままレイを見ていた。
「……どうして…私を見ているの?」
 どうにか、それだけを聞く。
 レイのそんな質問に、シンジは躊躇いもせずに、こう答えた。
「君が綺麗だから」
 あまりに気障な答えに、一瞬レイは呆然としてしまう。
「あ、ほら。その…その紅の瞳とか…宝石みたいじゃない」
 自分の言葉が、どれ程気障だったかにようやく気付いたかのように、シンジ
は慌ててフォローする。
「……変な色でしょ」
「そんな事無い!」
 不意に大声を上げるシンジに、レイは一瞬ビクリと体を震わせる。
「…綺麗だよ…。本当に…」
 シンジはそれだけを言うと、不意に黙り込んでしまった。
 レイもそのまま沈黙し、二人はそのままバスに揺られていた。





「惣流・アスカ・ラングレー。選択を」
 ……なんで?
「選択を。アスカ」
 あたし…どうせ死んじゃうんでしょ?
「…諦めないで、アスカ。選択を」
 あたしを必要とする人間なんか、どうせ居ないんだもの。
 ぐっと、握り締められた拳。
「ママもいなくなったわ…。もう…あたしには何も無い!!」
「どうして、そんな事を言うの?君を必要としている人は、こんなに居るの
に」
 その言葉と共に、あたしの中に広がる沢山の想い。
 あたしが生まれた時から、ずっとあたしに注がれてきた色んな人の想い。
 あたしは不意に涙を流す。
「ほら。こんなに君を想っている人がいる。これでも、自分を必要とする人が
いないだなんて言うの?」
 優しい言葉。
 あたしは震える。
 こんなにも、想われているの?あたしは。
「アスカ、選択を」
 もう一度、繰り返される言葉。
「……あたしは……」
 そして、途切れる。




「…なんなのよ……」
 アスカはゆっくりと起き上がって、そう呟く。
 ここは自分の部屋の、自分のベッドの上だった。
 朝を迎える。
 ここ最近、目覚める度に不思議な夢を見る。
 そして泣いている自分に気付くのだ。
「…どうして?」
 答えは返らない。



 アスカはいつもの通りの時間に、学校への道を歩いていた。
 だがその顔はあまり浮かない表情を浮かべている。理由は簡単。最近見続け
る夢である。
 不意に彼女の前を歩く二人を見た。
 その後ろ姿を、アスカは知っていた。
「レイじゃない」
 その声に立ち止まり、振り返る少女。
 それは確かに碇レイだった。
「…おはよう、アスカ」
「おはよ。…誰?」
 レイの隣に立ち止まってはいるものの、まだ振り返っていない少年を、アス
カはじっと見ていた。
「あ…昨日私の家に来た、…綾波…」
「いかり。碇シンジです」
 不意に振り返り、微笑む少年。
 その姿にアスカは言葉を失った。
 その瞳こそ夜色の瞳だが、それ以外はかつて路上で見た白昼夢のような少年
の姿に酷似しているのだ。
「あ、あんた…」
「…なにか?」
 首を傾げ、不思議そうに聞き返す少年。
「あんた……どこかで会った事無い?」
「……無い、と思うけど」
 一言だけ、シンジはそう答えた。
「…それよりも、君の名前は?」
「あ…そっか。まだ言ってなかったわね。アスカ。惣流・アスカ・ラングレー
よ」
 不意にシンジは微笑んだ。
「…はじめまして。碇シンジです」
 そう言って片手を差し伸べる。
 それが握手だと、アスカは一瞬分からなかった。
 一瞬の間が開いたものの、シンジの手を握る。
 その彼女の頬に、一瞬赤みが差したのを、レイは無言で見ていた。



 碇シンジという少年は不思議な存在だった。
 転校初日から鈴原トウジ達と仲良くなり、まるでずっと昔からこのクラスに
いたかのように、当たり前の存在になっている。
 それが少年の人当たりの良さから来るものなのか、分からない。
 そもそも、あの少年が人当たりが良いのかすら、分からないのだ。
 あまり喋らない、無口な少年。
 暗いと言った、在り来たりな表現をすればこの少年がここまでクラスに溶け
込んでいるのは不思議と言える。
 だが、それでも皆が思うのだ。
 何故か、懐かしい。

 それはレイとアスカも感じた既視感。




 不意にシンジは頭上を見上げた。
 グラウンドでの授業の真っ最中に、である。
「シンジ、どうしたんや?」
 隣に立つ鈴原トウジが不思議そうに尋ねる。
「……なんでも無いよ」
 小さく答える彼の瞳に、小さな涙が光っている事にトウジは気付かなかった。








選択を。









碇シンジ。









選択を。













 それは何処かで、誰かが呟いた言葉。



 翼音 Ver.A 了




NEXT
ver.-1.00 1997-11/03公開
ご意見・ご感想、誤字脱字情報は tk-ken@pop17.odn.ne.jp まで!!
 ども。お久しぶりです皆様。Keiです。
 『翼音』Ver.A を、お届けします。
 気付かれている方は気付かれたかと思いますが、これは「THE END OF〜」の
私的補完物語になります。
 ついにやっちゃいました(笑)
 本来あまりやらない伏線物ですが、伏線…張った覚えが無い…(苦笑)
 一つの物語として、お楽しみ下さい。
 それでは。

1997年11月1日  脱稿  Kei


 Keiさんの『翼音 Ver.A』、公開です。
 

 REIの Ver.Rに続いて、
 ASUKA Ver.A。

 ここに来てやっと
 「THE END OF〜」物だと付いた私は相当鈍い?(^^;
 

 チョットした間や
 何気ない、何気なくすぎる描写に

 世界に引き込まれる・・

 KeiさんのSSを読んでいるとそういう感じがしますね。

 

 感じるものが心地よいです(^^)

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 セリフに描写に、感想メールを送りましょう!


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