話は少し前にさかのぼる.
盆休みから数日過ぎた夏のある日のこと,ここ第三新東京市でも夏祭りが行われていた.場所は,旧市街に位置する神社の境内とその周辺.以前,シンジ達が駄菓子屋で遠足のおやつを買いに行った際に訪れた所でもある.境内は階段を十段上がった平地にある.祭りにともない夜店が広い境内の中から周辺の歩道まで広がっていた.
祭りの会場から少し離れた普段は静かな竹林の前,仮設されたテントにスタッフと思われる何人かの大人が機器を片手に何やら話していたり,救急箱の中身を点検したりしていた.周辺には幼子とその保護者という組み合わせが多数佇んでいる.ここは,夏祭りと並行して行われている「幼児限定」肝試し大会の会場だった.
「いい?シンジ.ことしはひとりでいくのよ.」
「う,うん.」
赤地に白い水玉模様の袖無しシャツにミニスカート姿のアスカが綿あめを片手に力強く宣言していた.ちなみに,アスカの頭にも四つの緑の目を持つ赤い面が乗っかっている.
「頑張ってね.シンちゃん.帰ったら一緒にスイカ,食べましょうね.」
「うん….」
二人の保護者として引率しているユイがにこやかにシンジを励ます.ユイは紺のショートパンツに水色のTシャツを肩口まで丸め込んだラフないでたちだった.右手にうちわを,左手に焼きもろこしを手にしている.肩に力の入っているアスカに比べてこちらはお気楽そのものといった感じである.
「『みおくり』はもういいかあ?シンジ.」
「そーりゅーにつれてもらったほうがいいんじゃなーい,シ〜ンちゃん.」
「きょねんは『アスカぁ〜ヒック,わ〜ん.』だったもんなあ.」
シンジを揶揄する三人.言わずとしれたタカシ・ツヨシ・カズヒロの三人組である.去年,シンジはアスカと二人で「肝試し」に出かけたのだがアスカの服の裾を掴んで離さず大泣きして帰ってきていた.そもそも今年,シンジが一人で行くはめになったのはそのことを巡って三人組とアスカが口論になったからである.
「アンタたちはだまって!」
「「「・・・・・・」」」
本気で怒鳴ったアスカに三人は沈黙した.
「シンジ,アイツらをみかえすためにもひとりでいってかえってくるのよ.いいわね?やくそくよ.」
「う,うん.」
「女の子との約束は守らなくちゃね,シンちゃん.」
「うん.」
「それじゃ,いってらっしゃい.」
もう一度,念を押すアスカ.意識しているのかいないのか意味深なことを言い出すユイ.それはともあれシンジは虫除けスプレーを念入りにかけられた後,二人の女性に見送られて出発した.
『…ことしはがんばらなくっちゃっ.』
会場となっている竹林に街灯などの明かりは一切無い.今晩の天気は快晴でしかも満月なので月明かりが辺りを照らしていた.だが,うっそうとした竹林の中にどれだけ届くかは疑問だった.光源として主に頼りになるのは貸し出された懐中電灯といったところである.
『ことしはどうしよう?』
竹林の中に入って間もなく,シンジは左右分岐路の前に立っていた.ここの「肝試し」は通る道筋が一通りではない.「行き」,スタート地点から中間点の「墓場」までには三通りの行き方がある.去年,シンジとアスカは最初の分岐で「左」を選んで一本道で「墓場」に到達していた.
『きょねんはひだりにいってないちゃったんだっけ.』
シンジは右の道を選んだ.ちなみに右を選ぶと左よりも長い距離になる上にもう一度分岐路に出くわすことになっていた.だが,そのことをシンジは知らない.いつも歩いてる舗装された道路に比べて足場の悪い道をシンジはのろのろと進んでいた.シンジが先行していたレイを見つけたのはその道すがらであった.
「き,きてたんだ.レイちゃん.」
「!」
突然シンジに声を掛けられ,慌ててこくんとうなずくレイ.シンジがユイに連れられて来たと同様に,レイもまたメグミに連れられて祭りに来ていた.スタート地点で顔を合わせていなかったのでシンジも少し驚いていた.
「あら?ユイさんじゃありません?」
「メグミさん?うちのシンジがお世話になってます.」
「こちらこそ.いつもレイがお世話になってます.」
「こんばんは,おばさま!」
「はい.こんばんは,アスカちゃん.」
レイとシンジが出くわしていた頃,メグミとユイ・アスカもまた互いに顔を合わせていた.
「おかーさんといっしょにきたの?」
「.....」
「ひとりであるいてきたの?」
「.....」
シンジの問いにレイはそれぞれこくんとうなずいていた.元々大人しいレイだが今日は周囲の暗闇も手伝ってかその表情に精彩が無かった.
『どうしよう?』
シンジは迷っていた.レイを置いて一人で先に進む程,シンジは薄情でも無関心でもない.また,一人で歩くのは心細いというのもあった.しかし,シンジの脳裏にはアスカやユイとの「約束」が焼き付いていた.
「.....」
「.....」
しばらくの間,沈黙が二人を支配した.…そして,意を決してシンジはレイに声を掛ける.
「いっしょにいこっ,レイちゃん.」
「…うん.」
シンジの誘いにレイが初めて言葉を発する.少し赤らんだレイの顔には安堵の色が浮かんでいたがシンジは少しばかり後ろめたさを覚えていた.
「レイちゃんを一人で行かせたんですか?」
「ええ.」
「それはまた思い切ったことを・・・.」
自分の息子のことは棚に上げて驚くユイ.ユイは手にしていた焼きもろこしの割った半分を紺地に百合の花をあしらった浴衣を着たメグミに手渡し話していた.
「本当は誰か他の子と行かせてあげられればよかったのですが…結局ひとりで
行く事に….」
「さきにわかっていればアタシがついてったのに….」
スタート地点に残った保護者達の待機所でユイとメグミは分け合ったもろこしを,アスカは綿あめをほおばりながら話していた.
「どっちにいく?」
「.....」
シンジとレイは二つ目の分岐路に差し掛かっていた.行く道は狭く,月の光も微かに入るのみで二本の懐中電灯が二人の行く手を照らしていた.心もとない明かりの中,
聞こえてくる音も遠くの祭り囃しに近くの虫の音,それにたまに別の道を行く子供の声のみである.それでも,そばに良く見知った子がいることはお互いに心強いものだった.
「みぎはたけづつにはなをいれたのがならんでるね.」
「…うん.」
「ひだりはなんかせまくなってるね.」
「うん….」
「みぎにいこっか?レイちゃん.」
「うん.」
シンジとレイの二人は右を選んだ.二人の性格と道の雰囲気からしてそれは当然の選択と言えよう.シンジ達が選んだ右の道は道の両側に竹筒が差し込んであって花が生けられている.その花々は萎れていないので生けたのは最近のことだろう.それは人が通っているということも示していた.
「これなにかなあ?」
「…さあ?」
シンジが指したのは薄く割いた竹で正方に編みこんだものでそれぞれの頂点を土の中に差してある奇妙な形状のものだった.それらは竹筒に対応して存在している.また,そのそばには線香が刺さっており,周囲はその香りに包まれていた.シンジとレイはしばらく立ち止まっていたが,結局二人共それが何であるのか分からなかったので再び先へと歩き始めた.
「…ねえ,シンジくん.」
「なあに,レイちゃん?」
「おねがいがあるんだけど….」
「…どんなおねがい?」
線香の匂い漂う暗い道を歩きながらレイは少し顔を赤らめてシンジに話し掛けていた.
「わらわないで…くれる?」
「…うん.」
「うた…きいてくれる?」
「え?」
シンジは目を丸くした.というのも,以前にシンジはレイから歌うのがあまり好きじゃないということを聞いていたからである.
「レイちゃん…うたうのすきになったの?」
レイは歩きながらこくりと頷いた.
「…まだ,おかあさんとおとうさんにしかきいてもらってないんだけど….」 あきさめに♪ ぬれる ふじだなを♪ みつめる ひとみは だれそかれ♪ ゆれる♪ みなもに♪ とびら ひらき♪
今レイが歌っている曲は幼稚園の合唱で歌った「風の神」と違って穏やかな旋律にゆったりとしたリズムを持っていた.それは二人の暗闇に対する得体の知れない怖れを幾分か和らげていた.
あきかぜに♪ゆれる すすきはら♪ねむれる ひとみは だれそかれ♪ ゆめに♪ つつまれ♪ あした とどく♪
曲自体は短いながらもその流麗な歌声はシンジを,そしてレイ自身をも穏やかな世界に導いていた.
「…きれいなこえ…レイちゃん,じょうず….」
「あ,あかりだ.」
「…きれいなおつきさま….」
『やくそく,どうしよう?』
「…ンジくん,シンジくん?」
「…ううん.なんでもない.」
「…レイちゃん?」「シンジくん?」
「でぐち,みえるよね?」
「…どうして?シンジくん?」
「あ….」
『…ありがとう…いえなかった….』
「それで…きたみちをもどっていっちゃったってわけ?」
「困った子ねえ….」
「でも,シンジくんらしいですわ.」
「ホント…バカ….」
『だいじょうぶかな…シンジくん.』
「はあっ,はあっ.」
「?」
「なんや,シンジやないか?」
「こ,こんばんは.」
「なにしとるんや?シンジ?」
「へんなシンジ.なんやろ?」
「…さきいくで.」
「なあ,ケンスケ.『エバン』でいちばんかっこええのは3ごうやろ?」
「はあ….」
「はあっ,はあっ,このへん…かな?」
『これでよし…と.うんっ,いこうっ.』
『ちょっとこわいなあ〜.』
『…こわくない,こわくない….』
「お話になったお子さん,二つ目の分岐を右にすすんだそうですよ.」
「(ほっ)…ありがとうございました.」
「シンジのやつ,おそいよなあ?そーりゅー?」
「シンジはひとりでかえってくるわよっ.」
「…シンジくん,くるもん.」
「ま,まあ,あとになればわかることさっ.」
『ぐすん…アスカぁ,おかーさん,やくそく…まもれないよ….』
『ぐすっ…どうしてさっきまでへいきだったのかな?レイちゃんがいたから?
でもいまはいない….』
『…レイちゃんはいない…さっきはあんなにたのしかったのに…レイちゃんのうたごえきれいだったな…うた?』
あきさめに♪ ぬれる ふじだなを♪ みつめる ひとみは だれそかれ♪
ゆれる♪ みなもに♪ とびら ひらき♪
シンジはほんのちょっとだけだが気持ちが落ち着くのを感じた.
あきかぜに♪ゆれる すすきはら♪ねむれる ひとみは だれそかれ♪
ゆめに♪ つつまれ♪ あした とどく♪
気分が楽になっていく.周囲には誰も見当たらない.本当は監視・保護のスタッフが近くに潜んでいるのだがそれをシンジは知らない.皆の前で歌うのとはまた別の楽しさがシンジの中で湧き上がってきた.そして,シンジは別の歌を歌い始める.
あおい そらのした♪ わらべたちがかけてゆく♪
おじぞうさんも♪ たたずんで ほほえみをなげかけ♪
・・・・・
シンジが次に歌ったのは幼稚園でよく合唱した歌曲である.夜道の中,聴く者も無い一人で放吟するそのさまはちょっと変といえば変だったが今のシンジには気にならなかった.
・・・・・
まいちれる すなのあらしに♪ ありしもの まぶたをとじ♪
あぜみちを たわむれあそぶ♪ わらべたち いえにもどれ♪
歌い終わった頃には,夜の闇も,遠くの喧騒も,近くの虫の音もシンジを脅かすことは無くなっていった.シンジは足取りも軽やかに竹林の道を突き進んでいった.
…それからゴールまで夜の闇にシンジが押し潰されることはなかった.
「ただいまあ,おかーさん,アスカぁ,レイちゃんっ.」
− 夜 碇家 −
「いっただきまーす.」×2
「…ん,あまいっ.」
「すみませんね,私達までご相伴になって.」
「はなび…きれいだね.」
「ごちそうさまーっ.」×2
花火は上がらなくなったが三人は無言のまま夜空を,星を,月を眺めていた.
「シンジ….」
「シンジくん…」
「シンジ?」「シンジくん?」
『Zzz・・・.』
「.....」
『なんか…ふたりだけで…ずるい.』
…眠り込んだシンジとレイの二人をアスカが頬杖ついて眺める光景は家路に就くメグミがレイを揺り起こすまで続いた.
VISI.さんの『私立第三新東京幼稚園』第十五話、公開です。
何とか夏休みに中に公開できました(^^;
夏休み中は投稿が爆発していて・・・
今日で夏休みも終わり。
肝試し・・・・怖いんですけど、楽しい。不思議な行事です。
スタート前はワクワクドキドキ。
いい想い出になるんです・・・
約束を守るために一往復半の道程を行ったシンジくん。
さあ、訪問者の皆さん。
「そ,そうなんだ….」
「…きいてくれる?シンジくん.」
「うん,いいよ.でもぼくでいいの?」
「…うん,いいの….」
「そお?」
「うまくうたえなかったら…ごめんなさい.」
そう言ってレイは歌い始める.レイは歌いながら,シンジはその透明感のある可愛らしい歌声を聴きながら歩を進めていた.
それが,我に戻ったシンジが発した最初の言葉だった.それを聞いてレイははにかんで顔を真っ赤にする.
「…う,うん.」
明かり…正確には竹林が途切れて外の月の光が差し込んで来たものだが,それを見てシンジとレイは駆け出す.竹林を抜けるとそこは開けた場所になっていて天空の月の光が辺り一帯を包み込んでいた.今までの閉じられた光景と全く対照的なそのさまに二人はしばらく立ち止まっていた.
「…そうだね.」
少しばかりひさかたの月の姿にレイが感想を述べる.それに相づちを打つシンジ.二人は竹林の出口付近に佇んだままそこを動かなかった.よく考えてみるとそこは墓地で,去年シンジは既に大泣きの状態にあった忌まわしき場所であったのだが今のシンジには気にもならなかった.月を眺め終えた後,レイとシンジは淡々と墓場を通り過ぎ「帰り専用」の道へと竹林の中に入っていった.
墓場からの帰り道,シンジには引っ掛かるものがあった.レイと一緒に歩いて来たことで今までシンジは怖がることなく歩いてこられた.だが,このままではアスカやユイとの約束は果たされない.レイと歩いて来た時間が楽しければ楽しいほど,それはシンジの心に重くのしかかっていた.
「え?」
「どうかしたの?」
シンジはレイが自分を呼んでいたことにようやく気がつく.レイの方を見ると,ちょっとおどおどしたような目でシンジを見ていた.
「.....」
「.....」
シンジとレイはゴールに向けててくてくと歩き続ける.二人の間の口数は少なくなっていた.少しずつ着実に歩は進み,行く先に明るみが見えて来た.
二人は同時に声を発していた.
「レイちゃんがさきでいいよ.」
「…シンジくんからでいい….」
「.....」
シンジは躊躇したが先に話すことにした.
「…うん.」
「さきにいってて.レイちゃん.」
「え?」
シンジの言葉にレイは驚いた.レイの瞳に戸惑いと不安の色が浮かぶ.
「ごめん,レイちゃん.やくそくだからっ.」
レイの疑問に対し,シンジは短く謝って今まで来た道を引き返す.
後に残されたレイは戸惑いと寂しさの入り混じった表情を浮かべる.事情を知らないレイにはシンジの行動がよく分からなかった.シンジの姿が闇の中に消えるのを見送った後,レイは出口に向けてゆっくりと歩き始めた.
それから程なくレイは竹林の外へと出ていった.
「…うん.」
待機所に辿り着いてメグミ達と再会したレイは三人に今までの経緯を話していた.
これはユイの反応.言葉とは裏腹に表情には困っているといった様子は全く無い.
これはメグミの反応.良く言えば律義,悪く言えば馬鹿正直なシンジの行動にメグミは微笑んでいた.
アスカは誰にも聞こえないくらいの小さな声でそっと呟いていた.怒ったような呆れたような嬉しいような表情をアスカは浮かべていた.
レイはシンジの身を案じていた.
シンジはこれまで歩いて来た道を急いで辿っていた.行きの時とは異なりそばには誰もいない.シンジは夢中で墓場をそくさくと駆け抜け先程レイと通った竹林の道の中に入っていった.
逆走するシンジの前方に幾つもの光が見えてきた.シンジは走る速度を緩める.近づくにつれてそれは「肝試し」に参加している子供の一行だと分かる.
最初に声を発したは特徴のある喋り,「かきつばた組」のトウジだった.トウジは濃紺の浴衣に下駄履き,頭には黒いお面を乗せているといういでたちである.他には,黄色地にさくらんぼの柄がプリントされた浴衣を着たヒカリ,小型ビデオカメラを両手で抱えているケンスケ,そして,水色地に大小のおさかなをあしらった浴衣を身にまとうマナが立っていた.四人も揃うと結構にぎやかしい.
「こんばんは〜.」×3
慌てて挨拶をするシンジ,元気に挨拶を返すヒカリ・ケンスケ・マナ.シンジがそわそわとしてるのはありありだった.シンジの態度にトウジ達は首を傾げる.
「うん…ちょっと….」
「なんや?」
「…ごめん,いそぐからっ.」
そう言ってシンジはトウジ達が歩いて来た方向に消えていく.
「さあね.」
トウジの疑問に答えられる者は誰もいなかった.
「…うん.」
「そうだね.」
「ケンスケくん,いいかげんカメラまわすのやめなさいよっ.」
「え〜これってくらやみもうつせる『あんしきのう』もついたすぐれものなんだよ〜.」
「そーゆーもんだいじゃないでしょっ.『きもだめし』のふんいきがでないわよっ.」
説教するマナに反論するケンスケ.マナの言うことはもっともだが,四人も集まってワイワイ歩いていては説得力があまりない.
「トウジ…なにもじぶんとおなじしゃべりかただからってひいきしなくても….」
「おまえにはわからんのか?3ごうのかっこよさが!?」
特撮ヒーロー番組「機動刑事エバン」について話すトウジとケンスケ.トウジは新たに加わった関西言葉を話す3号のファンだった.前回の放送では窮地に陥った0号と2号を1号との友情タッグで救い出すという3号大活躍のエピソードだった.それはともあれ,今この二人に「肝試し」をやっているという意識は全く無かった.
「ふぜいってものがまったくないわね….」
ため息をつくヒカリと呆れた表情のマナ.結局,最後まで賑やかな雰囲気のまま四人は歩き続けていた.
息を切らしながらシンジはレイと出会った場所に戻っていた.
シンジは決意を新たにして先程駆けて来た道を引き返し始める.何とも二度手間だ.シンジは息を整えながらゆっくりと歩いていった.道は暗く先は長い.そして何よりも今度は一人だった.
レイとの時は気にならなかった夜の闇がシンジを不安にさせる.踏みなれない足場,狭い道,遠くにしか感じられない人の気配,届かない月明かり,全てが6歳の幼い子供を押し潰そうとしていた.
シンジはそう自分に言い聞かせるようにして先へ先へゆっくりと進んでいった.
仮設テント内の本部スタッフの係員がユイにそう伝えた.この「肝試し」大会では順路の要所要所にスタッフが隠れていて子供達の動きを把握できるようになっていた.これは一人で迷ったり泣き出したりした子供を「救出」するためのものである.決して嚇かすための配置ではない.
「いいえ,どういたしまして.」
ユイがスタッフにお礼の言葉を述べる.やはり少しは自分の息子のことが心配らしい.
「どっかでまいごになってんじゃないのお?」
「アスカ〜,おか〜さ〜んとかいってたりして.」
ユイからちょっと離れた所ではタカシ・ツヨシ・カズヒロの三人組がまたアスカにちょっかいを出していた.
「どうだか.」
「ちょっとおそいんじゃないの〜.」
「そうそう.」
「そ,それは….」
すかさずアスカは言い返すが,シンジの帰りが遅く,その理由をタカシ達は知らないので今度は強気だ.痛い所を衝かれてアスカはレイの事を話そうか話すまいか躊躇した.
「!」「!」「!」
「レイ….」
ぼそっと一言のレイ.普段とは違うレイの反応にタカシ達は驚いた.見ればレイの瞳には怒りめいたものが浮かんでいる.今までまったく見たことの無いレイの表情にタカシ達は引いていた.アスカもまたレイの思わぬ態度に少し戸惑っていた.
「せーぜー,そうしんじてればいいさ….」
「けっ.」
三人はそれぞれ,捨てぜりふを吐いていったんその場を立ち去った.
二人の仲良しの思いを知るよしも無く,シンジは周りの空気に潰される寸前にあった.夜の闇が,遠くの喧騒が,近くの虫の音が,線香の香りすらもシンジを不安にさせていた.行きはレイと一緒だった.戻りは夢中で駆けていた.今は周囲が見え過ぎていた.
シンジはレイと一緒に行かなかったことをちょっとだけ後悔していた.
先程のレイの歌声がシンジの中で蘇る.シンジは気を紛らわそうと歌詞を思い出しながら歌い始める.
元気な声で待機所へ走っていき「約束」果たすシンジ.誇らしい表情のアスカに,嬉しそうなレイ.予想に反したシンジの頑張りにタカシ達は捨てぜりふを残してそくさくと立ち去るのみだった.
「…いただきます.」
碇家のベランダに響く元気な声と静かな声.元気な方はシンジとアスカのもの,静かな声はレイのものである.あれからシンジとアスカはユイに連れられて碇家に戻り,レイはメグミと共に碇家におじゃましていた.三人はベランダの段で仲良く並び夜空に咲く花火を眺めながらスイカをほおばり始めた.
「でしょう?」
こちらは碇家のリビング,ユイとメグミがベランダの方を眺めながら話していた.ちなみにゲンドウは出張で今日は家にいない.
「いいえ,思わず一個丸々買ってしまってどうしようかと思ってたくらいですから.」
と言ってユイは照れ隠しに頬を人差し指で掻く.メグミから笑みがこぼれる.
「うん….」
「…そうね.」
花火を眺めながらスイカを食べる三人.風がそよそよと吹き込んでくるベランダでシンジ達はその冷えたスイカの甘みを味わっていた.
「…ごちそうさま.」
しばらくするとスイカも食べ終わってシンジとレイ,アスカは遠くの空に浮かぶ花火を静かに見ていた.さらに時間が過ぎると祭り囃しも静まり,花火も上がらなくなる.夏祭りの終わりだった.
「うん….」
「やくそく,まもってくれたね….」
「うん….」
「きょうはよくやったわ,シンジ.」
「うん….」
アスカがシンジの労をねぎらう.アスカの言葉にシンジは頷く.
「うん….」
「きょうは…ありがとう….」
「うん….」
レイがシンジに感謝の言葉を告げる.レイの言葉にもシンジは頷く.
シンジの様子がおかしいことに気づいた二人が同時に声をかける.そして,シンジの顔を覗き込む.
…シンジは眠り込んでいた.呆れ顔になるアスカと残念そうな表情のレイ.だが,二人共シンジを揺り起こすことはしなかった.
「.....」
「…ふああ…おやすみ,アスカちゃん….」
「え?ちょっとぉ,レイ?レイっ!?」
しばらくの沈黙の後,レイも眠りだす.突然のレイの行動に戸惑うアスカだったが,アスカが止める間も無くレイはすぐにすやすやと眠ってしまった.シンジと同じくレイも「お疲れ」のようだった.
一人だけ元気が有り余って眠れないアスカは寄り添って眠るシンジとレイの姿をちょっとだけ羨ましげに見ていた.
1997/08/29 Ver.1.2 Written by VISI.
筆者より
何とか間に合いました夏休みネタ(^^;).時節がら「夏祭り」ネタもあちこちで見受けられてここの「色」が出せましたかどうか….「ベタ」は相変わらずですが(笑).ご感想,お待ちしております.
誤字・脱字・文章・設定の突っ込み等は,
までお願いします.
1日4編くらいだと、余裕を持ってUPできるのですが、
それ以上になると辛いです (;;)
落ち着いてくれるでしょう (^^;
落ち着いて欲しいな (;;)
落ち着いて下さい m(__)m
道中はドキドキビクビク。
終わった後はホッとして・・・
きっとこの日のことはキラキラした想い出になったでしょう(^^)
貴方の想い出を、感想と共にVISI.さんに!
【 TOP 】 /
【 めぞん 】 /
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