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最初のセイ者中編

ひとはただ 風の中を 祈りながら 歩き続ける

その道で いつの日にか めぐり逢う 遠い日の歌





いつか、どこかで聞いた歌。
……いつか、誰かが唄った歌…?




ΟΠΟΙΟΣ ΜΠΑΝΕΙ ΕΔΩ ΝΑ ΠΑΡΑΤΑ ΚΑΘΕΕΛΠΔΑ




雨音。



雨音。



雨音。





排水溝に流れていく、赤い液体。



血。血の色。血の匂い。L.C.L。


………好きじゃない。





流れる水の音。



全て、洗い流せたらいいのに。



裏返して、何もかも浄化できたらいいのに。



血も


心も





この腐った身体も。













「「あ……」」





シャワー室を出た所でばったりと彼と再会。



「シンジ…君。来てたんだ。」
「あ、うん。カヲル君は…シャワー?」
「そうだよ。」



二人で並んで通路を歩いていく。


足音だけが…響いていく。

手持ちぶさたな自分の右手を、握ったり離したりを繰り返しながらちらりと彼を見る。
隣の彼は、何も言わず真っ直ぐに進んでいく。

問い掛けようとしても……………言葉が紡げない。



どうしてここに来たんだろう?

まさか………またエヴァに乗るため?










碇シンジ。マルドゥックから選定された3番目の適格者。サードチルドレン。
起動確率0.000000001%という低確率からO9(オーナイン)システムと揶揄(やゆ)された
エヴァンゲリオン初号機を訓練なしに起動させる。以後、専属パイロットとして第三新東京市に居住。
初起動後も高いシンクロ成長率を誇り、使徒要撃戦ではよく中核を成した。 しかし、それと同時に暴走回数も多く、機体相互換実験の際零号機を暴走させたこともある。
また、本人の性格故か、上司兼同居人である葛城ミサト三佐や 実父碇ゲンドウネルフ総司令とたびたび反発。 第拾参使徒要撃戦時において作戦に異を唱え、造反。登録抹消となる。
以後は保護者とともに第二新東京市居住。





彼の、ファイル。

ここに入ってこれたということは、登録が回復されたのか。



様様な考えを起こしながらゲートに到着する。



「あの、今日はこれからどうするの?」

突然の問いかけに慌てて振り向く。

「え、あ、今日は一応当番だから夕食を買って帰るだけだけど…」
「当番?もしかしてミサトさんと一緒に住んでるの?」
「え?う、うん。」
「実は僕、ミサトさんに呼ばれてここに来たんだ。」



やっぱり、再登録なのか?

そうこう話していると、エレベーターから水色の制服の、見知った少女が上がってきた。




ファーストチルドレン。綾波レイ。零号機パイロット。

「綾波。」



やさしい呼びかけ。



「碇君…戻ってきたの?」

返されたのはいつもと少し違う、驚きと嬉しさの混じった声。
ここからは彼の表情は見えない。



「うん…ミサトさんと……父さんに呼ばれて。」
「そう…。またあれに乗るの?」
「いや。」



彼は首を横に振った。そして強い口調。



「僕はもう…エヴァには乗らない。」





「そう……」





ゲートの閉まる音。


「…彼女…」
「え?」
「綾波、レイ。仲良くやってる?」

僕が映る黒い瞳。



「いや…。顔を合わせるのも滅多に無いから。」

そう言うと彼は少し困ったような顔をした。

「そう…。」















ピーッ

『新しい録音は、ゼロ、件です。』





「メッセージはなかったよ。」
「そうか。じゃあ今晩中には帰ってくると思うよ。」

台所から彼の声が届いた。



今日中に彼は帰るつもりだったらしいが、 使徒襲来のごたごたで葛城三佐に会えなかったそうで、
僕と一緒にマンションに戻って帰りを待つことになった。





トントントントントン………



料理をしている彼の後ろ姿を、椅子に座って何気なく眺めている。
葛城三佐とここに住んでいたときから夕食を作っていたらしい。
かなりの手慣れた手つきで夕食を次々と作っていく。



「手伝おうか。」
「いいよ、すぐだし座っててよ。…あ、ペンペンは?」
「え?ペンペン?」
「そうだよ。ここに……って、あれ?いないのか。」

彼は大きいものとは別に設置してあった小さな冷蔵庫を開け、 缶ビールで詰まっているのを見てつぶやいた。


「誰かに預けたのかな…?」



作業に戻る彼を見た後、僕は振り返って一つの部屋を見た。



閉じられた襖に掛かる看板。
無人の部屋の砦。

守られた空間。彼女の存在の証拠だ。










「部屋をそのままにしておくわってシンジ君に言ったのに……何だか裏切ってしまったかも。」
「チルドレンの監視は貴方が引き受けたことでしょう?今更言っても仕様がないわよ。」

ワイングラスを傾けながら、リツコは言った。
隣に座るミサトは頬杖をついて遠くを見つめている。


「早く連絡入れた方がいいわよ。シンジ君もきっと待っているんだろうし。」
「ええ…。」





「…帰りたくないの?彼が居るから。」



カウンターに寝そべってグラスの中の氷を見つめるミサト。
中に注がれているカクテルの色は、深紅である。





「……渚カヲル。マルドゥックの正式な報告書なしに送られてきたフィフスチルドレン。
過去の経緯は生年月日を除いて抹消済み。レイと同じくね。」
「MAGIのデータを付け加えるとすればシンクロ率の上昇度が異様に高い。 たった1日で13も上がるなんて普通はありえないわ。」

リツコは鞄から1冊のファイルを取り出した。

「何…?」
「今日の戦闘時の記録よ。まだ未解析だけど。」



わざわざミサトの前に掲げて見せる。

「使徒の攻撃を受けた時、僅かな間だけシンクロ率が無くなったのよ。それが、ここ。」
「え?」
「ほんのコンマ0003秒程だけど。その回復したシンクロ率は消える前と全く同じ。 全くの誤差なしでね。」
「そんな…そんなことが有り得るの!?」
「理論上は有り得ないわ。だけど、彼には可能なのかもしれないわね。」

頭を上げたミサトにそう言い放ってリツコはワインを一口飲んだ。



「あなた……何か知ってるの?」


グラスの中で踊る、琥珀の輝きをした氷晶。








「…彼から、最近連絡あった?」

眉をしかめながらもミサトは答える。

「いえ…。」
「そう。」
「まーたあいつどっかで馬鹿なことやってんのよ。」


再びグラスに口を付けるリツコ。
同じように、ミサトは赤いカクテルをかっくらった。



ミサトは知っていた。
彼が、遠くに行ってしまったことを。
最後の逢瀬。ラスト・キス。
留守番電話に残されたメッセージ。
それでも、信じたかった。今だけは。
いつも彼が見せてくれた、私に向けてくれたあの眼差しを。





「彼、日本政府からマークされてるらしいわ。」
「!?誰がそんな事言ったの?」

驚くミサトを見て自嘲気味の笑いを見せるリツコ。

「諜報部では暗黙の了解だったらしいわよ。」
「……そう。」

私だけじゃなかったのね。

空になったグラスに注がれるカクテル。



「…あいつって…昔っから馬鹿で、怪しいことばっかりして、そのくせ間違ったことは大嫌いで、 どっか抜けてて、子どもみたいに一途で、妙なところでぶっきらぼうで……」

憑かれたように呟き続けるミサトをリツコは黙って見ている。



「……結局、私はあいつを、本当のあいつをのことを何にも分かってやってなかったのね。
あいつの表面しか、上っ面の馬鹿を演じてた所しか見てなかったのよ。」
「彼は、ミサトしか見ていなかったのよ?大学のときから。それにも気づかなかった?」
「あの頃は、生きるのに精いっぱいだったのよ。
辛いこと忘れて、少しでも楽しいこと、幸せになれること探すのに躍起になってたわ。
自分のことしか考えてなかったのよ。だから恐かった。思い出してしまいそうで。
辛いことを、あの眼差しに暴かれそうで。」

ミサトは再びグラスに手を伸ばした。

「だから避けたの?」
「そうよ。…?……誰のこと?」
「彼よ。同居人。」

苦い顔をして飲みかけたカクテルグラスを置く。

「……そんなんじゃないわよ。」

「最初彼を見たとき、正直言って驚いたわ。 彼がいなくなった後に入れ替わるようにして現れたこともあったけど。」
「…それは私も同じよ。」
「また逃げるの?」
「違うわ。彼はあいつじゃないもの。分かるの。彼はむしろシンジ君に似てるわ。」
「じゃあどうして帰ってあげないの?」

避けるようにミサトはカウンターに突っ伏した。

「嫌いなの?彼が。」
「…そういう訳じゃないわ。ただ、」

うつ伏せのままミサトは答えた。



「顔を合わせたくないっていうのは、確かね。」










電気を消したばかり。残像が残って見える、天井。


僕の部屋。元々はシンジ君の部屋だったらしい。


横を見る。
同じように天井を見ている彼が目に入る。

「やっぱり僕が床で寝るよ。」
「いいよ、僕が無理言って泊めてもらってるんだから。 アスカの部屋じゃ帰ってきたら怒鳴られそうだし。」

こちらを向いて彼はにっこりと笑った。





「あの…」
「え、何?」
「ひとつ…聞てもいいかい。」
「何…?」

優しい黒い瞳が、真っ直ぐに僕を見返してくる。

「…………………。」


「……どうして…」



「どうして…エヴァを降りたんだい?」





彼は再び天井を見上げ、言葉を、少しずつ押し出すように口を開いた。





「友達を………殺しかけたんだ。」










「鈴原、トウジ。フォースチルドレン。学校での友人だった…。
……後でミサトさんがチルドレンの候補者は 全て僕のいたクラスのみんなだったって教えてくれたけど……… 彼の乗っていたエヴァ参号機が使徒に乗っ取られて………戦った。」



彼の目つきが、徐々に険しくなってくる。



「その時僕はトウジがパイロットだとは知らされていなかった。 けど、人が乗っていたんだ。…同い年の子供が。 それだけは解っていた。だから、戦えなかった。――――なのに、父さんは…」








『使徒…これが使徒ですか!?』
『そうだ、目標だ。』



『シンジ、何故戦わない。』
『だって、人が、人が乗ってるんだよ!父さん!』
『構わん。そいつは使徒だ。我々の敵だ。』





真っ暗になるエントリープラグ。続いて赤く点灯。
背後から何かの機械音が徐々に高くなっていく。

『何をしたんだ…父さん!!』





『やめてよ!父さん止めてよ!!こんなの止めてよ!!』
『くそっ、止まれっ、止まれ!』
『止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれ!
止まれぇ!!















『シンジ君…何も言えなくてごめんね……。参号機のパイロットは、フォースチルドレンは―――――』










『やめろおぉおおおおおっっ!!!』




















「………何も、出来なかったんだ。
見ていたのに、一番、近くにいたのに。初号機の中にいたのに。」





僕は天井へ視線を戻した。





第拾参使徒、バルディエル戦。初号機、ダミーシステムで殲滅。
バルディエル―――エヴァ参号機搭乗していたフォースチルドレンは左足切断。 現在療養中。



ダミーシステム。ダミープラグ。 適格者のパーソナルデータを移植し、エヴァに擬似シンクロさせて運用する。
ただし、思考パターンを模倣するだけの、魂のない、いれもの。

それでも、考え、行動する、そのためだけのシステム。



彼の話はまだ続いていた。



「許せなかったんだ。使徒が、父さんが、自分が、悲しいくらい嫌になった。
もうだれも傷つけたくない。僕は…何で、何で僕が誰かを傷付けなくちゃいけないんだ。
それで、父さんに逆らって、エヴァで………結局無駄だったけどね。
僕はネルフを出た。
でも、駅のホームでリニアを待っていたとき―――――使徒が来た。」










『ただ今東海地方を中心に非常事態宣言が発令されました。 住民の皆様は速やかに指定のシェルターへ非難して下さい。繰り返します。 ただ今東海地方を中心に非常事態宣言が発令されました。 住民の皆様は速やかに指定のシェルターへ非難して下さい…』





爆発。



『第1から18装甲まで破損!』
『地上攻撃は間に合わないわ。 弐号機をジオフロント内に配置、本部施設の直援に回して。』





『弐号機………アスカ…。』

迫り上がった赤い機体。
生い茂る森林の向こうに昇り立つ、十字の火柱。





『LCL満水。』
『A10神経接続開始。』

『パルス、逆流!』
『初号機、神経接続を拒絶しています。』
『起動中止。レイは零号機で出撃させる。初号機はダミープラグで再起動。』
『しかし零号機はまだ……』
『構いません、行きます。私が死んでも代わりはいるもの。』





はっと気が付く彼。

「ご、ごめん…また1人で喋って……」
「いいよ。続けてくれないかい?ここへ来る前の事、よく知らないし…。」









『シンジ君じゃないか。』

振り向いたその先にいた、見知った人物。

『加持さん………こんな所で何してるんですか?』
『それはこちらの台詞だよ。何やってたんだ?シンジ君は。』

スイカに水を撒いている加持。シンジは目をそらした。

『僕は、僕はもうエヴァには乗らないから、そう決めたから………』
『そうか…。アルバイトが公になったんでね、戦闘配置に俺の居場所はないんだ。 以来、ここで水を撒いてる。』
『こんな時にですか?』
『こんな時だからだよ。葛城の胸の中も良いが、やはり死ぬときはここにいたいからな。』
『死ぬ?』





ババババババババババババ



ライフルを撃ち続ける弐号機。
使徒の身体が爆炎で覆い隠される。それでも攻撃を止めない。
弾切れになったライフルを捨てて新しいライフルを両脇に構える。



ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!





『そうだ。使徒がこの地下に眠るアダムと接触すれば、人は全て滅びると言われている。
サードインパクトでね。』

じょうろの水がなくなって、加持はそれを地面に置いた。

『それを阻止できるのは使徒と同じ力を持つ、エヴァンゲリオンだけだ。』
『え?』
『エヴァは第一使徒のコピーと言われている。』
『コピー…って、じ…じゃあエヴァも使徒!?』





爆発!

白い閃光が向かい合う2人を照らす。



『教えて下さい!エヴァは、一体何が起ころうとしているのか!』
『父さんが何をしようとしているのかを!!』








『どうりゃあぁああああっ!!』

弐号機が使徒に向かって突進する。 使徒がその布のような腕を伸ばすがATフィールドに弾かれる。
そのままフィールドを中和しながら、プログカッターを取り出して小脇に構えた。

『でりゃああぁああああああっっ!!』

力いっぱい突き出す弐号機。しかし、コアに直撃する寸前でカバーに挟まれてしまう。

『くうっ!!』


零号機が射出される。

カッターを挟み込んだまま弐号機と組み合う使徒にATフィールドごと体当たりを食らわせる。
倒れる使徒。

弐号機、飛び掛かって使徒を押え込む。
プログカッターをつかんで、カバーをこじ開けようとする。

零号機、振り回される使徒の手を足で踏み付ける。
そのままわずかに開けられたカバーの隙間、 露出したコアに片腕で抱えていたN2爆雷を押し込んだ。

『ATフィールド全開!!』





閃光。





ドオオォオオオオオォォォォン!!!





3体の巨人を包み込んで上がる、十字の火柱。





爆風がやって来る。
全身を激しく捲き上げようとしていくそれに耐えながら、 シンジはその十字の柱をじっと見詰めていた――――















「…で、使徒殲滅。2人とも無事生還したけれど、アスカはまだ昏睡状態で入院中…か…。」

そこまで言うと彼は大きく深呼吸をした。
時計を見る。すでに0時を回っていた。


天井に視線を移す。

「そして、セカンドが休養となり、サードチルドレンも去ったネルフに送られてきた新たな適格者。
それが―――この僕。」

渚カヲル。フィフスチルドレン。
あくまでも代用品。弐号機の専属パイロットはセカンドチルドレンだ。
彼女が復帰すれば、『予備』は必要なくなる。
多分、建造中の量産機に回されるだろう。



「ねえ……」
「え、何?」

「カヲル君は…どうして…エヴァに乗るの?」










「………わからない。…しいて言えば乗れと命令されたからかな。 僕は…あれに乗るために生まれてきたようなものだし……。」

仕組まれた子供。
作られた存在。
人から造られた人間。

彼らの願いを執行するための、定のいい捨て駒。

そんな風に育てられた。理由なんて、考えた事もなかった。いや、初めから無かったんだ………





「そんな…」



「そんな悲しいこと言わないでよ。」



「え?」

思わず彼を見つめる。



「エヴァに乗るために生まれてきたなんて、そんなわけないよ。 だって、カヲル君はカヲル君だもの。」





「僕も最初は…父さんに乗れといわれたんだ。
いきなり呼び出されて。一度も乗ったことないのに。
ミサトさんも言ってた。…僕に自分の夢、願い、目的を重ねていた、僕に押し付けていた…って。
でも、僕がエヴァに乗った理由は、そういうのとは違うと思う。
誰かを守るため…って言えるかどうかはわからない。
……アスカは…自分の存在を示すためだって言ってた。 ………綾波は…絆のため……。
それとも違うと思った。
何の為にエヴァに乗って戦うのか、ずっと解らなかった。
………トウジを傷つけて、エヴァから降りたのも、 本当はエヴァから逃げ出したかっただけなのかもしれない。」

彼が僕の方を向いた。

「エヴァを降りて、エヴァから離れて暮らすようになって少し考えてたんだ。
僕は、エヴァから逃げ出したのかもしれない。 …いや、逃げ出したんだ。
それが正しかったのかはまだ分からない。でも、それを後悔するのは、やめたんだ。
エヴァから離れて、エヴァのない生活と比べられて、 僕の…僕の生きている道が少し見分かったような気がしたから。
だからまたここに来れたんだ。
エヴァに、もう乗らないって、自分で決めたから。」


それは君に選択肢があったからだ。
君にはエヴァのない生活も与えられている。しかし、僕にはない。

僕は、生まれたときからチルドレンだ……。




…いいな………。





「………カヲル君にも、カヲル君の生き方があるよ。自分で考えて、自分で、選んで進む道。
今はまだ無くても、そうしなくちゃいけない時が来るかもしれない。 …でも自分は自分なんだ。
カヲル君も、綾波も、アスカも、 トウジやケンスケ…ミサトさん達も………。
だから、僕も僕だ。父さんとは違うんだ。
…僕は、父さんの、 言いなりになんか…絶対…に……なる…もん……か………」










規則正しい寝息が聞こえてくる。



僕はベッドから降りて、そっと毛布を架け直してあげる。

再び潜り込んだベッドは、まだ暖かかった。

…僕の、ぬくもり。


僕が、ここに、こうして生きていることを確認できる。

ちゃんと僕はここにいるんだ。間違いなく。


たとえ、それが望まなかったことにしても。
たとえ、それが仕組まれたことにしても。


僕には命が与えられている。体と、意志と、ぬくもりが。
そして僕には運命が与えられている。
それを為し終えた時、僕は、選べるのだろうか?

運命がなくなった時、僕は…








隣には、安らかな彼の寝顔。



結局、その日葛城三佐は帰ってこなかった。
















朝日が、昇る。

その光が町を、空を、明るく照らしていく。



窓を通して、病室のベッドに横たわる彼女を光が照らしていく。

点滴のつながれた白い腕を。

その光を跳ね返す亜麻色の髪の毛を。

マスクのチューブが垂れ下がる、瞼の閉じられたその顔を。



単調に繰り返される電子音だけが流れていた静かな部屋に、突如としてサイレンが鳴り渡る。





『ただ今東海地方を中心に非常事態宣言が発令されました。 住民の皆様は速やかに指定のシェルターへ非難して下さい。繰り返します。 ただ今東海地方を中心に非常事態宣言が発令されました。 住民の皆様は速やかに指定のシェルターへ非難して下さい…。』















「零号機は32番から地上に射出。弐号機はパイロットが到着次第バックアップに回して。」

正面の大モニターに移る、その映像をミサトはじっと睨み付けた。



精悍の空に、白く輝く光の輪が浮揚している。
二つの光の糸の螺旋で形作られた光の輪は、そのまま随時回転している。





突如、発令所に警報が鳴り渡る。

「何!?」
「フィフスチルドレン到着。弐号機にエントリーします。」
「ケイジにサードチルドレン発見。セキュリティの越権行為です。」
「かまわん。黙視しておけ。」

ミサトはゲンドウを振り返ったが、ゲンドウはいつものように押し黙ったままだった。



『零号機発進。迎撃位置。』
『エヴァ弐号機、第8ゲートへ。出現位置決定次第、発進せよ。』








リフトで運ばれていく弐号機を、シンジは無言で見送った。


『目標接近。強羅絶対防衛線を突破。』


広いケイジの中に取り残されている、エヴァ初号機。
その紫苑の体躯を持つ巨人を、シンジはじっと正面に立って見つめていた。








空に浮かぶ使徒。
山腹の影でライフルを構え様子をうかがっている零号機。



「目標は大涌谷上空にて滞空。定点回転を続けています。」
「目標のATフィールドは、依然健在。」
「パターン、青からオレンジへと周期的に変化しています。」
「どういう事?」
「MAGIは解答不能を示しています。」
「答えを導くには、データ不足ですね。」
「ただ、あの形が固定形態でない事は確かだわ。」
「先に手は出せないか。」

モニターに大きく写る回転を続ける使徒。

「レイ、しばらく様子を見るわ。」
『いえ』

思いもかけない反応が帰ってくる。

『来るわ。』



突如、回転を止めて光の帯となる使徒。
輪を形作っていたその光の蛇が大きく鎌首をもたげて襲い掛かる!

『レイ!応戦して!』

展開されたATフィールドを軽々と突き破り、上腹部に突き刺さる使徒!

「くっ!」

左手で使徒を掴み、ライフルを密着させて撃ち続ける零号機。
しかし、握り締めたその手から膨れ上がるように何かが入り込んでいく。
突き刺さった使徒との接合部分から、まるで葉脈のように広がり侵入してくる使徒。

それはエントリープラグの中のレイの体にも同じだった。


「ぐ………っ………く………」


体の中心から徐々に侵入されていくレイ。
壮絶な痛みが思考を支配していく。



「目標、零号機と物理的接触!」

モ二ター内には、両手で使徒を必死に引き抜こうとしている零号機が映っている。

「零号機のATフィールドは!?」
「展開中!しかし、使徒に侵食されています!」

モニターを見上げてリツコは呆然とつぶやく。

「使徒が積極的に一時的接触を試みているの?零号機と。」

そんな場合じゃないでしょう!
リツコを一瞥してミサトは再びモニターを見上げた。

「危険です!零号機の生体部品の5%以上が使徒に犯されていきます!」
「エヴァ弐号機、発進!」





兵装ビルのシャッターが下り姿を現すエヴァ弐号機。

「渚君、後300接近したら ATフィールド最大でパレットガンを目標後部に撃ち込んで。いいわね。」
『了解。』


駆け出すエヴァ弐号機に、使徒は後方部をもたげて襲い掛かってくる。
パレットガンを撃ち放つ弐号機。
取り巻くように接近する使徒を間一髪で避ける。
しかし、パレットガンを破壊されてしまう。

『くっ!』

さらに向かってくる使徒を弐号機はがっしりと掴み、そのまま端を足で押さえつけた。
肩口からプログカッターを取り出す弐号機。
刃を最大まで出して暴れる使徒に切り付ける。

カッターの当たった部分から火花があがる。
ナイロンザックを切る様に力を込める弐号機。
その足元から侵食が始まっている。

「スマッシュホーク射出して!」

カヲルの意図に気が付いて命令を下すミサト。

刃の折れたカッターを捨て、射出されたホークを取る弐号機。
そのまま上段から使徒に切り付ける。
踏みつけたまま、左手で胴体を掴み上げ、その間に刃を入れる。
引っ張ると同時にホークに力を込めて――――――――切断!

2つに切られた使徒が狂ったように暴れ出す。

弐号機は足を放し、のたうち回る半分の使徒に向かってホークを打ち下ろす。
何回か切り付けて、ようやく使徒の体は動かなくなった。
振り返る弐号機。





『ぐ………っあ………っ…は………くっ………』



暴れるもう片方の使徒が、零号機をさらに侵食していく。
構える弐号機。だが、動きが激しくて捉えられない。



「く………っ…う………」

体のほとんどを葉脈のような腫れが広がっている。
体の中を掻き回される不快感。

痛み、苦痛、激痛。

次第に四肢の感覚が失われていく。


「う………っ……うぅ………」


意識が、遠のいていく。
死を覚悟したレイの視界、ぼんやりとした闇に覆われていく。
死。
死ぬということ。
それは
ソレハ





イラナクナルコト?














ワタシトヒトツニナリタクナァイ?
ココロもカラダモヒトツニナリタクナイ?





『いいえ。』



『わたしはわたし。あなたじゃないわ。』




デモ、
痛いンデショ?
心ガ痛いンデショ?





『痛い?』





紅いL.C.L。





体のほとんどを葉脈のような腫れが広がっている。
体の中を掻き回される不快感。

痛み、苦痛、激痛。

次第に四肢の感覚が失われていく。





痛い!
いたい!
イタイ!





『(痛いの!痛いの!助けて!!)』




痛いデショ?





『(嫌!イヤダ!痛いの!もうヤダ!!)』
痛いデショ?





嫌なの!
痛イデショ?
もう嫌なの!
ココロガイタイデショ?

帰りたいの!





帰リタイノ





アソコヘ、アノトキヘカエリタイノ








「私が死んでも、かわりはいるもの。」







『ソンナ事悲しいコト言ウナヨ』







与えられた部屋。
服。下着。包帯。ID。
クスリ、ビーカー。

水。



『嫌ナノ』





イヤナノ?
1人ハイヤナノ?
ワタシタチハたくさんイルノニ、



『ひとりがいやなの?』
『寂しいのね』



サビシイ?



ワカラナイワ

サビシイ?
サミシイ?
サビシイって何?





『寂しいって何?』





欠けた眼鏡。



『レイ。』

碇司令。



『イヤナノ?』





背中。
手袋。

『レイ。』
『はい。』




『イヤナノ?』
違う。





プロトタイプ。
エントリープラグ。
ファーストチルドレン。

紅いL.C.L。



『ヒトリガイヤナノ?』





エントリープラグ。
開かれるウィンドウ。
閃光。
背中の存在感。



『碇君?』



『寂しいの?』

『コレガ、寂しい?』



水。



『1人は、いやなの?』
『ワタシタチハタクサンイルノニ』
『ワタシガ死ンデモ、代わりハイルモノ』



『帰りたいの。』
『還してくれないの』
『消えたいの』



『キエタクナイノ』



『私には何もないもの』





『そんな事言うなよ。』




『自分には…何もないって、そんな事言うなよ。』



『絆だから』





『そうか、良かった。』

黒い瞳。





『ノラナイノ。』
『もう…あんな思いしたくない。』



「僕はもう、エヴァには乗らない。」



(そう、よかったわね。)





『イラナイノ?』
『違う』

『イタイノ?』

『痛いノ?』

『居たい、ノ?』

『デモ、コワイノ?』



『サヨナラ。』





「綾波!!」





安堵の表情。
優しい眼差し。
黒い、瞳。





『自分には…何もないなんて、そんな事言うなよ。』

『別れ際にサヨナラなんて…悲しい事言うなよ。』



『何泣いてるノ?』





水。
目の中にあるもの。



『何ナイテルノ?』



したたり落ちるもの。

暖かいもの?



『?』
『何故分かるの?』



『何故ワカルノ?』



『なぜわかるの?』





『何泣いてるノ?』
『何故泣いてるノ?』

『悲しいノ?』





したたり落ちるもの。
暖かいもの。
流れ、落ちるもの。





『何泣いてるの?』
『何泣いてるの?』
『何泣いてるの?』
『何泣いてるの?』
『何泣いてるの?』
『何泣いてるの?』
『何泣いてるの?』
『何泣いてるの?』
『何泣いてるの?』





泣いているのは―――私?















激しくのたうつ使徒が、徐々に零号機の中に入っていく。
その振動に無抵抗に、なすがままの零号機。

「目標、すでに70%以上が零号機と融合しています!」
「レイ!機体は捨てて逃げて!」

ミサトの叫びにも零号機は反応しない。

傍観する弐号機。
その目の前で、沈み込んでいった光の蛇が、 遂に――――――――零号機のなかに、消えた。
同時に倒れ込む零号機。

「レイっっっ!!!」
「零号機、活動停止。」

その場にいる全員が息を飲んだ。そのとき、
ピーッという電子音が鳴り渡る。


「あっ、ぱ、パイロットの生命反応確認!生きてます!!」
「何ですって!?」
「救出急いで!はやく!!」








ケイジ内。

弐号機、続いて零号機が入ってくる。

エントリープラグが射出され、医療班が中からレイを担ぎ出す。
担架に乗せられて運び出される彼女に、駆け寄るシンジ。

「綾波!くっ…あ、綾波っ!」

慌てて医療班に取り押さえられながらも呼びかける。
その声に気づいたのか、担架に横たわっているレイが、ゆっくりと、その瞼を開く。

「綾波!よかった…無事で。」
「いかり…君?」

ゆっくりと、起き上がろうとするレイ。
一瞬、体の中がわずかに抵抗する。
関節に刺激が走ってうっとうめく。
慌てて駆け寄るシンジ。

「だ、大丈夫?」
「…碇君。」

医務員に支えられて何とか背を起こしたレイがじっと見つめる。

赤い、瞳。

その色が、わずかに、ゆらめいた。



「!あ、綾波!?」

少し驚いた彼の表情を見て瞬きをする。

落ちる、しずく。

「あ…」


初めて気がついて目を向ける。

「これ……今の…は………涙?」
「これが……?」



落ち続けるしずく。

目を上げれば、黒い瞳が覗き込んでいる。



「綾波……。」



「………恐かったの。」
「え?」

言い出したらもう、止められなかった。

「恐かったの…消えていくのが。」
「私が、いなくなるのが。」
「消えて無くなってしまうのが。」


赤い瞳。
とめどなくあふれ落ちる涙。

「悲しかった……の。」
「でも、今は違うの。」
「悲しくなんかない。今、ここに私はいるもの。」
「悲しくないの。」
「嬉しいの。とても。」
「でも…涙が出るの。何故?」
「悲しくなんかないのに。」
「とてもとても、うれしいのに。」



「綾波…。」


シンジは手をのばしてレイの肩に触れた。
そっと力を入れると小刻みに震えていた肩が止まる。

「綾波。」

「うれしい時も…涙は出るんだよ。」



優しい笑顔が、レイの瞳に映る。

レイは笑おうとしたが、うまく出来ない事に気付いて歪んだ顔を下に向けた。
涙が、こぼれ落ちる。





声はなく、ただ涙を流すレイ。

シンジは震える肩をそっと両手で支えてあげている。



大人たちも、そんな2人を見守るようにだれも音を立てない。





そんな光景を、渚カヲルは背後で立ったまま、ずっと見つめていた―――――










話中の曲:
岩沢 千早作詞、橋本 祥路作曲
『遠い日の歌バッヘルベルの「カノン」による
変調:ニ長調
ホントにJASRACには内緒にしといてください(^^;)


ver.-1.00 1997-11/03公開
ご意見・ご感想・質問などなど、 こちらまで!

あとがき

こんにちは。飛羽駆夏です。
ああ…長かった…。
前編で言ったとおりミサトさんとレイをメインに入れてみましたが、
やっぱり主役はカヲル君になってますね(趣味暴走(^^;)

というわけでアスカの出番はこれっきりです。(ああっ、怒らないで(^^;;;;)
一応壊れてもいないし彼女は大丈夫でしょう。
精神汚染さえなければ自力でトラウマ押しのけていけると私は思ってますので。
戦闘シーンとか他多少怪しいところがありますが、 ゼルが弱かったと言うことで勘弁してください。(^^;)
レイのインナースペースもなんか変ですね。

それから前編についてなんですけど、アラエル襲来のところ、少し違ってたんですね。 この間絵コンテ集を買って見たら………あ…ちょっち違う(^^;)
私実は弐拾弐話は寝過ごして(爆) 弐拾四話は停電で録画予約セットされてなくて(号泣)見てなかったんです。
だから春映画とかシナリオ集だとか他の作家さんのの小説とかで補習していたんですけど、
弐拾四話はともかく弐拾弐話の方が意外に情景描写がされてなくて、(痛いイタイばっかで)
冷静に構えられてると意外と困るという事が判明しました。(違うって(^^;)

さあ、これからどんどん話が外れていきます。(^^;)
もはや平行世界の話になってますけど…終われるかなあ(汗)
とにかく頑張ります。でもまともな終わり方にはなりません。 多分。きっと。どうしよう(^^;)

 飛羽駆夏さんの『最初のセイ者』中編、公開です。
 

 ゼルエルを倒して怪我したアスカ、
 でもこれで自尊心は守れたかな。

 アルミとの接触から無事帰還したレイ、
 シンジの言葉がキーで。

 これで
 アスカ人も
 アヤナミストも
 万事OK、フォローは完璧!
 

 後はどんなにオリジナルになっても
 みんな満足してくれるでしょう。

 

 

 なんて、
 そういう支えが無くても誰も文句なんて言わないですよね(^^)

 そのアスカのシーンにしても、
 レイのシーンにしても、

 カヲルとシンジの空間も−−。
 

 いいですね・・・(^^)

 

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
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