「何だ、これは…」
眉を寄せ、フユツキは呟いた。
「これは今、クルー達の間で話題になっているドラマじゃないか。」

「これも、あなた達の世界の一部です。でも、最初は三行しか無かった「真夏の子供達」が、毎回どんどん拡大していって、ついにはあなたの世界は全てこれに乗っ取られたんですよ。ラブストーリーの世界に書き換わった訳だ。」

「…私がラブラブ世界との境界を崩してしまった為に、本来の世界、この世界の人類が全て消え去ってしまったと、そう言いたいのか。」

「…めでたいでしょう。」
Kは呆然とするピカードに微笑んだ。

冬月は気付くと、ネルフ客室の椅子に座っていた。


ブリッジにやって来た副提督は副長に尋ねた。
「綾波副長。この亀裂が出来た原因、つまりこの世界と向こうの世界との境界線が崩れた原因は一体何なのか分かるかね。」

無言で考え込むヴァルカン人。
「それを知る為には亀裂の中心を調べる必要があると思われるわ。しかし逆タキオンパルスでも、ノイズの干渉が激しすぎて中心部のスキャンは不可能ね。」

「何か打つ手は?」

レイは片眉を上げた。
「無いわ。この船に装備されているスキャンではどれも中心部のスキャンは不可能よ。ただ、」

「ただ?」

「…理論上は、「何でもお伝えビーム」を使用すれば亀裂中心部分のスキャンができると推測されるわ。…現在ハコネ・アルファ研究所で基礎理論の研究がなされているのだけど、今世紀中の実用化は不可能だと考えられているわ。」

「レイタ、この船に「お笑いウルトラビーム」は装備されているな。」

「ええ。」頷くレイタ。

「それを使えば、亀裂の中心部分の構成要素、ひいてはこの亀裂が生じた原因を知る事が出来るとは思わないかね?」

「…そうね、やってみるわ。」レイタがパネルを操作する。
「これは…」

「何だねレイタ。」

「マッドサイエンスの範疇に入るのだけど、亀裂の表面に矛盾象徴体の分子が確認されるわ。」

「どういう事だ。」

「つまり、私達の宇宙の矛盾が更に上の存在の混乱を引き起こし、他のパラレルワールド、特に愛の強いパラレルワールドの侵入を引き起こしているという事を示しているわ。」

「矛盾というのは一体何だね。」

自分のポジトロニック・ミソのマッドサイエンスに関する知識を検索するレイタ。
「つまり、私達の宇宙での自然法則に何らかのルール違反や、あるいは不条理な事…小説で例えるならギャグのような事が他の世界より遥かに多かった為に他の宇宙との混乱を引き起こしている物と考えられるわ。」

「我々の世界の自然法則が、特殊だという事か…」


はっ。
エンタープライズGの寝室で目覚めた冬月翁は、よたよたと起き上がり自室を出ていった。
 

バーラウンジで、黒髪のリツコは穏やかに微笑んでいた。
「昔は私が、宇宙船の艦長になるなんて想像も出来なかったわ。仮になるとしても科学調査船とかの方がらしかったわよね。…でも今は、この船に乗れて本当に嬉しいけどね。」

モルトウイスキーの水割り(と言っても合成だが)を飲むアスカはリツコに聞いた。
「ねえ…加持さんと、仲違いして、どの位になるの。」

「もう10年になるかしら。」
彼等のテーブルの向こうでは、加持が一人、カウンターで静かに飲んでいる。

「2人がそんな事では、亡くなった中佐も悲しむわ。」

アスカがレイの言葉に頷いた。
「そうよリツコ。皆過去には色々あったんだしさ。もう水に流しても、良い頃じゃない?」

リツコはグラスを眺める。
「…ミサトの葬式の時、涙一つ流さなかった男よ。」

「本当に悲しい時って、案外涙は出ないものですよ。」
リツコに言うシンジ。

「私にも、少しは気持ちを見せて欲しかったわ。…悲しいのは、彼一人じゃないわ。」

「…でもさ。やっぱり最後まで加持さんとミサトが結ばれなかったのは、どこか、リツコに遠慮していたのよ。」

「二人の邪魔をしたつもりは無いわ。」

「言い切れる?」

「さあね。」リツコはアスカから目をそらした。
「…終わったと、認めたくなかったわ。」顔に力の入るリツコ。
「私の馬鹿も直らないわね。バークレイの時と同じ。いつかやり直せるって、信じていたかったのよ。いつかは、ね…でももうミサトは…」

ぷしゅー。
ドアの向こうからやってきた老人に、アスカは目を丸くした。
「大佐ぁ。」
 

「あ゛ーそこにいたか、大変だ、ようやく亀裂の原因が分かったのだよ。艦長、急いでデブロン星系に戻るんだ。」
彼等のテーブルに来る冬月。

「あなたが今戻るべきなのはベッドですわ。」

「さ、大佐、行きましょ。」

「ああああうるさい! 年寄り扱いするな!」一喝する冬月にアスカは「やれやれ」といった様子で肩を上げる。
「良いか、亀裂の原因が分かったのだ。我々の世界は小説だ。そうすると、それぞれの小説にそれぞれルールがある。しかし、そのルールが変わっていると、部屋と部屋、世界を分ける境界線がおかしくなってしまうのだ! ああ、分からんか?」
お互いに困った様子で目を見合わせるクルー達。
「つまり、あれだ、ギャグだ! 自然法則にギャグ、いや、だから、不条理性、の多い世界では、その法則に読者が混乱し…分からんか、読者だよ! この世界の更に上だ! 上の世界が混乱したから、穴が開いてだなあ、それはだから作者に問題があるからなのだよ! ああ、つまりだな、」

難しい表情で聞いていたレイが眉を上げた。
「大佐の言っている事が分かってきたわ。つまり一種の、パラレルワールド横断法則の混乱ね?」

「そうだ!」

立ち上がるレイ。
「もし、大佐のタイムスリップが病気の幻覚ではなく、本当に、それぞれの世界を行き来しているのだと仮定して話を進めるわ。大佐が行き来する世界も含め全てのパラレルワールドは、つまり同時に存在する別の宇宙であり、そこでは別々の自然法則が存在する物と思われるわ。その意味ではそれぞれの世界を、別々の小説に例えられるわね。最近提唱されている理論に「造物主理論」という物があって、簡単に言うとその世界での全ての自然法則を定める超越的な存在、あるいはルールといった物が存在するという考え方があるのだけど、これが言わば小説で言えば作者に相当するわ。その作者に何らかの問題、つまり構造的欠陥があれば、その更に上位の全てのパラレルワールドを取りまとめる所の超越的法則、つまり小説で言うなら読者が、その小説からそっぽを向いて違う世界に書き変えてしまうという事も、理論上は考えうるわ。」

「つまりこういう事かい? 僕達の世界の自然法則に、他のパラレルワールドとの混乱を引き起こすものがあって、その為に境界線が一部崩れてしまった。」

「そうよ。その混乱を止めないと私達の世界と他の二つの世界が、亀裂の向こうの世界に侵食されてしまう可能性があるわ。」
レイがシンジに頷く。

「でもここは、亀裂は無かったじゃない。」アスカが聞く。

「恐らくこの世界はギャグが少ないのでまだ亀裂が生じていないのよ。でも一旦パラレルワールド同士のバランスが壊れた以上、ここにもその亀裂が起きる可能性が非常に高いわね。」

「だとして、具体的にどうすれば良いのかしら?」

「まずその「ルール違反」が具体的に何であるかを分析するのが先決ね。」
リツコに答えるレイ。

「デブロン星系へ行ってくれ。」

「リツコ、行くならいますぐの方が良んじゃない、まだ亀裂も小さいだろうし。」

「…分かったわ。」リツコは冬月とアスカに頷いた。
「赤木よりブリッジ、最大ワープでデブロン星系へ向かって!」
 

クルー(正確には違うけど)達は立ち上がり、バーラウンジから出て行く。ふと立ち止まるリツコ。
「手伝って…くれるかしら。」
加持は顔を上げると、無言でリツコの後をついていった。


「デブロン星系に到着しました。」
操舵手が報告する。

「映像をスクリーンへ。」

エンタープライズのモニタに、小さなピンク色のガスのような物が映し出された。
「…それで、これをどうすれば良いの?」

「恐らく亀裂の生じた直接の原因は、マッコイと過去のエンタープライズ…に相当する各船から発射されたスキャンビームによる物と思われるわ。」
赤木艦長に答えるレイ。

「今度過去に行ったら止めさせよう。」冬月が片手を上げる。

「それ以外に、何か無い訳?」

「至急検討するわ。」

「レイタ、逆伝書鳩光線を止めてくれ。」

「え?」振り返るレイタ。

「3つの時代から同じ所へビームが発射されたのが直接の引き金となって、自然法則に構造的に問題のあるこの世界への、ラブラブ世界の侵入を許してしまったのだよ。だから光線を止めなくてはいかんのだ。」

「…了解。」

「亀裂の様子に変化は?」

「無いわ。」

「ミスター日向、ビームを止めてくれ。」

「は?」

副長が眉を上げる。
「副提督、まだスキャンは始まったばかりよ。」

「それは分かっているが、今すぐビームを止めなければならんのだ。」

「りょ、了解…」

「過去の2隻のビームは止めさせたぞ。」

「でも、亀裂は消えてませんね…」モニタを見て言うシンジ。

「生まれてしまった亀裂を消すには何か、別の方法が必要なんでしょ?」アスカが口を挟む。
 

パネルを睨んでいたレイは、ふと顔を上げた。
「大佐。原因が分かったわ。ここの世界ではなく、過去の、つまり大佐が本当に属する世界で重大な「ルール違反」が起きたの。どうやら他のパラレルワールドの自然法則をむやみやたらに吸収し、その結果他の世界との境界が薄まった、あるいは混乱が起きたようよ。…そして更にはその世界と共通性が比較的高い私達の世界や過去の世界でも、同じ地点に相当する場所で連鎖反応が起きだしたのね。」

 

眉を寄せる冬月。
「その違反というのは、つまり小説に例えるなら、「パクリ」、「無断引用」のような物という事か。」

「その通りよ。」

 

「それで、私達はどうすれば良いの。」
リツコがレイに聞く。

「この亀裂の向こうは、不条理性との対局のラブラブ世界であるそうだから、大佐の世界の象徴である私達が亀裂の中に突入する事で拒絶反応を引き起こし、閉じさせる事が出来るのではないかしら。」

「そうか、そうすれば亀裂は閉じて、それぞれのパラレルワールドは元に戻るんだ。」

シンジに頷くレイ。
「ただ問題は、その拒絶反応に私達の船が耐えられるかどうかね。具体的な数値は言えないけど、3つの船の力を合わせても多分、難しいかも…」

「それ以外に何か方法は無いの?」

「いいえ艦長、これが唯一の考えうる方法よ。」


「しかし危険だな…」

「何がですか?」

冬月はシンジに答える。
「あの亀裂に入る事だよ。ミスター日向、亀裂の中央に座標を設定、通常速度で発進してくれ。残りのパワーは全て防御スクリーンに回すんだ。」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 副提督、一体何を言ってるんですか!」
声を上げるシンジ。

「あの亀裂の中央に突入するように言ったのだ。」

(何故か下半身丸出しの)シンジは、船長席を猛然と立ち上がった。
「そんなの、自殺行為じゃないですか! 今まで副提督の言う事ですから、命令が突飛でも従ってきましたけど、船の安全がかかるような事は別です! いくらすねかじりの船長でも、それ位の自覚は持ってるつもりです!」

「そうよ、やっぱりこいつ頭がちょっといっちゃてんのよ! 昔から信用できない奴だと思っていたけどさぁ。ねえシンジ!」

「アスカ、恥かしいからやっぱりこういうのは寝室でやろうよ…」

「私も副提督の命令に反対するわ。先程からの観察で、現在の副提督は精神的安定性を酷く欠いていると考えるのが論理的ね。」

「ふ。ふっふっふ。はっはっはっは…」
クルー達の非難をくらう冬月副提督は、急に勝ち誇ったように笑い出した。

「「「「「…?」」」」」

「志村、後ろ!」

「「「「「え?」」」」」
 

ぱぱらぱー。
「グルグル催眠術モーフ仮面ええええっくす!」
全員が振り向くと、そこには2メートルはあろうかという巨大な顔面の白衣の士官が立っていた。しかし顔面の目がクルクルと回り、なにやら光線のような物を発しているようだ。

ぴきーんぴきーんぴきーん。
「あなた達は副提督に従いたくなーる、あなた達は副提督に従いたくなーる…」
仮面から聞こえてくる声にブルブルッと震えだすクルー達。

「ソ、ソウダ、フユツキサンノイウコトナラシンヨウデキルヨ。」

「ソウネ、ヒゲオヤジトハチガウモノネ。」

「メイレイナラ…」
全員うつろな目で仕事を始めだす。仮面の主に笑顔で近づく冬月。
 

「有り難う博士。危ない所だったよ。」

「もし船のクルーが反抗しそうになったら催眠術にかける…この謝礼は約束通り、お願いするわよ。」仮面を脱ぐリツコ。

「ああ、分かっている。碇の奴既にユイ君には嫌気が差しているから、セッティングなど難しい事ではない。」ニヤリと笑い合う大人2人。
「それではミスター日向、通常速度で向かってくれ。」

「了解!」

「発進。」

「艦長。今思ったのだけど、艦長の世界は即ちこの船に象徴されるので、私達が亀裂に」

「突入すれば拒絶反応で亀裂が塞がるんだな。」

「…ええ、そうよ。」

「レイタ、君はいつの時代も唯一頼りになる素晴らしい士官だよ。…さっそく発進してくれ。亀裂の中央にコースセット。通常速度だ。」

「了解。亀裂の中央にコースセット、完了。通常速度。」

「発進。」

「過去の2隻が発進した。亀裂の中央に向かっている。」

リツコは冬月翁に頷いた。
「大尉、亀裂の中央に座標を合わせて。通常速度で発進。」

3つの世界の船がピンクの渦に突入、一点に進みだした。