慌ただしい喧騒の中、シンジはただ立っているだけだった。
回りからは日本語がほとんどだが、混じって英語やドイツ語など外国語も聞こえてくる。まるで異世界にいるようだ。
「なーにつったってんのよ、バカシンジ!」
そんな急に声をかけてきたのは、開設不溶……もとい解説不要の赤毛の美少女、惣流・アスカ・ラングレー。
「いや、マヤさんがここで待ってて、って言うから……」
「そんならそうと言いなさいよ!ほんとにもうグズなんだから」
「ゴメン……」
「っとに……、それよりもマヤはどこに行ったのかしら」
アスカがぼやく。暫くしてからマヤが現れた。
マヤはいつものNERVの制服ではなく、普段着、クリーム色の半袖ブラウスに赤いギンガムチャックのロングスカートといういでたちで、腰には白いカーディガンを巻いている。
「ゴメンネ……こういった民間施設での国外行きって慣れてなくって」
マヤはそう言って、顔の前に手をあわせて片目を瞑る。
(……可愛い)
「いや、そんな」
シンジはちょっと頬を赤らめて言う
そんなシンジの態度が気に食わないアスカは、まずシンジの事を凄い目でにらみつけ
「で、何してたのよ!」
と、そっけない。
「ちょっと手続きをね……」
そう言うマヤの顔に怒りのたぐいは見て取れない。が、彼女の内心は、
(この子相変わらずね、でも腹立つわ……この子一人だけニューヨークじゃなくてニューギニア行きの飛行機に乗せようかしら……)
とまぁ、とんでもないことを考えている。本心の隠し方は外ン道並みにうまい。いや、他の事を考えていると見せない分、外ン道よりうまいのかもしれない
閑話休題。
「そ。で、全部終わったわけ?」
「ええ」
「じゃぁ手荷物検査ね、行きましょう」
そう言うとアスカはシンジの手を取って、これから乗る飛行機の会社のカウンターへと向かう。シンジは慌てて、
「ちょ、ちょっとアスカ?」
「どーせアンタは初めてなんでしょ?アタシが手伝ってあげるわ」
「へっ?」
アスカが手伝う……、そのまったくアスカらしくない発言にシンジは思わず魔の抜けた返事をしてしまった。だから、
「なによその返事。アタシが手伝うって言ってあげてるのよ。もう少し嬉しそうに返事なさい!」
と、怒鳴られてしまった。シンジは反射的に
「ご、ごめん……」
「いちいち謝るなって言ってるでしょ!」
「あ、ご……、でも……」
そこでシンジは言葉を切った。アスカがシンジに向き直り、またいろいろと言おうとする前にシンジは微笑んで言った
「ありがとう」
その顔を見てアスカはドキッっとした。思わず頬を赤らめ、何か言おうと口を開くが、出てきた言葉は
「と、当然よ!さ、早くいきましょ」
と、とても色気のないものだった。
「はーい」
おとなしくそれに従うシンジ。
そんな二人を眺めながら、マヤは思った、
(あらあら、アスカちゃんったら、本当に相変わらずね……)
N.G. Evangelion II - 今度は留学だ!(古すぎ)
第壱話 渡米 - The trip to the U.S.
「あ、アメリカですか?」
「そ。それもニューヨークよん」
「ニューヨークかぁ……悪くないわねぇ」
夕食の後、いつものように洗い物をしていたシンジと食後のお茶を楽しんでいたアスカにミサトは今日Nervで決まったチルドレン達の処置について語った。
人類補完計画はすんでのところで、セントラルドグマ内で謎の爆発がおきて、碇ゲンドウおよび綾波レイが消滅。これによって、「延期」されることになったらしい。が、あれ無しでは事実上の中止と見てよいだろう。
使徒の襲来がもうありえない今、Nervで一番大変なことは……、そう、事後処理である。もう安全とわかった瞬間に、政府、マスコミ関係は強気になり、真相の解明に勤しんでいるらしい。Nervとしては、そういう行動を妨害せねばならない。彼らが今までしてきたことを考えると、いくら人類のためとはいえ、かなりの破壊工作、情報操作、人権の侵害など数えたらきりがないからだ。したがって、これからはそれまで以上に汚い隠蔽工作が予想されるため、二人のチルドレン達は本部を遠く離れる事になったのだ。そこで、14歳の彼らが移住して、もっとも言葉の壁に悩まされない、英語圏の国、として取り敢えずアメリカ、となったわけだ。
シンジは最初、明らかに動揺した。まさかそんな事態になるとは夢にも思ってなかったからだろう。それに……
「ミサトさんも来るんですか?」
「うーん、それがねぇ……」
「アンタばかぁ?ミサトが来れるはずないでしょ」
アスカが突っ込む。実際アスカの言う通りだ。Nerv作戦部部長かつ非常時の準最高責任者が離れるわけにもいくまい。
「ほんとですか?」
「そ。わたしは仕事の関係でちょっちね……、でも代わりにマヤが保護者兼監督係ってことで同行することになってるわ」
「マヤさんが?」
「マヤが?」
さすがに子供だけでは……と言うことで誰か彼らの近くにいて、なおかつ持ち場を離れられる人物ということで、マヤがその役目に選ばれた。本当の所は、リツコがこれから行われるであろう『仕事』の性質からして潔癖症のマヤにはやりづらかろうと配慮した結果である。あの堅物のリツコもなんのかんの言っても、後輩がかわいいらしい。
「そ」
「そうですか……」
シンジはちょっと顔を落としたが、すぐに洗い物を続けた。シンジにとって、ミサトは母親とは言わないまでも、お姉さんのような、れっきとした家族の一員だったのだ。突然に別れを宣告されて、辛くないわけが無い。が、すぐに辛くないように振る舞おうとするのがシンジらしい。次第に、シンジの考えは
(でもよーく考えると、ミサトさんて酒飲みだし、家事はだめだし、だらしないし……、マヤさんだったら、見た感じ下戸っぽいし、家事もできそうだし、きちんとしてるし……、ひょっとしたら喜ばしい事態なのかも)
と、だんだんポジティブな方面へと変っていき、自然と顔がほころぶ。それを見て不機嫌になるミサト。
「何がそんなに嬉しいのかな〜、シンちゃん」
と、シンジに訊ねる。微笑を浮かべてはいるが、目はまったく笑っていない。シンジが洗い物をしていたのは幸いだっただろう、このミサトの恐い顔を目の当たりにせずにすむのだから。それでもシンジには迫力十分だった。思わず、
「い、いえ別に……」
と、どもってしまう。しかし、アスカは容赦ない。
「どーせシンジのことだもの、マヤの方がミサトよりもちゃんとしてる、実はラッキーとか思ったんでしょ」
「うっ」
図星だ。
「のわぁんですってぇ〜!」
案の定、ミサトが怒りだす。
「いや、そんな、マヤさんのほうが家事とかもちゃんとしてくれるなんて思ってませんよ」
思わず本音が出るシンジ。ここでの家事はシンジがほぼ一人でやっているのは周知の事実だ。しかし、先程の言はミサトのしゃくにさわったらしい。
「悪かったわねぇ……」
ミサトは急に静かになって言った。そのミサト回りには何だか赤いオーラが見える。さすがのアスカも恐怖を感じてか、
「じ……じゃ、あたしちょっとお風呂入ってくる」
と、リビングを抜け出す。
「あ、アスカ!?」
シンジがそう言って振り向いた先には既にアスカの姿はなく、怒りに肩を震わせるミサトのみ。
「ぼ、僕もじゃあ荷作りを……」
と、逃げだそうとするシンジ。しかし、ミサトが見逃すはずもなくシンジを捕まえ、
「マヤのほうがわたしよりもいいって言うのはこの口か、ぁ?」
と、シンジの口を両手で広げながら言う。
「ぐががががが、ごぅえんぐわはい……」
口を開けられてうまくしゃべれないシンジ。
ミサトは急に俯いて、
「ったく……、人の気も知らないで……」
そう呟くと急にシンジの口をつかんでいた手を放す。
「……もう寝る」
ミサトはそう言うと、寝室へと歩いて行った。
一人リビングに残されたシンジは呟いた。
「まだまだかなわないな、ミサトさんには……」
浴槽につかりながら、アスカは渡米のことを考えた。
アスカは基本的には渡米に反対ではない。アスカの本国籍はアメリカだし、別に日本に執着があるわけでもない。唯一の執着するものも一緒に来るんだったらまったく問題ではない。ただ、一つだけ引っ掛かることがあった。
「結局Nervからは厄介払いされるってわけよね……」
そう、それはアスカの根本的な問題である。あえて多くは語らないが、アスカは自分が「要らない人間」でいないように日々努めてきたのだ。
「やっぱりあたし、要らない子供だったのかな……」
独りになるといつもこういう思いが頭の中をよぎる。昔はそんなこと無い、自分が一番だと自分で自分の事を励ましてきた。でも、今は違う。今一番の励ましになるのは、
『そんなことないよ。誰もアスカは要らない人間だなんて思わないよ。少なくとも僕は、アスカが必要だもの。だから、自分は要らない子だとか……そういうこと言うなよ!』
というシンジの言葉。今までに二回聞いたこの言葉。一度は夢のなかやさしく、もう一度は現実で平手打ちとともに。
「バカシンジのくせに……」
その言葉を思い出すと、アスカはまずこう呟く。そして人知れず心の中で続ける。
(ありがとう……シンジ。あたしもう一番になろうとは思わない。そんなことしなくてもシンジはあたしの事見ていてくれるのでしょ?ならあたしは……シンジの中で一番になるわ……)
おやおや、アスカの「一番になる」というのは彼女自身の性癖のようだ。
「…… would you like something to drink?」
シンジ達を回想モードから現実に戻したのは、スチュワーデスによってかけられた声だった。
シンジ達の乗っていた飛行機の会社はアメリカの会社であった。したがってスチュワーデスもアメリカ人。日本語を使わずに英語を使う。
「は、はい?」
英語に免疫の無いシンジは、初めて聞く滑らかな英語に圧倒された。一応学校で英語は習っているものの、日本の学校では読み書きはするけど、会話はほとんど勉強しない。シンジの反応にも無理はないだろう。
たまりかねたアスカは、横から助けを入れる。
「何が飲みたいのって聞いてるの」
「あ、そうなの……じゃ、コーヒー」
シンジはスチュワーデスに向き直り注文する、しかし、
「……Pardone?」
と言われた。聞いた事もない単語に再び焦るシンジ。
そんなシンジが見ていられなくて、アスカは、
「He wants coffee. And so do I.」
とはっきりとスチュワーデスに向かって言う。
スチュワーデスは聞き返す。
「Hot or iced?」
「iced one, please.」
「Okay.」
一通りのやり取りが終わり、シンジとアスカの手元にアイスコーヒーが置かれた。
通り過ぎていくスチュワーデスを確認すると、シンジはほっと一息。そしてアスカの方を向いて、
「ありがとう。助かったよ、アスカ」
と言う。アスカが返した言葉は
「あんたねぇ……、いったいどういう勉強してきたのよ?」
「どういうって……普通に学校で……」
「あんた、学校でコーヒーの発音って習った?」
「うーん……多分」
「嘘!」
「どうしてさ」
「コーヒーなんて英語じゃ発音しないわ。『カゥフィー』って言うのよ!そんなことも知らないなんて……先が思いやられるわ」
そう言うとアスカは手元のコーヒーにクリームと合成甘味料を混ぜいれ、一口飲む。そして続ける、
「パードンの意味もわかんなかったんでしょ?」
同じ様にしてコーヒーを飲んでいたシンジは
「うん……」
「あれは、『何ですか』って聞き返してたの。コーヒーなんて日本語で言うから向こうがわかんなかったのよ」
「そうなのか……」
あらためて言葉の壁を感じた。シンジはなまじっか英語の成績は悪くなかったので、英語にかんしては特にきにしていなかったのだ。
「ったく。日本の教育制度ってやっぱどうかしてんのよね〜。読み書きできても聞けなきゃ仕様が無いじゃない」
真に正論だ。特に何かトラブルがあった時、聞けるのと聞けないのとではかなりの差がある。文字の情報より声の情報の方が伝達は速いのだ。
「ま、これから着くまでずっと、あたしが特別に日常会話での表現を教えてあげるわ」
「へっ?」
今日ニ回目の間抜けな返事。すぐにアスカの言葉の意味を理解したシンジは、ずっ とという言葉が気になり、
「いや、夜のフライトだし、僕眠くなると……」
「アンタばかぁ?寝たりなんかしたら時差ボケになっちゃうわよ。ずっと起きてないと……、そのためのコーヒーじゃなかったの?」
「いや、別に……」
カタカナの名前の飲み物で一番最初に思いついたとは言えないシンジ。
「なーんだ、てっきりそうだと思ってたんだけど……ま、いいわ。これからみっちり教えて ア・ゲ・ル(はぁと)」
と言って微笑むアスカ。その表情が可愛くてに思わずドキッしてしまったシンジ。しかし、
(着くまで約十時間。その間中ずっと……)
ということに気付き、ぞっとする。でもアスカを不機嫌にするよりは……と、
「……はい。よろしくお願いします」
とアスカに返事する。
「よろしい、それでは……」
この後いつまでも要領を得ないシンジに、アスカのどつきが何度も入り、その痛みでシンジは本当に一睡もできなかったそうだ。
ハロー、エヴリバディ!
これからあたし、惣流・アスカ・ラングレーが本文中に出てきた英語を解説するわ
まずは「 would you like something to drink?」ね。
”Would you……”の形の疑問文は、殆どの人は知ってると思うけど、丁寧な物の聞き方よ。 今回は「何が飲みたいの?」を丁寧に言ってるワケね。
それから”Pardone?”ね。シンジはただ圧倒されちゃったみたいだけど。これはた だ単に「何?」って聞き返しの表現よ。”Excuse me?”というときもあるわ。
最後にあたしの”He wants coffee. And so do I”ね
最初の部分は解説不要だと思うけど、その次、"so do I" はあまり聞かない表現じゃないかしら?これは前文をうけて、同じ事を言うときに、いちいち繰り返さずに言ってしまう表現よ。”I do too” というのもあるわね。
今回はこんなもんね。
受験生の人や、これから英語を勉強したい人は間違いなく知ってた方が良い表現よ。
しっかりと復讐……もとい復習しましょうね!
どーもわざわざお読みいただきまして真にありがとうございます。
一応世界を申しあげますと、本編の最終話のあと、にあたります。
セカンドインパクトの後に、ニューヨークが残ってるのか甚だ疑問なんですけど。多分平気だろうということで、シンジ達の留学先はニューヨークです。
ここは、なんと私yukiが生息してる場所でもあるんですが。
そんなわけで、今回は私がこれまでの経験を本に、アメリカンライフっつーのがどんなもんなのかというのをシンジ君達をつかってご紹介できれば、と思って無理矢理はじめたんですけど……、一回じゃ書ききれなかったみたいです
次回は、新居と新しい環境について、あと学校のこともちょっぴりと触れる予定。
39人目の新住人yukiさん、ようこそ「めぞんEVA」へ!
第1作は『チルドレンの留学』第壱話です。
アスカ英語講座の開講です(^^)
そんな感じの会話がありましたね。
ああ、アスカちゃん・・・・
「みっちり教えて ア・ゲ・ル(はぁと)」
シンジが羨ましい(^^;
アメリカで暮らすことになったアスカとシンジ。
レイを除外したyukiさんはたぶん、いや、間違いなくアスカ人でしょう(笑)
さあ、訪問者の皆さん。
新たなるEVA小説書きのyukiさんをメールで歓迎してあげましょう!