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ある日のレイちゃん3

レイの同棲




 この話は「めそめそアスカちゃん4」のサイドストーリーです。先に向こうを読んでね。







 その日の朝レイは起こされた。




 「いゃ。そんなとこ触っちゃ」




 胸元にもぞもぞ潜り込んでくるものを感じレイは目が覚めた。相手はお構いなくレイの全身をもぞもぞと動き回る。




 「くすぐったい」




 そして相手はレイと鼻と鼻をくっつけて言った。




 「ちゅ〜〜〜〜」
















































 その子は奇麗で儚く無口な子。
 みんなも知ってる中学生。
 でも彼女は最近変わったのです。
























 彼女は




























     気になるひとが出来たのです




















ある日のレイちゃん3

レイの同棲


























 それは四日前の事だった。レイが夜ベッドで寝ていると顔の上にぼとっと何かが落ちてきて目が覚めた。レイが顔を横に向けると小さな塊が動いていた。レイはベッドから起き上がると部屋の電気を点けた。ベッドにいる小さな塊はぶるぶると震えていた。




 子ネズミだった。




 生まれてから二週間も経ってないであろう体長五センチほどの家ネズミであった。しっぽは一センチほどで千切れ片耳も噛み切られたような痕があった。彼もしくは彼女は震えていた。猫に追いかけられたのかも知れない。兄弟達に苛められたのかも知れない。よく見ると体のそこら中に血が付いていた。子ネズミはその丸い瞳をレイに向けていた。もう力が無い瞳だった。




 「可哀相」




 レイは思わず口に出して言う。レイは子ネズミを見ても驚かなかった。レイは子ネズミを手に乗せてよく観察した。子ネズミは体中を噛られた痕があった。レイはこのままでは助からないと思った。レイはタオルを机の上に数枚敷きその上に子ネズミを寝かせる。携帯を取るとネルフの赤木第一研究室に電話をした。




 「もしもし」
 「はい赤木です」




 リツコが出た。徹夜みたいだ。




 「レイです」
 「あれ。どうしたのレイちゃん」
 「赤木博士助けてください。死にそうなんです」
 「どうしたの。レイちゃん怪我したの?」




 リツコは慌てて聞く。




 「体中噛まれてます。出血多量で意識がおかしいみたいです」
 「今どこに居るの」
 「自分のマンションの部屋です」
 「判ったわ。動かないでじっとしているのよ。私がすぐ行くわ」
 「はい、判りました。でも赤木博士はネズミの手当て出来るのですか?」
 「はぁ〜〜〜〜ネズミ????????????」
 「はい」




 レイは事情を説明した。




 「あのねレイちゃん……ほんと吃驚させないでよ」
 「ごめんなさい。でもネズミさん死にそうなんです」
 「とは言ってもね……」
 「赤木博士お願い…………」




 レイは声が震えていた。会ったばかりの子ネズミが大事な存在に成っていた。失いたくなかった。そんなレイを察したのだろうかリツコの声が優しくなった。




 「しょうがないわね。行ってあげるわ。ちょっと電話切らずに待ってて…………」




 電話の向こうではリツコと他の人達の声がした。




 「レイちゃん、私と峯が行くからそれまでタオルの上とかに寝かせて保温してなさい。傷口が酷いところはアルコールで消毒して止血剤を振りかけておきなさい」
 「はい」
 「今すぐ行ってあげるから。待ってなさいね」
 「はい」




 電話は切れた。レイはタオルの上の子ネズミをよく見る。お腹の辺りに大きな傷があった。レイは医療道具入れから消毒用アルコールの瓶とビーカー、脱脂綿、ピンセット、止血剤の瓶を取り出した。アルコールをビーカーに入れる。ビーカーに千切って丸めた脱脂綿を入れアルコールに浸す。ピンセットで脱脂綿を取り出すと、脱脂綿で子ネズミのお腹の傷を拭った。




 「ちゅー」




 子ネズミは小さな声で鳴いた。しみたのかもしれない。ただ暴れる元気はないらしくおとなしくしている。レイは傷口に止血剤を振りかけた。子ネズミは震えているだけである。レイは後やる事がなかった。じっとリツコ達が来るのを待っていた。耐えていたと言ったほうがいいだろう。レイにとって永遠とも思える時間が過ぎた。




 がちゃ




 レイのフロアの戸が開いた。リツコと峯が入って来た。リツコの手には大きな鞄があった。当然白衣姿である。峯は手にドライビンググローブをしてプラスチックの水槽の様な物を持っていた。峯が愛車でふっとばしてリツコと資材を運んで来たのであろう。




 「赤木博士。峯さん」
 「うわ、レイちゃん。何か着てくれ」




 レイは相変わらずいつも裸で寝ていた。子ネズミの事で気が動転していたので服など着ていなかった。レイは峯の言う事を聞いていなかった。レイの美しい眉が八の字になっていた。今にも泣きそうである。




 「レイちゃん、挨拶は後よ。この子ネズミね。レイちゃん、何か着てきなさい。そしたらお湯を水で薄めて人肌ぐらいにしてなんかに入れて持って来て。あと綺麗なタオル。この子洗うから」




 リツコは机の前に来ると子ネズミを手の上に乗せ観察する。子ネズミはぐったりしている。レイは素肌にマヤから貰ったパジャマを着る。キッチンに行きいつもうどんやそばを食べている丼に電気ポットからお湯を入れた。水道の水で温度をぬるめる。




 「はい赤木博士」
 「机に置いて」




 リツコは鞄より蓋付きのプラスチック試験管を取り出す。中身を丼に入れる。殺菌薬であろうか。リツコは子ネズミをそのぬるま湯で洗う。レイはタオルをリツコに手渡す。リツコはタオルで子ネズミを優しく拭く。子ネズミは時々ちゅーちゅーと鳴いている。子ネズミをタオルの上に戻すと鞄よりスプレーと秤と注射器と薬品の瓶とコニカルビーカーを取り出した。それらを机の上に乗せる。リツコは子ネズミの傷口にスプレーを吹き付ける。どうやら殺菌止血スプレーの様だ。血止めを終えた子ネズミをリツコは秤の上に乗せる。




 「この子の重さはこれだけか」




 リツコはそう呟くと子ネズミをタオルの上に戻す。コニカルビーカーを使い数種の薬品を混ぜる。針の付いてない小さな注射器に薬品を吸い上げる。リツコは注射器の先をネズミにくわえさせる。少しずつ注射器のピストンを押し込み子ネズミに飲ませた。子ネズミは窒息することもなく飲んだようだ。




 「レイ応急処置は終わったわ。さっきのスプレーは傷口を完全に塞ぐようになっているから、もう出血はないわ。後はこの子の体力次第ね。今飲ませたのは抗生物質と栄養剤と消炎剤と鎮痛剤のミックスよ。これを八時間ごとに5ccずつ今みたいに三日間飲ませなさい。一日一回は私にこの子の状況報告。あといつもそばに水を入れた皿とパンかチーズみたいな柔らかな食べ物を置いてあげなさい。昼間はあまり暑くならないように夜はあまり涼しくならない様にしてあげなさい」
 「はい」
 「あと落ちてダメージを受けないように峯君が持っている飼育箱になにか布きれを敷いて入れてあげて。まぁそんな所ね」 
 「博士、この子大丈夫?」
 「本人と言うかこの子の体力と運ね」
 「そう…………」
 「レイちゃん、あなたもちゃんと寝るのよ。あの薬のせいでこの子ネズミも夜寝るようになるから」
 「はい。赤木博士ありがとう」
 「いいのよ。その代わりこの子を看病するあまりあなたの体調を崩しちゃだめよ」
 「はい」




 峯は飼育箱を床に置いた。 




 「レイちゃん、ボロ切れとかない?敷きつぬないと」




 レイは箪笥を開けると新品のタオルを取り出し惜し気もなく飼育箱に敷き詰めた。子ネズミを丁寧に飼育箱に移した。大きな飼育箱を机の上に移そうとした。結構重いため手がぶるぶると震えた。峯がレイの手に自分の手をそえ手伝った。飼育箱は机の上に静かに移った。




 「ありがとう」
 「どういたしまして」




 一方リツコは机の上の薬品を片つけ始めた。子ネズミ用の薬はラップで蓋をして冷蔵庫に入れる。片づけ終わったリツコは言う。




 「さっき言った通り薬と食べ物と飲み物をあげれば、この子は大丈夫だからあなたも無理しないのよ」
 「はい」
 「レイちゃん、薬は冷蔵庫に入れておいたから、また明日ね。お休みなさい」
 「レイちゃんお休み」
 「赤木博士、峯さんお休みなさい。ありがとう」
 「いいのよ、礼なんて」




 リツコと峯はレイの部屋を出ていった。二人はマンションの廊下を歩いていく。リツコが携帯をかける。




 「佐門後はよろしく」
 「了解しました」




 リツコは通話を終える。




 「室長、レイちゃんもずいぶん心優しくなってきましたね」
 「そうね。でも、もともとあの子はそうゆう子よ」
 「そうですか」
 「そろそろここからも引っ越しさせないと。対人恐怖症も治ってきたし」
 「室長が引き取られるのですか」
 「そうしたいわ。でも……私とシンイチがあの子にした事を考えると……辛くてだめだわ。もちろんこれは責任放棄なんだけど。ミサトはえらいわ。全てを知ってて耐えているもの。だけど私はだめ。直接手を下したのだもの。むり耐えられない」
 「室長……」
 「卑怯とは判ってるけど、誰かレイちゃんが信頼している身元のはっきりした人に親代わりになって貰うつもり。それまでは最近レイちゃんがなついている青桐ナイ三尉と同居させようかと思っているの」
 「そうですか……」




 二人はマンションの出口に向かった。










 レイはその頃水を小皿に入れ飼育箱の中に入れた。冷蔵庫からチーズを出し子ネズミの胴体ぐらいに切りそれも入れた。レイは椅子を机の前に戻し座った。リツコには眠るように言われたが今日はもう眠らないつもりだった。子ネズミはしだいに痛みが取れてきたらしく呼吸が穏やかになってきた。静かになってきてレイは逆に心配になってきた。子ネズミを観察すると穏やかそうな表情に見えたので安心した。ずっと子ネズミを眺めていたレイであったが、少し眠くなってきた。眠け覚ましに何かしようとレイは思う。



 ラブレターの返事を書くことにした。




 レイは袋に入れた皆からのラブレターを取り出した。山の様にあった。一通一通を丁寧に読み始めた。簡潔に好きですとしか書いてないもの。気取った言葉が踊っているもの。字が汚いもの奇麗なものプリントアウトされたもの。絵にSーDATの音に心を託したもの。いろいろあった。




 こんなに多くの人が好意をよせてくれているのを知りレイは心が暖かくなった。今まで手紙を捨てたのを思い出す。胸が冷たくなった。




 「ごめんなさい。みんな」




 レイは手紙の山の前で言う。少し胸が軽くなった気がする。レイは便箋と封筒の束を取り出した。レイは断りの文章を考え始める。考え事が口にぼそぼそ出てしまう。




 「お手紙ありがとう。でもお付き合いできません…………なぜ私できないの?」




 レイは考える。心の奥底がそっと呟く、碇君、魔法の言葉。何処でもどんな時でも心を暖かくしてくれる癒しの言葉。そのせいだろうか。じゃあアスカさんは?これも心を元気にしてくれる魔法の言葉。でも違う。なにが違うのだろうとレイは思う。




 「ちゅ〜〜」




 少しぼっとなっていたレイは、子ネズミの鳴き声ではっとする。見てみると静かに眠っている。ネズミも寝言を言うのだろうか、夢を見るのだろうかと思う。レイは最近夢を見るようになった。断片的な夢だ。皆で一緒にいる夢が多かった。アスカといる夢が多かった。シンジといる夢も多かった。
















 「ちゅ〜〜ちゅ〜〜ちゅ〜〜ちゅ〜〜」




 ふと気がついた。レイは机に突っ伏し寝ていたのに気がついた。夜は明けていた。金曜日ではあったがたまたま祝日で学校は休みであった。炊飯器がいい匂いをたてていた。子ネズミは起きていた。ちゅ〜ちゅ〜言いながら水を飲みチーズを噛っていた。ずいぶん元気になったようだ。レイは飼育箱のガラス越しに顔を近づけて言う。




 「おはよう」




 子ネズミは食べるのをやめきょろきょろする。やがてレイの方を向く。




 「ちゅ〜〜〜〜」




 子ネズミは少し長く鳴くとまた一心不乱にチーズを食べ始めた。レイは子ネズミが元気になり嬉しかった。知らず知らずのうちに笑みがこぼれていた。レイにラブレターを出した男子達が見たら子ネズミに嫉妬しそうな笑みである。




 子ネズミが元気になったのを見てレイは普段の日課を開始した。皆の写真に挨拶をする。窓を開ける。窮屈なパジャマを脱ぎ捨て裸になる。全身に朝の風と日の光を浴びる。レオタードに着替えるとSーDVDのスイッチを入れてダンスの練習を始める。レイは本来窮屈な服が嫌いだ。以前朝は裸でダンスの練習をしたり掃除をしたりする事をアスカに話したことがある。するとアスカが猛烈な勢いで何か着るようにと言ったので最近はレオタードを着るようにしている。30分ほど練習すると汗びっしょりになる。レイはSーDVDを止めると今度は玄関の戸を開け掃除を開始する。箒でさっさかと掃き埃を掃き出す。雑巾を絞りそこいらじゅうを拭いて廻る。




 掃除を終えたレイはパジャマとバスタオルを持つと浴室へ向かう。レオタードを脱ぎパジャマと共に全自動洗濯機に放り込む。昨日着た服も籠から放り込み洗剤を入れスイッチを入れる。昔は家でも制服だけだったので全てクリーニングに出していたが最近は自分でも洗濯をするようになった。




 レイは浴室に入りシャワーを浴びる。最近ますますレイはシャワー好きになっている。何時も肌をぴかぴかにしていたい気がする。なぜだかは判らないが奇麗な事はいい事だと思う。レイは傷が治ったら子ネズミもシャワーで奇麗にしてあげようと思った。




 シャワーを浴びた後バスタオルで体を包み部屋に戻る。お気に入りの服に着替える。男物のYシャツに少し緩めのつりズボンである。近ごろのレイはTVを見る。主にニュースと踊りの番組だ。三年前に復興された宝塚のTV放映で、少年役の女優が着ていた衣装をレイは気に入った。それを真似ている。




 「薬をあげないと」




 レイは冷蔵庫から薬の入ったコニカルビーカーを取り出し机に持っていく。医療用品を入れてある段ボールから使い捨ての小さい注射器を取り出す。針は付いていない。ビニールを破って注射器を手にとる。コニカルビーカーの蓋代わりのラップをはがしてだいたい5ccほど薬を注射器に吸い上げる。チーズをまだ食べている子ネズミを片手で掴む。レイは手の中で静かにしている子ネズミの口に注射器の先を軽く差し込む。子ネズミは嫌がらずむしろおっぱいをくわえる様にする。レイは静かにピストンを押し込む。子ネズミはちゃんと飲んでいるようだ。レイは薬をあげ終わると子ネズミを飼育箱に戻した。子ネズミはまたチーズを噛り始めた。




 レイは自分の朝食を作り始める。最近は少し料理が上手くなってきたと思う。毎日作っているためと、味見をしてくれる隣の佐門や家具屋の老夫婦のおかげだと思っている。レイはいつもの様に卵焼きを中心にした朝ごはんをこしらえた。




 「いただきます」




 レイは食べ始める。卵焼きの砂糖の加減を間違ったようだ。甘すぎる。今度は上手く作ろうと思う。朝食が済み後片づけも終わると、また椅子に座り子ネズミを眺める。子ネズミは一心不乱にチーズを噛っている。




 レイはふと何か気がついたように立ち上がる。冷蔵庫に行き食べ残した卵焼きを持ってくる。小皿の上のチーズの横に一つ塊を乗せる。子ネズミは始めくんくんと匂いを嗅いでいたがやがて卵焼きを噛り始めた。




 「美味しい?」
 「ちゅ〜〜」
 「そう」




 子ネズミの返事にレイは満足したようだ。飼育箱が乗っている机の上には昨日書きかけていたラブレターへの返事が乗っている。レイは再度椅子に座ると机に向き直る。昨日に続き断りの文章を考える。思いつかない。時計を見ると午前九時を指していた。レイは視線を斜め上に上げて考える。少し後に端末を操作し始める。端末を操作した後携帯を取り出すと電話を掛け始めた。




 「もしもし」
 「もしもしレイです」
 「あ、レイちゃんおはよう」
 「おはようございますナイさん」




 レイは青桐ナイに電話をかけた。チルドレンの所有する端末からはネルフのいろいろな情報が手に入る。但しそれなりの情報を取り出すときは指紋ロック、網膜ロック等幾つかの鍵があるので面倒ではあるが。青桐ナイ三尉のスケジュールを調べるのには単にキーボードからのパスワード入力で済んだ。




 「最近はどう?シンジ君とは進んだ?」
 「進む……どう?」
 「どうって言われても困るけど、文通は何回もしている?」
 「はい」
 「そう。じゃあ次は二人だけのデートね。出来たらシンジ君から申し込んでくれるよう仕向けたいわね。でもそれはそれとして、今日はどうしたの」
 「デート……したいと思う………………………………」




 レイはデートの言葉で固まっている。なぜデートをしたいのか。好きだから。好き……よく判らない。でも判る。好きって何……………………。思考がループに入りかけていた。




 「もしもぉ〜〜〜〜し。レイちゃぁ〜〜〜〜ん。どうしたのぉ〜〜〜〜」
 「あ、はい」
 「大丈夫?」
 「はい」
 「何かぶつぶつ言ってたわよ。で今日はどうしたの」
 「お断りする方法」
 「え、何でシンジ君の誘いを断るの」




 ナイ結構慌て者である。




 「ラブレターがいっぱい来るの」
 「それなのに断っちゃうの。落ち着いてレイちゃん!!」




 落ち着いてないナイである。




 「違います。碇君以外からいっぱい来るんです。そのお断りの理由です」
 「そっ……そういう事ね。吃驚したわ。それなら判るわ。そうねぇ〜〜〜〜…………うん、この際だからシンジ君と付き合っている事にしたら。前からそう言って一緒に登校していたんでしょ」
 「はい。赤木博士の指示で」
 「だったら問題ないわよ。そう書けば皆納得するし、大体レイちゃんの様子からいってもそれが自然に見えるわ」
 「でも碇君と付き合ってない」
 「レイちゃん、そうは言うけどシンジ君と一番一緒に居る女の子はレイちゃんだし、逆にレイちゃんと一番一緒に居る男の子はシンジ君なんでしょ」
 「惣流さんのほうが碇君と一緒の時間が長い」
 「それは大丈夫。一緒に住んでいることが逆に兄妹みたいな関係に見られているはずだから。ともかくそう書きなさい」
 「碇君が迷惑かも」
 「その時は私にそうしろと言われたと言いなさい」
 「はい。そうします」
 「うん、よろしい。今仕事中なのでこれぐらいでいいかな」
 「はい。ありがとうございました」
 「じゃあ、頑張ってね」




 ぷつ




 ナイは電話を切った。チルドレンの心身の保護はネルフ職員にとって最重要に位置づけられる職務であるが、ナイにとっては可愛い妹の恋愛相談のつもりである。ナイは携帯をポケットにしまう。




 「だれからだったんだい」
 「レイちゃんからです、日向二尉」
 「そうかい。あのさナイちゃん。今は作戦行動中じゃなくて通常待機なんだから日向二尉なんて固い呼び方しなくていいよ」
 「それではなんて呼べばいいんですか」
 「日向先輩とかマコト先輩とか……」
 「あの……マコトさんじゃだめですか?」
 「別にいいけど…………」




 使徒が出ないと結構のどかな作戦部作戦立案室での一時である。












 「お手紙ありがとう。でもお付き合いできません。私は今碇君と付き合っているからです。もう手紙をよこさないでください。  綾波レイより」




 レイは文章を口に出しながら便箋に書いていく。便箋を切り取り丸めてごみ箱に捨てる。




  「お手紙ありがとう。でもお付き合いできません。私は今碇君と付き合っているからです。手紙を貰ってもどうしようもありません。捨てるのも悪いのでもう手紙は渡さないでください  綾波レイより」




 この文章に決めたようだ。レイは便箋に書き始めた。ふと電子メールやワープロで済まそうと思ったがやめる。レイは断るにも手書きの方がいいと思った。全部で52通書いた。次に封筒に宛名と自分の署名を書いていった。全ての作業を丁寧に行った。便箋を封筒に入れると糊付けする。やがて52通の手紙ができあがった。レイは紙袋にその手紙を詰めた。時計を見るとお昼を廻った所だ。




 レイは飼育箱の中の子ネズミを見た。子ネズミは腹を上にして転がっている。レイは吃驚した。死んでいるかと思った。レイは子ネズミのお腹を突っ突く。子ネズミはごろりと転がるとくんくんと鼻を鳴らす。側にあるレイの指に近づく。ぺろぺろと舐める。レイはほっとする。飼育箱の中を見ると皿の水は飲み尽くしていた。卵焼きも全部食べている。食欲が出ているみたいだ。そのせいかころころと丸い糞が転がっている。尿の匂いもする。健康になってきた証拠であろう。




 「よかった」




 レイはぼそっと言う。レイは立ち上がり浴室に向かう。洗面器を持ち帰るとぼろ切れを敷き子ネズミをそこに移す。子ネズミはおとなしくしている。何となく意思が通じるみたいだ。レイは重い飼育箱を机から下ろし浴室に運ぶ。華奢なレイには結構大変だ。レイは子ネズミの糞と尿がついたタオルを飼育箱から出し洗い始める。おしめを洗っているような気がした。洗い終えると今度は飼育箱を綺麗にする。洗剤と水でよく洗った後ぼろきれで水分をとる。レイは飼育箱を部屋に戻すとぼろ切れを敷く。洗面器の中で大人しくしている子ネズミを飼育箱の中に戻した。小皿に水を入れ飼育箱に入れる。食べ物はチーズがまだ残っているので小皿に入れそのままにする。子ネズミはチーズをまた食べ始める。




 子ネズミの世話が一段落ついたところでレイは空腹を自覚した。いつもなら昼食は近所の商店街の行き付けのラーメン屋に行く。いつもにんにくを大盛りにしてもらったラーメンのチャーシュー抜きを頼んでいる。そのため「にんにく姫」と店の常連には呼ばれている。もっとも最近はタンメンにしている。先日シンジが昼食後に訪ねてきた時の事だ。




 「ねえ綾波なんだかにんにく臭くない?この部屋」
 「そう。私にんにくラーメン大好き」
 「そうなんだ」
 「にんにく嫌い?」
 「嫌いじゃないけど……結構臭う」
 「そう」




 レイはその日よりにんにくラーメンとギョウザを食べるのをやめた。それはともかくレイは冷蔵庫を開いた。油揚げとうどん玉が目についた。きつねうどんを作ることにした。鰹節で出し汁をとる。油揚げをした茹でする。油揚げ用の煮汁をだし、醤油、酒、砂糖、味醂で作る。その中で油揚げを煮る。今度はうどんの汁を作る。出し汁を温め煮立ったところで醤油と味醂と酒を加える。ちなみに味付けはとても濃い。これは料理の先生であるマヤが旧東京生まれなせいである。今度は横で煮立たせておいたお湯の中にうどん玉を放り込む。うどんが茹で上がるまでの間にリツコに報告を入れる事にした。携帯で研究室にかける。




 「もしもし赤木第一研究室です」
 「もしもしレイです」
 「あ、レイちゃん。こんにちわ」




 出たのは峯のようである。




 「こんにちは。赤木博士をお願いします」
 「居るよ、ちょっと待ってね。ところでネズミの具合はどうだい」
 「元気になりました」
 「そうかい、それはよかった。いま室長と代わるから」




 携帯からメロディーが流れる。少し後リツコに代わった。




 「レイちゃんこんにちわ」




 少し眠そうな声だ。徹夜明けだからだろう。




 「こんにちわ赤木博士」
 「その後ネズミの具合はどう」
 「昨日よりだいぶ元気になりました。まだ走り回ったりしませんが、水をよく飲みチーズをいっぱい噛っています。尿と便もしっかり出してます」
 「そう。それなら心配なさそうね。薬飲ませてる?」
 「はい。八時間ごとに飲ませてます」
 「そう、それなら大丈夫ね。ところで名前はなんてつけたの」
 「つけていません」
 「呼ぶとき不便でしょ。ちゅ〜〜でもニッキーでもいいからつけなさいよ」
 「じゃあ……ちゅ〜〜」
 「へ……それでいいの」
 「はい」
 「あそう。まあ本人がいいと言ってるならいいけどね。あとレイちゃんネズミの世話で徹夜なんかして無いでしょうね」
 「…………あの……」
 「レイちゃん、ちゃんと言ったはずよ。無理しちゃだめよって。あなたは体弱いんだから。……普段無理させてる私が言う台詞じゃないんだけどね。とにかくあまり熱中しちゃだめよ」
 「はい。ごめんなさい赤木博士」
 「謝ることはないわ。そうだ、明日は午後からあなたシンクロテストだったわよね。一緒にその子連れてきなさい。診察してあげるわ」
 「はい」
 「明日午前10時に峯を迎えに行かせるからね」
 「はい、わかりました」
 「自分の体調も気をつけるのよ。それじゃまた明日」




 電話は切れた。レイも携帯をポケットに入れた。ちょうどうどんが茹で上がった。汁を入れたどんぶりにうどんを入れ油揚げを乗せる。上に刻んだ葱をいれ、七味を振りかけきつねうどんの出来上がりだ。




 レイは机の上を片づけると、どんぶりと小皿に入れた香のものとお茶を移した。




 「いただきます」




 レイは食べ始める。少し味が薄い気がする。料理については完全に江戸っ子のレイである。醤油をもっと入れる。食べてみる。




 「美味しい」




 レイはきつねうどんをすすった。レイは食べながらふと思った。自分できちんと食事を作って食べる。昔のレイでは考えられない事だ。そもそも昔なら「昔なら」と振り返って考えもしなかったとレイは思う。前は等質な時間がただ流れていた気がする。今は友達もいる、ちゅ〜〜もいる、大人達も接してくれる。今は毎日に変化がある。なぜこうなったのだろう。嫌な気分ではない。




 「碇君、惣流さん」




 きつねうどんを食べ終わったレイはふとそう呟いた。始めて心配してくれた人、碇君。始めて友達にと望んでくれた人、惣流さん。碇司令や赤木博士夫妻も心配はしてくれた。洞木さんも仲良くしてくれた。でも何かが違う。二人は違う。昔から知っていたような気がする。また頭痛に襲われた。ちゅ〜〜がちゅ〜〜ちゅ〜〜鳴いている。レイが苦しんでいるのを察したのだろうか。レイは頭痛から開放された。少し残っているうどんを飼育箱の小皿に乗せる。ちゅ〜〜はくんくんと匂いを嗅いだ後うどんを食べ始めた。レイはちゅ〜〜を同居している相手と思っていた。決してペットとは思っていなかった。




 「ちゅ〜〜美味しい?」
 「ちゅ〜〜」
 「よかった」




 レイはなんとなくちゅ〜〜の気持ちが判る気がした。




 レイは食器や鍋を片づけた。その後少しTVのニュースを見る。レイ自身は興味はあまり無い。ただ皆と話すことが判らないのが辛く思う事があるからだ。少しちゅ〜〜を観察する。随分元気になったようだ。今度は端末を使いNERVのデータバンクにアクセスし家ネズミのデータを取り出す。それをよく読む。レイは立ち上がると部屋中を探す。やっとお目当てのものが出てきた。以前工作の授業で使ったプラスチックの塊と木片と大工道具である。レイは木片を10センチほどに鋸で切ると飼育箱の中に入れる。歯を研ぐ為のものだ。今度はプラスチックの塊をやすりで削っていく。1時間程かかってレイはプラスチックのボールを作る。ちゅ〜〜の遊び道具だ。レイはそれも飼育箱の中に入れる。ちゅ〜〜はちらっとそれらを見たが又チーズのほうに戻っていった。今は食べるのに夢中みたいである。




 レイは机に腕を乗せ顔を埋めてちゅ〜〜を眺め続けた。












 レイはまたもや眠り込んでいた。昨日から生活が乱れている為すぐ眠くなってしまう。辺りは夕闇に覆われていた。レイは部屋の電気を点ける。姿見に映った自分の顔を見る。ぼけぼけっとした眠たそうな顔をしている。ふとレイは自分の顔が可笑しくて微笑んだ。なんだかとても楽しい気分だった。




 ぐ〜〜




 レイのお腹が鳴った。最近はお腹が減るのが嬉しい。何を食べたらいいか悩めるからだ。ちゅ〜〜はボールで遊んでいるみたいだ。レイは今日買い物に行っていない。元気になってきたとはいえまだまだちゅ〜〜が心配だからだ。レイは夕食を今有る物で済ますことにした。冷蔵庫を探すとレタスや人参、大根などの野菜はある。卵もある。納豆もあった。レイは残っているご飯をレンジで暖める。味噌汁を作る間に、野菜を刻みサラダを作る。ドレッシングは自分で作った和風のものである。味噌汁が出来上がるとご飯、味噌汁、サラダ、卵、納豆、醤油、芥子をお盆に乗せ机に運ぶ。




 「いただきます」




 レイは小皿に挽き割り納豆を移すと卵を割り入れる。醤油と芥子もいれる。よおく混ぜてよく糸が引くようになったところで、ご飯にかける。




 ぱく




 「美味しい」




 レイはにっこりと微笑むとぱくぱくと食べ始めた。ちゅ〜〜の皿にも納豆をわける。ちゅ〜〜もすぐさまぱくついた。




 夕ご飯と後片づけを終えるとレイは又眠くなってきた。変な眠り方をしたせいだろう。レイは風呂に入ることにした。最近レイは24時間入れる風呂を取り付けて貰った。前からシャワーは好きであったが風呂も好きになっていた。レイはバスタオルを箪笥より取り出すと脱衣所へ向かう。服を脱ぐと浴室に入る。シャワーで体の汚れを落とした後湯舟につかる。




 ふ〜〜




 気持ちいいため息がでる。湯舟は結構大きいため、足をゆったりと伸ばすことができる。レイの頭の中は真っ白になる。しばらくゆらゆらと湯舟に浸かる。




 ぶくぶくぶくぶく




 頭もお湯の中に浸けてみる。目を開くとゆらゆらと天井が見える。息が苦しくなるまで湯中でぼーっとしていた。レイは湯上に頭を出すと湯舟から出た。糸瓜とボディシャンプーでぴかぴかになるまで体をよく洗った。




 風呂から上がると脱衣所で体の水気をよく取る。髪はドライヤーを使うとすぐ乾いた。今日着た衣服を全自動の洗濯機に洗剤と共に入れる。洗濯機のスイッチを入れると動き出したのを確認して部屋に戻る。部屋に戻るとちゅ〜〜に薬を飲ませる。ちゅ〜〜は素直に飲んでいる。




 「いい子ね」




 レイの表情は穏やかだ。飼育箱に戻したちゅ〜〜はまたちょろちょろと遊んでいた。レイはしばらく眺めた後エプロンだけ着けキッチンに立つ。お米を研いで炊飯器に入れタイマーをセットする。部屋に戻りエプロンをとると思い切り伸びをする。窓を開けると夜風を全身の肌に感じる。気持ちがいい。今日は窓を開けて寝ることにした。




 「おやすみちゅ〜〜」




 おやすみ。この言葉を言うのが嬉しかった。ちゅ〜〜はちょろちょろがさがさと遊んでいる。レイは部屋の明かりを消すとベッドに潜り込んだ。レイはすぐに可愛い寝息を立て始めた。
















 ぴんぽん




 レイは目を覚ます。何か音がするようだ。時計を見る。10時10分前だ。徐々に頭がはっきりとしてくる。インターホンのチャイムの音らしい。10時に峯が迎えに来るのを思い出した。どうやら寝過ごしたらしい。レイはベッドから降りると裸のままとことこと戸の近くまでいく。インターホンのスイッチを入れる。




 「どなた?」
 「俺だよ。峯マサヤだよ」
 「少し待っててください。まだ裸なんです」
 「そ、そう。外で待ってる」




 峯は少し慌てぎみにいう。レイは部屋に戻ると机の前に行く。ちゅ〜〜はちょろちょろと遊んでいた。レイが近寄るとちゅ〜〜ちゅ〜〜鳴き始めた。




 「少し待っててね」




 レイはタオルで寝汗を拭き取ると下着を着る。上には何を着ようか悩んだが第壱中の制服にする。着終わるとレイはちゅ〜〜に薬を飲ます。顔を洗い歯を磨き髪を整える。レイは戸に近づくと鍵を開け戸を開く。峯が所在なさげに立っていた。




 「峯さんおはようございます」
 「レイちゃんおはよう。今起きたところかい?」
 「はい」
 「そう。朝ごはんはどうする?」
 「……少し待ってもらえますか?」
 「いいよ」
 「上がってください」
「お邪魔するよ」




 峯はレイについて部屋にあがる。レイはちゃぶ台の前に座布団を出す。峯に座って貰うとお茶を出す。峯は妙にかしこまって座っていた。レイはエプロンを着けキッチンに立つとタイマーで炊きあがっているご飯でおにぎりを作り始めた。冷蔵庫から取り出した佃煮、梅干し、紫蘇の漬物をねたにする。結構大きいおにぎりを七つ作る。卵焼きを作る。キュウリの糠漬けを切る。おにぎり、卵焼き、漬物を二つに分け、それぞれ別の弁当箱に入れた。キッチンを片づけると弁当箱を大きなバンダナに包む。小皿にご飯と卵焼きの切れ端を乗せて弁当箱と共に部屋へ持ってきた。




 「……峯さん、お弁当……」




 レイは少し恥ずかしそうに言う。




 「いいのかい?」
 「峯さんいつも優しくしてくれるから……」
 「そうかい。それじゃ遠慮なくいただくよ」




 レイは峯の言葉に少し目元を綻ばす。レイは峯に弁当箱を渡す。小皿のご飯と卵焼きをちゅ〜〜に与える。




 「それでは行こうか。私が飼育箱持つからレイちゃんはちゅ〜〜の薬とお弁当持ってくれ」
 「はい」




 二人はレイの部屋を後にした。












 「さすがネズミね、回復力が高いわ。血液検査の結果も問題ないようだし、傷も化膿してないしね。チルドレン用のスキャナー使って調べたけど問題ないわ」




 リツコがちゅ〜〜を掴んで診察しながら言う。




 「よかった」




 レイは溜めていた息をほっと吐き出す。ここはリツコの個室兼個人実験室である。この部屋にはリツコと峯とレイしかいない。




 「よかったわねレイちゃん。ま、後は薬が無くなるまで飲ませれば完治ね。それにしても人間なれしたネズミよね。レイちゃんの事親かなんかと思ってるのかしら」




 リツコはちゅ〜〜を飼育箱に入れる。




 「さてと13:30からのシンクロテストまではまだ時間があるわね。もうお昼だしご飯にしたら」




 ネルフは土曜日日曜日にも食堂は開いている。




 「レイちゃんお弁当にしようか」
 「はい」
 「あらあなた達もお弁当なの。私も久しぶりにそうなのよ」




 リツコは猫柄のショルダーバックから猫柄の弁当箱を取り出す。




 「そっちの机に移りましょう」




 リツコの個室には簡単なキッチン、四人用のテーブルと椅子、コーヒーメーカーなどがある。レイのマンションの部屋より綺麗かもしれない。




 「今お茶入れるわね」
 「すいません、室長。でも室長はコーヒー派なのでは?」
 「そうだけど、今日はご飯だから」




 三人はテーブルに移った。




 「あら、あなた達お弁当箱お揃いじゃない」
 「ええ、今日はレイちゃんがお弁当作ってくれたんですよ」
 「よかったじゃない峯。レイちゃんのお手製を食べることができて」
 「そうですね」




 レイはちょこんと椅子に座っている。リツコがお茶を入れる。




 「「「いただきます」」」




 三人は弁当箱の蓋を開ける。レイの弁当箱にはおにぎり三つ峯の弁当箱にはおにぎり四つが入っている。




 「あらレイちゃん、おにぎり上手ね。奇麗に三角形になっているじゃない」
 「そうですね。…………うん塩加減もちょうどいいし」 




 さっそくぱくついた峯も言う。レイを見るとちょっぴり照れているようにも見える。レイも両手でおにぎりを持つと食べ始めた。




 「室長のお弁当はなんかにぎやかですね」
 「そうなのよ。来月にはシンイチ出張から帰ってくるでしょ。あの人の好みこんな感じだから。最近あの人がいないから家事さぼり気味だし化粧もいい加減だし。そろそろリハビリしないとやばくって」
 「それでそんなお弁当なんですね」




 リツコの猫柄の弁当箱の中身は楽しかった。ご飯には三色そぼろで猫の絵が描いてある。おかずは野菜の煮付けとたこさんウィンナー、三角に切った卵焼き、焼き鮭の切り身である。




 「副室長変わってますからね」
 「そうよ我が亭主ながら変わってるわよ」




 とうきうき声でリツコが言う。ネルフ最強のラブラブ夫婦の片割れとしては亭主が帰ってくるのがよほど嬉しいらしい。




 「西田博士帰ってくるのね」
 「そうよレイちゃん」
 「西田博士…………あ痛い、頭が痛い」




 レイは食べかけのおにぎりを置くと頭を抱え唸り始めた。机に突っ伏している。




 「あっレイちゃん考えちゃだめ。昔の事は考えちゃだめ」




 リツコが慌てて席を立ちレイに近寄る。が、レイの為に出来る事はない。リツコが珍しく狼狽える。峯もだ。
 その時ちょろちょろとちゅ〜〜が飼育箱から飛び出て来た。レイの足から体をつたわり顔の側までくる。




 「ちゅ〜〜 ちゅ〜〜 ちゅ〜〜」




 ちゅ〜〜はレイの顔の周りで跳び回る。レイは突っ伏していた顔をあげる。




 「レイちゃん、大丈夫」




 悲鳴に近い声でリツコが聞く。




 「博士もう大丈夫です。ちゅ〜〜ありがとう」




 レイはちゅ〜〜の頭を優しく撫でると立ち上がった。飼育箱にちゅ〜〜を戻す。レイは立ち尽くしているリツコの前に来た。




 「博士なぜ私は昔の事を思い出せないの。なぜ思い出そうとすると頭が痛いの。私碇君や惣流さんと小さい時の話をしてみたい。学校の皆とも話してみたい。博士教えてください。私の昔ってどんなだったか」




 レイは涙を瞳に溜めて言う。一方リツコは顔色を真っ青にして聞いていた。




 「レイちゃん……それは……」
 「室長!!!」




 口を開きっぱなしにしているリツコに峯が厳しい声で言う。リツコは峯のほうを振り向く。




 ぐら




 貧血を起こしかけたようにリツコは前につんのめる。慌てて峯が支えようとする。




 「大丈夫よ」




 リツコは俯いたまま膝に手をつき堪える。




 「レイちゃん、峯席についてくれるかしら」




 レイと峯は席に戻る。リツコはまだそのままの格好で少しいた後、上半身を起こす。顔色は青いままだ。やがてリツコも席に戻る。




 「レイちゃん」
 「はい」
 「ごめんなさい。今は何も話せないのよ。ただ使徒を全部倒したら、全てが終わったら、あなたに話すわ。そしてあなたの裁きを受けるわ」
 「裁き?」
 「そう私とシンイチはあなたの保護者なのに酷いことをあなたにしたの。許されないことをしたの」
 「どんな」
 「今は言えないのよ。ごめんなさい。ごめんなさい……言葉がまとまらないわ。許して今は言えないの……」




 リツコの言葉が小さくなっていく。またも俯いてしまう。




 「博士もういいです。私我慢します。博士元気出してください。もうこの話しはしません。お弁当食べましょう。私お腹すきました」




 ぱくぱく




 レイはリツコを元気付ける為かわざと勢いよく食べ始めた。




 「ありがとうレイちゃん」




 リツコは顔をあげか細い声で言う。リツコも眼鏡をハンカチで拭った後弁当を食べ始めた。




 「卵焼き交換していいですか」




 レイが言う。




 「もちろんいいわよ」




 リツコがレイの卵焼きと自分のとを交換する。峯もその光景を見てほっとしたらしく自分の弁当を食べるのを再開する。レイはリツコの卵焼きを食べる。




 「美味しい」
 「まあ主婦10年以上もやっていれば上手くなるわよ」
 「博士。料理教えてください。私上手くなりたいんです」
 「いいわよ。それではこうしましょう。毎週日曜日にレイちゃんの家で私が指導してあげるわ。そうだ青桐ナイも一緒に誘いましょう。あの子も料理習いたがってたから。なんでも料理なら勝てるからって言っていたわ」




 リツコもやっと普段のペースを取り戻す。




 もぐもぐ
 もぐもぐ




 やっと空気もほぐれてくる。




 「明日いいですか?」




 レイが聞く。




 「いいわよ。ナイには私から言っておくから」
 「はい」




 その後は楽しい食事の一時となった。








 「レイちゃん美味しいお弁当だったよ。ありがとう」
 「どういたしまして」




 レイは恥ずかしそうに弁当箱を受け取る。




 「レイちゃん、謙遜することないわ。卵焼き中々だったわよ。後は経験ね」
 「はい」
 「さてっと13:30のテスト開始まで休んでて頂戴。悪いけど私それまでにまとめたいデータがあるから一人にしてくれない。峯、レイちゃんとちゅ〜〜の相手をしててくれないかしら」
 「判りました。じゃレイちゃん研究室でお茶でも飲もうか」
 「はい。あの今日ナイさんも勤務しているので誘っていいですか」
 「いいよ。それでは室長後でまた」




 峯が飼育箱を持ちレイが弁当箱とちゅ〜〜の薬を持ち部屋を出ていった。リツコはしばらく二人の出ていった戸を眺めていた。やがてぼそっと言う。




 「あなた早く帰ってきて。私一人では辛いわ。あの子の……あの子の笑顔を見るのが辛い」




 リツコは顔を覆った。
















 「さてと出来上がりね」




 翌日のお昼、リツコ、レイ、加持、ナイの四人がレイの部屋に集まっていた。




 「いや〜〜悪いなご馳走になって」
 「加持君いいのよ。たまには家庭的な料理も食べたいでしょ。思ったよりもレイちゃんもナイも手際がいいし。その代わり試食係なんだから残った場合は全部食べなさいよ」
 「了解」




 レイの部屋のちゃぶ台にはさまざまな料理が並んでいた。いい香りが辺りを覆う。その為かちゅ〜〜が飼育箱でどたばたやっている。加持は缶ビール片手だ。




 「まずはレイちゃんの料理から試食してみましょうか」
 「そうですね。このだし巻き卵奇麗に出来てる」




 リツコと加持とナイが箸を伸ばす。




 「レイちゃんなかなか上手ね。卵の甘みと砂糖の甘みがちょうどいいわ」
 「そうですね。私より上手だわ」




 ナイはいくぶん悔しそうである。




 「確かに美味いな。ただ俺には甘すぎる。まぁ誰に食べさせるかによるな。男の子に食わせるのだったら砂糖は少なめでいいんじゃないか」
 「はい」




 レイはちゃんとメモをとっている。




 「次は鯖の味噌煮ね。これも中々ね。ただもう少し煮込んだほうがいいんじゃない」
 「私はこのぐらいのほうがいいと思います」
 「俺もだな。この辺も食べる人によるな」
 「はい」




 やはりこれもメモをとるレイである。皆はご飯とわかめと豆腐の味噌汁を食べつつ次の料理に移る。




 「次はナイの料理ね。ひじきの煮物ね。どれどれ……なかなかいけるわね。酒のつまみによさそうね。ただちょっと甘いんじゃない」
 「俺はこれぐらいが好きだな」
 「ご飯と一緒に食べても美味しい」




 レイはご飯に乗せて食べている。




 「次はオムレツね……なんか不格好ね……味付けはいいけど。やはり卵料理は卵の黄色い美しさも料理のポイントよ」
 「そうですね」
 「とくにマコト君は美的センスがいいから」
 「△▼○●□■△▼○●□■!!!!」




 いきなりマコトの名が出て目を白黒させるナイである。レイはナイを興味深そうに見ている。




 「俺は食えればいいから形は気にしないよ。味付けはばっちりだな。まあ形も頑張れよ」




 ニヤ




 加持が人の悪そうな笑いをナイに向ける。ここいらはミサトと似ている。ナイは顔を赤くしている。




 「あれ、レイちゃんは食べないのかい」
 「私お肉が入った料理だめなんです」
 「そういえばそうだったな。でも鶏がらスープのラーメンなんかは大丈夫なんだろ」
 「はい」
 「ここは一つトライしてみたらどうだい。せっかくナイちゃんも作った事だし」
 「レイちゃん、無理しないでいいのよ。人には好き嫌いはあるんだし」




 少し悩んでいたレイであったが、箸を出しオムレツを少し切り取りつまむと口に入れる。皆が見守る中もぐもぐと食べる。




 「うっ」




 レイは急に立ち上がるとトイレに駆け込む。




 「あ、レイちゃん」




 ナイも立ち上がるとレイの後を追う。加持も追いかけようとしたがリツコに止められる。トイレからレイがおう吐する音が微かに聞こえる。




 「女の子が吐くとこなんか男に見られたら傷つくわよ」
 「それもそうか。レイちゃんに悪いことしたな」




 加持が珍しく神妙な顔をしている。




 「ナイにも悪いわよ。だいたい加持君、レイちゃんが肉だめなの知ってるでしょ」
 「知ってはいるさ。だけどレイちゃんだって肉食べる場面でてくるかもしれないし。たとえばデートの時なんかにね」
 「あの子ならそういうことも考えてくれる彼氏選ぶわよ」
 「そうかもしれんな」




 ちょうどそこへうがいをして口の中をきれいにしたレイがナイに軽く支えられ戻ってきた。少し顔が青い。レイとナイは自分の席に座る。




 「レイちゃん。すまない。悪気があったわけじゃないんだ。許してくれ」




 加持が頭を下げる。




 「加持さん、いいです。加持さんが悪いわけじゃありません」
 「とは言ってもね。ほんとにすまん」




 加持は手を合わせる。




 「いいです。それより試食を続けていいですか」
 「レイちゃん。無理しなくてもいいのよ」
 「上手な人の料理を食べるのも上達するこつとマヤさんから聞きました」
 「料理上手くなりたいのね」




 ナイが言う。料理の目的はよく知っている。




 「それでは続けようか。とうとう真打ち登場か。りっちゃんの料理は久しぶりだな」
 「それほどでもないわよ」




 と言う割りには自信ありげである。もっとも自信がなさそうなリツコも珍しいが。




 「まずは鯖の甘酢あんかけよ」
 「どれどれ……ほほうさすがだな。あんの味が見事だな。これはいけるな」




 加持はビールをあおる。まるでミサトだ。




 「ほんと美味しいですね。ご飯のおかずにもいいわ」
 「おいしい」




 さすがに主婦10年生は伊達ではないというところか。




 「次は茶わん蒸しよ。これはレイちゃんの分。肉入れてないからね」
 「うわ〜〜綺麗ですねぇ。海老の赤と三つ葉の緑、柚の黄色がまるで絵みたい」
 「ほほう。色彩だけじゃなくて味もさすがだな。まろやかな優しい味付けだ」
 「あの博士」
 「なあにレイちゃん」
 「私きっと鶏肉は大丈夫だと思うんです。だから博士のと交換してくれませんか」
 「う〜〜ん。そうね、それならもう一度トライね。ただし無理しちゃだめよ」
 「はい」




 レイとリツコは器を交換した。




 ぱく




 「おいしい」




 まずレイは上の方の卵の部分をすくって食べた。次に具として入っている鶏肉をスプーンにとる。皆が見ている中スプーンを口に運ぶ。




 もぐもぐもぐもぐ




 「おいしい」




 にこり




 レイは嬉しそうに微笑んだ。




 「よかったじゃないかレイちゃん」
 「はい。これで皆とフライドチキンなら食べに行ける」
 「あっそうか。ハンバーガーとかはだめだったんだ」
 「はい」
 「シンジ君と行ける店が増えてよかったわね」
 「はい」




 素直なレイである。言ってから頬がバラ色になった。一応全員の料理が出終わったところで宴会になった。大人はビール、レイはオレンジジュースで料理をつまみにしてだ。




 「ナイちゃん」
 「はい博士」
 「リツコでいいわよ。日向君とはどこまでいってるの」
 「どこまでって……そのあの」




 ナイは言いよどむ。




 「この前飲みに連れていって貰いました」
 「ほぉ〜〜二人でかい」




 加持も興味津々だ。結構他人のこういうねたも好きらしい。




 「いえ葛城さんが先頭に立って……」
 「あら、それじゃあまり意味無いわね」




 レイは大人達のやり取りを静かに聞いている。自分の身に当てはめて考えてでもいるのであろうか。




 「だいたい加持君がしっかりとミサトを引き留めておかないからナイちゃんが困るのよ」
 「面目ない」




 リツコ結構絡み酒か。




 「で…でも少し進歩したんです。マコトさんって呼んでいいって」
 「あのね。それぐらいで喜んで……今時中学生だって喜ばないわよ」
 「そうですか。でも私が嬉しいんだからいいじゃないですか」




 ナイ膨れっ面である。レイもシンジに名前で呼んでもらいたいと思うときがある。でも綾波と呼び捨てる様に言われるのも結構気に入っている。




 「でレイちゃんはどうなっているんだい」




 加持が聞く。




 「どう?」
 「シンジ君とだよ」
 「シンジ君となに?」
 「だから、二人でデートしたとか、キスしたとか、押し倒されたとか……」
 「……」




 レイ赤くなっている。最近はなぜかこの手のねたで赤くなってしまう。恥らいの感情というものを少しは理解してきたようだ。もっともシンジの話しの時だけではあるが。




 「言わないといけないですか」
 「そんなことないが、折角恋愛経験豊富な人間が集まっているんだし相談するチャンスだぜ」
 「……」




 レイは顔を赤くしながら床に指でのの字を書いている。大人達はそんな微笑ましいレイを見つめている。




 「私碇君にキスして貰おうとしました。そしたらシンジ君にがばっと抱きしめられてこわかったです」




 ぶ




 加持がビールを吹き出す。




 「あとシンジ君に裸で押し倒され胸を掴まれました」




 がぎゅ




 リツコが変な声を出し口をぽかんと開けた。口の中のビールがたれる。




 「あ……あなた最後まで行ってないでしょうね……そんな報告受けてないわよ」
 「最後?」
 「だから……そのシンジ君と……あの男と女のあれよ、あれ」
 「性交渉ですか。していません」




 今度は加持、リツコ、ナイ共にビールを吹き出す。




 「れっレイちゃん、そういうことはあまりはっきりと言わないほうがいいわ」
 「そうなんですか」
 「そうよ。シンジ君困るわよ」
 「じゃ止めます」
 「そうよ。レイちゃん他にどんなことを……」




 ナイとレイが話している一方、加持とリツコはひそひそ話をしていた。




 「加持君ちゃんと護衛と監視つけてるの」
 「つけてるよ。チルドレンに何かあったら指令に殺されるからね」
 「確かに最近のシンジ君は頼りがいもあるいい子に成ってきたけど、まだ中学二年生同士よ。もし最後の一線越えさせるようなことしたら、加持君……改造するわよ」
 「へいへい。あれ、でもりっちゃんって初体験中学三年生の時って聞いたけど……」
 「あっあれは……婚約してたし旦那なんだからいいじゃない……」




 レイの素直な発言で大人達は振り回せれるのであった。一方忘れられているちゅ〜〜はご飯を催促するようにちゅ〜〜ちゅ〜〜鳴いていた。
















 翌日の月曜日は快晴だった。その日レイは朝起こされた。




 「いゃ。そんなとこ触っちゃ」




 胸元にもぞもぞ潜り込んでくる物を感じレイは目が覚めた。相手はお構いなくレイの全身をもぞもぞと動き回る。




 「くすぐったい」




 そして相手はレイと鼻と鼻をくっつけて言った。




 「ちゅ〜〜〜〜」
「おはようちゅ〜〜」




 ちゅ〜〜はすっかり元気であった。ネズミとは言え驚異の回復力である。さすがリツコ特製の薬と言うべきか。




 「もうすっかり元気ね」
 「ちゅ〜〜」




 レイはとても嬉しかった。朝挨拶が出来るのがこんなに嬉しいものだということに驚いていた。




 「皆おはよう」




 写真立ての皆にもレイは挨拶した。




 「ちゅ〜〜」




 レイの手の中のちゅ〜〜も挨拶をしたみたいだ。








 「ちゅ〜〜学校行ってくるからおとなしくしていてね」
 「ちゅ〜〜」




 レイは朝の日課を済ますと自分の朝食の残りと水をちゅ〜〜の飼育箱に入れる。ちゅ〜〜の頭を撫でる。レイはもう一度火の用心と電気器具の消し忘れをチェックする。鞄を持つとドアに向かう。




 「じぁ早く帰ってくるからね。行ってきます」
 「ちゅ〜〜」




 レイは始めての行ってきますの挨拶をして学校に行った。
















 「ちゅ〜〜ただいま」




 レイは学校から帰宅すると靴と袋を放り出すように置きちゅ〜〜の飼育箱へと急いだ。殺風景な部屋が今日は楽しく思えた。




 「ちゅ〜〜」




 ちゅ〜〜はレイが帰ってきて嬉しいのか飼育箱の中をかけずり周る。ぴょんと飼育箱の縁を越えるとレイに飛び付く。ちゅ〜〜はレイの体中を走り回る。レイは楽しそうにそのまま立っている。しばらくしてレイはちゅ〜〜を掴むと飼育箱に戻す。




 「着替えるから待っててね」




 帰りに買い物をしてきた野菜などの食料品を冷蔵庫に入れる。その後レイは少し考えるとバスタオルを肩に掛け飼育箱を浴室に運んだ。更衣室で裸になる。浴室に入るとちゅ〜〜を飼育箱から洗面器に移す。飼育箱を奇麗に洗う。飼育箱を洗って浴室も奇麗にした後レイはちゅ〜〜をシャワーのお湯で奇麗に洗う。始めちゅ〜〜はちゅ〜〜ちゅ〜〜と騒いでいたがやがて馴れてきたのかレイのするがままになる。ちゅ〜〜を洗ったレイは自分の体も洗う。ただし糸瓜とボディーシャンプーを使った。一人と一匹はぴっかぴかになった。




 シャワーの後、レイはちゅ〜〜を手に乗せ部屋に戻る。最近風呂あがりはバスタオルを巻くようにしてる。レイは最近テレビを見るようになった。テレビで女優が風呂あがりにバスタオルを優雅に巻く場面を見て仕種が奇麗だと思った。マヤの仕種も思いだしやはり同じぐらい仕種が魅力的だと思った。それ以来奇麗な仕種でタオルを巻きたいと思っている。裸が恥ずかしくなくなったわけではない。




 レイはちゅ〜〜を空いている段ボール箱に入れる。ボーイッシュな格好に着替えると飼育箱を浴室から部屋に運びこむ。ぼろ切れを敷き詰め木片とボールを入れるとちゅ〜〜を中に放す。ちゅ〜〜はくるくると遊びまわる。




 レイは落ち着いたところでリツコへ電話を掛ける。




 「もしもし赤木第一研究室です」




 マヤが電話にでる。




 「レイです」
 「あらレイちゃん。こんばんわ」
 「マヤさんこんばんわ。赤木博士お願いします」
 「待っててね今代わるわ。そういえばお料理会どうだった?」
 「私鶏肉ならお肉食べられることが判りました。こんど鶏肉料理挑戦してみようと思います」
 「レイちゃんよかったじゃない。じゃ先輩に代わるわね…………もしもしレイちゃんこんばんわ。今日はどうしたの」
 「赤木博士こんばんわ。今日学校で進路相談の通知がありました。赤木博士、父母として出てください」
 「わかったわ」
 「博士」
 「なあに」
 「私これからどうなるの」
 「……ごめんねレイちゃん。でもこれだけは信じて欲しいの。今まで私はあなたにとても酷い事をしてきたわ。でもこれからは私や皆のできる限りの事をするつもり。あなたをできる限り守るつもり。EVAを代わって操縦は出来ないけどね」
 「なんだか怖い……昔は怖くなかったのに……」
 「レイちゃん今は我慢してね。ごめんなさい」
 「……はい」
 「でレイちゃん将来何したいの?」
 「考えたこと無い」
 「そうだったわね」
 「……」
 「そうね、今度じっくり話し合いましょうね」
 「はい。それでは電話切ります。お休みなさい」
 「お休みレイちゃん」




 ぷつ




 レイはしばらく携帯を眺めると机に置く。椅子に座ると机に頬づえをつく。どことなしに沈んだ視線をちゅ〜〜に送る。知ってか知らずかちゅ〜〜は鼻をくんくんさせ後ろ足で立ち上がりレイを見る。




 「お腹すいたの?」
 「ちゅ〜〜」
 「そう」




 レイは立ち上がりキッチンに向かった。












 その夜レイは夢を見ていた。夢の中では皆がレイを置き去りにしていった。指令もシンジもアスカもリツコ夫妻も。




 「いやぁ」




 レイは自分の声で目が覚めた。気がつくと汗がびっしょりだった。窓からは月の光がさしていた。レイの声で起きたのかちゅ〜〜がちょろちょろっと床に降りレイを見上げるように蹲っていた。レイもベッドを降りた。SーDVDをSOUNDONLYでかける。ダンスの音楽が流れ出す。最近レイは心が苦しくなった時踊る事にしている。




 月の光の下レイが踊り出す。ちゅ〜〜も首を振る。レイの心は少しづつ透明になっていく。月の光が心に差し込んでくる。ちゅ〜〜の心も染み込んでくる。レイは踊り続けた。
















 翌日の朝は晴れていた。レイはいつものベンチで文庫本を読み二人を待っていた。本は「初歩のお弁当のおかず百選」である。そのうちシンジとアスカが並んで歩いて来た。




 「綾波おはよう」
 「綾波さんおはよう」
 「碇君、惣流さんおはよう」




 アスカとシンジが微笑んで挨拶してくれた。この二人が自分を置き去りにすることはないと思った。心が暖かくなってきた。三人はおしゃべりをしながら学校に向かう。いつもはシンジとアスカがレイに話しかけるのだが今日はレイから話しかけた。




 「碇君、惣流さんお願いがあるの」
 「なあに綾波」
 「今度の土曜、私の部屋に壁紙を貼りたいの。手伝って」
 「へぇ壁紙貼るんだ。僕はいいよ。アスカさんは?」
 「私もいいわ」
 「ありがとう」




 レイは思わず微笑んだ。誰かを部屋に呼ぶのはとても嬉しいことだと思った。




 「どういたしまして。それにしても綾波は最近楽しそうだね」
 「ほんと。綾波さん楽しそうだわ」




 二人の指摘にますますにっこりと微笑んでレイが答える。




 「新しいお友達が出来たの。土曜日に紹介する」
 「へぇ〜〜〜〜楽しみだなぁ」
 「そうね」




 三人は学校へ向かった。




 「そう言えば、綾波さんその手提げ袋なにが入っているの?」
 「これは、ラブレターの返事。全部読んでお断りの手紙書いたの」
 「す、凄い量ね」
 「うん。52通」
 「52……第壱中って男子生徒180人ぐらいなのに。さすが……」




 とか何とか言っている間に三人は学校の校門に到着した。校庭を横切ると幾多の挨拶と共にシンジへの強烈な殺意に近い嫉妬の視線が突き刺さる。シンジは元から鈍いしアスカも最近ようやく馴れたみたいだ。レイは元から気にしていない。
 三人は下駄箱につくと手分けしてレイの手紙を下駄箱に入れ始めた。




 「ねえ綾波さん」
 「なあに惣流さん」
 「どんな断りの文章書いたの?」
 「……碇君と付き合ってるからって……ごめんね碇君。勝手に名前使って。青桐三尉がそう書いたらって教えてくれたの」




 レイは手紙を入れながら頬が赤くなる。




 「そ、そう綾波。あの……まぁいいや」




 シンジも少し赤くなってる。




 「ねえ。シンジ君」
 「なあに惣流さん」
 「私もシンジ君と付き合ってるって断りの手紙に書いていい?私もどう書いていいか困っているの」
 「惣流さんも…………うん、いいよ」
 「よかった」




 アスカも少し赤くなってる。三人とも恥ずかしいのか黙々と作業を進めた。やがて三人は作業を終えた。




 「教室行きましょ」




 アスカはいつもの通り元気に階段を上がって行った。レイとシンジが続いた。




 「そうだ」




 シンジは振り返った。




 「これ」




 シンジの手には一通の手紙があった。




 「くれるの?」
 「うん」




 レイの質問は、いつも文通はレイが書いてシンジが返事を書いていたからだ。レイはふとアスカを見た。アスカは階段を先に上りきり見えなくなっていた。レイは少しほっとした。レイはシンジの手紙を受け取ると胸に抱いた。




 「そろそろ急がないと遅刻だ」




 シンジは恥ずかしそうに呟くと階段を駆けあがった。レイも後に続いた。今日も楽しい学園生活が始まった。
















 土曜日の朝が来た。最近は目ざまし時計をセットしなくてもちゅ〜〜が目ざましネズミになって起こしてくれる。ちゅ〜〜がいても特に朝の日課は変わってはいない。ただ二人?で一緒に何でもするということだ。料理以外は全部一緒にする。ダンスの練習もシャワーも掃除も食事も。ちゅ〜〜はいつもレイの周りをかけずり廻っている。




 ちゅ〜〜の傷は三日程前に完治した。レイは何度もちゅ〜〜を天井裏や野外に放してやるのだが何度放してもちゅ〜〜は戻ってくる。ちゅ〜〜はレイの事を家族か何かと思っているようだ。レイも飼っているつもりはない。弟がいるのはこのような感じだと思っている。ちゅ〜〜が雄なのはリツコが教えてくれた。




 レイは朝の日課が終わるとちゅ〜〜を手に乗せ言い聞かせる。




 「今日は碇君と惣流さんが来るから呼ぶまで飼育箱に入っていてね」
 「ちゅ〜〜」




 通じているのかも知れない。レイはちゅ〜〜を飼育箱にいれる。ちゅ〜〜は静かにボールで遊び出した。レイの今日の格好は、ぴったりとしたジーンズの長ズボンとTシャツだ。レイは頭に空色のバンダナを巻き付けると再度部屋の掃除を始めた。




 ぴんぽん




 「はぁ〜〜い」




 レイは二度目の掃除が終わり一息着いているところだった。素早く立ち上がると戸まで小走りに駆け寄る。戸の覗きレンズから外を見るとシンジとアスカであった。




 がちゃ




 レイは鍵を解き戸を開けた。顔には自然と微笑みが浮かんだ。




 「綾波おはよう」
 「綾波さんおはよう」
 「碇君、惣流さんおはよう」




 アスカは偶然にもレイと同じような格好をしていた。アスカはジーンズの長ズボンと赤いTシャツという格好だ。尻のポケットに軍手を突っ込んでいる。今日は長い金髪を青いゴム紐を使い束ねている。手にはボストンバックを抱えている。シンジも似たような格好である。レイがシンジを見るとなぜか赤い顔をして固まっている。レイは自分の薄着がシンジを刺激しているとはぜんぜん気づいていない。




 「どうしたの碇君」
 「今日シンジ君なんか変なの。すぐ赤くなるし、ぼーっとよくなるし」
 「なっ……なんでもないよ」




 やっと解凍したシンジはごまかすようにしゃべりだした。




 「えっと綾波お邪魔します」
 「お邪魔します」




 アスカとシンジは靴を脱ぎ部屋に上がった。レイは二人をちゃぶ台の前の座布団に座らせる。




 「今、お茶入れるから」




 レイは緑茶を入れ、お茶菓子と共にちゃぶ台に持ってきた。




 「碇君、惣流さんどうぞ」




 レイは二人の前にお茶を置く。自分もお茶と共にアスカの正面の座布団に座った。部屋は冷房が効いて涼しかった。三人はお茶をすすった。ほっと一息つく。




 「綾波最近は部屋奇麗にしているね」
 「うん、奇麗にしていると気持ちがいいって気がついたの」
 「そうなんだ」
 「綾波さん」
 「なあに惣流さん」
 「新しいお友達を今日紹介してくれるって言っていたけど、何時ごろくるの?」
 「すぐ呼ぶわ……ちゅ〜〜来て」




 レイがそう言うと机の横に置いてある飼育箱からちゅ〜〜が走り出してきた。ちゃぶ台の真ん中にちょこんと座る。




 「ちゅ〜〜〜〜」




 ちゅ〜〜を見た途端アスカの顔色が真っ青になった。ちゅ〜〜はちょろちょろっとアスカの方へ近づく。アスカの目の前で後ろ足二本で立ち鼻をくんくんさせる。




 「ねっねっねっね・ず・みぃ〜〜〜〜こっこっ怖いよぉ〜〜びぃぃぃぃぃぃぇえええええええええええええええええええええええええええええええんうぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええん」




 アスカはいきなり泣き出した。それと同時にシンジを引っ張ると自分の前に盾にするようにして背中に抱きつく。シンジはアスカの泣き声を耳もとで聞かされて気絶寸前である。




 あまりの泣き声にちゅ〜〜はびっくりしたらしく、すぐにレイの方に駆け出し体を駆け登るとレイの頭の上に座った。レイはしばらく呆然としていたが、ちゅ〜〜を飼育箱に戻す。




 「ここにいてね」
 「ちゅ〜〜」




 レイはじたばたと泣きわめくアスカをそれこそ女子プロレスのように取り押さえ落ち着かせた。




 「あすかさん、泣きやんで。ちゅ〜〜は今自分の寝床に帰っているわ。あの子アスカさんのこと襲ったりしないから」
 「うえんうえん……私ネズミと歯医者は怖いのよぉ〜〜……しくしくしくしく」




 一方シンジもやっと半気絶状態を脱したようだ。




 「しくしく……うん……もう泣かない……しくしく」
 「ごめんなさい、惣流さん。惣流さんがネズミ嫌いな事知らなかったから」
 「ひっく……もういいわ……ひっく」




 やっとアスカも落ち着いてくる。レイとアスカは乱れた衣服を整えた。










 「あの子ちゅ〜〜って言うの。先週の木曜日の夜天井の穴から落ちて来たの」




 アスカが座布団に再度座る。レイは話し始めた。




 「大怪我してたから赤木博士に治療して貰ったの。今は元気になったから一緒に住んでるの。何度も放してあげるけどすぐに戻ってくるの。絶対ひっかいたり咬みついたりしないわ」
 「そうなの。でもやっぱり私ネズミ怖い」
 「ちゅ〜〜は怖くないわ」
 「怖いわ」




 レイはアスカがちゅ〜〜を怖がるのが悲しかった。それと共に少し腹もたった。少し口調がきつくなる。




 「ねえアスカさん、どうしてネズミ怖いの?」
 「だってネズミってひっかいたり咬みついたりするもの」
 「でもそれはないんだよね、綾波」
 「うん」
 「それにアスカさん、二十日ネズミはどう」
 「二十日ネズミは白くて可愛いわ」
 「でしょ、色が違うだけだよ」
 「でも……普通のネズミって汚いし」
 「大丈夫よ惣流さん。私と一緒に毎日一度はお風呂に入っているわ」
 「ここは勇気を持ってチャレンジだよ」
 「惣流さん、ちゅ〜〜と仲良くして。お願い」




 レイはちゅ〜〜がアスカに嫌われて悲しかった。この子悪い事してないのにと思った。そう思って少し俯いてしまった時アスカが言った。




 「綾波さん、この子ネズミほんとにひっかいたり咬みついたりしない?」
 「うん、大丈夫」
 「判ったわ。じゃあまず餌あげてみる。いつも何あげているの?」
 「私のご飯の余ったもの。今何も無いからチーズあげるといい。チーズ大好きみたい」
 「そう。じゃチーズ頂戴」
 「うん」




 レイは勢いよく立ち上がると冷蔵庫を開ける。中からブルーチーズの固まりを取り出す。手で千切ると残りを冷蔵庫に戻す。千切った固まりをアスカに手渡す。




 「はい惣流さん」
 「うん」




 レイは飼育箱に行くと中からちゅ〜〜を掴み上げる。レイは手のひらの上のちゅ〜〜と共に元の座布団に座る。アスカはすでに顔をひきつらせている。




 「ふぅ〜〜ん、可愛いね綾波」
 「うん」




 レイはちゅ〜〜を褒められて嬉しかった。思わず微笑む。レイはアスカのほうに自分の手をそっと差し出す。アスカはちゅ〜〜を凝視している。多分怖くて目が離せないのだろうとレイは思った。




 「アスカさん頑張って」




 シンジが励ます。レイはちゅ〜〜とアスカの顔を代わる代わる見ている。アスカは頷くと、握り閉めて形の崩れたチーズを手のひらに乗せた。ちゅ〜〜に近づける。大好きなチーズを見てちゅ〜〜はアスカの手のひらに飛び移った。




 「ひっ」




 思わずアスカは小さな悲鳴を漏らす。レイはアスカの目が寄り目になったように見えた。すでに目には涙が溜ってる。ちゅ〜〜はちゅ〜〜ちゅ〜〜言いながらアスカの手のひらでチーズを噛っている。ふとちゅ〜〜が食べるのをやめアスカを見た。アスカとちゅ〜〜の視線が合ったようだった。レイはその時アスカの顔からこわばりが抜けていったのを見た。




 「この子も生きてるんだ。私たちと同じなんだ」
 「うん」




 レイは嬉しかった。アスカの言いたいことが判るような気がした。




 「アスカさん、怖くなくなったの?」
 「うん、急に怖くなくなったの、なぜだか判らないけど。大人になるってこんなことかもしれない」




 アスカはチーズを食べているちゅ〜〜の背中を撫で始めた。慈母のような表情になっている。レイはアスカがとても奇麗に見えた。アスカはしばらくちゅ〜〜を撫でていた。




 「綾波さん、この子助かってよかったね」
 「うん」




 アスカの雰囲気の変化を感じたのか、ちゅ〜〜はチーズを噛るのをやめいきなりアスカの腕にそって体を駆けのぼった。ちゅ〜〜はアスカの肩に乗りちゅ〜〜ちゅ〜〜鳴く。
 アスカは立ち上がると飼育箱の側に行きちゅ〜〜を元に戻した。




 「よかった。惣流さんがちゅ〜〜と仲よくなって」
 「うん。私もそう思う。それに私なんだか大人になった気がする。変かな?」
 「ううん。きっとそう」




 レイはアスカの言葉通り、アスカが少し自分より先に大人になったように思った。












 「綾波、そろそろ壁紙張り始めようよ」




 あれからレイはアスカとおしゃべりを始めた。レイはアスカとちゅ〜〜のことで話すことがいっぱい有ったのでとても嬉しかった。思わず時間を忘れていた。




 「ほんとだもうこんな時間だ。綾波さん始めましょう」
 「うん」
 「まず始めに家具を部屋の真ん中辺りに寄せる。次に壁を奇麗に掃除する。最後に壁に糊を塗って壁紙を貼る。糊が乾いたら家具を元の場所に戻す。こんな感じでどうかなぁ」




 アスカが計画を立てる。




 「うん、そうだね。綾波もこれでいいだろ」
 「うん。私もそれでいいと思う」




 三人は協力して家具を部屋の中央へ動かした。壁の掃除はなかなか大変だった。ここで三人は一時休憩を取った。お茶とお茶菓子で寛ぐ。しばらくして三人は作業を再開した。
 三人の共同作業で壁紙は貼られていく。徐々にレイの部屋はスカイブルーに雲の柄の壁紙で覆われていった。そのうち高い所に貼るようになってきた。シンジも一番背が高いアスカも手が届かなくなってきた。




 「綾波、脚立か何かない?」
 「この机しかない」




 レイは愛用の机を指差す。レイは高い部分に貼る壁紙のことを忘れていた。




 「それじゃ上の方届かないね」
 「そうね。どうしましょうか」




 レイは何か背の高いものを思い浮かべようとしていた。そして思いついた。




 「ちょっと待ってて」




 レイはすたすたと部屋を出ていった。隣の部屋の前に行くとチャイムを鳴らす。




 「おう〜〜」




 中からは野太い男の声が聞こえてきた。




 「レイです」
 「あ、レイちゃんか。ちょっと待ってて」




 途端に優しくなった声が響いた。戸が開くと黒ずくめの皮ジャンを着た190センチはあるであろう髭面の大男が出てきた。結構優しそうな雰囲気ではある。




 「どうしたんだい」
 「あの、部屋の壁紙貼っているんですけど上の方私達誰も手が届かなくなったんです」
 「誰も?」
 「学校のお友だちが手伝いに来てくれているんです」
 「そうかい」
 「それで高い所に壁紙貼るの手伝ってくれませんか」
 「いいよ。どうせ仕事が無くなって暇だったし」
 「またですか?」
 「そうなんだよ。だから又おかずの実験台になるからよろしくね」




 この一言でホウサクは凄く不味い鶏肉料理を試食するはめになった。二人はレイの部屋に戻る。










 「うわ」




 シンジはびっくりしていた。アスカにいたってはシンジの後ろで身を縮こませて、すでに目は涙でいっぱいである。




 「お隣の佐門さん。手伝ってくれるって」




 レイはひょいとホウサクの後ろから現れ紹介する。シンジとアスカがなにか変なので首をひねる。




 「佐門ホウサクです。よく怖がられるんですよね、俺。いつもレイちゃんにはおかず分けて貰ったりしてるからたまにはお返ししないとね」




 ホウサクは笑いながら言った。笑うと穏やかな顔つきだ。




 「僕は碇シンジです。綾波さんの同級生です」
 「私は惣流・アスカ・ラングレーです。私も同級生です」
 「へぇ〜〜。奇麗な金髪だね。お嬢さんはハーフなのかい?」
 「クォーターなんです」




 意外と優しそうなホウサクに、アスカはすぐ機嫌を直した。シンジも警戒を解く。




 「そうなんだ。碇君だっけ、こんな美人の彼女が二人もいるなんてなかなかやるね」
 「え、あの、いやその、同級生で普通に仲がいいだけです」




 レイは仲がいいと言われて嬉しかった。ただなぜか普通にという言葉が気になった。




 「じゃまぁとにかく壁紙を貼りましょう。肩車するから誰か乗って」
 「じゃ私が乗ります。一番背が高いし手も長いから」




 アスカがいう。それから後は四人の共同作業で見る間に作業は終わった。












 「やったぁ」




 アスカが歓声をあげる。シンジもガッツポーズをした。レイも微笑んだ。部屋はスカイブルーに雲が浮かぶ明るい部屋に生まれ変わった。アスカはホウサクの肩から降りた。




 「これで糊が乾けば完成だね」
 「佐門さんありがとう」




 レイが微笑みながら言う。アスカとシンジも微笑んでいる。




 「どういたしまして」
 「そうだ綾波さんシンジ君、どうせ糊が乾くまでこの部屋使えないのだから皆でお昼食べに出ない。佐門さんも一緒にいかがですか」
 「俺はこれから職探しなんだ。残念だけどまた今度なにかあったときにね」




 ホウサクはレイの留守中も侵入者がないように見張らなければならない。彼も加持の手下である。




 「佐門さんありがとう。またおかず食べてください」
 「そうだね、楽しみにしてるよ。じゃ」




 ホウサクはレイの部屋を出ていった。




 「いい人だね」
 「そうね。でも始めは怖かったわ」




 シンジとアスカの会話にレイは微笑んでいた。












 レイのなじみのラーメン屋で三人は昼食を済ませた。帰り道アスカが言った。




 「ねえ綾波さん。綾波さんの部屋って家具が少ないと思うの。この際少し買っていかない?」
 「それはいいね。綾波そうしなよ」
 「でも私どんな家具がいいかわからない」
 「それはまかせて」




 アスカが自分の胸をとんと叩く。




 「綾波さっそく買い物に行こうよ。この辺に家具屋さんってないかな」
 「あるわ。こっち」




 レイはアスカとシンジをいつもの家具店に案内した。




 「レイちゃんいらっしゃい。お友だちかい」




 今日も老店主は元気そうである。




 「はい。碇シンジ君と惣流・アスカ・ラングレーさんです」
 「こんにちは」
 「こんにちは、おじいさん」




 シンジとアスカが挨拶をする。




 「いらっしゃい。これは立派な坊やと奇麗なお嬢さんじゃな。類は友を呼ぶとはこのことじゃな」




 お爺さんの言葉に三人とも顔を赤くし照れていた。




 「それで今日は何が入り用なのかな」
 「今日この前買った壁紙を貼ったんです」
 「おうそうか。うまく貼れたかな?」
 「はい。奇麗に貼れました」
 「それはよかった」
 「はい。それで他にも家具を揃えたいんです」
 「そうか。何がいるのかな」
 「それは……」




 レイは困った。何が必要かが判らないからである。




 「あの、綾波さん。私が言ってもいい?」
 「うん」
 「えっと、まずカーテンと衣紋掛け、あと絵なんかの壁を飾るもの……そうだお化粧用の三面鏡。こんな所だと思うの」
 「そうだね」




 アスカの提案にシンジも頷く。




 「綾波今のでいい?」
 「うん」




 レイはよくは判らなかったがいいような気がした。




 「そうか。残念じゃが三面鏡は在庫がないようじゃ。カーテンはそちらの方、衣紋掛けはそっち、インテリア関係はここじゃ」




 老店主は三人を案内する。




 「えっとシンジ君は衣紋掛け、私はカーテン、綾波さんはインテリアを選ぶのはどう?」
 「僕はいいよ」
 「私もいい」




 三人は家具を選び始めた。老店主はそんな仲がいい三人をにこにこしながら見ていた。




 レイはインテリアのコーナーでいろいろな絵や飾りを見ていた。その中で額縁に入った燕の絵が気に入った。それを手に取るとレジに向かった。レジでは自分の身長ぐらいの高さがある衣紋掛けを持ったシンジに老店主が何か耳打ちしていた。




 「どうしたの?」
 「なんでもないよ」




 いくぶん慌てながらシンジが答えた。




 「そう」




 レイは不思議そうに首をひねった。




 「お爺さんこれください」




 レイは絵を差し出す。ちょうどその時アスカもカーテンの生地と取り付けセットを持ってレジに来た。




 「綾波さんこれでいい?」




 アスカが取り出したカーテンの生地は全体的に薄いクリーム色の地に花畑とそこで遊ぶ妖精の絵が入っているものであった。やたらメルヘンちっくである。




 「可愛い」




 レイは思わず目を細めた。最近はこういうものの可愛さも判るような気がしている。




 「綾波、衣紋掛けはこれでいいかい」




 シンジが見せた衣紋掛けは可愛いカバの絵が彫刻されていた。




 「うん。これでいい」




 レイはシンジの選んだ衣紋掛けも気に入った。




 「レイちゃんや、三面鏡は近いうちにお婆さんとレイちゃんに合ったものを探してきてあげるからそれまで待ってくれんか」
 「はい。待っています」
 「早速明日お婆さんと行ってくることにしよう。ところで支払いはいつものカードかい」
 「はいネルフカードでお願いします」
 「そうじゃお嬢ちゃん。部屋に時計はあるかい」
 「いいえ。ありません」
 「そうか。それじゃこれをサービスしようかの」




 老店主はレジの近くに置いてあった時計を指差す。そこには振り子式の大きな時計があった。




 「大きい。いいんですか」




 レイは言う。




 「ああいいんじゃよ。今時なんと螺子巻きぜんまい式での、誰も買う人が居ないんじゃ。むしろ持っていってくれると嬉しいんじゃが」
 「お爺さんありがとう」




 レイはにっこりと微笑んだ。老店主は支払い手続きをする。カードをレイに返しながら言う。




 「それじゃ待っててくれるかのう。今包むから」




 老店主は手際よく買い物を手提げ袋と一本の棒状に包み分けた。




 「さてと出来上がりじゃ」
 「お爺さん僕が両方持ちますから」
 「そうか坊や。じゃほれ」




 老店主はシンジの片手に手提げ袋を持たせ、残りを肩に担がせた。相当重くシンジはふらふらする。




 「碇君大丈夫?」
 「シンジ君少し持つわ」
 「こおいう事は男がやる事だよ」




 シンジは言った。レイはシンジの言動を頼もしく思った。ついシンジを熱のこもった目で見てしまう。レイはアスカを見た。アスカも同じような視線をしていた。二人の視線が交差する。レイは少し赤くなり俯いてしまった。アスカも似たようなものだ。




 「坊や頑張れよ。中の時計は詰め物をしておいたからそのまま運んでも壊れないからの。ただ使う前に詰め物をとるんじゃ」
 「はい、判りました。綾波、アスカさんそろそろ行こうよ」
 「ええ」
 「うん」




 三人はレイのマンションに戻っていった。




 「青春じゃのお」




 老店主はにこにことした顔で呟いた。












 途中でゲーム類を買った三人がレイのマンションに戻ったのは午後3時頃となった。三人がマンションに戻るとちゅ〜〜がレイに飛び付いて出迎えた。三人は部屋に上がると荷物を置く。レイはちゅ〜〜を飼育箱に戻す。シンジは少し疲れたみたいだ。




 「壁紙乾いたみたいね。シンジ君、家具の移動は私と綾波さんでやるから休んでて」
 「そう。碇君休んで」
 「いやいいよ。三人で一気にやろうよ。女の子だけに力仕事させられないよ」




 シンジのこの一言がなぜか嬉しいレイである。




 「わかったわ。碇君、惣流さん。早く済ましておやつにしましょ」
 「そうだね」
 「うん」




 三人は力を合わせて家具を元の場所に戻した。今日買った衣紋掛けやカーテン、額縁に入った絵も配置した。振り子時計も壁に吊す。レイの部屋は明るく華やかに生まれ変わった。




 「これが私の部屋……ありがとう。碇君、惣流さん。私嬉しい」
 「よかったね綾波。部屋奇麗になって」
 「そうね綾波さん。奇麗なお部屋だわ」




 レイは嬉しかった。あの無愛想だった部屋が涼しげで明るく……そして優しく包み込むような部屋に変わっていた。レイは少し目が潤むのを感じた。この部屋を奇麗にしてくれたのがアスカとシンジだった事も嬉しかった。レイは手を胸に置き部屋を見入っていた。しばらくしてからレイは言う。




 「あ、ごめんなさい。碇君、惣流さん座って待ってて。今おやつ出すから」
 「うん」




 レイはキッチンに向かう。冷蔵庫から昨日買っておいた西瓜を取り出す。半月状に切り分けた。残りの西瓜にラップをかけ冷蔵庫にしまうとお盆に乗せて二人の元に戻った。




 「「「いただきま〜〜す」」」




 三人は食べ始める。子どもはどんな事でも楽しめるものだ。三人は西瓜をまるでじゃれるように仲良く食べた。












 レイはやっと言う決心がついた。




 「碇君、惣流さん今日泊まっていかない」
 「ん、なに綾波」
 「あの……二人とも泊まっていかない。明日学校もないしネルフも午後から行けばいいし……」




 レイはなぜかとても恥ずかしいような気がした。そのせいで言葉の語尾が小さくなる。




 「私はいいわよ」
 「僕は……その……男だから女の子の一人暮らしの家に泊まっちゃ……やっぱり、そのいけないし……ミサトさんに怒られるし……自分に自信ないし
 「じゃあ葛城一尉がいいって言ったらいいの?」




 レイはすぐにミサトの電話番号を頭に浮かべた。声がうきうきしてくる。




 「うん。でもその……いいよ」




 レイはすぐに携帯を取り出すと電話をかけた。




 「もしもし葛城一尉ですか、レイです。今日碇君と惣流さんを泊めていいですか……はい……はい……惣流さんは泊まると言ってます……はい……碇君は男の子だから葛城一尉の……ごめんなさい……ミサトさんの許可がないと……今代わります」




 ミサトは非番で酔っているせいかすぐにOKと言ってシンジをからかった。加持に至っては避妊だけはするようになどと言っていた。会話が終わった後シンジは唖然として携帯を見つめていた。




 「シンジ君なんだって」




 アスカが聞く。




 「いいって」
 「じゃ碇君も泊まるのね」
 「う、うん。でも寝るとこないし……」
 「予備のマットレスと毛布があるからそこで私が寝る。碇君と惣流さんはお客さんだから二人でベッドで寝て」
 「「へ?」」




 少しの間をおいてシンジとアスカはほぼ同時に顔を真っ赤にした。レイはそんな二人を不思議そうに眺めた。




 「そそそんな、あ、あの僕がそのマットレスで床に寝るから」
 「……」




 アスカは真っ赤のまま声が出ない。レイはアスカが黙っているのが不思議だった。




 「でも碇君お客さんだからベッド使って」
 「いいよ僕が床で寝るよ。僕寝相が悪いから広い所がいいんだ」
 「そう、じゃそうする。惣流さんもそれでいい?」
 「い、いいわ」
 「そうと決まれば……夕ご飯私が作ってご馳走する。買い物行ってくる。二人で待っててね」




 レイは立ち上がると箪笥から新しいTシャツと下着とタオルを取り出す。脱衣所で着替えると買い物籠を持ちスキップでもするように部屋を後にした。レイは初めての経験にわくわくしていた。




 「献立何にする。お魚と卵……」




 レイはぶつぶつ言いながらエレベーターで一階まで降り商店街に向かって行った。
















 レイの夕飯はアスカとシンジに好評であった。飼育箱ではちゅ〜〜が夕飯を食べている。後片づけはアスカが手伝ってくれた。




 「はい、シンジ君お茶」
 「ありがとう」




 とりあえず三人分のお茶をアスカが持ってくる。アスカは自分の座布団に座る。レイは明日の朝食のお米を研いで炊飯器にセットしている。やがてレイもちゃぶ台に戻ってきた。三人はたあいのない会話を楽しむ。












 「ねえ綾波さん、踊ってみせて」




 アスカが言う。レイの社交ダンスの踊りを見てみたいと言うのだ。




 「いいけど、社交ダンスだから一人じゃ踊れない」




 レイはほんのちょっぴり我が儘を言ってみる。




 「じゃシンジ君一緒に踊ってあげて」
 「うん。僕はいいよ」
 「じゃそうしましょ」
 「うん」




 レイは久しぶりにシンジと踊れることでわくわくした。皆はちゃぶ台や衣紋掛けなどを出来るだけ脇によけた。レイが踊りのSーDVDをサウンドオンリーでかける。音楽が流れ出す。




 「碇君」
 「綾波」




 二人は踊り出した。レイは体中に心を込めてシンジをリードしつつ踊った。やがて周りは全て気にならなくなった。シンジと踊る。ただそれだけの存在になっていた。心はささやいていた。時が果てるまで踊っていたいと。やがて音楽が終わった。




 ぱちぱちぱちぱち




 アスカが思いきり拍手をした。




 「綾波さん素敵。綺麗。本当に妖精みたいだわ。…………もおなんていって言いか判らない。凄いわ」




 アスカはベッドから立ち上がるとシンジをはね飛ばすような勢いでレイに抱きつく。




 「ありがとう、惣流さん。私嬉しい」




 急に抱きつかれて固まっていたレイはぼそりと、だが嬉しそうに言う。レイはもう少しシンジと踊っていたかったが、アスカの抱擁も嬉しかった。




 「綾波さん、踊って貰ったから汗びっしょりね。そうだ私も模様替えで汗かいたから一緒にシャワー浴びよ」




 アスカの提案でレイとアスカはお風呂に入った。ちゅ〜〜も一緒である。一人になったシンジはいきなり手持ちぶさたになった。テレビをつけて見てみるが面白くない。少し体の筋肉も凝っていたので、体操をすることにした。




 いちにさんし いちにさんし




 特に背筋が疲れたような気がしたのでよくストレッチした。




 「碇君なにしているの?」




 レイの声がしたのでシンジは振り向いた。そこにはパジャマに着替えちゅ〜〜を手にしたレイが立っていた。レイがちゅ〜〜を床に降ろすとちゅ〜〜は自分でちょろちょろと飼育箱に戻っていった。
 シンジはレイを見た。整った顔だちに風呂あがりで少し紅潮した頬。ルビーの瞳におちょぼ口。シンジは改めてレイのことを奇麗だと思った。少し視線を動かすと胸元が見えた。ぶかぶかのパジャマの為胸が結構見えている。シンジはついレイの胸の感触を思い出してしまった。シンジの顔が瞬時に茹で蛸の様に真っ赤になる。




「どうしたの。顔赤い」




 レイはシンジに近づく。がレイはパジャマの裾をふんずけ前につんのめる。慌てて抱き留めようとしたシンジだか足を滑らしてしまう。昔のここでの再現である。ただ今度は仰向けで大の字のシンジの胸の上に、斜めになったレイが頭を乗せるようにしてのっかっていた。




 おたがいとっさの事で声も出なかった。レイはシンジの胸にすがりつくような形になっていた。レイはシンジの胸は広いと思った。なぜかこうやっているのが気持ち良かった。




 「こうしてていい?」




 レイは少したって言う。




 「う…うん」




 シンジは答える。レイは頭をシンジの胸に乗せたまま手足を軽く縮めた。
















 「あの綾波」
 「なあに」
 「そろそろアスカさんもお風呂から出てくるし」




 シンジは言う。レイは寝息でもたてそうに動かない。もう20分ぐらい経っている。




 「そう」
 「びっくりしちゃうよ」
 「うん」




 レイは心が穏やかであったのを感じていた。シンジといるとどきどきしたり安らいだりいろいろな事があると思った。これが好きと言うことかと思った。
 レイは頭を起こした。体も起こすと正座を崩したようにぺたんと座る。シンジも体を起こす。二人は向かい合う。何となく嬉しいレイはにっこりと微笑む。シンジもその可愛い笑顔に照れながらも微笑み返す。




 「碇君さっきは何してたの」
 「さっきはストレッチしてたんだ。すこし背中の辺りの筋肉が凝ったから」
 「じゃあマッサージしてあげる」
 「いいよ綾波」
 「ううんしてあげる。うつ伏せになって」




 なにやら妙に迫力があるレイの言い方にうつ伏せになるシンジである。レイはシンジの背中の真ん中辺りにぺたんと座る。シンジの背中に柔らかい感触が広がる。シンジはまるで茹で蛸のように顔を真っ赤にしていた。レイは親指で肩甲骨の辺りをマッサージする。レイのマッサージは結構上手かった。初めはえっちな事を考えていたシンジもしだいにマッサージの気持ち良さにうつうつとし始めた。










 「ぐへ〜。重すぎる〜〜」




 風呂上がりのアスカがいきなりレイの後ろに乗った。




  「ううううぇぇぇぇぇぇぇぇぇん……やっぱり私でぶなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁびぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」




 やはりいつもの大騒ぎになってしまった。シンジがようやく風呂に逃げ出すとアスカも落ち着いてきた。レイとアスカはワインで乾杯をした。二人は床に敷いたマットレスに寝そべりお菓子を食べつつおしゃべりを始めた。しだいに二人の話はシンジの事になっていった。










 「ねえ…………思い切って聞くわ。綾波さんシンジ君のこと好き?」




 アスカがそのうちに聞いた。レイは少し考える。レイはまだ好きと言うことがよく判らなかった。でも今の気持ちを話すことにした。




 「好きってよく判らない。でも碇君の事考えると心が暖かくなる。惣流さんの事考えても心は暖かくなるけど少し違うの。一緒にいたいと思うの。手を繋いだりすると気持ちいいの。これって好きっていうことなの?惣流さん教えて」
 「きっとそうよ」
 「じゃあ惣流さんも碇君の事好きなのね」
 「えっ……なんで」
 「惣流さん碇君と一緒に居ると嬉しそう。話したり何かを一緒にしている時楽しそう。辛いネルフの訓練の時もそう。だから惣流さん碇君のこと好きなはず」
 「……うん。そうだと思う」




 アスカは少し黙っていた後言う。




 「でもシンジ君はきっと私より綾波さんのことが好き。いつも気にしてる。いつも見ているもの」
 「碇君は惣流さんのことのほうが好き。一緒に居ると生き生きしている。私と居るときより元気がいい」
 「何話しているの」




 急に後ろから話しかけられアスカとレイはびくっとする。あわてて振り向いた。そこには子象の柄のパジャマに着替えたシンジが立っていた。シンジの顔が赤い。アスカとレイが慌てて凄い勢いで振り向いた為緩めの胸元から完全に胸が丸見えになっていたからである。一方アスカは話しを聞かれていたのではとこちらも顔が赤い。レイも顔が赤くなってる。




 「二人とも顔真っ赤だよ。どうしたの」




 二人の少女はワインのせいにした。シンジも一緒に飲むこととなった。ゲームをして楽しんだ。負けた時の罰ゲームはワインをコップで一杯ずつ飲む事だった。勝負ごとに弱いシンジが真っ先に酔いつぶれてしまった。




 アスカとレイは可愛いシンジの寝顔に少しみとれた後、シンジをきちんと仰向けに寝かせ、タオルケットを掛けた。コップやお菓子を片づける。二人は部屋の電気を消してベッドに二人で潜り込む。月の光のせいで結構室内は明るい。
 アスカとレイは夜遅く迄話した。学校の事、友だちの事、ネルフの事、そしてシンジの事。二人ともシンジとの事をつつみ隠さず話した。お互いキスの一歩手前までいったことも話した。レイはシンジに押し倒されたことを話した。アスカはびっくりした。アスカはシンジの普段の家での生活を話した。レイは真剣に聞き入った。二人の少女は心を見せあい、心の底から親しいと言えるようになった。そしてどちらからともなく眠りに落ちた。
















 翌日結構遅くなってから起きた三人はシャワーを浴び、レイの用意した朝食を済ませた。シンジとアスカはシンクロテストの用意のため一度マンションに戻っていった。




 レイは戸が閉まった後も少し戸を見ていた。気を取り直すと部屋の戸締まりと火の始末をする。その後顔をよく洗い口紅だけのお化粧をする。LCLに浸かってしまえばすぐ落ちてしまうが、やはりお化粧をしたかった。自分でも理由はわからない。
 レイはちゅ〜〜の飼育箱にチーズの大きな固まりと大きな皿に一杯の水を入れた。




 「テストが終わったら帰ってくるからね」
 「ちゅちゅちゅ〜〜」




 レイが言うとちゅ〜〜は後ろ足立ちで答えた。レイは小物と携帯を入れたポーチを手にとるとちゅ〜〜に手を振ってから部屋を後にした。
















 レイがネルフのゲートの前に着くとそこには初老のネルフ一般職員がいた。その職員はモップとバケツを持っている。ネルフは非公開組織のため、一般業務も職員がやっている。




 「大月さん、こんにちは」
 「こんにちわレイちゃん」




 男は清掃係の一般職員だ。よくこの辺りで掃除をしている為チルドレン達と顔なじみになっている。




 「レイちゃん、すまんがゲートを開けてくれんか」
 「?」




 レイは不思議に思った。大月もパスは持っている。




 「なぜ」
 「私も判らないのだが急にゲートが開かなくなったのだよ。それでそこの電話で制御室に電話をかけようと思ったのだが通じないんだ」




 レイは自分のパスを試してみる。確かにゲートは動かない。三回試したところで止めた。側の連絡用の電話を取り受話器を耳に当てる。発信音はしない。いったん受話器を戻しまた耳に当てる。やはり発信音はしない。レイは受話器を戻すとポーチから携帯を取り出しネルフの秘密回線に繋げてみる。ネルフでも使える人間が限られるこの回線もつながらない。




 「秘密回線もだめ」
 「それじゃ何かおこってるのかな」
 「そうみたい」




 レイの顔が厳しくなってくる。徐々にEVAパイロットの顔になってくる。そこへちょうどシンジとアスカもやってきた。シンジとアスカのパスも無効だった。皆は大月が仕事がら知っていた非常用のゲートへ移動した。




 「あ本当だ。でも開かないんじゃ……手動ゲート」
 「坊やここはひとつ男の子の出番じゃな」
 「やはりそうなるんですか」




 手動ゲートの先の通路は非常灯だけな為とても暗かった。そのためアスカが泣き出したりしたが一行はどうにか進んでいった。








 アスカをようやくなだめ、落ち着かせる為シンジが手を握って通路を進んでいるところだった。その場所では通路の上部は開けていた。普段ならジオフロント内が見えるところだ。途中で一行は使徒が接近しているのを日向のおかげで知った。




 「いそがないと」




 シンジが焦る。




 「近道ならそっちにあるぞ」




 大月が建築資材が積み上げている場所を指す。




 「その向こうにダクトがあるよ。そのまま真っすぐダクトの中を行けば、ほらあの金髪の美人の博士……え〜〜と」
 「赤木博士ですか」
 「そうそうその赤木博士の研究室に出るよ」
 「なんでそんな事知っているんですか」
 「私は昔ネルフ本部を建築した会社にいたんだ。その後は掃除夫やっているんだが」
 「そうなの」




 アスカが言う。




 「とにかくそれを片づけよう」




 四人は建築資材を片づけ始めた。
















 どぉ〜〜ん




 突然の出来事だった。四人が建築資材を片づけている最中であった。使徒の移動により辺りを衝撃が襲った。




 ガラガラ




 「きゃー」




 資材がアスカの上に崩れかかってくる。シンジもレイも動けなかった。




 「危ない」




 アスカは大月に突き飛ばされ難を逃れた。しかし大月は……。




 「「「大月さん」」」




 三人は叫んだ。そこには胴から下を資材に挟まれて呻く大月の姿があった。




 「大月さん……ううう……私を助ける為に」




 アスカは泣き出す。




 「アスカさん、泣いてる場合じゃない。大月さんを助けないと。綾波、僕とアスカさんでその鋼材を持ち上げるから大月さんを引きづり出して」
 「わかったわ」




 三人は大月を引きづり出し安全な場所に移した。




 「大月さん……ううう……しっかりして」




 アスカは大月の手を握る。ぽたぽたと涙が滴る。




 「……アスカちゃんは大丈夫かい。うっ……大丈夫だったらダクトの網を外して早く行くんだ」
 「でもそうしたら大月さんが…………」




 アスカは泣き続ける。




 「大丈夫だよ。ワシはこう見えても結構丈夫なんじゃ。早く行って使徒をやっつけて助けに来てくれ……ごほ」




 大月は口から血を吐き出す。




 「でもでも」




 アスカはなおも俯き泣き続ける。




 「惣流さん、急ぎましょう」




 レイは冷静に言った。私がしっかりしないといけないと思った。




 「綾波さん」
 「アスカさん、大月さんや綾波の言う通りだよ。僕達には治療できないし、向こうにつけば医療班を送って貰えるよ」
 「そうじゃよ、アスカちゃん。アスカちゃんがここで泣き続けているとワシは死ぬしかないんだよ」
 「うっく……わかったわ。大月さん待っててね」
 「ああ、がんばるんだぞ」




 アスカは立ち上がるとダクトに向かい転がっている鉄棒で網を外し始めた。レイはその間に大月の制服を脱がし楽にさせる。ポーチの中から救急セットを出し止血の応急処置をした。




 「大月さん、僕達行ってやっつけてきます」
 「おう。シンジ君や頑張るんだぞ」
 「はい」
 「シンジ君網外れたわ」
 「じゃ行って来ます」




 シンジは軽く会釈をしダクトに向かった。同じようにレイも会釈をしダクトに向かった。レイ、アスカ、シンジの順でダクトに潜り込んでいった。大月は壁にもたれかかり血だらけになりながら見送った。




 「頑張れよ。ワシの孫娘も生きていればあのくらいの年だな……」




 大月は呟き、そして意識を失った。










 三人は暗やみの中を這ってダクトを進む。がまたアスカが泣き出した。しかし偶然は起こるものである。あまりの泣き声の声量にダクトが共振を起こした。ダクトは繋ぎ目から外れ三人はダクトが通っていた赤木研究室・第一実験室に落ちた。ちょうどEVAの手動による起動のマニュアルの一部を探していた邪トビオ二尉と共に三人はケージに向かった。










 使徒は三機のEVAの初めての共同作戦によって倒された。ただ弐号機は背中に使徒の溶解液を大量に浴びてしまった。その為アスカは背中に水膨れが出来てしまい、治療のため入院となった。作戦終了時痛みによって気絶していたアスカは、そのまま麻酔をうたれ寝むらされていた。背中への治療が終わった後病室のベッドに寝かされうつ伏せに固定された。パンティとゆるゆるの寝巻きしか身に着けていない為、豊かな胸などは完全にはみ出ている。




 それ程重傷ではない為特に医師団はついていない。監視カメラだけで十分ということらしい。目覚めた時アスカが心細いといけない為レイが付き添うことにした。シンジは作戦の結果報告の為作戦部の立案室である。




 アスカは麻酔が効いている為か結構よく寝ている。レイはアスカの寝顔を見ていた。シンジの寝顔も可愛いと思ったがアスカのそれもいいものだと思う。




 ぷしゅっ




 病室の戸が開いた。シンジが入ってきた。




 「綾波、アスカさん大丈夫?」




 シンジはそう言った途端赤面した。シンジはすぐさま後ろを向いた。




 「惣流さんなら大丈夫よ。シンジ君どうしたの?」




 レイは自分が恥ずかしくないせいかよく状況が判ってないようだ。




 「あの……よかった。綾波、アスカさん任せるから。じゃあ」




 シンジは赤面したまま退散した。レイは頭の周りにハテナマークをいっぱい付けていた。やがてアスカは目を覚まし事の子細を知っていつもの一騒動となった。




 その日レイがマンションに戻ってみるとちゅ〜〜の姿は消えていた。次の日も次の日も戻ってこなかった。レイはシンジやアスカ以外が見ても判るほど気落ちしていた。
















 10日程たった日の夜、レイは窓を開けて寝ていた。




 「ちゅ〜〜」




 ちゅ〜〜の声がした。また夢だと思った。何度もそういう夢を見ていた。




 「ちゅ〜〜」




 また声がした。レイは起きると窓を見た。そこには一回り大きくなったちゅ〜〜と少し小さいネズミが窓枠に並んで座っていた。




 「ちゅ〜〜」




 レイはベッドから降りると窓に向かう。ちゅ〜〜は机の上にちょろちょろと降りてきた。もう一匹のネズミは動かなかった。レイはちゅ〜〜を撫でようとする。がちゅ〜〜はレイを避けるように窓枠に戻った。




 「ちゅ〜〜……どうしたの」
 「ちゅ〜〜」




 レイの質問に答えるように、ちゅ〜〜はもう一匹のネズミと肩を寄せ合いレイを見た。レイは判った。




 「お嫁さんなの?」
 「ちゅ〜〜」




 ちゅ〜〜は答えたようだ。ちゅ〜〜はまた窓枠を降りて今度はレイに飛び付く。いつもの様にレイの体中を駆け回った後窓枠に戻る。




 「ちゅ〜〜」




 ちゅ〜〜は一声鳴いた後二匹そろって窓から消えていった。




 「ちゅ〜〜……大人になったのね」




 レイは呟いた。レイはいつまでも窓を眺めていた。月と星がレイを見守っていた。








つづく






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ver.-1.01 1998+08/17公開
ver.-1.00 1998+03/29公開
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 あとがき




 今回はファンタスティクになってます。レイちゃんならネズミと話せてもあまり違和感ありませんし。という事で又次回……




 なんか後書きが短いな。じゃおまけ




 おまけのSS




 青桐ナイの青春日記




 「今日こそはこのチケットで日向先輩を誘うのよ」




 青桐ナイ三尉は今日も燃えていた。憧れの日向マコトをデートに誘う為今日も仕事そっちのけで作戦を練っていた。もっとも作戦部は普段は暇な為特に支障はないが。




 「でも、直に渡すのは恥ずかしいわ。やはり電子メールで先に予定を確かめてからにしよっと」




 ナイは端末から一週間後のコンサートの誘いのメールを入れた。ナイは取りあえず仕事に集中することにした。端末でデータの整理を行っていると上司でもあるミサトが作戦部立案室に入ってきた。




 「部長おはようございます」
 「おはよう。あいかわらずナイちゃん固いんだから。ミサトでいいわよ」
 「はい」
 「さ今日もお仕事お仕事」




 ミサトは席に着くと端末を操作する。少したった後急にニヤリと性格の悪い笑いを浮かべる。一方ナイはミサトに一週間後の有給の許可を貰う為のタイミングを計っていた。




 「あそうだナイちゃん」
 「はい」




 妙ににこにこしながらミサトがナイに声をかける。




 「ナイちゃん有給たまってるでしょ。余らすと勿体無いからそろそろ少し使いなさいよ。最近使徒もこないし。とにかく私の部下って有給使わないのよね。日向君にも使わせなくっちゃ」
 「そうですか。ちょうど一週間後休みとりたかったんです」
 「いいわよ」
 「はいありがとうございます」




 ナイはウキウキとしながら仕事に戻った。その為ミサトの意地の悪い微笑みには気がつかなかったみたいである。




 午後になると日向が出勤して来た。




 「おはようございます葛城さん。おはようナイちゃん」
 「おはようマコト君」
 「おはようございますマコトさん」
 「あ〜〜らナイちゃんお安くないわね。マコトさんだって……このこの」




 ミサトが突っ込みを入れる。




 「ナイちゃん日向二尉とかいつでも言い方が固いんですよ。だから通常待機の時はそういうように呼んだらって言っただけですよ」
 「そう?ナイちゃんは私と違って家事や料理うまいからお嫁さんにいいわよん」
 「……さて仕事仕事」




 ナイが赤くなって端末に向かっている横を通り過ぎると自分の席に着く日向。自分の端末を操作していると急に顔色が変わる。




 「ナイちゃん。ちょっと」




 マコトはナイの手を掴むと廊下に引っ張っていった。ミサトはニヤリと性格の悪い笑いを浮かべていた。




 二人が廊下に出ると誰も辺りにはいなかった。マコトはナイの顔に顔を寄せる。




 「あっいけませんわ。私まだ心の準備が……」




 と言いつつ、目を瞑り心持ち唇を開き気味にして受け入れ体制ばっちりのナイである。




 「そうじゃなくって……ナイちゃんコンサートの件はOK。あのバンド一度行きたかったんだ。それよりあのメールアドレス僕のじゃないよ」
 「へ?」




 ナイは目を開いた。頭の周りにハテナマークが飛び交っている。




 「あのメールアドレス……作戦部と技術部の二尉以上へのメーリングリストだよ」
 「ふへ」




 ナイは変な声を上げた。少したった後慌てて部屋に駆け込んだ。端末でメールをチェックする。いろいろな人から励ましのメールが戻ってきていた。




 「ふは」




 また変な声を上げ呆然としているナイにミサトが言う。




 「日向君の有給も取ってあげたからねぇ〜〜」




 振り向くとそこには顔中ニタニタ笑いにしたミサトがいた。




 「ひえ〜〜」




 ナイはこの後何処へ行ってもニタニタ笑いで迎えられるようになった。




 つづくかもしれない


















 合言葉は「レイちゃんに微笑みを」




 ではまた






 まっこうさんの『ある日のレイちゃん3』公開です。




 レイちゃんサイドから見た「制止した闇−−」の前後の日々−−


 無口で人との関わりが薄かった彼女。

 とっても優しく美しく可愛く・・・・なっていきます(^^)



 まっこうさんの作品は
 ほっと一息つけます〜☆



 過去には辛い事があったみたいだけど−−

 すべてが終わった後、
 きっと笑いあえるあたたかな場所が待っていると信じます。




 さあ、訪問者の皆さん。
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 その後で感想メールも忘れずに(^^)/



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