夜通し降り続けた雨がようやくあがって、とても清々しい筈の朝。
わたしはちょっと憂鬱だった。
教室に着いた後も、それが顔に出ていたのか、
「ねぇアスカ……何かあったの?」
と、ヒカリにも聞かれる始末。
「別に」
わたしはそっけなく言う。
でも、原因の方にも心あたりがある。
「そう言えば、今日は碇君と一緒じゃないのね、どうしたの?」
「……シンジは休みよ。なんか風邪引いたんだって。全く……なにか悪いものでも拾って食べたのよ」
わたしはぶっきらぼうに言った。本当はそんなこと微塵にも思ってないのに。
「そういう言い方は無いと思うよ。仮にも一緒に住んでるんでしょう?もう少し優しくしてあげなよ」
ヒカリがわたしのさっきの言葉を咎めるように言う。
――ヒカリの言うとおりかもしれない。
その時、教室のドアが開いて、
「おはよっさーん」
と、鈴原がやかましく教室に入ってくる。
鈴原は教室に入るなりシンジの席が空席なのに気づき、次にわたしがの方をみる。
わたしがいることを確認した鈴原は、
「おい惣流、シンジどないしたんや?」
と、わたしに向かってまた大きい声で聞いてくる。
わたしは鈴原を睨み付けて
「シンジなら今日は風邪で寝てるわよ」
と、言い、目をそらす。これ以上鈴原みたいなのを見続けるのは目に悪いわ。
わたしのそうした行動を気にもせずに、鈴原は、
「シンジが風邪?ほんまか?惣流」
としつこく聞いてくる。
「そうだって言ってるでしょ!」
そう、シンジは本当に風邪よ……
シンクロテストが終わって、家へ帰ろうとして本部を出たわたしを待っていたのは急に降り出した雨。
わたしはちょうどその時傘をもっていなくて、
「雨か……しょうがないわね、走って帰るか」
と、言って、かけだそうとした所で、いきなり
「待って!アスカ」
との声がして、誰かに右腕をつかまれた。
わたしが驚いて後ろをふりむくと、そこにはわたしの腕をつかみながら、ぜえぜえと息を切らしている
シンジがいた。
わたしは、すぐに見を翻してシンジの手を抜くと、
「ちょっと、イキナリなにすんのよ、バカシンジ!」
と、叫ぶ。
するとシンジは左手を差し出した。
そこには、紺色の折り畳み式の傘があった。
「ハァ、はぁ……雨、降ってるでしょ、これ、使ってよ」
まだ息を切らしながら、シンジはそう言った。
シンジは雨が降ることを知っていたのだ。そしてわたしが、傘を持っていないことも。
息が切れていたと言うことは、よほど急いで追いかけてきたのだろう。
そんなシンジの心配りが嬉しくて、わたしはすぐにその傘を手にとって、お礼を言おうとした、が、
「へえ……あんたにしては気が利くじゃない」
わたしの口から出てきたのはそんな言葉だった。
シンジはわたしの言葉を言葉通りに受け取ったのか、苦笑している。
「それじゃ」
と、シンジは再び本部の中へと向かっていく。
わたしはあわてて、
「ちょっとシンジ、あんたはどうするの?」
と、声をかける。
シンジは振り返って、
「僕?ああ、僕、今日別のテストがあって、遅くなるんだよ」
と言う。
「あらそう……」
と、わたしが言ったころにはシンジはもう駆け出していた。
「ったく、シンジのくせに人の話は最後までききなさいよ……」
つぶやきながら、わたしは再びシンジの渡してくれた傘を見つめて、言った。
「ありがとう、シンジ……」
シンジの傘のおかげで、ずぶ濡れにならずにわたしは家に着いた。
「ただいま……」
と言いながら部屋に入る。当然誰もいない。
ミサトはしばらく出張だって言ってたし、シンジはさっき聞いたとおり、まだ本部にいる。
とりあえず部屋で着替えて、TVをつける。
6時頃だったので、殆どのチャンネルでニュースをやっている。
画面をぼんやりと見ながら、わたしはふと、
一人のときはTVばかり見ているような気がするな、最近は。
どうしてだろ……寂しいからかな。
こうやって、誰かに側でしゃべっていてほしいからかな……。
なんて、思ってしまった。
しばらくそうしてぼーっとしていたら、だいぶ時間がたってしまったみたいで、ニュースも終わりの天
気予報をやっていた。
『……第三新東京市はかなりの低気圧の影響で、今晩は強い風を伴った大雨となるでしょう』
言われてふと窓の外を見ると、確かに雨はわたしが帰 いた。
わたしはふと、シンジの事が気になった。というのも、シンジがわたしにくれた傘はシンジのもの(わ
たしの折り畳みは当然真っ赤な傘よ)だったので、ひょっとしたらシンジはもうこれ以上傘を持ってい
ないかもしれないから。
けど、この考えはすぐに否定した。あの準備のよいシンジのことだもん。きっと別の傘を持っているに
違いない。だいたい、そうじゃないとわたしに貸してくれる筈がないわ。
その時、電話のベルが鳴った。
誰だろう?ひょっとしたら加持さん?
ううん、今、話相手になってくれるんなら、誰でもいいわ。
わたしは飛びつくかのように受話器をとった。
「はい、もしもし」
『アスカ?僕』
電話の主はシンジだった。
「なぁんだシンジか……どうしたの?」
『あ、例のテストがさ……もう少し長引きそうで、しばらく帰れそうにないから。今晩はなんか好きな
ものでも出前して食べておいてよ』
「はいはい、それだけ?」
『う……うん』
「じゃぁね」
『あ……』
そう言うとわたしはすぐに受話器を置く。
話し相手が欲しかったはずなのに、相手がシンジだとどうしてこうなんだろう。
シンジ……かぁ
意識していない、と言うと嘘になる。
シンジは優しいし、マメだし、わたしの事を助けてくれたこともあった。
男の子として好きか、と言われると……どうなんだろう。
わたしは加持さんの事が好き……なはずよね。
でもたまに、シンジの事でどきどきしたりすることもある。
どうしてなんだろう、自分でもよくわからない。
そして何よりもわからないのがシンジの気持ち。
わたしに優しくしてくれる理由が、よくわからない。
わたしにだけ特別なのか、というと決してそんなことはない。
あいつは誰にでも優しいから。
それを確かめたくて、この間、退屈だから、と言いながら無理にキスをした。
それで、何か答えを見つけられるかと思ってたんだけど、結局、何もわからなかった。
あれ……何考えているんだろう、わたし。
これが天才と言われたエヴァンゲリオン二号機パイロットの考える事?
そんなわけない。そんなわけはないはずよ!
わたしはそう思って立ち上がる。するとふと、窓の外が目に入る。
外は未だ雨が降り続けている。
わたしの頭の中で、本部を出るときのことが浮かび上がる。
そう、わたしのために急いで傘を届けに来てくれたシンジの姿が。
『……ばか』
わたしは心の中でつぶやくと同時に、深いため息をはいた。
――今日はもうすぐ寝てしまおう
そして、今朝。
早く寝たせいもあってか、わたしは6時ごろ目が覚めた。
昨晩降り続いた雨も完全に上がって、太陽が清々しく照らす。
一晩寝たら、昨日悩んだなんて嘘みたいにいい気分。
まず、シャワーでも……と思って、居間に出る。
しかし、普段、この時間には起きだして、朝ご飯を作っているシンジの姿がなかった。
「昨日遅かったみたいだし……仕方ないかな」
そうつぶやいて、わたしは浴室に向かった。
シャワーをすませて、制服に着替えたあとも、シンジは起き出す気配がなかった。
このままでは朝ご飯も食べられないし、お弁当もない。
昨日結局何も食べなかったせいか、わたしのお腹はさっきから……コホン。
とにかく、お腹がすいた。
「ったく、ちょっと昨日良い事したからって、調子にのんじゃないわよ!」
すぐにシンジを起こそう。
わたしはシンジの部屋にいって、ノックもせずに襖を開ける。
入りながら、わたしはシンジに声をかけた。
「ほら、バカシンジ!朝よ!」
「えっ……」
シンジのベッドの中から声はするが、体は未だ布団に包まって寝ているように見える。
いくら昨日遅かったとはいえ、もうおきてくれないと、お弁当を作る時間がないだろう。
(ったく、このバカはわたしにお昼なしで過ごさせようってぇの?)
そう思って、わたしは布団を引き剥がそうと、シンジのベッドへと近づいていく。
途中、脱ぎ散らかされたシンジの制服を踏んでしまい、靴下が少し湿った。
「ったく、シンジは……」
言いかけて、わたしはとある事実に気づいた。
「どうして、湿るの……?」
わたしはすぐに屈み込んでシンジの制服に触れて見た。
「うわ……ぐしょぐしょじゃない……どうして?」
まさか、と思ってわたしはシンジの布団をめくり上げる。
そこでは、シンジが汗だくで、苦しそうにしていた。
「ちょ、ちょっとシンジ、どうしたのよ?」
シンジは薄目を開けてわたしの方を見て
「あぁ、アスカ、おはよ……すぐご飯作るから……」
シンジはそう言うけど、わたしはシンジの具合が良いようには見えなかった。
「ご飯って……あんた本当に大丈夫なの?」
「え……、ちょっと具合わるいけど、大丈夫だから……」
シンジはそう言うと、起き上がろうとするが、よろけてバランスを崩し、再びベッドに倒れ込む。
「言わんこっちゃないじゃない……どれどれ……」
わたしは屈んで、シンジのおでこに自分のおでこを重ねた。
「……凄い熱い」
「あはは……、風邪かな……」
言われてみれば、シンジはちょっと赤い顔をしている。
「風邪……?あ、ちょっと、待ってなさい、今薬持ってきてあげるから」
そう言うと、わたしは大急ぎで今の救急箱の所へ行く、が
「……どうして二日酔いの薬しかないのよ!」
ばんそうこうや包帯、消毒液のほかは、二日酔いの薬しか入っていない。
こんな所にもミサトのいい加減な人柄がでてるわ。ったく風邪引いたときどうするつもりなのかしら、
まぁあのビア樽女のことだから、「酒は百薬の長!」とか言って飲むだけか。
ってそんなこと言ってる場合じゃなくて、シンジよ。
何も見つける事のできなかったわたしは、とりあえず洗面所に行き、洗面器に水を入れて、タオルを一
枚とって、それをシンジの枕元へと運ぶ。
そして、枕元でタオルをぬらして、絞り、シンジの額の上にのせてあげた。
「あ、冷たくて気持ちいい……ありがとう、アスカ。」
「しばらくそうしてなさい……ったくどうして風邪なんか……」
言いながら、わたしはさっきの濡れた制服、昨日の雨、傘の事を思い出した。
まさか……?
「シンジ、あんた昨日まさか……」
「ん?」
「あんた、昨日いつ頃家に着いたの?」
「えっと……良く覚えてないけど……本部をでたのが、一時前くらいだから、一時半くらい、かな」
こたえながら、シンジの声がだんだんと鼻声になっていく。わたしはティッシュをシンジの枕元に持っ
てきた。
「その時……雨、どうしたの?」
「えっ……?いや、その……」
やっぱり……
「あんた……傘持ってなかったの?」
「う、うん」
「だったら、どうして、」
「え、あ、いや、その、ゆうだち、そう、ただの夕立だと思ってさ。僕が帰る頃には止むかな、とか思
ったから、あんなになるなんて、思ってなかったから、さ」
嘘。昨日の雨は低気圧が原因だもの。毎朝新聞を読んでるシンジが知らなかった筈がないわ。
けど、わたしがそのことを突っ込もうとしたとき、シンジがこう言った。
「ねぇアスカ、時間大丈夫?それと、あまり僕の側にいると、風邪、うつっちゃうよ」
言われて時計をみると、もう8時だった。けど、せっかく人が心配してあげてるっていうのに、その言
い方はないんじゃないの?
「うっさいわね!わかってるわよ」
わたしは怒鳴った。
「じゃぁわたしはもう行くから、アンタは今日一日休んでなさい、いいわね!」
「う、うん」
「じゃあね」
わたしはそう言うと、早足で部屋をでて、ふすまをピシャリ、と閉めた。
「んっとに、バカなんだから」
わたしは一言そうつぶやいた後、今まで忘れていた事を思い出させられた。
くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ
そう、お腹の音でわたしはお腹がすいてる事を思い出した。そして、
「……カッコ悪いけど、しょうがないか」
口に食パンをくわえて、家を出た。
自分の心配をせずに、他人の心配ばかりしてるから。
でも、あんな風に風邪引かれたんじゃ、なんだか、わたしのせいみたいじゃない。
と、回想をしていたわたしに、ヒカリが今度は、
「で……誰か、碇君の看病、してあげてるの?」
なんて、聞いてきた。
「ミサトは仕事だし、わたしはここにいるし、ペンペンがしてるんじゃないの?」
わたしは、冗談のつもりで言った、けど、
「え?ペンペンが?……なら安心ね」
と、ヒカリは妙に納得したみたい。
そして、
「こんなこと言うのもなんだと思うけど……アスカ、週番でしょ。花瓶のお水かえてきてよ」
「へ?」
あ、そう言えばシンジのことで色々考えてたせいで忘れてたけど、わたし、週番だったんだ。
でも……
「相方がいるでしょ、そいつに頼んでよ」
すると、鈴原が、
「ケンスケなら今日は新横須賀や」
と横ヤリを入れる。
けどなんで、相田が出てくるのよ?
「わたしは相田なんて言ってないでしょ!」
わたしは鈴原を睨み付け、怒鳴るが、ヒカリが
「だから、相田よ、アスカの相方」
「え……」
「そーいうことだから、花瓶、よろしくね」
と言って、にっこり微笑むヒカリ。
「……しょうがないわね」
わたしはそう言って席を立ち、花瓶の水を換えに行った。
――そして、放課後
きんこんかんこ〜ん♪
授業終了のチャイムと同時に、ざわめくクラス。
みんな、それぞれに片づけをして、教室を出ていく。
ヒカリも、
「じゃぁね、アスカ」
「うん、ばいばい」
と、出ていった。
わたしはまだ帰れない。一応、週番だもの。
普段は相方に全部やらせるんだけど、今日は肝心の相方がいないもんね。
クラスメイト全員がいなくなってから、わたしは仕事をはじめることにした。
「えっと、何をすればいいんだっけ……」
まず、机をならべて、拭くんだったかな。
「しかし……疲れるわね、週番って」
わたしは焼却炉でごみを燃やしながら、そうつぶやいた。
焼却炉の側は、少し暑い。やんわりと吹き付ける風が少し気持ち良かった。
ふと、空を見上げる。
今朝はあんなに晴れていた、と思ってたのに、今は、なんだか遠くから黒い雲が近づいてるように見え
る。
これは……くるわね、雨。どうしよ、傘、持ってない。昨日の今日だっていうのに……
雨といえば……シンジ、大丈夫かな。
ただの風邪なら、寝てれば治るとは思うけど。
でも、少しは……看病してあげようかな。
今日のわたしはとても寛大だと我ながら思った。まぁ昨日の傘のことがあるしね。
そうと決まったら、さっさと日誌かいて、雨に降られちゃう前に帰ろう。
わたしはごみ箱をもって教室へと戻っていった。
しかし……
「ちょっと、どうしてもう降り出しちゃうわけ?」
日誌を書き終えたわたしが、窓の外を見ると、もう既に、雨が降り出していた。
わたしは窓際に駆け寄って、外を見渡す。
晴れてた空は今や完全に雨雲に満たされて、外も薄暗い。
雰囲気的には、ただの夕立だと思うんだけど……
わたしは今朝、ろくに天気予報も見ていなかった事を少し悔やんだ。
「まぁ昨日の事もあるし……走って帰ろうかな」
そう思って、振り返ろうとしたときに、校門を通り抜けて、学校に入ってくる紺色の傘が見えた。
……紺色の、傘?
まさか、と思ってわたしはそれを凝視する。
それは、手に赤い傘をさげている、ように見えて……、
あ、傘があがって、上を見上げてる。
……シンジ?
傘の下に見えた顔は、確かにシンジの顔だった。
わたしは大急ぎで、玄関まで降りてきた。
はぁ、はぁ、と息を切らしながら靴を替えていると、ちょうどドアが開いて、シンジが入ってきた。
入りながら、シンジはわたしを見つけて、
「あ、アスカ、良かった。すれ違わなくて」
と言う。
「あんた……何しに来たの?」
わたしは率直に聞いた。
「え?ああ、雨降ってきたし、アスカ、また傘持ってなさそうだから、迎えにきたんだ。はい」
そう言うと、シンジは真っ赤な傘をわたしに差し出した。
受け取りながら、
「あ、そう……でも、あんた風邪は……」
「え?あ、さっきまで寝てたら、だいぶ良くなったみたいで……、で、外見たら雨降ってたから……は、
ハーックション!」
シンジは言いおわる前にくしゃみをする。
もう、無理しちゃって……、でも、嬉しいな。
これが、わたしだけにだったらどんなに……はっ。
な、何考えてんの?わたし。
改めて、シンジを見る。シンジはポケットからティッシュを出して、鼻をかんでいた。
まさか……ね。
すると、シンジもわたしの視線に気づいたみたいで、
「何?アスカ」
「べ、別になんでもないわ、じゃぁ帰りましょう」
わたしはすたすたと玄関を出ていった。
「あ、アスカ、ちょっと待ってよ」
シンジも慌てて追いかけてくる。
昨日の雨とちがって、今日のはただの夕立だったみたいで、帰り道の途中で、雨はやんだ。
わたしは傘を畳みながら、
「なんだ、ただの夕立だったんじゃない」
「そ、そうだね」
言いながら、シンジも傘を畳む。けどなんか、いまいち顔色が良くない。
まさか、風邪がぶり返したとか?
わたしは気になって、
「シンジ……あんた真っ青よ。本当に大丈夫なの?」
と聞く。
「や、やだなぁ。大丈夫だよ。ほら、」
シンジはそう答えると、濡れた傘を持ってるにも関わらず、両腕をぶんぶんと振り回す。
右手に握られている傘から水滴が飛んできて、わたしの体にかかる。
「ちょっと何すんのよ、バカシンジ!」
わたしは怒鳴りつけるが、シンジの耳にはとどいてないのか、
「ほら、大丈夫、だいじょうぶ……」
と言いながら、腕を振り回し続ける。
何てことすんのよ。もう。心配してたわたしがばかみたいじゃない!
わたしは思い切りシンジを蹴飛ばそうと足を振りかざし……、
バタッ
その瞬間、シンジが倒れた。
えっ……
「ちょ、ちょっとシン わたしは慌てて、シンジを抱え起こす。
真っ青な顔のシンジは、息をきらせながら、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とうわごとのようにつぶ
やいている。
わたしは朝やったように、おでことおでこを合わせる、そして、
「物凄く熱い……」
シンジは今朝以上に熱が高いみたい。
何考えてるのよ、この馬鹿は!
けど、文句よりも……看護が先ね。
わたしはシンジを必死に背負い、家まで連れていった。
わたしはシンジを部屋まで運び込んで、ベッドの上に横にした。
シンジを背負ってここまで来るのは、正直つらかった。
わたしは息を切らしてハァハァいいながら、シンジの机のイスの上に腰掛ける。
シンジは苦しそうに、ぜぇぜぇあえいでいる。
そう言えば、熱がまだあるんだっけ。
わたしは、イスから立ち上がり、ベッドの側に今朝置いた洗面器にタオルを浸し、絞って、再びシンジ
の頭の上に乗せてあげた。
そして、再びイスに腰掛けて、シンジを見る。
風邪が完全にぶり返したみたい。病み上がりで無茶するから。
わざわざわたしなんかのために。
なんでそんなに、優しくできるのよ。自分を追い込んでまで。
そうやって、追い込まれた姿を目の当たりにされる人の気持ちも考えなさいよ。
この、馬鹿……
わたしは、目頭に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
しばらくして、シンジが目を覚ましたみたいで、
「あれ……」
と、つぶやいた。
わたしはすぐに声をかける
「シンジ、気が付いた?」
「え、あ、ああアスカ……僕、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ!あんた、覚えてないの?」
「あ……、そうか、あの時、僕、倒れちゃったんだ。」
そう言って、シンジは周りを見渡し、
「ああ、アスカがここまで運んでくれたんだ……ありがとう」
と、言う。
「あんた……自分が何しでかしたんだか分かってる?」
「えっ……ああ、アスカに苦労かけたかな、ゴメン」
その時、わたしの中で何かがキレた。
「あんた、一体何考えてるのよ!」
「えっ……」
「別に大変だったとか、苦労したとかじゃないわよ!何が『倒れちゃった』よ。昨日の事といい、今日
といい、あんたなんでそんな自分を追い込んでまでわたしに優しくするのよ!その追い込んだ結果とし
て、風邪引かれたり、治りかけの風邪をぶり返されたりするのを目の当たりにされて、わたしが嬉しい
とでも思ってるの?ご機嫌伺いのつもりだかなんだか知らないけど、いい加減にしてよ!」
言いながら、わたしは再び目頭が熱くなるのを感じた。
泣いた顔なんてシンジに見せたくない――
そう思ってわたしは出て行こうとした、が、
わたしの左手をシンジがつかんで引き止めた。
「アスカ、待って」
「何よ……」
わたしは振り向きもせずに言う。
「そのまま、聞いてよ。」
シンジはゆっくりと話しはじめた。
「心配かけたことも……謝るよ。でも、別に御機嫌伺いをしようとか、そういうんじゃなかったんだ。
ただ……昨日も、今日もふとアスカが雨の中をぐしょ濡れになりながら家に帰るのかな、なんて思った
ら、堪えられなくなったんだ。そしたら、自然に、昨日も、今日も足が動いてたんだ。その結果として、
自分がつらいだけなら、別に構わないとも思ってた。でも、アスカには……その……、好きな女の子……、
にはつらい思いをさせたくなかったんだ……。あ」
ったくそうやって、外面ばっかいいかっこしようとして……え?
い、今、シンジ……
わたしが慌てて振り返ると、シンジは真っ赤な顔でわたしの方を見ていた。
まさか……
「ね、ねぇシンジ、さっき、最後に何て言ったの?」
もう一度、もう一度聞かせて!
「え……、いや、その……す、好きな女の子に、つらい思いをさせたくなかった… …んだ」
どもりながらも、シンジは繰り返してくれた。
シンジが……わたしのことを好きな女の子だって……
わたしの中で、何かが崩れた感じがした。
思い返して見ると、同じ家で生活するようになってから、わたしはシンジのことを意識しはじめたんだ
と思う。同僚として、よりも、同い年の男の子として。
第八使徒捕獲作戦のとき、特殊装備ももたずに溶岩の中からわたしを救ってくれたシンジ。
その時はじめてあいつの事、かっこいいとか思った。
けど、あいつは悪く言えば八方美人なところがある。だから、あれがわたしでなくてもあいつはそうし
た、って思った。いや、思い込むことにしたのだろう。もし、特別な気持ちを持ったときに、断られる
のが恐かったから。
加持さんに対する思いだって、本当はお兄さんへの憧憬みたいなものに過ぎなかったんだと思う。
ただ、シンジを意識しはじめた頃に、それを抑えるために加持さんの事を好きだって思うようにしたん
だと思う。
そして、今、シンジに「好き」と言われて、わたしの心の中で、そういった仮面が少しずつ崩れ去って
いく。
「シンジ……」
「アハハハハ、言っちゃったぁ、まだ言うつもりなかったんだけど……」
……熱があるせいか、シンジの雰囲気がいつもとは違う。
けど、聞いた事がある。病気の人間は、真実を話すものだ、と。
シンジは調子を変えずに。
「けど……迷惑だよね、アスカ。アスカは加持さんが好きなんだろう?」
「そんなことない!」
わたしは、思わず叫んでいた。
「そんなことないよ、シンジ。わたしもシンジの事……」
「いいんだよ、無理しなくても。分かってるから」
シンジはそう言って寂しそうに微笑む。 バカバカ、ちっとも分かってなんか無い!
「いいから聞いて、わたしも、最初は加持さんのことを好きだって思ってた。けどね、それは『先輩』
とか『お兄さん』って意味で好きだったの。心の中ではシンジの事、ずっと意識してた。シンジは……
優しかったし、わたしの事を助けてくれた事もあった。けど、シンジは……誰にでもそうだった。少な
くともわたしにはそう見えたの。だから、きっとシンジはわたしの事微塵にも思ってないって思ってた
の。だけどシンジは……わたしの事を好きって言ってくれた。だからわたしも言う」
わたしは一度そこで言葉をきった。そして、シンジを見つめて言う。
「シンジ、好きよ」
……言っちゃった。
ずっと、加持さんへの思いに隠し続けてきた本当の気持ち。
シンジは驚いたかのようにわたしを見つめる。
「本当に、僕でいいの……」
「当たり前でしょう」
わたしは微笑んだ。さっき、目に込み上げてきたものが、頬を伝って降りてくる。つらい涙じゃなくて、
嬉しい涙として。
その時、どさっという音とともに、シンジがベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「ちょ、ちょっとシンジ?」
わたしは慌ててシンジに声をかける。
「熱のせいかな……ちょっとくらってきちゃった……」
「大丈夫?ごめんね、わたしのせいで……」
「そんなことないよ。僕が勝手にやってた事だから……」
「そう言われれば、そうね」
でも、今回はわたしのせいだって思ってあげる。
「けど、安心して、ちゃんと看病してあげるから」
「え……無理にいいよ。風邪、うつっちゃうよ?」
その時、わたしはふと、とある格言を思い出した。
「ねぇシンジ、寒くない?」
わたしの問いに、シンジは戸惑いながらも、 「……そりゃ、風邪ひいてるから……、ちょ、ちょっとアスカ?」
シンジの返事が終わる前に、わたしはシンジのベッドに潜り込んだ。
「わたしが……暖めてあげる」
そう言って微笑むと、シンジは赤い顔をさらに赤くさせて、
「いいよ……それこそ本当に風邪がうつっちゃうだろう?」
「ねぇシンジ……聞いた事無い?『風邪は人にうつすと早く治る』って……、シンジの風邪なら、わた
し、いいよ……」
わたしはそう言うと、シンジの体をぎゅっと抱きしめる。
「あ、アスカ?」
わたしが黙っていると、やがてシンジも、わたしの体に手を回してきた。
そして、次の日、
私達は二人仲良く風邪で学校を休んだのでした。
結構、ありがちなSSですね(^^;
前回とちがって、ほのぼのとした物を書こうと思ったんですけど、なんか、イマイチ暗いですね。
まぁアスカ様を壊れる前に補完できたし、これでいいのかな(^^;
yukiさんの『優しい風邪』、公開です。
目、目がチカチカする(++)
この背景色は【ケンスケ哀乞会】掲示板と同じ色だ。
あの「見る者全ての視力を奪い、ケンスケメガネを着用させる」を目的とした掲示板・・・
ちなみに、
私は【ケンスケ哀乞会】NO.10会員です(^^)
・・・・メガネ着用(^^;
と、コメントに書いたらyukiさんが背景色を変えてくれました。
気を使わせてすみません(^^;
風邪をひくシンジ。
アスカのためであることと同時に、
アスカが辛い目にあうことに耐えられない自分自身のため・・・
アスカも同じようにシンジの病気にふるえて。
さあ、訪問者の皆さん。
ペースが上がっているyukiさんに感想メールで応援を!