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[LAGER]の部屋/
全てのきっかけはこの年のこの日の出来事からだった。
「ねぇ、シンジ」
「よんだ、アスカ?」
「あしたってなんのひだかしっている?」
「あしたって12がつ4にちだよね?」
「そうよ。なんのひだかわすれちゃったの?」
「あしたってアスカのたんじょうびじゃなかったけ?」
「ちゃんとおぼえてくれていたのね、やっぱりシンジだ!」
「ボ、ボクがわすれるわけないじゃないか!
アスカのたんじょうびだもん。
わすれたらあとでなにをいわれるかわからないし...」
「いま、なにかさいごにいわなかった?」
「き、きっとなにかのきのせいだよ」
碇シンジと惣流アスカラングレーは幼なじみ。
いつものように小学校から歩いて帰ってくる。
どこに外に遊びに行くのも、家でお絵かきしたりするのもいつも一緒だ。
もちろん、小学校に通うのだって一緒の行動だった。
その中での出来事だった。明日はアスカの7歳の誕生日だった。
シンジはアスカに言われるまで、すっかり忘れていた。
とっさの危機回避能力がそうさせたのかは分からないが、
アスカが怒る寸前で“誕生日”と気がついた。
もし忘れていたら翌日からシンジはいつも以上にいじめられていただろう。
普段もシンジがアスカを連れ回すというよりは、
アスカがシンジを「どっかいくからついてきなさい!」と言っては
いろいろなところに連れて行かれるのだった。
シンジもまんざら嫌な気持ちではなかったので何も言わなかった。
そのおかげで日に日にアスカの行動はエスカレートしていった。
「じゃぁシンジ、あとでいえにあそびにいくからねっ」
「え、くるの?」
「いっちゃいけないの?」
「そ、そんなことないけどさぁ」
「じゃぁきがえたらいくから、ゲームのよういしておくのよ、わかった」
「う、うん」
バスから2人は降りるとシンジの家のまで遊ぶ約束をした。
お互い同意の上での約束ではなくて、一方的な約束ではあったが。
すっかり忘れていたシンジは家に帰ってきてから
「アスカへのプレゼントどうしよぉ〜」と、慌てていたのはいうまでもない。
その慌てている様子を知っていたかのように
アスカが普段着に着替えてシンジの家にやってきた。
アスカの家はシンジの隣なため、着替えればすぐにシンジを遊べるのだった。
「なにあわてているのよぉ」
「い、いや、なんでもないよ」
「さっさときがえてきなさいよねっ。それにゲームのよういだってしてないし」
「だっていまかえってきたばっかりじゃないか!」
「なにいっているのよ、ふだんからぼけぼけってしているからでしょうっ!」
「アスカがきがえるのはやいんだよぉ」
「ゲームのじゅんびはワタシがしておくから、さっさときがえてきなさい!」
結局シンジはアスカに言われるがままに自分の部屋に入っていった。
アスカはテレビの前に置いてあるゲーム機を接続して
対戦型格闘ゲームをセットして、あとは対戦相手が来るのを待っていた。
シンジの方といえば、いつものことなので慣れているはずなのだが
そんなことよりも明日の誕生日プレゼントの方が頭の中から消えなくて
時間が経てば経つほど、プレッシャーに押しつぶされそうになっていた。
「シンジぃ、はやくきなさいよぉ。ゲームはじめられないじゃないっ!」
「ちょ、ちょっとまってよぉ。いまいくからぁ」
思考を一時止めて着替えをするシンジだった。
ここでアスカを怒らせたら、明日はさらに追い打ちをかけるかもというのを
考えた末の結論ではなく、反射的に行動した結果だった。
“これ以上待たせるとアスカは怒る”
シンジはそう心に感じながらさっさと着替えてアスカの元に駆け寄った。
「ごめん」
「シンジ、どうしてアンタはふだんからぼけぼけってしているのよぉっ!」
「しょうがないじゃないか、かんがえごとしていたんだから」
「なにをかんあがえていたのよ」
「い、いやなんでもないよ」
「きになるじゃない、はっきりいいなさいよねっ!」
「ほんとうになんでもないからさぁ」
「...ふぅうん、そういうことにしてあげるわ。あしたもあることだしね」
「......ぎぐぅ」
「いまなにかいわなかった?」
「な、なんにもいってないよぉ」
「...あやしいわねぇ。まぁいいわ。あしたがたのしみだから。
じゃぁゲームはじめましょう。きょうもシンジをこてんぱんにやっつけるから」
「アスカ、すこしはてかげんしてくれたっていいじゃないかぁ」
「なにいっているのよっ。しょうぶってにはどうじょうはきんもつなのよ。
それに...」
「それに?」
「それになにごとにもほんきでやらなければおもしろくないじゃない?」
「そうだけどさぁ」
「だったら、シンジもほんきになってやればいいのよ」
「それでかてたらなにもいわないよ」
「ほら、ぐずぐずしてないでさっさとやるわよ」
シンジはアスカに心を見透かされるかのよう感じがしていた。
アスカも「シンジの様子はおかしい」と直感的に感じ取っていた。
その理由は「プレゼントを用意してないわね」だろうということも分かってた。
今シンジを攻撃しても面白くないので、
当日、シンジの目の前で「ワタシのことをそんな風にしか思ってないのね」
と言いながら泣いて、おろおろするシンジをからかおうと策を練っていた。
でもシンジからもらえるプレゼントはアスカにとって一番の宝物でもあった。
去年の誕生日にもらった押し花の栞は、
お気に入りの本を読むときの栞になっている。
パーティーでもらったときは
「こんなやすあがりなものを!」と怒ってはいたものの
大切にしながら、自分の部屋の宝箱の中にしまっていた。
実はシンジも去年も今年と同様に完全に忘れていて“どうしようどうしよう”と
慌てていたところに母のユイが助け船を出したのだった。
たまたまもらったラベンダーを押し花にしていたことを思い出して
「これをあげなさい。女の子は花をもらうのは嬉しいものなのよ」
と、シンジに諭すように言い聞かせたのだった。
アスカは“明日はどーやっていぢめようかな?”と考えながら
シンジにプレゼントのことなんか頭の片隅にもない状態に持っていくために
ゲームに熱中させていた。完全な策士だ、ここまでくると。
「そろそろゲームを終わりにしましょうね。
アスカちゃん、シンジ」
「「はぁーい」」
「そうだ、明日ってアスカちゃんの誕生日よねぇ?
明日はキョウコも休むっていっていたし」
「うん。ママがケーキつくってくれるって」
「よかったわねぇ。アスカちゃん」
「うん。シンジからのたんじょうびプレゼントもたのしみだし」
「そうね。シンジはちゃんと用意したの?」
「えっ、う、うん」
アスカの母・キョウコは仕事をしているので、
夕食をシンジの家で食べることが多い。
明日はアスカのために休むための今日は仕事で遅くなると連絡があったのだ。
さっきのシンジの反応を見て
“シンジは今年も用意するのを忘れたらしいわね”とあーぁという顔をしながら
“また助け船を出さなくてはいけないのかしら?”とユイは考えていた。
「じゃぁ今日はアスカちゃんの大好きなハンバーグよ。
もうちょっとで準備できるから、片づけてきなさい」
「ハンバーグ?うれしいなぁ」
「今日は1日早いアスカちゃんの誕生日祝いだしね」
「ユイおばさん、ありがとう」
「片づけたら、シンジの部屋で休んでいなさいね」
「「はぁーい」」
無邪気なアスカの行動がとても可愛いらしく見えた。
アスカの事を自分の娘のように可愛がっていたので
“いつまでシンジの面倒を見てくれるのかしら?”と思っていた。
そんなことを考えながら最後の仕上げに取りかかっていた。
1日早い誕生日祝いをしてくれるアスカはご機嫌だった。
一方シンジはゲームに夢中でプレゼントのことなんか完全に忘れていた。
もうそんなに時間は残されていない。
何かプレゼントを買うという時間ではないし、
明日は明日で、いつものようにアスカも一緒だから買っている余裕はない。
ますますブルーな気分になるシンジだった。
(アスカに何をあげたらいいのだろう?
この間のボクの誕生日にはミニカーをくれたしなぁ...
アスカが一番好きなものって何なのだろう......)
シンジの思考回路は無限ループな状態に入っていた。
アスカはシンジが相手にしてくれないので、いつものように怒ろうかと思ったが
“いろいろ考えているな。このくらい考えてもらわないとねぇ”と
ニヤリと笑いながら、シンジの顔を見つめているのだった。
(ふふふ、ちゃんと考えてくれているようね。
どんな誕生日プレゼントをくれるのか楽しみになってきたわぁ。
明日のことを考えてる寝れそうにないわねぇ)
7歳にしてこの才能なアスカ。
碇シンジはそういう星の下に生まれてくる運命だったのかもしれない。
翌日、小学校に登校するとクラスの仲間はアスカの元に自然と集まってきていた。
「アスカ、おめでとう」
「今日、誕生日だよねぇ」
「うん」
「ねぇねぇ、シンジくんはなにかあげないの?」
「もってくるのわすれちゃったんだ」
「いつもいつもいっしょにきているのに?」
「だってかえってもいっしょだしね」
「ふーん」
アスカは学校1の人気者であったために集まってくる人間は多かった。
朝からアスカを見かけるなり「おめでとう」と言ってくれるのだった。
プレゼントするといっても今さっき作ったばかりの折り紙のやっこだことか
お金のかかっていないものがアスカにプレゼントされていく。
アスカはプレゼント攻勢から解放されるように1日の授業が終了した。
「シンジ、かえるわよ」
「うん、ちょっとまっていてよ」
「どーして、アンタはおそいのよぉ。
ちゃんとじゅんびしていればすぐかえれるでしょう」
「そうだけどさぁ」
いつものようにシンジはアスカの尻にひかれるようにしながら帰っていった。
授業が終わると、この会話はいつものことだった。
「きょうはいえにくるんでしょ?」
「だって、アスカのおたんじょうびかいをやるんだろ?」
「そうよ。5じからやるってママがいっていた」
「じゃぁ4じ50ふんぐらいにいけばいいのかなぁ?」
「そうだね。それよりもシンジ」
「なに、アスカ?」
「ちゃんとよういしてくれているんでしょうね」
「と、とうぜんじゃないかぁ」
「ほんとうにぃ、あやしいなぁ〜」
「ボ、ボクがわすれるわけないだろう...」
「シンジからのたんじょうびプレゼントにたのしみにしているんだからね」
「うん」
このとき、シンジはプレゼントなんか用意できるわけがなかった。
シンジは“家に帰ってからアスカの家に行くまでの時間”が重要なカギを握っていた。
授業中も“誕生日プレゼントを何にするか?”を考えていたために上の空で
質問されて答えられないようなこともたびたびあった。
小学校にあがるようになってから、お小遣いをもらうようになった。
だからといってもらったらすぐに買うということはしなかった。
ユイが“お金っていうのはね、ここっていうときに使うものなのよ”と
言い聞かされていたからだった。
欲しいものがあれば、何でもねだって手に入るというわけでもなかったが
大抵のものなら手に入る。もに不自由をするということはなかった。
ユイは大切なものを買うときにお金の価値が分かればといって
なかなか使わせることはしなかったのだ。
シンジはアスカと別れて家に帰ってくるなり、
「おかあさん、おかあさん」
「なに、シンジ?」
「かいものにいきたいんだけど、おかねっていいかな?」
「何に使うの?」
「...アスカのたんじょうびプレゼント」
「何をあげるのか決まったの?」
「うん。アスカにはリボンがにあうかなぁって」
「じゃぁ一緒に出かけましょうか」
「うん」
アスカの長い髪の毛に似合うものは何だろうと考えて考え抜いた結論だった。
シンジはユイからの許可をもらったことで、何か胸の支えが取れた感じだった。
ユイはシンジが満面の笑みを浮かべている姿を見ているだけで
“アスカちゃんも喜んでくれるかしら?
去年はワタシが助け船を出したからどうにか切り抜けられたけど。
今年はシンジが自分で選ぶって初めてじゃないかしら。
アスカちゃんも素直じゃないから“どーしてこんなやつなの?”って
絶対に怒るかな。でもちゃんと大切にしているところが可愛いんだけどねっ”
そんな風に思いながら、シンジの手を取って近くの商店街まで来ていた。
そのころ、アスカはキョウコと一緒にお誕生日会の準備をしていた。
朝からキョウコはアスカの為にケーキやクッキーを焼いていた。
お誕生日会といっても参加するのは碇家の3人だけ。
ユイとキョウコは大学時代からの親友で仲がよかった。
その2人が結婚して、お互いに子供を作っていまでは母としての連帯感を生んだ。
しかもその子供は同じ年ということもあって、
お互いでお祝いしましょうということから、
シンジの誕生日には惣流家を招待して、アスカの誕生日にはその逆となったのだった。
「アスカ、もうじきクッキーが焼きあがるからね」
「うん、ママのクッキー、たのしみにしているね」
「今年はシンちゃんはどんなプレゼントくれるのかしらねぇ」
「ちゃんとしたやつじゃなかったら、ことしこそつきかえすんだから」
「去年のは返さなかったじゃない。アスカのお気に入りなの?」
「だってかえすのも、なにかわるいとおもって...」
「アスカったら素直じゃないんだから」
「アスカはすなおだよ、ちゃんとママのいうことだってきくし」
「そうだったわね。もうじきだからお部屋で待ってなさい」
「はーい」
アスカの素直になれない性格見抜いているのはキョウコもだった。
“恋する”ということが分からないので、
シンジのことを“幼なじみ”としか見ていないのかもしれない。
シンジがもしかして、アスカのことをお嫁さんに欲しいと言ってきても
“シンちゃんなら、アスカのことを幸せにしてくれるだろう”と思っていた。
ユイとキョウコは“シンジとアスカを許嫁にしよう”と
前にも本気で言い合ったこともあったぐらいだ。
そんなことを思いながらクッキーが焼きあがるのを待っていた。
シンジはユイに連れられながら、アスカのリボンを探すために商店街に来ていた。
“アスカには赤が似合う”と感じていたシンジは、赤の綺麗なリボンを探していた。
「シンジ、アスカちゃんに何色のリボンをあげるの?」
「アスカはあかがすきだっていっていたから、あかにしようかなって」
「じゃぁこんなのがいいんじゃないの?」
ユイが髪留めがおいてあるお店に飾ってある雑貨屋さんのウインドウを指した。
それはリボンではなく、リボンの形をした髪留めだった。
シンジはその髪留めをじぃーと見つめて、何かを考えていた。
しばらくしてからシンジは凛々しい顔になって
「おかあさん、アスカのプレゼント、これにする!」
「これでいいの?」
「これならアスカももんくいわないとおもうし、
きにいってくれるとおもうから」
「じゃぁこれを買いましょうか」
「うん」
シンジはその髪留めを綺麗な包み紙でラッピングしてもらうと
「これ、お友達へのプレゼントなの?」
「うん、アスカのたんじょうびプレゼント」
「そうか、アスカちゃんって言うんだ。気に入ってくれるといいわね」
「きにいってくれるとおもう」
「じゃぁ、リボンをサービスしておくわね」
「ありがとう」
お店の店員さんが、ニコニコしながらその髪留めがラッピングされていくのを見ていた
シンジをみて“かわいらしいわねぇ”と思ってサービスしてくれたのだった。
綺麗にラッピングされた髪留めを大切にしながら、
シンジはユイと手をつないで家に帰ってきた。
帰ってくると、アスカが家の前で待っていた。
「シンジ、いったいどこいっていたのよ。
ワタシをこんなにまたせるなんて100ねんはやいのよっ!」
テレビのドラマに影響されたアスカはシンジに向かってこう言った。
「アスカちゃん、ごめんなさいね。
シンジがアスカちゃんの誕生日プレゼント用意してなかったみたいだから」
「おばさま、いいんです。
シンジがちゃんとよういしていればよかったんですから」
「で、アスカちゃん、どうしたの?」
「ママがじゅんびできたから、よんできなさいって」
「じゃぁすぐに行くからね」
「シンジ、ちゃんとよういしてくれたんでしょうね?」
「う、うん。アスカにきにいってもらえるとおもうよ」
「じゃぁたのしみにしているからね」
そう言い残してアスカは自分の家に帰っていた。
その時、シンジの手に握られていた赤いリボンが目に入った。
(ワタシの好きな色のリボンだ)
なぜだか分からなかったが、アスカは嬉しくなった気持ちで家に戻っていった。
アスカが呼びに来てから、帰ってきていたゲンドウはユイに連れて行かれるように
その後ろをシンジがついていくという形で惣流家に向かった。
テーブルにはアスカを祝福するためのケーキが置いてあった。
そのケーキの真ん中には、チョコレートで"Happy Birthday ASUKA"と書いてあった。
「アスカ、誕生日おめでとう」
「パパ、ありがとう」
「これはパパとママからのプレゼントだ」
「これってアスカがほしかったおにんぎょうさんじゃない。
ありがとう、パパ。ママ」
「アスカちゃん、おめでとう」
「おじさま、ありがとうごさいます」
「私からのプレゼントはこれだ」
「おじさま、これって...」
「そうだ、これで一緒になって遊べるだろ?」
「うん」
「あなた、こんなのいつ用意したのよ」
「昨日、キョウコさんから聞いて、帰ってくるときに買ってきた」
「あなたっていうのはそういうところだけはしっかりしているのね」
「まぁ、そういうものだ」
「シンジはなにをくれるの?」
「これなんだけど...」
「あけてもいい?」
「うん、これならアスカはきにいってくれるかなっておもって...」
「これってかみどめ?」
「アスカのながいかみには、リボンがにあうかなって。
おみせにいったらこれがあったから。......どう?」
「....あんたにしてはじょうできよ」
「よかった、アスカによろこんでもらって」
シンジはアスカが喜んでくれたことを一番喜んでいた。
アスカもシンジがこんなプレゼントを用意してくれたことが意外だった。
アスカはプレゼントを元通りに戻すと自分の部屋に行った
シンジは「?」という顔をしていたが、しばらくすると目の前には
自分のプレゼントをつけていたアスカがいた。
「アスカちゃん、似合うわよ」
「ほんとですか、おばさま」
「ママも似合うと思うわよ。一番似合っているかな?」
「ほんと?」
「シンちゃん、こんなプレゼントありがとうね」
「ボクはアスカがよろこんでくれるなら」
「アスカも気に入ってくれたみたいだし」
このあと、アスカの誕生日パーティは親同士の飲み会と場を変えた。
子供のアスカとシンジはお酒を飲むことはできないので
アスカの部屋のゲームで遊ぶことになった。
アスカはこの髪留めをしながらシンジが持っていない格闘ゲームで遊んでいた。
「アスカ、このかみどめきにいってくれた?」
「こんなの、よくみつけたわねぇ」
「さっき、おかあさんとかいものにいって、ぐうぜんみつけて...。
でもアスカがよろこんでくれたなら、ボクはそれでいいや」
「でも、ワタシはこんなのじゃ...」
「えっ、さっきよろこんでいるっていっていたじゃないか」
「シンジ、ワタシとやくそくしない?」
「いいよ、なにをやくそくするの?」
「ワタシとシンジがおおきくなったら、シンジのおよめさんにするってこと」
「およめさん?」
「そうよ、うちのパパとママみたいになるの」
「アスカがそれでよろこぶならそうしよう」
「あんたそれでいいの?」
「だってアスカにきらわれたくないもの。
アスカのうれしいかおをみているのがボクがいちばんうれしいことだから」
「じゃぁ、ゆびきりげんまんしましょう」
「「ゆびきりげんまん うそついたらはりせんぼん のーます、ゆびきった」」
「これでシンジはワタシをおよめさんにもらうのよ。わかった?」
「うん。おおきくなったらアスカをおよめさんにする」
その頃、子供同士がこんな会話をしているのもいざしらず、
「ユイ、うちのアスカとシンちゃんどう思う?」
「アスカちゃんってシンジのことスキよね。たぶん」
「そう思う?」
「だってアスカちゃんって、気がついていないけど照れ隠しで我侭言っているでしょ?
シンジも分かっていないようすだから、先が思いやられるかな?」
「でもワタシはシンちゃんがアスカを“お嫁にください”っていっても許すわよ」
「そうなると、わたしたちは親戚になるわけね」
「そういうことね。でも今更そんなこと言っても親戚みたいなものだしね」
「それもそうね」
こんな親同士の会話はまさに“親の心子知らず”といった感じだった。
子供同士では“ことばのあや”でしかない約束ごとだったのに
親の会話では“両家合意の元”という状態になっている。
碇シンジの運命はこういう運命だったのかもしれない。
その誕生日パーティから10年後。
アスカとシンジは同じ中学、同じ高校へと進学していた。
思春期を迎えた中学時代は、お互いを意識してしまうばかりに
やるとこなすことは衝突を繰り返し、スキという感情を言えないばかりに
違う人をスキになっていた。
しかし「何かが違う。充足感がない」という感情が生まれ、
自分が好きな相手は1人しかいないということに心が離れてから気がつきた。
すでに手遅れかと思ったフシもあったが、そこは幼なじみだった。
このとき初めて2人は素直な気持ちで自分の心を表現することができた。
高校に進学してからは、素直な気持ちで接することができるようになったので
通学はいつも2人きりで、学校1のベストカップルとして称された。
しかし性格は直ることはなく、シンジをアスカが連れ回しているという感じは
小学校の頃からまったく変わっていなかった。
そんなアスカには「あんななよなよしたヤツなんかよりもオレと」という
体育系の野郎がアスカの元に来ては玉砕することは日常茶判事だった。
またシンジの元にも「あんな碇君のことを考えていない女なんか忘れて、
私とつきあってくれませんか?」という女の子も多かった。
優柔不断に見えるシンジが断りきれないのを知っているアスカは
シンジに代わりに「あんたたち、シンジとは似合わないわよ」と
言っては一蹴するのだった。
アスカの敵は多かったが、アスカとシンジの関係を中学のことから知っている
レイやヒカリはアスカのことが羨ましいかった。
アスカは一見我侭に見える。
実際に我侭なのだが、その相手はシンジだけなのだ。
シンジもその我侭をすべて受け入れる心が広い持ち主だった。
アスカは理不尽なことはシンジにもしない。
シンジが出来る範囲での我侭しかシンジには言わないのだった。
そんな微妙なやりとりは、
アスカのことを、シンジのことを想い焦がれている人たちには
絶対に分からないために
「アスカがシンジを連れ回している」風に見えるのだった。
シンジもなんだかんだいいながら、嬉しそうなところはあるのだが。
そんな17歳の誕生日も毎年のようにシンジを悩ませていた。
「今年もアスカの誕生日プレゼントは何にしよう?
去年はアスカが欲しがっていたバッグをあげただろう。
今年も聞くわけにいかないよなぁ...」
「シンジ、何ぶつくさ言っているのよ」
「ア、アスカ」
「何を驚いているのよ」
「い、いやなんでもないよ」
「“なんでもあります”って顔に書いてあるわよ。
どうせシンジのことだから、ワタシの誕生日プレゼントで悩んでいたんでしょ?」
「ど、ど、どうして判るのさっ」
「アンタとワタシの仲でしょうが。判らないほうがおかしいわよ。
で、今年は何をくれるの?」
「.........」
「まさか、まだ考えていないっていうんじゃないでしょうね」
「そ、そんなわけないだろう!」
「ふーん、そういうことにしておこうかしら。何も考えていないみたいだから。
そうだなぁ、ワタシはクリスマスには指輪がいいけど
誕生日にはお揃いになるようなアクセサリーがいいなぁ...」
シンジがぼけーとしているところにタイミングよくアスカがやってきた。
と書けばいいのかもしれないが、どちらかというとアスカがタイミングを見計らって
シンジに気がつかないように声を掛けたというのが正解である。
アスカは今年は17歳の誕生日ということで
いつも以上に“違ったプレゼント”が欲しかった。
シンジとの関係もつきあっているけども、はっきりした証が欲しかった。
言葉ではとっくに結ばれているのだけど、証明できるものがあればなぁと
アスカはつくづく思っていた。
そういう我侭をかなえてくれるのはシンジしかいなかった。
誕生日とクリスマスがほとんど同時に近い感じでくるので
シンジの出費はいつも以上に大きい。
毎年のことなので、11月からは12月のイベントを乗り越すためには
節約をしているシンジだった。
そんなことをしていることはアスカは知っていた。
自分の我侭を聞いてくれるシンジに、助け船を出したつもりだった。
今年のプレゼントは指輪とネックレスにして欲しいなぁと思っていたのだった。
もちろん、指輪は右手の薬指につけるため。
アスカからシンジへの誕生日プレゼントは指輪と決めていたからだった。
これは“シンジはワタシのもの”という主張をするためだった。
これで言い寄ってくるバカどもを一掃できると考えていたのだった。
これで気がつけばいいのだが、
気がつきそうもないと考えたアスカは次の行動に出るのだった。
「そうだ、シンジ。今日、学校の帰り道にデパートに寄って帰るわよ」
「いいけど、何か買いたい物でもあるの」
「いや、シンジにクリスマスに買ってもらいたいものを決めにいくのよ」
「...はぁ」
「アンタねぇ、決めてないと思って助け船出してるのに、
それにも答えられないっていうのぉ?」
「そ、そんなことないです」
「なら、よろしい。じゃぁ帰るわよ」
シンジはいつものようにアスカに引きずられるようにして学校を後にした。
その光景を見ていたレイ、ヒカリ、トウジ、ケンスケは
「碇君ってやっぱり尻に引かれるタイプよね」
「でも、あれで楽しんでいる雰囲気あるんじゃない?」
「シンジのやつ、しゃきっとせんかいなぁ。男なんやから」
「その言葉、トウジが言っても説得力に欠けるよなぁ」
「ケンスケ、なんやてぇ。もういっぺん言ってみぃ」
「す〜ず〜は〜ら、いい加減にしなさい」
「...はい」
「ほらな。シンジのことバカにできないだろう」
「碇君ってアスカのことになると真剣になるわよねぇ」
「やっぱりアスカの事がスキだから、アスカの我侭にも答えられるのかも」
「いいんちょ、どこかの誰かさんにも爪の垢でも煎じて飲ませたいんじゃない?」
「ケンスケ、それ一体誰のことやぁぁ」
「トウジ、気がついていたなら、シンジを見習えよ」
「わしにはシンジのマネはできん」
結局は
「アスカはシンジに我侭を言えて、シンジはアスカだから受け止めることが出来る」
そういうことらしいという結論が今更ながら出た。
それってものすごく信頼関係が強くないと出来ないものなのではないか?と
4者4様に考える取り残された4人だった。
アスカに連れられたシンジはデパートのアクセサリー売場に連れてかれた。
「ねぇこれなんかどう思う?」
「どのネックレス?」
「この男性は女性を後ろから抱きしめているようなデザインの...」
「ふーん。他にはどんなのがいい?」
このときアスカは半分キレかかっていたが、
シンジの性格からすると
“アスカが欲しいと思っているものをあげる”と思っているので
何もキレずに、さらりと受け流していた。
「あとはこのワンポイントの石かな?」
「アスカの好みから言えば、さっき言ったやつじゃない?」
「そうだねぇ。さっきのヤツはちょっと一目惚れしちゃったかな?
あとね、今から言っておくけど、今年のクリスマスプレゼントは指輪よ」
「指輪?」
「そう、指輪。シンジの右手の薬指につけて欲しいから」
「じゃぁボクからのプレゼントも指輪にしたほうがいいんだよね。
そうだなぁ、アスカに似合う指輪ってすごくシンプルなやつかなぁ。
こんなのってどう、アスカ?」
シンジはそう言って指した指輪はリングに小さなルビーが埋め込まれたやつだった。
「それもいいけど、シンジが欲しいのはここにはないの?」
「あまり考えたことないや。そういうのよく判らないし」
「シンジもワタシのプレゼントはワタシが欲しいのにするのだから
ワタシもシンジが欲しいのとお揃いにする。」
「そうだなぁ、これなんかどう?3連リングなんて。
シンプルだし、デザインもくどくないからこういのならいいかも」
「じゃぁ今年のクリスマスのプレゼントはお互いにこれにしましょう。」
どこにでも売っているような3連リングではあったが
シンジの「これがいい」という気持ちを大切にしたかったので
アスカはこれ以上の我侭を言わなかった。
落ち着いたところで、あとは行動力のアスカの出番だった。
アスカはこのあと、他の店もくまなくリサーチをかけて安い店を探し出していた。
この間、シンジはお約束のように連れ回されていた。
アスカはそのテナントに入っているお店を全部回って
トータル的にベストなお店に再度足を運び、注文をしていた。
2人がお互いの名前を彫ってもらった指輪を交換するということを考えたのだった。
このときアスカの頭の中には
“これって結婚指輪みたいな感じよねぇ。
半分狙っているんだけど、気がつかないだろうな、シンジのことだから”
と、思いながら顔がニヤついていた。
シンジはその表情の変化に気がつかなかったが、女性店員は気がついていた。
アスカは顔を上げると、その店員と目があってしまし、思わず赤面してしまった。
ちょっと気まずい思いをしながらアスカとシンジはそのお店をあとにした。
その女性店員は“あの女の子、幸せそうなのね”と心の中で言いながら見送っていた。
これで名実共にシンジとアスカは指輪という呪縛によって結ばれた。
ただなんというのか本人同士がこれで満足しているのだからいいのだけど。
年が明けてからというものの、同じリングをしているということで
2人に言い寄ってくるバカな輩はいなくなった。
「アスカ、いいわね。指輪買ってもらって」
「何言っているのよ、ワタシだってシンジの指輪買っているのよ。お互い様よ。
それよりもヒカリも買ってもらえばよかったじゃない、鈴原に」
「鈴原はそういうのに疎いから」
「シンジだって、そういうのに疎いから、ワタシが教育したんじゃない」
「あれ、アスカって碇君の教育係だったの?」
「レイ、そんなの聞くまでもないでしょう」
「碇君も大変ね。いつも連れ回されているアスカに教育されるだなんて」
「人聞きの悪いこといわないでよ。レイ。
あれでも教育するためには刺激を常に与えていかないといけないのよ。
その苦労って並大抵の苦労じゃないんだから」
「まぁそういうことにしておくわ。碇君もまんざらじゃなかったみたいだし」
ちょっとだけ羨ましいヒカリとレイだった。
一方シンジも
「なんやシンジ。指輪でついにアスカの手に落ちたか」
「“落ちた”ってどういうことさ」
「だって、指輪なんか男がするもんじゃないやろ。
それをアスカをペアでするなんて、落ちたも同然じゃないか」
「まぁまぁ、シンジだってアスカと一緒にいる方が幸せなんだからいいじゃないか」
「ケンスケ。オマエはシンジの味方をするのか?」
「そうじゃないって。惣流が我侭を言うのはシンジだけだし、
その我侭を受け止めちゃうのはシンジだけなんだぜ。
その状況をどう判断しても、シンジは幸せだってことじゃないか」
「...なんか、すごい言われようだなぁ」
「何言っているんだよ。この高校のベストカップルはオマエと惣流なんだ。
もうちょっと自信持てよな。周りにいる方も大変なんだから」
「何がどう大変っていうのさ?」
「まぁそれはそれ。これはこれ。ナンシーはナンシーってところかな?」
「...うまくはぐらかしたな。ケンスケ」
シンジもまたトウジとケンスケに言われっぱなしだった。
この年のクリスマスプレゼントが碇シンジの人生の大半を決めてしまったのは
ここで書くまでもないだろう。
指輪という呪縛で離れることができなくなったシンジとアスカだったが
波乱の高校生活もどうにか終わりを告げた。
3年に進学したときには、1・2年からの羨望の眼差しで見られていた。
「いいよねぇ、碇さんと惣流さんって」
「ワタシもあぁいう素敵な人見つけたいなぁ」
「でも碇さんみたいな人ってなかなか見つからないよね。
惣流さんのことスキじゃなければ、我侭って受け入れられないんじゃない?」
「でもそれって、碇さんだから惣流さんも我侭を言えるんじゃないの?」
「そうそう。
前に街中で2人が買い物をしているところ見かけたことあるけど
碇さんって惣流さんのことをどこにもいかないようにって
ギュッって手を握っているんだよ」
「普段のイメージとは違うなぁ」
「だからお互いが信頼仕切っているからじゃないのかなぁ」
「「私たちにもそういう人見つかるといいなぁ」」
こんな会話が伝説のように語られていた。
まぁ下からみれは美談しか残っていないのだが
この影には敗者の様々な出来事、策略は風と共に吹き去っていた。
そんな高校生活も終えた2人は同じ大学の同じ学部に進学をした。
まぁ幼なじみという域を通り越して、半ば腐れ縁という状態が近いかもしれない。
シンジもアスカも大学進学と同時に同棲することを考えていた。
シンジは自分の親にもそうだったが、アスカの両親に対しても言いづらかった。
それはアスカの誕生日の1週間前の事だった。
「母さん、父さん。ちょっと話があるだけど...」
「どうしたの、シンジ」
「大学進学をきっかけに...」
「何だシンジ、はっきりモノを言え!」
「...進学と同時にアスカと同棲したいと思うんだけど」
「「?!」」
「やっぱり、そういうのって早いよね...」
「やっとその気になってくれたのね。シンジ」
「へ?」
「そういう日を待っていたのよ。
そうかアスカちゃんがようやく娘になる日が来るのね」
「母さん?反対じゃないの?」
「反対する理由はないでしょう。アスカちゃんが娘になるのなら」
「父さんはどうなのさっ」
「問題ない。アスカちゃんとしっかりやるんだぞ」
「それはそうとシンジ、キョウコには言ったの?」
「...許してくれるか心配で。特にアスカのお父さんが」
「大丈夫よ。あそこも同じことを思っているのだから」
ユイとゲンドウはシンジの発言を自分たちのことの様に喜んでいた。
当の本人は「反対されるだろう」と思っていたので、完全に拍子抜けしてしまった。
シンジにとっての問題は、アスカの両親をどう説得するかにかかっていた。
家の塀を乗り越えてこっそりとシンジの部屋に進入していたアスカは
シンジが戻ってくるのを待っていた。
「...はぁ」
ため息をつきながら、自分の部屋のドアをあけると、目の前にはアスカがいた。
「あぁーーー」
「大きい声出さないの」
「もがもがもが...」
アスカがいることにビックリしたシンジは大きい声をあげたが、
アスカの適切な行動によって口を塞がれて言葉を発することが出来なくなった。
シンジが落ち着きを取り戻したところで解放すると、開口一番
「どうして、アスカがここいるんだよ?」
「気になってしょうがなったんだもん。私たちの同棲を許してくれるのか」
「だからと言ってこっそり来ることないじゃないか」
「だって玄関から“おじゃまします”なんて入ってこれないでしょう」
「そうだけど...」
「で、どうだった。おじさまとおばさまは?」
「...許してくれたよ」
「ホント?」
「うん。許したというより歓迎していたっていうのが正解かも。
“アスカみたいな娘が出来る”って母さんは喜んでいたし」
「おばさまったら...」
アスカは顔を真っ赤にしていた。
「あとは...」
「うちのパパとママね。
でもうちのパパ。今出張でいないわよ」
「うーん、こういうのって“お父様”って
お約束のように言わなくてはいけないんだろ?」
「それって結婚するときの話じゃないの?」
「そうだっけ?でもおじさんにもはっきりと言わなくてはいけないし。
...おじさんって苦手なんだよなぁ」
「アンタ、ここまで来て怖じ気づいたなんていわないでしょうね」
「そんなこと言えるかよ、ここまで来たら。行くしかないでしょう」
シンジは自分の両親に言った勢いでアスカの両親にも言うことを決めた。
ここで言わないともういう機会を逸すると考えたからだった。
アスカを玄関から返すわけにもいかなかったので、
来たようにこっそりと家に帰し、シンジは居間で感慨深く浸っている両親に
「これからアスカの両親に話をしてくる」
「そうね、こういう話は早い方がいいからねぇ」
「じゃぁ行って来るから」
「シンジったら行動早いのねぇ。誰に似たのかしら?」
「.....ごほごほ」
「ワタシも行って来ようかしら。こんな一大イベント見れないし」
とシンジの後を追っかけるようにユイもキョウコの家に向かった。
その頃、惣流家でもとんで帰ってきたアスカとキョウコがくつろいでいた。
「アスカ、シンちゃんのところに行っていたんじゃないの?」
「うん。でもシンジのヤツ、用事あるって言っていたから帰ってきた」
「珍しいのね」
「何が?」
「いや、いつものアスカなら『ワタシの用事が優先でしょ』って言うのにね」
「ワタシはそんなに我侭じゃないわよ」
「あらあら、好きな相手の前だから我侭になれるんじゃない?」
「...そうかもしれないけど」
自分の娘の行動を完全に見破っているキョウコだった。
我侭を言えて、それを受け止めてくれるのは
お互いにスキじゃなければ出来ないと思っていた。
アスカの素直じゃない性格が災いしているかと思っていたが
シンジは判っているみたいだったので心配はしていなかった。
シンジからしてみれば“環境適応能力”が
自然と身に付いたということなのかもしれないが。
ちょうどそのとき
「碇ですけど、キョウコおばさんいますか?」
「ちょっと待っていてね。今開けるから」
シンジがアスカの家にやってきた。
おじさんがいないことはさっきアスカから聞いた。
今、同棲の許しをもらえるのはおばさんのキョウコだけだった。
シンジがいつもと違うと感じ取ったキョウコは居間のソファに座らせた。
居間のテーブルには3人分の紅茶が出されていた。
シンジの横にはアスカが体を寄り添うようにして座っていた。
シンジの不安を少しでも取り除いてあげたいと思ったアスカは
シンジの左手を力強く握っていた。
「おばさん、ちょっとお話があるんですけど、いいですか?」
「どうしたの、シンちゃん。そんなに改まって」
「.........」
「どうしたの?」
「あ、あの。だ、大学、進学と同時に...その...アスカと...
ど、同棲したいなぁと、お、思いまして」
「で、ワタシに許してもらいたいなってこと?」
「......はい」
「ママ、ワタシからもお願い。ワタシ、シンジと一緒に暮らしたいっ!」
「ふふふ。バカねぇ、ワタシが反対するわけないじゃない。
シンちゃん、こんな娘でよければこちらからもお願いね」
「ありがとうごさいますっ」
「ママ...」
「アスカ、アスカの幸せを親が邪魔をすることはしないわよ。
シンちゃんのそばにいる方が生き生きしているのも」
「ありがとう、ママ」
「何言っているのよ。ワタシはアスカのママなのよ。反対するわけもないでしょう。
で、そこで見ているユイ、入ってきたら?」
「あら、ばれていたの」
「ユイ、何年つきあっていると思っているの、そのぐらいは判るわよ」
「それもそうね」
「で、ユイも許したんでしょ?」
「だってアスカちゃんみたいな娘が出来るんですもの。
こんなに嬉しいことないわよ」
「そうねぇ、シンちゃんみたいな息子が出来ると思えば、確かに嬉しいわね」
「アスカちゃん、シンジ」
「「はい」」
「どうせだったら籍、入れちゃったら?」
「な、何を言っているんだよ、母さん!」
「だって同棲するんでしょ?それって結婚するのを同じでしょうが。
その気があるから同棲するんでしょ?」
「おばさま、でも早いんじゃないですか?」
「アスカ、別にいいんじゃないの?お互いスキなんだから」
「そうだけど...」
「あら、アスカちゃんにしては弱気な発言ね」
「あの...」
「どうしたの、シンちゃん?」
「おじさんにもお許しをもらいたいのですが...」
「うちの人なら大丈夫よ。ワタシの方から言っておくから」
「でも...」
「心配性なんだから、シンちゃんは。
うちのパパは“娘をやれない”っていうかもしれないけど」
「...やっぱり、そうですよね」
「でも、シンちゃんなら、任せられると思うわよ。
昔から見ているんだし。娘の幸せを望んでいるのはパパも同じだから」
シンジの不安を吹き飛ばすのようなキョウコの発言だった。
娘を訳の分からない男に取られるぐらいなら、シンジの方がいいに決まっている。
昔からアスカと一緒に遊んできたし、親同士も仲がいいし、
そういう環境だからこそ、同棲したいといってきても許してくれるに違いない。
そうキョウコは思っていた。
こうして18歳の誕生日を迎えたアスカは、特別な意味あいを持った誕生日となった。
シンジからの誕生日プレゼントは大したものではなかったが、
お互いの両親からのプレゼントは、2人が住むための部屋と家財道具一式を
クリスマスプレゼントと一緒ということで用意してもらったのだった。
こうして同棲生活をしながらの大学生活が始まった。
「今年もあと1ヶ月で終わりかぁ」
「何しみじみとしているのよ」
「だってこうやってアスカと同棲するようになって4年も経ったんだよ。
すごくあっという間だったって思ってさぁ」
「シンジ、覚えている。
“同棲したい”ってママやおばさまに言ったときのこと」
「忘れるわけないじゃないか。結構勇気は必要だったんだから」
「そうだと思った。だってママに言うときに手が震えていたもんね」
そうアスカはくすくす笑いながらシンジをからっていた。
ベランダから見える星空は、寒さのせいかとても綺麗に見えた。
吐く息も白いなか、2人は抱きしめ合うように寄り添っていた。
シンジとアスカの同棲生活も4年目を迎えていた。
同じ大学、同じ専攻を選んで、いつもいつも一緒だった。
同棲していても、お互いの時間は大切にしようと決めていた。
だからシンジが仮に友達の家に遊びに行っても何も言わなかったのだ。
毎日一緒の時間を過ごすのは最初のうちは楽しいけど
いつかは息が詰まるだろうからといって、自分のやりたいサークルに入った。
まぁアスカも同じサークルにするといったために顔は合わせいたが。
でもサークルの中では2人きりでいることは極力避けていた。
サークルで出来た友人を大切にしたいからという気持ちからだった。
2人の時間はサークルが終わったあとにしていた。
しばらくの間が2人の距離を短くさせた。
「もうじき、大学も卒業だね」
「そうだ、どっか卒業旅行にいかない?ヒカリやレイ、鈴原や相田なんかと」
「2人きりじゃなくていいの?」
「だっていつもいつもいるじゃない。
出かけたいけどそれはいつでもできるしね」
アスカはシンジにウインクして微笑んで、そう言った。
「あのさぁ、来年の4月からボクたちも働くようになるじゃない?」
「そうだねぇ。さすがに同じ職場っていうわけにはいかなったけど」
「でね、もう同棲って辞めようかなって思うんだけどさぁ」
「えっ?」
「どうかなぁ、アスカ?」
突然のシンジの発言にアスカは驚きを隠しきれなかった。
アスカは“何が起こったの?”という顔をしながら、シンジの目を見ていた。
シンジの目はいつも優しい目ではなく、とても厳しい目をしていた。
シンジは真剣に言っているっていうことを物語っていた。
「.........」
「どうしたの、アスカ?」
「......ワタシのこと、嫌いになっちゃったの?」
「そんなことないよ。アスカのことは大好きだよ」
「じゃぁ何でそんなこというのよ!」
アスカは涙目になりながらシンジに訴えていた。
アスカの性格はそうそう変わるものではなかった。
昔と同じようにシンジに我侭を言っては、振り回していた。
サークルでは周りに避けられないように、シンジと距離を置いていた。
「本当は今言うべきか悩んだんだけどさぁ。
もうじきアスカの誕生日じゃない」
「.........」
「誕生日プレゼントって考えていたんだけどね。
働くってことは、一応一人前になるってことじゃない。
だから同棲っていう中途半端な形じゃなくて...」
「だから、別れるっていうの!」
アスカは感情が高ぶっている。
もうこれ以上、アスカを不安にさせるとアスカが壊れるかもしれない。
シンジは迷っていた言うべき言葉を伝えることにした。
「誰も別れるなんて言ってないよ」
「同棲を辞めるって、別れることじゃない。それ以外になんて言うのよ!」
「違うよ。アスカのこと、スキだから、その...結婚しない?」
「えっ?......。今、なんて言ったの?」
「だからアスカと結婚したいって思ってさっ」
「........」
アスカはどう感情を表現していいのか判らなくなって、
シンジの胸の中に顔を埋めて泣いてしまった。
「アスカ、アスカ。大丈夫?」
「大丈夫なわけないじゃない。別れるかもしれないって思ったじゃない。
そういう紛らわしいこと言わないで、さっさと言えばこんな思いしなかったのに」
「ごめん」
「謝れば済むってものじゃないでしょ。
ワタシがどれだけ不安になったか分かっているの?」
「ごめん」
「“ごめん”じゃなくて態度で見せてよね」
「どうやってさぁ」
「そのぐらい考えなさい!ワタシがどうやったら機嫌直すか。
生まれたときからずーっと一緒にいるでしょうが。
それに4年間一緒に暮らしていたでしょうが!」
アスカ言いたいことを言い切ると顔を上げてシンジのことを睨んだ。
そして自分の勘違いをシンジのせいにしていた。
シンジも悪気はなかったのだがアスカにそういう勘違いをさせてしまったと
ものすごく反省していた。
アスカの顔は睨んだままだった。
シンジは意を決したようにアスカの目を見ると、
起きるとき、家を出るとき、帰ってくるとき、寝るときの挨拶でもある
アスカが1番望んでいたもの、シンジの出した答えを実行していた。
寄り添っていた2人の距離はこの出来事でさらに短くなっていった。
こうして寒い夜は更けていった。
翌日、シンジとアスカはお互いの両親に自分たちの意志を伝えに実家に戻った。
お互いの両親とも、こうなることを期待していたので
敢えて反対する理由などどこにもなかった。
婚約指輪も結婚指輪も当分の間買えそうにないので、
17歳のときのクリスマスプレゼントが代用品となった。
ただそのときにつけていた手が右手から左手に変わっただけだったが。
アスカの誕生日の日に入籍を済ませた。
これはシンジからアスカへの誕生日プレゼントの1つとしてだ。
近くの公園のベンチで沈む夕日を見ながら2人きりの時間を過ごしていた。
「ねぇシンジ、昔に婚約したのって覚えている?」
「いつ?」
「忘れちゃったの?」
「うーん。いつだっけ、そんな約束したっけ?」
「信じられないっ!って怒ってもしょうがないか。
もう昔の話だからねっ」
「アスカ、それいつの話よ」
「教えてあげないっ。
シンジが思い出すまでワタシは待っているんだから」
アスカはそういうと、ベンチから腰を上げて走り出していた。
そのアスカをシンジが追っかけ回していた。
2人とも童心に戻ったように公園ではしゃいでいた。
LAGERですぅ。
ずいぶん前にIRCに行ったときに
「アスカの誕生日SSを書きましょう」って
盛り上がっていたような気がしたので勢いだけで書いてみました。
構想2日、書くこと2日で書き上げているので
いろいろな矛盾するとこが多いかも知れません。
こんなに長く書いたのは初めてだったし。
ただ書いていて思ったのは
「勢いだけで書けるのなら、普段の作品も書けるよなぁ」と思ってしまいました。
しばらく停滞しているしなぁ。
構想だけはあるのに。うーん。どうしよう(笑)
まぁオチもオチなので、この続きはないでしょう。
#というより書けないなぁ。続きは。
普段の作品のほうをがんばらねば(苦笑)
LAGERさんの『約束』公開です。
アスカちゃんがわがままを言えるのはシンジくんにだけ。
シンジくんがどんなわがままでも受け止めることが出来るのは相手がアスカちゃんだから。
この二人の間ならではの距離が不思議に暖かいです(^^)
お互いのことを良く分かっている二人の
気のおけない関係・・・いいな・・
周りに流される、周りのペースで進められてきたシンジくんのアスカとの関係。
でもでも、
結婚という大きな区切りは自分で口から。
格好良かったです(^^)/
さあ、訪問者の明さん。
アスカ誕生記念を送ってくれたLAGERさんに感想メールを送りましょう!
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