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「愛しのジュリエット姫のおわすところにならば……」

シンジはレイの方を向き、言う。

「例え荒海の中や……砂嵐吹き荒れる砂漠の中へでも、そこが未開の……広野であろうと、恋という名

前の力で必ず……冒険をしてみせます」

「ちょっとストップ!」

シンジの台詞を遮ったのはレイ……ではなく、相田ケンスケだった。

「またとちったぞ、シンジ。あともう少しやわらかく演技してくれよな。いくらなんでもギスギスしす

ぎだぞ」

「ご、ごめん」

「以後、気を付けろよな……じゃ、続きいってみようか、さっきの台詞を受けたジュリエットの台詞」

「ハイ」

いすに腰掛け、手に持った台本を丸めた姿がまるできまりきっているケンスケに、淡々と返事をするジ

ュリエット役のレイ。

「今は夜闇がわたしの顔を隠してくれるけど、もし見えているのならきっと乙女心で真っ赤に染まって

いるはずだわ。体裁なんてわたしもいらない。ただ一つのものを求めます。愛しのロミオ様。本当に愛

してくださいますか?優しいわたしのロミオ様、ただ一言だけでいいわ。本心から愛していると言って

くださいませ」

この台詞もさっきの淡々といった調子で続けられた。

「ちょっと綾波……台詞は正確なんだけど、もうちょっと……恋焦がれる女の子っていうのを演じてく

れないかな」

まったくもってもっともな意見である。しかし対象があまり良くないのでは?

「……どうすればいいの?」

ほら、とんでもない返事がかえってくる。

思わず頭を抱え込むケンスケ、苦笑するシンジ、無表情のレイ。

「あと2週間なんだぜ……主役がこんなんじゃ……キャスティング間違えたかな……」



今更な学園EVA(!?)

シンジとジュリエット Part A -It's a kind of similar situation-



時はすぎて、2016年9月。

大体このシーズンに学園祭と呼ばれるイベントが学校という学校で催されるのだが……この第壱中学校

でも例外ではなかった。

各クラスが催し物をする中、進級した碇シンジ達の所属する3−Aでは……

「それではこれから第20回学級会をはじめます」

今期も学級委員長を勤めることになった洞木ヒカリの凛とした声がクラスに響く。

「今日の議題は、学園祭での催し物についてですが……、誰か、何をしたら良いなどの意見はありませ

んか?」

真っ先に手をあげる相田ケンスケ、

「相田君、どうぞ」

「はい、委員長。劇をやったらどうでしょうか?」

劇、という言葉に反応し、どよめくクラス。賛成していたり、反対していたり、まったく無反応だった

り…… そんな中、議長であるヒカリは、黒板に「劇」と書きながら、

「静かにして!反対意見があるのなら、手を挙げて言ってください!」

と言う。毎度の事ながら、誰も聞いてはくれず、静かにならない生徒達。

たまりかねたジャージ姿の生徒――言わずとしれた鈴原トウジ――が叫ぶ。

「いいんちょーが静かにせぇいうとるんや、静かにせんか!」

びくっ!

トウジのドスの聞いた声に脅え、クラスはいっきに静かになった。

皆が震えている中、ヒカリはトウジにこっそりウインクを飛ばす。思わず頬が赤くなるトウジ。

「ほ……ほらいいんちょー、さっさと続きせえや」

どもりながらのこの言葉には先程の威圧感はなかった。

「はい。では他に意見はありませんか?」

と、クラスを見渡すヒカリ。しかし、誰として手を挙げる者はいなかった。

「他に意見は無いようなので、劇にしたいと思います。賛成の人は拍手してください。」

……民主主義の根底に近いようで離れてるような……、まぁこの方法はどこの学校でも取られてるんだ

ろうけど、あやふやな票決の取りかただよなぁ。

拍手しながら、ケンスケはそんなことを考えていた。

大体、クラスのほとんどが拍手しているように聞こえたヒカリは拍手をやめさせ、

「ではクラスの出し物は劇にすることにします」

と言いながら、黒板の「劇」という白い文字を黄色のチョークでサークルし、

「どんな劇がいいと思い

ますか?誰か意見をどうぞ」

と言う。再び真っ先に手を挙げるケンスケ。

「はい、相田君」

「はいっ!もうもちろん戦争ものしかないでしょ! 吹き荒れる砂嵐の中進軍するタンク! 敵軍の高射

砲の中を潜りぬけ、空爆を行う音速爆撃機! そしてお国のためにと自らの命を立つ覚悟で敵軍に突撃す

る兵士、神風、回天! これをやらずして浪漫を語れるか? 答えは

独り燃え上がり、立ち上がって椅子に足を乗せて力説するケンスケにあきれて物も言えないクラスメー

ト。そんなんだから彼女いないんだぞ。

しかし、ケンスケはここでハッ、と皆の視線が冷たいのを感じて、我にかえり、

「と、言いたいのは山々なんだけど……」

と、やたら弱気な発言をし、

「まぁ時間も予算もないでしょうから、妥当なところでシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』な

んてどうかな」

と、ケンスケらしからぬまともな意見を述べる。

その意見に驚く一同。「おおおお」と妙な歓声があがる。それもそうだろ、あのケンスケがそんな事を

提案したのだ。驚かないハズが無い。トウジやシンジも目を丸くしてケンスケを見る.もっとも微動だ

にしない人物もいたが。

「ろ、『ロミオとジュリエット』?」

議長であるところのヒカリも目を丸くして口にだす。

「……駄目かな?」

ケンスケが周りを見渡しながら同意を求める。

「かまわないと思うんだけど……台本とかセットとかどうするの?」

クラスの女子の一人が質問する。

「脚本は僕が書くし、セットも案は全部僕が作るよ。なんなら責任者もやるけど?」

この言が決め手になり、ケンスケのもと、クラス劇『ロミオとジュリエット』の上演が決まった。


その日の放課後、いつものメンバーで残ってもう少し詳しい話ということになった。

「相田がそーいうの全部やるのはいいとして、配役はどうするの?」

「僕が決めてもいいかな……おい、シンジ!」

「え?」

相談には参加していたものの、別に興味があったわけでもないシンジは、突然声をかけられて、思わず

間抜けな返事をしてしまった。そこにはきつい――彼にとっては――一言が待っていた。

「お前ロミオ役な、アンダーは多分つけないから頑張ってくれよ」

「ちょ、ちょっと……」

シンジは口をはさもうとしたが、

「あと、綾波!ジュリエット役よろしくな!」

「……」

ケンスケの言に無反応のレイ。

「残りは後で決めておくから、僕、これから新横須賀だから、それじゃ!」

と言って鞄を持って走り去っていくケンスケ。

「ちょっと待ってよ!」

声をかけた時にはもう遅い。ケンスケは既に走り去っていた。

「シンジがロミオで綾波がジュリエットかぁ……けっこうはまってるんちゃうか?」

「言われてみればそうね。繊細そうなイメージはぴったりよ」

余計な事を言うトウジ&ヒカリ。純情なとこだったら君達の方が上でしょうが。

「そんなことあるわけないだろ!?」

つい大きな声で反発するシンジ。

「……」

黙っているレイ。表情はこころもち悲しそうだった。

それをみた碇シンジ君の一言、

「ほら、綾波だっていやがってるみたいじゃないか」

……女心がわかってない。

途端に同時にため息を吐くトウジとヒカリ。

「いやじゃないわ」

唐突に口をはさむレイ。

「へ?」

「碇君はいやなの?」

「いや、僕は……別に……」

「ならいいじゃない」

そう言うと、レイもすたすたと教室を出ていく。そして静寂が残される。

たまりかねたヒカリが、

「す、鈴原!あなたも週番でしょ?さっさと後片付けしちゃいましょ!」

とトウジに話を振り、

「そ、そやな。じゃあな、シンジ!」

と、トウジも答えて二人して教室を出ていく……っておいおい、週番の仕事っつーのは教室の片付けじ

ゃないのか?

しかし、動転気味のシンジはそんな疑問を持つことなく教室に取り残された。

「……僕も帰ろ」

一人呟くと、シンジも教室を後にする。こうしてうやむやのうちにロミオとジュリエットが決まってし

まった……。


校門を出たシンジは、自分のマンションのある方角と反対の方に曲がる。

彼が反対の方角に行くのは、別に近道があるというわけではない。

しばらく歩くと、八百屋がある。シンジはそこでリンゴを3個買った。

彼は買い物に来たわけでもない

彼がこちらに来た理由は、彼女に会いに行くためだ。

そう、未だ病院のベッドの上で意識の戻らない、惣流・アスカ・ラングレーに会うために……


とん、とん、

病室の中にドアがノックされる音が響く。

しかし、その部屋のベッドの上にいる人物は返事をしない。

ドアの外で、ため息とともに声がかかる。

「アスカ……入るよ」

ドアが開き、シンジが入ってきた。

ベッドの上に横たわっているアスカは気付いた様子もない。

シンジは黙ってベッドのそばにある椅子に腰掛ける。

リンゴをそばのタンスの上において、シンジは話しはじめた。

「今日さ……学園祭の出し物が決まったんだ……シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』だって。

それで僕、なんの役やると思う?主役のロミオなんだってさ……」

こうして、今日一日あったことをアスカに語りかける。

話が一段落したところで、シンジは今日くる途中に買ったものの事を思い出し、

「あ、リンゴ買ってきたんだ。食べる?」

返事が返ってくることを期待しながら訊ねるが、今まで答えは返ってきたことはない。そして今回も……

「……いらないか。じゃあここに置いてあるから、食べたくなったら食べてよ」

そして再び、話を続ける、アスカが聞いていてくれると信じて。


アスカがこういう状態に陥ったのは、ご存じの通り、第壱拾七使徒との戦い直後位。

『自分は要らない人間なんだ』という思い込みの中、アスカは単純に、現実逃避の道を選んだ。

そして、すべてが終わり、Nervが解体した後も、アスカは目覚めなかった。

理由はわからない。でも、目覚めないという事実が皆つらかった。

しかし、Nerv無き今となっては、どうすることもできず、皆ただ経過を見守るだけとなった。

そんな中、シンジだけは毎日アスカのもとを訪ね、話をするようになった。

どうしてそんなことをしているのか、それはシンジにもよくはわかっていない。ただ、このままアスカ

の事を独りぼっちにさせられない、いや、したくないという思いだけ。独りぼっちになることを誰より

も恐れたアスカのために……




「よし、それじゃ今日の稽古はこれまで。シンジ、もうちょっと台詞覚えてこい。あと綾波、だいぶ良

くなったけどまだ時々台詞が棒読みになるから、それ直すようにな。そいじゃ!」

一人言いたいことだけ言って、ケンスケは去って行った。

稽古場――と言っても体育館のステージの上だが――に残されたのは主役の二人。この二人が一番大切

な役の上に、二人とも演技があまり上手でない――特にレイはキチンとした演技指導が必要な――ため

ケンスケがつきっきりで稽古しているのだ。

だったらキャスト変えれば良いのに……というのは素人。実はケンスケ君、この劇をビデオに取って売

るのと、TV業界への足掛かりとして使えないかと考えているからだったりする。

それはともかく。

「お疲れ様」

そう一言だけ言って、レイは体育館を出ていこうとする。

「あ、綾波」

シンジが慌てて声をかける。

「何?」

「いや……その……」

……口下手な所はぜんぜん変らないシンジ君。

「今日の稽古……上手だったよ」

思いがけないシンジの誉め言葉に少し頬を赤く染めるレイ。

「……ありがとう」

「そんな改まらなくても……まぁいいや。それじゃ、お疲れ様!」

そう言って今度はシンジが体育館を出ていく。

レイは声をかけようとしたが、かけられなかった。

(さっきは嬉しかったけど、今は嬉しくない。この気持ち、何?)


シンジは今日もアスカのもとを訪ねていた。

「それでね、ケンスケが……」

最近は専ら劇の稽古のことばかり話している。

と、不意にシンジは静かな口調ではじめた。

「最近……ちょっと考えちゃうんだ。今の僕達の状態って、ロミオとジュリエットの最後のシーンの直

前に似てるかな……なんて。死んでるかのように眠るジュリエット姫を訪ねるロミオ……僕はアスカが

生きているって知ってるから平気だけど、もし長いこと来れなくて、アスカが冷たかったら……、ゴメ

ン。変なこといっちゃったな」

そう言ってから、シンジは時計を見た。午後五時。面会終了時間だった。

シンジは椅子から立ち上がる。

「じゃぁ、また来るよ」

そう言ってシンジは病室から出て行った。


しかし、その「また」は二度と無かった……。

Part B に続く


NEXT
ver.-1.00 1997-08/19公開
ご意見・感想・誤字情報などは mayuki@mail2.dddd.ne.jp まで。


 yukiさんの『シンジとジュリエット』A-part-、公開です。
 

 学園EVA。
 このシチュエーションに必ず出てくるはずの人物、アスカ。

 あれ? セリフがないぁ・・・
 あれ? シンジがロミオでレイがジュリエットで・・・なんでアスカが黙っているんだ?

 と、思っていたら、

 アスカはベットの上だったんですね。
 

 引きも取っても気になるし・・・
 これはシリアスカラーがいいぞ(^^)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 久々登場のyukiさんを感想メールで迎えましょう!


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