TOP 】 / 【 めぞん 】 / [リツコとまっこうの愛の部屋]に戻る

デート







 「所長、今週の業務報告は以上で終わりです」
 「赤木博士ご苦労」




 ここはネルフ研究所所長室。金曜日の勤務時間終了も近い午後の一時であった。毎週この時間は業務報告の時間だ。研究者としてネルフを掌握している副所長であるリツコから所長のゲンドウへの一週間の業務報告が行なわれている。ゼーレと戦自との一件が片付いてネルフが研究所として再出発して以来、リツコは副所長として研究の統括を、ゲンドウは所長として研究所自体を管理監督する者としての業務を行っている。
 リツコはソファに深く座り直し、カップを両手で囲うように持ち冷めかけたコーヒーをすする。所長室にはリツコの為と噂されているコーヒーメーカーがある。ちなみにゲンドウはコーヒーは飲まない。冬月と同じく日本茶党である。冬月は現在は職を退き郷里で小学校の校長をしている。
 リツコはコーヒーのカップを置くと、視線をゲンドウに戻し言う。




 「所長はこの週末ご予定はありますか?」




 ゲンドウは自分の机に肘を突きいつものポーズで答える。




 「無い」
 「よろしければ私とお付き合い願えますか?」
 「かまわんが」
 「今度旧東京の八王子に国立科学博物館や国立西洋美術館が再建されたのはご存じでしょうか?」
 「ああ。聞いた事がある」




 2010年より国家プロジェクトの一環として旧東京の上野にあった博物館や美術館のサルベージ及び再建が計画されていた。2015年にはほとんど完成していたが使徒の来襲で中断していた。このほどそれらのうち、まず国立科学博物館が続いて国立西洋美術館が八王子に再建され仮公開された。現在八王子は植物の植性が変わっている為木々に被われた森林地帯になっている。




 「私小さい頃博物館めぐりをよくしたんです。で今度行こうと思ったのですが、一人では味気ないので、もし所長のご都合がよろしければ一緒にどうかと思いまして」
 「そうか。たまに外に出るのもいいだろう。付き合おう」
 「有り難うございます。それでは明日朝の9時にフロアにうかがいます。朝ごはんはどうされますか?」
 「済ましておく」
 「そうですか。それではお先に失礼します」




 あくまでも他人行儀な会話が終わった後、リツコはコーヒーカップを持つと一礼して所長室を出ていった。ゲンドウは自分の湯呑みに手を伸ばすと冷めた番茶を飲んだ。
















 リツコは副所長室を兼ねている自分専用の研究室に戻る。リツコは他にも直属の研究室を三つ持っている。奥の更衣室と仮眠室を兼ねた部屋へと入っていく。四畳半ほどの部屋にロッカーと小さな机、仮眠用の小さなベットがある。リツコはロッカーを開け戸の裏側の鏡を見ながら白衣を脱ぐ。下からは青いボディコンが現れる。リツコは最近ボディラインが崩れてきた気がした。軽いため息をつく。ボディコンをやめようかとも思う。が着始めた10年前からの思い出がリツコにそれを思い直させる。
 リツコはベットに座ると眼鏡を外す。机の上にある柔らかい布でレンズを拭き、またかけ直す。そのままベットに仰向けに寝転がる。目をつぶると一言呟く。




 「デートか」




 少し後に勢いよくベットより起き上がると、帰り支度を始めた。
















 宿舎の自分のフロアに帰ったリツコは奥の寝室へと向かう。小さなハンドバックをベットの支柱に引っ掛けると、箪笥の戸を開け姿見を見ながら着替え始める。軽やかに服を脱ぎ全裸になるとしげしげと自分の姿を見る。美しい金髪、くっきりとした眉、切れ長の目と少しきつめだがまとまった顔つき、スレンダーなボディラインに、すらりと伸びた足。30の大台に乗ってますます彼女は美しくなっていた。




 「まだ若いわよね」




 少し自信無さげに呟くとバスタオルを持ち全裸のまま浴室に向かう。ざっとシャワーを浴び汗を流すと濡れた髪のままバスタオル一枚で体を隠して寝室に戻る。ベットに腰掛けると傍の机の上の煙草とライターをとる。強い煙草を咥えライターで火をつけようとする。が、ライターを煙草に近づける手が止まる。ライターの火をじっと見つめる。




 「明日デートだったわね」




 リツコはライターの火を消し煙草とライターを机の上に置く。また浴室に向かう。




 「ヤニ落としの歯磨きどこにいったかしら」




 そんな声が聞こえてくる。
 歯を磨いたリツコは髪をよく乾かし寝室に戻る。ラフな格好に着替えた。




 「さてと明日の用意しないと」




 彼女は藤の木を組んだ買物籠を提げてフロアを出た。




 ネルフの宿舎にはすぐ隣ににスーパーマーケットがある。このスーパーマーケットはこんな物までと思う物までがある。又注文すればどんな物も取り寄せてもらえる。このスーパーマーケット以外に店はこの周辺にほとんど存在しない。対ゼーレ・対戦自の先の戦いの傷痕は深く、近所にネルフ本部以外はほとんど何も無い。学術都市として徐々に復興が始まって来てはいるのだが。
 リツコはスーパーマーケットの八百屋の前に来た。なんとはなしに野菜を眺めている。




 「奥さん今日はジャガイモとニンジンのいいのが入ってるよ」
 「奥さんって私まだ独身よ」




 リツコは捻りはちまきの若い店員に答える。




 「え、所長と婚約されったって聞いたんですが違うんですか」
 「ええ」




 少し寂しそうに答えるリツコ。




 「悪い事聞いちゃったかなぁ〜〜〜〜」
 「いいわよ。そのかわりそのジャガイモとマッシュルーム、安くしてちょうだい」
 「リツコさんにはかなわないなぁ〜〜〜〜」




 リツコはその後、肉屋、魚屋、パン屋、米屋とまわる。雑貨屋にも立ち寄り小物を買っていく。たちまち買物籠はいっぱいになる。少し服屋で服を眺めた後宿舎の自分のフロアに戻って来た。買物籠をダイニングキッチンのテーブルに置くと、手を洗いエプロンを着けた。柄は薄いピンク地にひまわりの絵だ。




 「さてっと、明日のおべんとはビーフシチューにしよおっと」




 ゲンドウは肉が大好きだ。そのせいでリツコも肉をよく食べるようになった。買って来たジャガイモ、マッシュルーム、ニンジン、タマネギ、牛のかたまり肉をとり出す。野菜をキッチンの流しで水洗いし取り敢えず冷蔵庫に入れておく。
 牛肉に塩とコショウを振りかける。手でよく擦り込む。電磁調理機にフライパンをかけ強火にする。バターを落とす。見る間に溶けていく。バターをフライパン全体に行き渡らせた後、牛肉を滑り込ませる。




 じゅ




 いい音がする。牛肉の表面に浮き上がってくるいらない油をキッチンペーパーで拭き取る。強火で全体に焼き目を作る。
 一方その間に他の鍋に赤ワイン、水、ローリエ、塩、コショウなどをいれ電磁調理機にかける。やがて煮立って来た所で弱火にし牛肉を鍋に移した。フタをして煮込み始める。
 冷蔵庫から野菜を取り出す。ジャガイモは皮を剥き芽を取り除き4つ切りにした。ニンジンも皮を剥き茎の部分をとる。縦にニ等分した後、3センチほどの厚さに切っていく。タマネギは皮を剥きざっくりと縦に6等分する。よく研いで切れる包丁なのであまり目は痛まない。野菜に下準備をしふきんに包んで冷蔵庫へ戻す。




 一息ついて手を軽く洗う。キッチンのテーブル脇の椅子で少しぼーっとする。




 「かまわん、か」




 昼間のゲンドウの言葉をくり返してみる。ポーズもまねてみてみる。そのままぼーっとする。いつのまにか昔の事を思い出す。子供の時の思い出、セカンド・インパクト、ミサト達との出会い、母さん、ゲルヒン、ネルフ、ゲンドウとの出会い、愛人となった事、戦い、チルドレン達、そして今。リツコの思考は止めども無く転がった。




 「私幸せなのかしら」




 ぽつんと呟く。




 「何言ってんのかしら」




 リツコらしくない。




 気が付くと2時間近くも経っている。慌てて煮込んでいた鍋を見る。随分汁が減っている。肉を突っつくとちょうどいい頃合いになっていた。肉を皿に取り出しラップをかけ棚に置く。代わりに下準備をした野菜を取り出す。フライパンを電磁調理機にかけ、強火にする。バターを入れ溶かし野菜を炒める。炒めた野菜を肉を取り出した鍋に入れ弱火で煮込みだす。




 「味見はどうしようか」




 顎に手をあて考える。少し考えた後に電話をかける。




 「もしもしミサト?」
 「あ、リツコさん。シンジです。ミサトさんは今日遅くなるって言ってました」
 「じゃシンジくんだけ?」
 「アスカもいます」
 「そお。後で二人でこっちにこない」




 シンジやアスカもネルフの宿舎に入っている。




 「どうしたんですか」
 「ビーフシチュー作ったんだけど味見して欲しいの。やはりここは料理の鉄人シンジくんとどいちゅ子アスカがいいと思って。ほんとはケンスケ君や日向君にも食べさせてあげたいのだけどレイが食べられないからちょっと可哀想で」
 「わかりました。いつ頃行けばいいですか」
 「今6時ちょうどだから7時に来てくれる」
 「わかりました」
 「じゃ待ってるわ」




 リツコは電話を切った。




 「親子だから味覚も似てるわね。きっと」




 こうも続ける。




 「相変わらず子供達を利用してるのね」




 でもこういうのならいいかと思う。シンジ君もアスカちゃんも喜んでくれるわ。リツコは冷蔵庫を開けると昨日作ったポテトサラダを取り出す。少し食べて見る。味は落ちてない。これなら大丈夫だ。




 「ごめんねシンジくん、アスカちゃん。ちょっと手を抜いちゃった」




 なんとなく言う。リツコはフランスパンを6等分に切り、たてに溝をつけていく。あまり匂いがきつくないガーリクバターを溝の内側に塗り付ける。それらをオーブントースターに入れ用意しておく。
 すこし手が空く。またボーっとしてしまう。気が付くと6時30分だ。リツコは慌てて棚から煮込んでおいていた肉を取る。2センチ角ぐらいに切ると鍋に再び戻し野菜と共に煮込む。その間にリツコはダイニングの丸いテーブルの上を片づけ新しいテーブルクロスと取りかえる。
 三枚の平皿に三枚のシチュー用の皿を並べる。平皿にはポテトサラダを盛りつける。真ん中にはパンを置く皿と鍋ひきを置く。




 「今一歩ねぇ……」




 リツコは呟くと冷蔵庫よりタクワンとかぶの漬け物を取り出す。糠味噌を洗い落とすと切ってポテトサラダの横に乗せる。




 「ミサト並かも……」




 自分でやっていて呆れている。材料は明日の為にあまり使えないのだ。スプーンとフォークを箸立てに入れ置く。取り敢えず食卓にはなっている。時計は7時5分前だ。オーブントースターのスイッチを入れる。




 「あっそうだ」




 食卓にコップを三つ置き、冷蔵庫から赤ワインの大瓶を取り出しテーブルに置く。ほっと一息つく。




 ぴんぽん




 チャイムがなる。7時ぴったりだ。




 「はぁ〜〜い」




 ぱたぱたと戸に近づく。戸を開ける。




 「「リツコさんこんばんわ」」




 ユニゾンで声がする。リツコは戸を開ける。シンジとアスカだ。二人とも部屋着を着ている。こうして見るとやはり普通の中学生だ。少し気弱そうな男の子ときりっとした利発そうな女の子でしかない。こんな子達を目的の為利用していた事を思い出し、少し二人を凝視してしまった。




 「リツコ。どうしたの」




 アスカを見てリツコは思う。昔の張り詰めすぎていた雰囲気が消え、今は表情が優しくなった。今でも十分美人だとリツコは思うが、3〜4年後には飛びっきりの美女になるだろう。そういえばレイも最近は美しくなったとリツコは思う。もっと魅力的な女性になって欲しいと思う。自分はいつレイに殺されても仕方が無いとリツコは思っている。でもいつか許されたらとも思っている。




 「リツコさんどうしたんですか」




 ぼっとしているリツコをシンジも心配になって来たようだ。




 「あっ、何でも無いわ。二人とも上がって」
 「「おじゃましま〜〜す」」




 またしてもユニゾンしている。リツコはシンジとアスカは一生こうなんだろうかと思う。すると私はアスカの義理の母になるのかと思う。そう思ってから自分で恥ずかしくなり赤くなる。




 「リツコ、どうしたの。さっきから変よ。今度は赤くなっている」




 この辺りのアスカの口のきき方はミサトに対するものと似ている。リツコを家族と思っている。リツコは嬉しく思う。




 「なんでもないわ。さ、こっちよ」




 二人をダイニングキッチンに案内する。テーブルの席に着かせる。ちょうどオーブントースターのガーリックトーストも焼き上がる。リツコはテーブルの真ん中の皿を取るとそれにガーリックトーストを乗せテーブルに戻す。次にビーフシチューの鍋をテーブルの鍋敷きの上に移す。その間シンジとアスカはおとなしく席で待っている。




 「うわぁ〜〜。リツコさんいい香りですね」
 「ほんとリツコ、ミサトと違って料理も上手そうねぇ」




 シチューの鍋のフタを開けて広がった香りにシンジとアスカは歓声をあげる。




 「ありがとう。まぁミサトよりはおいしく作ったと思うわ」




 リツコは苦笑する。リツコはお玉でビーフシチューを二人のシチュー皿にたっぷり取り分ける。自分の皿にもたっぷりと入れる。大量に作った為それでもたくさん余っている。




 「シンジくん、アスカ、ワインつき合うわね」
 「さっすがリツコ、話がわかるわ」
 「じゃ少しだけ」




 リツコはワインの大瓶から三つのコップにたっぷりと赤ワインを注いだ。三人はコップを取る。




 「何に乾杯しようかしら?」
 「リツコさん大げさですよ」
 「シンジ、でもこおいう時はやっぱり乾杯よ、じゃ私が乾杯の音頭を取るわ。私達の仲間の健康と幸せ、このビーフシチューの出来、そしてリツコの明日のデートの成功を祈って乾杯」
 「「「乾杯」」」




 かつん




 三人はコップを合わせる。




 「って、なんでアスカ知ってるの」




 いささか焦るリツコである。




 「ふふふ、リツコ甘いわね。モロバレよ。いきなり私達二人を呼んで味見をしてくれって言うし、ビーフシチューはシンジのお父さんの大好物って聞いた事があるし、今日はいつに無くそわそわして所長室から帰っていったってミサトが電話で言ってたし。そうなれば明日のデートのおかずの味見かなんかと相場は決っているわ。大体、リツコ最近週末はデートの時が多いってミサトが言ってたわよ」
 「そ、そう。バレちゃ仕方ないわ。じゃ味見お願いね」




 開き直るリツコ。




 「「いただきまぁ〜〜す」」




 シンジとアスカは可愛くユニゾンするとスプーンでシチューを食べ始めた。リツコはシンジとアスカが食べ始めるのを見守る。




 「あ、おいしぃ〜〜」




 アスカがちょっぴり口の周りをシチューで汚しながら言う。




 「よく煮込んであって柔らかいわ。味付けも濃くって食べた気するし。このカリカリのガーリックトーストとも合うわ」
 「そうですね。味付けがいいですね。とてもバランスがいいですよ」




 二人は感想を言いつつどんどん食べ始めた。ポテトサラダとトーストもいっぱい食べる。リツコも一安心と言ったところで自分の分を食べ始める。料理の味や作り方などの話題を話しつつ食事は続いた。




 「リツコ、こんなに食べちゃっていいの。明日の分なくならない?」
 「大丈夫よ。この鍋見てもわかるように10人分は軽くあるわ。気にしないで食べてね」
 「わかったわ。じゃおかわり」
 「だけどあんまり食べるとアスカ太るわよ。シンジ君細身の子が好きって心理分析出てたわよ」
 「シ、シンジは関係ないわよ。それに私は太らない体質なの」




 シンジは横で赤くなっている。その後も楽しい食事は続いた。アスカとシンジで5人分近く平らげたところでトーストもなくなり食事はお終いとなった。リツコが入れたお茶で最後を締める。アスカはみっともない事に食べ過ぎてぷくっとしたお腹をさすっていた。私は満腹ですというのを皆に大声で言っているような顔である。シンジも似たようなものであった。三人とも結構食事中に飲んだワインで赤くなっていた。




 「それにしてもよかったわ。どいちゅっ子アスカと料理の鉄人シンジくんに美味しいって言ってもらえればまず間違い無いし。それにシンジくん親子だから味覚似てるだろうし」




 リツコがほろ酔い加減で言う。がシンジはぼそっと呟く。




 「でも僕父さんとずっと食事した事ないし、味覚わからないですよ」




 リツコははっとしシンジを見る。シンジはリツコの顔を何とも言えない表情で見ていた。アスカは横で二人の顔を心配そうに見ている。




 「ごめんねシンジくん。……ねえシンジくん、お父さんの事どう思っているの?」
 「……まだよくわかりません。でも昔ほどは憎んではないと思います。結局父さんは母さんを助けたかっただけだったのはわかりました。それに最後の瞬間に僕やアスカや綾波を助けて解放してくれたし。もう少したったらはっきりしてくると思います」
 「そうね。そうかもね。私は早く仲直りするのを願うわ」
 「ねえリツコ」
 「なあにアスカ」
 「聞きにくい事だけど思い切って聞いちゃう。リツコってシンジのお父さんに利用されたり裏切られたりしたんでしょ。なんで今でも好きなの。大人の人って私達と違うの?」




 アスカがリツコの目を見て言う。




 「変わらないわ。大人になっても恋は同じよ。裏切ったり仲直りしたり騙したり助けたり悩んだり喜んだり。恋は変わらないわ。……あの人は最後に私を助けてくれた。たとえどんな理由でも。だから私も信じるのよ。アスカもそうでしょ。ね」




 リツコはアスカを見つめ返して言う。シンジは黙って聞いている。




 「シンジくん」
 「なんですか」
 「私思い切って言うわね。私シンジくんのお母さんになる。所長と結婚する。所長もシンジくんも、今でもユイさんの事が大好きなのは知ってるわ。でも私それに負けないぐらい所長の事好きなの。ううん、もしかしたら憎いのかも。よく判らないのよ。でもいっしょにいたいのよ。シンジくんと所長が受け入れてくれるまでいつまでも待つわ。たとえおばあちゃんになっても。ごめんね、いきなりこんな事話しちゃって。お酒のせいにしたくは無いけどちょっと酔ったみたいだわ」




 リツコがわびしげな表情でついゲンドウポーズをしてしまう。




 「リツコさん」
 「なあにシンジくん」
 「僕はその事もよくわかりません。でも結局は父さんが決める事だし。ただ今のリツコさんがお母さんになるのならそれはいいと思う。この事ももっと時が経てばよくなっていくと思います」
 「そうね。どうせ私30の大台乗っちゃったし、これまでに比べればずっと条件いいし、のんびり待つとするか」




 ゲンドウポーズのまま微笑むリツコ。




 「リツコ、その笑い危ないわ。そのポーズでやるとまるで誰かさんよ。そう最近シンジが時々あのポーズでため息付いてる事あるのよ。やっぱり親子ね。なんかそっくり」




 苦笑するシンジである。




 「じゃそろそろおいとましようよ、アスカ」
 「そうね。リツコ、今日はごちそうさまでした。味バッチリよ。明日頑張ってね」
 「リツコさん、ごちそうさまでした。じゃあ、明日……なんていっていいかわからないけど……やっぱり頑張ってかな」
 「二人とも味見ありがとう。ミサトがいないからってあんまり変な事しちゃ駄目よ」
 「な、なによ、シンジ相手にそんな事する訳無いじゃない。私の理想はもっと高いのよ」
 「僕だってアスカなんかと……」
 「はいはい夫婦喧嘩はそれぐらいにして。今日は二人で勉強でもしなさい」
 「そうね。勉強しっかりとしごいてあげるわシンジ。じゃリツコまた今度」
 「じゃリツコさんお休みなさい」
 「じゃまたね」




 シンジとアスカは自分達のフロアに騒がしく戻っていった。




 「うらやましい事だこと」




 苦笑して呟くとリツコは後かたずけを開始した。




 「さてと寝不足はお肌の大敵だわ。とっととかたずけて明日の準備をして寝ないとね」




 リツコは片づけ物を済ますと、少しTVを見て過ごす。あいもかわらずあほなアイドルの出る番組が多い。リツコはアスカやレイをアイドルデビューさせたら凄い人気が出ると思う。シンジとカヲルを加えてグループにすれば完璧だろう。確かにネルフの広報部には1日100回以上その手の問い合わせが芸能プロダクションから来る。全てMAGIとミサトが断っている。中には政治家や暴力組織を使ってくるバカもいる。ただそうすると次の日には政治家は失脚し組織はつぶれるだけだ。今だにネルフは世界最強の組織だ。ゲンドウとリツコが率いている限り。
 とにかくあの子達の秘密が漏れる可能性は全て潰さないといけない。その為なら私は魔女にでも悪魔にでもなる。今の私はあの子達、仲間、そしてあのひと、この人達の幸せが全て。私の幸せはきっと……あのひとが……かなえてくれるわ。
 リツコは頬杖している掌が少し濡れているのに気がついた。私は泣いてなんかいない。まだ魔女だもの。罪を償って人間になったらおもいっきり泣こう。出来たらあの人の胸で。
 リツコは顔を手で拭うと立ち上がる。寝室に向かう。化粧を落とした後、バスタオルを手に持ち浴室へと向かう。脱衣所で服を脱ぐと姿見で自分の体を見てみる。




 「もうちょっと胸欲しいわね。これじゃすぐにアスカに抜かれるわ。マヤには抜かれちゃったし。あの子結婚してからグラマーになったわよね……」




 ぼそぼそっと呟くと、浴室へと入る。ざっとシャワーを浴びた後、お湯を溜めてあった浴槽につかる。浴槽はけっこう大きい為リツコの長い足でも問題は無い。リツコは頭に手拭いを乗っけると鼻歌を歌い始める。けっこうおばさん臭い。リツコはセカンド・インパクト前のアニメソングが好きだ。今日は「キューティー・ハニー」のようだ。体が温まって来た頃、浴槽を出ると体を洗う。リツコはヘチマを愛用している。ヘチマにボディシャンプーをつけごしごし体を洗う。1/8だけ白人の血が入っているせいか抜けるように白い肌がたちまち赤くなる。身体中泡だらけになったところでシャワーで泡を洗い落とす。スレンダーなボディーが泡の中からあらわれる。続いて髪を洗う。




 「あ、そうだ」




 体と髪を奇麗にした後、リツコは髪染めを取り出す。浴室の鏡の前で眉毛を黒く染める。そろそろ眉毛を黒く染めるのはよそうかと思う。小さい頃からナオコが何故か眉毛だけ染めてくれた。単にその習慣が抜けないだけだ。髪染めを元に戻すともう一度ざっとシャワーを浴び浴槽につかる。




 「お母さんか……」




 先程のシンジ達との会話が蘇る。又久しぶりにナオコの事も思い出す。今はよくナオコの心がわかる。結局今の自分と同じで所長を好きだったんだと思う。昔ほど嫌悪の情はない。シンジくんに所長の事を言う前に母さんの思い出と仲直りしなくてはとも思う。




 「のんびりやろう。どうせ三十路になっちゃったんだし」




 また鼻歌がでてくる。今度は「セーラームーン」だ。




 「月に代わってお仕置きよ。なんつって。……これじゃミサトだわ」




 ミサトもセカンド・インパクト前のアニメのファンだ。特にセーラームーンのファンで宴会芸には必ずこれをやる。いい年こいてセーラー服を着てコスプレをする。加持がいた時はタキシード仮面をやらせていた。




 「加持君ほんとに死んじゃったのかしら」




 リツコにはいまだに信じられない。あの男のしぶとさはよく知っている。けっこう10年後ぐらいに渋い中年になって会いに来るような気がする。




 少しのぼせるぐらい温まった後、浴室より上がる。脱衣所でバスタオルを使いよおく水気を取る。バスタオルで体を包んだままダイニングに行く。夕食時のワインの残りをコップに注ぎ一気に開ける。寝室に戻る。煙草を一服したいところだが我慢をする。髪が乱れないようにナイトキャップをする。バスタオルを外すとお気に入りの香水を少し体につけそのままベットに潜り込む。彼女の寝間着は香水だけだ。リツコのまねをしたのかレイも裸で寝る。その為今では一緒に暮らしているケンスケやマコトは初め困ったらしい。最近はパジャマを着せる事に成功したらしいが。先程飲んだワインのおかげで眠くなって来た。




 「お休みなさい」




 誰ともなしに、誰かに言いたげに呟くと枕許の明かりを消し、リツコは眠りに付いた。
















 翌日朝の6時、目覚ましのベルがピコピコと音をたてた。リツコはけっこう可愛らしい寝顔を手でこすると目を開けた。まだボケボケっとした顔のままベットから降りる。ベットのそばに置いてあるバスタオルをとるとぼーとしたまま全裸で浴室に向かう。冷たい水とお湯のシャワーを交互に浴びているうちに頭がはっきりとしてくる。脱衣所で体の水気を拭き取る頃にはいつものきりっとしたリツコに戻っていた。リツコは戯れに全裸のまま姿見の前でいろいろなポーズをとってみる。くるっと廻ってもみる。美しかった。




 「よし。やっぱり私は美人よ」




 と自分に気合いを入れ寝室に戻る。ラフな格好に着替えると早速今日のお弁当を作り始める。昨日作っておいたビーフシチューをとろ火で温め始める。次に買物籠を持ちパン屋にパンを買いに行く。パン屋はいい香りに包まれていた。リツコはパンを買うと代金を払った。帰ろうとした時店員が言った。




 「リツコさん。今日頑張って」
 「頑張ってってなにを?」
 「今日のデートですよ」
 「へ?」
 「所長とデートなんでしょ」
 「なっなっなんで知ってるのよ〜〜」
 「昨日ミサトさんが言って廻ってましたよ」
 「ミサトが…………あんにゃろ」




 リツコの目が釣り上がる。美人なだけに恐い。




 「リ、リツコさん……」
 「なに」




 じろり




 店員を一瞥するとリツコは大股でずんずんと帰って行った。店員は引いていた。リツコは帰り道で人に合うたびに頑張ってとか気をつけて(なにを?)とか言われた。恐るべしミサト。伊達に広報室長をやってはいない……というかさすが中身はおやじ。酒のつまみになる事であれば、たとえ親友の恋路だろうがおちょくりまくる。リツコも開き直ってくる。が少し経つと表情を柔らかくして呟く。




 「でもやっと、私と所長っておちょくれるようなネタになったんだ。平和になったのね。今までじゃ絶対無理よね。とは言えお仕置きは必要だわ。見てらっしゃいミサト。デートが終わったら…………ふふふふふふふふ」




 リツコがにたにた笑いながら道をずんずん歩く。皆避けていた。宿舎の日向達のフロアの前を横切る時、ちょうどレイがフロアから出て来た。買物籠をぶら下げている。やはりパン屋に行くところみたいである。




 「あらレイおはよう」
 「赤木博士おはようございます」




 未だにレイはリツコを赤木博士と呼ぶ。昔みたいに冷たい声で言われる訳ではなく、親愛の情もこもっているのだが、リツコとしてはやりきれないものがある。リツコはレイと合うのが辛い。このレイではないにしろ確かにリツコはレイを、レイ達を殺したのだから。




 「あの、赤木博士」
 「なあにレイ」
 「今日頑張ってください」
 「レイまで知ってるの」
 「はい」
 「そう」




 レイはどう思っているのだろう。リツコは考える。レイの一部はユイだ。私は所長をレイから奪い取る悪者なのだろうか。




 「レイ」
 「はい」
 「あの、あなたは私や私と所長の事どう思っているの?」




 リツコは素直に聞いて見る。




 「お父さんは、赤木博士といる時楽しそうです。だからきっとお父さんと赤木博士の事いいことだと思います。それに今の赤木博士は私に優しくしてくれます。私を心配してくれます。だから私、赤木博士が好きです」
 「そう。レイ。ありがとう」
 「赤木博士、私まだよくわかりません。でも好きな人同士が傍にいる事はきっといい事だと思います。だから今日頑張ってください。葛城さんもそう言っていました」




 レイはリツコに向かいにっこりと微笑んだ。リツコはレイの微笑みがとても嬉しかった。




 「わかったわ。ありがとうレイ」
 「じゃあ私お買い物に行って来ます」
 「行ってらっしゃいレイ」
 「行って来ます」




 レイは廊下を去っていった。リツコは少し見送った後、自分のフロアに戻った。リツコはフロアに戻ると洗面所で手と顔を洗いお弁当作成を再開した。くり返すがゲンドウは肉が好きである。ばくばく食う。そうでなければあの迫力は保てないのかもしれない。リツコは肉中心のサンドイッチにする事にした。
 冷蔵庫よりローストビーフの大きい塊、レタス、キュウリ、チーズ、トマトなどの具の材料を出す。野菜を手早く洗いスライスしていく。さすがにネルフ特製包丁はよく切れる。トマトも型崩れしなかった。ローストビーフは一センチぐらいと分厚くスライスした。それぞれの具をマヨネーズとバターと芥子を煉りあわせたものを塗り付け耳を落としたパンに挟んでいく。その後に三角形にサンドイッチを切る。籐のランチボックスにラップを引きサンドイッチを並べていく。
 ネルフ特製保温ジャーを棚より取り出す。とろ火で暖めておいたビーフシチューをジャーに移す。これで12時間の保温がばっちりだ。次にリツコはお湯を沸かす。沸かしたお湯で番茶を入れる。本来なら紅茶だろうが、ゲンドウは何を食べても番茶な為そうする。これもネルフ特製魔法瓶に入れる。後デザートにリンゴを数個入れる。常夏の国になった日本では結構貴重品だ。フルーツナイフも用意する。ビニールシートもだ。これらを全て籐のおしゃれな籠に入れた。




 重い。かなり重い。




 「なんの。愛の為よ」




 とは言っても重いものは重い。




 「持ってもらおうっと」




 少し甘えてみる事にした。




 お弁当を作り終えたところで、幾つかのサンドイッチと牛乳で朝ごはんにする。TVもつけニュースと天気予報を見る。どうやら八王子辺りは晴れそうだ。念の為朝ごはんが終わった後、MAGIを使い気象予報をさせて見てみる。それぐらいの作業を行わせる端末は部屋にある。晴れる確率90%以上だ。ほっとする。時計を見ると七時半を廻っている。リツコはトイレを使った後、寝室に戻るとバスタオルを取り浴室に向かう。服を脱ぐとシャワーを浴びる。ヘチマにボディーシャンプーをたっぷりつけて身体中ごしごしとよく洗う。隅々までぴかぴかにする。髪もシャンプーをしリンスを丹念に行う。体の全てをぴかぴかにしたリツコは脱衣所でよく水気をとる。鏡の前でくるっと廻ってポーズを取る。




 「うん、完璧ね」




 と自分で気分を盛り上げる。寝室に戻るとバスタオル一枚のまま三面鏡の前で少し考える。




 「今日のコンセプトは…………あっあれがいいわ」




 リツコは化粧と着替えを始めた。それらが全て終わった時、もう時計は九時五分前を指していた。リツコは慌てて火の始末、戸締まりを行うとお弁当の篭と着替えの入ったショルダーバック、財布を持ち自分のフロアを後にした。リツコはゲンドウのフロアへ向かう。と言っても隣である。ブザーを押す。




 「誰だ」




 いつものゲンドウの声がする。




 「私です。おはようございます」
 「ああ。入りたまえ」




 リツコはゲンドウのフロアの鍵をカードキーを使い開ける。ごく最近貰ったものだ。貰った時は嬉しくて泣いてしまったものだ。




 「おはよう赤木博士」




 フロアに入ると、まだゲンドウはパジャマ姿だった。猫柄である。当然ながらリツコの見たてである。ゲンドウはダイニングのテーブルで肉まんと牛乳という朝飯をとっていた。




 「おはようございます所長」
 「ほう、今日も奇麗だな」




 最近はこんな普通の会話もするようになった。




 「実を言うと、生まれて初めてのデートの時と同じ格好にしてみました。小学校一年生の時だったんですけど。いかがですか」




 リツコの今日のスタイルはスリムでぴっちりとしたジーンズのパンツに男物のシャツ、あかるい緑色の絹のスカーフ、しゃれたサングラス。少し高めのヒールの靴、右手首にはブレスレットをしている。両方の耳には小さい星のイヤリングがあった。ほんのりと赤いルージュ。微かにさわやかな柑橘系の香水の香りが漂ってくる。
 リツコはおしゃれな手つきでサングラスを上にあげ、美しい緑の瞳を持つ左目でウインクしながら言った。




 「ほう小学生の時にそれか」
 「ええ。私少しおませだったんです」
 「それでは私もその格好に合わせるとするか。すこし待っていたまえ」




 リツコはテーブルの反対側に座る。お弁当の籠とショルダーバックはテーブルに置く。リツコは子供みたいにぱくぱくと食べるゲンドウを穏やかな目つきで見つめる。ゲンドウは食べ終わるとそのまま洗面所に向かう。テーブルには皿と食べかす、コップが残される。




 「困った人ね」




 リツコは嬉しそうに呟くとそれらを片付ける。勝手知ったる他人の家である。顔を洗いさっぱりしたゲンドウは寝室に向かう。その間リツコはTVを見て過ごす。




 「待たせたな」




 そこには、精一杯リツコに合わせ若作りしたゲンドウの姿があった。肩には着替えでも入っているであろうショルダーバックがあった。




 「では行くか」
 「はい」
 「その籠は重そうだ。私が持とう」
 「ありがとうございます」




 二人は戸締まりをするとフロアを後にした。彼等が廊下に出ると、廊下のいろいろなフロアの戸が一斉に閉まった。リツコのこめかみがぴくぴくと引きつる。どうやら皆が様子を窺っていたみたいである。




 「ボーナス時の査定作業が楽しみだな」
 「そうですわね」




 ネルフの所長と副所長のカップルは、所員達にとって恐怖の一言を残しデートへと出かけた。




 「予定はどうする?」




 ゲンドウがリツコに聞く。




 「まずリニアで八王子まで向かいます。そこから徒歩で博物館めぐりをします。遅目の昼食をお弁当で取った後森を散策、また博物館めぐりへと行きます。夜は駅前のホテルです」
 「うむ。問題ない」




 リツコとゲンドウはゲートを抜けるとリニアでジオフロントから地上に向かった。リニアを乗り換えると八王子に向かう。リニアはがらがらでほぼ貸し切り状態である。




 「空いてますわね」
 「そうだな」




 この二人のデートは極端に言葉数が少ない。だいたいリツコが二言三言話しかけるとゲンドウが「ああそうか」「そうだな」とか答えるだけだ。二人ともそれで満足な訳だから他人がとやかく言う事ではないが。




 「所長」
 「なんだ」
 「あの、今日は、その、碇さんって呼んでもいいですか?」
 「…………かまわん」
 「それで私の事赤木博士じゃなく赤木君って呼んでほしいんです」
 「判った」




 まるで小学生の様な事を言い頬を少し染めるリツコである。ゲンドウの方は相変わらず無表情である。




 シューンシューンと言う音を残してリニアは進む。昔の電車と違いリニアは早い。普通の鈍行であるこの線でも一時間半ほどで八王子に着いてしまった。旧東京の八王子はセカンド・インパクト及びその後の地震や台風など一連の自然災害のせいで昔の街は壊滅してしまった。その後植物生態が変わり森林地帯となっている。森林化したこの地は現在では避暑地としてまた博物館や美術館が多い街に生まれ変わっている。
 リニヤを降りると駅の周りは鬱蒼とした森になっている。駅前には土産物屋やホテルなどが奇麗にバランスよく並んでいた。めずらしく政府の管理が的を得ておしゃれな街並みへと復興していた。




 「まず国立科学博物館を見てからお弁当その後国立西洋美術館、交通博物館というのはどうですか?」
 「うむ。なかなかいいな」 




 めずらしくゲンドウが誉める。リツコは嬉しくなる。二人はのんびりと国立科学博物館に向かい歩きだす。深い森の木々の中を道が続いている。名も知らぬ小鳥達がいろいろな鳴き声で囁いている。博物館に向かう道は幾本もある為か他に人は見あたらなかった。二人は並んで静かに歩いた。リツコは思い切ってゲンドウの腕に自分の腕を絡ませる。特にゲンドウからは反応が無くそのまま歩き続ける。リツコも体重がかからないように腕を絡ませ歩みを続ける。




 「あの建物みたいですね」
 「ああそうだな」




 道が開けた先に様式自体は古いがそれ自体はとても新しい建物が見えて来た。国立科学博物館だ。付近には子供連れも多い。なにか特別展を開いているみたいだ。




 「失われた大陸・南極展か。私達には少し辛い展示会だな」
 「ええ、そうですね」
 「入ってみようか」
 「はい」




 二人は入り口でチケットを買い中へと入る。人工ではあるが大理石で出来た建物は古めかしくなかなか見事だ。本館の一、二階は廊下の左右に人類と生物の歴史の展示がある。色々な生き物、人類の化石がある。進化の歴史を展示している。二人は人類の進化の歴史の展示を熱心に見た。




 「私達のしようとした事はこの歩みの延長なのでしょうか」
 「わからん」




 リツコはゲンドウの言葉に微かな苦しみを感じた。二人はその後黙って展示物を見続けた。三階の片方のフロアは日本の動植物の展示がある。気候の変化の為今は存在していない高山の動植物に二人は懐かしさを感じる。




 「そお言えば本部に狸が紛れ込んで大騒ぎになった事がありましたわ」
 「そおか」
 「加持君がミサトに似ているって言って巴投げ喰らってましたわ」
 「ほう」




 ゲンドウの口元が歪む。笑っているのかもしれない。




 三階の反対側のフロアには隕石と太陽系の展示がある。ここにはセカンドインパクトの偽りの原因である隕石について大量に展示があった。二人は黙って熱心に展示を見る。




 「事実は往々にして隠蔽される物、私がシンジ君に言った言葉ですわ」
 「そうか。確かに知らせるべきで無い事もある。これらの事は私達が地獄に持って行けばいい」
 「はい。お供しますわ」




 二人はそのフロアを出た。一階に降りると二号館へ行く。




 「まだ三号館以降は建造中みたいですね」
 「ああ。そのようだ」
 「二号館が一応出来たので特別展を開いているみたいですね」




 リツコがパンフレットを開きながら言う。




 「そうか」




 二人は二号館へ行く。そこには子供連れがいっぱいいた。失われた野生のペンギンが大人気のようだ。展示はセカンドインパクト前と後に別れていた。極寒の楽園南極と死の大陸南極とに。二人は黙って展示を見た。周りではペンギンの写真やオーロラの写真を見て子供のグループがはしゃいでいた。




 「私すこし辛くなったので。出ていいですか」
 「ああ」




 二人は出口に向かう。博物館を後にした。しばらく森を散策する。並んで歩いているとゲンドウが口を開く。




 「あれは、セカンドインパクトは君には関係がない。君はあの時はまだ係わってはいない。起こしたのは私を含むゼーレと使徒自身だ。あの地獄は」
 「違うその事じゃない。私はあの時、大事な人を亡くしました。私がゲルヒンに入ったのもセカンドインパクトについて判るかもと思ったから。でも母さんが死んだ次の日、あなたは私を犯した。私の才能だけを母さんの代わりの才能だけを求めて。その後知ったわ。あれはあなたも関係していたのを。殺そうと何度も思ったわ。でも出来なかったわ。ずるいわ。その頃は心もあなたの物になっていたもの。しかも自分のやっている事は結局ユイさんを甦らせる事。私には滅びの未来しかないと判っていた。それなのに抵抗は出来ない。いつも憎んでいたわ。でも好きだった。もちろん今でも。あなたはずるい……ずるい……」




 リツコはいつしかゲンドウの腕に顔を押し付けるようにしていた。肩が震えている。二人は歩いて行く。




 「すまんな。それしかいえん」




 二人は歩く。リツコがぽつりと言う。




 「惚れてしまった私の負けですね。もうあなたと行くしかないんです」
 「そうか。わたしも君以外には見捨てられている」




 二人は黙って歩いていく。少し後リツコも顔をあげる。












 「腹がへったな」




 唐突にゲンドウが言う。リツコは両目を拭いつつ言う。




 「そうですか。それではお弁当にしましょう。確か付近に草原があるはずですわ」




 駅で貰ったパンフレットを思い出しながらリツコが言う。




 「そうしよう」
 「はい」




 リツコはパンフレットをバックより取り出す。パンフレットに従い森の中の道を歩いて行くと、草原に出た。その草原は草むらみたいに背の高い草が生い茂っている所に芝生みたいに成っている所が混ざっていた。二人は草むらをかき分け芝生似の所に行く。ビニールシートを敷き四隅を石で押さえる。リツコの藤の籠を真ん中に置く。二人は靴を脱ぎ、ゲンドウは胡座リツコは正座をして座る。




 「足をくずしたらどうだ」
 「給仕をしたらそうしますわ」




 だいぶ落ち着いてきたらしく、リツコは微笑みながら答える。リツコは籠からサンドイッチの入れ物を取り出す。蓋を開け真ん中に置く。ネルフ特製保温ジャーのカップ兼用の蓋をとる。二つ付いている。そのカップにビーフシチューを注ぐ。ゲンドウの腹の虫がなる。リツコはカップにスプーンを添えゲンドウに渡す。




 「どうぞ」
 「うむ」




 ゲンドウは相変わらず無表情にそのくせ舌なめずりしつつビーフシチューをがっつく。この辺はおちゃめだ。ゲンドウがうまそうに食べているのを見てリツコもひと安心する。自分もカップにビーフシチューを注ぐ。ゲンドウを見るとサンドイッチもバクバク食べている。そうとう空腹だったらしい。リツコも食べ始める。




 「赤木君」
 「はい」
 「お代わりはあるか」




 ゲンドウがカップを持って言う。




 「はいまだいっぱいあります」
 「そうか」




 リツコはゲンドウのカップにビーフシチューを注ぐ。




 「なかなかうまいぞ」




 ゲンドウがぼそりと言う。またシチューとサンドイッチをがっつく。リツコはその言葉に少女の様に心ときめかせる。




 「昨日はりきって作ったんです。味見はアスカちゃんとシンジ君にやって貰いました」




 ゲンドウの手が止まる。




 「アスカ君とシンジか。二人はどうしている」
 「……二人とも元気で仲がいいですわ。あの調子だと18才になったら結婚するなんて言い出すかもしれないですわ」
 「そうか」
 「二人ともやっと普通の中学生の顔に成ってきましたわ。今は恋する乙女と優しい少年というのがぴったり。それにシンジ君所長の事を今ではゆっくり考える余裕も出てきたみたいです。いつかは私も所長も許して貰えると思います。そう思いたいです」
 「そうだな。そう信じる事にしよう」




 ゲンドウは食事を再開する。リツコもゲンドウを見守りながら食事を続ける。三人分ぐらいあったお弁当も一気にほとんどゲンドウが片づけた。さすがネルフの元司令と言うところか。凄い食欲である。リツコはデザートのリンゴの皮を剥きゲンドウへ渡す。むしゃむしゃとゲンドウが食べる間自分はネルフ印の魔法瓶のお茶を飲む。ゲンドウにもコップを渡す。
 ゲンドウがデザートを食べている間にビーフシチューのカップをティッシュで拭い綺麗にする。サンドイッチの容器とジャーを籠に戻す。ふとビニールシートの端を見ると小鳥がリンゴの皮を啄んでいる。リツコは猫みたいな格好で近づくと頬づえをついて小鳥を眺める。可愛かった。心が和んできた。ぼーとしていると、いきなり後ろからのしかかられる。




 「あ、ばか、そんな、いきなり…………」
 「君は可愛いな」




 リツコは形だけの抵抗をやめた。
















 「小鳥逃げちゃいましたわ」




 身繕いをし髪を整えリツコが言う。顔がうっすらと上気している。無理な姿勢をさせられたため体が痛い。




 「そうだな」
 「いつも強引ですね」
 「そうか」
 「馴れましたけど」
 「そろそろ行こうか」
 「もう、私の都合はお構いなしなんですから」




 リツコは苦笑いを浮かべる。お茶を飲む。運動の後乾いた喉にお茶はとても美味しかった。ゲンドウもお茶を飲む。二人は後片づけをすると、来た道を戻っていった。




 「今度は国立西洋美術館ですね。ここは庭の彫刻だけが公開されていますわ。本館はまだ建造中みたいです」
 「そうか」




 二人はすぐに美術館に着く。無料開放されていた。早速中に入ってみる。入り口近くにはロダンの彫刻「地獄の門」がある。二人はこの大きな彫刻を黙って見上げる。




 「私達はこの門を開きかけたのですね」
 「ああ。そうかもしれん。地獄の門か天国の門かは今もわからん」
 「そしてあの子達が閉じたのですね」
 「そうだな。自分達の道を自分達で選んだわけだ」




 二人はまた少しその彫刻を眺めていた。そして他の彫刻達も見てまわる。まだ仮公開の為、彫刻の数も少ない。その為すぐ見終わってしまった。




 「交通博物館に早く行かないか」
 「鉄道とか好きなのですか」
 「ああ小さい時SLや新幹線が好きだったよ」
 「じゃ。行きましょう」




 二人は駅の方へ向かった。
















 交通博物館は駅にくっつく様にして建っている。入り口の横には新幹線ひかり号の頭の部分と蒸気機関車の頭の部分の実物が飾ってある。




 「懐かしいな」




 珍しくゲンドウから先にしゃべる。




 「私は新幹線とほとんど同じ生まれだからな。小さい頃よくここに連れてきて貰ったものだ」
 「そうなんですか」
 「ああ」




 しばらくゲンドウは新幹線を眺める。




 「入りませんか?」
 「ああそうだな」




 二人は入り口横の自動販売機でチケットを買って入場する。他の博物館よりも子供が多い。子供達のはしゃぐ声がそこいらでする。一階は鉄道関係の展示である。SLと新幹線が主に展示されている。




 「ひかり号だな」
 「ええ」
 「小さい頃運転手になりたい時もあった」
 「そうなんですか」
 「ああ」
 「あちらに運転シミュレーターがありますわ」




 二人は行ってみる。そこには子供が山の様に集まっていた。




 「これでは、だめですね」
 「そうだな、夢は子供達にあげよう」




 ゲンドウの瞳が少し優しくなる。二人はSLや他の鉄道関係の展示も見る。ゲンドウは鉄道がよほど好きらしく一つ一つ展示をじっくり見てまわる。二階の展示場には船と自動車の展示があった。ゲンドウはあまり興味が無いらしく通り過ぎる様にしか見なかった。リツコもしかたなくついて行く。三階には自転車や籠などの人力の乗り物とリニヤと航空機の展示があった。この博物館の展示物は全て1970年代に建てられた旧交通博物館の展示物をそのまま復元している為一部古い展示物もある。とくにリニヤ関係は古かった。液体ヘリウム冷却器内蔵型リニヤには二人で微笑んでしまった。二人は屋上の喫茶店で少しくつろいだ後交通博物館を後にした。
















 二人が交通博物館を出た時は夜の六時を廻っていた。常夏の国に成ったとは言え少しは涼しくなってきた。二人はのんびりとホテルの方へ向かった。その小さなホテルのカウンターでリツコは名前を名乗る。




 「あの予約していた碇ですけど」




 カウンターの係員は端末を操作して言う。




 「伺っております。碇ご夫妻ですね」
 「ええ」




 ちょぴり赤くなるリツコ。




 「ではここに記帳をお願いします」
 「ああ」




 ゲンドウが記帳する。




  碇  ゲンドウ
  碇   リツコ




 「ではこちらが部屋のカギになります」




 ゲンドウはカギを受け取ると先に立ってエレベーターへと進む。リツコは後ろに付いていく。部屋は302号室だ。エレベーターで3階に上がる。エレベーターのすぐそばに302号室はあった。二人はカギで部屋に入る。大きなダブルベッドが目立つ部屋だった。リツコは荷物を置くと、子どもみたいにダブルベッドの端に勢いよく座る。ベッドのばねでリツコは幾度か上下する。その後伸びをしながら仰向けに倒れ込む。ゲンドウは優しい目つきで見ていたがダブルベッドに近寄ると荷物を置いてリツコに覆いかぶさる。長いキスをする。




 「私達ってほんとに好き者同士ですね」
 「そのようだな」




 その後は大人の時間だった。
















 「夕飯にするか」




 ゲンドウがベッドより身を起こして言う。息一つ乱してない。




 「タフですね」




 リツコはベッドで息も絶え絶えに言う。




 「ああ取り柄だからな。シャワーを浴びるか」




 二人はシャワーを浴びる。さすがにいちゃついたりはしないようだ。二人はその後着替えるとホテルの地下のレストランに向かった。趣味がいいレストランだった。予約してあった席に付くと程なく料理が運ばれてきた。二人はワインのグラスをあわすと食事を始めた。




 「あなた、結構おいしいわね」




 リツコは思い切ってあなたと言ってみる。




 「ああ、そうだな」




 特に普段と反応に差はなかった。




 「なかなかいけるようだ。おまえ」




 ゲンドウが優しくほほ笑んでいた。リツコは嬉しかった。気分よく夕食を終えた二人は部屋に戻る。二人はまたも抱き合う。つくづく好き者同士でタフである。
















 「碇さん」




 今ひとつゲンドウをなんと呼ぶか定まらないリツコである。二人はベッドで体を絡めたまま、くつろいでいた。




 「なんだ」
 「これからどうなると思います?」
 「なにがだ」
 「子供達やネルフ、私達……」
 「私はこれからは子供達の為に生きるつもりだ。その為には全てを敵に回してもいいつもりだ。ネルフの者達も守りきるつもりだ。リツコ君、君にはそれを手伝って貰う。私と一緒に死ぬまでだ。すまんな。又君を利用する事になる」
 「いいですわ。あなたとずっと一緒なら…………」




 リツコの目尻に涙が光った。
















 翌日もよく晴れていた。二人は早めにチェックアウトすると森を散策してから帰る事にした。早朝の森は生き物の息吹に満ち溢れていた。




 「碇さん」
 「なんだ」




 二人の歩く周りを小鳥がさえずり飛び回る。




 「何でもありません」
 「そうか」




 リツコはそっとゲンドウの手を握る。そっと握り返してくれる。二人はゆっくりと森を散策しそして駅に向かった。






















 「……以上です」
 「そうか。問題はなさそうだ」


 翌日の月曜日。朝のこの時間はその一週間の予定を副所長リツコがを所長であるゲンドウに提出する時間となっている。
 リツコは書類をゲンドウに査閲を受けると、おじぎをして所長室を去ろうとする。




 「リツコ君」




 ゲンドウが呼び止める。赤木博士ではなくリツコだ。リツコは振り返る。ゲンドウは視線を机から上げず書類を見ている。




 「はい」
 「週末は楽しかったな」
 「はい」




 ゲンドウはその後は黙っている。リツコは少し微笑み研究室へと戻っていった。








        
終わり




ver.-1.00 1997-11/21公開
ご意見・感想・誤字情報・らぶりぃりっちゃん情報などは akagi-labo@NERV.TOまでお送り下さい!




 あとがき




 この話は「チルドレンINワールドカップ・優勝への長い道のり・その9」あたりの話です。あの二人だってデートぐらいはするだろうと思い書きました。ゲンドウがいい人過ぎるとか、りっちゃんの反応が純情過ぎるとか多々変な所はありますがご了承を。もともと二人は学者ですしまっとうに出会ってたらこんな静かな付き合いになっていたと思いますので。

 それではりっちゃんの12才の誕生日と日本のワールドカップ出場を心から祝いつつ
ではまた。




 まっこうさんのりっちゃんの誕生日記念SS『デート』、公開です。

 

 
 何度も姿見を確認するリツコさん、
 煙草を我慢するリツコさん、

 始めてのデートと同じ格好で出かけるリツコさん、

 完璧に準備をして挑む1日。

 色々ある二人ですが、
 そのうちきっと幸せになってくれるでしょう(^^)

 

 シンジくん、アスカちゃん、レイちゃん・・

 ミサトさんもその他の人達も・・

 

 みんなが、いつか、きっと。

 

 
 さあ、訪問者の皆さん。
 リツコさんの誕生日&日本サッカーW−CUP出場とダブルの喜びを受けたまっこうさんに感想メールを送りましょう!


TOP 】 / 【 めぞん 】 / [リツコとまっこうの愛の部屋]に戻る