2020年。
初夏。
ピピピピッピピピピッ・・・・カチッ
「・・・んんっ・・・・こんな時間か・・・起きるか・・・」
頭を掻きながら、彼は起きあがった。
碇シンジ。
第三適格者。
初号機専属パイロット。
彼は昔、色々な名前で呼ばれていた。
しかし今は、ただの碇シンジ。
他の名前で呼ばれることはなくなっていた。
シンジ達がエヴァを降りてから6年。
その歳月は、確実に彼を強くした。
いや、彼は強くならざるを得なかった。
自分の為に、いや彼女の為に・・・
「シンジっ」
シンジが目を開けると見慣れた光景が目に入った。
鮮やかな栗色の長い髪を肩越しに流しながら、自分をのぞき込む彼女。
惣流アスカ・ラングレー。
第二適格者。
二号機専属パイロット。
昔はシンジの同居人。
今は・・・?
精神崩壊を起こしたアスカは、三年の時を無駄に過ごした。
他人を拒絶し、全てを拒絶し、そして自分さえも拒絶しながら過ごした三年間。
しかしシンジにとって、あの三年は決して無駄ではなかった。
なぜなら彼女がこうして、彼の前で微笑んでくれているのだから。
「おっはよう」
シンジに微笑みかけるアスカ。
木陰から漏れてくる逆光で、長い髪がよりいっそう淡く輝く。
そんなアスカを見ながらシンジは思う。
幸せだ
と。
「今日だよね・・・」
「うん」
今日は年に一度、ネルフの元メンバーが集まる日だった。
あの事を忘れないために。
あれが夢ではなく現実にあったことだと確認するために。
シンジが言い出したんだっけ・・・
あの事をボク達は忘れちゃいけない、って
ビックリした
シンジがあんなこと言うなんてね
「そろそろ授業に行かなくっちゃ。また後でね」
そう言うとシンジは起きあがり教室へ向かって歩き出した。
アスカは、その後ろ姿を黙って見つめていた。
ちょっと間の抜けた音がする。
ここはミサトさんの家だ。
今ミサトさんは、日向さんと結婚して、日向ミサトになっている。
三歳になる子供がいる。
一回見たことがあるけど、すごくやんちゃな子だった。
あの時のミサトさんの顔は忘れられない。
すごく、幸せそうな顔だった。
プシュー
ドアが開いてミサトさんが顔を出す。
「いらっしゃい、シンジ君。
もう、みんな来てるわよ」
ボク達と住んでいたときと、あまり変わらないミサトさんが迎えてくれた。
でも、少し太ったかな?
「おじゃまします」
家の奥には、懐かしい人たちがすでに来ていた。
アスカも、もう来ていて、目が合うとにっこり微笑みながら手を振っている。
「・・・・」
そんな様子をミサトさんは黙ってみていた。
みんな最初のうちは談笑を楽しんでいたんだけど、
お酒が入ってくると、ただのバカ騒ぎになっていた。
みんな辛いんだ。
罪悪感。
本当に自分達はアレでよかったのか?
本当に正しかったのか?
今でもその答えはでない。
いや、永遠に答えはでない。
その事を忘れるために騒いでいる。
アスカは既に、隣の部屋で寝ている。
「アスカに言ったの? 自分の気持ち」
ミサトさんが自然に、優しく聞いてきた。
ミサトさんと目が合う。
その真っ直ぐな目に耐えられなくなって、目を逸らしてしまう。
「・・・・」
「そう・・・
でも、言葉にしなきゃ、伝わらないこともあるのよ」
ミサトさんが優しく、諭すように言ってくれる。
でも・・・
「ボクは、言えません。
「好き」だなんて言えませんよ。
ボクは好きだった子さえ守ろうとしなかったんですよ!
ボクにアスカを「好き」だなんて言う資格なんて・・・」
だんだん感情が高まって、大きな声を出してしまった。
でも、そんなボクにミサトさんは優しく言ってくれた。
「シンジ君・・・
人を好きになるのに資格なんていらないわ。
必要なのは、自分の気持ちだけ。
・・・・
言わないと後悔するわよ。
言わないで後悔するより、言ってから後悔しなさい」
多分、加持さんを思いだしているんだろう。
「シンジ君も知ってるでしょ、アスカがドイツへ行くの事」
アスカは、一週間後にドイツに行く。
前にアスカから聞いた。
向こうに何年いるか分からないって言ってた。
「後悔の無いようにね」
ミサトさんは、一呼吸おいていった。
同じだ・・・
加持さんと。
昔加持さんも言っていた、
「後悔の無いようにな」
その言葉が脳裏をよぎる。
でも・・・・
しんと静まり返った部屋。
昔はこんな静かなところは嫌いだった。
人と一緒にいることが嫌いなくせに、一人で静かな場所にいると不安になる。
そんなとき、いつも音楽を聴いていたっけ。
でも今はみんながココにいる。
みんなの寝息が聞こえる。
安心できる。
プシュッ
缶を開ける音が静まり返った部屋にやけに大きく聞こえる。
壁に寄り掛かりながらビールを一気に流し込む。
カラカラに渇いた喉に流れ込む液体が心地いい。
緩くなって美味しくないけど。
「・・・ん・・・シンジ・・・?」
すっと開いたドアの向こうからアスカがでてきた。
起こしちゃったかな?
「ごめん・・・起こしちゃったみたい」
「ううん・・・相変わらず直ぐ謝る癖、直らないわね」
アスカはそう言いながら、ボクの隣に座った。
「私にも一口ちょうだい」
ボクは黙って手の中にあった缶を渡した。
黙って飲むアスカ。
黙って見つめるボク。
不意にアスカと視線が合う。
「・・・・」
「・・・・」
「ねぇ・・・シンジ・・・」
「・・・・」
「・・・シンジは・・・シンジは私の事どう思ってるの?」
答えられないよ・・・
アスカは大事な仲間。
でもアスカが聞いてるのは、そんな事じゃない。
好きだ。
この言葉が言えたらどんなに楽だろう。
でもボクは言えない、言っちゃいけない。
綾波。
ボクはあの時彼女を守れなかった。
守らなかった。
好きだった子さえ守らなかったんだ・・・
アスカの側に居たのだって、自分が寂しいから。
アスカの為・・・そう思ってやってきた。
でも、それは自分の思い込み。
「強くなったね」
アスカはそう言ってくれた。
強くなったんじゃない。
強くなったように振る舞っていただけだ。
ボクは、あの時と変わらないんだ。
ミサトさん、ボクは言えません。
だからボクはこう答える。
「アスカは大事な仲間だよ」
「・・・・・・・・・・ばか・・・・・・・・」
アスカのその呟きは、ボクの耳には届かなかった。
私は、テーブルに頬をつけ、グラスにつがれた液体を見ながら呟いた。
ここは、ちょっと雰囲気のいいバー。
私のお気に入りで、行きつけの場所。
普段なら流れてくる心地よい音楽も、私の心をますます沈ませるだけ。
イライラしたまま飲んだから、ちょっとの見過ぎたみたい。
自分で顔が赤くなっているのが分かる。
「・・・・」
私と一緒にいる親友は、何も言わず聞いてくれている。
「シンジ、私のこと嫌いなのかな?」
そう思うと、目が潤んでくるのが分かる。
胸が痛い。
心が痛い。
そんなはず無い・・・と思う。
「あ〜、何であんな奴、気にしなきゃいけないんだろ・・・」
「アスカ・・・碇君のこと好きなんでしょ?」
ヒカリがこっちを真っ直ぐ見ながら聞いてくる。
ヒカリの目が優しい。
その目に耐えられなくなって目を逸らしながら、
「わかんない」
またそんなことを言ってしまう私。
ヒカリは私の気持ちを知っているんだから、こんな事言っても仕方ないのに。
スキ。
シンジの事がたまらなくスキ。
どうしようもないくらいにスキ。
シンジが側に居てくれると安心できる。
いつもシンジの笑顔を見ていたい。
あの笑顔を他の人に見せないで欲しい。
シンジの顔を思い浮かべてみる。
心が締め付けられる。
「シンジ」
心の中でそう呟いてみる。
心が暖かくなる感じ。
シンジはまだ気にしている。
あの子・・・ファーストのことを・・・
もう、いいじゃない。
もう、許して上げて。
レイ・・・
シンジにたった一言を伝える勇気を与えてくれたのは、
レイではなく、その真っ直ぐなアスカの言葉だった。
シンジは自分の腕の中にいるアスカに囁くように言った。
「・・・ありがとう・・・アスカ・・・
今なら言える。
アスカ、ボクは・・・」
「ストップ!」
シンジの腕から抜け出しながらアスカは、
シンジの言葉を遮った。
「そのセリフの続きは帰ってから聞かせてもらうわ。
それまでその言葉を誰にも言うんじゃないわよ」
「うん。誰にも言わないで待ってるよ」
「よろしい」
シンジの答えに満足したのか、アスカは柔らかな微笑みを浮かべていた。
「そろそろ行かなくっちゃ。 またね、シンジ」
「待ってるよ、アスカ」
手を振りながらアスカはゲートに向かっていった。
ゲートのところで振り返り、人で溢れかえっているロビーを見る。
もう、彼女の求める人は見えなくなっていた。
ゆっくりと動き出す機体。
空港が離れていく。
だんだん窓の外の風景を見ながらアスカは考える。
もっと泣くと思ってた
シンジの気持ちを聞けたからかな?
ドイツに行ってもがんばれる
・・・きっと戻ってくるからね・・・
シンジは青い空を見あけて一言呟く。
「アスカ・・・」
待っているよ・・・
待っていられる
アスカの気持ちを聞いたから
・・・シンジ!
はっとして目を開ける。
しかし、そこには彼の期待していた人は居ない。
ただ風が彼の頬を優しく撫でて行くだけだった。
また彼は目を閉じる。
いつか帰ってくる彼女を待つ為に。
約束の言葉を言う為に。
その顔には、笑顔が浮かんでいた。
――二年後――
彼女は歩いていた。
目的の場所に向かって。
あの頃と変わらず青々と茂った芝の上で寝ている彼を見つける。
彼は寝ていた。
あの頃と同じに。
草の匂い、暖かな木漏れ日、心地よい風。
草の匂いを運んでくる風達が、彼の頬を撫でていく。
そんな風達を彼は気持ちよく感じていた。
「ん?」
突然風が何かに遮られたようにやむ。
目を開けるとそこには・・・
滝のように流れる美しい髪、
久しく見ていなかった彼女の笑顔があった。
「・・・アスカ?」
返事の代わりに優しい微笑みが帰ってくる。
ざわざわ・・・
二人の再会を祝福しているかのように、木々をざわめかす風達。
「お帰り・・・アスカ」
「ただいま、シンジ」
アスカがシンジに顔を近づけていく。
シンジとアスカは、そっ、とそれが当たり前のように唇を重ねた・・・
昔、書いたやつに手を入れたモノなんですけど・・・
手を入れなかった方がよかったかもしれない。
アスカがドイツへ行く理由も書いてないし、
シンジ、アスカ、ミサトしか出てきてませんね。
空港のシーンも軽すぎる・・・
これから精進しますんで、見捨てないでやってください。
アルファさん2本目のSS、『風が・・・』公開です。
あれから6年。
6年後の彼の、彼女の気持ち。
口に出来ない、してはいけないと思い込んでいる言葉・・・・
そのたった一言が微妙な、熱い思いを伝える。
少し大人になったシンジとアスカの不器用な恋でしたね。
もどかしい時間を過ぎた彼らの今夜は’ファイヤー!!’でしょう(^^;
ああ、かっこいいコメントにしようとしてたのに・・・・(^^;
”オチ”を求める大阪人の悲しい習性が出てしまった(^^;;;;;
ごめんなさい、アルファさん。
訪問者の皆さん。
シリアスラブへの感想をぜひアルファさんに!
オチは付けなくて良いんですよ。(爆)