「今日は新しいお友達を紹介しますね.」
日差しが少しずつ強くなりはじめた5月初旬のある日のこと,マヤは転入生の紹介を始めた.
「えーっ?」
「どんなこかなぁ?」
「おとこのこ?おんなのこ?」
「かああーいこだといいなっ」
「せんせい,はやくしょうかいしてっ!」
園児達からは思い思いの言葉がでてくる.マヤはひと通り聞いた後,両手をたたいて静かにさせた.
「はい,それでは始めますね.はいってきていいわよ.」
マヤは教室の扉に向かって声をかけた.
(ガラッ)
扉が開くと園児達の視線はそこに集中した.そこには,空色の髪と赤い目を持つ色白の女の子が立っていた.その女の子は園児達に背を向けると今入ってきた扉を閉めた.マヤは教室に入ってきたその子の手を引いて,ホワイトボードの前に連れて来た.
「紹介するわね.この子は綾波レイちゃん.御家族の転勤でこの町に引っ越して来られたそうです.みんな,仲良くしてね.」
「「はーいっ!(おーっ!)」」
マヤの言葉に園児達が元気良く返事する.
「それじゃ,綾波レイちゃん.みんなに自己紹介してくれない?」
マヤはレイを促した.
「…あやなみレイです...よろしくおねがいします...」
レイはもじもじしながら蚊の鳴くような声で話した.
「ねえねえ,おたんじょうびはいつ?」
「けつえきがたはーっ?」
「すきなたべものは?」
「すきないろは?」
「なんでおそらのいろのかみのけなの?」
「わーっおにんぎょさんみたいにしろーいっ!」
前回の「自己紹介騒動」の一件の影響でレイが話し終えるまで沈黙を守っていた園児達が一斉に質問やら感想やらを浴びせてきた.
「.........」
レイは圧倒されて何も言えなくなってしまった.
「ちょっとみんな,いっぺんに言われてレイちゃん困っているわ.質問のある子は手を
挙げて.先生が指すから.」
マヤはそう言って助け船を出した.
質問は誕生日・血液型・好きな食べ物といったごく一般的なものからどうして空色の髪
をしているのかといったレイ個人の身体的特徴に至るまで様々であった.途中,空色の
髪を不良だとか言い出す園児もいたが,それに対しマヤはやんわりと諭していた.
質問に対してレイはそれこそ消えてしまいそうな声で答えていた.
「…レイちゃんの席は…と,アスカちゃんの右隣が空いているわね.」
質問が一段落したところでマヤはレイの席を決めた.
レイが指定された席につくとアスカがレイに話し掛けてきた.
「アタシはそうりゅうアスカ.よろしくねっ.」
「…そうりゅう…さん?」
「アスカでいいわ.」
アスカはレイに微笑んだ.
「…わたしもレイでいいわ…アスカちゃん.」
はにかみながらもレイも微笑んで応えた.
「それからこっちがシンジ.」
アスカは左隣の席に座っていたシンジを指して言った.
「…よろしく…ぼくもシンジでいいです…ええっと….」
「レイでいいわね.」
シンジがレイのことをどう呼んだらいいのか迷っているとアスカがレイに同意を求めた
.レイはこくんと頷いた.
「よろしく,レイちゃん.」
シンジはアスカ越しに微笑みながら挨拶した.
「…こちらこそ,よろしく.シンジ…くん.」
レイもまた微笑み返して言った.
『…かっ,かわいい…』
シンジは顔を真っ赤にしていた.
『…シンジよりもさらに「はにかみや」ね.これからたいへんだわ….』
アスカは悪ガキ3人組がレイにちょっかいを出さないか気を揉んでいた.
『…いぢわるなひとたちじゃなくてよかった…』
レイは安堵していた.
『この様子なら大丈夫みたいね.』
マヤは三人の様子に胸を撫で下ろしていた.
−日課終了後の教室−
「せんせぇ,さよーならー.」
「まやせんせい,さようならぁーっ.」
「また,あしたねぇっ.」
その日の日課が終わった午後3時,園児達は教室を出ていった.マヤも職員室に戻って
いた.教室には帰り支度に手間取っているシンジとそれを待っているアスカ,そしてレ
イ,他に何人か残っていた.
「…あの…」
レイは小声でアスカに話し掛けた.
「なに?レイ?」
シンジがもたついているのに苛立っているのか言葉に少し刺がある.
「…いっしょにかえってもいい?」
「…いいけど…アタシたちバスなんだけどレイもそうなの?」
アスカは先程よりも柔らかい口調で応えた.
「うん」
「じゃあもんだいないわ.それよりバカシンジっ,いつまでかかってんのよっ!このままだとあとのびんでかえるはめになるわ.レイを1時間もまたせるつもり?」
シンジを急き立てながらも,置き去りにして帰るつもりはまったくないアスカであった.
「おーいっ,てんにゅーせいっ.」
レイを呼ぶ声がしていたのでアスカとレイが声の方を向いた.悪ガキの一人ツヨシだった.
「なによっ?ツヨシ?あやなみレイってなまえがあるんだからちゃんとよびなさいよっ!」
「てんにゅうせい」という言い草にアスカがかみつく.
「…ちっ,わかったよっ.それじゃ,レイちゃん….」
ツヨシがレイのことをそう呼ぶのを聞いてアスカは何となく面白くなかったが黙っていた.
「…な,なに?…」
レイはアスカやシンジと違う雰囲気を感じて少しひいていた.
「て,てんにゅうせいをかんげーしようとおもうんだ.ちょっとそこまでつきあってくれないか?」
「アンタたち,またなにかたくらんでるんじゃないでしょうね?」
レイが答えるより先にアスカがジト目で口をはさむ.
「そっ,そんなんじゃないよっ.そんなにうたがうんだったらそーりゅーもついてくればいいだろっ.」
ツヨシはすぐに否定した.多少動揺はしていたが.
「それに,アタシたちはいまのバスでかえるんだからそんなじかんないわよっ.」
「そんなこといわないでさ.5分くらいでおわるから….たのむよ….」
ツヨシはレイとアスカに哀願した.
「…わかったわ….」
レイは承知した.
「ちょ,ちょっと,アイツらぜったいなにかたくらんでるわよ?」
「…でも…ほんとうにかんげいしてくれるならことわるのはかわいそうよ…それにアスカちゃんもついてきてくれるんでしょ?」
レイにしてみればできるだけ多くの園児達と仲良くなりたかった.アスカもまたレイがそこまで言うのならばということで説得するのをあきらめた.
「…じゃ,いくわよ….バカシンジ,アンタもくるのよっ!」
アスカはようやく帰り支度を整えつつあるシンジにそう言ってレイと共にツヨシの後をついていった.
「こいつがカズヒロ…で,おれがタカシで,さっきつれてきたのがツヨシ…だ.」
園内にある桜の木の下,悪ガキ3人組のリーダー格のタカシがレイに自分たちの紹介をおこなった.
「…で,おちかづきのしるしにはこれをてんにゅうせい…レイちゃんにわたしたいんだ….レイちゃん,うけとって.」
タカシの手には春の花で彩られた可愛らしい花束があった.
『…あやしい…アイツらがそんなきのきいたことするなんて…』
今までの彼らの行動を知っているだけにアスカはいぶかしんでいた.
「ちょっとアンタたち!まさかえんないのかだんからもってきたんじゃないでしょうね?」
アスカは悪ガキ3人のやりそうなことの可能性の一つを口にした.
「そんなんじゃねーよっ.うらてにあるぞーきばやしでみつけたんだよっ.」
タカシはいかにも心外だという表情で応えた.確かにこの幼稚園の裏手は開発の手がまだ入っていなくて,悪ガキ3人の遊び場になっていた.
「あっそう.」
タカシの言うことはもっともで花も確かに花壇には無い種類のもののようなのでアスカもそれ以上は口をはさまなかった.
「それじゃ,うけっとってくれるよな.」
タカシはレイに向かってそう言うと花束を手渡そうとした.アスカは彼らがレイに何かするんじゃないかと注意をそちらに向けていた.
(バサッ.ボタッ)
何か軽い物をたくさん降らしたような音がした.アスカはそれが自分に降りかかっている感覚を覚えた.髪に何かまとわりついたので手にとってそれを見た.
毛虫だった.
「いやあぁぁぁーっ!!!」
不意を衝かれたアスカは大声で悲鳴をあげた.アスカはレイに注意を向けたために,背後から近づいていたツヨシに気がついていなかった.ツヨシの手には毛虫やらミミズやらどこで集めたのそんなものというような,見るのも触るのもちょっと退いてしまうような小生物がたくさん入ったざるがあった.
「なによこれぇぇーっ!!わーんっ!!」
アスカに降りかかった小生物群は大量でちょっとやそっとでは取り除けなかった.しかも一部は背中と服の間に入ったようだった.アスカはとうとう泣き出してしまった.
「よっしっ!」
「やったぁ!」
「さくせんせいこうっ!」
3人は心の底から嬉しそうだった.呆然としているレイをよそに3人は手にしている物を放り出してハイタッチなんぞしていた.
「おまたせ,アスカ…...!!」
その時,ようやく帰り支度を整えたシンジが桜の木の下にやって来た.
アスカが泣いている姿を見てシンジは唖然とした.勝ち気でいつもシンジを守ってきた少女が目の前で泣いていたのだから.そのまわりで,例の3人組が嬉々としてることからみて原因はすぐに分かった.
シンジは悲しくなった.シンジの中で何かが弾けた.
「ア,アスカをいじめるなぁぁぁーっ!!」
シンジは半分涙目になりながら3人に向かって行った.
シンジの叫び声に3人は喜び合うのを止めたが,余裕の表情だった.確かにその通りで,シンジでは1人に勝つことさえ難しかった.
シンジは生まれてこのかた初めて本気で拳を振り上げていたが,最初から涙目でしかもいわゆる「駄々っ子パンチ」だったから3人には大して効かなかった.シンジは3人にいいように翻弄されていた.
「くそっ!ちくしょうっ!ううっ!」
シンジは自分の無力さに腹を立てていた.相変わらず3人にいいように遊ばれていたが殴りかかるのを止めようとはしなかった.
「.........」
レイはようやく我に帰っていた.転入して初めて友達になってくれた二人が悲しんでいる.自分がアスカの忠告をきかなかったばっかりに.
レイの中でも何かが弾けた.
レイは辺りを見回すと先程ツヨシが使っていた小生物群入りのざるがまだ中に沢山いる状態で放置してあるのに気がついた.レイはそれをためらわずに手に取るとその中身を3人にぶちまけた.
(ばさっ.べとっ)
アスカの身に起きたことが3人にも(巻き添えでシンジにも)起きた.
「なっ」
「ひぇっ」
「うわっ」
3人はまさか自分たちがそんな目に遭うなんて思わなかったので思いっきり慌てた.それにいくら捕まえるのに慣れているからといって毛虫やらミミズやらを身にまとう趣味は彼らにも無かった.
「そこで何をしているのっ!」
騒ぎに気がついたマヤが険しい顔で声を上げた.マヤの怒鳴り声を聞いて悪ガキ3人はパニックから立ち直り,蜘蛛の子を散らすように逃げていった.
「ちょっと待ちなさいっ!」
マヤは逃げ出した3人を追いかけようとした.が,泣いているアスカと半泣き状態のシンジを見て追いかけるのを諦めた.マヤは二人にまとわりついている毛虫やらミミズやらを見ておよそのことを察した.
マヤは二人にまとわりついている小生物たちを払い落としながら,レイから事情を聞いていた.マヤも毛虫やミミズの類は苦手だがそんなことを言ってられる状況ではなかったので,最大限の努力を払ってそれらを一つ一つ取り除いていった.
「大体の事情はわかったわ.念のため,保健室に行きましょう.」
マヤはそう言って,3人を保健室に連れていった.
3人とも別に怪我はしていなかったので土ぼこりで汚れた顔などを拭いただけだったが結局バスの時間は過ぎてしまった.
−送迎バス後発便車中−
「…ごめんなさい….」
レイは二人に謝った.
「なんでアンタがあやまるのよ?わるいのはあいつらじゃない?」
ようやく立ち直ったアスカが答えた.その言葉にレイを責めいているそぶりはひとかけらもなかった.
「で,でもわたしがあのひとたちについていかなければふたりともあんなめにあうこともなかったのに….」
「あ,あれはアタシもゆだんしていたから….(あいつらあしたはてっけんせーさいだわ)それにしてもレイもおもいきったことしたわね?」
アスカはレイが3人に小生物群をぶちまけたことを指摘した.
「…あ,あのときはむちゅうだったから….」
レイは自分のしたことを思い返して赤面していた.
「…とにかく…ありがとう.」
アスカはレイに満面の笑みを浮かべて言った.
「それから,シンジ!アンタにしてはじょうできだったわ.…ありがとう….」
シンジにも少し顔を赤らめながら礼をのべた.最後の方は小声になっていたが.
「…えっと,その…ごめん…あまりやくにたてなくて….」
シンジも顔を赤らめながら応えた.
「そうね.もうちょっとしっかりしてもらわないとねっ!」
アスカは明るい口調でそう言うと笑い出した.シンジも苦笑いが少し入っていたが笑みを浮かべた.レイも軽くにぎった手を口に添えて控えめに笑った.
穏やかな時が車中に流れていた.
1997/05/04 Ver.1.0 Written by VISI.
筆者より
「内気な」レイ登場です.
あっさりアスカ・シンジと仲良くなっています.
3人の関係のあり方としてもっと別のシナリオもありえたはずですが話を書き進めているうちにこのようになりました.
今回は前2回に比べて長文になりましたがいかがだったでしょうか?
感想をお待ちしております.
誤字・脱字・文章・設定の突っ込み等は,
までお願いします.
[VISI.]さんの『私立第三新東京幼稚園』第3話公開です(^^)
レイちゃんきゃわゆい!!
とってもはにかみやさんで、人への思いやりにあふれていて・・・
こんな子が妹だったら休みの度にあっちこっち連れ回してしまうな。きっと。
ゆっくりなシンジ君との間でアスカちゃんの苦労は増えるばかりですね。
彼女は苦労とは感じてないかな?
そのおとなしいシンジ君もアスカちゃんの危機に飛び込んでいって、かっこいいぞ!!
益々賑やかになる[私立第三新東京幼稚園]の作者さんを応援して下さいね。
応援の方法は・・・・そう、感想メールです!!(^^)
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