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singles




Written by だいてん


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 ケンスケはエアコンの効いた車内で運転席に座りながらタバコに

火を付けた。助手席にアスカはいない。彼女に言われた行き先は、

郊外にある墓地だった。

 窓を少し開けて、吐き出した煙を外に追い出す。アイドリングの

まま道の脇に止めた車の中から見えるのは、鉄柵と深い木々だけだ。

 行き先を聞いた後、アスカにあれこれ聞くなどという野暮なこと

はしなかった。

 ケンスケがアスカの母親について知っているのは、小さい頃亡く

なったということぐらいだ。それも、本人から聞いたのではない。

 興味はあったが、今はまだ深い事情を聞ける関係ではなかった。

昔はただのクラスメイト。今はただの仕事仲間。それ以上でもそれ

以下でもない。

 ただケンスケは、アスカと再会し、思った以上に彼女と自分が疎

遠でないことに少々の驚きと喜びを感じていた。

 アスカは昔と変わらず魅力に溢れている。その女と、今の自分は

対等の立場にいる。

 中学の頃はといえば、アスカに言われたとおり、得体の知れない

怪しい男だっただろう。

 だが、今は違う。

 自分にないものをすべて持っていたシンジに、嫉妬ばかりしてい

た昔とは違う。大きな流れに何ひとつ抗えなかった昔とは違う。

 大人になった。金も地位ある。

 半分ほど吸ったタバコを灰皿でもみ消すと、ケンスケは時計を見

た。

 アスカが出ていってもう一時間近くになる。自分の腕時計でもう

一度時間を確認すると、車のエンジンを切り外へ出た。

 涼しい車内にいたおかげで、外の強い日差しがいっぺんに汗を浮

き上がらせる。墓地の敷地内に入り多い茂った木の下に入るとわず

かな風が気持ちよく感じられた。

 ケンスケはもちろんアスカの母親の墓の場所などは知らない。適

当に歩いてみたが、アスカの姿は見あたらなかった。

「暑いな」

 少し歩いただけだったが、背中はもう汗でぐっしょりだ。こんな

中に一時間もいたらと思うと考えただけで嫌になる。

 最近アスカは調子が悪そうだった。何気なく普通に装ってはいた

が、顔色は優れていなかったし、疲れが抜けきっていない様子だっ

た。

 ケンスケはそれを思い出して早足で歩き出した。

 しばらくして丁寧に刈り込まれた植木の通路を抜けると、ケンス

ケは自分のいやな予感が当たったことを知った。

「アスカ」

 花束の添えられた墓碑の前で、アスカは倒れていた。

 ケンスケは慌てて駆け寄った。抱き起こすとアスカはぐったりと

うなだれ、意識を失っていた。顔は血の気を失って、ひたいに手を

当てるとひんやりと冷たい。思った通り軽い体を抱きかかえ、ケン

スケは可能な限り急いで車へと向かった。



 車をとばし近くの病院へ駆け込むと、アスカは担架に乗せられ診

察室へと入れられてしまった。

 座り心地の悪い椅子で待たされて半時ほど。ドアが開いて医師が

でてきた。

「どうなんですか?」

 ケンスケは日本語で聞いて、慌ててドイツ語で言い換えた。医師

は表情をくずし、ケンスケの肩に手を置いた。

「心配ありません。軽い貧血です。それと、過労でしょう」

「そうですか」

「今点滴を打っています。終わりましたら帰っていただいて結構で

すので。妊娠中はあまり無理なことはしないようにと、お伝え下さ

い」

 ホッとしたのもつかの間、意外な言葉を聞いてケンスケは左右の

眉と眉がくっつきそうなくらい眉間にしわを寄せて聞き返した。

「妊娠?」

「あ。ご主人では?」

「い、いえ。違います」

「これは失礼。では、お大事に」

「あの、ちょっと」

 ケンスケが止める間もなく、医師は去っていってしまった。

「…妊娠って」

 あのアスカが妊娠。相手はおそらく碇シンジだろう。ケンスケが

診察室にはいると、点滴を受けながら横になっていた彼女は目だけ

をこちらに向けた。

「顔色、だいぶ良くなったじゃないか」

 アスカは小さく息を吐き、再び目を閉じた。

「どうして黙っていたんだよ」

「……」

「話してくれたったいいだろう」

「…うるさいわね。なんであんたに話さなきゃなんないのよ」

 アスカは悪態を付いたが、声にいつもの張りも力もなかった。ケ

ンスケはベッドの脇の椅子に腰を下ろした。

「シンジなんだろ?」

 アスカは答えずに、動かせる片方の手で毛布を鼻まで引き上げた。

「とにかく、今日は休んだ方がいい。飛行機は明日の便を取ってお

くから」

 点滴が終わるまでまだだいぶ時間がある。じれったく落ちるしず

くを眺めて、アスカはあごを引いた。

「…そうする」



 点滴が終わってもまだ足取りの重いアスカを車に乗せ、ケンスケ

はホテルへ向かった。

 その間、アスカの口が開くことはなかった。ただ窓にもたれ掛かっ

て流れる景色とすれ違う車をぼんやりと見ているだけだった。

 沈む気分が体調のせいだけではないのが、その横顔を見ればわか

る。理由は何となく想像できたが、口に出すことはできなかった。

 この一週間で彼女とはだいぶ親しく慣れたはずだったが、いま、

この時だけは助手席との間に厚い壁ができたように思える。

 碇シンジならば、こんな時どういう風に彼女と触れあうのだろう

か。何か声をかけるべきなのだろうが、思いあぐねて、何も言えな

かった。

 ハンドルを握りながら横目でアスカの小さな顔を盗み見し、ケン

スケはなるべくゆっくり車を走らせたのだった。

 ホテルに着き、ケンスケはアスカを部屋の前まで送った。

 手にしていたアスカの手荷物を返し、彼女の肩に軽く手を乗せた。

「今夜はこのホテルに泊まるよ。何かあったら、すぐ電話してくれ」

「ケンスケ」

 アスカはドアを閉じる間際、小さく「ありがとう」とつぶやいた。

少しだけ見せた顔は、一晩寝ただけで元気になるとは思えないぐら

い、疲れていた。

 閉じられたドアに手を当ててケンスケは少し考えたが、これ以上

は邪魔なだけだ。フロントで部屋を取るためにエレベーターに向か

いながら、眼鏡を外して眉間を指で摘んだ。

「シンジと、うまくいっていないのか……」


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ver.-1.00 1998+09/04公開
ご意見・感想・誤字情報などは bluems@anet.ne.jpまでお送り下さい!


 だいてんさんの『singles』10.公開です。





 うん。ほんに、ケンスケが良いよね(^^)


 余裕も行動も、良い良い〜



 アスカとシンジとのことに対してどういう行動を見せるのか、

 ケンスケに注目だよ。




 車から降りるときに、
 ちゃんとエンジンを切って、アイドリングをしないエコエコぶりも、おとなじゃん♪





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