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ネルフ村の平和な日常

第25話

「帰るべき場所」






爆音が視界を灼き、閃光が鼓膜を貫く。

その情景をなんと言えばいいのか、たかだか14年の人生経験しか持ち合わせていないシンジには伺い知ることも出来なかったが、あえて彼の乏しい語彙の中からひとつ、最もふさわしいと思う言葉を拾い上げるなら、それはやはり――今までの彼の人生に最も縁深い言葉でもあったような気がするが――破壊、の一言に尽きただろう。

そう、それはまさに破壊だった。あるいは闘争と呼ぶことも出来たかも知れない。しかし、彼にはどうしてもそんな高尚なものではなく、ただ圧倒的な破壊が、様々なベクトルを持って吹き荒れているようにしか見えなかった。

要するに、一言で言ってしまえばレイが無差別に破壊魔法をまき散らしている、ということなのだが。

「ほらほらほらほらほらぁっ! まだまだぁっ!」

次から次へと、疲れを知らぬかのように様々な形態の魔力を生みだし、発動させる。それらは例えば炎であり、例えば吹雪であり、例えば電撃であり、例えば純粋な衝撃であったりした。とにかく、彼女にとっては、どれも大差ないのだろう。目の前の邪魔者を殲滅する手段、というに過ぎない。

「とはいったものの……」

凄まじい速さで目の前に現れた純白の光熱波を、ほとんど勘だけでかわして、シンジは独りごちた。

「照準ぐらいはつけて欲しいよなあ……」

そう、ネルフ村の面々対『アダム』一同という構図はまさに最初の数十秒の間だけのことで、それはすぐにレイの独壇場に取って代わられた。

何しろ、手当たり次第に破壊魔法を投げ散らかすのだ。ゲンドウやユイたちならばそれをマイペースでかわしつつの戦闘も出来るが、シンジにとっては当たらないようにするだけで精一杯だった。他の多くの『アダム』メンバーと同様に、戦闘などしている余裕はない。

「アスカ、大丈夫かな……!」

身を丸めるようにして、すぐ隣でおこった爆発を交わす。巻き上げられた土や灰が服に付いたが、それも今更だ。

この騒ぎの中、他の仲間たちともはぐれてしまった。エヴァやカヲルならば心配ないだろうが、アスカやマナのことはさすがに気がかりだった。先ほどからアスカの姿を探しているのだが、何せこの人数である。レイの攻撃によって着実に減っていっているとはいうものの、『アダム』の総メンバーは確かにえらい人数だった(グラシアスによれば、254人とか言ってたか)。

立ちこめる土煙と芋洗いのような混雑のなかで、個体の判別すら難しい。何度目かの流れ弾を身を逸らしてかわしたシンジの目に、不意に見慣れた赤毛が映る。

「アスカ?」

注意がそちらへと向けられた瞬間、後頭部にがん、と衝撃が走った。

「が……」

視界が一瞬暗くなり、ちかちかと点滅する。

流れ弾にあたったのだ。なんとかそれだけはその瞬間に理解した。

バランスを崩して倒れ込んだシンジは、まるで狙い定めたかのようにこちらへと一直線に向かってくる火の玉を見た。

「わ、わわわわわわわっ!?」

慌てて立ち上がろうとする、が――

(間に合わない!)

反射的に、固く目をつぶる。

一瞬の後に自分を襲うであろう衝撃を、身を固くして待つ。

しかし、彼の予想に反して、それはいつまでたっても訪れなかった。

「…………?」

おそるおそる目を開ける、と、そこには。

「まったく、世話が焼けるんだから、アンタは。昔っからそうよね」

得物を肩にかつぎ、仕方がないなあというような、それでも少しくすぐったさそうなアスカと。

「あなたは、私が守る……」

変わらず無表情だが、それでもどこか穏やかな雰囲気のエヴァとが、それぞれ彼を守るように立っていた。

「アスカ、エヴァ……」

差し伸べられた、アスカの手を取って立ち上がる。つい昨日のいさかいなど忘れたかのように、彼女は微笑んでいた。

「とりあえず、あのバカレイの気が済むまで退避してた方が利口ね。カヲルとマナもとっくに逃げ出したみたいよ」

「あ、そうなの?」

「こんな顔してね、『今のレイならあんな奴らには負けないよ。僕は少しやるべきことがあるので、お先に失礼するよ』なーんて言うのよ」

結構似ていた。

「マナはマナで、あの大蛇に乗ってとっととどっか行っちゃうし。あれで結構したたかよね、あの女」

「そうなんだ……」

と、相づちを打ったとき、ふとエヴァの視線に気づいた。

相変わらず感情の読みとれない瞳で、なにやらじっとシンジとアスカのことを見つめている。

「ど、どうしたの?」

「…………」

無言で、シンジの手を取った。

その視線は、立ち上がったときにつないで、結ばれたままの二人の手へと注がれている。どうやら、羨ましかったらしい。

「ちょっと、何やってんのよ」

据わった目で問いかけるアスカ。彼女も彼女で手を離しはしない。

「私も、つなぎたいもの……手」

二人の少女の間に、無音の火花が散る。

その時、向こう側からまたも――もう今日何度目か、などと数える気にもならなかったが――純白の光熱波が向かってくる。

「あ、危な……!」

とっさに横に跳んでかわそうとするが、しっかりとつながれている両手がそれを許さない。

「ちょ、ちょっと二人とも!」

必死に危機を訴えるも、互いにしっかりと相手を見据えるだけで反応する気配さえ見せなかった。
そして、光熱波が眼前まで迫ったその瞬間――

エヴァがつないでない方の手を、同様にアスカもそちらの手で刀を、それぞれ振るい。

光熱波は、一瞬で四散した。

その間、互いに目すら逸らしていない。

「アンタとは……まず、しっかりと勝負をつけておいた方が良さそうね……」

「私……震えてる。これは闘志?」

「あの……退避するんじゃ……って聴いてないよね。やっぱり」

それぞれの柔らかな手の感触を感じながらも、シンジは、なんとなくこれから先今まで以上の苦労が待ち受けているような、そんな気がしてならなかった。








「ふう……っ」

息をつく。

厳密な意味では呼吸をしているわけではないのだが、そこはそれ、肉体を持っていた頃の癖というものはそうそう簡単に抜けるものでもない。

――別に抜けなくてもいいんだけどね。すぐに戻るんだし。

もっとも、彼女の体には今はエヴァが入っているのだが、まあそれもどうにかなるだろうと考えていた。元来、楽観的なのである。

先のことでくよくよと思い悩むなど、自分のキャラクターではないのだ。もうやめよう。

それが考えたあげくの結論だった。そこに思い至ってから、実に自分らしい結論だと思い、嬉しくなった。

「そうよ……この私は、無敵のレイちゃんなんだからね」

ふん、と無意味に胸など張ってみる。

眼下に見える『アダム』の面々は、もう大分数も減ったようだった。否、数自体は変わっていないはずだが、立って歩いている者に対する、黒こげになっていたりずたぼろになっていたりする者の割合が圧倒的に多くなっている。

残っている者も、ほとんどはすでに戦意を喪失しているようだった。なにやら妙に激しい戦闘が繰り広げられている一角もあったが、見てみるとどうもアスカとエヴァがやり合っているだけのようだったので放っといた。二人の手を繋いでいる――ように見えた――ぼろ雑巾が、おそらくシンジだったのだろう。

腰に手を当てたまま、辺りを睥睨する。頭を抱えていた者たちが、突然やんだ攻撃の嵐に、おそるおそるといった風にこちらを見上げてきているのが見えた。だが、この際雑魚には用はない。レイの視線は、トキタの姿を探していた。

「いない……?」

眉を少しひそめる。逃げたのだろうか。

「……ま、いいか」

逃げたのなら、逃げたでいい。もうそろそろ騒ぎにも飽きた頃だ。このぐらいで全部終わりにして、また退屈だけどそれなりに平和な日々に戻るのも一興か。

「わ」

不意に背後から迫り来る気配を感じ、レイはとっさに身をかわした。一瞬前まで彼女の体があった場所を、巨大な火の玉が通り過ぎていく。標的を外した火の玉は綺麗な放物線を描いて、ちょうどアスカとエヴァの激闘エリアの辺りに近づいたところで霧散した。

「……なんかあの辺、妙な力場ができてるわね……」

横目でそちらを確認すると、すぐに火の玉の飛んできた元へと視線を向ける。

そこには、褐色の肌の筋骨隆々アフロ――グラシアスが、ぼろぼろになった黒ローブを握りしめるようにして立っていた。

「ふ……もはや大勢は決した。最後に! この俺は! 騎士の誇りにかけて! 貴様に! 正々堂々と! 一騎打ちを!」

<メギド>

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

爆音と共に、アフロは星になった。

「いきなり不意打ちくらわしといて何が正々堂々なんだか……」

最後に瞬きのような煌めきを残してグラシアスが消えていった空を半眼で見やる。

ふと足下を見下ろすと、ちょうどゲンドウが、『アダム』最後の一人の側頭部に回し蹴りを入れたところだった。背の高いモヒカンの男は、蹴りの衝撃で首がねじれたまま、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。

軽く息をついたのが、動作でわかる。倒れている『アダム』の数は最初に見たよりも幾分少ないようだった、まあいくらかは逃げるなりしたのだろう。

「終わった……の、かな……?」

「そうだよ」

突然聞こえた返事に、ぎょっとした。

慌てて振り向くと、そこにはいつも通りに湖面のような笑みを浮かべたカヲルが、彼女と同じ高さに漂っていた。

格好もいつも通りの黒ずくめである。そういえば、この少年が黒以外の色を身につけているところなど見たことがないような気もする。

「あんた……一体どこに行ってたのよ?」

「やるべきことがあったんでね」

レイの棘をふんだんに含んだ視線を、さらりとかわす。彼でなければ出来ない芸当である。

「やるべきこと?」

「そう」

ウインクをひとつ。

「物語が大団円で終わるための、最後の1ピースさ」

















「……で、一体どうするのよ?」

「さあ……」

半眼のアスカの問いに、気の抜けた返事を返すシンジ。

その横では、彼の姉――その姿をした古代の魔法兵器が、なにやら興味深げな表情でお茶をすすっている。

エヴァの『神の槌』によってシンジの家は大破してしまったため、アスカの家に全員が集まっている。もともとそれほど広いわけでもない家の、そのさらに一室に関係者がほぼ全員集まっているわけだから、狭苦しいことこのうえない。

その場にいないのは、カヲルとレイの両者だけだった。

アスカが何か色々と文句のありそうな表情で、隣に座っているシンジを小突く。

「なんなのよ一体。あの二人はどっか行っちゃうし、みんなしてうちに集まってくるし……この責任、どう取ってくれるってのよ?」

「そんなこと僕に言われても……」

幼なじみのいつも以上に無茶苦茶な言葉に、シンジは閉口した。何故か先ほど直ったばかりの機嫌がまた急激に傾いているらしい。

と、顔を近づけて迫ってくるアスカから逃げるように身を引いたシンジの袖をくいくいと引く者があった。

「ん?」

振り向くと、エヴァがその赤い瞳でじっとシンジの顔をのぞき込み、

「……お茶……」

「え?」

呟くような声に、その手元に視線を落とすと、白い手が空になったカップを可愛らしく包んでいた。

「おかわり、欲しいの?」

こくん、と頷く。

「仕方ないなぁ。確かそっちのほうにポットがげうっ!」

言葉を言い終わらないうちに、シンジの顔はものすごい力によって無理矢理エヴァと反対方向に向けられていた――すなわち、アスカの方に。

「……アタシを無視して何やってんのよアンタは……」

その声には静かな怒りが。そして向き合った顔には明らかな怒りが。

「あ……いや……」

シンジの顔をだらだらと流れる冷や汗は、けして頭に乗せられた手の柔らかさと無理矢理ねじられた首の筋肉にかかる負荷のせいばかりではないだろう。

口をぱくぱくさせて、何かを言いかけたシンジの首に、さらに先ほどとちょうど逆ベクトルの負荷がかかり、少年の顔は再びエヴァの方へと向いていた。

「エ、エヴァ……」

「お茶……欲しいの……」

何か話そうとした途端、三たび首がひねられる。

「シンジ」

「アス……」

がきゃっ。

「……お茶……」

「エヴ……」

げきょっ。

一回ごとにかなり危険な音を立てながら、百八十度回転を繰り返すシンジの首。

徐々に間隔の短くなる反復運動の中、シンジは遠ざかりかけた意識で確かに聞いた。

鍛え抜かれた鋼の、鞘から抜かれる音と、圧倒的な破壊力を秘めた魔法エネルギーが収束する地鳴りのような音を。

「そうね……やはりさっきの決着をきちんとつけておくべきよね……」

「あなたは死ぬわ……私が、殺すもの」

頭上で可愛らしい声が、物騒きわまりない内容を互いに投げかけるのを聞きながら、シンジは数時間前のカヲルの言葉を思い出していた。

「僕らはちょっと用事を済ませてくるよ。……大丈夫。きっと全てはうまくいくさ。みんなが幸せになれるように、そういう風にできているんだからね」

僕は幸せになれるのかな、カヲル君――

悲劇的な――あるいは極めて喜劇的な――つぶやきと同時、幸せなような不幸なような少年はあっさりと意識を手放した。








拳を、握る。

固く、固く握りしめた拳を、今度はゆっくりと開く。手の平に残った赤と白のまだら模様が、ゆっくりと消えていく。

首筋に、手を触れてみる。ひんやりとした手の感触に、一瞬背筋を寒気に似たものが走り抜ける。それと同時に、添えた手に確かな脈拍を感じる。

――生きている。

心臓が脈打つごとに、全身を暖かな血が流れていくのを感じる。

久しぶりの――実際には、それほど長い間離れていたわけではないのだが――本当に久しぶりの、肉と皮膚の感触。

まるで、彼女本来の体のような。

「……気に入ってくれたかな?」

背後から聞こえた声に、レイは反射的にシーツを体に巻き付けた。鉄のベッドの上で、今し方魂を入れられたばかりの体は、驚くほど素直に彼女の意志に従ってくれた。

「別に隠さなくてもいいのに……その体は僕のものなんだから」

「いやらしい言い方しないでよっ!」

自然、頬が熱くなるのを感じる。それすらも久しぶりだ。

シーツをローブのように巻き付けて慎重に体を隠しながら、レイはベッドから降りた。広い石造りの部屋の入り口で、カヲルがいつも通りに感情の読みとれない笑みを浮かべている。

「フレッシュゴーレムの技術を応用した、人工の肉体……この僕の秘蔵っ子の具合はどうだい?」

「いい感じね」

そっけない答えだが、それが正直な意見だった。全身の筋肉から、指先の感覚に至るまで、驚くほどに違和感がない。これが生まれたときからの自分自身の体だと言われれば、そのまま素直に信じたであろうほどだ。

「人工とはいっても、本来の体との違いは無いに等しいよ。成長もすれば衰えもするし、子供だって産める。……ああ、それと僕の趣味でその体は処女にしてあるけど、問題ないかい?」
カヲルの言葉に、再び顔面に血液が集中する。忌々しいほどによくできた体だった。

「……問題ないわよ」

本当はもっと色々と言い返してやりたかったが、どうにも調子が出なかった。

そんな彼女については特に気にしないのか、カヲルは独り言のように呟いた。

「……君の体とエヴァの魂は、よっぽど相性が良かったらしいね。このわずかな期間の間に、急速に一体化が進んでいる。エヴァに感情が生まれた――いや、目覚めたのも、むしろ君の体に影響されてより人間に近づいたためだろう」

聞きとがめて、レイは怪訝な顔で聞き返した。

「目覚めた?」

カヲルは明後日の方向に視線を向けた。どうも、言うべきか言わざるべきか迷っているようだ。

やがて、ぽつんと話し出す。

「……君は、エヴァが――いや、エヴァシリーズが、元は人間だったと言ったら信じるかい?」

「…………え?」

間の抜けたレイの声にはかまわず、カヲルは歌うように続ける。その口が吟ずるのは遙か昔の、歴史の闇の向こうの物語。

「かつて偉大なる魔法帝国に、ひとりの偉大な魔術師がいた。彼は皇帝の側近として、魔法帝国に刃向かう蛮族や魔物たちに対抗するための武器の開発を生業としていた」

その男には五人の子供がいた。二人の娘と、三人の息子だった。

男は数々の魔剣や、伝説上の幻獣を模した魔法兵器を生みだし、魔法帝国の支配体制をより強固なものとした。

子供たちも積極的に彼の仕事に協力し、特に最年長の姉は目覚ましいほどの才能を発揮した。

彼は必ずしもいい父親ではなかったが、子供たちを何よりも愛していたし、子供たちもそのことをよく知っていたのだ。

――しかし、彼らの幸福な日常はある日突然に終わりを告げた。

辺境の地に住まう魔力を操らない者たち。帝国の民が蛮族と呼んでいた彼らが、大規模な反乱を起こした。それ自体はさほど珍しいことでもなかったし、反乱の直接のきっかけそのものもそれほど大したことではなかったのだろう。

しかし、その時の反乱がそれまでのものと決定的に違ったのは、一人の英雄の存在だった。まさに戦いのためだけに生まれてきたかのようなその男は、様々な戦術を駆使し、兵を己の手足のように動かし、時には正面から、時には奇策を用いて次々に魔法帝国の防衛軍をうち破っていった。

彼の作り出した多くの魔法兵器もまた、その英雄の指揮する勇敢な兵士の前に、次々とうち破られていった。

その絶大な魔力によって大陸を支配してきた巨大な帝国は、まさに一人の英雄によってうち倒されようとしていたのだ。

戦線は少しずつ、しかし確実に帝都へと近づいていた。皇帝をはじめとする帝国の上層部は、誰もが生まれて初めて経験する危機に浮き足立ち、何一つとして具体的な打開案は打ち出せないまま時間だけが過ぎていった。帝国の内部にも親蛮族派が現れ、数千年の歴史を持つ魔法帝国の滅亡が近づいたと誰しもが思った。

しかし、彼はまだ諦めていなかった。

何かに取り憑かれたかのように次々に新たな魔法兵器を開発し、それを前線へと送り込んだ。しかし、すでに本格的な戦いなど久しく経験していない帝国軍は蛮族の英雄の名を聞いただけですくみ上がり、彼の作り出した兵器を有効に活用することも出来ないまま敗北を重ねていった。

やがて、彼はひとつの悪夢のような計画を思いついた。

それまでに作り出した魔法兵器――人の道具としてのそれらではなく、自ら考え、自ら動き、そしてあらゆる戦術すら無視できるほどの圧倒的な戦力を持つ、究極の戦闘人形。

その器を作ることには成功した。しかし、器には注ぐ水が必要だった。本来命ある者にのみ与えられるはずの、魂という名の水が。

――そして、彼は悪魔に魂を売った。

新たに作り出された五体のエヴァシリーズによって、反乱軍が完全に大陸から消滅するのは、それから三日後の話である。

「……そして彼は、そのあまりにも強大な戦闘力が帝国の敵とならないよう、ロンギヌスの槍を作り出してエヴァシリーズから自由意志を奪った。帝国の駒として束縛したんだ」

「それじゃあ……あの子は……」

「そう、彼女たちの作り親……それは、例えでも何でもなく彼女たちの父親だった」

どこか遠いところを見つめているかのようなカヲルの目からは、どんな感情も読みとれない。

「あの子は……それを、覚えているの?」

カヲルは目を伏せ、首を振った。

「人としての器を捨て、エヴァとなったときに彼女たちはかつての人としての記憶を捨てたよ。魂としてより高次の存在へと昇華したのだから当然かも知れない。そして、二度と思い出すこともない」

「…………」

「けどね」

カヲルは、顔を上げた。そこには、いつも通りの薄い笑みが浮かんでいる。

「彼はやはり父親であることを捨てきれなかったんだろうね……その証拠に、彼女たちに人としての感情が芽生え始めたときに、それに呼応して槍の支配を弱める命令が組み込まれていたんだ。人間の体では、エヴァンゲリオンとしての絶望的なほどの戦力を発揮することもない。……彼女は、人間になっていくよ。これから、ね」

「数千年の時を超えて、再び人間として生まれ変わった、ってことか……ロマンチックねぇ」

感心したように息をつくレイ。

そんな彼女に、カヲルは何かとっておきの悪戯を隠し持っている子供のような声で言った。

「ところで、レイ……エヴァの、彼女の、人間だった頃の名前、知りたくないかい?」

「え?」

「それはね……」

そして、彼の唇は言葉を紡ぐ。

彼にとっても、彼女にとっても聞き慣れたその名前。

レイは、思わずため息を付いた。

「……奇遇ね」

「奇遇だね」

カヲルの笑みにつられて、思わずレイの顔にも微笑みが浮かぶ。

「さて、帰ろうか……シンジ君たちも待っていることだしね」

「そうね……それに、あの子たち、放っておくとまたケンカ始めそうだし」

カヲルはわずかに苦笑したようだった。

「そっちに服があるから、とりあえず何か適当なものを着てくればいいよ。僕は表で待っているからね」

「ん」

背を向けてひらひらと手を振る彼女を残し、カヲルは部屋を後にした。

表へと続く扉を開ける前に、ふと何かを思いだしたかのように立ち止まり、振り返る。彼の視線の先にあるものは、一枚の肖像画。過去の歴史に埋もれた帝国から、ひとつだけ彼が持ってきたもの。

新たな時代の友たちにはけして見せることのない笑みと共にカヲルは、額縁の中で微笑むかつて愛した女性へと語りかけた。

「この残酷な時の流れの中で、まさか再び君に巡り会うとはね……今度こそ、幸せになるといい。君は幸福に値するよ……レイ」

















――高く昇った太陽は、命あるものにもそうでないものにも等しく恵みを降り注ぐ。



「お待たせ」

「もういいのかい?」

「ん、早く帰んないとねー」



――空を流れるのは雲。その下を渡るのは鳥。



「あー、ホント久しぶり、この感覚!」

「ずいぶん嬉しそうだね」

「まぁねぇ……へへ、なんか二年と一ヶ月ぐらい離れてたような気もするわ」

「さすがにそれはないと思うけど……」



――鳥は翼をはためかせ、まだ見えることのない行き先を見つめる。



「ところでその服、なかなか似合ってるよ」

「……まあ、これぐらいしかマトモなのがなかったし」

「そうかい? 僕としては着てほしかったものも色々……」

「……いくら私でもメイド服やバニースーツで家に帰る気にはならないわよ」



――空の向こうに消えていった鳥も、帰る場所があることを知っているから。



「ほら、とっとと来ないと置いてくわよー!」

「そんなに走ると危ないよ」

「子供じゃないんだか……きゃあ!」

「ほら。まだ末端の神経まで適応したわけじゃないんだよ」



――だから帰ろう。わたしの帰るべきところへ。



「ああいう時、とっさに助けてくれるのが紳士ってものよね」

「十メートル先で豪快に転んだ人のいう台詞じゃないね」

「うっさいわね!……あ、ほら、家が見えた」

「……なんか炎とか雷とか色々飛び交ってるみたいだけど」

「ホントにあの子たちは……」



――待っているから。みんな待っているから、だから急いで帰ろう。













「ただいま!」




――ここが、わたしの場所だから。



































――おまけ――

同時刻、某所にて。

「ぐうう……奴らめ……見ていろ、この屈辱はいつか……」

「もうやめましょうよ……あの連中には関わらない方が無難ですって」

「右に同じですな」

「このまま引き下がれるか! エヴァも奴らに奪われたのだぞ!」

「それだって、キャプテンがエヴァを余計なことに使おうとするからじゃないですか」

「全くです。彼女の力があれば、我らの悲願――王都ソフトボール大会、初の一回線突破も夢ではなかったというのに」

「学院の宝物庫から秘宝をちょろまかしてまで復活させたのに……」

「ぐ、ぐぐぐ……」

「だから、もう諦めましょうって。やっぱり地道な練習に勝るものなしですよ」

「ごくまっとうな結論にたどり着きましたな」

「くそ……無念だ……」


「あ〜〜〜〜〜〜ん、猫ちゃ〜〜〜〜〜〜〜ん!!」


「………………」

「………………」

「………………」

「…………そういえば」

「あんなのも、いましたね」

「すっかり忘れてたな」

「………………」

「………………」

「………………」

「……どうします?」

「その辺に捨てとけ」

「はあ」


めでたくもあり、めでたくもなし。





つづく
ver.-1.00 2001!04/20 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは gyaburiel@anet.ne.jpまで。


とりあえず、『アダム』編はこれでひとまず終わりです。
まさか自分でもこんなに長く引きずるとは思っていませんでしたが(^^;
もう少し時間がかかりそうではありますが、次からの話ではまた気楽な展開に戻りたいと思います。
それでは、こんな途中で凍結しかけた作品を読んでくださっている方々、また今回の名前借用に対し快く応じてくれたみなさん、そしてこの場を提供してくださった大家さん、本当にありがとうございました。






 ぎゃぶりえるさんの『ネルフ村の平和な日常』第25話、公開です。





 +から
 _を経て
 /は跳ばして
 !。

 ついに大団円☆



 誰一人大事にならず、
 ・・・なったけど、終わりよければ・・・
 しつこい敵もいい加減懲りたようだし
 親兄弟友人知り合いの絆も再確認できたし
 新たな仲間も出来たし

 いいこと尽くめ、だよね。きっとそう。


 アスカの気苦労、シンジの生傷は増えたけど、
 それは幸せの印でありますのです。


 エヴァレイちゃんもこの輪の中で
 楽しんでくださいっす〜






 さあ、訪問者のみなさん。
 受験たぶん無事に乗り切り『アダム』編完結したぎゃぶりえるさんに想メールを送りましょう!








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