「あ、ミサトさん、おはようございます」
シンジはイキナリ用件だけ言って入ってきたミサトに言った。
「え、ああ、おはよ」
ミサトは少し動揺しながら返事を返す。
なんてことはない。ただ挨拶するのを忘れていただけではある。
昨日の夜の事、朝からのアスカの態度が妙な事について少し考え事をしていたので、シンジを見た途
端イキナリ用件から入ってしまったのだ。
(まぁ、第壱拾伍使徒の時の前後よりかはずっとましみたいだし、良いかな?)
と、ふとアスカを見る。その後ろ手に、紙包みが開けられることなく乗っているのと、シンジが箸を休
める事がないのが見えて、ミサトは思わず苦笑してしまった……
まごころ Part B - Defeat of tenderness -
「……それで、リツコったら……」
「……へぇ……それは大変でしたね」
と、帰りの車の中でミサトとシンジが楽しそうに会話している中、アスカは少し憂鬱だった。
ふと膝の上の紙包みを抱きしめるかの様に抱え込む。
――そう、結局シンジに渡す事はできなかったのだ。
それ以外の点を振り返ってみれば、何の問題もない。
進んで荷物運びを手伝い、その後の部屋の掃除等もキチンとやってきた。
『ありがとう』ってシンジに言われたときは不思議と気持ちが良かった。
けど、渡す事のできなかった紙包みをみると、そういった気分は全て吹き飛び、やりきれない気持ちだ
けが残る。
ふぅ
気づかれないように、ため息を吐く。
そして、アスカはそのままの姿勢で、うつむく。
が、しばらくして、
(……こんな姿勢見られたら、心配させちゃうかも……)
と思い直し、姿勢を正して平然とする。
助手席のシンジがふと後ろを見たのはその瞬間だった。
「そういえばさ、アスカ」
「え?なによ?」
「僕がいないとき、ご飯どうしてた?」
その言葉を聞いた途端、アスカの頬が赤くなり、ミサトは吹き出しそうになった。
(ついに来たわね)
真意はともかくとも、二人とも全く同じ事を考えた。
シンジは、イキナリ妙なリアクションをした二人を不思議そうに見る。
(アスカ、言うのよ、言っちゃいなさい!)
……ここまで思考が一致するとは面白いものだ。
そして、アスカは意を決し、
「わ、わたしが作ってたわ!」
と宣言した。
その言葉にシンジだけでなくミサトもアスカの方を向く
(やった、アスカ偉い!)
と思うまでは良い。が、脇見運転は良くないぞ。
シンジも同じ事を考えたのだろう、アスカの台詞にリアクションする前にまず、
「ミサトさん!危ないでしょう?ちゃんと前見て運転してください!」
と、ミサトに突っ込む。
言われてミサトはしぶしぶと
「はーい」
と言って前を向く。
前を向きはしたが、注意は完全にシンジとアスカにまわってるので危なっかしい事この上ない。
が、シンジはそんなミサトに気づくことなく、アスカに向かって
「アスカが作ってたの……アスカも料理できたんだ」
「え?ま、まぁね」
シンジのリアクションが全く動じてなかったので、拍子抜けしながらアスカは答えた。
(あんなに頑張ったのに……)
と少し落胆もした。
「でも良かった。安心した」
シンジはそんなアスカの気持ちに気づくことなく言う。
安心した……とは妙な言葉だが、ミサトが料理していたのではない、ということで安心したのだった。
「けど大変だったでしょう?毎日料理するのって」
「え?ま、まぁね」
料理よりも、作った後の方が大変だったわとアスカは心の中でつぶやく。
「いままでご苦労様。今日は僕が作ってあげるから」
「へぇ、それは……」
どうもありがとう、と言いそうになって、慌ててアスカは、
「あ、ううん、シンジは病み上がりなんだから無理しちゃ駄目!わたしが作るから」
「病み上がりっていっても……結構元気だったし、ほら、それにこれ以上アスカに負担かけるわけにも
いかないよ。アスカだって一応病み上がりなんだしさ」
……言われてみればもっともだ。半年寝たきりで、意識がもどった途端普通に動ける方が異常である。
けど、アスカにも意地がある。せっかくシンジに食べて欲しくて料理を勉強したのだから。
かといって、せっかくシンジがやるって言ってくれているのを足蹴に……するわけにも行くまい。
すると、ふとアスカの頭の中に電撃的妙案が浮かんだ。
『二人で一緒に』作れば良いのだ。
(そうよ……仲良く二人でやれば、シンジはの気持ちも尊重した事になるし、シンジにわたしの料理を
食べさせる事もできるわ)
そして、その画期的なアイディアを言おうとしたとき
「み、ミサトさん前!」
「え?うわ、やっば!」
シンジの注意の声とミサトの焦りの声、そして、急にタイヤの擦り切れる音とともに、車が右へとスラ
イドしていく。
きゅきゅきゅきゅっ
「きゃぁぁぁぁ!」
さて、一方ミサトは前述の通り、運転しながらシンジ達の会話に耳を傾けていた。
先ほどの『病み上がり』のあたりでミサトは、
(うわ。なんて思いやり……時にはこういうのも鬱陶しいわよね。かといって、思いやりがないっての
もどうかね〜)
なんて、自分の恋愛感みたいな事を考え出した。
……刺激されたのはわからなくもないのだが、運転中だろう?
と、案の上、目の前にゆっくりとトラックが見えてきた。
だんだん近づいていく、が、ミサトはいっこうにスピードを落とそうとしない。
臨界点ギリギリのあたりで、ふと前を見たシンジが声を出していなければ、間違いなくトラックに衝突
していたことだろう。
きゅきゅきゅきゅっ
「うわぁぁぁぁぁ!」
きゅきゅきゅきゅっ
「なんでこんな目にあうのよ〜」
きゅきゅきゅきゅっ
「ええい!しゃらくさい!」
「ミサトさん!状況を楽しまないでください!」
きゅきゅきゅきゅっ
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
きゅきゅきゅきゅ……
アスカが次に気がついた時、自分がベッドの中にいる事に気づいた。
「あ、あれ?」
どういう事か戸惑っていると、扉の所に人の気配、そして声。
「アスカ、気がついた?」
「誰?」
「僕。ちょっと入ってもいいかな」
「……いいわよ」
シンジが来てくれた事、自分がどうなってるか分からないことが気になったので、アスカはシンジに部
屋に入ることを許した。
「それじゃ、お邪魔するよ」
との声とともに、シンジが入ってくる。
良く見ると、シンジはお盆を持っていて、その上には湯気のたったカップがのっている。
アスカは体を起こして、
「あら……どうしたの、それ?」
と、カップを指差して言う。
「お茶だよ。喉かわいてるでしょ」
言われてみれば、確かに喉が渇いてるとアスカは思った。
シンジはお盆を床に置いた後、カップをとって、「はい」、とアスカに差し出す。
「……ありがと」
「どういたしまして」
アスカはお茶に一口、口を付け、ずずずっとすする。
シンジがほっとしたかのように声をかける。
「けど……大丈夫そうだね、良かった」
「大丈夫そうって……そう言えばわたし一体どうなったの?」
と、かねてからの疑問を口にする。
「ミサトさんが……むちゃくちゃな運転しただろ。それで……ようやくミサトさんが落ち着いた頃には、
アスカ、気を失ってたんだよ」
「えーっ?」
言ってしまってから、それも十分ありえる、とアスカは自分でも思った。
昔はEVAに乗ってたからなんてことはなかったけど、意識のなかった半年のブランク、朝の無茶苦茶
等、参ってしまうファクターはいくらでも存在する。
(わたしも弱くなったものね……)
そう思いながら、
「それから?」
「アスカが気を失ってる事に気づいてからはもうびっくりして、そこからは家の方が近かったから慌て
て家に帰ってきて、寝かせてあげたんだ」
「シンジが?」
「え?……う、うんまぁ、僕とミサトさんとで……」
シンジが連れてきてくれたと言う事に感動したが、『ミサト』という言葉が入ってアスカは少しがっ
かりした。
嘘でも良いから、シンジだけがって言ってほしかった。
「ふぅん……ありがと」
それでも、お礼だけは言えた。
シンジは少し照れて、
「別に……」
と答えた。
ドアを開け放していたせいか、少しずつ、味噌や醤油等の良い香りがしてきた。
途端にシンジは
「あ、そういえばまだ途中なんだっけ、じゃぁまた」
と言って出て行こうとする。
アスカは慌てて声をかえた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
シンジは振り返って
「うん?何?他になにかして欲しい事でもある?」
「そうじゃなくて……」
いいながら、アスカは自分の考えが又も水泡に成りかけているのを感じ、
(こら……ちゃんと手伝うって言わないと……)
「ご飯作ってるんでしょ……手伝おうか」
頬を真っ赤に染めながら、アスカは言った。
そんなアスカに、シンジは微笑む。
(……うまくいったのかしら)
しかし、そんなアスカの期待はすぐに裏切られた。
「さっきまで気を失ってた人にそんなことさせるわけにはいかないよ。アスカは休んでて、今日は僕が
全部やっとくからさ」
そう言うと、シンジはさっさと出ていってしまった。
「あ……」
アスカはシンジが出ていった扉に向かってつぶやく。
「バカ……、けど、シンジらしいな……」
はぁ
そう言いながらも、アスカの口からはため息が零れる。
その日の晩は、シンジが退院したと言うのに、取りたてて誰も訊ねてこなかった。
というのも、ミサトが気を利かせ、誰にもシンジの退院の話をしなかったのだ。
ここ数日の、アスカの努力を無為にしたくないという親(!?)心だろう。
そのミサトも、晩御飯の前に、「仕事があるんで」と家を出ていった。
従って、今、部屋にはアスカとシンジの二人きりである。
その状況は、かえって二人を無口にさせた。
正確には、アスカが無口なのだ。シンジはもとから家でたくさんしゃべるタイプではない。
アスカが無口なのは、全てここ一週間の努力が殆ど不発に終わっているのに起因している。
ちーん、と電子レンジが小気味良い音をたてる。
シンジは、というと鼻歌をふん、ふん、と言わせながら、料理の仕上げをしている。
アスカはテーブルに突っ伏し、ぼんやりとシンジの姿を眺めていた。
時折、シンジがちらちらとアスカの方を見ているのだが、それにも気づかなかった。
しばらくすると、シンジが完全にアスカの方を見て、
「元気なさそうだね……、大丈夫?」
と、唐突に声を掛ける。
「別に……」
アスカは愛想の無い返事を仕掛け、
「いや、全然平気よ!どうして?」
と、不自然なくらい愛想の良い返事をする。
それを見て、シンジはちょっと首をかしげるが、
「別に……、それよりも、晩御飯、できたよ」
「そう……」
と、言いかけて再びアスカは
「じゃ、運ぶの手伝ってあげる」
と、ガステーブルの側へと向かう。
(思ってたよりも気をつかわないといけないのね……)
シンジはそんなアスカのリアクションに再び首をかしげつつも、
「ありがと。それじゃまずこれを……」
と、アスカにご飯と味噌汁と漬物がのったお盆を渡す。
「うん、わかったわ」
アスカがお盆を運んで、テーブルに置く。
そして、お茶碗とお椀とをセットする。すると、シンジも焼いたサンマ、きのこの炒め物、そして……
「これ、冷蔵庫に入ってたんだけど、アスカが作ったの?」
と、昨日の煎り鶏を持ってきた。
アスカは驚いてすぐには返事ができなかった。
(うっそぉ……残りは確か今朝全部紙袋に……)
そう言えば紙袋はどうしたのだろう?
シンジが気づいてるようにも見えない。
(……ってことは、ミサトね)
アスカの予想通り、アスカが気絶した後、ミサトが紙袋の中身をこっそりタッパーに移し、冷蔵庫に入
れておいたのだ。
「う、うん」
「美味しそうじゃない。実は結構料理上手なんだね」
シンジはイスに腰掛けながら言う。
「ま、まぁね……」
答えながら、アスカは少しだけミサトに感謝した。
「それじゃ食べよ。いただきます」
と、シンジはいきなり煎り鶏に箸をのばす。
シンジの箸は、ハスををつかんでシンジの口元まで持っていかれる。
ぱく、もぐもぐ……
シンジの口が動き、アスカの動きが止まる。
ごくん
飲み込む音がしたかと思うと、シンジが口を開く。
「美味しい」
という言葉が返ってくる、とアスカは思っていた、が
「あれ?どうしたのアスカ、食べないの?」
シンジが口にしたのはそんな言葉だった。
「え?あぁ、もちろん」
アスカは動転しながらも、返事らしい返事を述べる。
「そ、早くしないと冷めちゃうよ」
シンジはそんなアスカに気づかずに言う。
アスカは箸をサンマにのばしながら、
はぁ
と、今日何度目かのため息を吐く。
(……シンジの、馬鹿……)
失意の内に、少しずつ怒りが込み上げてくる。
顔には出すまいと、平然な振りをしては居るが、箸が不機嫌さを現すかのようにサンマの上でかちゃか
ちゃ音を立てながら踊る。
そして、
悪意はなかっただろう。
きっと、アスカの態度が妙なのが目にみえたからだろう。
が、シンジの言葉は最悪だった。
「アスカ……さっきからなんか変だよ。本当に大丈夫なの?」
その、あまりの言葉にアスカも、ヒートアップしてきて、
「何ですって……」
と、言葉に少しづつ怒りがこもってくる。
自分の言葉でアスカが怒りつつあるのに気づいたシンジは、
「だ、大丈夫だったの?」
と、恐る恐る声をかける。
シンジの態度に、シンジが恐怖感を抱いてることに気づいたアスカは、
(……やっちゃった。優しくなろうと思ってたのに……)
「当然よ……」
(やっぱり、わたしには無理みたい……)
何も知らないシンジには、アスカはとても不機嫌そうに見えた、そして、
「そ、そう、ゴメン」
シンジのその言葉は落ち込んでいるアスカにとどめをさした。
「うるさいわね!いちいち謝らないでよ!バカ!バカバカバカバカバカバカバカ!人の気も知らないで
この……バカシンジ!」
言ってるそばからアスカの目には涙が溜まっていた。
シンジは訳が分からなくて何も言えなかった。
そして、
「そうよ、人がせっかく優しくしようって努力してるのに。バカシンジ!アンタなんか大っ嫌い!!」
アスカはそう言うと立ち上がり、腕で目頭を抑えながら部屋の外に出ていった。
yukiさんの『まごころ』PartB、公開です。
シンジくんの優しさが、
あたたかく・深くて、
あたたかすぎて・深すぎて。
まごころが空回りしてしまいましたね。
シンジの厚い思いやりが壁になってしまった形です・・・
アスカちゃんの努力が実りますように−−
さあ、訪問者の皆さん。
真心を描くyukiさんに感想メールを送りましょう!