「あなた、ご飯が出来たわよ」
シンジの耳に妻の呼ぶ声が聞こえる。
「その写真………?懐かしいわね………」
「うん、ボク達の思い出の写真だよ」
シンジは、その写真を見ながら遠い昔の記憶を呼び起こした。
エヴァを降りてから4年。
ボク達は高校生3年になっていた。
ボク達は、学校の休みを利用してみんなで旅行に来ていた。
明日にはもう帰ってしまう。
今はまだ朝早い時間で周りには誰もいない。
「………明日か………」
ボクはまた誰となしに呟いた。
朝食が終わり、これからどうしようかと思っていたとき、
アスカがボクにそう言ってきた。
アスカは変わった。
以前のような張りつめた雰囲気はなくなり、素直になった。
他人の忠告を聞けるようになったし、謝ることもできるようになった。
「早くしなさい!!何してんのよ!全く、グズなんだから」
まぁ、口が悪いのはそのままだけど。
「さっ、行くわよ」
ボクは「行く」ってまだ言ってないのに……
まっ、いいか。
「うるさいわね。アンタは黙って着いてくればいいのよ。
全く体力がないんだから」
「ごめん……」
「あ〜、また直ぐ謝る!!
アンタは昔っから………………」
アスカは文句を言い続ける。
ボクだって昔と比べたら成長したんだ……多分……
どれくらい歩いたかもう解らなくなってきた頃、
突然ボク達は開けた処にでた。
アスカとボクの目の前に広がった世界は、
ボク達が初めて目にする景色だった。
高い位置から流れ落ちてくる水は、
岩にたたきつけられ、雫となって消えていく。
雫は太陽の光を浴び七色に輝き、周囲を鮮やかに染め上げる。
透き通った深い蒼い泉、美しい緑、鳥達の詩……
幻想的な世界だった。
「…………」
「まだこんな所が残ってたのね。ねっ、シンジ」
ボクは声を失った。
美しい風景に、いや、美しい風景の中で輝く一人の少女に。
「シンジ、ちょっと休んでいかない?」
ボク達は手頃な泉の畔の石に座った。
ざわざわ……
風が木々をざわめかす。
と、同時に風達の舞いがアスカの髪をなびかせる。
「……いい風ね……」
「……うん……」
風達が運んでくる微かなアスカの香りがボクの鼻をくすぐる。
アスカ。
惣流アスカ・ラングレー。
いつも元気で、太陽のような可愛い人。
太陽の匂いがする人。
栗色の長い髪の彼女。
病院でいつも怯えていたあの頃を思い出す。
他人を拒絶し、怯え、憎んでいたアスカ。
でも、戻って来てくれた……
アスカの、でも、アスカしかいない「夢」の世界から。
アスカはあのままの方が幸せだったんじゃないか?
そんな疑問が沸き上がって来ていた時があった。
アスカにとって、この現実こそが本当の「悪夢」なんじゃないかって。
そんなことを以前に聞いたら、
「あっちには、誰もいないのよ……
本当に誰も……
友達も、家族も………………好きな人も……
何でそんなこと聞くのよ……………………バカ…………」
って、寂しそうに言ってた。
アスカが戻って来たとき、ボクは解ったんだ……
ボクの心の中にいる人が「誰」なのかを……
「ねぇ……
私、昔と比べたら素直になったかな?可愛くなったかな?」
アスカが独り言のように言う。
「え……?」
「ううん、何でもない……」
「そう?」
「……アリガト……」
「え?」
「私が寝ていたとき、ずっと側に居てくれたでしょ?
嬉しかった。
目が覚めたら、シンジが微笑みながら見つめていてくれた……
誰も私のこと必要としてくれない……そう、思ってた……
でも、もう一度信じさせてくれたのは……
私を必要としてくれる人が居るって気付かせてくれたのは……」
言葉を一度切って、ボクを見つめるアスカ。
「シンジだよ……
今なら……今なら言える……」
それは、ボクの心を引きつけては離さない微笑み
この瞬間が永遠に続けば……
ずっとここまま……
「まっ、今はまだ答えなくてもいいわ。
でも、いつかは選ばなきゃならない時が来るのわ。
シンジが選ぶことが出来なくても……
その時が来たら、ちゃんと私を選んでね」
そう言いながら立ち上がるアスカ。
その表情は逆光でよく見えない。
選ぶ……?
誰と……?
アスカは「誰と」とは言わなかった。
アスカと「誰」を選ぶのかは解る。
彼女しかいない。
ボク達の戦友であり、クラスメートであり、そして――
親友の彼女。
多分アスカも怖いんだ。
今までのこの関係を壊したくないんだ。
ボクだって壊したくない。
この穏やかで、居心地のいい、微妙な関係。
でも……選ばなきゃ……
いつかは……
………眠れない。
昼間にあんな事、言われたんだもんな………
嬉しかったけど……
怖い……
「綾波。まだ起きてたの?」
「うん」
「………」
「………」
「………月………」
「え?」
「………月が綺麗………」
「………」
「………」
沈黙………
気まずい沈黙じゃない。
心地よい沈黙。
昔はこの沈黙に堪えられなかった。
でも今は……安心できる。
夜の冷たい風がボクの頬を撫でていく。
レイ。
綾波レイ。
いつも静かな、月のような美しい人。
母さんの匂いがする人。
空の色をした髪の彼女。
エヴァを降りてから、一度だけ、たった一度だけ、
綾波が感情を露にしたとこを見たことがある。
ボクがアスカの病院に行くときだった。
「碇君、なぜ「あの人」の処に行くの?
「あの人」は碇君のこと、見てないわ。
私はいつも、いつでも碇君のこと見てるのに。
私じゃダメなの?
何で?
何でダメなの?!
私は、碇君のこと…………!!」
……泣いてた。
あの綾波が泣いていた。
「強い」そう思っていた綾波が……
その時、知ったんだ。
本当は綾波もか弱い「女の子」だって事に……
「碇君………おぼえてる?
双子山から使徒を倒した時の事………
私はあの時………あの時から私は変わった」
「………」
「あの時から、あなたは………」
「………」
「………」
「綾波………」
綾波はボクの方を振り向くと、いつかの優しい微笑みを見せた。
それは、ボクに向けられた、ボクだけの微笑み
―――その時、会話を聞いていた赤毛の少女がいたことに、
ボクは気づいていなかった………
「写真でも撮ろうか」
「それやったら、あっちをバックにして撮ろうや」
トウジ達が写真を撮る準備をしている。
楽しかった旅行も、終わりが近づいている。
色々あったけど、楽しかった。
ただ、気になるのがアスカだ。
今日の朝から元気がない。
なんか思い詰めた表情をしている気がする。
疲れてるのかと思い今日は話していない。
「……シンジ、聞いときたい事があるの。
昨日の答え―――ここで答えて」
突然、アスカがボクに小さな声で聞いてきた。
側にいる綾波にも当然聞こえているだろう。
アスカはそれを狙っていたのかも知れない。
「い、今?」
「そう、今。今しか聞けないもの」
「でも……」
綾波の方を見ると、ボクの事をジッと見つめていた。
アスカの言った意味が解ったみたいだ。
「シンジ………お願い………」
パシャッ
一枚の写真。
六人が少年から大人に変わる時を撮った一枚の写真。
トウジ、ケンスケ、ヒカリ。
そして、シンジ、両脇にはアスカとレイ。
結局ボク達の関係は今までどうり、変わらなかった。
変わるはずがなかった。
ボク達が一緒に過ごしてきた時間は―――ボク達の絆は、
こんな事で壊れてしまうほど弱いモノではなかった。
31人です。そう、めぞんEVAの住人は遂に31人になりました!
[31]掛布の背番号・・・・・
[31]大の月・・・・・
[31]サッカーの練習試合と野球1チーム・・・・
[31]ラッキーな「7」に縁起が悪い「4」を掛けて更にそれを足した数・・・は[32]か(^^;
と、とにかく。
その31人目の新住人アルファさん、ようこそめぞんEVAへ!!
第1作の『 Memories of Childhood 』公開です!
シンジが一つの答えを出した日の物語でした。
アスカとレイが大きな答えを受けた日のことですね。
男1人に女2人・・・・・・何時かは出さなくてはならない答え。
昔、彼はどちらを選んだのでしょう?
今、彼の傍らにいるのはどちらなんでしょう?
そして選ばれなかった彼女は?
色々な物語が見えてきますね・・・・・・
さあ、訪問者の皆さん。
また一人新たに加わった「めぞんEVA」の仲間、アルファさんに感想を送って下さい。