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EPISODE:09 / The 17th Angel
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「ふう…さて、そろそろ寝るとしようかな。」
今日からカヲルのものになったこの部屋で、片づけをしていたカヲルはだんだんと暗くなってくる空を感じてつぶやいた。
誰も手伝いにはきていないが、荷物が元々少ないようなので、どうやらあらかた片づいたようだ。
生活用具の大半はNERVから支給を受けたものであるし、持ってきた荷物と言えばとりあえず服と靴、そして本やCDだけのようなものだ。
カヲルは立ち上がって電気をつける。
部屋の中に明るい光が広がった。
一瞬、視界がホワイトアウトして戻ってくる、感覚。
「まずは、シャワーかな。」
早速新しい家のシャワーへと向かった。
サー…
水の流れる音。
ビニールカーテンの向こうには、動く人影。
当然、カヲルである。
今、ちょうど頭を洗っているところだ。
シャー…
シャワーでシャンプーを流してから目を開ける。
目の前の壁が、少しぼやけて見えた。
キュッ
蛇口を閉め、排水口の栓を抜く。
渦を巻いて流れる水を見ながら、カヲルは身体を拭いていた。
「やはりシャワーはいいね。身体と一緒に心も洗い流してくれる。」
フンフンフンフンフンフンフンフン
フンフンフンフンフーンフフーン…
ゴボボボ…
最後の湯が排水口に消え、カヲルはカーテンを開けた。
(ユニットバスなので)トイレの脇を通って寝室に戻る。
食事はさっきしたばかりだ。
あとは寝るだけである。
「・・・」
無言でパジャマを着ると、電気を消して、カヲルはまだ新しい匂いのするベッドに潜り込んだ。
だんだんと、目が暗闇に慣れてくる。
天井の整然とした模様が目に良く見えるようになる。
カーテンの隙間から差し込む月の光。
やさしい黄色い光を全身に浴びながら、カヲルは視線を月の方に向けていた。
「月、か…こんなに良く見えたのは何年ぶりかな…」
前のところでは、月など街の明かりで見えなかったし、また見る機会も少なかった。
今、ここでほのかな光を地上に送っている月を見ると、改めて綺麗だと感じる。
思わず、ベッドから出て窓に近寄ってみる。
「・・・」
窓を開ける。
夏ではありながらあまり暑くもない、気持ちのいいそよ風が吹いてくる。
少し身を乗り出すと、空を見上げる。
年中夏のため、今日も快晴の第三新東京市の空。
そこには、満天の星空があった。
セカンドインパクトのせいで地軸が移動してしまい、もう昔の日本の空とは違うが、それでもたくさんの星座が見える。
都会でありながら人の少ない街。
その街ならではのきれいな空に、カヲルはみとれた。
しばらく経って。
さすがに眠くなったのか、カヲルはベッドに再び潜り込んだ。
目を閉じる。
今度こそ、すぐに眠りに落ちた。
小さな寝息を立てるカヲルの顔のすぐ上を、夏にしては涼しい風が通り過ぎて行く。
窓のカーテンが少し風に揺れていた。
時刻は、夜中の1時。
カヲルは、部屋に鍵をかけていない。
この第三新東京市には、不審者が侵入すればすぐ分かるようになっている。
場合によってはすぐに保安諜報部が出動、と言うこともできるからだ。
殊に、大事なエヴァのパイロットである。監視体制は非常に厳しいのだ。
その安心もあるのだろう。
一方のカヲルはと言えば、夢を見ていた。
「うふふふ…。もう離さないよ…ふふ…」
…何の夢を見ているのやら。
まあ、それはともかくとして。
キィ…
小さな音を立て、ドアが開いた。
黒い影が、するりと中に入ってくる。
暗がりで、それが一体何かは分からないが、人の形の影であった。
迷うこともなく、その影はカヲルの寝室に到達する。
ベッドサイドに立ち、カヲルの寝顔を眺める。
しかし、一体どうしてこの部屋に入れたのだろう。
第三新東京市内でも最も監視が厳しい区域の一つであろうこの部屋に入れたと言うこと自体、ただ者ではないと言うことが分かる。
では、一体?
人影はゆっくりと声を発した。
「…なるほど。」
テノールより少し高めの声。
明らかに、少年のものであった。
その時、やんでいた風が再び吹き込んでくる。
カーテンがはためき、月の光が部屋をほのかに照らす。
カヲルの顔も、侵入者の顔も。
「そっくりだ。」
再び、侵入者はゆっくりと言う。
口元をニヤリと歪める。
侵入者の顔は、まさにカヲルの顔そのままだったのである。
翌日の学校。
カヲルが登校してきた。
今日は珍しく鼻歌無しである。
教室に入ってシンジがいるのを見つけたカヲルは、シンジに近寄っていく。
「やあ。おはよう、シンジ君。」
「おはよう、カヲル君。」
笑顔で挨拶を交わす2人。
「今日もいい天気だね。」
「そうだね。」
そう答えながらも、シンジは何か漠然とした違和感を感じていた。
何かは分からない。
しかし…何となく感じるのだ。
(気のせいだよね)
シンジはそう片付けてしまっていた。
何より、信じられる人のことだ。
ただ、心のどこかで警鐘が鳴っている、それは消しようのない事実だった。
放課後。
エヴァのパイロット達+シンジは、今日もNERVでの実験のために本部にいた。
「…なんか、ここのところ、ほとんど毎日実験があるわよね。」
「そうだね。」
「あーあ、もうちょっとぐらい休みが増えないかなー。ね、ファーストもそう思うでしょ?」
「いい、仕事だから。」
「…相変わらず愛想無いわね。」
「いい、私には何もないもの。」
「そんな悲しいこと言うなよ、綾波。」
「…何やラブラブやないか。」
「ト、トウジ!」
最近はいつもこの調子だ。
4人はなぜかラブコメになってしまい、カヲルはそれをにこにこと見つめるだけだ。
だが、結局そんなこんなのうちに本部に着き、実験のためきれいさっぱり忘れる。
毎日、同じ話題が尽きなかった。
その頃、ケイジでは。
「伍号機、搬入を終わりました! MAGIによるパーソナルデータ移植準備を初めて下さい。」
「MAGIシステム、パーソナルファイルの準備を完了しました。」
人々があわただしく動いている。
「続いて、六号機の搬入も終了。」
「MAGIシステム、伍号機にファイルを転送開始します。」
伍号機と六号機が、届いたのだった。
「メルキオールより伍号機に、転送を開始しました。」
「六号機のシステム、現在セットアップ中です。」
パイロットが到着するまでにということで、急ピッチでセットアップが為されているところだった。
「メルキオール、プロセス経過報告。50%終了。残り3分です。」
「六号機、システムセットアップを完了しました。」
「了解。バルタザールより、パーソナルデータの転送作業を行います。」
「回線、直結完了です。」
「データ、転送を開始します。」
今度は、発令所があわただしくなる番だった。
パイロットのパーソナルデータを転送して、あとは起動実験のためにシステム準備をするだけだ。
「はあ…」
リツコは、とりあえずためていた息を一度に吐いた。
その時、報告が入る。
「パイロット、実験室に到着しました。」
マヤがリツコに直接言う。
「そう。」
リツコは、返事をすると椅子から立ち上がる。
実験室へ向かうためだ。
そのリツコの返事にかぶるようにして、報告が入った。
「伍号機、パーソナルデータ転送を終了しました。」
さて、ところ変わって実験室。
「今日は、いつもと同じようにシンクロテストです。」
リツコが実験について解説している。
「その後、伍号機と六号機が到着したので、起動実験を行います。…鈴原君。」
「はい。」
「それと、渚君。」
「はい。」
「あと、シンジ君も来てくれるかしら。…一応、念のため。」
「…はい。」
話を聞いていたアスカがリツコに聞く。
「ねえ、リツコ。アタシ達は?」
「とりあえず、機体連動試験は予定無いわ。」
「えー、じゃあ待ってろって言うの?」
「あら、何も待っていなくてもいいと思うけれど?」
「うっ!…で、でも、ほら。ま、待ってないと、シンジが遅くなることもあるだろうしね…、いつになったら夕食が食べられるか心配なのよ! 何もシンジがいないと寂しいとかそう言うんじゃなくってー…」
「そう。シンジ君がいないと寂しいのね。」
リツコはしてやったりと微笑む。
「あっ!…は、はめたわね、リツコ!」
「ふふふ…簡単に引っかかったわ。ホント、ミサトそっくり。」
「あんなのと一緒にしないで! だいたいねえ…」
さすがに収拾がつかなくなってきたので、リツコは一寸強引に話を切り上げた。
「はいはい。実験始めるわよ。プラグに入って。」
「あの、僕もですか?」
おずおずと、シンジが聞く。
「今日は、シンジ君もよ。場合によっては、伍号機と六号機のテストを頼むかも知れないから。」
「わかりました。」
「…ということで、マヤ。シンジ君のプラグの接続を、伍号機と六号機の回線にして置いてくれるかしら?」
「はい。」
パイロット達は、コントロールルームを後にした。
「パイロット、テストプラグにエントリー完了。」
「了解。第290次ハーモニクステスト、開始します。」
オペレータの指がキーボードを走り…そしてコントロールルームの窓ともなっている透明なディスプレイに、結果が表示される。
グラフは多少不安定だが、だいたい一定したところに落ちついている。
「00」「01」「02」「03」「04」の5本のグラフ。
「00」はレイ、「01」はシンジ、「02」がアスカで「03」がトウジ、「04」がカヲルである。
いつものことながら、「01」のグラフは相当長いところでぴくりともせず、「02」「00」がかなり離れてそれに続く。
「03」「04」は、まだ少し低めである。
「回線、伍号機と六号機にしてある?」
「はい。それぞれのシンクロ率は?」
「伍号機258%、六号機が325%です。」
「伍号機はちょっと安定性に欠けるわね。…システムのチェックをもう一度して置いてくれるかしら。」
「わかりました。」
『ごくろうさま、5人とも。テスト終了よ。』
リツコの声がプラグ内のスピーカーから聞こえる。
「・・・」
無言で集中していた5人は、同時に、閉じていた目を開ける。
精神の集中をやめ、少しリラックスする。
張りつめていた緊張の糸がほぐれた。
パシュー…
その間に、ハッチが開かれた。
「はぁ…」
LCLが排出され、パイロット達は久しぶりの空気を吸い込む。
胸の奥に、冷たい感触がした。
「では、これより続いて、伍号機と六号機の起動試験を行います。」
「シンジ君と鈴原君と渚君は、来て下さいね。」
マヤが言う。
「はい。」
「はい。」
「わかりました。」
「じゃあ、アタシは休憩室で待ってるわよ。」
「うん、アスカ。」
「じゃあ、また後でね。」
「うん。」
そう言うと、アスカとレイを残し、リツコとマヤ、そしてシンジ他3人はケイジへと向かった。
「どのくらいかかるのかしら。」
誰にともなくアスカは呟くと、歩き始めた。
レイも、それに無言で続いた。
「では、まず鈴原君の伍号機ね。」
「じゃあ、渚君は私と一緒にコントロールに。」
「はい。」
「シンジ君、いざというときは…お願いね。」
「わかりました。」
マヤはカヲルを連れてコントロールへ。
それを見送ってから、トウジはリツコに連れられて搭乗口へ向かった。
シンジはそのまま残り、以前の参号機と全く同じように黒いカラーリングの伍号機に視線を移した。
「…参号機、そっくりだよね」
シンジの脳裏に、暗い過去が蘇る…。
…使徒にとりつかれた参号機。
それをせん滅すべく、3機のエヴァが投入される。
だが、弐号機はあっけなくやられ、零号機も危うく浸食されかけるところだった。
初号機はと言えば、シンジはエントリープラグに乗っているだろうパイロットが気になって攻撃ができない。
首を絞められながら言ったせりふ。
『人を殺すぐらいなら、死んだ方がいいっ!』
だが、結局ダミープラグに強制切り替えが行われ、初号機はまるで獣のように参号機を破壊して行く。
装甲を破り、頭をつぶし…手や足はまるで紙をちぎるようにもぎ取られ、あちこちに投げ捨てられた。
そして、エントリープラグに手をかけ…。
きづくと、暗い表情になっていた。
無理もないところではある。
いくら「気にしてへん」と言われても、忘れることができないのは事実だ。
(今回は、絶対あんなにはさせない。…僕は、もう傷つく人は見たくないから…)
唇をかみしめるシンジ。
その赤い瞳が、一層輝きを増した。
「エントリープラグは、シミュレーションプラグと基本的に同じだから、おそらく迷うことはないと思うけれど…」
リツコは、搭乗口で簡単なレクチャーを行っていた。
「初めての起動だけれど、緊張しないで。…シンジ君が押さえてくれるから、リラックスしてね。」
「わかりました。」
「では、乗ってちょうだい。」
トウジは、プラグの内部に潜り込む。
シートに着いたのを確認すると、リツコは傍らのコンソールのボタンを押した。
プシュー…
音が響いて、プラグのハッチが閉じられた。
「マヤ、準備はできたかしら?」
コンソールについているマイクに向かって話すリツコ。
『はい。…え?』
マヤが答えた。
どうやら、なにかあったようだ。
「? どうしたの?」
少し心配になったリツコが聞く。
『あ、いえ…トイレだそうです、渚君。』
「そう…じゃあ、プラグを挿入して。」
『はい。』
マヤの指がキーボードを軽快にタイプする。
そして、リツコの見ている前でトウジのプラグが挿入されていった。
リツコは、コンソールの前に座って、実験状況をモニターすることにした。
『LCL注入』
オレンジ色の液体が、足下から充満してくる。
もう慣れたので、あっさりと吸い込んだ。
「ふう…」
こぽ…
小さな気泡が昇っていく。
肺に残った最後の空気が出ていったのだった。
『LCL、電化』
その気泡がプラグの最上部まで届いたとき、アナウンスが聞こえ、そしてLCLが透明になった。
「・・・」
いつになく真剣な表情のトウジ。
『電源、接続。…稼働電圧、突破しました。』
『了解。シナプス、挿入。』
リツコは、モニターに見入っている。
伍号機の外形概略図が表示され、その脇を多数の文字列表示がスクロールして行く。
「今の所、問題はなしね。」
リツコは、多少の安堵を含む口調でそう呟いた。
『A10神経接続、開始。思考形態は日本語をベーシックに。』
視界がきらめく。
めまぐるしく訪れては変わる、七色の光。
やがて、光は去り。
ケイジの景色が目の前に広がった。
こちらを向いて立っているシンジが見えた。
『システムをフェーズ2に移行します。』
『チェックリスト、2540番までクリアしました。絶対境界線まで2.5。』
シンジの真剣な表情を見ていると、トウジの顔も一層引き締まる。
(シンジ…見といてや。ワイは、やってみせるで!)
「絶対境界線まで、2.5。」
そう報告を入れると、マヤは祈るような気持ちでカウントダウンを始めた。
零号機の時は、ボーダーぎりぎりでパルスが逆流した。
願わくば、そうならないようにと…。
「1.7…1.4…1.0…0.5…0.3…0.2、0.1…」
ボーダーラインに、表示が押し寄せてくる。
そして。
ピーッ!
「絶対境界線、突破。…伍号機、起動しました!」
その瞬間、その場にいる全員の顔が明るくなった。
「チェックリスト、正常値を保っています。」
「ハーモニクスレベル、2.8です。」
ようやく緊張が解け、だんだんと柔らかい口調で報告ができるようになってきた。
…と、その時。
ビーッ!
先の正常起動を示すビープとは違う、警告音が大音響で響きわたった。
「何!?」
オペレータは慌ててキーボードを叩く。
そして、見たのは。
「そ…そんな…」
キーボードを打つ手を唐突に止めたオペレータ。
その顔には、明らかな困惑。
部屋にいる全員が、彼女の前に集まった。
「嘘…だろ?」
はっきり言って、そうとしか思えないような事が映し出されていた。
誰も乗っていないのに起動した六号機。
そして、ケイジからの映像ではその顔の前に浮かぶ、渚カヲル。
「MAGIは、フィフス・チルドレンの識別パターンを、青と…認識しました。」
呆然としたところに、爆弾がなげこまれる。
そして、彼らは我先にと持ち場へ戻った。
戦闘配置へと。
「・・・」
マヤは、信じられない思いでいっぱいだった。
途中、リツコが合流する。
「先輩! 一体どう言うことなんです!?」
「フィフスは…使徒だったようね。」
そういうリツコの表情は固い。
マヤは、何も言えなかった。
リツコ達が発令所に到着したときには、既にミサトがてきぱきと指示を出しているところだった。
「伍号機の起動実験を終了して! それから、レイとアスカの搭乗準備、急いで!」
そうこうしている間にも、六号機とカヲル…いや、「使徒」は、セントラルドグマへと向かっていた。
「セントラルドグマを物理閉鎖して!…時間だけでも稼いで!」
「はい!」
セントラルドグマからターミナルドグマまで、すべての隔壁が閉じられていく。
だが、六号機のATフィールドで全て突破されていってしまう。
確かに、時間稼ぎにしかならなかった。
「レイとアスカは!?」
「起動準備はできましたが、メインシャフトに向かうには、両機少なくとも3分かかります!」
「間に合わないか…では、初号機を単独投入! 急いで!」
「シンジ君、移動中の模様です。」
「ナイスっ!」
少し、ミサトの顔が明るくなる。
だが、それも一瞬のこと。
(頼んだわよ、シンジ君)
ミサトは、すぐに厳しい表情へと戻った。
何枚目かの装甲が突破され、更に降下を続ける六号機とカヲル。
『六号機は、第6装甲板に到達。』
『ATフィールドにより突破されました。』
入る状況アナウンスを聞きながら、シンジはメインシャフトに向かっていた。
セントラルドグマ付近にATフィールドが発生したとき、シンジはすぐさまそちらの方に向かった。
識別パターンは、青。
間違いなく使徒だった。
そして聞いたアナウンス。
『フィフス・チルドレンは使徒と認識されました』
(嘘だ…カヲル君が使徒だなんて、そんなの…っ!)
信じられない思いで、通路を走り続けるシンジ。
しかし、いくら否定しようとも事実は変えられはしない。
その手は、爪が手のひらにくい込むほど固く握られている。
「裏切ったな…僕の気持ちを裏切ったな! 父さんと同じに、裏切ったんだ!」
歯を食いしばる。
思い出すのは、カヲルの言葉。
『好意に値するよ。』
『好きってことさ。』
そして、シンジはメインシャフト入り口に到着した。
躊躇することなく、シンジはその真ん中に飛び込んだ。
(…カヲル君!)
「初号機、後を追って降下を開始しました。」
「距離、300。…280…」
「2分後に接触予定です。」
着々と情報報告が入る。
メインモニターには、セントラルドグマの概略図とともに、移動する3つの光点が映し出されていた。
2つの光点が降下していき、そしてそれを1つの光点が追う。
「間に合いそう?」
ミサトが聞く。
「なんとか、ターミナルドグマの寸前で。」
「よかった…」
(サードインパクトは、起こさせないわ…絶対に)
胸の十字架を握るミサト。
決意に満ちた表情を浮かべた。
ミサトは、日向の耳に小声で囁く。
「日向君…。万が一の時は…」
「わかってます。核自爆ユニットの準備は済んでますから。」
「…悪いわね、つきあわせちゃって。」
「いいですよ。…貴女と一緒なら…。」
「ありがとう」
それは、ささやかな心の交流であった。
「使徒…アイツが?」
その話を聞いたとき、アスカも信じられないと言う表情を隠せなかった。
「ええ。MAGIはパターンを青と認識したわ。」
「何ですって!? で、今アイツはどこなの?」
「…セントラルドグマを降下中。」
「一体、何のために…」
アスカの疑問。
それに答えたのはリツコではなかった。
「地下のアダムに接触する為よ。」
黙って佇んでいたレイが、唐突に口を開く。
「使徒は、皆地下のアダムに接触を持とうとしてやってくる。…そして、使徒がアダムと接触すれば…」
「サードインパクトが起こり、人類は滅亡するわ。」
後をリツコが引き継いだ。
「そんな…!」
「今、シンジ君が降下を始めたわ。」
リツコは、メインモニターに目をやる。
アスカとレイもそれにならう。
オレンジの光点が、青い光点を追いかけているところだった。
上から迫ってくる気配を感じながら、カヲルは姿勢も崩さずに、ゆっくりと降りていった。
その背後には、六号機が彼を守るように両手で包み込んでいる。
六号機は白い機体で、機体形状は量産機であるため弐号機と同じだ。
まあ、頭部パーツは違うが。
ATフィールドのせいで、辺りの空間が少し歪んで見えていた。
次の装甲板が迫る。
下の方で聞こえた衝突音に、カヲルは下を向く。
バラバラと崩れていく装甲板の向こうには、ところどころ明かりがついている他はまったく何も見えない闇が存在した。
そのまま、一人と一機は降下を続ける。
地下2008メートル、ターミナルドグマを目指して。
そして、その内部にいる、アダムの元へ。
「…そろそろか…」
再び上を見上げたカヲルは、近づいてくる気配の方を凝視しながら、呟いた。
闇がその言葉を吸い込んでいく。
その見上げる先には。
青白い光を放つ人影があった。
「接触まで、あと50。」
使徒とシンジの距離もだんだんと近づいてきた。
だんだんと、緊張が高まってくる。
「…碇。」
「委員会だな。」
「ああ。だが…」
「分かっている。フィフスは使徒ではなかったはずだ。」
「ならば、なぜ。」
「…昨晩、フィフスの部屋の付近に怪しい反応があった。ほんの一瞬だがな。」
「・・・」
「おそらく、彼とうりふたつの使徒を用意した、と言うわけだろう。」
「では、本物は?」
「それが分かれば苦労せんよ。…またシンジに頼るしかないかもしれん。」
「とりあえずは、目先のことか…」
「ああ。」
メインモニターから視線を外さないまま、顔を寄せて小声で議論していた冬月とゲンドウは、再びもとの位置に戻る。
「サードインパクトだけは、防がねばならん。委員会の望む世界を、実現させてはならないのだ…」
「…いた!」
厳しい目で下を見る。
カヲルと六号機が降下しているのがはっきりと見える。
そろそろ接触できるだろう。
シンジは、自身ATフィールドを展開して降下速度をゆるめた。
…やがて、使徒に追いつく。
「カヲル君!」
「待っていたよ、サード。…いや、『エヴァンゲリオン初号機』。」
使徒は、そう言うと口元をニヤリと歪めた。
カヲルの枕元に立ったときに浮かべた、あの笑みである。
その背後から、邪悪な雰囲気を感じたシンジは、とっさに身構える。
見ると、六号機が自分に向かってプログナイフを突き立てようとしていた。
キーン!
「・・・」
無言のまま、ATフィールドで防ぐ。
弐号機と同じ、カッターナイフ状の刃は、ATフィールドに触れるともろくも崩れさった。
それが、シンジのフィールドの強度を物語っている。
それでもめげず、六号機は攻撃を仕掛けてくる。
逐一攻撃を防ぎながら、シンジはカヲルに向かって叫んだ。
「どうして…どうしてこんな事を!?」
タイムラグなくして、カヲルは答える。
「僕の目的のためには、君が邪魔なのさ。簡単なことだ。」
「目的って…」
「知っているだろう。…アダムとの接触だよ。アダムより生まれしモノは、アダムに還らなければならない。」
「・・・」
「たとえ、それによってヒトが滅びようとも。」
再び、口元を歪める。
同時に、六号機の攻撃。
刃を取り替えたプログナイフだ。
またも、刃は折れる。
そしてカヲルの方へ…。
「あ…っ!」
カキー…ン…
乾いた金属音がして、刃はカヲルの目の前数十センチのところで止まる。
「ATフィールド…」
「ふふ…これではっきり分かっただろう。僕は、使徒。『タブリス』と言う名のね」
「お前は…お前なんかがカヲル君のわけがない!」
シンジは叫ぶ。
朝感じた違和感がどうしてだったのか、今一瞬にして分かった。
「…そう。僕は渚カヲルじゃない。」
タブリスは、あっさりとそれを認める。
「しかし、世界というのは狭いね。ここまでそっくりの人間がいるとは。」
六号機は、替え刃が無くなったのか、今度は肉弾戦を始めようと仕掛けてきた。
「…っ!」
六号機の顔を睨む。
二つの目が二組、お互いを見つめた。
そして、それを冷ややかに見ている二つの目。
「…六号機で君を止められるはずが無いとは思うけれどね。」
誰とも無く呟いた。
「時間稼ぎをしてくれればいい。…それだけだ。」
カヲルは、六号機とシンジの方に一瞥もくれずに降下速度を速めた。
「待てっ!」
シンジが叫ぶが、どうも止まる気配はない。
(とりあえず、六号機から倒していかなきゃならないのか…)
ターミナルドグマは間近。
時間がない。
シンジに向けて、六号機が攻撃を始めた。
「状況は!?」
「使徒、単独降下中。シンジ君は、六号機と交戦中です。」
「ターミナルドグマまで、あと500。」
「くっ…」
やっと灯った希望の光が、今まさに消えようとしているところだった。
「間に合わないの…? シンジ…」
「・・・」
アスカとレイも。
「碇…!」
「まずいな。六号機を破棄していくとは…」
ゲンドウと冬月も。
「日向君…」
「はい…」
ミサトと日向も。
みな、一様に絶望の顔をした。
返事をする日向の声は、震えていた。
手も、小刻みに震えていた。
さすがにシンジの姿のままでは戦いに不利らしく、シンジは初号機の形態へと移行していた。
ガキーン…!
金属同士が激しくぶつかりあう音が響きわたる。
カヲルが装甲板に開けた穴が広がる。
その音を合図に、2機はお互いにつかみかかった。
シンジは、相手の手を掴むと一瞬のうちにATフィールドを自分の前に展開した。
六号機の腕がフィールドで切断され、ついで身体が吹き飛ぶ。
シンジの手に、まだつかみあっている手だけが残った。
それでもしぶとく、六号機はやってくる。
両肘から先が存在しないので、今度は足を繰り出す。
シンジは、六号機の廻し蹴りを腕で止めた。
『使徒、ターミナルドグマまであと200!』
ここからターミナルドグマまでは350ぐらいある。
(一気にケリをつけないと…)
シンジに少し焦りが見え始める。
それを待っていたかのように、六号機は再び足を出す。
今度は、気がそれていたシンジに当たる。
「ぐっ!」
はねとばされてシャフトの壁に激突するシンジ。
ばらばらと後ろで壁が崩れる。
それを気にせず、シンジは再び立ち上がった。
「…ごめん、カヲル君!」
小声で呟いて、右手を軽く挙げる。
その身体に体当たりをしようと、六号機が突っ込んできた。
シンジは、素早く右手を振り下ろす。
迫る六号機。
振り下ろされる右手。
体勢を整え、体当たりをしようとする六号機。
右手は、ATフィールドの刃を作り出し、振り下ろされる途中でいくつも作られた位相空間の刃が、六号機に向かって繰り出される。
六号機は、その気配を感じてATフィールドで防ごうとした。
空間を干渉波が走る。
衝撃が生まれた。
ATフィールドを展開する六号機。
そして、それに侵入しようとする、何百枚ものATフィールドの刃。
勝負は、あっけなかった。
力量は圧倒的に違う。
もはや、勝負にすら、なっていなかった。
六号機のフィールドはずたずたに切り裂かれ、後にオレンジの光の残像を残す。
そして、六号機の身体を薄くスライスするようにATフィールドの刃が貫いた。
自身が展開したATフィールドのように、ずたずたに切り裂かれた六号機は活動を停止し、自由落下運動を始めた。
吹き出す体液が、シャフトの壁に染みを作る。
そして六号機は暗闇の中へと向かって落ちていった。
シンジも、急いで使徒を追う。
その距離、200メートル。
なんとか、間に合うだろうか。
ふわり、とタブリスはターミナルドグマの地面に降り立った。
だが、実際はまだ宙に浮いたまま。
辺りをぐるりと見回すと、タブリスはある方向に向かってすーっと滑るように移動を開始した。
「ヘブンズ・ドア」に向かって。
それから遅れること十数秒、シンジ=初号機もターミナルドグマに到着した。
こちらも、その巨体からは想像できないほど柔らかく着地し、すぐにカヲルの歩いていった方向に歩き出す。
この空間は、どれくらいの広さがあるだろう。
空…いや、天井は赤いし、地面にも赤い霧のようなモノがかかっている。
そして、ところどころに塩の柱。
周囲は闇…。
全く広さを推し量ることができない空間。
それが、「ターミナルドグマ」だった。
その闇の一ヶ所に初号機が消えた後、再び縦穴から落下してきたモノがあった。
無惨にもバラバラになった、六号機の破片だった。
縦に細長い廊下。
壁も床も真っ黒だが、ところどころガイドランプがついており、多少の明るさは保たれている。
そこを、地面から30センチほど浮き上がりながら、タブリスは進んでいた。
遥か目の前に、ロックシステムの表示が見える。
ゆっくりと、周囲を見回しながら進むタブリス。
その表情は、まさに無感情と言っても良いほどだった。
冷たい表情を崩さないまま、音も立てずに移動していた。
一方、シンジの方は、少々強引に進んでいた。
間の隔壁を破壊しながら進む。
シンジに戻ってから追いかけることもできるが、それでは間に合わないと言うことが分かったので取った選択だった。
こうすることによって、遅れた分はだんだんと取り戻せているようだ。
両者は、我先にとヘブンズ・ドアの向こうの世界を目指していた。
それを、無言でまつ白い影があった。
「アダム」と呼ばれる巨人。
その身体は全く微動だにしない。
ただ、血の色の十字架に磔にされているのみだ。
「現在、使徒、初号機共にヘブンズ・ドアを目指しています。」
「どちらが先につくの?」
「おそらく…使徒かもしれません。」
「そう…」
「しかし、予測ではそれに10秒ほどの遅れで初号機も到着予定です。」
「なんとか、間に合うか…」
ミサトと日向の会話。
「シンジ、頑張ってね…」
「碇君…」
心配しながらも、アスカとレイは視線をモニターに釘付けにしていた。
初号機と使徒の反応を示す光点は広大な空間に向かって移動を続け、そして直後、六号機の反応は消えた。
「ロックシステムに、使徒が到着しました。」
同時に入る報告。
さて、ターミナルドグマでは。
ロックシステムの前に、タブリスは立っていた。
「LOCKED」と表示され、システムは自己主張している。
ピッ!
だが、タブリスが視線を移すと、表示はすぐに「OPEN」に変わる。
そして、扉は重い音を立てながらゆっくりと開いていった。
向こうには、赤い十字架と白い巨人。
「アダム…」
カヲルは、呟いた。
七割方開いた扉の間を通り、タブリスはその部屋へと入っていった。
足下には、オレンジ色の液体。
LCLだった。
ここも、やはり広く、辺りはどこまで広がっているのかすら見当もつかない。
とにかく、タブリスは目の前にある十字架に磔にされた白い巨人に目をやる。
「アダムより生まれしモノは、アダムに還らなければならない、か…」
仮面の七つの目を凝視するタブリス。
ふと、眉を顰める。
「!? 違う。これは…リリス!?」
ドゴォ…ン!
その時、後ろで轟音が響きわたった。
タブリスはゆっくりと振り返る。
「そうか…そういう事か!」
タブリスは思わず叫ぶ。
「はぁ、はぁ…」
最後の隔壁を破壊し、初号機はアダム…いや、リリスのいる部屋へと入ってきた。
心なしか、息が上がっている。
その足下に崩れ落ちる、自爆ユニットの起爆装置。
この時点で、事実上、自爆は不可能となった。
「ふ…。やっぱり、六号機では君の相手は無理だったようだね。だが…とりあえず、礼を言うよ。そうでなければ、六号機と生き続けることになったかも知れないからね。」
「・・・」
無言で初号機はタブリスに近づき…そしてシンジの姿へと戻った。
2組の赤い視線がぶつかりあう。
先に口を開いたのはタブリスだった。
「リリスをアダムに仕立てるとは…。リリンもやるものだね。奇妙なところでずるがしこい。まさに『知恵』を得たモノというわけだ。」
「・・・」
「そして、アダムは目の前か…」
口元を歪める笑い。
別段驚く風でもなく、2人はにらみ合っていた。
「してやられたと言うわけだ。サード…いや、初号機…そして、『アダム』。」
「カヲル君を、どうしたんだ。」
「さあね。」
ひどくあっさりと言うタブリス。
「…僕は、お前を倒さなくちゃならない…」
シンジは本気だった。
右手を脇に伸ばす。
何もない空間を掴むようにすると、その手にはいつしか深紅の槍が握られていた。
シンジの身体が淡く発光を始める。
「ロンギヌスの槍…。やはり、君がアダムか。」
「…だったら?」
「君を元の姿に戻し、任務を遂行するまでさ。」
カヲルの目が怪しく光る。
シンジは、とっさに飛び退いた。
今までシンジのいた位置を、不可視の刃が通り過ぎていく。
「ふっ…さすがだね。」
タブリスは呟いた。
今度は、タブリスが避ける番だ。
ATフィールドの槍が降ってくる。
ひょいひょいと、まるで風船でもかわすようにタブリスはそれらを全て避けた。
それからしばらくは、一進一退の攻防が続く。
タブリスが攻撃するのをシンジが避け、ついでシンジの攻撃をタブリスが避ける。
間合いを計り、暫し沈黙のまま時が過ぎていく。
その繰り返しだった。
また、同じループが始まる。
タブリスの身体から連続して放たれるATフィールドの刃を、シンジはフィールドで防ぎ、防ぎきれなかったものは槍で破壊する。
眉一つ動かさず、ただタブリスを凝視していた。
一旦攻撃の手が休まると、今度はシンジが攻撃に転じた。
槍を振りかざし、一気に距離を詰める。
だが、タブリスは涼しい顔でかわす。
そしてシンジは再び距離を置き、相手の出方をうかがう。
「…このままではケリが付かない。そろそろ本気を出して行こうじゃないか。」
唐突にタブリスが言う。
「お互いに、悔いを残さないためにね。」
発令所。
「葛城さん。核自爆ユニット、起爆装置が破壊されました。」
「…ということは、自爆は…」
「不能、ということです。」
「そう…」
(生きろ、ということなの?)
ミサトは、心の中でそう呟きながら、メインモニターに映し出されるタブリスとシンジのにらみ合いを見ていた。
「まあ、どっちみち意味はなさそうだけれど。」
「…だといいんですが…。」
「今は、信じるしかないわ。シンジ君を。」
「はい。」
「彼は…きっとやってくれるわ。」
「…そうですね、きっと…」
「両者、エネルギー反応が高まっています。」
「どうやら、やっと本気になったようね。」
マヤの前に表示されているディスプレイ上の数値は、シンジとタブリスのエネルギーレベルを表している。
両者とも、エネルギーがぐんぐん上がっているのが数値でもわかった。
「シンジ…お願い、がんばって…」
「碇君…信じてるから…。」
「ふふん。やっと本気になってくれたか。」
「・・・」
シンジは答えない。
ただ、その手に持つ二股の槍をより固く握りしめただけだ。
同時にシンジの周りに広がっていたぼんやりとした光の色が変わっていく。青白く。
「…じゃあ、行くよ。」
タブリスの顔が、少し笑っているようないつもの表情から、全く表情を消し去った冷静なものに変わる。
シンジの手の中で、槍は二股からまとまり、一本になった。
それを確認するが早いか、タブリスはシンジに向かっていく。
今までとは比べものにならないスピードだ。
もはや肉眼では確認できないほどの速さで迫るタブリスに対し、シンジはまったく無防備に佇んでいる。
軽く目さえつむっている。
そして両者がぶつかろうとした瞬間。
シンジは目を開けた。
同時に強力なATフィールドが展開される。
幾重にも連なったフィールドだ。
いくらタブリスと言えど、突破は容易でない。
「…なかなかやるね。」
フィールドの中和を諦め、タブリスはその場に停止した。
すぐさま、シンジが切りつける。
ATフィールドをも切り裂くロンギヌスの槍だ。
少しでもかすれば、ひとたまりもない。
(無駄か…)
槍での攻撃がことごとくかわされるのを見ると、シンジは唇をかんだ。
槍があれば、確かに致命的な傷を与えることができるが…同時に、自分が動きにくくなってしまう。
ならば…。
再び、槍を目の前に持ってくる。
…と、槍が出てきたときと同じように突如として消える。
「…素手同士。これでハンディなしだね。」
ゆっくりと、シンジは呟いた。
決して大きな声ではなかったが、タブリスには届いた。
「ああ。」
展開が急激に変化するようになったのは、それからだった。
シンジが攻勢中心、タブリスが防御中心になる。
タブリスのATフィールドを、シンジはもはや無意識のうちに浸食して、内部に侵入する。
今まで感情を出さなかったような顔をしていたタブリスの顔に、その時初めて驚愕の色が微妙に現れた。
(そんな…こうもあっさりフィールドが破られるとは…)
想像を絶するシンジの力に驚きながらも、冷静であることを保とうとする。
そして、シンジから距離を置くべく飛びずさる。
タブリスは、自分の移動速度がだんだんと速くなっていることに気づいた。
それは、シンジの移動速度が上昇していることに他ならない。
いくら速く動いても、すぐに追いつかれる…改めて、タブリスはシンジの…アダムの力を認識するのだった。
(まずい…)
少し、冷や汗を感じる。
使徒として作られた自分が、感情を感じるなどということは今まで無かった。
偽りの感情を表に出していながら、今までは(といっても昨日からだが)心の奥底は冷め切っていた。
そんなことを思っている間にも、シンジはフィールドにやすやすと侵入してくる。
赤く輝くその瞳を、タブリスは見つめ、そしてまさに攻撃を開始しようとするシンジの前から、自分にできうる最高速度で移動し始めた。
「…どうなってるの?」
ミサトが聞く。
「もう肉眼では移動は確認できませんね。」
日向が、数値を見ながら答えた。
「…シンジ君の方が少し上回っているみたいですね。」
「そう…」
沈黙。
そして、ミサトが突然思い出したように口を開く。
「でも、彼を殲滅しなければならないわけね。」
「ええ。」
「シンジ君…できるかしら」
「…わかりません…」
ミサトは、第13使徒・バルディエルの残骸処理に来たときにリツコに聞いた話を思い出した。
『シンジ、お前が死ぬぞ!』
『いいよ! ヒトを殺すよりは、ずっといい!!』
…そうシンジが言ったという事を、リツコは伝えた。
他人が傷つかないですむならば、自らの傷はいとわない。
シンジは、そういう人間だった。
そのシンジが、ここで「渚カヲル」の姿をした「使徒」を殲滅できるかというと、成功の可能性が危ぶまれてくる。
(シンジ君…。辛いかも知れないけれど…ごめんなさい。何もできない私たちを、許して…)
「そ、そんな馬鹿な!?」
明らかに驚きの表情をするタブリス。
感情表現をしたという事自体、本人に取ってみると驚きの元だが、今はそれどころではなかった。
最高速度でも、シンジはついてくる…。寧ろ、自分よりも速く…。
タブリスは、シンジを蹴る。
一見なんでもないキックに見えるが、ATフィールドを周りに展開した足による攻撃である。攻撃力自体は数倍に上がっているはずだ。
「ぐうっ…」
攻撃体勢を作ろうとしていたシンジは、思わぬ衝撃によろめいた。
(今、やらなければ…)
タブリスは、そのままよろめくシンジに攻撃を加え続ける。
途中から全て避けられていることには気づかない。
ある程度攻撃をして、タブリスは再びシンジから離れた。
これで、多少の時間稼ぎはできるはず…。
戦局も自分に有利に…。
そう思った。
だが。
呼吸を整えていたタブリスは、ふと足下に気配を感じた。
今までシンジがいたところに視線をやる。
そこには既にシンジはおらず…
「…っ!」
視線を前に戻したタブリス。
その眼前に、シンジは立っていた。
「今度は、こっちの番だ…」
ふと、一瞬だけ悲しげな光がシンジの瞳に宿る。
だがそれはかき消え、もとの表情へと戻った。
手始めに、ATフィールドの刃を何枚もぶつけてみる。
だが、さすがまだ魂の無い六号機とは違って、タブリスは避けることができた。
次いで、廻し蹴り。
「ぐあっ!」
これは、ATフィールドで防ごうとしたタブリスだったが、シンジの左足に展開されたフィールドが瞬時に浸食してしまっていた。
もろに食らい、吹っ飛ぶタブリス。
だが、その途中で足を掴まれた。
足下を見ると、シンジがしっかりとタブリスの足を掴んでいた。
(何てことだ…)
青ざめていくのが、はっきり分かった。
シンジの背中には、12枚の光。
(任務は、遂行できない、か…)
少し自嘲気味の笑いを浮かべた。
が、身体の細かなふるえは押さえることができなかった。
「・・・」
無言で、右手を軽く閉じる。
いつしか、槍がその手に再び握られていた。
シンジは、タブリスを掴んでいた手を離すと、槍をゆっくりと構えた。
逃げられたはずなのに、タブリスはなぜかそうしなかった。
できなかったのだ。
シンジの瞳は、打って変わってあの時一瞬見せた翳りを全面に帯びていた。
「・・・」
無言のタブリス。
ゆっくりと、シンジが口を開いた。
「…さよなら。『タブリス』。」
タブリスが言葉の終了と同時に目を閉じる。
次の瞬間、身体を何かが貫いたのを感じた。
激痛。
うめき。
「…負けたよ、リリンには。…そうだろう? 『アダム』?」
タブリスは、やっとの思いで言葉を発する。
「・・・」
それを、槍を握ったシンジはただ見つめているだけだった。
哀れみの視線を持って。
(ふっ…)
少し笑う。
目を閉じた。
そして。
タブリスの身体は光の粒となって…
…消えた。
「…ん?」
シンジがタブリスを殲滅したのと同時刻。
カヲルは目を覚ました。
「あれ? ここはどこかな?」
いつものマイペースの口調だ。
ちょっと困った感じが混じっているのは気のせいか。
カヲルは、自分の部屋の押入に閉じこめられていたのだった。
安易な隠し場所だが、「灯台もと暗し」という言葉通り、押入の中には監視はなく、あっさりと今まで隠し仰せていたのだった。
ついでに、睡眠薬がつかわれたことも書いておこう。
「どうして縛られてるのかな。おーい、誰かいないのかーい。」
完全に困った表情で…しかしにこにこした顔は崩さずにカヲルは呼びかけた。
…が、返事は当然ながら、ない。
「・・・」
シンジは、暗い顔をしてターミナルドグマから戻ってきた。
それを真っ先に迎えたのは、ミサトだった。
「ミサトさん…」
「おかえり、シンジ君。よくやったわ。…渚カヲルは、最後の使徒だったのね。」
その言葉に、シンジが反応した。
「違います!」
思わず声が大きくなる。
「あれは…あれはカヲル君じゃないんです! 本物のカヲル君は…どこかに…」
「本物? じゃあ、あの彼は偽のカヲル君? そんなはずは…」
「いや、本当だ。」
突然、後ろから聞こえた声にミサトは振り返る。
そこには、ゲンドウが冬月を従えて立っていた。
「フィフスは、使徒ではない。あれは、『タブリス』。そっくりだが、全く違うモノ同士だ。」
「…ということだそうだ。」
「よくやったな、シンジ。」
ゲンドウは、珍しいセリフを残して去っていった。
「父さん…」
思わず、涙が出てくる。
「あら、シンジ君。何泣いてるのよ。」
「…なんでも、ありません…」
うれし涙だった。
…というわけで、カヲルは部屋を訪れたシンジに発見された…。
「いやー、シンジ君が来てくれなかったらどうなるかと思ったよ。」
「やっぱり、カヲル君だね。」
「話によると、僕の偽物が迷惑をかけたんだって?…ごめんね、シンジ君。」
「い、いや…いいんだよ、カヲル君…。」
「シンジ君…」
「カヲル君…」
「…って、なーに男同士で愛を語り合ってるのよ!」
アスカ、乱入。
「愛に関しては男も女も等価値だと思うよ、僕は。」
カヲルの爆弾発言。
「ね、シンジ君?」
「え? あの、その…」
「シーンージー、どーうーいーうーこーとー?」
「い、いや…あの…ご、ごめん!」
「あ、待ってシンジ君…」
「アンタはここにいなさい! 一寸聞きたいことがあるから。」
「え?…なんだい?」
「アンタは、使徒じゃないのね。」
「あははは。イヤだなあ、当たり前じゃないか。」
「ふーん…ならいいか。」
「そうかい。心配してくれていたんだね。」
「だ、誰がアンタなんか!」
「ふふふ…」
意味深に微笑むカヲル。
「・・・」
その一部始終を、レイは無言で見ていた。
(碇君…ありがとう…)
ver.-1.00 1997-09/01公開
ご意見・感想・誤字情報などは
yoshino@mail2.alpha-net.or.jpまで。
次回予告
17の使徒は全て倒れた。
ゼーレは、人類補完計画を発動しようと画策する。
人々は、嵐の前の静けさの中、精いっぱい生きていた。
次回、「胎動」 この次も、サービスサービス!
あとがき
またまたTossy-2です。(^^)/
超高速更新も、とりあえずこれで一段落。
そろそろ、また資料集(こんどは「2」ね)を作ろうと思っています。
しっかし、本当に良く書いたなぁ…。
8話をアップした次の日に9話を書いてアップしてるんだもんな…。
さて、本編についてです。
「パラレルステージ」で、今回はエヴァ小説では珍しい(とおもわれる)設定をしています。
つまり、「カヲルは使徒ではない」ということですね。
やっぱり、ダークなのはキライなのでこうしたんですが…いかがでしょうか?
まあ、カヲルにはこれからもいろいろと活躍してもらいましょう。
カウンタも、10000をそろそろ超えるようですし、その感謝として、また「外伝」も書こうかと思っています。
ご感想、ご意見、素朴な疑問などありましたら、メールで僕までお願いします。
ついでに…「外伝 その壱」予告
今度の舞台は、全ての戦いが終わった後。(まだ物語も終わってないのに、未来を書く奴(^^;)
NERVの司令となったシンジの元に、同窓会の報せが届く。
そして、自分達が守った面々と再会したシンジは…。
Tossy-2さんの『エヴァンゲリオン パラレルステージ』第9話、公開です。
後書きにもありましたが、
「カヲルくんが使徒ではない」というのは珍しいですよね(^^)
・・・・他のページの作品はこの頃読んでいないので、
言葉にするには自信がないのですが(^^;
カヲルファンの人たちは大喜びではないでしょうか、
−本編系列でカヲルxシンジが続く−って・・・・
アスカとレイは思わぬ”敵”の出現にあたふた?!
”人間”渚カヲルの活躍や如何に!?
さあ、訪問者の皆さん。
嵐の執筆に一区切りを付けたTossy-2さんにメールを送りましょう!