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AM7:30。

朝日が東側の窓からさんさんと注ぐ病室の中。

毎朝、ほぼ定刻に惣流・アスカ・ラングレーは目覚める。

だから僕は毎日そのくらいの時間になると、アスカの顔を覗き込む事にしている。

目をあけた瞬間に、何か言ってくれないか、と……



unklar Augen 〜約束〜


僕がカヲル君を殺してしまった後。

僕はこれから何をしていいのかわからなかった。

EVAにのること。使徒。人。

全てが僕の中でこんがらがっていた。


いつも通りの朝。

アスカはまず目を開ける。

神秘的な、本当に澄んだ蒼い瞳。けれど、どこかうつろではかなげ。それが今のアスカの目だ。

「おはよう、アスカ」

無駄だと知りつつ、僕はアスカに声をかける。

アスカは僕の事を気にもかけず、そっと起き上がって窓を見る。

輝く、鮮明な空。今日は天気が良いようだ。雨の日でも、外を見つめるアスカには関係ない事かもしれ

ないけど。

そう、アスカはいつも起きるなり、空を見つめている。とても、うつろな瞳で。


混乱している僕の中で、僕は必死に何かを探した。

それは、僕をここから助けてくれそうなもの。

僕を何かに導いてくれそうなもの。

そこまで考えた時に、とっさに、だが自然と、しばらくの間一緒に暮らしていた人のことが思い浮かん

だ。

僕はこうすればいい、と言うような事を言い続けてくれていた人。

勝ち気で、威張りくさって、いつも僕に命令してきたあの子。

そう。アスカだ。

他の人は僕には何もいってくれない。

けれど、アスカならば、何か言ってくれるかもしれない。

いま、僕が分からない物に何らかの答えを教えてくれるかもしれない。

気づけば僕は、アスカを探していた。


AM8:00

朝食が運ばれてくる。

「シンジ君、どう?」

運んできてくれた看護婦さんが声をかけてくる。

「相変わらずですよ」

僕はそう答えながら、ベッドの上にテーブルを用意する。

「そう……」

答えながら看護婦さんが朝食ののったトレイをテーブルの上に置く。お粥に菜っ葉、代わり映えのしな

いメニュー。

「それじゃ、他の病室もあるから。あ、シンジ君の分は」

そう言って看護婦さんは部屋を出ていった。

「アスカ、食べれる?」

かけられる限り、僕は一通り声をかける事にしている。

返事は……返ってこない。

僕はあきらめてトレイからレンゲを取り上げ、お粥をすくい、もう熱くない事を確認してからアスカの

口元に運ぶ。

においにつられてか、アスカの口が開く。僕はそっとお粥を流し込む。

アスカの口が少し動く。そして、コクン、と飲み込む音がする。

アスカが苦しそうにしていないのを見てから、もう一口すくい、再びアスカの口元へ。

この繰り返しが続く。

うつろな瞳は空をみつめたまま……


「なんで急にアスカちゃんなの?」

マヤさんの運転する車の中で、僕はそう聞かれていた。

「……急に、気になったから」

嘘だ。

「ふーん……シンジ君でもそういう事あるんだねぇ……」

マヤさんはよく分からないけど納得したみたいだった。

アスカを探そう、と思った時、僕の携帯にマヤさんからのコールがあった。

ミサトさんに頼まれて、迎えに来るのだと言う。

ついでだから、僕はマヤさんにアスカの所へ連れてってください、とお願いしたのだ。

アスカが見つかった、ということはミサトさんが教えてくれていた。

けれど、どういう状態かとかどこに居るのかは教えてくれなかった。

あんな状態だったら、仕方ない事かもしれないけれど。


食事がすんでも、アスカは相変わらず、空をみつめている。

時々、何かをつぶやいているのだけど、声が小さすぎて僕には聞こえない。

僕はただ、ぼーっとアスカを眺めているだけだ。

アスカの瞳に、僕はうつらないのに。


マヤさんにつれられて、僕が行きついた先はネルフの専用病院だった。

「ねぇマヤさん……どうしてこんなとこに?」

「?アスカちゃんのところへ行きたいんでしょう?」

「それはそうですけど……」

「だったら行きましょう」

そう言うと、マヤさんはすたすたと病院の中に入っていく。

なんで病院に……アスカは、病院にいるのか?どうして?

マヤさんにつれられ、アスカの病室に入り、アスカを見るなり、理由はわかった。


午後12:30。昼食の配られる時間。

朝食と同じメニューを同じ看護婦さんが配りにくる。

相変わらず、外を見ているアスカに僕が食事をさせる。

昼過ぎの明るい日差しが部屋に差し込む。

光に誘われるかのように、アスカは少し顔を動かして、空を見つめる。

じっと眺めていると、アスカの口が二回、はっきりと分かるくらいにひらいた。

僕が驚いて、近づいて見る。

微かに、「や、く、そ、く……」と言っているのが聞こえた。


アスカの病室に入るなり飛び込んできたのは、ベッドで寝込むアスカ。

アスカが寝込んでいる……その事実は僕をかなり驚愕させた。

そっと近づいて、ベッドの側にある座椅子に腰掛ける。

アスカはぴくりとも動かない。

「もう、ずっとああやって、目をさまさないのよアスカちゃん……」

僕の後に近づいてきたマヤさんが言う。

「アスカ、どうして……」

僕はアスカの手をとる。暖かい。血は通っている。

けれど、起きてくれない。僕を助けてくれない。

アスカだけが頼りだったのに……

僕の頬伝って一滴の涙が落ちる。

ぽとり

それはアスカの手の甲へと落ちていった。

僕はその場で一晩中、泣いていた。


気がつくと、マヤさんはいなく、

部屋の中が暗くなっていた。

僕はどうやら、泣き付かれて眠っていたみたいだった。

何時ごろなのか、気になった僕は部屋を見渡す。

時計は、ない。

そのとき、窓の外から光が差し込んでくるのに気づいた。

丁度、朝日があがってくるところのようだ。

光はアスカの寝顔を照らす。僕は再び涙が込み上げてきそうになった。

その時。

アスカが目を開いた。

「アスカ……」

僕はすぐに飛びついた。

「アスカ!」

返事は……返ってこない。

「アスカ……!?」

僕はアスカの顔を覗き込んだ。

確かに目は開いている。鮮やかな蒼い瞳。しかし、その瞳はうつろで、僕を見ていないかのよう……


やがて、夕方になる。

日が落ちても、アスカは外をみつめている。

このまま今日もPM10:00に寝るまでずっとそうなのだろう。

もう何日もこういう事が続いているので、なれてしまった。

だから、僕もアスカを見ているだけだ。

最初は、ずっと話し掛けていたのに。


アスカは意識を取り戻したかのようで、取り戻していなかった。

目は開けているものの、精神は閉ざされたままだ、とお医者さんは言っていた。

なにか語り掛けてあげれば、ひょっとしたら……

とお医者さんが言ったので、その日、僕は一日中アスカに語り掛けていた。

アスカに出遭った時、一緒に戦った事。僕の悩みも、なんで僕がアスカにいて欲しいか。

全て、思い付く限り全てをアスカに語った。

けれど、アスカの瞳を僕に向ける事はできなかった。

そして、日々が過ぎて行く……


夜。

代わり映えのしない食事が運ばれてくる。

僕はお礼を言って、トレイを受け取ると、看護婦さんが、

「もう12月に入って四日になるのよね……」

と、つぶやくのが耳に入った。

12月4日……そう言えば、今日は……


『はい!』

そう言ってアスカが差し出したのは、缶ジュース。

『はいって……くれるの?』

『ええ。あげるわ。だって今日はシンジの……』

『僕の……?あっ……』

『そ。そういうわけだから……』

『だからって……缶ジュースってのは……』

『なによ!プレゼントは値段じゃないわ。心よ。こ・こ・ろ!わかる?』

『こころ、ねぇ……』

僕にはその缶ジュースに心がこもってるとは到底思えなかったけど。

『ま。わたしはあげたんだからね。わたしの時にも頂戴ね。約束よ』

『うん。いいよ』

僕がそう言うと、アスカはにんまりと笑って、

『嬉し〜。じゃあせいぜい盛大にやってちょうだいね』

『盛大って……缶ジュースって盛大?』

『アンタ馬鹿ぁ?盛大にって言ったら……』

そう言うと、アスカは特大のケーキだの、大きい会場だの、ドレスだのといろいろと言ってきた。

僕が

『そんな無茶な……』

と反論しても、

『駄目!もう約束しちゃったものね〜』

そう言って、アスカはウインクした。

そのしぐさにどきりとして、反射的に僕はうなずいてしまった。

それを見て、再びアスカはにんまりと笑い。

『じゃ、12月4日にはよろしくね!』


12月4日……今日、じゃないか。忘れてた。

けど、アスカがこんな状態じゃお祝いなんて……、

それに、と僕は時計を見る。PM7:30。今からじゃそんな大変な事はできない。

でも、アスカの為に、何かして上げないと。

「……約束、だもんな」

約束なんて、守った記憶は正直あまりない。

けれど、アスカとの約束。なぜか、守りたかった。

放っておいたら、もう、アスカが戻ってこない気がしたから。

何でもいいから、アスカにもう一度会いたいから。

その時、僕は当初ここに来た目的を忘れていた。

僕は病室を飛び出していった。


戻ってきた僕の手にあったのは、あの日、アスカが僕にくれた缶ジュースだった。

「アスカ……」

僕は語り掛ける。

「ゴメン……誕生日、約束したのにこんな物しか用意できなくてさ」

そう言って、僕はプルタブを引く。

ぷしゅぅ

「けど、言い訳に聞こえるかもしれないけど、アスカも言ってたよね。プレゼントは値段じゃなくて、

心だって……」

僕はアスカの口元へ缶を近づける。

「心だけは、今回はすごくこもってると思う。だって今回ほどアスカに贈り物をしたいって思った事、

一度もないから。アスカにもう一度会いたいから。そういう願いもこもっているから……」

ゆっくりと僕はアスカの口の中へジュースを流し込む。

コクリ

アスカがジュースを飲み込む音がした。


次の日。

AM7:30。

朝日が東側の窓からさんさんと注ぐ病室の中。

毎朝、ほぼ定刻に惣流・アスカ・ラングレーは目覚める。

だから僕は毎日そのくらいの時間になると、アスカの顔を覗き込む事にしている。


いつも通りの朝。

アスカはまず目を開ける。

神秘的な、本当に澄んだ蒼い瞳。けど、もううつろな感じがしない。

「おはよう、アスカ」

僕は声をかける。今日はきっと声が返ってくる。

「シンジ……、ただいま」


Fin


1998+12/07公開
ご意見・感想・誤字情報などは mayuki@mail2.dddd.ne.jp まで。

御久しぶりです。前に書いたのが去年のクリスマスだから……丁度一年ぶりですか。

今年は色々どたばたしてた(日本に帰ってきて、予備校にいったりとか……)ので

あまり時間が無かったのですが。ここ数ヶ月、帰国子女大学入試もだいたい終わり、

余裕が出てきた矢先、アスカ様の誕生日なので、おくればせながら、短編を書いて

みました。例によって元ネタ付き……、というか、私が日本に帰ってきて、聴いて、

とっても気に入った曲の歌詞をイメージして作りました。その曲とは……せっかく

だからクイズにしてみましょうか。正解者には何かさしあげるかもしれません。

もっとも、タイトル(一応ドイツ語です。辞書片手に知識も無いのに独訳してみま

した)は殆どそのままだから、すぐわかると思いますけど。正解の発表は次の作品

で……としておけば、もう一つは書く気になれそうな気がするんで(笑)

ちなみに私の最近のお気に入りはJanne Da Arc。一枚目のミニアルバム

の「Speed」に惚れてしまいました(^^;

(暗に正解のアーティストはビジュアル系ってのを意味しています(^^;)


平成十年十二月五日 yuki





 yukiさんの『unklar Augen』公開です。





 お久しぶりです♪
 1年ぶりのyukiさんの新作です〜



 作品の雰囲気も、なんだか懐かしく久しぶりの感じです(^^)


 閉じてしまっていたアスカの心を開いたのは−−

 二人の約束・思い出がとっても良いカホリです〜



 「ただいま」って  あぁ・・・いい響きっ

 これからの二人はきっと明るい道を行けるでしょう。。
 そうであってくれぇぇ




 さあ、訪問者のみなさん。
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