−新イギリス国際空港第一貨物倉庫−
暗い倉庫の中を窓から入ってくるわずかな月明かりが照らし出す。今、倉庫の中は明日運び出される貨物で一杯だった。そんな中、足音が重なり合って響いてきた。
「なあ、ここらの荷物があのクラウン秘宝展のやつだろ。」
「あぁ。探検家クラウン・ダグラスの見つけ出した数々の宝石・遺跡。明日、確か日本に運ばれていくはずだよ。」
2人の警備員の持つ懐中電灯が厳重に封のしてある荷物を浮かび上がらせる。
「すげえよなぁ。これ全部でどれくらいの額になるんだろうな。」
「ふっ。俺達には想像できないぐらいの金額だろうさ。俺も実際見にいったが、すごかったぞ。中でも、『 ムーンラヴァー 』って名のムーンストーン。あれは
なんていうか、吸い込まれるような、神秘的な感じがして、一番印象に残って
るよ。」
「直径6,7cmもあるっていうやつだろ、蛇をかたどった三脚の上に乗ってる。あれが、メインだって見に行った奴がみんな言ってたぜ。俺も見てみたか
ったな。」
とりあえず、立ち止まってもいられないので先へ進みながら、なおも話は続く。
「でもよ、噂だと、そのムーンストーンはよ、どっかの寺院のようなとこにあったのをこっそり盗み出したとか言われてるんだぜ。」
「俺も聞いたよ。警告文みたいなものがついてて、【ここから動かす事なかれ】ってなことが書いてあったとか、あと、これに関わった奴の何人かが行方不明になってるとか言われてるよな。」
「秘宝展の間に警備してた奴の何人かが、夜中に『 ムーンラヴァー 』の展示してあるところで女の子を見かけた、ってのもあるよな。しかも、スウッと消えちまったとかって。」
二人とも、なんとなく周りを見渡してしまう。
「はははっ。まぁ、それだけ心を魅せられるようなものなんだろうさ。」
そしてこの話題はここで打ち切られ、話は家族や友人のことへと変わっていき、彼らは次の見回り場所へと消えていった。故に、彼らは知らない。彼らのいなくなった後、月明かりに照らされた貨物の上に一人の少女が儚げにたたずんでいたのを。そして、彼らは知るよしもない。次の日に降りかかる自分達の残酷な運命を。
8月の頭。もう19時頃にも関わらず、繁華街のある三龍区の駅の周辺は夏休み真っ盛りの中・高生ぐらいの子供たちとまだ休みに入らない会社勤めの人達で賑わっている。そんな中をまるで姉弟のような二人の男女が歩いていた。
「摩耶さん。一体、こんな時間にどこに行こうっていうんですか?夕飯とか作らなくっちゃいけないのに。」
夕飯作りの心配をしている弟のような少年は、もちろん言うまでもなく真治である。そして彼の呼んだように、隣りを歩き、彼に笑いながら答えたのは摩耶であった。
「真治君に会わせたい人達がいるのよ。夕飯は心配しなくても大丈夫。ちゃーんと弥生ちゃんに頼んできたから。」
人波をかき分けて摩耶は真治を引っ張っていく。その方向は真治が行った事のない飲み屋街の方である。それに気付いた真治は慌てて声をかける。
「ま、摩耶さん!?こっちで本当にいいんですか?」
「えぇ。えっと、あ、ここ、ここ。ここよ、真治君。」
真治の声に答えつつキョロキョロしていた摩耶が指差したのは、1つの看板だった。紅い文字で [バー・ネルフ] と書かれた電飾看板。横には地下に降りる
階段がある。
「さ、行くわよ。」
摩耶は真治の手を取るとその階段を降りていった。
カラン、カラン
ドアについていたベルが鳴る。真治を迎えたのは穏やかなギターの調べと・・飲み屋=酒の公式で想像がついても良かったはずの女性の掛け声だった。
「あら、真ちゃん、いらっしゃーい。待ってたわよー。」
紫紺の髪の、容姿端麗な女性がカウンターの腰を下ろし、こちらにグラスを掲げていた。葛城美里。律子の親友と呼べるべき友人で、小さい頃の真治を知る者の一人であり、かつ、拓也と香を連れてきた人物である。職業はモデル。外見だけを知る者はまさに適職としか思わないであろうが、その生活ぶりを知る者又は知った者にとってはそのギャップの激しさに正常判断能力を打ち砕かれる。さらに彼女には別の一面があるが、それを知るものはほとんどいない。
「み、美里さん!?」
「ほら、ボケっとしてないで、こっち来て座んなさい。」
自分の隣りの席を叩きながら言う美里に、久しぶりだけど変わんないなぁ、と思いつつ席に就く真治。摩耶は何時の間にか真治に示された席の隣りに座って、美里のそばに座ってノートパソコンのようなものをいじっていた青年とカウンター端のところでギターを弾いていた青年と挨拶をかわしていた。
「久しぶりね、真ちゃん。元気にしてた?」
「はい。僕も、それに拓也や香も元気にやってます。まぁ、香はまだちょっと体調を崩すことも多いですけど・・。それより、摩耶さんが言ってた僕に会わせたい人っていうのは美里さんのことだったんですか?」
「んー、確かにその一人ではあるけど・・、ま、その前に一杯どお?再会に乾杯って。」
美里は真治の問いにちょっと苦笑してから、美里らしい一言で自分の持っていたグラスを勧める。
(まずい、忘れてた・・・)
前に何度か飲まされてひどい目に会った経験が走馬灯のように蘇る。一番最近では、確か中学入学のお祝いの時に無理矢理飲まされてつぶされたんだっけ。
こういった場合の対処法を頭の中で検索しかけた真治だったが、カウンターの向こうにいた女性が介入してくれた。
「美里、真治君はまだ高校生なんでしょ。無理矢理飲ましちゃだめよ。コーラで良いわね、真治君。」
光輝くようなショートカットの金髪、スッと細い顔立ちの、美里とはまた違うタイプの美人の女性がグラスに氷とコーラを入れて真治に渡した。店内を見た
限り他に従業員がいないところを見ると、この女性がどうやらここの主人のよ
うである。
「私はここを経営しているミリ−ナ・ハーネスよ。よろしくね、真治君。」
茶目っ気たっぷりの蒼い目に見つめられてどぎまぎしつつ、真治はコーラを受け取ると礼を言う。と同時に、ふと疑問に思ったことを口にした。
「あ、あの、どうも、えっと、よろしく、お願いします。でも、どうして僕の名前を?」
「・・・あのね、真ちゃんに来てもらったのは、ここにいる皆に会ってもらうためなの。」
美里が真治の問いに答える。ちょっとの間があったのは、どうやらミリ−ナに見つめられて赤くなっている真治をからかおうかどうか迷っていたらしい。
「へ、どういうことなんです?」
真治は、美里と摩耶を交互に見ながら困惑していた。
「真治君、先輩が来てたときのこと覚えてる?」
摩耶が真治に話し掛ける。
「あの時、真治君もだいぶ力をコントロールできるようになったみたいだし、私たちのネットワークに加わってもらおうかって先輩と話してたの。本当なら先輩にも一緒に来てもらうはずだったんだけど、仕事で海外の方に行っちゃったから私が連れてきたわけ。」
「あの、ネットワークって・・・?」
疑問だらけの真治に今度は美里が口を開く。気がつくと側に2人の青年が立っている。
「都会に住んでる私達みたいな存在のものにとって情報って重要だし、何かあった時に相談できるところがあると助かるでしょ。だから、それぞれに拠点のようなものを持ってるわけ。それをネットワークって呼んでるの。今この場にいる人達は皆、人間でないもの達よ。ミリ−ナもそうだし、そこの二人、日向君と青葉君だってそう。あと、ここに居ない者として律子や加持君も加わってるわ。」
真治が名前の出てきた二人の方に向くと、二人が声をかけてきた。
「俺は青葉繁だ。君のことは加持さんや葛城さんから聞いてるよ。よろしくな。」
「僕は日向誠。よろしくな、真治君。」
「え、えっと、碇真治です。あ、あの、よろしくお願いします。」
ニコニコした二人に緊張しながら挨拶をかわす。そこにまた美里が口を挟む。
「どう、真治君、真治君も加わってくれない?律子から聞いたけど、ちょっと前にまた事件に巻き込まれたんでしょ。そういった事もここではいろいろ助けを求めることができるし・・・。私達にとっても真治君に加わってもらえると心強いのよ。まぁ、無理にとは言わないけど。」
真治は明日香との事件を思い出す。あの時、律子が手を貸してくれなければどうなっていただろう?確かに助けの求め場所があるのは良いことだ。摩耶さんや美里さん、律子さんや加持さん、それに今日会ったばっかりだけど、ミリ−ナさんや青葉さん、日向さんも悪い人じゃなさそうだし・・・。
フッと目を上げると皆が真治を見つめていた。その暖かな眼差しに、真治の心が決まる。
「美里さん・・いえ、皆さん、よろしくお願いします。」
頭を下げる真治を迎えたのは、皆の歓迎の言葉だった。
「いやー、真治君も新しく加わったことだし、今日はパーと飲むわよー。」
機嫌良く美里の声が店内に響く。皆、新しいメンバーの参加を喜んでいた。
「美里はいつもパーっと飲んでるでしょ。店のお酒、全部飲まないでよ。そうじゃなくったって、付けが溜まってるのに。」
ミリ−ナの言葉に笑いがもれる。真治も家に居るときとは違う楽しさを感じていた。
「ふんっだ。私はお酒が力になるのよ。付けだってちゃーんと今度の仕事が終わった後で払うわよ。」
「葛城さんはうわばみですもんね。しょうがないですよね。」
誠が声をかけた。誠の言うように美里の本来の姿はうわばみ。全身を澄んだ海の底のような深い緑の鱗で覆い、夜の闇を封じ込めたような瞳を持つ美しい大蛇である。真治も何度かその姿を見たことがあったが、人間形態の彼女の魅力に納得のいく姿であることは間違いないだろうと思っていた。
「真治君は、美里の本当の姿を見たことがあるの?」
ミリ−ナが唐突に話し掛けてきた。
「えぇ、ありますよ。摩耶さんや律子さん、あ、あと加持さんも小さい頃からお世話になってますから、知ってます。そういえば、加持さんは来てないんで
すね。どうしたんですか?。」
「あいつは仕事だって。楽しそうに山に出かけてったわよ!」
その言葉に反応したのは美里だった。加持はフリーカメラマンの仕事をしている。主に自然の動物達の写真をとり、種の減じた動物達の保護のために動いて
いる。今回もその仕事のようだった。美里の様子に真治とミリ−ナが顔を見合わせると思わずもれてくる笑いを必死にこらえた。いくら鈍感な真治とはいえ知り合ってからずっと美里と加持を見ていたのでその関係には気付いていた。美里ににらまれて、二人は慌てて別の話題を口にする。
「ねえ、真治君。さっきから気になってたんだけど、あなた、妖精に会ったことある?」
これまた、突然の質問に戸惑いつつも、ちょっと考えてから真治は答える。
「・・たぶんないと思いますけど・・。どうしてですか?」
「真治君の右手の小指のところに『誓いの光』があるから、どうしたのかなと思って。」
言われて、右手を上げて眺めてみるが、言われたようなものは何も見えない。
「僕には何も見えませんけど・・。」
「探知系の能力を持ってる者にかろうじて感じられるものだからね。しょうがないわよ。」
「うーん。あ、じゃあ、ミリ−ナさんはそういう力を持ってるんですね。」
しつこく光に当ててみたりしている真治。美里はそんな真治を見ながら、口を開いた。
「真ちゃん。ミリ−ナはフェアリークイーンよ。つまり、妖精の女王様ってわけ。フェアリーは精神系の妖術に長けてるのよ。今だって、こんな時間に全然人が入ってこないのはおかしいと思わない?これもミリ−ナが店に人払いを掛けてるからなのよ。妖精の仕事を妖精がわからないわけないでしょ。」
美里によると、ミリ−ナは10年ほど前に友人に頼まれてヨーロッパの方から日本に来たのだそうで、本当なら目的を果たした後すぐ帰るはずだったのが、好奇心旺盛な彼女にとってこの街がとても居心地の良いところだったらしく住み着いてしまって今に至っているのだそうだ。
「そうなんですか。そういえば、日本で妖精ってあんまり聞かないですものね。」
「そ。だから真治君の指のそれを見たとき、ちょっと興味がわいたわけ。」
話が戻ってきたところで、真治はまた指に目をやって考える。
「んー、やっぱり覚えがないなぁ。これって、どういったものなんですか?」
「そうね、ちょっとした約束とかをしたときに破られないように使うものなんだけど、私が知っているのとは違った感じがするのも確かなのよね。あ、でも、
そんなに強い力は感じられないから心配しなくても大丈夫よ。きっと。」
ちょっと不安そうな顔をした真治にフォローがはいる。だからといって、自分の知らないものが付き纏っているのを気にするなというのは無理な話であろう。しばらく辺りに沈黙が漂う。その静けさを破ったのは、忘れられたかに見えて
いた三人組みだった。
真治達が話している間に、摩耶、誠、繁の三人は誠のノートパソコンを囲んでなにやらゴソゴソとやっていたのだが、その時にその三人から感嘆の声が上がったのだった。
「葛城さん、ミリ−ナさん、見てくださいよ。すごいっすよ、これ。」
誠が何かを見つけたらしかった。摩耶はディスプレイに見入っている。何事かと覗き込むと、そこには広告の記事があった。『クラウン秘宝展』の文字と共に幾つかの写真が載せられていて、中でも一際目立つ宝石が一つ。『ムーンラヴァー』と銘打たれたムーンストーンである。
「一昨日から二龍区の国立博物館の一角で開かれてるらしいですね。いろいろと凄いものがあるらしくって、結構話題になってたんでちょっとアクセスしてみたんですけど、これはなかなかのものですよ。」
「このムーンストーン、奇麗ですよねー。私、見に行ってみようかな。」
皆がそれぞれに思ったことを口にしている中、カウンターの向こう側から出てきたミリ−ナは何かを考えているようだった。いち早くそれに気付いた美里が声を掛ける。が、ミリ−ナが返したのは美里への返事ではなかった。
「誠君、これ、どこから日本にきたの?」
「あ、ええっと、前に開かれていたのはイギリスです。」
「そう。じゃ、このムーンストーンがどこで発見されたかはわかる?」
「え、あ、そこまではちょっと書いてありませんね。どうかしたんですか?」
何やら真剣な目をしたミリ−ナにみんな何事かと驚いた表情を浮かべる。
「いえ、ちょっと・・。誠君、イギリスのネットからこの展示会について情報を集められる?」
「え、えぇ、できますよ。」
「じゃあ、お願い。・・ね、美里、明日暇?」
誠に情報収集を頼むと、今度は美里の方に向く。
「明日?確か、何もないと思ったけど・・。ねぇ、一体どうしたっていうのよ。」
「ちょっと気になることがあるのよ。美里、良かったら明日この宝石を見てきてくれない?私が行ければいいんだけど、別に調べたいことがあるの。これがどこのどんな所にあったのか調べてきてほしいんだけど。」
「なんかやばい事でもあるの?」
「わからないわ。もし、私の知ってるものだとすれば・・。いえ、今はなんとも言えないわね。」
考え込んでいるミリ−ナに、美里はポンと背中を叩くと努めて明るく言った。
「わぁーたわよ。行ってきたげる。別に一人じゃなくてもいいわよねー。うーん、じゃ、真治君。一緒に行ってくんない?」
「え、あ、はい。・・って、ちょ、ちょっと待ってください。」
突然の展開についていけずに呆然としていた真治は、いきなり話をふられて思わず肯いてしまう。
「行ってくれるわよねー。真ちゃん。」
有無も言わさない勢いの美里に逆らえるわけもなく、真治の明日の予定は本人の意思に関係なく決定されたのであった。
こうして、新メンバーを加えたネットワーク・ネルフが動き出した。
そのころ、主夫・真治のいない自宅では・・・
「えー、弥生は今日部活の打ち合せで帰ってこないのにー。」
「あー、冷蔵庫の中、ほとんどないよ!瑞希お姉ちゃん。」
「お米も・・・ない。」
「真治お兄ちゃん、お買いもの行こうとしてる時に摩耶お姉ちゃんに連れて行かれてた。」
「摩耶姉ちゃんかー!!夕飯どうするんだよー!!!」
台所でお腹をすかした4人の子供たちの叫び声が響き渡っていた。
その足元には1枚の紙切れ。
【弥生ちゃん、夕飯よろしく。】
jr-sariさんの【世界、重なりて】 Vol.2 、公開です。
ミサトの正体はうわばみ(^^;
実に、実に、ピッタリの正体だ。
酔えば酔うほど強くなる!
・・・のは酔拳か(^^;
この場合は酔えば酔うほど妖力が上がる。
ですよね(^^)
新登場キャラ達の本性・力はどういう物なんでしょう?
【ムーンラヴァー】が巻き起こすであろう事件と共に気になりますね。
繁は[琵琶法師]とか
あれは妖怪じゃないか・・(^^;
さあ、訪問者の皆さん。
本質を付いたキャスティングを見せたjr-sariさんに感想メールを送りましょう!