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英雄達の叙情詩
第2話
「金色の巨人」
コーヒーがぬるい。
それがゲンドウの持ったこの店への感想だった。
山の中腹のあたりに位置し、山越えの旅人の落とす金ぐらいしか収入のない村。そんな村の唯一とも言える料亭である。
「このコーヒー、ぬるいですね」
彼の向かいに座った連れも同じ感想を持ったようだった。
連れ――ユイは、コーヒーをテーブルに置くと、サラダのプチトマトにフォークを刺した。
結局、ユイと名乗ったこの女性をチンピラ達から救った後、彼女もあてのない旅の途中だと言うので、旅は道連れということで、ここまで一緒に来たのだ。
ユイはあまり自分のことを語りたがらず、自らの姓についても、語ろうとしなかった。
「家出娘」――これがゲンドウのユイに対しての評価だった。
おそらく、それは事実だろう。だが、確信があるわけでもなし、何より「旅は一人よりも多い方がいい」という非常に短絡的な思考をもって、ゲンドウとユイの二人旅は始まったのだ。
ゲンドウは、自分もコーヒーを置き――もう手を着けるつもりはない――、パスタにフォークをのばした。
「ゲンドウさん、このサラダ、結構おいしいですよ」
「……野菜は嫌いでね」
パスタのほうれん草を皿の横につまみ出しながらゲンドウが答える。
「駄目ですよ、そんなこと言ってちゃ。野菜をきちんと食べないと大きくなれませんよ」
「……もう、成長期は過ぎたのだが」
「大丈夫ですよ。人間、生きてる限り成長するものです」
何か違うような気もしたが、ゲンドウはそのことには特にふれず、とりあえず目の前のほうれん草を取り除く作業に全神経を傾けることにした。
ユイが、野菜はどれだけ健康にいいか話し始めてから5分ほどたった頃、横から遠慮気味に声がかけられた。
「あのう……見たところ、魔術師の方とお見受けしましたが……」
「……それには相違ないが……なにか?」
ゲンドウ達に声をかけたのは、60はとうに過ぎただろうという老人だった。毛の無くなった頭の代わりのように長い顎髭をたくわえ、腰は既に90度に近いほどに曲がっている。樫の木で出来た杖に体重の半分以上をあずけながら、その老人は言った。
「実は、折り入って頼みがあるのですが……」
「頼み?」
「はい。実は、この山の道を少し外れた所に、岩に囲まれた洞穴があるのですが……」
老人――この村の村長らしい――の言うにはこうだった。
その洞穴に2ヶ月ほど前からゴブリンの一団が住み着いてしまった。
初めのうちはみんな放って置いたのだが、そのうちだんだんと村に降りてきて作物を荒らすなど悪さをするようになった。そこで、旅の戦士にゴブリン退治を頼んだのだが、3日たっても何の音沙汰もない。これはゴブリンにやられてしまったのかと、村の若い衆が見に行ったのだが、洞穴の入り口の所にゴブリンの死体がいくつか転がっていた以外のことは分からなかった。さすがにそれ以上中に入る勇気はなかったらしい。
そこで、ゲンドウ達にその戦士の遺体の確認と、ゴブリン退治を引き受けてもらいたい、というのが老人の主張だった。
「なるほど……」
ゲンドウはしばし考え込むように腕を組んだ。
だが、そんなゲンドウの反応は全く意に介せず、ユイは老人の手をしっかと握って答えた。
「分かりました、お爺さん! わたし達が必ずゴブリンを退治してみせます!」
「なっ……」
「本当ですか、お嬢さん!?」
「ええ! だからお爺さんは安心して……」
「ちょ、ちょっと待て! 私はまだ何も……」
「それじゃあ、ゲンドウさんはこの困ってる人達を見捨てるって言うんですか!?」
「い、いや、別にそういうわけでは……」
ユイに迫られて思わず口ごもるゲンドウ。
「引き受けましょう! いいですね! ゲンドウさん!」
もはやそこにはゲンドウの意志というものは存在しなかった。
ゲンドウは全ての抵抗をあきらめて、ほうれん草の無くなったパスタに手を伸ばしたのだった……
「――ここか」
目的の洞穴は、結構早く見つかった。
少し土の盛り上がった部分が入り口になっていて、そのまわりには3体ほどのゴブリンの死体が転がっていた。
既に死んでから3日ほど経過しているらしく、腐臭が漂っている。
ユイは鼻を押さえながら、露骨に嫌悪感を表していた。
ゲンドウもその匂いには閉口したが、あえて我慢して洞穴の入り口まで歩み寄る。
持ってきたカンテラで中を照らすと、洞穴は緩やかな傾斜になっていて、徐々に下に下がっていく構造になっていた。
「あめがふっはら、たいへんそうでふね」
横からユイが顔を出して、言った。まだ鼻は押さえたままである。
「……入り口がやや下向きになって雨の入りにくいようになっている」
ゲンドウがぶっきらぼうに答えた。ユイはわざわざ少し離れてそれを確認すると、納得したような表情で戻ってきた。
「とりあえず奥まで行ってみよう」
ゲンドウはそう言うと、カンテラで先を照らしながら洞窟の中を降っていった。
ユイも鼻を押さえながらその後に続く。
閉ざされた闇の中に、カンテラの明かりによって小さな世界が作り上げられる。その世界の端に、時々ゴブリンの死体の一部分が入る。
ゴブリンはどれも全て一撃で倒されていた。
3日前に来た戦士というのはなかなかの腕を持っていたらしい。
ユイも、最初の方はゴブリンの死体が見える度に「ひっ」とか、「きゃっ」とか悲鳴を上げていたが、もう馴れたのか見ないようにしているのか、5分ほど前から声も聞こえない。
ただ、ゲンドウのローブを後ろからしっかりと掴んでいることを考えると、もしかしたら目をつぶって歩いているのかも知れない。
ユイは連れてこなかった方が良かったのかも知れない。
そんなことを考えながらゲンドウは道を降っていった。
と、その時――
ゲンドウの感覚の最も敏感な部分、そこが危険の存在を告げた。
反射的に後ろのユイを抱きかかえて跳ぶ。
次の瞬間、一瞬前までゲンドウの立っていた場所に勢いよく刃が振り下ろされた。
ゲンドウがカンテラで照らすと、ゴブリンの緑色の肌が浮かび上がる。
ゲンドウはまだ呆然としているユイにカンテラを持たせると、素早く呪文を唱え、明かりを作った。
カンテラのそれの数十倍の光量を持つ光の球が虚空に生まれ出る。
その光に照らし出されたゴブリンの数は3匹。
「――まだ生き残りがいたらしいな」
ぽつりと呟いたゲンドウの言葉に、ユイも正気に返る。
「あ、あの……」
「下がっていろ」
言葉と同時、ゲンドウは呪文を唱えながら目の前の、先ほど攻撃してきたゴブリンに飛びかかる。
ゴブリンの振り下ろしてきた剣を左手ではじくと、右手をゴブリンの腹部に押し当てて完成した呪文を解き放った。
「<ディン・ダム>」
どうっ。
ゲンドウの右手とゴブリンの体の間に生まれた衝撃波が、ゴブリンを吹き飛ばす。
そのゴブリンは岩壁に思い切りぶつかると、ぐったりとして動かなくなった。
せまい洞窟の中であまり大規模な呪文を使うと、地崩れを起こす危険があるため、このように各個撃破していくしかない。
1匹目の死亡を確認したゲンドウは、すかさずすぐ横に迫っていた2匹目に攻撃の目標を切り替えた。
2匹目は、手に持った手斧を最上段に振り上げ、思い切り振り下ろした。
ゲンドウはそれも体を横にずらして回避すると、再び振り上げる暇すら与えずに、喉に手刀を思い切り入れる。
悲鳴すらあげずに倒れるゴブリン。
だが、次の瞬間背後に強烈な殺気が生まれた。
3匹目が短剣を持って飛びかかってきたのだ。
ゲンドウは、ゴブリンに対して完全に背を向けた形になっていて、その行動にとっさに反応できなかった。
(――しまった!)
短剣の先は紫色に変色している。恐らく毒が塗られているのだろう。
ゲンドウが死を覚悟した瞬間――
「<炎舞刃>!」
さらにその背後から凛とした声が響き、無数の炎の固まりがゴブリンに炸裂した。
短剣を手放し、苦痛にのたうちまわるゴブリン。
ゴブリンがいなくなって、ゲンドウの目に入った物は呪文を唱えた体勢のままのユイの姿だった。
「……驚いたな……精霊魔法とは……」
大気中に眠る『力』を自らの魔力と練り合わせることで具現化する古代魔法とは違い、精霊魔法とは自らの魔力を媒体として精霊達と会話し、その力を借りる技である。
今ユイが使ったのは、まさしく精霊魔法の中でも火に属する<炎舞刃>だった。
「え……あ、ごめんなさい、隠すつもりはなかったんですけど、つい言いそびれちゃって……」
「いや、いい。お陰で助かったことだしな。……しかし、まだ生き残りがいたのか」
「その戦士の人が来たときに出かけてたんじゃないですかね?」
「あるいは、とてもかなわぬと見て隠れていたか……だな」
「まあ、どちらにしてもこの奥に親玉がいるんですね」
「そういうことだ。……これはあくまでも勘だが、最深部は近いぞ」
そう言うと、ゲンドウは節約のために魔力の明かりを消し、カンテラをかざしながらさらに奥へと進んだのだった……
がきぃぃぃぃぃぃん!
洞穴の中を探索していたゲンドウ達の耳に、突然剣戟の音が聞こえた。
二人は、顔を見合わせて頷き合うと、音のした方――洞穴の奥に向かって走り出した。
通路の終わりは、ぽっかりと広がっていて一つの部屋になっていた。
部屋の隅には松明が2本ほど立てかけられていて、ぼんやりと部屋の中を照らしている。
その光に、金髪を短く刈り込み、大剣を振り回す大柄の戦士と、それに相対する戦士よりもさらに二回りほど大きいゴブリンが照らし出されている。
その巨大なゴブリンは、鋼の鎧を身につけ、巨大な曲刀を振り回している。
対する戦士の方も、刃の部分だけで自らの身長と同じくらいありそうな大剣を苦もなく操り、その大ゴブリンと互角に渡り合っている。
(ゴブリンロード……まさか、こんな所にいるとはな……)
ゴブリンロード――ゴブリン種の中でも最上位に位置する魔物で、多数の武器を使いこなし、並程度の戦士なら5人を同時に渡り合えるほどの力を持つという。
かなりの珍種で、ゲンドウも知識としては知っていても、実物を見たのは初めてだった。
剣を打ち合わせている二人は、まだゲンドウ達に気づいた素振りはない。
二人は素早く目くばせを交わすと、ユイは呪文の詠唱を始め、ゲンドウは戦士の元に走り寄った。
突然背後から聞こえた呪文の声に、戦士は一瞬警戒の色を見せた。ゲンドウが横から「味方だ」と呟く。
その言葉を信用したわけではないだろうが、今は目の前のゴブリンロード以外に神経を使う暇はないらしく、再びゴブリンロードと切り結ぶ。
ゲンドウは素早く戦士の横に並ぶと、そのまま勢いを殺さずに、ゴブリンロードの向こうずねを蹴り飛ばす。
一瞬ゴブリンロードの体勢が崩れたのを見逃さず、戦士は思いきり下から斬り上げた!
ずしゃぁぁぁぁぁ!
柔らかいものを石で擦るような音をたてて、戦士の剣はゴブリンロードに深々と傷を負わせた。
そこにすかさずユイの呪文が解き放たれる。
「<氷牙弾>!」
虚空に現れた細かい氷の粒がゴブリンロードの肉の断面を凍り付かせる。
「ギァァァァァァァァァッ!!」
たまらず悲鳴を上げるゴブリンロード。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合いの声と共に、戦士が最後のとどめと言わんばかりに思い切り大剣を振り下ろす。
ゴブリンロードの悲鳴はそのまま断末魔へとつながった……
がぶごりむしゃばくごきばしゃっ。
盛大な音を立てながら、『質より量』を実践したかのような料理が消えていく。
その料理をことごとく消し去っている張本人である先ほどの戦士――ラングレー・イルクは、とりあえず場に出た料理を全て食べ尽くして、脇のお茶を一息に飲み干すと、
「いやー、美味い! 腹が減ってると何でも美味いってのは本当だな!」
大声で料亭中に響きわたった無神経な言葉に、奥の方でコック長がかすかに体を震わせていた。だが、そんなことには誰も気を払わず、ゲンドウがぽつりと呟く。
「……常識を疑うな……」
「よくこんなに食べれますねー」
「それ以前に、ゴブリンロードと3日間ぶっ通しで戦えるような人間、そうそういないぞ」
ゲンドウの声は、誉めていると言うよりも呆れているという方に近い。
「ンなこと言われてもなー。なにせ洞窟の中でずっと戦ってたモンだから、どれぐらい時間が過ぎたのかなんてわからねえしな」
イルクはぼりぼりと頭をかきながら言った。
短く刈り込んだ金髪に2メートルはあろうかという巨体。さらにその筋骨隆々の体と、かなり恐い姿だが、その愛嬌のある表情がこの男から恐ろしさを奪っていた。
あの後、さすがに衰弱したイルクを抱え、村まで戻ったゲンドウ達が、ゴブリンを退治したと伝えると、村人中が手を叩いて、大喜びし、村長からも礼金が支払われた。この礼金の取り分でゲンドウとイルクが少しもめたのだが、結局はイルクの方が先に来ていたという事で、6対4で分けることになった。
イルクの言うことには、ゴブリン退治程度なら駄賃稼ぎにはちょうどいいだろうと思って簡単に引き受けた。だが、最後に待ち受けていたゴブリンロードに意外と手間取り、長い間斬り結んでいたところに、ゲンドウとユイが現れたというわけである。
『長い間』というのが3日間なのだから、ゲンドウが呆れるのも無理のない話だった。驚異的な体力である。
イルクは、追加注文を頼むと、ゲンドウに、
「なあ、そこでものは相談なんだが……どうだい? 一緒に行くってのは?」
「一緒に?」
「ああ、見たところそっちは魔術師と精霊使いだろう? 俺は見ての通り生粋の戦士だ」
魔術師のような頭を使う職業は無理そうな顔をしているとゲンドウは思った。
「そこでだ。俺達が手を組めばかなりいけると思うんだよ。戦士と魔法使いってのは二つそろって初めて真の力を発揮するもんだ、って死んだ爺さんが言ってたぞ」
若いウェイトレスの運んできた鴨の子のテリーヌをほおばると、そう言ってゲンドウに迫るイルク。
受け取るときにさりげなくウェイトレスの手を握ることも忘れない。
「ふん……一理あるな……」
「だろ? だろ?」
仕事を誉められた子供の顔でイルクは言った。
「だが、お前が信用に足る戦士だという証拠はあるのか?」
「ふむ……つまり俺の力を証明しろ、ってんだな? さっきのゴブリンロードとの戦いじゃ不満か?」
「一刀の元に切り伏せた、とかならともかく、3日間互角の戦いをした、ではなぁ。まあスタミナが人並み外れているのは認めるが」
「ふむ……それじゃあ……」
イルクは辺りを見回して呟いた。
宙を漂う視線が、ふと止まる。イルクはにやりと笑みを浮かべた。目的のものが見つかったらしい。
「おーし、見てろよ、インテリ野郎」
「ああ、しっかりと見ているよ、脳味噌筋肉男」
一瞬二人の間で火花が散る。
だが、次の瞬間には何もなかったかのようにイルクは歩き出した。ゲンドウも立ち上がり、その後に続く。
イルクは、料亭の隣にある、大人が10人ほどでやっと抱えられるような巨木の前で立ち止まった。
その巨木は、数百年の年月を生きてきた証のように無数の枝を茂らせ、木漏れ日すら漏らさないほどに葉がその無数の枝から生えていた。
イルクは無言で背中の大剣を引き抜いた。その表情が厳しいものに変わる。
ゲンドウは何も言わず、それを後ろから無表情に見つめていた。
ユイもゲンドウの横で同じようにイルクを見つめている。
イルクはすぅ、と息を吸い込み――
「どぅおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合い一閃、思い切り大剣を振り下ろす。
次の瞬間、轟音と共に巨木は大地にその体を横たえ、数百年の命を終えた。
――そして、旅の連れが一人増えた。
シンジ「えっと、英雄達の叙情詩、第2話公開です」
アスカ「あんたねぇ……それぐらいのセリフ、カンペ無しで言えないわけ?」
レ イ「ま、しょうがないわね、シンジだし」
シンジ「ひ、ひどい」
アスカ「事実じゃないの。ほんっとにバカシンジね。あんた」
シンジ「い、いいじゃないか。別に」
アスカ「あ、何よその態度。シンジのくせに生意気だわ!」
シンジ「そ、そんなジャイアンみたいな……」
レ イ「まあまあ、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
アスカ「そう言えばそうだったわね。なんかコメント付けないといけないのよね、確か」
シンジ「(ぼそっと)アバウト……」
アスカ「なんか言った?(ギロリ)」
シンジ「い、いや、なにも……」
レ イ「まあ、それはともかく、今回イルクおじさんが登場したわね」
アスカ「まあ、2話と3話はパパとママの顔見せの話になる予定らしいしね」
シンジ「あくまで予定だけどね……」
レ イ「……シンジ、あんたこのごろ人生に疲れてない?」
ぎゃぶりえるさんの『英雄達の叙情詩』第2話公開です。
魔術師ゲンドウ・
精励使いユイに続いて、
登場したのは・・・
デラゴッツイ戦士、イルク。
・・・・・アスカちゃんの種。 ←下品(^^;
たぶん次の話で登場するのは・・・
・・・・アスカちゃんのママ。
次第にパーティーが結成されていく課程というのは、
何だかワクワクしますね(^^)
ゴブリン退治というファンタジーアドベンチャー基本のミッションの次は
一体どんな冒険に出会うのでしょう!
こちらでもワクワクです(^^)/
さあ、訪問者の皆さん。
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