一一一温かい一一一。
一一一赤い一一一。
一一一血一一一。
一一一奪う事が当然の一一一。
一一一命一一一。
一一一虚構でも一一一。
一一一伝説でもない一一一。
一一一真実一一一。
一一一血にまみれて一一一。
一一一泣きながら一一一。
一一一それでも奪う一一一。
一一一奪わざるを得ない一一一。
一一一そんな『伝説』があった一一一。
少年は黒いフード付きのマントを被り、ふらふらと頼り無く歩いている。
一一一日本。
ざあざあと、どんよりとした暗天が鳴いている。
雨だ。
息も、肉も、骨すらも凍らせる冷たいそれ。
泥道の中を一人の少年があるいている。
水たまりに踏み込んでも、風が雨を横打ちにしても、
そのふらふらとした歩みは止まらない。
そんな名前の島国での話である。
「何故謝るの?碇君は別に何も悪くはないわ。ただ、彼女がワガママなだけなのに…」
白い肌、と言うより色素の無い。
「違うんだ、今のは僕が悪いんだよ…」
「大体ねぇっ! なーにが『もう戦うのはイヤなんだ』よ!
「分かってる…。分かってるんだ、僕達が戦いから逃げたら皆が死んじゃうって事も…」
彼等がchildrenと呼ばれる、『伝説』の『巨人』を駆るパイロット達であった。
「あんッたバカぁッ!?」
何とも満ち溢れる程の元気の良い声で、彼女は叫んだ。
彼女は微妙だった。
そう、微妙なのだ。
入浴の際ちょっとした湯加減が違うだけで怒り出す、他者が自分より秀でた所を見せたならば、
これも怒りの原因となる。
だが、最も微妙と言えるのは、少女と言って差し支えの無い年齢の割りに女としての魅力を持つ身体。
その美しくも幼い身体のライン、肉付きと反するが如くに不安定な精神。
まさに、微妙な事で壊れる芸術品である。
そして一一一。
「ご、ごめん!」
そして、普通の少年が答えた。
普通。
何を持って普通と言う概念を定めるのかは判りえないが、彼は普通であった。
第三者の声が5歩程後ろからかかった。
普通の少年は振り返る。
この場がこじれるというわずかな恐れと、喜びとともに。
そして、声の主を捕えた彼の目は一人の見知った女性を見つける。
同じく色素が抜け落ちて、白とも蒼銀ともつかない頭髪。
先天性白子(アルビノ)独特の赤い、紅い瞳。
凡そ人間としての美を超越しつつある。
「そうなの?」
「そうよッ!! アンタは口だしせずに向こうの方でも行ってなさい!」
三者三様の性格。
分かり合えそうも無い人間が、三人も集団として存在している。
そんな弱音を吐いたって使徒は構わずやって来るのよ!? それに…」
「私達には人類を守る、そういう使命がある筈よ。碇君」
勢いに乗って碇、と呼ばれた少年の胸ぐらを掴んでいた金髪の少女は、
蒼銀の髪の少女に自分の言わんとした事を横取りされて、苦虫を噛み潰したかの様な表情をした。
そして、言葉を投げつけられた少年もそんな表情だった。
「なら尚更、戦う事を拒否してどーするのよ!」
「碇君…。そう、辛いのね。血を見るのが…」
「……」
静謐な空気が漂う。壁に背中を押し付けられ、胸ぐらを掴まれている少年と、掴んでいる少女。
そして、それを止めもせずに傍観しているかの様な少女。
一一一己が罪を噛み絞める為の一一一。
黒マントの少年は尚も歩みを止めない。
ざあざあと降り注ぐ雨は勢いが強まりこそすれ、弱まる事はない。
空は漆黒ではない、それよりも寧ろ赤茶けた灰色の様な、人々全てに不安を与える様な色である。
少年は泥道を独り行く。
何のために、また誰のために、それさえも無い旅なのだろうか。
いや、きっと歩いているだけなのだろう。
「気持ち悪い……」
筈であった。
たった二人しかいない世界、二人だけの世界。
誰もが憧れるであろう、思い人の独占と封印。
独占とは少年だけの存在であることを示し。
封印は彼女の自由、他の環境からの遮断を示す。
『この世界』ならば、少年は金の髪の少女を自分のものに出来る一一一。
否、考えもしない事項である。
光の下では赤黒いマントを羽織って。
ゆっくりと、雨足が衰えて行く。
あと半刻もすれば暗雲は消え去り、太陽が天を支配するであろう。
太陽がある限り、この天体から生物が消える事はないだろう。
いや、この惑星の寿命が先だろうか?
それとも、夜の支配者である『月』がこの星を壊すだろうか?
そんな未来の事は少年にはどうでも良かった。
少年はひたすらに自分の罪を悔やみ、絶望し、死を待っている。
「……ぁ………ス…カ?」
「…………なによ?」
原初の海。そう呼ばれる赤い海。
その『海岸』に二人は何も着けずに横たわっていた。
寄せては返す細波。
ざあ…ざあ…という音だけがこの世界の全ての様だ。
強い拒絶、激しい要求。
ぶつかり合い、傷つけ合い、そして怠惰へと堕ちた。
心の壁を築いてぶつかりながら、傷つきながら生きて行く。
これは、そう一一一。
流石に疲れ果てたのだろう。
「僕の望んだ世界、そのものなんだ…」
太陽が見えた。赤い太陽。
少年のまとうマントの様な。
もう陽が沈む刻限なのだ。少年はまるまる半日歩いていた。
がっくりと膝を折り、葉の無い細い樹木の下に腰掛けた。
そして、マントの少年はフードゆっくりと下ろした。
抗ってはいけない、受け入れるのだ。
だが、その逃避は不可能なのだ。
「ねぇ…、どうなるんだろう?」
少年は彼女を羨んでいる。
何故なら、少女の『死』が少年の『生』を強制したから。
人が聞けば、必ず異常だ、と口を揃えて言うだろう。
「ふ、は、はは…。ハハハハっ! 血がこんなに綺麗だなんて思わなかったよ……。
狂気。
その赤く染まった衣服は暗いところでは黒く見える程にドス黒い。
「……これからどうなるんだろう…」
話しかけた訳でもなく、ただつぶやいた言葉。
辺りは一面『死』に満ちている。
だが、『死』こそが次の場所へと進む為のステップであることを、今悟る人間はいない。
『死』の内にいる人はその『死』から逃げようとするのだから。
『死』と『新生』巡るサイクルを切断することは出来ないのだ。
だが、『死』の内にいる人は『それ』から逃げようとするのだ。
そして、横たわる少年もそういった人間であった。
この現実からも逃避を試みようとしている。
ある筈のない未来の事を考える事によって。
同じく、虚脱を身にまといながら横たわる少女。
いや、彼女は少年とは違う、身にまとっているものが『死』だ。
楽になれた彼女を。
しかし、少年は彼女に羨望しながらも、そうにはなれない。
臆病者だから。
そして、彼は『死』から忌み嫌われた。
そして、少年は彼女の身体を切り刻み、その滴る血で衣服を染め上げ、
それを身にまとい何処かへと歩いた。
だが、『その瞬間』の彼にとっては、その奇行は聖なる儀式であり、
『当り前』の行動であった。
もっと早くに気が付いてれば良かった…、そしたら、『彼等』との戦いも辛くはなかったのに…」
ではない。
泣いているのだ。心から。
嘘をついて過去を否定して、逃げようとしている。
少年の心は今だに血を恐れている。
だから愛する、
否、欲しがった少女の血で己を縛るのだ。
だが、少年にはそれは聖衣としてもとれた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。それからそのマントの人はどうなったの?」
クリーム色のワンピースを着た可愛らしい女の子が、
一人の青年と、緑溢れる公園のベンチに一緒に座っている。
青年の表情は察せない。推し量るのに垂らされた前髪が邪魔である。
本当に小さな女の子はもの言わぬ慣れ親しんだ青年が、反応しないのに不思議がり、
ん?と小首をかしげる。
青年はうつむいたままで、ゆっくりとゆっくりと喋った。
「……マントの………少……年はね……」
酷くかすれた声だ。
「お兄ちゃん?」
「その……少年は……バ…カだったんだ…よ」
「お兄ちゃん?泣いてるの?」
「ずっとずっと、言われ続けて来た事なのに……今更実感しているんだ…」
「お兄ちゃん!」
少女の声は既に彼には届いていない。
独白しだした青年を止める術もなく、少女はいつしか黙って聞いていた。
「あすか、良く覚えていて欲しいんだ。僕なんかは生きる資格も無い人間だけれど…」
「そんなこといわないで!」
「…聞いて。あすかは違うんだ。これ以上僕と関わっちゃいけない」
「どうして!?ずっとわたしが生まれた時から一緒にいたのに?」
「もうあすかも7歳だね、解るかどうかは分からないけど、言っておくよ…。
マントの少年はね、そのあと一人の女の子を拾うんだ。そして、その子を『あすか』と
名付けるんだ。そうする事によって自分の罪を購おうとした。
でも、『あすか』は『血濡れの少女』じゃないって気が付いたんだ。
それが凄く遅かった。『少女』と違う所を見る度に同じにしたくなる。
少年が『あすか』を拾った時はその子が『少女』の代わりに思えたんだ……」
ふう、とベンチの背もたれに上体を預ける青年。
既に彼の独白は『お話し』ではなく『自分の過去』を話していた。
少女は黙って聞いているだけだ。
彼はちらりと少女を見ると、上を見上げたままで続きを語り始めた。
「少年は『あすか』を『少女』の代わりにした。
甲斐甲斐しく育てる事が『少女』への謝罪になる、と信じていたからね。
そして、それが限界に達した。
『あすか』は自我を持った、けど、少年はまだ『あすか』を『少女』としてみていたんだ。
虚構は終りを向かえた。
でもそれを少年は認めたくなかったんだ。
だから『あすか』を自分のものにしたんだ。
………オレは……最低だ…」
青年は顔を両手で覆った。
はあ、と全身の疲労を吐き出すかの様に、ため息をついた。
少女はその思い悩んでいる青年にぴっとりと身体を寄せると、体を預けた。
「…あすか…」
「わたしね……ずっとお兄ちゃんと一緒にいるよ?それって、迷惑なこと?」
「…………」
「お兄ちゃん」
真摯な瞳できっ、と青年の顔を見上げる少女。
そこに汚れは見い出せない。
もし、見えたとするならば、それは見た者自身の闇、澱であろう。
それだけでも、彼女を育てた青年が邪では無い事の証明なのだ。
だが一一一。
「あすか、もう世界にはヒトが満ち溢れているよ…。
あれから7年、あすかの成長と共に世界の再構築を視てきた……。
ヒトは確実に良い方向へと向かっているんだ、そんな今の世界では僕は疎外者なんだ。
だから…………、さよならだよ…。
あすかは天使修道会<シスター>のお世話になると良いよ。
あそこが信仰しているのは母神<リリス>だからね、きっと良くしてくれるよ…。
…さよな…」
「イヤっ! わたしを捨てないでっ! わたしを見て! 良い子にするから!!」
「あすか…、違うんだ……君を捨てる訳じゃ無いんだ………。
いや……、そうなのか?あすか……、でも僕と一緒じゃこの先きっと…。
クッ、僕は、僕は……どうすれば良い」
「駄目なの!? ずっとわたしとは一緒にはいられないの!?」
しがみつくその腕に切なる力がかかる。
青年は離しはしないとばかりに掴んでいる少女の手に、自分の掌を重ねた。
「お兄ちゃん……?」
「僕はね、僕の身体は……限界なんだ。
『あすか』が『少女』では無い、と悟った瞬間。
つまりは少年が正気を取り戻した瞬間。
少年の精神は『再び』ずたずたになったんだ。
『少女』だと信じて贖罪を続けて来たのに、
罪を償い続けて来た相手が『関係の無い』人間だったんだ。
少年の心と身体はばらばらになった。
手にしていたドス黒い狂気の証拠と、狂人が育てた『少女』の代わり。
少年が正気に戻ってから最初に認識したのは、
今言った通りの狂気の証明だったんだ…。
だから、ばらばらになった。
自分の罪が軽くなることは無く、より酷い物になっていた。
その事実が………」
少女を脇の下から持ち上げて、膝の上から下ろす。
そして、少女の目前に青年は右手をかざした。
そして、少女が一一なに?一一とつぶやく間も無く、
青年の腕が黄色い液体へと変わった。
「きゃああああああああぁぁ!!!!?」
「……っ…これが僕があすかとはいられない理由。いつ死ぬか分からない身体」
肩の辺りがぐっと持ち上がったかと思うと、一瞬にして右腕が復元した。
「ほんの少し…、自我の保存をやめただけでこうなるんだ…」
「…………」
わなわなと震えながら両手を口元においている少女。
その瞳には涙が溢れんばかり溜まっていた。
「怖いかい?でもそれが今の僕だ、きっと一緒にはいられない。
僕はもう行くよ、準備はもう整っているんだ。
だから…………元気で…」
「死ぬ為の準備?『少女』がお兄ちゃんに『生』を強要したんじゃないの?」
「あすか……元気で」
青年は答えなかった。
ただ、少女に背を向けて立ち去った。
少女はそれを追いかける。泣きながら。
止めど無く溢れる涙を、こぼすだけこぼしながら。
しかし、小さくて幼い彼女は追い付く事さえも出来ない。
その小さな足で力の限り、力の続く限り走り続けた。
だけども一一一。
その白く可愛らしい手が再びあの温もりを掴む事は無かった。
ざあざあとどんよりとした暗天が泣いている。
雨だ。
心も、愛も、思い出も全て凍らせる冷たいそれ。
泥道の中を青年が一人歩いている。
青年は赤黒いフード付きのマントを被り、ふらふらと頼り無く歩いている。
水たまりに踏み込んでも、風が雨を横打ちにしても、
そのふらふらとした歩みは止まらない。
雨が止んだ、血染めのマントは色落ちすらしていない。
歩く事を止めるな、贖罪を続けろと言わんばかりに。
だが、ふ、と青年はその歩みを止めた。
ざあ…ざあ…と寄せては返す細波。
青年はその海に見入った。
紅くない海。
蒼い海。
『母』がそこにはあった。
「ここが……ふさわしい、かな………」
青年はざばざばと海へと入って行く。
恍惚にも似た表情で目を細めている。穏やかで誰もが見入るであろうその表情は、
まさしく彼の『死』にふさわしかった。
「お兄ちゃん!!!」
その必死の叫びに振り返れば、青年の良く知る少女いた。
その姿はいつか遠い昔に青年が見た赤い勇姿の『少女』にも見えた。
だからかもしれない一一一。
青年の微笑みは虚無を内包したものから、真に心から暖まるかの様な笑顔に変わった。
その笑顔は眩しくて、綺麗で、とても温かいものだった。
少女はその笑顔を自分を見てくれるものと感じた。
だが一一一。
青年は蒼い海へと融けて消えた。
真っ白な布だけを海に残して。
菊「つ、つかれたはぁぁぁぁぁぁ〜」
D「ふーん」
菊「なんりゃその気のなひツッコミはぁ〜! そんなんでツッコミ界を制せるとでも思ってるのかぁ〜」
D「目指すつもりはねぇよ!それに気ぃ抜けてんのはオメエだろ、ボケ!」
菊「だってへぇ、もう夜の12時だよ!12時!タイプしすぎた…」
D「ふん、めぞんの自室を覗いてみれば、あらびっくりカウンター設定から一周年じゃないか!」
菊「そういう訳で一日で仕上げました(死)」
D「で、後書きを短く終らせるんだろ?」
菊「ああ、漣さんのところに送ったヤツをこっちに回せばよかった…」
D「Angel of Darkか?」
菊「そう、それ。あれが菊地初のクラい作品だなぁ、と思ってたら、こっちの方が更に暗い(笑)」
D「ふーん」
菊「だからんな気のないツッコミで世界がとれるか!」
D「いや、オマエ眠そうだし…。眠る前のハイパーモードというか…」
菊「なにをほぉ! ヲイラはまだいける! いけるんだい!」
D「結局ながいじゃん」
菊「ほ、これがか?これが長いと言ふのかぁっ!?」
D「…どーやら沈めた方が良さそうだなぁー」
菊「へっ! やれるもんならはやってみひろほぉ!!」
D「くらえ!科学剣!稲妻重力落とし!!」
菊「ダ、ダイナマンーッ!?」
ドグワァァァァァァン!!!!!!!
D「と、言うことでこれにて失礼します、にんにん。」
菊「ず阿呆」
グチャ…。