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 人は闇を恐れ、闇を削りながら生きてきた。明かりをともし、文明を発達させ、闇を光で満たすことによって生き延びてきた。人は火を使い、闇と他の動物を駆逐し世界の覇者となった。だが、人間のあくなき好奇心と猜疑心は過剰な火を作りだし、人類自らにその刃を向けたこともある。
 ”核”という火は人間には扱いきれないものであったのだろうか?それでも実際に使用してみなければ、それが手に負えない火であることも認識することはできなかったであろう。地上界において人間は二度”核”を使った。二度もと言うべきか、それとも二度しかと言うべきなのであろうか?
 対象がどれほど困難かつ危険なものであっても、それに挑む人間はいつの世にも存在する。かつてジオフロント世界にも人智を越えたものに挑む人間達がいた。彼らは世界に散らばる神の遺産を集め 、計画を阻止しようとする神の使いと戦いながら、目的の門を作ることに成功した。

 しかし、その門は開かなかった。

 被害は甚大であった。地は割れ、天は荒れ狂い、数え切れないくらいの人間を飲み込んでいった。世界の荒廃は進み、封印されていた太古の闇が蘇った。
 未知へ挑んだ人間達は散りじりになった。あるものは蘇った異形の闇と戦い、あるものは惨劇の要因となった神の武器を封印し、あるものは当初の目的を諦めなかった。
 諦めなかった人間達はゼーレという名を冠する組織を作り、再び動き出した。彼らの理不尽な怒りをはらすために、世界を作り替えるために、そして神となるために。
 有史以来、何人たりとも成し遂げることができなかった神への道。人間は有限な存在であるがために、無限を求めるのであろうか?
 かつて自由の名を冠する天使はこう言った。

 「リリンには死と限界があるからこそ絶対的存在になる可能性があるんだよ。有限であるからこそ無限に成り得るんだ」

 だが、彼らは信じていなかった。現在の人類が絶対になる可能性を。彼らは許容できなかった。現在のジオフトント世界を。彼らは地上界への復讐と神との合一を求め、再び人間が神へと至る道を歩み始めた。彼らはその道をこう名付けた。

 人類補完計画と



ジオフロント創世記

第19話

赤い涙



 「・・・・では門は作るけど鍵は開けない、そういうことになるのかな?」

 「そういうことだ。私はゼーレの老人達とは違う」

 「そうであることを期待しているよ。それから約定を違えた時には、ためらいなく僕はあなたを殺すよ」

 殺伐としたセリフの時でも発言者の軽やかな調子の声は裏返ったりはしない。事実を淡々と述べているだけといった趣がある。また物騒なナイフを突きつけられた方もそれが当然で有るかのように全く動じた様子はない。その存在と実力を知る者ならば、背中に冷たいものを感じずにはいられないであろう、渚カオルの恫喝にも似た言葉でさえ、特務機関ネルフ司令・碇ゲンドウを動揺させることはできないらしい。
 そんなゲンドウを最後の一瞥をくわえたカオルは、燕のような仕草できびすを返すとゲンドウに背を向けた。瞬時にテレポートしてしまえばいいものをわざわざ足音を立てて退出するところがカオルらしい言えばカオルらしい。


 「久しぶりね、坊や」

 ネルフ本部地下セントラルドグマの最奥部からでてきたカオルを出迎えたのは、ハープのような声楽的な声だった。自然の光が全く入らない異様な空間には不釣り合いな声である。壁に背を預けてゆでを組んでいたシャルロットは軽く髪をかきあげばがら身を起こした。

 漆黒の闇に金の髪と銀の髪が浮かんで見える。普通の人間あらいるだけで発狂してしまうような静寂の闇の中にあっても両者の髪は輝いて見えた。

 「そうだね。シャルロットも変わりなくて何よりだよ」

 「碇ゲンドウとの会談は終わったの?」

 「一応はね」

 「それで?」

 「当面は協力するさ。とりあえず補完計画第一段階のサルベージまではつきあうよ。彼女にはもう一度会いたいしね」

 一応・当面・とりあえず・・・・。この少年のような天使はいつからこんな含みのある表現しかしないようになったのだろう?
 シャルロットは目を細めながら考え込んだ。神によって生み出された瞬間から完成していた他の天使とは異なり、この少年には最初は言葉すら与えられていなかった。彼は人間と同じように言葉を覚え、精神と肉体を鍛え、感情を修得しながら生きてきた。
 シャルロットがこの奇妙な天使に始めて会ったのは15年ほど前になる。その時からこの少年はシニカルな言葉しか口にしない。

 「準備はできているのかい?」

 輝くような金髪の髪の中で繰り広げられていた思考は2秒ほどで停止した。

 「補完計画ならまだよ。門の少女と鍵の少年にはもう少し時間が必要ね。力の方は第1段階に耐えられるレベルに来てはいるけどね」

 「サルベージの後の準備は?ネルフが四面楚歌になるのは火を見るより明らかだよ」

 「ゲンシュウ閣下が色々と飛び回ってくれてるわ。でもなかなか難しいわね。サルベージが成功すればゼーレは本格的な補完計画発動に踏み切るだろうし、力天使を中心とする正統派使徒も全面攻勢をかけてくるでしょうね。それから異端派の使徒もね」

 この時シャルロットは、ネルフのいや、碇シンジの最大の敵になるであろう存在をあえて無視した。全ての始まりであり、全ての終わりになるかもしれない存在。太古の昔に神々によって封じられた初めの人間であり、使徒でもある存在。碇シンジは神々の手すら煩わせるその存在の対抗者なるべく生まれてきた。世界のバランスを取る因果律の手によって。
 真・死海文書の真相を知っていた両者はそのことを知っていた。だが、シャルトットはその存在のことを今は口にしなかったし、カオルもそれを是とした。

 「要するにジオフロント世界全体が敵になるということだね」

 「まったく妻一人のために全世界を相手にしようなんて、ここの司令官は気が狂ってるとしか思えないわ」

 シャルロットはわざとらしく嘆息すると、お手上げといった風に両手をかざして見せた。ゲンドウの真の目的がそれだけでないこを知っており、自分も”気が狂っている”メンバーの一員であることは承知しているが、何も事情を知らない人間が聞いたらシャルロットは単なる被害者に見えるような名演技である。この金髪の剣士は1mgの努力も必要とせずに、自分だけ棚の上にあがるという特技も持っているようであった。

 「まあジオフロント最強の八旗衆の内、すでに白銀・真紅・漆黒・琥珀・水晶と五人までが顔を揃えているんだ。なんとかなると思うよ」

 「あら?自分も数に入れるとは意外だわ、坊や」

 「酷い言いぐさだね。そこまで厚顔無恥ではないつもりなんだけど。それからその坊やっていう言い方はどうにかならないものかな?」

 カオルの要求に対してシャルロットは満面の笑みを浮かべることで応えた。カオルはそれが拒絶の表現であることは長年のつき合いから知っていた。華麗な薔薇のような微笑みを作ってカオルを落胆させたシャルロットは、視線を少し落とす。アイスブルーの瞳の先にはプラチナを更に精錬したような輝きを放つ棒状の武器があった。

 「EVA08、光の槍ね。ヤマトから借りてきたの?」

 「まあね、EVA11も試したんだけどこっちの方が具合が良くてね。ヤマトはEVAが嫌いだから、有効利用させてもらっただけさ」

 全部で13体あると言われる神々の武器EVAシリーズ。現在00,01,02がネルフに、05が六分儀ショウの手にある状態である。残り8体の内ゼーレが所有しているのが6体。このうち適格者が見つかっていないものが2つ。そして行方不明となっている残りの2体の内、一つは八旗将の一人が所持しており、もう一つはとある神殿に封印されている。
 カオルは封印されている神殿まで出向いてみたのだが、そのEVAはカオルと相性が悪いらしく、いまいちうまく使いこなせない。ゼーレが保管していて適格者のいないEVAは厳重に管理されていていくらカオルといえども簡単に手を出せるものではない。そこで適格者でありながらEVAを忌み嫌っている男に借りてきたのが今、カオルが腰に差している08であった。
 ゼルエルと激闘を繰り広げた時にはかなりの長さがあったが、現在は1mに満たない長さにまで縮小されている。シンジのEVA01も腕輪の形に変形するが、この08も同様のタイプであるらしい。
 カオルのベルトに差し込まれた今は柄だけのEVAを見つめた二人は、自然とこの槍の真の適格者の顔を思い浮かべていた。繊細な顔に似合わず、剛直で頑固でそして凄まじい力を持つ男。おそらくそう遠くない日に再会することになるであろう。その時、男は再びEVAを取るのだろうか?いやおそらく取らざる得ない状況になっていることだろう。
 静かに顔を見合わせたカオルとシャルロットは、地上へと続く長い廊下を歩き始めた。どこまでも続くような暗がりの通路に、コツコツとした靴の音だけが妙に大きく響き渡った。




 「あまり順調に進んではいないようだな?碇」

 殻闇に響く重厚な音。まるで黒ミサでもしているかのような暗黒の中での会議。議長席にあたる場所から発せられた声は、重くのしかかるようにその場を支配した。

 「2%と遅れてはおりません」

 「世界を滅ぼすには1秒あれば十分なのじゃよ。2%でも取り返しのつかない遅れになりうることは分かっておるじゃろうが」

 「近日中に取り戻せる遅れです」

 「そうすることじゃな。そのために02の適格者の件を不問にしておいてやっているのじゃからな」

 「感謝いたします」

 碇と呼ばれた男は背を丸めしわがれた声で詰問してきた男を軽くいなした。皮肉めいた言葉は参列者にほとんど感銘を与えなかったが、最も感銘を受けなかったのは皮肉を向けられたゲンドウ本人であるようだ。

 「しかしEVA02の適格者は君の心理操作が解けた今の方が力を発揮しているぞ。君の研究は資金の浪費だな」

 「なんじゃと!あれはまだ序の口じゃ!成果はフィードバックされておるっ!今ワシの手元にいる適格者達の実験結果を知らないわけではあるまい!!」

 「実験はあくまで実験ではないのかね」

 「止めぬかっ!」

 猫のように背を丸めていた小男と、その対角線上の席に座っていた痩身で鉛色の頭髪をした男の舌戦はそこで中止された。議長席に座るキール・ローレンツはサンバイザーの角度を複雑な文様が描かれた手袋をはめた左手で調整すると、かるくこしをあげて座り直した。

 「いずれにしてもシナリオの変更は認められない。約束の時まで時間がない。各人の善処を期待する。以上だ」


 「委員会の会議は終わったのか?」

 キールの声が暗い部屋に響いてからきっかり30秒後、いつものように正確な歩幅と背筋をピンと伸ばした姿勢で入室してきた冬月コウゾウは、デスクに座したまま動こうとしないゲンドウに静かな声を掛けた。

 「ああ」

 「委員会で突き上げられたのではないか?計画の遅れについて」

 「問題ない。ことは我々のシナリオ通りに運んでいる」

 「ここまではな。しかしユイ君のサルベージはいつでも実行に移せる段階に来ている。動かないのでは怪しまれるぞ」

 「門も鍵も、そしてロンギヌスの槍もこちらの手にある。老人達は何もできはしない」

 「だが、余計な介入されるのはやっかいだ。いずれ敵になるとしても今の段階からことを荒立てる必要もあるまい」

 デスクに肘をつき、口の前で指を組んでいたゲンドウは、そこまで聞くと黙って立ち上がり、司令室の隠し通路に向かう。チラっと腕時計を見た冬月は、時刻を確認する。

 午後3時

 その時刻にゲンドウがなにを日課にしているかということを冬月は知っていた。

 「赤木博士に準備を始めるように言ってくれ」

 ゲンドウは振り向きもせずに言い残すと、冬月の前から姿を消した。


 「ユイ君に向ける思いの半分でも息子に向けてやればいいものを・・・・」

 全てを拒絶する断崖絶壁のようなゲンドウの背中を見送った冬月は、不意にそう呟いた。碇は息子を愛してはいないのか?そんな考えが冬月の脳裏をよぎる。因果律の定めによって生まれた運命の子。もしかしたら自分とユイの愛の結晶の産物ではないかもしれない息子。人は自分の意志とは無関係に生まれたかもしれない子供を愛することはできないのであろうか?
 だが冬月は知っていた。シンジがジオフロント世界に現れたと報告があった時にゲンドウが見せた歓喜の表情、そしてその直後に襲ってきた余りにも沈痛な、沈痛という言葉でも言い足りない表情のことを。
 冬月は唇を堅く噛みしめると視線を上に向けた。天井に描かれた魔法陣を見たわけではない。その遙か上空の、ジオフロント世界を突き抜けたところにいるであろう神を睨み付けたのだ。冬月は以前、神の存在を信じてはいなかった。しかし現在はその存在を知っている。ただし神を信じたことは一度もなかった。




 「もうすぐだよ、ユイ・・・・。もうすぐ会える」

 「シンジとレイが会わせてくれるんだ・・・・。シンジも大きくなった。男の子は母親似になるというが、その通りだよ。輪郭の辺りは君にそっくりだ・・・・」

 その場に冬月コウゾウ以外のネルフ職員が居合わせたら驚きの声を上げたことであろう。一部では人間であることすら疑われている冷酷非情な彼らの司令官にも感情の起伏があることを発見して。だが、ゲンドウの周りには誰もいなかった。目の前に聖母のような静かな表情で眠るユイがいるだけだ。
 そのユイも正確にはここにはいない。肉体はあるが精神は次元の狭間を彷徨っている。そう、10年前のあの日から。

 「君もシンジに会いたいだろうな。いや会いたくないかな?真・死海文書にある”運命の子”たるシンジには・・・・」


 ギリッ!


 ゲンドウの右手から異様な音がした。しばしの静寂の後、ゲンドウの手に握られていた白い手袋が赤く染まり始める。中央部から流れる赤い液体を吸い込んだ手袋は次第に湿り気を帯び、やがてゲンドウの足下に真紅の水たまりを作った。
 それはゲンドウの涙であった。涙腺から涙を流すことを忘れてしまったゲンドウは、こうして泣くことしかできなくなっていた。

 「生きていれば幸せになるチャンスはいつだってあるわ。この世界が有る限り」

 右手からこぼれ落ちた赤い涙が止まり始めた頃、ゲンドウは過去に妻が口癖のように言っていた言葉を頭の中で反芻していた。その言葉こそ今のゲンドウを駆り立てる要因であった。
 ゆっくりと瞼を閉じてもう一度妻の言葉を頭に刻みつけたゲンドウは身を翻すと部屋を出る。バタンという音がして扉が閉まった瞬間、ゲンドウの中の夫と父親の部分は消えていた。



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ver.-1.00 1997-08/20 公開
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 ジオフロント創世記第19話です。なんかゲンドウが父親してます。ゲンドウは割と好きなキャラクターなんですが、彼を書くときは難しいです。原作であれだけインパクトの強いキャラですから。
 近い内にまたオリジナルキャラを登場させます。そもそも使徒と適格者を分離してほとんど出そうとしたことが間違いの始まりだったかもしれません。何しろ17人の使徒と13人の適格者・・・・これだけで30人。それからミサトにリツコに加持にゲンドウ、冬月・・・・・、いっそのことミサトもリツコも適格者にしてしまえ、と思ったこともあったのですが、それじゃ、アスカが目立たなくなってしまうし・・・。  少し苦悩してます。ネタばらしを小出しにしているので話が分かりにくくなっているかもしれません。ちょっと考えていることもあるので解決法はもう少しお待ち下さい。
 それではまた


 MEGURUさんの『ジオフロント創世記』第19話、公開です。
 

 後書きを読んでビックリ!
 [17人の使徒と13人の適格者]・・・・もの凄い数ですね(^^;

 GenesisQも沢山使徒を出して
  1つ1つが分かりにくくなりましたが・・・・
 書き分け頑張って下さい、MEGURUさん(^^)

 はしっこの使徒や適格者は早めに始末してしまうとか(爆)
 

 「ちょっと考えていること」まってます。
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 貴方の感想をMEGURUさんに送りましょう!


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