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気になるあの子・第壱拾話

 
−あの子といっしょに−


バナー







 「ねえリツコ……ホントに結婚するの?まだ早くない」
 「もともと私が二十歳になったら結婚する予定だったから、二年早くなっただけよ。それにレイちゃんを養子に迎えるなら早めに結婚しておいたほうがいいわ」




 2003年11月21日リツコ18才の誕生日である。場所はマヤの別宅だ。マヤは10才の誕生日に伊吹本家の屋敷の敷地にマヤ専用の別宅をプレゼントしてもらっている。その一室にリツコとミサトはいた。




 「それにしてもリツコ……早まってない?あんたどう見ても美人だし頭いいし気立てもいいし悔しい事に家事なんかも万能ときてるでしょ……西やんにはもったいないわよ」
 「まあね……ただね私が見捨てちゃうとシンイチのお嫁さんになろうなんて物好きいないから可哀想で。それに今更離れられないぐらい一緒にいろんな目に合って来たし。それにお互いそれで幸せだし」
 「そう。まあお互いがいいならそれでいいか。それにしてもリツコ、ウェディングドレス似合うわね。金髪とグリーンの瞳が映えるわよ。絵になるわね」
 「子供の頃は他の子と髪の色や瞳の色が違うから苦労したのよ。よくいじめられたわ。でも今日はこの髪と瞳で良かったと思うわ」




 確かに白いウエディングドレスでたおやかに椅子に座るリツコは絵になった。




 「ミサトも絵になるわよ。それにしても披露宴にチャイナドレスで来るとは思わなかったわ」
 「ちょっちね。他のドレス虫食いしていたりで着れなかったの。そうそう式の間レイちゃんは任せといて」
 「お願いね」
 「ところでさぁ。レイちゃんの弟や妹の予定はいつ頃なの……あんた達当然済ませてるんでしょ」




 ミサトの顔がおやじ笑いで覆われる。




 「ミサトと加地君みたいに淫乱カップルじゃないけどね。まっそれなりに……」
 「ねえねえどういうシチュエーションだったの」
 「……教えてあげるわ。あれは2000年9月13日……」
 「えっ……あの日なの……」
 「そうよセカンドインパクトの日……」












 「新宿久しぶりね」
 「そうだね」




 身長が180cmは越えている大柄な少年と華やかにきらめく金髪の少女は新宿の雑踏を並んで歩いていた。図体は大きいが今一歩というか二・三歩冴えない少年に比べ少女は少しきつそうな顔つきだがとても美しかった。少年は晴れているのに大きな傘を持っている。肩には大きなバックを掛けている。少女は小さなハンドバックを持っている。飛び級をくり返し大学生となったリツコとシンイチである。リツコは楽々と進級したがシンイチはリツコのスパルタ教育のおかげである。
 二人を並べるとどうも釣り合わない。明らかに月とスッポンである。もしくは巨人と妖精か。




 「ここ来ると必ず本屋によって朝から晩まで立ち読みしたよな」
 「そうね。でもデートが本屋で科学関係の本二人で立ち読みって私達ぐらいじゃない」
 「ごめん。俺ってデートのセッティングとかそういうのセンス無かったから」
 「センス無かったからって言うレベルじゃないわ。それに無かったじゃなくて無いから……でしょ」
 「ごもっとも」
 「後はパソコンとかの量販店よね」
 「あの頃から値切りまくってたよな。リツコってほんと小学生の頃から主婦臭かったから」
 「なに言ってるの。かぎられた予算内でどうにかするのが科学者や技術者でしょ。シンイチがずぼらすぎるのよ」
 「そりゃそうだけどさぁ」




 二人はおしゃべりをしながら雑踏を歩く。特に目的の場所は無い様だ。




 「ねえそろそろ渋谷に行きましょ。久しぶりにプラネタリュウム行かない」
 「そうだね。じゃ行くか」




 二人はJR山の手線で渋谷に向かう。昔と同じく山の手線は混んでいた。




 「シンイチってデートの場所に困るとすぐ渋谷でプラネタリュウムと博物館巡りでごまかしたわよね」
 「でもリツコ何にも文句言わなかったじゃないか」
 「まあね。あきらめの心境もあったわね。それに嫌いじゃなかったし」
 「さあ渋谷だ」




 二人は下車する。改札を抜けるとハチ公の周りは人だらけだった。はぐれない様に二人は腕を組む。




 「さてとあっちよね」
 「そうだっけ?」
 「そうよ。シンイチは都会では方向音痴なんだから私の言う事に従えばいいの。山の中なら方向が判るなんて熊か虎だわ」
 「事実父さんは熊なんだし」
 「へ理屈言わないの」




 漫才みたいなカップルの会話に周りの数人が微笑んでいた。このカップルは笑いを振りまく組み合わせみたいだ。




 「シンイチのせいで笑われちゃったじゃない」
 「んな事言ったって」
 「黙ってなさい」
 「はい」




 尻に引かれているシンイチである。リツコは腕をぐいぐい引っ張って行く。




 「あった五島プラネタリュウム」
 「だね」




 古いビルにそれはあった。エレベーターで上っていく。




 「シンイチって私の方が星の事よく知っているのに、それでもデートの前日に一生懸命調べて説明してくれたっけ」
 「……まあ、その……ははは」
 「とても嬉しかったわ」
 「そう」
 「今日は私が説明してあげる」
 「うん」




 二人はプラネタリュウムがある階に着いた。水曜日の昼間はさすがにプラネタリュウムは空いている様だった。




 「今日は秋の星座がメインね」
 「そうだね」




 二人は入場料を払うと場内に入る。丁度観客の入れ替えの時だった。




 「じゃこの辺に座りましょ」




 リツコがシンイチの手を引っ張って行く。会場の真ん中の映写機の側の椅子に座る。




 「さぁてと楽しみね」
 「そうだね。リツコってどんな事でも楽しそうにわくわくしてるね。解説者より詳しいのに」
 「そうね。でもよく知っているからどきどき出来なかったり、楽しめない訳じゃないと思うわ。よく知っていて何が起きるか予測も出来る、それでもその現象が起きたらそれについていつでも興味と驚きとあとロマン……かな、そういうのを失わず持てる人が科学者になれると思うの。ちょっと前に遺伝子が生物を操ってる……生物は遺伝子の乗り物だって言う説が流行ったわよね。「わがままな遺伝子」だっけ。違ったかな。でもそれが事実だとしてもだから恋する事の素晴らしさが損なわれる事には成らないもの。そう言う事だわ」
 「ん〜〜。なんか話がずれている気がする。でもいいか単純な話楽しいんだし」
 「そうね。ただいつもシンイチみたいに単純すぎるのもどうかと思うわ」
 「うむ〜〜事実だし反論が出来ないなぁ」
 「でもシンイチは単純でいいのかも。世の中理屈ばかり複雑にして結局口ばっかていうのが多いんだから。そう言う奴は私が言い負かしてあげるわ。知識と知恵の違いを教えてあげるの」
 「そうだね。そういうのはリツコに任すよ」




 りりりりりりりり




 開演のベルが鳴った。




 「始まるね」
 「うん」




 シンイチはそっとリツコの手を握る。リツコも握り返した。二人が椅子を倒して斜め上を向くと場内が暗くなってきた。












 「プラネタリュウム面白かったわね」
 「そうだね。次はどこ行こうか」




 二人は駅の側の小さな食堂で食事を取っていた。シンイチはどこに行ってもカレーだ。リツコは鯖の味噌煮定食である。




 「今日は早く帰ってのんびりしない?で明日早起きして、でずねーらんどに行きましょうよ」
 「でずねーらんどか。懐かしいね。僕はいいよ」
 「じゃそうしましょ」




 ぱち




 リツコの可愛いウィンクに一瞬へろへろに成るシンイチである。
 今日は一週間に一度西田家の東京の家の見回りの日である。熊になってしまったコウイチの為家族はいったん大月に引っ越した。ナオコとコウイチの勤める研究所の施設があり、そこならばコウイチ共々住めるからである。その後一家は中央研究所のある京都に移り住んだ。
 ただ東京の家は売り払わなかった。ナオコは一週間に二日は東京に出張するのでそこを拠点とする為だ。今週はナオコの出張が無い為二人が見に来た。大学生なので時間については気楽だ。
 二人は昼食をどんどんかたずけ始めた。












 「へぇ〜〜この辺て変わってないんだ」
 「そうね」




 ここはシンイチが車にはねられた所だった。




 「僕あの時の事覚えてないんだ」
 「あの時……フラン研さんが……ううんいいの」
 「気が付くとリツコが側に居てくれて……」
 「う、うん」
 「リツコ」
 「なあに」
 「大好き」




 二人は妙に照れていた。




 「リツコ」
 「なあに」




 むぐ




 シンイチは力いっぱいリツコを抱きしめた。唇を合わせる。長い時間が経った。




 「りっちゃんごめん。俺……りっちゃん好き……大好き……絶対離さない」
 「…………う、うん。……」




 シンイチはリツコを抱きしめたまま言う。




 「俺、りっちゃんに比べたらばかだし格好も良くないし……でも好きなんだ。これからもずっと一緒にいてね……」
 「うん……シンちゃんって私に比べたら頭は悪いし……私の方がずっと格好いいと思うの……シンちゃんごめんね」
 「うん。僕もそう思う……」
 「でもシンちゃん私の事命がけで好きだもん。それ知ってるから……」
 「あ、う、うん」




 二人は少しじっとしていた。やがてシンイチはリツコを放す。




 「家に戻ろうよ」
 「うん」




 二人は歩き始めた。久しぶりの通りは懐かしかった。




 「谷内のお爺さんどこに行ったかしら」
 「うん。一年前からぷつりと音信不通になって、その後全然行方が判らないもんね」
 「また世界中を探検しているのかもしれないわね」
 「そうだね。まあ師匠の事だからどこに居ても安全だし」
 「そうね。きっとそのうちひょっこり会いに来るんじゃない」
 「そうだね」
 「うんそうよ」
 「おっと懐かしのわが家だ」




 表札には西田コウイチ・シンイチ、赤木ナオコ・リツコの名が上から並んでいる。二人は鍵を開けて入った。中は一週間に一度掃除しているだけにわりかし奇麗だ。二人は全ての部屋の電気をつけ簡単に点検する。特に問題はない様だ。二人は居間に戻る。二人は壁に寄りかかり座る。




 「さてと」




 シンイチはぶら下げていたビニール袋からジュースの缶を2本と煎餅の袋を取り出す。一本をリツコに渡す。  




 「乾杯しようか」
 「なんの?」
 「別になにのと言う訳じゃないけど……」
 「……ジュースじゃ冴えないわ……ちょっと待ってて」




 リツコは立ち上がると台所の方に消えた。冷蔵庫の開く音が聞こえた。リツコが戻ってくる。




 「はい」




 手渡されたのはビールの500ml缶だった。リツコは350ml缶を手にシンイチの隣に座る。




 「ビール……ありがとう。でもいいのかい。僕達一応未成年だし、リツコお酒弱いからそんなに呑んだらそうとう酔っちゃうよ」
 「いいの。……勇気つけなきゃ……」
 「????」
 「こっちの話。何に乾杯しようかしら……えっと二人の未来の為に乾杯しましょ」
 「うん」




 シンイチは缶を開ける。冷えているらしく泡は出ない。リツコも缶を開ける。




 「じゃ乾杯」
 「乾杯」




 リツコはシンイチが缶をあおるのを見てから自分も呑み始めた。一気に半分ほど呑み干す。




 「リツコ、そんなに一辺に呑んだら酔っぱらっちゃうよ」
 「いいの。お酒は酔う為にあるのだから」




 といいつつ真っ白なリツコの肌はすぐ赤くなってくる。特に鼻の頭がすぐ真っ赤に成ったのは御愛敬である。




 ガサガサ パキ




 リツコがお煎餅の袋を開け大判の硬焼き煎餅を取り出し半分に割る。片方をシンイチに渡す。




 「なんか静かだね」
 「そうね」
 「これから何しようか」
 「考えてないわ」
 「俺も……」




 なんとなくシンイチはリツコの横顔を見る。リツコは正面を向いてビールを呑んでいる。




 「りっちゃんと初めて合ってから8年経つんだ」
 「そうね。今までの人生の半分以上になったわ」
 「そうだね」
 「これからもずっとに成るわ。そうでしょ」
 「そうだね」




 リツコはどんどんビールを呑む。




 「リツコ、そんなにぐいぐい呑んだら危ないよ……ほんとに大丈夫」
 「大丈夫よ」
 「ケンちゃん達まだ学校かな……帰って来たら呼ぼうか」
 「よしましょうよ。お酒臭いのがばれちゃうわ」
 「そうだけど」
 「そうだ……プチ、パチいらっしゃい」




 みにゃ〜〜
 むにゃ〜〜




 プチとパチが目の前に現れる。




 「二匹ともちょっと待っててね」




 リツコは立ち上がり皿を持ってくる。その間二匹はシンイチに頭を撫でられ気持ちよさそうにしている。




 「さっ二匹ともつき合いなさいな」




 リツコは皿を床に置くとビールを入れる。割った煎餅も側に置く。プチとパチは皿のビールを舐め始めた。煎餅もかじる。




 「さすがプチとパチはいけるね」
 「そうね。お別れだし……そういう時はお酒よね」
 「お別れ?何が?」
 「こっちの話……」
 「????」




 リツコはビールを舐めているプチとパチの耳元で囁く。




 「今日でお別れね」




 プチとパチは顔を上げる。




 にゃ〜〜
 みゃ〜〜




 プチとパチはリツコの顔をぺろぺろ舐める。




 「くすぐったい……」




 リツコは壁に座り直すとまずプチを抱き上げる。今日は普通の猫のサイズだ。




 「今までありがとう」




 ちゅ




 プチにキスをする。




 にゃ〜〜




 プチを降ろすと今度はパチを抱き上げる。




 「いつかまた会いましょうね」




 ちゅ




 パチにキスをする。




 みゃ〜〜




 パチも降ろす。シンイチは不思議そうにリツコを見ている。プチとパチは鳴きながらリツコとシンイチの体に自分の体を擦りつけじゃれる。リツコとシンイチは二匹を可愛がる。




 「さてと」




 リツコが立ち上がる。




 ぐら




 アルコールのせいか倒れそうになる。慌ててシンイチが支える。




 「リツコ大丈夫」
 「……シンイチ二階の私の部屋に布団敷いて……いきなり目が回り始めちゃった」
 「判った。じゃ座って待ってて」




 シンイチはもう一度リツコを壁にもたれさせ座らす。




 「すぐ敷いてくるから」




 シンイチはどたどたと二階に上がって行った。




 「プチ、パチ……お別れね……私の子供が魔力を持ってたら又会えるけど……そうでなかったら……又生まれ変わって会いましょうね」




 にゃ〜〜
 みゃ〜〜




 二匹はリツコに盛んに体を擦り付ける。最後のお別れの挨拶なのだろう。リツコが何を考えているのか察しているのだろう。




 どたどたどたどた




 シンイチが階段を降りて来た。居間に来る。




 「シンイチ……足がふらふらする。抱き上げて運んで」
 「うん。プチ、パチちょっとどいてね」




 シンイチはリツコを抱き上げる。リツコは相変わらず細くて小柄だ。軽々と持ち上がる。リツコはシンイチの首に手を回す。シンイチは少し頬を赤くしながらリツコを二階へと運んだ。後ろでプチとパチが鳴いていた。




 リツコの部屋は机が二つ置いてある。一つは作業用の机、もう一つは読書などをする机である。他には箪笥が一つあるだけだ。家具のほとんどは京都に置いてある。
 シンイチはリツコを敷き布団の上にリツコの腰からゆっくり降ろす。掛け布団は横に退けてある。




 「りっちゃん手を離して」




 リツコはまだシンイチの首の周りに手を回している。




 むぐ




 いきなりリツコがシンイチにキスをする。びっくりしたシンイチだがそれに応える。けっこう長いキスだった。




 「どうしたの」
 「……シンちゃん」
 「……なんだい?」
 「……あげる」
 「何を?」
 「……私……」
 「……私って……えっ……その、あの、え……その……りっちゃんを……その……あれ……」




 真っ赤に成ってうろたえるシンイチである。リツコの方も真っ赤だが落ち着いている。




 「……だってりっりっちゃん結婚するまでは駄目って……」
 「……いいの。気が変わったの……」
 「何で」
 「そんな事聞かないの……それとも怖い?」
 「そんな訳無いよ」




 ごくり




 思わずつばを呑むシンイチである。




 「ほんといいんだね」
 「うん」




 リツコは目を瞑った。どこかで猫の泣き声がした。
















 翌日は晴れていた。リツコが目を覚ました時まだ横でシンイチはぐーすかいびきを発てて寝ていた。




 「おはよう」




 リツコが声をかけても起きない。




 「もう、雰囲気無いんだから」




 リツコは苦笑いすると布団の側にあるバスタオルに手を伸ばす。シンイチを起さぬ様静かに布団を抜け出すとバスタオルで体を覆い浴室に向かう。手早くシャワーを浴びる。寝室に戻ると衣服を身に着ける。まだシンイチはぐーすか寝ている。リツコは箪笥からエプロンを取り出すと身に着ける。腰をかがめおでこに軽いキスをする。まだくーすか寝ている。リツコは時計を見る。十時を過ぎていた。リツコはキッチンに向かった。












 「シンちゃん起きて大変なの」
 「ふにゃぁ〜〜おはよう」




 むぎゅ




 寝ぼけているシンイチはリツコの頭を引き寄せキスをする。リツコがじたばたするがおかまい無しだ。




 がし




 「いてぇ〜〜」




 シンイチは思わずリツコを放し大声をあげる。リツコは飛び退く。シンイチは跳ね起きると前を押さえてうずくまる。




 「あうあう……何てとこ蹴るんだよぉ……昨日が最初で最後になったら困るじゃないか」




 痛みで涙目に成っている。




 「それどころじゃないのよ」
 「これ以上があるかよ」




 が、リツコの真剣な表情にシンイチはぶつぶつ言うのを止める。顔をしかめつつ布団の側に用意してある服を身に着ける。




 「どうしたんだよ」




 服を身に着けながらの問いにリツコが応える。




 「さっきからTV、ガス、電気、電話が少しずつのタイムラグで切れて行ってるの」
 「……何で?」
 「判らないわ。調べようにも全てのネットワークも使えないの」
 「無線は?義母さんの研究室に直通の無線もあるだろ」
 「それも駄目ノイズだらけよ」




 シンイチは丁度服を着終る。




 「判った。とにかく近所の人に聞いてみよう」












 「なんで非常用シャッター閉まったのかしら」




 ここはナオコの居る研究所である。




 「このシャッター50ミリ無反動砲でも破れないのよね。今サイバーウィップ付けてないし」




 ナオコは研究所の通路の一角に閉じ込められていた。




 「しょうがないわね。あなたこのシャッター壊しちゃって」
 「がう」




 ドコーン
 ドコーン




 ナオコの横に座っていた半ズボンを履いているひぐまは、シャッターを殴り始めた。50ミリ無反動砲でも破れないシャッターは徐々にへっこんで行った。












 「葛城博士駄目です。コンピューターの暴走が止まりません。実験対象のATフィールドが解放されてしまいます」
 「判った全員待避!!」

 部下達に命令を出しながら、ここ南極の地に連れて来たわが娘のいる居住区へと博士は急いだ。












 新宿区の自衛隊市ヶ谷駐屯地の地下ではひそかに開発中の新型爆弾がカウントダウンを始めていた。制御用EWSは暴走していた。












 「赤木室長」
 「なあに」
 「時間が経つごとに世界中のコンピューターのエラーが増加しています」




 研究所のコンピューターも殆ど壊滅状態に近かったが一部動作する物もあった。それを見つけ出したナオコとコウイチとシャッターを突破する能力があった一部の部下達は原因を調査していた。電源は落ちていたが所内に備え付けてあるコウイチ用の手回し発電機を使った。コウイチのひぐまの力は十分小型のEWSならば作動を可能にした。




 「エラーの回数を外挿して発生時期を計算して」
 「はい…………これは……西暦2000年1月1日です」
 「……2000年問題……」
 「でもあれは何とも無かったじゃないですか」
 「違うわ……やはり発生していたのよ。各地でごく小規模に……そのエラーが重なって皆が気がつかない程ゆっくり増加して来て今日一気に臨界点を越えたのよ……」
 「では……」
 「そう……これから世界中で……」
 「がう」




 その時……












 南極では巨大な四枚の透明な羽が開いた。












 新宿の市ヶ谷駐屯地から閃光が走った。












 「あう……」




 リツコは体中をかけ巡る激痛で目が覚めた。




 「お嬢ちゃん気がついたかい」
 「う……ここは……私どうしたの」




 リツコはどうして自分がここに居てどうなっているのかが判らなかった。声がしたほうに首を回す。そこには野戦服を着た男がいた。胸に丸九と書いたネームバッチを付けている。軍医らしい。どうやら野戦病院のテントの中らしい。




 「お嬢ちゃんは崩れた建物の下敷きになっていたんだよ。両手と左足、肋骨一本に左の鎖骨が折れているんだ。当分動けないからね」
 「そうだ……窓から閃光が見えて……凄い音がして……家の壁と天井が崩れて来て……シンちゃんが私に覆い被さって……あ……シンちゃんは」
 「……一緒に居た子なら向こうのベッドだよ」




 リツコは体中の痛みに小さな悲鳴をあげつつ振り向いた。




 「あっ見ちゃだめだ」
 「シンちゃ……うわぁぁ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」




 そこには一目見て頭蓋骨が陥没し危篤状態のシンイチが寝ていた。頭に巻かれた包帯は黒く見える血がびっしりと付いていた。リツコはまた気絶した。












 「御主人様」




 リツコは呼ばれて気が付いた。テントには隣の昏睡状態のシンイチしか居なかった。




 「うあうう……シンちゃん……」




 リツコはシンイチの方を振り向くとぼろぼろと涙を流す。




 「御主人様」




 もう一度声がした。反対側から声がした。




 「だれ」




 リツコは振り向く。涙で曇った視界の向こうに場違いな男女が居た。一人は黒いタキシードを着た男。一人は白いドレスを着た女。中年の上品な男女である。




 「あなた達だれ」
 「判りませんか……私はプチ」
 「私はパチです……お助けに上がりました」
 「えっ……あ……プチとパチが……え……でも」
 「私達は人の形もとれるのです」
 「でも……私処女を失ったから……契約で、もう呼び出せない……」
 「ええそうですわ。呼び出す事は無理ですわ。でも私達から出る事は出来るのです」
 「そんな事したら二人とも……」
 「そうですね。契約により永遠の責め苦を受けます。ですが御主人様の未来の旦那様は後少ししか命が持たない。ビーと前の御主人様はこちらに向かっていますが、実体がある為すぐにはこれないのです。助けられるのは私達だけ」
 「でも……そんな……二人とも」
 「いいえ。私達の命も魂も御主人様のものですわ。もしここでシンイチ様がお亡くなりになれば御主人様の瞳は悲しみで曇ってしまうでしょう。それを防ぐ為なら私達は全ての事を受入ますのよ」
 「でも……プチパチ……シンちゃん……私選べない」




 リツコは泣く。




 「いいえ御主人様、これでいいのですよ。それに御主人様とシンイチ様が結婚してお子様が魔力を持っていたら私達を呼び出してくださればいいのです。そうすれば私達は責め苦から解放されます」
 「でも……」
 「御主人様はお優しいですね。でも使い魔の喜びは御主人様を助ける事なのですわ」
 「ではもう時間がありません。私はシンイチ様の命を助けます」
 「私は御主人様の両手を治しますわ。このままでは一生両手が使えなくなってしまいますもの」
 「プチパチ……」
 「では御主人様……シンイチ様とお幸せに」
 「お幸せに……」




 二人は軽く飛び上がると空中で普通サイズの猫に変わる。




 にゃ〜〜
 みゃ〜〜




 「プチパチ……」




 プチがシンイチの腹の上に乗る。




 にゃ〜〜




 一声鳴くとすっとその姿はシンイチの腹に沈んで行った。消えた。




 「プチ……」




 みゃ〜〜




 今度はパチがリツコの腹に乗る。




 みゃ〜〜




 一声鳴くとすっとその姿はリツコの腹に沈んで行った。消えた。




 「プチパチ……」




 リツコは涙声で呟いた。そして又気絶した。












 「おい……なんてこった……治ってる」
 「陥没した頭蓋骨も元どおりだ」




 リツコは気が付いた。体の痛みは随分減っていた。両手の感覚も元に戻っていた。シンイチの方に顔を向ける。包帯が解かれたシンイチの頭には傷一つ残っていなかった。呼吸も正常に戻り穏やかな表情で眠っていた。




 「シンちゃん……プチパチ」




 リツコは愛しい自分の使い魔達に涙した。












 「そうだったの…………」
 「ええ……、そのせいで結婚を急ぐという所もあるわ。早く子供生んでプチとパチを解放してあげたいの」
 「ふぅ〜〜ん。あらもうこんな時間……じゃ先行くわ」
 「うん」




 ミサトはチャイナドレスの裾を翻して部屋を出て行った。












 「ではこれから西田シンイチ・赤木リツコの結婚披露パーティーを始めたいと思います。なお司会は私福山ケンジと……」
 「田中ミキが努めさせていただきます」




 日本晴れである。伊吹本家の敷地はとても広い。サーカスのテントが何十も入る庭は芝生が敷き詰められ、端の方には小さな森さえある。マヤの別宅の近くにテーブルが並べられそこが会場となっていた。ひぐまのコウイチも出席できるようにここが選ばれた。出席しているメンバーもひぐまのコウイチを見ても驚かない身内だけだ。




 リツコとシンイチは並んで座っている。その両脇にはコウイチとナオコが座っている。




 「ではこれよりパーティーを……」
 「そのパーティー待ったぁ〜〜」




 大きな声がした。パーティーの出席者はいっせいに声のする方を向く。今日はタキシード姿で警備をしているALとGRが侵入者の方へ駆け寄る。




 ぱん
 ぱん




 鋭い音がして忍法使いのALとサイボーグのGRは一瞬にして倒された。




 「師匠〜〜」
 「谷内のおじいちゃん」




 シンイチとリツコが立ち上がり駆け寄る。リツコのウェディングドレスが風にはためく。




 「師匠」
 「おじいさん」
 「うむ二人とも元気か」
 「「はい」」




 師匠は嬉しそうに頬を緩める。随分年を取ったが相変わらずトサカの様に髪の毛を固め金髪に染めているのは変わらない。ただ今日はタキシードを着ている。右手に杖左手に1.5メートルはある傘を持っている。




 「リュウ殿すまんがこの二人の手当を頼む。急所を外しているのでじきに目を覚ますでのう」




 音も無く近付いていた執事長の斉藤リュウに向かい師匠は言う。




 「私の名を御存じですか」
 「無論じゃ。ワシも冒険者生活が長いからのぉ。最強といわれた傭兵(幻のリュウ)が伊吹家の一人娘の執事長になったのは知っておる」
 「恐れ入ります。さすが(冒険者A)」
 「うむ」




 ぱち




 リュウが指を鳴らすとどこからとも無く部下の執事達が現れる。気絶しているALとGRを運び出す。




 「えっと皆さんお騒がせしました。私の杖術の師匠が祝福に駆け付けてくれました」




 ざわざわしていた雰囲気もこれで和やかになった。




 「では師匠お席の方へ。リュウさんすみませんが席を」
 「待ちなさい。その前にやる事がある」
 「何ですか」
 「今日はおぬしに奥義を伝授しに来たのじゃ。もともと杖術はりっちゃんを守る為の技として教えてきたのじゃ。ここでおぬしが奥義を習得出来ないようならばワシはこの結婚には反対じゃ」




 師匠は言う。




 「えっおじいちゃん」




 リツコが心配そうに言う。




 「リツコ心配しないで。俺絶対奥義を身に付けるから」
 「うん」
 「うむ。では始めるとするか。りっちゃん少し下がってもらえるかな」
 「はい」
 「お嬢様こちらへ」




 手回し良く少し離れた場所にリュウが椅子を用意している。リツコはその椅子に座る。パーティーの出席者は思わぬ展開に息を呑んで見守っている。ナオコとコウイチも例外ではない。




 「これを使え」




 師匠がシンイチに傘を投げてよこす。ずっしりと重い。




 「それはおぬし用にあつらえた物じゃ。日本刀の鋼で出来ておる」
 「はい」
 「では始める。山崎流杖術は一子相伝。最後の奥義とは師匠を倒す事じゃ。見事ワシを殺してみせい。どりゃ」




 80を越えた年寄りとは思えぬすさまじい突きがシンイチを襲う。師匠の言葉に唖然としていたシンイチは辛うじて避ける。




 「師匠やめてくれ……」
 「どうした来ないのか。ならば死ね。ワシは次の弟子を育てればいいだけじゃ」




 次々と鋭い突きがシンイチを襲う。




 「おじいちゃんやめて」




 リツコは立ち上がろうとする。がリュウが肩を押さえる。




 「じいや離して。あのままじゃ二人が」
 「いいえ。お二人はリツコ様のためにああやっておられるのです」
 「でもでも」




 決着はすぐについた。今まで避けてばっかりのシンイチが傘で杖を跳ね上げた。弾かれて杖は宙を舞う。




 「どりゃー」




 シンイチの突きが師匠の喉を襲う。リツコは思わず目を閉じた。




 ぴた




 傘の先端は師匠の喉の2cmほど前に止まっていた。




 「どうした。打たぬのか」
 「師匠俺には出来ません。師匠の命と引替えの奥義なんて……」




 シンイチは傘を引く。俯く。




 「ならば問う。武術とはなんじゃ」
 「……敵を倒す……殺す技……」
 「うむ。じゃがのその様な事は実はどうでもよい事なのじゃ。わしはこの杖術を冒険の為に使った。おぬしは何の為に使う……」
 「……皆を守る為」
 「もっとはっきりいうてみい」
 「……リツコを守る為……」
 「うむ。それでいいのじゃ。この世のどの様な技も技術もその使う人の心一つじゃ。これはいつの時代でもどこの場所でも言える事じゃ。わしゃもともとおぬしがりっちゃんを守りたいと言うてワシに教えをこうて来たから教えたのじゃ。わしゃ武術が人を殺す為の技とか判ったような事を言う奴は好かん。この世の全ての事は人を生き物を生かしてこそじゃからの。うむ。おぬしの振る舞い合格じゃ。今から口伝の奥義を授ける」
 「師匠……」
 「良く聞けい。一つ心して打て。一つ心して退け。一つ心して守れ。これだけじゃ。簡単じゃろ。これを心にしかと秘めて精進するのじゃ」
 「はい師匠……」
 「おじいさん」
 「うむ。さて皆の衆無事奥義の伝授も終わり、ワシもこの婚礼に賛成じゃ。さ宴じゃ」




 そして宴が始まった。一日中空は晴渡り、人々の顔からは笑顔が絶えなかった。




        
おわり





ver.-1.00 1999-01-25公開
ご意見・感想・誤字情報・らぶりぃりっちゃん情報などは lovely-ricchan@EVANGELION.NETまでお送り下さい!




 あとがき




 これで「気になるあの子」は終わりです。作者の趣味丸出しのこのシリーズにつきあっていただきありがとうございました。この作品でいくぶんなりともりっちゃんが可愛く思えて貰えたら幸いです。この話は「めそめそアスカちゃん」「ある日のレイちゃん」へと続きます。また外伝も書くかもしれません。それでは最後に皆様御いっしょに








 合言葉は「らぶりぃりっちゃん」





 では




 まっこうさんの『気になるあの子』第壱拾話、公開です。




 まっこうさん初の連載完結〜


 作品合い言葉を生み、
 部屋バナーを企画し
 お友達を次々と自作キャラにし

 そしてそして

 赤木リツコを−−りっちゃん−−をらぶりぃにして。。


 ついに完結♪




 まっこうさんの作品はそれぞれで繋がっているから、
 ”完結の寂しさ”ってのがないのもいいやね(^^)


 次へのネタ
 先への伏線を残っていて
 『めぞアス』『あるレイ』のこの先も楽しみですぅ



 結婚おめでとうです!
プチとパチを早く助けてあげてね(^^)





 さあ、訪問者のみなさん。
 まっこうさんに完結お祝いメールを送りましょう!




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