TOP 】 / 【 めぞん 】 / [フラン研]の部屋/NEXT

 


第九話

アスカは何をするでもなく、寝転んでぼうっとしていた。

テレビはついているのだが、彼女は特に見ていない。ポテトチップスをつまみながら、さっきもう読み終わったファッション雑誌をもう一度読み直す。ダイエット商品や、幸運を呼ぶリングの広告まで一字一句読んでみる。

テレビはアメリカ製のトレーニング用品の通販番組が際限無く流れている。

彼女はあくびともため息ともつかない息を漏らした。

アスカが第二東京に戻って来たのは、ラブストーリーのような事を言うなら「森との事を思い出したくない」からであり、現実的な事を言うなら松代には仕事が無いからであった。アスカは渾身を仕事に打ち込んでいたので今更何をすべきなのか、分からなかったが、何をするにしても第二東京が便利なのである。
再びこの街に来て1日目は引っ越しの後片づけで潰れた。2日目は、近所を散歩した。3日目は、近くのスイミングプールに泳ぎに行った。4日目は平成通り沿いのデパートで何着かの部屋着と原色の水着を買った。5日目は寝ていた。6日目はビデオを見た。
7日目で、する事が無くなった。

仕事しないで生活できる、っていうのも問題があるわね。

射手座以外の星占いにまで目を通しながら、彼女は思いっきりのびをした。


「シャオクアン。このソーセージを試食して行かないかい、おいしいよ。」おばさんが微笑みながら声をかける。
「そう…うん、美味しい。私、これ買う。」つたない言葉を発して、少女はかごに冷凍食品を入れる。
「今日も一段ときれいだね。」でっぷりと太ったその売り子のおばさんは、そう言うとからから笑った。
「アイ。もう、あ…」どう言うべきなのかつまった。「ええと、ああ、シェーシェー。」
2人は笑った。
「そうそう、若い内は自信を持つのが大切だよ。シャオクアン。」

彼女は苦笑いしていた。
外国に長く居ると、間投詞だけうまくなるのよね。まあ、何とか意志疎通は出来るんだけど…もっと言葉を勉強しなきゃね。

市場はスリが多いし、雰囲気は悪いしで彼女はどうも敬遠していた。だから最近この地でも超級市場(スーパー)が増えているのは非常にありがたかった。
彼女はその後もこのスーパーで食材の買い物を続けた。専業主婦なので特に買いだめはする必要がない。ただ、恒常的に必要な魚を手に入れるのには苦労する。週に一度手に入れば良いほうだろう。米は味を別として問題無いのだが、味噌汁は夫がたまに北京に行く時に頼んで買ってもらう。野菜は問題無い。来る前は「向こうに行ったら毎日中華食べ放題ね」等と言っていたのだが、こっちで気付いたのは、日本人にとっては日本製のインスタント中華食品に優る「中華」は無いという事だった。結果、ここでの毎日の献立は意外なほどシンプルな味付けになる。ちなみにこの地で最も作りやすい料理はカレーライスとスパゲッティである。

この盆地の街、太原(タイユエン)に、日本人は決して多くは無かった。ここに中国支部が置かれている以上、当然補償委員会関係者に何人か居るのだが、住居はもちろん別々であった。彼女は高級住宅街にあるマンションに戻った。

いつも通り鼻歌を歌いつつ夕御飯の準備である。街の便利さには色々差があるが、一旦家に帰ってしまえば日本と何等変わる所はない。ただそれだけに、彼女はあまり自宅から出たがらなくなっているのも事実ではあった。

午後5時30分。チャイムが鳴る。定刻で夫が帰って来た。
彼女はこの街で唯一何でも気兼ね無く話せる人間の帰宅に目を輝かせる。

「今帰って来たでえ。」
「お帰りなさい、鈴原。」
「クアックアッ。」
「おお、良え子にしとったか、ペンペン。ああ、一日働くと腹減ったなあ。」

中国の職場は服装にうるさくないらしく、鈴原トウジの服もジーパンに半袖のYシャツという至ってカジュアルなものである。彼は大きなショルダーバッグを降ろすと、ふう、と汗を拭い、ニコニコ顔の洞木ヒカリに微笑みかけた。

「うぁあーっ、中に入ると涼しいなぁ。」
Yシャツのえり口をパタパタとあおぐトウジ。

「じゃあ、鈴原、先にお風呂にする?」
「ああ、ヒカリ、頼むわ。」
ペンペンを撫でながらトウジは答えた。


眠ろうとするといくらでも眠れるものだという事をアスカは発見した。例えば研究中、徹夜に近い状態が続く時、30分合間に寝ただけでも目がスッキリして、集中力が回復したりする。これはそれだけ深い眠りの効果があるのだろうとアスカは思う。一方、一日中ごろごろしていると、毎日半分寝て半分起きているような状態でも眠り続けられるのだ。つまり浅い眠りである。アスカはこれを楽しいと感じた。

眠るなんて、これ以上気楽で安全で楽しい事が他に世の中にあるだろうか。

浅い眠りにつくと、いつまでも夢が見られる。夢の中ではあたしは女王様だ、皆があたしを中心に回っている。あたしの興味の向く方向へと物語は進み、あたしの嫌いな事は思い出さずにすむ。皆があたしを大切にしてくれる。だってここは、あたしの世界なんだもの。

アスカはかなり前から意識ははっきりしていたのだが、起きたくなかったのでこの2、3時間起きないでいた。しかし尿意と空腹に動かされ、のろのろと、ベッドという楽園から起き上がった。

何か、気持ち悪い。…頭、痛いな。

ややふらふらしながらトイレに行く。はっきり目を覚ます為に洗面台でばちゃっと水を顔に叩き付けた。
 
 

アスカはふと鏡に映る自分の姿を見た。
 

醜い姿になったりはしていなかった。
やや自身の無い表情だが、ほぼいつも通りの少女がこちらを上目使いで見ていた。

アスカは少し安心した。
 
 

2部屋ある自室の寝室兼居間側にある端末のパッドを動かす。端末がスリープモードから目覚めた。
何通かメールが来ている。彼女は受信トレイをチェックする。最高度のプライオリティが何故か3通も来ている。どうせそれ以外はDMだと考えたアスカはその3通のみを取り敢えず見る事にする。

1通目は、人類補償委員会からの通知で、守秘義務やアスカの法律上の権利、委員会への適用範囲などについて長々と書いてあった。2通目は、やはり補償委員会から、これからの身の振り方について「アドバイス」があった。

アスカはまた欠伸をもらした。

ったくねえ。アドバイスする暇があったら、職の一つも手配しなさいよ。…採用面接の時にあたしが「あの秘密組織の実験責任者」だとばれたりはしないのかしら…おお、怖。

頬杖を突きながらアスカは3通目をクリックした。

アスカの目が止まった。
「まさか…ね。」


「え、それじゃアスカ、委員会を辞めちゃったの!」ヒカリは箸を止めた。
2人と1匹の食卓は、数秒静止した。

「そうみたいやな。うちの部署からは公式発表しかアクセスでけへんけど…普段目を通すこともないしな。たまたま見たら、技術調査部1課主任惣流・アスカ・ラングレー、一身上の都合により除隊、やと。」

「何があったんだろ…」口をとがらせ、下を向くヒカリ。

「分からん。中国支部医療局研究処3課勤務のわいには、検討もつかん。」
「じゃあこの後、連絡付けましょう。向こうと。」
「まあ、繋がればええけどな。ここ研究施設の街やから、却って他から切り離そうとしてるんちゃうか。まあ電話の繋がらん事といったらないで。」

トウジは焼き魚を突きながら、引き締めていた顔を穏やかにさせた。

「まあ、惣流にはシンジが付いとる事やし、そない心配する事無いと思うけどな。」
 


僕はマヤさんから「今日は書棚の移動で遅くなる」と聞いていたので、彼女の分の夕飯にラップをかけ、早々と夕飯を終えていた。

僕は最近そんなに悪い気分ではなかった。いや、どちらかと問われれば気分は良かったと思う。学校での時間、毎日の生活が、忙しいながらに充実感があったからだ。

川越君、若葉さん、もちろん坂戸。皆それぞれうまくなっている。坂戸君なんて、下手したら僕よりうまくなってしまったかもしれない。でも、本人にそんな事言ったら物凄い勢いで否定するんだろうな。坂戸君の演奏は力強い。チェロってどっちかっていうと脇役的存在だと思っていたけど、彼のチェロは舞台の中央に立って雄弁に語りかけて来るようだ。川越君は僕に似て器用な演奏だ。突っかえる所があると必ず一からやりなおす。きれいに演奏したいという気持ちがひしひしと伝わって来る。若葉さんは、本人の人柄に似てソフトな印象だ。優しく、自分のチェロをいたわるかのような動きで音を奏でる。3人とも個性的だけど、それぞれ頑張っているんだよな。

既にシャワーを浴びて後は一刻も速く眠りにつきたい、そんな時に電話が鳴った。僕は正直、ちょっと面倒臭かった。

「はい、伊吹ですが。」
受話器を取った僕の耳に聞こえて来たのは、あまりにも懐かしい声だった。

「あ! 繋がった! 繋がったわよ、鈴原!」
「もしかして…委員長?」
「あ、ごめんなさい。碇君ね。」
「うん。そっちはどう?」
「お陰様で元気にやってるわ。ところで、アスカはいる?」
「あ、ごめん…」僕は真実を告げようかどうか一瞬迷ったが、隠して得をするものでもない、と思い返した。
「アスカは、今この家にいないんだ。仕事の関係で松代の方で一人暮らししてて…」
「え? いない、の?」
「うん。ごめん、知らせてなかったけど、2年半位前からもうここにはいないんだ。」

トウジとのメールがいかに「外交的」な物だったのか、僕は自分で思い知らされた。2人とも書く内容に気を使っていたとはいえ、今までそんな事も知らせていなかったわけだ。

「そう…あのね、碇君。今日鈴原が研究所のパソコン見てたら、アスカ、委員会を辞めたらしいのよ。」
「辞めた? 委員会を?」
「うん。それ以上の情報が無くって…碇君、何で彼女が辞めたのか、知ってる?」
「知らないよ。…本当に辞めたの? アスカが?」
「そうらしいのよ。へえ、碇君も知らないんだ。私はてっきり、とうとう彼女、碇アスカになるのかしら、なんて思ったんだけど。」洞木さんは恐らく無理に、声を明るくして言った。
「…ははは、そういう事じゃないみたいだよ。」僕は自分が自然に答える事が出来たかかなり不安に思った。
「そう…アスカの電話番号、もちろん分かるわよね。」
「うん。」電話が置いてある台の引き出しの奥の方をがそごそ探す。
 

「じゃあ、」教えて貰えるかしら、と言いかけてヒカリは口をつぐんだ。
「連絡して貰えないかしら。何があったのか。アスカ、もしかしたら落ち込んでるかもしれないから。」
 

「ああ…うん。そうするよ。」
「もし落ち込んでいたら、彼女を救えるのは碇君だけよ。」
「…そうかな。」僕は思わず呟いた。

「そうよ。アスカが一番心を許している人は、碇君よ。アスカは普段そういう事は言わないでしょうけど、本当は碇君の事が大好きなのよ。」洞木さんは「大好き」を強調して言った。
「う、うん。」
「お願いするわね。」
「うん、分かったよ。」
「…鈴原に、変わる?」
「ああ、…うん…」
「シンジか?」
僕は何だか、そのとぼけた声で少し気分が明るくなった。
「トウジ!」
「はあ、元気にしとったか?…って、その声やったら大丈夫やろな。」
「うん。」
「何や、惣流はそこにはおらんのか?」
「うん、仕事の都合、でね。」
「そうか。そやけど、その仕事が無うなったらしいねん。まあ、あいつの事やし、そない深刻な事やない思うねんけど、ヒカリが心配しよってな。ほな、頼むわ。惣流もセンセの言う事やったら素直に聞くやろからなあ。」
「分かった、聞いてみるよ。…通話料、大丈夫なの?」
「ああ、ほんまや。衛星やからな。これ以上話しとると破産するわ。…じゃ、また今度メールでな。」
「うん、じゃ、おやすみ、トウジ。」
「ほな。失礼するで。」
「じゃあね。」

僕は受話器を置いてほっと一息をついた。

眠気は覚めた。

しかし僕は何をするべきか良く分からなかった。
 

アスカが委員会を辞めた? 一体何で? 今から彼女に電話するべきだろうか。

僕はアスカが好きだし、アスカに不幸になって欲しくはない。これは自明の理だ。
しかし本当に問題があるのなら、彼女の側から連絡はつけて来るのではないだろうか。
そもそも委員長…じゃなくて洞木さんは、僕とアスカがちゃんと付き合いだすより更に以前に向こうに行っていたから、その後の僕と彼女の微妙な関係は知らないんだろう。…アスカも連絡取ってないらしいし。だからこそ、僕だけが彼女を救う、みたいな事が言えるんだ。
それは、僕だってそう思いたいけど、彼女が選んだのは森さんだったんだ。今、仮に彼女が何か嫌な事があって落ち込んだとしても、間違いなく森さんに相談するはずだ。そこに「修行中」の身の僕がしゃしゃりでるなんて、却って彼女に迷惑だろう。それじゃまるでストーカーだ。

でも、友達だったら何かあったら聞くべきなんじゃないのか。

いや、それは僕の思い上がりかもしれない。アスカは今森さんという僕の目から見ても良いパートナーを得て、幸せにしているはずだ。「友達」とはいえ、色々な事のあった僕の声を聞いたら不愉快になるんじゃないか。

でも、僕はアスカに聞きたくないのか。

聞きたいさ。聞きたい、けど…彼女も僕を一応友達として認めている。その彼女が別に何も言って来ない。つまり相談するような問題は無いって事じゃないか。そこで僕だけ空回りして彼女に不愉快な思いをさせるなんて。

僕は引き出しから引っ張りだしたアスカの部屋の電話番号のメモを前に俊巡していた。

でも、電話位なら彼女も気にしないかな。…まあ、仮に彼女が辞めるのが本当とするなら、どうせまた急に思い立ってどこかに転職するつもりにでもなったんだろう。まさか森さんに永久就職…無いな、アスカは結婚しても仕事は続けるタイプだ。
 
 

僕は意を決した。

僕はアスカの部屋にダイヤルした。考えてみたら、この番号にダイヤルするのは初めてだった。

トゥルルルル・トゥルルルル…

そういえば、最近補償委員会で何か実験、事故ったらしいけど…関係ないか。アスカは、確か調査関係の仕事だったはずだし。まさかね。


アスカは呆然と呟いた。
「まさかね…」

しかしこの旧綴りのドイツ語、サインはまさしく養母の物だった。

アスカは何故かおかしかった。

何だかねえ。これ位重い事が続けば、あたしも充分悲劇のヒロインを気取れるわよねえ。仕事を無くして、男を無くして…

「今度はファーターか。」

まあ、特別親近の情があった訳じゃ無いからねえ。良い人だとは思うけど。子供好きでさ。人種差別に反対で、トルコ語を習っていたわよね。でも下手なのよ。あたしもトルコ語なんて全然分からないけど、素人が聞いてもこの発音は絶対なまってるって分かったもの。良い声してたわよね。まあ本当に典型的なドイツ人だったわねえ。合理主義を標榜しているわりに中身は頑固なのよね。なんだかんだ言って自分の意見は絶対曲げないの。でもムッターにだけは頭が上がらなかったわね。「もう私の作るソーセージが食べたくないんなら…」って言われると、手も足も出ないの。あたしがネルフの実験に参加する事には、反対だっ…

「今、思い返す事じゃないわね。」

アスカはパソコンをスリープさせた。

アスカはベッドに戻って、仰向けに寝転がった。
「死んだんだ。心筋梗塞で。…実の親じゃないしな。別に。別に…」

悲しくない…事もないか。悲しいか。…やっぱり悲しいよ。悲しくない訳無いじゃない!
 
 

誰かと話したいな。

森さん…は絶対駄目だし、ミモリも、委員会関係は電話なんか出来ない。

「やだ、何でそこでバカシンジが出て来るのよ。」

何であいつの顔が浮かぶのよ。自分が辛い時だけすがって、普段は無視? あんた、それはいくら何でも虫が良すぎるわよ。

ヒカリ…もダンナが委員会か。
 

はぁー。愚痴る相手もいないか。時報にでもかけようかしらね。
 
 

アスカは寝返りをうって、枕を抱いた。
アスカの電話が鳴る事は無かった。


「この回線は、現在使われておりません。電話番号をもう一度お確かめの上、お掛け直しください。」

「あれ、おかしいな…」僕は呟いた。確かにメモ通りにダイアルした。二度目だ。
「メモ間違ってたのかな…」これで松代の家にかかるはずなんだけど…

まあ、本当に何かあったらアスカの方から言ってくるだろ。

僕は電話を置いて、自分の部屋に向かった。
 

妙な所で目を覚まされたので、ちょっと寝付けなかった。僕は今日の昼の事を思い返していた。
 

1時間目の後の休み時間、僕は次の時間の準備をしていた。
「すいません、碇先輩。」廊下から、若葉さんが呼んでいる。

僕は知り合いから冷やかされながら、廊下に出た。珍しい事もあるものだ。
「どうしたの、若葉さん。」

若葉さんは元々おとなしそうな内向的な雰囲気だが、いつもより更に言いずらそうにしている。

僕も心配になった。
「え、どうしたの? 何かあったの?」
「あ、あの、先輩、休み時間お邪魔してすいません。あの、…昼休み、ちょっとお借りして良いですか?」

僕はピンと来た。
「ああ、そういう事か。昼休みの間も練習して、川越君を出し抜きたいんだろう。」
「あ、はあ…あの、じゃあ、お昼休みに第2音楽室で待ってます。」
若葉さんは僕の顔も見ずに行ってしまった。
 
 

昼休み。

僕は空腹のお腹を押さえつつ、3階の第2音楽室に行った。
戸を開けると、若葉さんと、見知らぬ女の子が座っていた。

若葉さんは僕を見ると嬉しそうに微笑んで、その女の子の肩を叩いた。

「若葉さん、この子は?」
「失礼します。」若葉さんは廊下に出て行ってしまった。

「え?」「あの」
その女の子は立ち上がった。見た目は若葉さんと対照的に、男っぽくて、非常に活発そうな感じだ。ショートカットの黒髪と、意志の強そうな瞳。素晴らしい美人、とは言えないかもしれないが、中からあふれ出る明るさがとても良い印象を与えている。

「あの、あの」その女の子は胸に手を置いて一呼吸した。
「若葉の友人の、藤川マコトと言います。…あ、男みたいな名前ですけど、もちろん女です。」
「はあ…」
「あの、失礼ですけど、碇先輩は今付き合ってる人とかいますか?」

僕も、さすがに彼女が何の用件で僕を呼び出したのか分かった。どうやら入部を希望する子ではなさそうだ。
「えっと、今はいないけど…」

「あ、じゃあ、私と付き合って頂けませんか? あの、好きです! 前から先輩の事、ずっと見てました。」
藤川さんは視線を外して、少し申し訳無さそうに笑った。
「あ、ずっとって言っても3ヵ月前からですけど。」

「そ、そう…」僕はどう答えて良いものやら分からなかった。僕の頭が状況分析を拒否しているようだ。
「ええっと…」

「お願いします!」

「あの…ごめん。僕、付き合ってはいないけど、好きな人はいるんだ。」

「あ…そうですか…」
藤川さんは縮こまって、目を潤ませた。少なくとも僕には潤んでいるように見えた。

「…あ、でも、お友達にはなれますよね!」彼女は顔を上げた。こぶしをきつく握り締めている。

「あ…え、まあ…友達なら…」

「はい! 友達から!」彼女は勢い良く叫び、顔をくしゃくしゃに崩した。そして廊下に駆け出して行った。

廊下で藤川さんと若葉さんが手をパチンと打つ音が聞こえる。2人の笑い声も聞こえる。
僕は自分に確認した。

「断わったよな…僕。」
 
 
 
「断わったよな。…勿体無かったかな。」

まだ夜11時だが、既に猛烈に眠い。

僕はベッドに仰向けに寝転がっていた。悪い気分ではなかった。
いや、本当は、良い気分だった。

つづく
 


次回に続くよどこまでも
 
ver.-1.00 1997-08/12 公開
 
感想・質問・誤字情報などは こちらまで!


私、特別中国(語)に拘りが有るって訳じゃないんですよ。ただ今回の話では、ちょっとひねった場所に彼等を行かせたくって、でも委員会の支部がありそうな所は限られてるし、で中国になった次第です。ちゃんと説明してませんけど、ここのトウジは何故か中国で義足等医療器具の研究をしてます。ヒカリと事実婚(笑)。
第8話の領域ですけど、当初はアスカの事も報道されたという風にしていたけど、そすると描写が大変なので変えたのでした。(^^;
それでは、「来週も、地味に地味に!」


 フラン研さんの『キーホルダー』第九話公開です。
 

 トウジがジャージを着ていない!

 とか、
 くだらないツッコミでお茶を濁そうとしてみたりなんかしちゃったりして(^^;
 

 級友達とのすれ違い、
 いつの間にか出来ていた隙間。

 目的を見失ったアスカに手を差し伸べるべく動いたシンジの思いも・・・
 

 地味に地味に辛い空気に包まれていますね。
 

 あぁ・・フラン研さんがへたくそなら良かったのに。
 そうだったら読み飛ばせるんだけどな(笑)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 感想をちょこっとフラン研さんに送ってみませんか?



TOP 】 / 【 めぞん 】 / [フラン研]の部屋