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[まっこうとリツコの愛の部屋]に戻る
チルドレンINワールドカップ外伝・ある女の半生
「アスカさん……何このお味噌汁の味は……まるで塩の塊を舐めているみたい。私を脳梗塞で早死にさせるおつもり」
「お母様そんな……私そんな事……」
「ええ……どうせ私はのけ者ですからね……夫婦に可愛い赤ちゃんだけで十分よね……あ〜〜あ早く死にたいわ」
「あ……アスカ……お母さん止めてよ。仲良くしてよ」
「シンジあなたまでこんな女の味方をするの……やっぱり私はいない方がいいのね」
「母さん……アスカ」
「シンジ……私もういやこんな生活……うううう」
「あらアスカさん、嘘泣きが上手な事。そうやっていればシンジが全て許してくれるのよね……やっぱり長生きなんてするものじゃないわ……」
「二人ともよしてよぉ〜〜」
「シンジぃ〜〜しくしく」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「アスカさん80点ね」
「どのあたりが減点ですか?」
「泣き出すタイミングが今一歩ね」
「やっぱり……ちょっと外したかと思ったんです」
「母さん……アスカぁ……もうワイドショーごっこは止めようよぉ〜〜」
情けない声をあげるシンジである。
碇ユイ戸籍年齢51歳肉体年齢29歳……とっても変な人である。
「今日は何時頃先生の所に……」
「これから研究所に寄って、午後にでも行くわ」
「皆によろしく言ってね。母さん」
「判ったわ。シンジは練習行かなくていいの?」
「今日は練習OFFなんだ」
「あら。それじゃ夫婦水いらずね。じゃお婆さんはとっとと退散しましょ」
「やだわお母さん」
アスカが台所で洗い物をしながら答える。アスカはネルフを育児休暇を取り休んでいる。そろそろ復帰の予定だ。
「おぎゃあおぎゃあ」
「ハルカちゃんどうしたんでちゅかぁ」
ユイはベビーベッドでむずがっているシンジとアスカの娘を抱きあげあやす。
「おしとやかにしないとカズコちゃんとケンイチ君とアキヒコ君に嫌われちゃいまちゅよぉ」
「おぎゃ」
「あら判るのかしら」
日向家と相田家と鈴原家の子供の名前で静かになったハルカを見てユイは微笑む。
「大丈夫よ。ハルカちゃんはお母さんに似て美人でちゅからね」
「顎の当たりはシンジに似てますわ。お母様」
「そう言われればシンジの赤ん坊の頃にも似てるわね。あらやだこんな時間だわ」
ユイはハルカの鼻を軽く突っつくとベビーベッドに寝かせ部屋に戻る。手早く着替えと化粧をすます。
「じゃアスカさん後はお願いね」
「はい。お母さん行ってらっしゃい」
○
○
○
○
話は半年前にさかのぼる。その日アスカとシンジはネルフでシンクロテストを行っていた。弐号機と初号機の定期保守検査の為である。久しぶりにプラグスーツに着替えシンジはエントリープラグの中にいた。もちろんプラグスーツもエントリープラグも大人になったシンジのサイズに合わせてある。
「母さんこちらの準備出来ました」
「判ったわ」
検査の指揮は碇リツコが取っている。
「では定期保守検査始めます。シンジ君いつもの様に余り深くシンクロさせないでシンクロを安定させて」
「あなた頑張って」
「あぶぅ」
アスカと娘のハルカも来ている。弐号機の定期保守検査はこの後である。
「このぐらいですか」
「現在シンクロ率50.3%です。誤差10秒間で0.5%以内です」
マヤが報告する。
「さすがね。安定してるわ。じゃ予定通り検査シーケンス初めて」
「了解しました」
定期保守検査が始まった。一連の検査がMAGIによって自動的に行われていく。
「今の所異常無しね。……そうそうアスカ、ハルカちゃんの検査結果出たわ」
「……どうでした」
「さすがあなた達の子供ね。初号機とも弐号機ともシンクロ可能よ。今すぐにでも大丈夫なぐらい。ケンイチ君も結構いけるわ。レイの遺伝ね。アキヒコ君もね」
「……誰にしても候補者同士の結婚だから?」
「そう言う事。どっちにしても未来永劫EVAは管理していかないと……解体してもいいけどそれをEVA自体が許すか判らないし」
「……そう。でもそうするとシンジのお母さんは……」
「気にしなくてもいいわ。ユイさんね」
「はい。ユイさんは永劫にEVAに閉じ込められたままなんですね。私のママは最後の戦いで魂まで使いきって私を守ってくれた。その後は何も感じない。弐号機は私にシンクロしてくれるけどもうただの機械。私のママは天国に多分行けたと思う……でも」
「そうね……ユイさんはあそこに閉じ込められたままね………………」
「ええ」
ふぅ
リツコはため息をつく。
「どうしたの、お母さん」
「…………今……考えてたのよ。私がEVAを未だに管理しているのはユイさんをこの世に戻したくないからなんじゃないかって。何があっても閉じ込めておこうって」
「それは……」
「サルベージが成功したらきっとシンジ君喜ぶでしょうね。それより……何よりあの人が喜ぶわ。あの人は単にユイさんに会いたくて世界を壊しかけた人だから」
「お母さん……」
オペレートルームにはアスカ、ハルカ、リツコ、マヤしかいない。
「先輩……手順の50%が終りました」
「特に普段と変った事は無い?」
「ありません」
「じゃ続けて」
リツコは指示を出す。
「……まあ、定期的にサルベージも実施されているけど成功はしていないし」
「……ええ」
まさにその様な話をしている時だった。
バシ
大きな音がして実験場の電源が落ちた。辺りが暗くなる。
「マヤどうしたの」
「初号機の右腕予備アクチュエーターに故障発生。電源に急激な負荷が掛かりブレーカーがとびました」
「おぎゃあおぎゃあ」
「シンジ」
「マヤ早く復旧させなさい」
その時場内の非常灯がついた。MAGIや補助コンピュータのディスプレイもついた。
「あと10秒程度で初号機内と通信復旧します」
「早くして」
リツコが言う。アスカはハルカを抱きしめて顔色を青くしている。
「回線復旧します」
ディスプレイにプラグ内部の様子が映し出された。
「母さん……なんで綾波が……どうなっているの。フルシンクロ状態に一瞬なったらいきなりシンクロしなくなってその後急に綾波が現れたんだ」
シンジはいまだにレイを綾波と呼んでいる。
「え……レイが……いえ違う…………その人は……」
プラグの内部がディスプレイに映っていた。プラグスーツ姿のシンジとシンジに支えられた二十台後半の全裸の女性が映っていた。女性は気絶していた。レイに良く似たその女性は茶色い髪と瞳を持っていた。
「その人は……シンジ君の本当のお母さん……ユイさんよ」
「えっ……母さん……なの」
シンジは驚きの声を上げ、リツコは震えるような声で言った。
「…………ここは?あなた達は?」
ここはネルフの特殊病棟の一室であった。主にカヲルを含むチルドレンの医療……要するに機密が守られる事が必要な場合使われる病室である。
「…………ここはネルフの病院だよ」
「…………ネルフ……ゲヒルンの後に出来るはずの組織の名……」
ベッドにはユイが寝ていた。周りにはリツコ、マヤ、シンジ、アスカ、アスカに抱かれたハルカがいた。
「……あなた達はだれ?」
「……かあさん……僕です……シンジです」
「……えっ……シンジ……え……」
「……かあさんが初号機に過剰シンクロしてのみこまれてから24年経っているんです。彼女が妻のアスカ、この子が娘のハルカです」
「……えっ……シンジなの……そう言えばどことなく……アスカさんってもしかしたら惣流博士の……」
「そうです。惣流・キョウコ・ツェッペリンの娘アスカです。今は碇アスカです」
「……じゃあ今は……えっと……2028年……」
「はい……母さん会いたかった」
シンジはユイの首にしがみついた。ユイは初号機に吸収された時と同じ姿である。まるで姉弟の様な母子の再開であった。アスカはすぐ側で涙ぐんでいた。マヤも貰らい泣きしていた。ただ一人リツコだけが青白い顔色のまま立ち尽していた。
「シンジその方達はどなた?」
少し後にシンジが落ち着いてきた時ユイは言った。
「ごめん……今紹介するよ」
シンジは涙を拭きつつ答える。立ち上がる。
「そこの金髪の人が……」
「現在ネルフの副所長をしています、赤木リツコです」
リツコがシンジの言葉を遮るように言う。マヤ、アスカの二人ははっとした。リツコを見る。リツコは能面の様に硬い表情に成っている。シンジはリツコの言葉には気付いていない。
「……所長はもしかして……」
「はい。碇ゲンドウ所長です」
「そうですか。ありがとう。あのわがままな私の亭主を手伝ってくれて。そちらの方は」
「彼女はEVAの整備保全を担当している青葉マヤ部長です」
リツコが淡々と紹介する。
「とすると、今まで私を生かしてくれていたのはあなたなのね。ありがとう」
「……どういたしまして……」
マヤはリツコを気にしつつ答える。
「ごめんなさい。急にとても眠くなったわ……ごめんなさい……眠い……」
ユイは急に眠り込んだ。
「かっ母さん」
「多分大丈夫よシンジ君。シンジ君も昔サルベージされた後は長期の睡眠と短い覚醒を繰り返したわ」
「リツコさん母さんをよろしくお願いします」
「判ったわ。早速昔のシンジ君のデーター調べたいから後でね」
リツコは病室を出て行った。
「あなた……何て事言うの」
「えっ何が」
「いままでお母さんって呼んでたのにいきなりリツコさんって呼んで……嬉しいのは判るけど……」
「えっあっ……」
「シンジ君酷いわ。先輩のあんな顔つき……昔のネルフの時みたいだったわ……あれじゃ……」
「でも……」
「あなた……あなたはどうするの」
「どうって……」
「リツコ母さんとユイ母さんよ。二人をお義父様にどう言うの」
「どうって……その……マヤさん、父さんはいつ帰って来るんですか」
「明日の朝一ぐらいにここに到着だそうよ」
「……僕は……でも父さんがどうするのかは判らない……僕には二人とも母さんだし」
「そうね……選ぶって言う話ではないわね」
「おぎゃ」
ハルカの声を最後に病室は静かになった。
深夜だった。病室は予期せぬ訪問者を迎えていた。訪問者はペンライトの明かりを寝ているユイに向ける。声がした。
「死んで…………」
白衣の胸ポケットから先が尖ったピンセットを取り出す。逆手に持ち手を振り上げる。
「……先輩駄目です……」
急に部屋の明かりがついた。ユイの喉にピンセットを突き刺そうとしているリツコにマヤがタックルした。部屋の端の方でもつれる。
「きゃあ」
リツコのピンセットがマヤの左の二の腕をえぐった。
「……マ……マヤ」
リツコは呆然と自分の手と血を流しているマヤの手を交互に見詰める。マヤは出血箇所を右手で押えた。
「先輩そんな事しちゃ駄目です。駄目なんです……」
「……マヤ……」
リツコは何も考えられないかのように呟く。
ベッドのユイは騒ぎでおぼろげに目を開いたが目を開き続けていられないらしく閉じた。
「それで二人の状況は……」
出張から急遽戻ったゲンドウはネルフ付属病院の一室でマヤの報告を受けていた。マヤの左手は包帯が巻いてある。
「ユイさんは先程目が覚めたようです。今度は眠気も無くこのまま当分起きていると思われます。シンジ君がつきそっています」
「そうか」
「先輩は……あの後睡眠薬を投与して寝ています。当分寝たままです。昨日はたまたま私気になって来てみたら……。今先輩にはアスカちゃんがついています」
「そうか……レイには知らせたか?」
「いいえ。ケンスケ君の海外遠征についていっているので」
「事態が落ち着いてからでいい」
「はい」
「リツコは当分起きないのだな」
「はい」
「そうか。ではまずユイに会おう」
「はい。病室に案内します」
マヤはそう言いつつも軽い非難の視線に近いものをゲンドウに浴びせる。マヤにとってユイは他人だがリツコは肉親同様だ。ゲンドウの表情はサングラスの下で良く見えなかった。
「……ユイ」
「……あなた」
ゲンドウが病室に入る。病室にはシンジとハルカとユイがいた。シンジは椅子に座りハルカをあやしながらユイと話していた。
「……久しぶりだな」
「……その様ですね。私にはほんの昨日なんですけど」
「そうか。そうだったな……」
「ええ……あなた。ただいま」
「ああ……おかえり」
ゲンドウはサングラスを取る。
「シンジ……二人で話したいの……いいかしら」
「はい、母さん」
シンジは立ち上がる。
「おぎゃ」
「ハルカちゃん後でね」
シンジは部屋を出て行く。
「父さん。任せるよ」
「ああ」
「……だれ。アスカ……」
「ええ……お母さん」
リツコが目を覚ますとベッドの側にはアスカが椅子に座っていた。
「リツコでいいわよ。もう……」
「……それは……」
「判りきってるもの……あの人……前も言ったでしょ……あの人ユイさんに会いたい為に世界を壊しかけたのよ……」
「でも……」
「私も母さんもユイさんに勝てない……母さんの事が今よく判るわ…………」
「……」
「私結局この10年で何も進歩しなかった……前はレイ達を殺して今度は……」
「お母さん……」
「もうお母さんじゃないわ……碇婦人はユイさん……元々碇と言う名はユイさんのもの……当然よね……シンジ君も私の事リツコさんって言ってた」
「それは……」
アスカは言葉が続かなかった。
「何だか疲れたわ。私も眠るわ」
「はい……」
アスカはリツコをじっと見る。
「……自殺でもするんじゃないかと思っているの……大丈夫よ……私は……一人にしてくれない……お願いだから……」
「判りました。お母さん」
アスカは静かに立ち上がり病室を出て行った。
しばらくしてリツコの目尻から涙が流れ落ちた。
「リツコ……目が覚めたか」
次にリツコが目が覚めた時ベッドの側の椅子にゲンドウが座っていた。
「いらっしゃい碇夫妻……私に何か御用?」
リツコには昔のネルフ時代の皮肉な皮肉だけしかないような表情が宿っていた。
ゲンドウの横には車椅子に座ったユイがいた。
「奥様はまだ寝てらした方が良くってよ。優しくしてあげないといけませんわ碇所長……私赤木リツコ技術最高責任者としての意見ですわ」
リツコは冷たい能面の様な笑い顔を見せる。
「リツコさん……」
ユイが呟く様に言う。
「あら……そういえば私解任かしら……そうね奥様が副所長が筋ね。もともとネルフやゲヒルンはユイさんの物ですし……名字もそうでしたわね……私明日から職探ししなくっちゃ」
リツコはニコリと笑ってみせる。
「リツコ……」
「あら奥様の前で呼び捨てなんていけませんわ。さて私起きないと。職探しはこの歳だと大変だわ。ネルフの関係者って気持ち悪がられているし」
「リツコ落ち着いてくれ……」
「落ち着いているわ。これ以上無いぐらい。落ち着いているわよ。これ以上どう落ち着けって言うの。出てってよ」
「リツコさん……」
「人の名を気安く呼ばないでよ。あんた何よ……勝手にいなくなって勝手に現れて……それも若くて奇麗なまんまじゃないの。私の手を見なさいよ。シミだらけで皺くちゃよ。今の42歳はもっと奇麗だわ……でも私はずっと研究室にいたわよ。実験ずくしよ。それでよ。薬品や熱でボロボロよ。レイやレイの子供を生き長らえさせる為けんめいによ。研究だらけよ。元はと言えばユイさんのせいじゃない。どうなのよ。それが……何よ。私が何をしたって言うの……そうよレイ達を殺したわよ……でもレイを殺したかったんじゃない、あなたを殺したかったのよ……笑いなさいよ……20年前に母さんも失敗して10年前に私も失敗してまた今度も失敗して……ほらこれが間抜けな殺人者の顔よ」
リツコはまくしたてる。もう理屈も何も無い。ベッドで上体を起し何度も手でベッドを叩く。
「何よ皆勝手よ……私にどうしろって言うのよ……私はあんたみたいに恵まれてないのよ……だから実力と実行力しかないのよ……でも……ちきしょう……運が……最後に運が無いのよ……いつもそうなのよ……母さんと同じなのよ……」
リツコは手で顔を覆う。急に静かになる。
「…………お願いよ……出て行ってよ……もう一人にしてよ……お願いだから……もう……これ以上私を惨めにしないでよ……お願いだから……」
リツコは細い声で呟くと顔を覆ったまま体をベッドに預ける。顔をユイとゲンドウの反対方向に向ける。
病室は静かになる。
「あなた……私とリツコさんだけにしてもらえませんか」
「……ユイ……」
「あなたは……きっと何も決断できないわ。昔からそういう人だったから。私が知っている人なら」
「……そうか」
ゲンドウは立ち上がる。
「用があったら呼ぶがいい。外で待ってる」
「はい」
ゲンドウは部屋を出て行った。
部屋はまた静かになった。ずっと静かだった。
「リツコさん……」
「……なあに……」
リツコは小さい声で答える。
「全てはあの人から聞きました」
「そう……」
リツコは向こうを向いたままである。
「あなたあの人欲しい?」
「なに…………」
「あなた碇婦人のままでいたい?」
「……嫌味な人ね……当然と言って欲しいんでしょ……そうよ……その通りよ」
「そう……じゃあげるわあの人……」
「…………どういう意味……」
「私折角若いまま蘇ったのだしあんな年寄りとくっついている気は無いわ。あなたなら年寄りと大年増で釣り合うわ。……戸籍上は私も50過ぎだけどね。あもう死んでるか。それならもっと自由ね。……ただシンジとアスカさんとハルカちゃんは貰らおうかしらね。自分で産んだ子と初孫は欲しいわ。あなたにあげるわうちの人。持っていっていいわよ」
「…………あんたって人は……どこまで余裕見せれば気が済むの……」
リツコは顔を覆っていた手を取る。上体を起すと血走った目つきでユイを睨む。ユイは刃物の様な視線を受けてもびくともしない。
「……それはね、あなたが言った様に私がいつでも恵まれているからよ。言うなれば貴族が平民に施しをしているようなものね……お判り」
「よくもそこまで……」
「あらあら元気になった様ね。じゃかけしない事?あなたにはあの人をあげるわ。私はシンジとアスカさんとハルカちゃん。私はそうねセカンドインパクトで生き別れたシンジの姉……名前はマイ辺りがいいわね……とでもしておきましょう。歳も無理はないわ。私ここに勤めるわ」
「それで何よ……」
「あの人は優柔不断だからたとえこう決めても私が甘い顔すれば私になびくわ。まっ当然ね。若くて美人の私に元々惚れているのだから。あなたは一生かけて私から完全にあの人を奪ってごらんなさい。出来るものなら。うまくいったら誉めてあげるわ。無理かしら。そうねあなたじゃ私とは勝負にならないわね。やっぱりあなたが言っていた様に職探しでもしてみる?元碇婦人……」
「…………なんて……あんたって人はどこまで人をばかにすれば……いいわ勝負しようじゃないの。あんたなんかシンジ君を産んだっていう事以外あの人と関係無い様にしてやるわ」
「あらそうやるの。まあ頑張ってね。勝負は見えてるけれどね」
「今に見てらっしゃい」
リツコはユイに指を突きつける。
「あら品が無い事」
「どうせあんたみたいに品は無いわよ……」
リツコはベッドを降りる。ユイを睨みつけながら横を通ると病室の戸を開ける。パジャマ姿なのも気にしない。
「リツコ……ユイ」
完全防音の室内の音は外からでは判らない。壁にもたれていたゲンドウは開けはなれた戸を見る。側のソファにはシンジ、アスカ、アスカに抱かれたハルカ、マヤが座って待っていた。血走った目つきで形相を変えて出て来たリツコを見て皆立ち上がる。
むんず
リツコはゲンドウのネクタイを掴むと顔を引き寄せる。
ぶちゅ
激しい音が出るキスをユイに見せる。ゲンドウは唖然としている。驚く表情がシンジと似ている。
「いいこれからMAGIいいえ母さんと一緒にあんたの戸籍やら何やら偽造してあげるわ。これから今から勝負よ。赤木家総力のリターンマッチよ!!!!」
リツコはまたもユイに指を突きつける。先程までの悲壮感は微塵も無い。完全に戦闘体勢だ。それでこそリツコとも言える。
「マヤ!!」
「はハイ」
「私の服と白衣……今からMAGIの操作に行くわ」
「え、でも、体は大丈夫ですか……」
「マヤ……私の言う事が聞けないの」
「いえ……はい」
ずんずんとリツコは廊下を進んでいく。マヤは付いていく。リツコが元気になってマヤは嬉しそうだ。
リツコは大股で歩き廊下の角を曲がり消えた。
ユイが病室から車椅子で出て来た。あわててゲンドウが後ろに回り車椅子を押す。
「ユイどうしたんだ……」
「…………リツコさんに……あなたを……譲りました……」
「ユイ……」
「母さん……」
皆動きが止まる。
「…………ユイ……私を捨てるのか……」
情けない声だった。これが碇ゲンドウかという様な声だった。
「……あなたはリツコさんを捨てられるのですか……」
「……それは……」
「……あなたはきっと私とあの人のどちらを選ぶなんて決められないわ……私は……決められる」
「ユイ……」
「……私はこの子達がいれば何とかなる。でもリツコさんはそんなに強くないわ。あの人は強そうに見えるだけ。あなたが一緒にいてあげないと……」
「ユイ……」
「あなた……ユイしか言えないのね……あいかわらず判断力が無い人ね。これがそう……たったひとつの冴えたやりかたよ。陰気な顔してないで。これからも会えない訳じゃないわ。今日は……もう昨日ね……私の復活の日なのよ。もっと明るくして。私リツコさんとかけをしたわ。私からあなたを一生かかって奪ってみせてって。リツコさん挑発に乗ったわ。元気も出た様よ。……これからは私シンジの生き別れた姉のマイとしてシンジの家にやっかいになるわ。いいかしらアスカさん」
「はっはい。あの……ユイお母様」
「……新婚お邪魔しちゃ悪いかしら……」
「いえ……別にそんな……一年以上立ってますし……同棲は長いですし……」
妙に素直と言うかユイのペースにはまっているアスカである。
「でそう言う事よ……あなた……」
「……なんだ」
「私……今でもあなたを愛しているわ……言い方が変ね。私にとってはこの二十数年は存在してないわ。おとといは小さかったシンジとあなたとEVAの実験やっていたんですもの。あなたは自信無い様ですけど……愛してますわ」
「……」
「でもリツコさんの手の皺とシミに負けましたわ。あの人の苦しんだ年月に……。リツコさんも言っていたわ。すべては私のせいだって。ならば私が責任を取るべきよ」
「私の……私の気持ちはどうなる……」
「あなたは……では聞くわ。私とリツコさん……今現時点で過ごして来た年月も入れてどちらが好きですか……答えられて?」
「私は……私は……」
「ほらやっぱり……初めに戻ったわね。……言うわ。私はあなたを愛しています。今もこれからもずっと……。でもあなたはリツコさんを幸せにしてあげて……。これが私の指示。あなたはいつでも私の指示を聞いたでしょ。今度もね」
「ユイ…………そうか……」
「あなた……」
「なんだ……」
「最後に一度だけキスを許してあげます。これ以降はあなたの全てはリツコさんにね」
ユイはそう言って目を瞑ると上を向く。ゲンドウはしばらくその顔を見詰めていた。やがてそっと顔を近付ける。そっと触れるだけのキスをする。また顔を離す。
「あなた……」
「なんだ……」
「愛してます」
「私もだ」
ユイは目を瞑ったまま顔を元に戻す。
「また眠くなってきたわ。ゲンドウお父さん病室まで運んで……」
「ああ……そうだなマイ……」
ゲンドウは車椅子を押していく。
「父さん、母さん」
「なんだシンジ」
「なあにシンジ」
「ほんとうに……いいの?」
「ああ……私は昔からユイの指示には逆らえんのだ……それだけだ」
「シンジ……かってに全て決めたけどごめんね。これからもリツコさんをお母さんとして接してあげてね。私は若くて奇麗なお姉さんよ」
ゲンドウとユイは病室の方に消えていった。シンジとアスカはなんとなく立っていた。ハルカはアスカの手の中ですやすやと寝ていた。
○
○
○
○
「マイさんおはようございます」
「おっはよう〜〜」
ユイはネルフの生科学研究所に勤めている。この部門の仕事の半分はレイとレイの子供の延命の為の研究をしている。その為旧ネルフのスタッフも多い。ユイの正体を知っているものもいる。そうでない者は美人の同僚が急に入所して来て張りきっているのも多い。ユイは自然と周りを虜にするタイプらしい。
「そうそう副所長が呼んでたよ」
「お母さんが?何かしら」
席に付くと隣の所員が言う。
「ありがとう。行ってくるわ」
ユイは席を立つと小走りに駆けていった。
こんこん
「はい」
「マイです」
「どうぞ」
ユイは副所長室に入った。
「あっ座って。コーヒーでいいかしら」
「ええ」
ユイは微笑む。応接セットのソファに座る。コーヒーサーバーから二つのコーヒーカップを持ってリツコもユイと向かいあわせに座る。
「あれから半年よね」
「そうね……早いものね」
「ねえユイさん。あの時は何であんな言い方したの……結局の所ユイさん私の為に旧ネルフの人達やゲヒルンの人達押えてくれて……碇本家の集まりの時も私とあの人にすべて譲るって言ってくれて……本当に私碇婦人のままで実権もあるし。本当ならやっぱりユイさんが当主でしょ」
「あら弱気ね。まああれは……だれだって自分の亭主他人にあげたくないわ。でもりっちゃん可哀想だったから……また哀れんでる何て言われそうだけど……それにりっちゃん手の皺やシミ気にしてたけど逆にそれで私勝てないって感じて……あの言い方なら私もあなたもあの人もそうせざるをえないでしょ。納得するかは置いといて」
「まあそうね……あの」
「なあに」
「こんな事言いたくないんだけど……やっぱりあの人ユイさんに未練たっぷりなんです……もしよかったら……ユイさん一夜を共にして……あの人喜ぶから……」
「何言っているの。ほんとうに。言うなれば現在の私は亭主の昔の女よ。その女に亭主が寝たそうだからって亭主と寝てくれって言う奥さんがどこにいますか……」
「ええ……」
「あなたは心のどこかに何かがうまく行くと絶対最後に壊れるって思っている所があるわ。そんな考え捨てなさい。幸せでいいのよ。自分が幸せで。世の中脳天気に行きましょ」
「ええ……そうするわ」
リツコも微笑み返した。
「所で……何かあったの」
「二つばかし」
「へえ〜〜良い事悪い事?」
「一つは悪い事。二つ目は多分良い事……」
「じゃ多分良い事から教えて」
「……実は私……」
「何」
「……実は……」
「なあに」
「……私…………妊娠したらしいんです」
「……あら…………おめでとう……随分歳の離れたシンジの兄弟だわ。あの人もあの歳で頑張ったわね。でも高齢出産だから大変ね。頑張ってね」
「……あの……祝福してくれるの……」
「当然じゃない……好敵手には祝福を送る。これが勝負の世界というものよ」
ユイはウィンクをする。
「ありがとう」
リツコは俯く。目頭を押えている。
「あらあら。泣き虫ね。ところでもう一つの方は」
「……ごめんなさい……もう一つの方は……これは」
「なに」
「副司令……冬月先生の診察結果が出たんです」
「で」
「脳腫瘍が少しずつ拡大していっています。担当医の話だと一年後の生存確率は50%、五年後の生存確率は10%ぐらい……老齢だから進行は遅いらしいわ」
「そう……この事は本人に知らせた?」
「いいえ」
「……私が行くわ。先生の事だから後どのくらい生きられるか知りたいでしょうし」
「ええ……お願いしますわ。後で詳しいカルテと医師の意見書は転送しますから」
「判ったわ。午前中その意見書とカルテをじっくり見てから午後先生の所に行って来ます」
ユイは立ち上がる。
「くれぐれもお願いします」
リツコは頭を下げる。
「やだわ。頭を上げてよ。お母さん……」
ぱち
ウィンクをした後ユイは部屋を出て行った。リツコはやっぱりユイに半年前から、からかわれ続けているような気がした。余り気にならなくなっていた。
「先生」
「ユイ君か……仕事はいいのかね」
「ええ……これも仕事みたいなものですわ」
ここはネルフ付属病院の一室である。冬月が入院している。一月ほど前に勤めていた学校の定期検診で脳に腫瘍が見つかったからだ。
「で今日はどうしたのかな」
「今日は……死神ですわ」
「随分美人の死神だな。とにかく椅子にかけんかな」
「ええ。では」
この部屋は高級幹部用の病室だ。病室と言うより書斎にベッドと医療機器を持ち込んだ様に見える。冬月の趣味であろう。冬月はゆったりとした服を着てソファで本を読んでいた。ユイはソファの反対側に座る。
「さて死神と言う事は検査の結果が出たのかな」
「ええ」
「それにしても君は特だな……君以外の人が言うと冗談にも何にもならんからな」
「そうですか」
「それでどうなんだね」
「……ずばり言いますわ。担当医の話だと一年後の生存確率は50%、五年後の生存確率は10%ぐらいだそうです」
「……ふむそうか……」
「……余り驚かれませんね」
「……あれだけ人が死んだ、殺した。私の命もその一つなのだよ」
「……」
「とはいえ今死ぬのは惜しい気もする。実はあれから生命と言うものを良く考えるようになったのだよ。元々我々は生物学者だからな」
「随分変っていますけど」
「うむ」
「考えるようになったのは脳腫瘍と判った時からですか」
「そうだ。で……元々の私の研究テーマだった(生命)について書いてみたくなったのだ。私と碇ぐらいいろいろな生命を見たり造ったり奪ったりした者も少ないだろう」
「ええ。人、使徒……」
「EVA、レイ、ユイ君……」
「私もですか?」
「EVAに吸収されて蘇ったんだ……普通とは違うのではないかね」
「そうですね」
ユイは微笑む。
「それで相談だが……私は論文を本を書いてみたいのだ。君に助手をやって貰らいたい」
「助手ですか……私レイちゃんの為の研究があります。あの子の遺伝子は私と殆ど同じです。実験対象としての私は重要ですわ」
「無論それは優先だろう。時間が空いている時でいい」
「そうですか」
「それに死ぬまでに一度好きな女性の世話をうけてみたいものでな」
「あら……随分素直ですね」
「この歳になると人間素直になってくる……」
「そうしたら私襲われちゃうのかしら」
「そうしたいのはやまやまだが体力を無駄に使うと執筆する余裕が無くなりそうなのでな」
「あら残念ですわ。少しぐらいならいいのに。どうしようかしら」
ユイは人さし指を顎にあて思案する。そのポーズだと20代前半に見える。
「お引受しますわ」
ニコリとユイは微笑む。
「そうか。これで初めて碇に勝った様な気がするな」
「冬月先生まるで子供みたいですね」
「歳を取ると人は子供に戻るとも言うからな。それではよろしく頼む」
「こちらこそよろしく」
その後冬月は根性で七年生き延びた。ゲンドウとリツコの子供の名付け親にもなった。出来るだけ長生きして碇を羨ましがらせたいといつも言っていた。死後出版された著作「生き物」はベストセラーになった。
おわり
あとがき
チルドレンINワールドカップの外伝は順番はばらばらです。「デート」も外伝の一つです。つぎはあの人を書いてみようかな。では
それにしてもワールドカップ優勝への道のりはまだまだ遠いです。
まっこうさんの『チルドレンINワールドカップ外伝』、公開です。
ユイさん〜
が
辛そうです・・
ユイさんにしてみれば昨日の今日でいきなりなんだもん。
旦那さんが年くって、
別の女がいて、
あ、あと、
シンジ君の可愛い盛りを見逃したってのも大きいかもしんない。
あ、あとね、
いきなり、孫がいるおばあちゃんになっているってのも。
嫁舅関係は良好なようなので
その辺はOKOKですよね。きっと(^^)
簡単に締めがつかないような気もするな・・・
さあ、訪問者のみなさん。
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